「それでどうだったの?」 白薔薇さまのその一言に、ため息をつきながら昨日の事を話し始める紅薔薇さまだった。 月曜日の朝。 誰一人として『いつもより早く薔薇の館に集合する』とは約束していなかった。しかし朝のHRが始まるかなり前に、薔薇の館の住人と祐巳は、薔薇の館に姿を現していた。 もちろんそれは、ただ1人の事を思っての行動。 愛される事に不慣れな・そして愛する事に不慣れな、それでも彼女達にとっては大切な人への想い。 「………門前払い・とまではならなかったけれど、小母様にお願いしてどうにか連絡は付けて頂いたのだけど、『誰にも会いたくない』って言われて、結局顔を見ることさえ出来なかったわ」 「で、それでそのまま帰ってきたわけ?」 拍子抜け・といった表情で、黄薔薇さまが尋ねる。 「無理するわけにも行かないでしょう? それ以前に、無理を出来る場所だと思う?」 そういわれて…祥子の家の事情を知っている山百合会の人間は、一様に顔を伏せてしまった。 唯一判らなかったのが、 「どういう…ことなんですか?」 祐巳だった。 「ああ、祐巳ちゃんは知らないんだっけ。 祥子って、正真正銘のお嬢様だから、例えリリアンの生徒だとしてもそうおいそれとはあわせてくれないのよ。特に彼女自身が拒否してしまうと余計に…ね」 「ほら、よくTVドラマであるでしょう? 『アポイントメントはおありですか?』って。ほとんどあれと一緒なのよ。 確かに、山百合会の人間であれば連絡なんてほとんど必要ないのだけれど、それでも当人に拒否されちゃうと会うことは不可能だわ」 そのことばに、感嘆をもらす祐巳。 確かに祥子の事はお嬢様だと知っていたが、まさかそこまでとは考えも及ばなかったらしい。 お嬢様学校として有名なリリアンに通う祐巳自身も、確かに世間一般から言えば『お嬢様』といえなくもない。が、その差が違いする。 片や小さな設計会社の社長の娘・片や国内1、2を争う大企業の娘。『お嬢様』の桁が違う。 「とはいえ、学園祭は今週末なのよ? 主役の祥子が休みだと………あの子の事だからセリフやダンスは完璧だとしても、他の人とのセリフ合わせやなにやらが後回しになっちゃうから、日程がかなりきついわね」 黄薔薇さまのその発言は、薔薇の館にいた全ての人間に重くのしかかった。 今でさえ、一人二役を演じている状態なのだ。祐巳に協力を願い出たのもそのためでもある。 もし、祥子が登場できないとなると………考えたくない状況に陥るのは誰の目にも明らかだった。 薔薇さま達が今後の予定を逆算しているとき…館は沈黙に包まれていた。 その沈黙を破ったのは、彼女の決意ある一言だった。 「………私、シンデレラ役をやります!」 『!?』 まさかのその発言に、薔薇さま達の思考が一瞬だが止まってしまう。 「…ゆ、祐巳ちゃん… 確かに私は賭けを提案したし、その賭けに負けたら祐巳ちゃんがシンデレラ役をやることになるんだけど……… でも、現段階では別に祐巳ちゃんがシンデレラ役をやる必要なんてまったくないんだよ? それに祐巳ちゃんには別の役もあるし…」 白薔薇さまは、諭すように祐巳に語りかける。しかし、 「私…休みの間中考えていたんです。私にとって祥子さまという存在は何なのかを。 確かに最初は『紅薔薇の蕾』としての表面的な姿だけをみて尊敬していました」 薔薇の館の住人は、その祐巳の独白を聞き逃さないようにしていた。 「ですが…偶然に偶然が重なって、私は山百合会の皆さんと親しくなる事が出来ました。 そしで、間近で『小笠原 祥子』さまを・本当の紅薔薇の蕾を見ることができました。 祥子さまが私に何を求めているのかは、今も良くわかりません。でも、祥子さまは私を試していたんじゃないかと思うんです。 『薔薇さま』とよばれる存在としてふさわしいかどうか」 実の所、完全な大はずれなのであるが………しかし、蓉子にとってはもっとも気になっていた所でもある。 「私には薔薇様なんてよばれるようなことが出来るわけ有りません。 でも、最初から出来ないといいきって逃げてしまっては、祥子さまや紅薔薇さま、それに山百合会の皆様に迷惑をかけてしまいます。 だから…わたしは、中途半端じゃない・出来る所まで・自分自身で納得できる所まで頑張って見たいんです!」 それは彼女にとっての、一大決意だったのかもしれない。 「祐巳ちゃんの決意はわかったわ。でも、本当に大丈夫なの?」 「大丈夫です。祥子さまは『姉B』役のセリフを覚えるだけでいいとおっしゃっていましたが、シンデレラ役のセリフもそれなりには覚えたつもりですから」 「えと…祐巳ちゃん? 主役クラスのセリフなんだよ? かなりの量があるんだけど…紅薔薇さまと同じ質問になっちゃうけど、本当に大丈夫?」 白薔薇さまのその言葉に、祐巳の頬に一筋の汗が流れた。 「ま、まぁ、最初から完璧にできる人間なんていないでしょう。 ただ、祐巳ちゃんにはそれなりの心構えがあったから、他の人よりなじみやすいのは確かかもしないわね。 それに本人もやる気だし、今日の放課後にでもセリフ合わせをしてみましょう。結論はその後でもいいんじゃないかしら」 紅薔薇さまの発言で、とりあえずではあるがその場は収まった。 そして、薔薇様3人は密談を始める。 「………で、実際どうするの?………」 「………こんなのはどう?………」 「面白そう♪ 乗った!」 「聖! 安易に乗らないで! 今からの変更は…」 「でも実際問題時間もないし、祐巳ちゃんの負担も小さい。 祥子が出来ないと結局は意味を成さないけれど…やるだけの意味はあるわ。最悪蓉子が穴埋めすればいいわけだし。 それにこうすれば、どちらに転んでも被害は小さくて済む。一番確実だと思うけど?」 「………そういわれてしまうと返す言葉がないわね」 ほんの2〜3分の密談で何かが決まったようだ。 「じゃあ、詳しいことは放課後に話し合うことにしましょう。解散」 朝のHRへ向かう為に、まず1年生が薔薇の館を後にする。と、黄薔薇さまが祐巳に声をかけてきた。 「あ、祐巳ちゃん。一つ頼まれてくれない?」 「はい?」 「えっとね………………というわけなの」 「それは…本当にする気ですか?」 「もちろん♪ 午前中に準備はしておくから、お昼休みか放課後にでもつれてきて頂戴」 放課後、薔薇の館。 「何故私はここにいるのだろう?」 「それは勿論、私が誘ったから♪」 「…私も学園祭の準備で忙しいんだからね?」 「それはどこも一緒だよ。ただ、貴女の部ってほとんど作業は終わってるって話しだし。 それに、私たちの内情を知っていって・なおかつ新聞部に悟られない人といったら、貴女しかいないでしょう?」 「………それ、祐巳さんが考えたわけじゃないよね?」 「よくわかるわね」 「祐巳さんが、そんなこところまで考えられる訳ないじゃない。たぶん薔薇さまの誰か…」 「悔しいけど正解。三薔薇さまからのお願い」 その言葉を聞いて、薔薇の館の会議室にあるテーブルにつっぷしていしまう………蔦子だった。 (これはどう転んでも逃げられないな〜) という想いと共に。 「でも、どうして私が『山百合会主催』の『シンデレラ』に出演しなくちゃいけないの? そんなもの、演劇部の人に頼めばいくらでも名乗りをあげるんじゃないの?」 「それが困るのよ」 そういって祐巳と蔦子の会話に入ってきたのは…ほかならぬ黄薔薇さまその人だった。 いつもとはうって変わったニコニコ顔ではあるが。カメラマンとして山百合会の写真を撮りつづけている蔦子にとっては、それがかえって不安を増大させていたりする。 「どう困るんですか? 黄薔薇さま」 「貴女のことだから、祥子がこのところ休んでいることを把握しているわよね?」 いきなり話を変えられて一瞬戸惑うが、すぐに思考を切り替えて黄薔薇さまの話に乗る。 「はい」 それはそうだ。このところ、マリア様の前で張り込むのが彼女の日課となり始めている。 「で、その理由も知りたがっている。違って?」 「…そのとおり…です」 蔦子は自身でもいろいろと調べて周っている。彼女には、撮影者としての誇りのほかに新聞部並の情報収集能力も持っている。そうでなければ、1年生で『全校生徒』に知られるほどの有名人にはならないだろう。 もっとも、近頃ではその有名人の中に『福沢 祐巳』という名も加えられてはいるのだが。 「で、どれくらいの情報が集まったのかしら?」 「情報は生ものですから、そうおいそれとは…」 「すくなくとも、貴女よりは私たちの方が情報量は多いわよ。それに、あなたの持っている情報が正しいかどうかも教えてあげられるし…」 やはり、どう転んでも、薔薇さまがたに勝てる下級生はいないようだ。 「…私的な事情でお休みになられている・病気などで休んでいるわけではない・位です…」 「なぁんだ。ほとんど情報が入っていないのと同じなのね。 でも、それは間違ってないわ」 自分の持っている情報が正しいかどうか・それがわかっただけでも蔦子には収穫なのかもしれない。 「それで、どのような理由でお休みになられているのかは、お教えいただけませんか?」 「貴女、先ほど面白いこと言ったわよね。『情報は生もの』つまり、価値のあるものとね。 あなたの持っていた情報は私たちにとっては生ものでもなんでもない・単なる事実よ。 もしそれ以上の情報が欲しいのであれば………貴女にもそれ相応に交換できるものが無ければいけないわ」 そういわれてしまっては、蔦子にはぐうの音も出ない。 彼女の場合、写真を撮ることで最初から有利に物事を進めているように見られる。 が、それはあくまで彼女の事前情報収集能力と、その場にいることのできる運によって得られる・いわば情報を決定的瞬間の写真という価値のあるものとしている。 努力なくして手に入れられないものを彼女は手にしているのだ。だからこそその情報を他の情報と交換しているのだ。 ということは…黄薔薇さまの言うことももっともである事は、蔦子にはすぐにわかった。 「しかし、これ以上のものを私は持ってません」 素直に認める蔦子。 「だから、最初に繋がるのよ。 貴女が『シンデレラに出演する』=『山百合会の協力者』になるわ。 山百合会に協力してもらう以上、幹部の情報はなにもしなくても手に入れられる・どう?」 「………最初に戻るといいましたが、では何故私なのですか?」 流石に乗ってしまっていいものかどうか迷う蔦子。 「それは勿論、今回の顛末を最初から知っているのは、山百合会と祐巳さん以外では貴女しかいないから♪」 その言葉には、暗に『同じ秘密を持っているお仲間』を指している。 「…ということで、欠員になってしまった『姉B』役をお願いしたいのだけどね♪」 「へ? その役って、祐巳さんがするんじゃあ………」 「じつはね、急遽こうなったのよ♪」 そういって、蔦子の前に差し出されたのは…つい先ほど刷り上ったばかりの1冊の台本だった。 間幕2へ
黄薔薇放送局 番外編 江利子「出番! あぁ! なんて良い響きなのかしら!」 令 「(苦笑)」 由乃 「(むぅぅ〜〜〜)」 江利子「アニみてでの主役といい、時代はまさに黄薔薇さまブーム?」 由乃 「……自分で言っていて恥ずかしくありませんか、ソレ」 江利子「全然」 由乃 「あぁ、もう! 卒業前の最後の餞別でそんなにはしゃぐのはみっともなくはありませんか、黄薔薇さま」 江利子「あら由乃ちゃん、全然、ちっとも、これっぽっちも出番がないからひがんでるの?」 由乃 「誰がひがんでいるって言うんですか〜!!」 令 「(由乃だ)」 乃梨子「(由乃さまでしょう)」 由乃 「な、なによぅ、その目は。 令ちゃん! 私をなんだと思っているのよ!」 (以下おきまりの大げんか) 乃梨子「しかし蔦子さまも災難でしたね」 江利子「彼女もおもしろい人材よね♪ これからも色々とやってもらおうかしらん」 乃梨子「(こうして犠牲者がまた一人……合掌)」 次回予告 由乃 「主役が二人?」 令 「黄薔薇さまが直した台本は驚くべきものだった」 乃梨子「着々と進む準備」 江利子「火曜日、ついに祥子は学校に来る。 そして……」 四人 「次回 マリア様の悪戯 第十三話『新しく歩む路(みち)』 お楽しみに!」