「祐巳ちゃん。 あなたは自分が思っているほど普通の生徒じゃないわ。確かに志摩子や由乃ちゃん…今の薔薇の館にいる1年生の住人と比べちゃうと普通に見えるけどね。 でも…あなたにはあなたしか持っていない良い所があるわ。わたくしにも祥子にも・今の住人にはない、素晴らしい所を」 「そんなもの私にはっ!」 「自分では見る事が出来なくても、他人からは見える物は誰にでもあるものだわ。 わたくしだって、自分では完璧な所なんて一つもないと思っているけれども、みんなはそうは見てくれない。なんでも完璧にこなしてしまう様に見てる。 祐巳ちゃんも自分は普通と思っているけれども、他人から見ると素晴らしい所を持っているのよ。 『親しみやすさ』という素晴らしいものをね♪」 紅薔薇さまに褒められて、ちょっと恥ずかしそうになる祐巳。 だが、ふとある事を思い出し表情がこわばる。 「………聞いた話なのですが、 もし今回の賭けで、祥子さまが紅薔薇の蕾をお辞めになった場合………」 「わたくしが、祐巳ちゃんを妹にしたい・ってお話?」 祐巳の言葉を引き継ぐように、紅薔薇さまは続ける。 「はっ、はい。 も・もちろん冗談ですよね?」 真剣な表情で聞いてくる祐巳に、同じく真剣な表情で答える紅薔薇さま。 「本当よ」 「何故っ!? 紅薔薇さまも祥子さまと同じなんですか!?」 「祐巳ちゃん、落ち着いて。 あくまで仮定のお話。学園祭が終わってからのお話。今現在のお話じゃないわ。 本音を言わせてもらえると、祐巳ちゃんが祥子の妹になってくれる方がいいと思ってる。 ………もしかすると、学園祭が終わってもそうなってほしいと願うかもしれないわね」 「それってどういう…」 途中から紅薔薇さまの表情が、真剣な表情が柔らかい笑みに変わったのを不思議に思い、尋ねる。 「あら? だってそうでしょう? 祐巳ちゃんが祥子の妹になれば、自動的にわたくしの孫になると言う事。 姉は妹を躾なければいけないから、厳しく接しなければいけないけれど……孫であったら無条件で可愛がれるでしょう♪」 「そ・それだけですか?」 「それだけ♪ わたくしも祐巳ちゃんを可愛いと思ってる。孫になってくれたらすごく嬉しい。 もし祐巳ちゃんがわたくしの妹になったら…それこそ時期紅薔薇さまにしようと、感情を抑えて接しなきゃいけない。 それだけはしたくないわ」 「ええっと…」 「祐巳ちゃんが妹になって一緒にいられる時間が増えるのも魅力的だけれど、孫として可愛がる事が出来ると言うのも魅力的ね〜」 「あの、紅薔薇さま?」 私が、山百合会の一員になるのは決定済みなんですか? それとも、もしかして単にからかわれているだけ? そう思った祐巳だったが… 「わたくしは、祐巳ちゃんには時期紅薔薇として、この山百合会を引っ張って行って欲しいと想っているの。 これは、嘘でも冗談でもなく…わたくしの想い」 「私が…ですか?」 「確かに今の祐巳ちゃんでは、薔薇さまなんて呼ばれても、その重圧に耐えられないと思うわ。 でも、貴女には薔薇さまとよばれるだけの資質はある。そして、時間もね。 そして、今はそんな事を考えなくてもいいわ。まずは、差し迫った問題から片付けていきましょう」 「まだ学園祭まで充分時間はあるわ。ゆっくりと考えて、自分自身で納得の出来る結論を出しなさいね」 紅薔薇さまにまっすぐな目で見られて、 「…はい」 と答えるにとどまった。 「じゃあ、わたくしはそろそろ薔薇の館へ行くけれど…祐巳ちゃんは調子が悪いから欠席と言う事にしておくわ。 あんなことがあったあとじゃあ、祥子との顔をあわせづらいだろうし…1人で考える時間がほしいでしょう?」 「ありがとうございます」 紅薔薇さまの言葉は嬉しかった。 確かに1人で考える時間もほしかったが、今日は祥子とあんな事があったのだ。本当に薔薇の館で顔をあわせづらい。 「ああ、そうそう。祥子の事…そんなに嫌わないであげてね。 もしかするとだけれど、祥子は貴女に『時期紅薔薇の蕾』、ゆくゆくは『紅薔薇さま』なんて重圧を感じてほしくないから、あんな接し方をとってるのかもしれないから。 それにあの娘って、何でも出来るように見えても人付き合いはあまり得意ではないから…接し方をちょっと間違えているのかもしれないし」 「はい。それに、嫌ってなんかいません。 祥子さまのこと…好きです」 紅薔薇さまの発言は完全に的外れではあるが…それでも、祐巳の中にあるもやもやを多少なりとも晴らしてくれる効果はあった。 「あら? 好きなのは祥子だけ?」 「えっ? ………あ、もちろん紅薔薇さまのことも大好きです」 「とってつけたような言い方だけど…今はそれで納得しておくとしましょう」 いろいろなことがあった1週間が過ぎて…週があけた月曜日の朝 曇り空の下、マリア様の像の前。 「あれ?」 登校した祐巳に、奇妙な違和感があった。 「なんだろう? 何か物足りないような…何か」 そう思いながらも、マリア様の像に手を合わせた後、祐巳は1人で教室へと足を運んでいた。 「祐巳さん、祐巳さん」 そろそろHRが始まろうかと言う中途半端な時間。声をかけてきたのは、 「蔦子さん、ごきげんよう。一体どうなさったの?」 「『どうなさったの?』じゃないわよ。祐巳さんこそ何があったの?」 「何って…なんのこと?」 「とぼけないで。祥子さまのことよ」 「祥子…さま?」 そこまで言われて、祐巳ははっと気づいた。いつもならばマリア様の前で出会って…例え僅かしか曲がっていなくても、タイを直してもらって…そして教室までの道のりを2人で歩く。 確かに一昨日は考え事をしていたせいで、お話がぎこちなかったかもしれない。けれど、その時間がごく普通の、そして当たり前のようにあると感じてしまったほんの数日間。 しかし、今日は………その祥子がいなかった。 そして、その事を気にも留めずに教室まで来てしまった自分。 「祥子さまはっ!?」 回りも気にせずに、蔦子に詰め寄る祐巳。 「ちょっ、祐巳さん落ち着いて!」 「蔦子さんのことだから、今日も見てたんでしょう? 祥子さまは!?」 「…今日はお見かけしていないわ。 マリア様の前で待ってみたけれど、通らなかったし」 「それ、本当!?」 「カメラマンの目を舐めないで。たとえ視力が悪くても、被写体を逃すことなんて絶対に無いんだから」 そういいながら、メガネのフレームをくいっと持ち上げてみせる。それはカメラマンとしての自信。 「もしかすると、お休みなのかもしれないわね。 一昨日の帰り際に祥子さまをお見かけしたけれど、かなり調子が悪そうだったし」 「お休み………?」 「かもしれない・て言ったでしょう? 心配だったら、祥子さまの教室へ行ってみれば? ………って、今日の授業は特別教室ばっかりだから、休み時間に会いに行くのは無理か。 お昼休みにでも、薔薇の館へ行ってみれば? お昼休みなら薔薇さまがたもいらっしゃるでしょうし」 天使の涙が落ち始めた昼休み、祐巳は薔薇の館へと足を運んでいた。 「祥子が休み?」 ビスケット扉に『会議中につきお静かに』との札がかかっていたので、ノックをしようとした祐巳の耳に黄薔薇の蕾の声が入ってきた。 「ええ。1昨日の練習にも顔を出していなかったし………一体何があったの? 紅薔薇さま」 「…それは…」 黄薔薇さまの質問に、答えにくそうな紅薔薇さまの声が続く。あの事を知っている紅薔薇さまとしては、祥子と祐巳の個人的な関係を山百合会とつなげたくない・と考えてのだんまりだったが… 「まぁ、紅薔薇の問題に私たちが口を出すのは、お門違いだってのはわかってる。 けれど、学園祭も近いこの時期に山百合会に何の連絡も無く休まれちゃあねぇ。いろいろと不都合があるんじゃないの?」 白薔薇さまの言葉には全く棘がない。 「ということで、説明してくれるとありがたいんだけどなぁ。 祐巳ちゃん♪」 ビスケット扉が開く。開けたのは…白薔薇さま。 「そういうことだったのね」 紅・白・黄の3人の薔薇さまの前で説明するのは異様に緊張したらしい。しどろもどろになりながらも、1昨日の事をかいつまんで話す祐巳。 もちろん3人とも祐巳を責めるような瞳ではない。紅薔薇さまは申し訳なさそうな表情で・白薔薇さまは真剣な表情で・黄薔薇さまは楽しそうな表情で聞き入っていたが、祐巳が話し終わる頃には3人とも紅薔薇さまに近い表情になっていた。 「………ごめん。嫌な事を聞いちゃったみたいで」 白薔薇さまが素直に謝る。黄薔薇さまも続いて謝る。 「いえっ。薔薇さまがたは何も悪くありません」 「わたくしからも謝らせてもらうわ。ごめんなさいね、祐巳ちゃん。 こんな騒動に巻き込んでしまって」 紅薔薇さまも頭を下げる。 「それで、祥子さまは?」 「………朝、学園に連絡はあったらしいけれど、『体調がすぐれないから、今日は休ませてほしい』といっていたそうよ」 「それってやっばり、私のせいですか?」 たった2日前の事である。そう考えると悪い方へ・悪い方へと考えが言ってしまいそうになる祐巳だった。 自分は祥子に向かって酷い事を言ってしまった。 それで体調を崩して……… 「祐巳ちゃん。多分自分のせいで祥子が・って思ってるかもしれないけれど、祥子はそんなやわじゃないから心配しなくてもいいよ」 白薔薇さまが、祐巳の表情を見てやんわりと声をかける。自然にそんな行動が出来るところは流石は薔薇さま・といったところだろう。 「放課後、わたくしは祥子の様子を見に行く予定だけど…祐巳ちゃんはどうする? 一緒に祥子に会いに行く?」 紅薔薇さまが祐巳に問いかけてきて…一瞬反応が遅れた。 「え? 薔薇さまがたが?」 「いいえ、紅薔薇さまだけよ。私と白薔薇さまは学園祭の準備やらなにやらがあるからお留守番。 本来は各ファミリーの問題はそれぞれのファミリーで解決するのが基本なんだけど、今回は学園祭ってイベントが迫ってきているからねぇ。主役になる可能性の人物だから、ちょっと焦ってるだけかもしれないけれど」 「祐巳ちゃんが、シンデレラ役をやってくれれば…とも考えたんだけれど、無理やりやらせたらそれこそ祥子の二の舞になりかねないからね。 それに『まだ関係者じゃない人』に、お願いする事はしても強制は絶対にしない」 「その割には、祐麒に王子役を押し付けてませんでした?」 むっとした表情になって反論する祐巳だが、その表情が面白かったのか薔薇さまがたは苦笑する。 「あれは、花寺生徒会長のお墨付きがあったからそうしただけ。無理強いじゃないわ。あくまでも表向きは」 「裏じゃ無理強いしてたじゃないですか」 ぷっと膨れた表情になった祐巳に、白薔薇さまは笑い出してしまい、黄薔薇さまと紅薔薇さまの表情からも笑みがこぼれる。 それに気づいた祐巳は、また百面相してしまった事に気づき…恥かしさからまた顔を赤くする事になってしまった。 「それで、祐巳ちゃんとしてはどうする?」 「………」 会いたい。会って答えを聞きたい。 しかし、会えるだけの勇気は………今の彼女にはない。 紅薔薇さまもそれはわかっている。だから、彼女が答える前に、 「じゃあ祐巳ちゃんは、放課後、劇の練習頑張ってね♪ 姉Bを完璧にこなせるようになること。いいわね?」 そういいきり、話を終わらせた。 間幕へ
黄薔薇放送局 番外編 (間幕まで先にご覧ください) 由乃 「う〜ん、これが『生レイニーブルー』ってやつ?」 令 「でも今度のは原作以上に重傷かも……」 乃梨子「祥子さま本当に立ち直れるのですかねぇ?」 江利子「まぁ、何せあの性格だから、舞台には出るでしょ。 ただ、それ以外のことはどうなるかさっぱりだけど」 由乃 「祐巳さんの力の見せ所ってやつかしら?」 令 「でも祐巳ちゃんも傷ついているしなぁ…… 何より祥子との信頼関係も原作ほど築いていないし」 乃梨子「時間がないけど時間がかかりそうですね」 次回予告 江利子「立ち直れない祥子」 令 「祥子の様子を聞いた祐巳ちゃんはある決意を固める」 由乃 「その決意を見た薔薇さま方はある作戦を思いつく」 乃梨子「結果、意外な方まで舞台に登場することに……?」 四人 「次回 マリア様の悪戯 第十二話『それでも刻は歩みつづける』 お楽しみに!」