ついにあの日が来てしまった。 ため息しか出ない朝。祥子にとっては、この一日はある意味逃げ出してしまいたい・本当に前回はよく学園にまでいけたものだと、我ながら感心しているくらいだ。 今日は………花寺学園生徒会長が、初めてリリアン女学園に来る日。そして練習をする日。 結局、逃げるわけには行かない! と、自身に活を入れて学園へと向かう準備をする祥子だった。 ………ほんの僅かだがタイが曲がっていたのは、気のせいなのかもしれない。 そして祥子の憂鬱をよそに、時間は流れて放課後、薔薇の館。 「ああ、祐巳ちゃん、迎えに行ってくれないかなぁ。 花寺の生徒会の人が校門で待っているはずだから」 「あ、はい」 白薔薇さまのお願いに、祐巳はうなずいて薔薇の館を後にした。 祥子はここから飛び出したかった。前みたいに相手を先に見たかった。 でもそれは…ただ現実から逃げているだけに感じた祥子は、行動を起こせなかった。 どうせなら、ここで待ち受けるのも………悪くない。 しばらくして…階下の扉の開く音が聞こえてきた。そして、2人の足音・何故か会話… 「何であんたがここにいるの?」 「しょうがないだろう。生徒会長じきじきのご指名なんだから。 祐巳だって、なんで山百合会の代表として俺なんて迎えに来るんだよ?」 「私だってしょうがなくよ」 「じゃあ、俺の事を言える立場か?」 「………それならそうと、朝、一言ぐらいいってくれても」 「いきなり今日『代わりに行け』って言われたんだから、話せる訳無いだろう?」 「ごもっとも」 階下から、祐巳ともう1人・男子の声が聞こえてきていた。 それを聞きながら…薔薇さまがたはくすくすと笑っている。 「まったく、古い館だから筒抜けになってるのに気がつかないのかなぁ。祐巳ちゃん達」 「でも楽しそうね。花寺の代表って、祐巳ちゃんの知り合いなのかしら?」 「それならそれで、劇が盛り上がる事受けないじゃないかしら? 紅薔薇さま?」 そんな事を言いながら、今やおそしとビスケット扉をくぐってくるであろう、花寺の代表を待っていた。 が、祥子の頭は混乱していた。 (今の声は間違いなく………でも、花寺の生徒会長といえば『柏木 優』のはず。 一体どういうことなの?) 祥子の耳に届いた男性の声は、間違いなく祥子が知っている男性の声だ。間違えようが無い。 しかし、彼が何故花寺の代表としていのか。さっぱり判らない。 そんな混乱を他所に…ビスケット扉が開かれて、祐巳ともう1人の男子生徒が入ってきた。 「皆様、お久しぶりです。 花寺学園生徒会会長、柏木先輩から代理を言付かってきました、福沢祐麒です」 「ええ、お久しぶりね。祐麒さん。 でも、どうしてあなたが花寺の生徒会代理なのかしら? 今年の学園祭には生徒会長がこられると聞いているのですが」 「はい。そうなっていました。ただ、柏木先輩に急な会議が入ってしまい、抜けられなくなってしまったそうです。 それで、代わりに話を聞いてくればよいと言うことでしたので、オ…僕が代わりに来ただけです」 「う〜ん…話だけならそれほど重要な内容なんて無いのよ。 一番重要なのは、衣装合わせと劇の稽古だったの」 「そうなんですか…それは申し訳ありませんでした」 そういいながら、ちょっとしょげてしまう祐麒だった。 「ところで…」 白薔薇さまが興味津々と言った表情で、祐麒に話しかける。 「祐麒君って祐巳ちゃんの弟君だったの?」 「はいそうです。苗字で気づきませんでした?」 「うーん…祐巳ちゃんと知り合ったのがつい先日だったからなぁ。 それに『福沢』なんてありきたりな苗字じゃあねぇ。気づかないよ」 そこにツッコミを入れる薔薇さま。 「あなたがそれを言うのかしら? 『佐藤』聖さま?」 「あうちっ!」 白薔薇さまが痛い所をつかれた・といった感じで、額に手を当ててのけぞる。 リリアンでは名前で呼び合うので気づかないかもしれないが、確かに『水野』や『鳥居』に比べられると、名前はともかく『佐藤』はありきたりと言える。 それが面白かったのか、みんなから笑みがこぼれる。それと同時に、『薔薇の館に男子生徒がいる』という緊張感もいつの間にか霧散してしまっていた。 もしこれが、福沢祐麒ではなく柏木優だったら…ここまで早く溶け込めたかどうか疑問だろう。 「薔薇様たちは、祐麒の事をご存知だったのですか?」 話についてこれなくなっている祐巳が、何故薔薇さまがたが自分の弟の事を知っているのか聞きたくて話しかけた。 「ええ、知っているわよ。 祐巳ちゃんは知らないだろうけど、祐麒さんって今年の花寺で行われたミスコンテストで入賞してるんだから。結構有名な話」 「そもそも、審査員はわたくしたちだったのだから忘れるわけ無いでしょう? でも、祐巳ちゃんの弟さんと言われるとすごく納得できるわね」 そういって薔薇様たちは、祐巳と祐麒の顔を交互に見比べる。 そんな好奇の目にさらされて…祐巳と祐麒は同時に顔を伏せてしまった。 「あっ、忘れるところでした。 コレを山百合会の代表の方に渡して欲しいと言われてきました」 そういうと祐麒は、内ポケットから1通の封筒を取り出した。どうやら何かの書面のようだ。 「ええっと山百合会の生徒会長は…」 「あぁ、山百合会では生徒会長とか副会長とかいう関係は全く無いの。 薔薇さまと呼ばれる三人が平等な立場なの」 「じゃあ…」 「わたくしが代表して受け取らせてもらうわ」 紅薔薇さまが一歩前へ出て、その封筒を受け取る。そして、封を切って中にあった手紙を読む。 …しばらくして… 笑みをたたえたまま、その手紙を黄薔薇さまと白薔薇さまへと見せる。 見せられて薔薇さま2人は、紅薔薇さまの表情を読み取ったらしく、手紙を受け取って読む。 その後、2人も何か嬉しそうな表情に変わっていった。 「ええっと…何が書いてあったのか教えていただけますか?」 何か不安になってきた祐麒が、薔薇さまに聞く。 「今回来られなかった事に対するありきたりな謝罪の文章よ。 それとそのお詫びも…」 「お詫び?」 「そう。『代理にリリアンに赴いた人物に、何をさせてもかまいません』って♪」 『え゛?』 (な、何を言ってるの? 薔薇さまたちは) (なに考えてるんだ? ウチの生徒会長は) そんな姉弟を置いてきぼりにして、 「じゃあ、何をしてもらいましょうか?」 黄薔薇さまがウキウキしながら、紅薔薇さまに問いかける。 「そうねぇ…花寺生徒会長の替わりにシンデレラの王子役をやってもらうっていうのはどう?」 「そ・そんな無茶な!」 「あら? 無茶でもなんでもないでしょう? 祐麒さんのお姉さんの祐巳ちゃんは、もしかすると主役のシンデレラをやらなきゃいけないことになるかもしれないんだし。 それに比べれば、王子様の登場は後半に入ってからだから、セリフもあまりないしね♪」 (あまりないって…そりゃぁ、シンデレラに比べれば少ないかもしれませんが、劇中の登場人物の中ではかない多いほうなんですけれど…) そう突っ込みたかった祐巳だったが、完璧超人ぞろいの現薔薇さまがたには『あら、簡単な事でしょう?』と一笑に付されそうなので、あえて口にしなかった。 「無理です! 絶対に無理!!」 とはいえ、当の本人は寝耳に水で、代理として話を聞いてくるだけ・だったはずが、いつの間にか話の中心に担ぎ出されようとしていることにびっくりしながらも、反対を続けた。 「そもそもなんで俺なんですか?」 「そりゃあ…面白いからに決まってるでしょう♪」 「面白ければなんでもするんですかっ!?」 「ええ、もちろん♪」 黄薔薇さまにそうキッパリと言われて…祐麒は唖然としてしまった。 「でも、どうして祐麒さんが、生徒会長代理としてリリアンに来たのかしら? 確か、祐麒さんは生徒会の役員じゃなかったと記憶しているけれど」 「それは、薔薇さまがたが…」 『私たち?』 自分達が何かしたのだろうか? と首をかしげる三薔薇さま。 「『君は薔薇さまがたに選ばれて入賞者になったんだ。そして、今年のリリアン学園祭のチケットを手にしているんだろう? だったら、実際のお祭りのある前に行っておいて損は無いさ。それに、君の姉君はリリアン在校生だと言うじゃないか』って、生徒会長に言われて仕方なく」 そこで、三薔薇さまが『なるほど』と言いながら手を打つ。 「じゃあ、祐麒さんは間違いなく今年のリリアンの学園祭に来るのよね?」 「はぁ。チケットを持っているのに行かなかったら、先輩達に何を言われるかわかりませんから」 「それなら、劇に出演しても何の問題も無いじゃない♪」 「充分問題ですっ! というか、何故そこに繋がるんですかっ!」 「やっぱり納得してくれそうに無いなぁ」 「あたりまえです!」 白薔薇さまは考えた…ふりをしながら、ニヤニヤとしていた。いい事を思いついたか・というように。 「じゃあこうしましょう。祥子と祐巳ちゃんの例の賭けに1項目追加ね♪ 『学園祭までに祐巳ちゃんがロザリオを受け取ったら、王子様役は祐麒さんにやってもらう。受け取らなかったら予定通り花寺の生徒会長が行う』 ってところでどう? 追加項目だから、強制じゃなくて多数決で決めるとして…賛成or反対?」 白薔薇さまが有無を言わさず宣言して決を取る。 「賛成」「賛成♪」「…賛成」「反対」「反対」「反対」「反対!」「絶対反対!」 順に、紅薔薇さま・黄薔薇さま・黄薔薇の蕾・黄薔薇の蕾の妹・白薔薇の蕾・紅薔薇の蕾・祐巳・祐麒。 (ちなみに黄薔薇の蕾は、お姉さまににらまれて仕方なく賛成に回ったらしい) 「3対5で否決ですわね。お姉さまがた」 関係ない祐巳の弟まで巻きこまれる事を恐れた祥子はそう言い放つ。が、 「祐巳ちゃんは、現段階では山百合会関係者じゃないから除外でしょう? 祐麒さんは本人だから意見を尊重するとしても3対4よ。で、白薔薇さまは?」 「もちろん賛成♪ いいだしっぺが反対するわけないじゃない」 「これで、4対4。同数だけど…山百合会の薔薇三人が賛成だし、花寺生徒会長も書面上でだけれど『許可』しているから、可決よね♪」 薔薇さまの方が上だったらしい………負ける争いはしない人達。前回はある意味不意を突かれてしまったが、今回はそうは行かなかったらしい。 「祐巳っ! 絶対にロザリオとか言うものを受け取るんじゃないぞ!」 訳が判らないうちに決まってしまった事に対して、その賭けの内容も判らないまま祐麒は、姉に向かってそう切り出した。 「そんな事言ったって、未来の事が判るわけ無いでしょう?」 「祐巳の未来に俺の未来もかかってるんだ!」 「あの、お2人さん?」 『はい?』 「姉弟喧嘩なら、学園を出てからか自宅へ帰ってやってくれるとありがたいんだけど」 『…はい』 (私への嫌がらせ…ね) そのとき、祥子はふと思うのだった。 (もし王子様役が祐麒さんだったら………前回みたいな嫌な思いはしなくて良かったのに) が、祐巳にはこう呟いた。 「大丈夫よ。あなたに学園祭前はロザリオは渡さないから。だから、あなたの弟さんが王子役をやる必要も無いわ」 祐巳にだけ聞こえるような小さな声。安心させるためにいった一言。 ただ、その発言は祐巳を更なる不安に陥れる事になるとは、そのときの祥子にはわからなかった。
黄薔薇放送局 番外編 由乃 「とうとう祐麒さんまで巻き込まれちゃったわね」 乃梨子「いくら何でも外の方まで巻き込むのはどうかと思いますが……」 由乃 「令ちゃん、ここはビシッと黄薔薇さまに言ってやりなさいよ。 『人様に迷惑をかけるのもいい加減にしたらどうですか!』って感じでさ」 令 「由乃ぉ……無茶言わないでよ」 由乃 「もう、令ちゃんったら頼りにならないのだから! もういい、私が言ってくるわ。 今度こそ目にもの見せてやるんだから!」 令 「そ、それもやめてぇ〜(泣)」 由乃 「令ちゃんが情けないから私が代わりに言ってきてやるっていうのになによ!」 令 「由乃がそんなことするとその後に私が 『しつけがなっていないわね、お仕置きよ♪』てされるのだから(泣)」 由乃 「しつけですってぇ! 私は令ちゃんのペットか何かだって言うの!?」 乃梨子「(当たらずとも遠からずのような……)」 由乃 「もう許さない、あの凸! 令ちゃんも来なさい!今日という今日こそは決着をつけてやるわ!」 令 「よしのぉ〜」 乃梨子「……また私一人だけですか?」 次回予告 乃梨子「(息を深く吸い込む) 祐麒さまを交えて和やかに進む練習。 そんななか、一人だけ笑顔を浮かべてない方がいた。 祥子さまの行動はとうとうあの方の限界を超えてしまう。 二人の間柄はいったいどうなってしまうのか? 次回 マリア様の悪戯 第十話『分かれた道』 お楽しみにっ!」 乃梨子「はぁ、はぁ…… あぁ疲れた。 もう辞めたい……」