「どうしたの? 祐巳ちゃん」 「あ…いえ………皆さん遅いなぁと思って」 現在放課後、薔薇の館には祐巳と黄薔薇の蕾である支倉令の2人だけがいた。2人は令が入れたお茶を飲んで、待ち人であるそのほかの薔薇の館の住人が来るのを待っていた。 最初祐巳は『私がっ!』と、自分でお茶を入れようとしたが、令が『祐巳ちゃんはまだお客様。だから私が入れるのが普通なの。ほら、すわってて』と言われて素直に席についていた。 出されたのはコーヒーだったが…いつもよりおいしく感じた。 「薔薇さまがたはクラブ委員総会の学園祭最終打ち合わせでまだしばらくかかりそうだし、志摩子もその打ち合わせに出席してる。 由乃は調子が悪いから先に帰らせたから今日は欠席。本当は私も一緒に帰りたかったけれど、私はどうしても抜けられないから居残り。 まあ、打ち合わせが終わってから練習の予定だから、それまではゆっくりとしてていいよ」 「祥子さまは?」 「さぁ。でも、祥子は1度決めた事は絶対に守るから、しばらくしたら来るんじゃないかな。 詳しい事は聞いてないからなんともいえないけど…何かあったんでしょう」 「そう…ですか」 「祥子の事、気になるみたいね」 「え? ええ。まぁ」 生返事になってしまった祐巳は、はっとなって顔を上にあげる。そこには、黄薔薇の蕾の顔があって…びっくりした顔になり、また顔を下げる。 「ふふふ」 そんなころころ変わる表情を見ながら、令は微笑んだ。 「何かおかしいですか?」 「いや…前に白薔薇さまが言ってた言葉を思い出してね」 「へ? 白薔薇さまが?」 一体薔薇さまが何を言ったのだろう? まさか『祥子には似合わない』なんていってたんじゃあ…などと、1人で落ち込もうとしはじめる祐巳に、 「『祐巳ちゃんは今までの山百合会にはいなかった面白い子。まるで百面相』だって」 「ほえ?」 「祐巳ちゃんの表情を見ているだけで、考えている事が手に取るようにわかる。だから百面相だって。 今だってそうだよ。多分、『薔薇さまたちは自分に祥子の妹は似合わないって思ってるんじゃないだろうか』って考えたでしょう?」 「あうぅ…」 自分の考えていた事をずばりと当てられて、さらに小さくなってしまう祐巳だった。 「別にはずかしがる事なんてないよ。それだけ祐巳ちゃんは自分に正直って事だから。 それに、祥子の親友としての立場の私としても、黄薔薇の蕾としての立場の私としても、祐巳ちゃんみたいな子が祥子の妹になってくれた方がいいと思っているよ」 「え?」 まさか? と思う祐巳。 「まず後者の『黄薔薇の蕾』としての意見だけど… 祐巳ちゃんはもしかすると知らないかもしれないけど、私の妹の由乃って身体が弱いのよ。だからどうしても休みがちになっちゃって、山百合会として人手が足りなくなっちゃうの。 その点祐巳ちゃんなら、由乃と違って元気いっぱいに活躍してくれそうだし」 「…それなら、体育会系の妹を作った方がいいんじゃないですか?」 「祥子の隣に、祥子よりもガタイいい妹が立っている姿。想像できる?」 祐巳が想像力を発揮して……… 「…出来ません」 「これは極端な言い方だけどね。 それに、体育会系も文科系もだけど、部活をやってる子って部活動に時間を割かれる事が多いんだよね。私自身が剣道部に入ってるからよくわかる。そうなっちゃったらあまり意味ないでしょう? あと、体力は必要だけど鍛えるほどの体力が必要か? って問われると、答えはNo。もし必要だったら、白薔薇の蕾である志摩子には無理でしょう? だから『元気のいい普通の女の子』って言うところで祐巳ちゃんは十分合格♪」 「何か言いくるめられているような………」 「気にしない気にしない」 そういいながら、令は祐巳に微笑みかける。 「多分、薔薇さまたちも同じ事を考えていると思うから。 それと、前者の『親友』としての立場だけれど………」 そこに、 「それは私も聞きたいわね」 ビスケット扉に立っていたのは、 「さ、祥子さま!?」 「私の気づかないうちに階段を上がってくるなんて。成長したね、祥子」 「長い付き合いですからね。 で『親友』として、私の妹に祐巳が似合っている理由・私にも聞かせてもらえる?」 そういうと、祥子は令をじっと見据える。勿論令も、祥子の目をじっと見ていた。 一番おろおろしていたのは…祐巳だったのかもしれない。 数瞬の後に、ふっと令の方が力を抜いた。それだけでその場の空気が和んだように、祐巳には感じた。 「祥子はね、何でも自分1人だけで努力して物事を達成しようとする。別に悪い事じゃないけれど、そのためにどれだけでも無理をしてしまう。例え自分の限界を超えようともね」 「?」「?」 2人は、令が何を言い始めたのかわからないといった表情になる。 「紅薔薇さまは、自分の限界というものをよくわかってらっしゃる。だから自らが出来うる最大限の努力はするけれど、できない事ははっきりと出来ないと言う。 白薔薇さまは、絶対に無理はしない。言い方が悪いけれど、周りも必要以上に期待していないから、必要な時以外は肩の力を抜いている。 黄薔薇さま、私のお姉さまは全てにおいて普通以上に出来てしまう。だから本気で興味を持ったもの以外には全く努力をしない。あぁ、手を抜いているのとは違うから間違えないでね。 最後に私は…護るものがある。それに関しては絶対に譲れないし、無茶をしようとどんな努力も惜しまない。でも、それ以外に関しては無理はしない。やれる事とやれない事を見分けているつもりだから」 「それと私の妹とどういう関係があるのかしら?」 まだ判らないらしく、祥子は続きを促す。ちなみに祐巳はこの時点でちんぷんかんぷんになって…首をひねってばかりいる。 「祐巳ちゃんは普通の・祐巳ちゃんには失礼な言い方になっちゃうけれど、本当に普通の女の子。 聞いた話じゃあ成績も中の中・体力も多分中くらい。容姿は…志摩子みたいに綺麗かどうかと問われると、やっぱり中くらいってなっちゃうけれど、可愛らしいと言う点では最上級だと思うよ。 そんな子だからこそ、全てにおいて最上級の祥子には合うと思う」 「………」 「なんでも無理をしてしまう祥子には支えが必要なのよ。いつでもどこでも支えてくれる妹がね。 ただしそれは祥子と同じ全ての面が最上級じゃあダメ。支えきれない。絶対にどちらかがつぶれちゃうか衝突しちゃうから。 その点、祐巳ちゃんはその支えにもっともふさわしい。私はそう感じてる」 こんな事を言ってたら、祥子は多分ヒステリーを起こすだろうと思いながらも、全てをいい終えた令。 「………そうね」 「祥子!?」「祥子さま!?」 まさか肯定されるとは思っていなかった令。似合っているといわれた事に否定しない祥子の発言にびっくりした祐巳。 「私だっていろいろと考えているわよ。もっとも、自分で自分の事を完璧に言い当てられる人間なんていないでしょうけれどね。先ほどの令の自己診断も間違ってるところがあったし」 「どこが?」 「由乃ちゃんを守ろうとするところ。無理するって言葉が甘いくらいに無茶をしてる。間違っていて?」 「………流石にわかる…かぁ」 令は額に手をつけて天を仰ぐ。どうやら自分でもその辺りはわかっているらしい。 「ちなみに、祐巳の目から見た私の評価としては…お嬢様・潔癖症・高慢・ヒステリー…間違ってる?」 「間違ってません……あっ!」 つい口に出してから、それがすごく失礼なことだと気づき口を手で押さえる。が、時既に遅し。 うなづいただけとはいえ、上級生に対しての暴言・しかも紅薔薇の蕾。怒られて当たり前。 しかし… 「その通りよ。私は高慢でヒステリー。欲しいと思ったもがあったら必ず手に入れなくてはすまないタイプ。 だからこそ私は、祐巳を妹に欲しいと思っている。もし誰かにとられそうになったら、力ずくでも奪ってしまいそう」 「誰かって? 誰か祐巳ちゃんを妹にしたいっていっている人がいるの?」 祥子の言葉の中に引っかかるものを感じて、問いただす令。ちなみに祐巳にはその事はわからなかったらしい。 「ええ。令もよく知っている人物よ」 「よく知っている? そういっている以上、本人じゃありえないから祥子は違うわよね。 薔薇さまがたにはそれぞれ妹がいるし、私にも妹はいる。 志摩子は蕾だけど1年生だから妹にはなりえない。由乃も論外。となると、私や祥子の友達………思い浮かばないなぁ。 一体誰の事?」 例は首をかしげ続ける。祐巳にいたっては、何が何だかわからないといった表情を続けている。 「私が、学園祭までに祐巳を妹に出来なかった時の賭け…覚えている?」 「ええ。祥子がロザリオを………って、まさかっ!?」 「そう、そのまさかよ。直接言われたわ。 無論『約束を果たすことが出来なかった場合』という大前提があるのだけれど」 「あの〜 祥子さま、令さま、一体何をお話ししていらしゃるのですか?」 完全に置いてきぼりにされている祐巳が、2人の会話に入ってきた。 (ああ、彼女にはわかりにくい話だったわね)と令は思い、 (ああ、祐巳はそんな子だったわね)と祥子が思いながら、二人は祐巳を見る。 2人に見つめられて、そのまま肩をすくめてしまう祐巳だった。 「祐巳ちゃん。祥子が薔薇さまがたと約束した賭けの事を覚えている…わよね」 「は、はい。 私が祥子さまのロザリオを受け取ったら、私がシンデレラ役をやらなければいけない…ですよね?」 「もうひとつあったでしょう?」 「………私が受け取らなかったら、祥子さまが紅薔薇さまにロザリオを返して、紅薔薇の蕾ではなくなる?」 「そう、それ。 そこで問題。もし祥子がロザリオを返した場合、紅薔薇ファミリーはどうなるかしら?」 「現在の紅薔薇さま1人だけになります…よね?」 「正解。 しかしそれはかなりまずい事ってのはわかるよね。薔薇の蕾がいないなんて…少なくとも早いうちに新しい妹を作らなくてはいけない。 さてここで質問。さっき『私たちの知っている人が、祐巳ちゃんを妹にしたいといっていた』って祥子が言ったわよね。これは暗に山百合会幹部の誰かと言う事になる。 でも、現時点で妹がいない幹部はいない。けれど、もしかすると学園祭が終わった時点で妹がいなくなってしまうかもしれない人物が1名いる」 「はぁ。でもそれが何か?」 ここまで言ってまだ判らないと言うのも…彼女らしいと言えば彼女らしいかも。 「つまり、紅薔薇さまが祥子からロザリオを返された場合、自分の妹・次の紅薔薇の妹に祐巳ちゃんをって考えてるって事」 「そうな…な…な………」 あ、固まった。まあ、普通の女子生徒でいきなりこんな事を言われて固まらない方がおかしいかも・などと考えてしまう令と祥子だった。 数分後。 「祐巳ちゃん。大丈夫?」 令が用意した濃い目のお茶を飲んで、なんとか再起動を果たした祐巳。 「は、はぁ。何とか。 でも、冗談ですよね? 紅薔薇さまが私を妹にだなんて」 「いいえ、本当よ。お姉さまの口から直接聞いたから。 でも、祐巳は私の妹。誰にも渡すつもりは無いわ」 「祥子…さま」 祐巳はその言葉を聞いて………複雑だった。 (やっぱり、『妹になって』という言葉はおっしゃってくれないのですね…) その後、薔薇さまと志摩子が打ち合わせから帰ってきて劇の練習が行われたが、祐巳はどことなく表情が硬かった。 薔薇さまたちでさえ見抜けない、ほんの僅かな…何かが。
黄薔薇放送局 番外編 ぷら〜ん ? 「……(涙)」 ぷら〜ん 乃梨子「はぁ、なんで私まだこれ続けているんだろ……っっっ!? 令さま?」 令 「もがー(ぷら〜ん、ぷら〜ん)」 乃梨子「逆さづりの上、ガムテープで口封じなんて、……今度は何をしてしまったのですか?」 令 「あにもいてあい〜(泣)(ぷらら〜ん、ぷら〜ん)」 乃梨子「何もしていないって、いくら何でもそれならあの方々もここまでしないでしょうに……」 令 「といかくたひけて〜(号泣)(ぷらら〜ん、ぷら〜ん)」 乃梨子「はいはい、ちょっと待ってくださいね。 ……? 『登場しすぎの罪。解いたら同罪ね♪ by江利子・由乃』 ……申し訳ありませんが、志摩子さんに至急の用で呼ばれているんでした」 令 「む〜〜!?」 乃梨子「令さま……ごめんなさい!(彼方へダッシュ)」 令 「。・゚・(ノД`)・゚・。」 次回予告 江利子「来るはずの生徒会長が来ない」 由乃 「代わりに来た人物は見知った彼だった」 江利子「祥子の通った道とは変わりつつあるこの世界。結末は……」 二人 「祐巳の不安もつもる 第九話『狂い始めた歯車』 お楽しみに!」 由乃 「続きが早く読みたい方は作者さんに感想を送ってあげてね♪」 由乃 「黄薔薇さま、令ちゃんいつまであのままにしときましょうか?」 江利子「あら、そろそろ気になる?(笑)」 由乃 「(むっ)そ、そんなことありません! ただ時間的にどうかなと思っただけです!」 江利子「(くすくす)なら、もう少しあのままにしておきましょうか。まだ大丈夫だろうし」 由乃 「そうですね、まだまだ平気ですもんね(ゴメンね、令ちゃん……)」 江利子「(あぁ、姉妹揃って可愛くて仕方がないわ〜♪)」