昨日の事は夢だと思いたい。でも、祐巳の頭の中は結局混乱を静める事は出来なかった。 なにせ、紅薔薇の蕾から妹にすると言われ、さらに賭けで自分が紅薔薇の蕾の妹にならなければ、祥子さまは紅薔薇の蕾ではなくなる。 昨日の朝まではただのリリアン1生徒でしかなかった自分が、こんな事になろうとは…誰も思わないだろう。 だが…現実は現実。 確かに憧れである祥子さまの妹になれるという事は、例え天地がひっくり返ったとしてもありえないと思っていたことだ。しかし、昨日祥子さまははっきりと、自分を妹にするといった。 嬉しい。舞い上がるほど嬉しい。が、何の取柄も無い・何事も中の中でしかない自分が、天上の存在である祥子さまの妹………似合わない。釣り合わない。絶対に無理。 そして出るのは…ため息。 (どうしてこんな事になっちゃったんだろう?) 鏡でタイを直しながら、だんだんと鬱になっていく自分の顔を見つめていた。 「ごきげんよう。祐巳」 「ご・ごきげんよう…祥子…さま」 マリア様の像の前で出会った2人は、マリア様の像に祈りをささげた後、お約束とも言える祥子の手による祐巳のタイ直しが行なわれ、2人揃って校舎へと向かう事となった。 その最中、 「あ、あの…祥子さま?」 「何かしら?」 「祥子さまは私の事をご存知でいらっしゃったみたいですが、どこかでお会いしましたっけ?」 「? ああ、そういえばそうだったわね。 祐巳とは昨日、マリア様の前で出会ったのが初めてよ」 その一言に驚きを隠せない祐巳 「昨日が始めて!? 初めて会ったのに、そんなにすぐに妹にするんですか? 祥子さま」 「わたくしには祐巳は大切な存在・それは例え何があっても変わらないものなのよ。時間なんて関係ないわ。 …本当は…」 「え?」 「ううん、なんでもないわ」 そういって祐巳に微笑みかける祥子。それを見た瞬間、自分の顔も赤くなるのがはっきりとわかる祐巳だった。 「………で、なにかなぁ、これは………」 教室へ入って自分を見る級友の目がいつもと違う…というよりも、完全に好奇の目で見られているのを感じながら、祐巳は自分の席へと着いた。 「おやおや、あなたがそれを言いますか?」 「蔦子さん」 祐巳の前に立ったのは、いつもカメラを手放さない彼女だった。 「じゃあ、蔦子さんはこの理由がわかると言うの?」 「いわなくても判ってると思ったんだけど…とぼけているのか、それとも本当にわからないのか」 「とぼけてるって?」 「………祐巳さんって、想像以上に大物かもしれないわね………」 祐巳の百面相を見慣れている蔦子にとっては、彼女の言葉に裏など何もないことがはっきりと分かる。 「さて問題です。 祐巳さんは今日、どうやって登校したでしょう?」 「どうって………」 ふと首をかしげて、 「普通にバスで登校したけど、それが何か?」 その一言で、がっくりとうなだれる蔦子。もっとも心の中では、 (ああ、そういえばこの子はこういう子だったっけ) などと思ったりもした。 「そうじゃなくて、マリア様の前からの行動を言ってるんだけどなぁ」 「マリア様の前…」 ………3・2・1……… ぽんっ! という音が聞こえるかのように、祐巳の顔が真っ赤になった。それを見て蔦子も、 (やっと判ったみたいね) 心の中でうなづいた。 「わ・わ・わ・わた・わた・わたし、紅薔薇の蕾と………」 今日の出来事を思い出して、やっとその事象を第三者の目から見たときどう思われるかがわかったらしい。 「そういうこと。今日のアレは『見てください』といわんばかりの行動だったわね。 昨日はあんな事をいってたのに、いつのまに儀式をしたの?」 「へ?」 祐巳の頭は現在オーバーヒート気味だが、それでも蔦子のいった言葉をなんとか解釈する事が出来たようだ。 「なんのこと?」 「またまたぁ。 2人だけであんなに仲良く登校なんて、ロザリオをもらったんでしょう?」 興味津々といった表情で蔦子が問いかけるが、祐巳は千切れるのではないかと思うほどの速さで首を横にふった。 「まさかぁ! 祥子さまから受け取れるわけないじゃない」 「でも、姉妹じゃないのに祥子さまが一緒に登校するなんて。しかも、祐巳さんを待って…」 「え?」 「写真部のエースをなめないでね。 祥子さまが祐巳さんが来るまでの約10分間、じっと待っていたのよ? しかも、いつもは紅薔薇さまと一緒に教室へと向かうのに、今日はわざわざ紅薔薇さまを先に行かせて、自分は待っていた…どう考えても普通じゃないわ」 「………………」 祐巳の頭は混乱の度を増していた。紅薔薇の蕾は、姉である紅薔薇より自分を待っていたという事実に。 しかし自分はまだロザリオを受け取ったわけではない。というよりも、受け取るつもりは全くない。不釣合いも甚だしい。 それに、妹が姉を待つのなら判る。が、姉が妹を待つと言うのは……… 「本当にロザリオを受け取ってないの?」 「あたりまえでしょう? 大体が、昨日一緒に帰ったのに、アレからどうやって祥子さまからロザリオを受け取れと言うの?」 「…ごもっとも」 昨日の事を知っている唯一の部外者である蔦子は、その言葉に…納得した。 「それに、受け取るという事は…」 「ああ、あの賭けの事ね」 祐巳は即座に首を縦に振る。 「じゃあ、今日の写真はそのままお蔵入り・かぁ」 蔦子は残念そうな顔をしてため息を一つつく。 「ということは、今日の朝のシーンも!?」 「勿論♪ バッチリと♪ ま、祐巳さんが否定する以上、絶対に公にはしないけどね。 でも…新聞部がねぇ」 「へ? 新聞部?」 「こんなにおいしいネタを放っておくと思う?」 「おも…わない」 「事実を把握している私は、今回は一切ノータッチという事にしておくわ。新聞部に友達が絡むようなネタを提供するつもりもないし。 でも、確実に新聞部は動くでしょうね。とりあえず、お昼休みは教室にいない事をお勧めするわ」 「祥子も思い切った事をしたものね」 薔薇の館で、紅薔薇の蕾と黄薔薇の蕾は昼食をとっていた。他には誰もいない。薔薇さま達はどうやら裏でいろいろと動いているらしい。 とはいえ、祥子の食はやはり昨日と同じく一向に進んでいない。もっとも、昨日のように一口も口にしない・というのではなく遅々としてではあるが、箸は進んでいる。 「そうでもないわ。あれが精一杯の反抗」 「お姉さまたちに反抗するなんてすごいと思うけどね。しかもあからさまな拒否じゃなくて、しっかりとした裏づけを取っての反抗とは。あの後大騒ぎだったのよ? で、あの『祐巳』って子を学園祭前日までに妹に出来そうなの?」 その言葉に、祥子は微笑みで、 「学園祭前日まで、祐巳はわたくしの妹にはしないわ。そんな事をしたら祐巳がシンデレラ役をやらなければいけなくなるもの。 祐巳には迷惑をかけないつもり」 「!? じゃあ、紅薔薇の蕾を…」 「わたくしにとって、そんな称号よりも祐巳の方が大切なのよ。 もっとも、お姉さまも大切だけど………」 「同じ大切でも全く違う・か。 でも、そうすると祥子はシンデレラ役を降りられないよ? どうするつもり?」 「そこまでは秘密。たとえ令でも…ね」 そういいながら、祥子はまだ半分以上残っているお弁当のふたを閉じた。 「………祥子にも考えがある・ってこと?」 「ええ。 貴女にとって由乃ちゃんが大切なように、わたくしにとって祐巳は…」 自分の妹を比較に出されると、流石に続きを・と言うわけにはいかない。令にとって由乃は大切な妹。それをわかっている祥子が言う以上、それは… 「………一つだけ聞かせて」 「なにかしら?」 「祐巳ちゃんといつ出会ったの?」 その質問に、祥子は一瞬答えをためらう。令は祥子にとって親友と言っていい。そんな彼女に嘘はつきたくない。 だから… 「去年の学園祭の時よ」 「え? 去年って………」 去年はまだ自分達は1年生。薔薇の蕾の妹。祐巳や由乃は中学部のはずだから、会えるとは考えられない。 「これ以上はごめんなさい。でも…」 「うん。私に嘘は言ってないね。 目を見れば判るよ」 「…ありがとう」 「どういたしまして」 こういう時、本当に親友と言うものはありがたいと思う。 音楽室の掃除が終わったあと、祐巳は1人音楽室に残った。 「はぁ…みんなが帰ってから帰ろう。じろじろ見られたりするのは嫌だもの」 ピアノの前に座った祐巳は、独り言を呟く。お昼の時点であの状態だったのだ。どう考えても放課後は… そう考えるだけで、鬱になってしまいそうだった。 ピアノの鍵盤をはじきながら、 「何故祥子さまは、私なんかを妹にしようと言ってるのかなぁ」 初めて祥子を見たときの事を回想する。 それは、山百合会主催の1年生歓迎式でのこと。 薔薇様たちはどなたもお美しかった。しかし、祐巳の瞳は3人の薔薇さまではないある1人の上級生に釘づけになってしまった。 紅薔薇の蕾、小笠原祥子 彼女の姿に・そして彼女の弾くピアノに、心を奪われてしまった。 とはいえ、自分はただの新入生・対する祥子は山百合会の幹部。それは単なる憧れでしかなかった。 自分が妹になんて………考えることですらおこがましいことと思う。 「はぁ…」 何度目のため息だろうか? と、後ろからすっと手が… 「#$%&=〜★※♪ーーーっ!」 「なんて声出してるの? それじゃあまるでわたくしが襲っているみたいじゃない」 「お、音もなく背後から現れれば、誰だって悲鳴を上げます! 祥子さま!」 多分、この時点で祐巳の心臓は、ハムスターといい勝負をするほどの速さで鼓動を打っていただろう。 「弾いて」 「え?」 「もう一度…1,2,3…はい♪」 そして…祥子と祐巳の連弾が始まる。 祐巳は憧れの祥子との2人きりの連弾に心躍らせて。 祥子は一番大切な祐巳との2人だけの時間に安心感をもって。 が、祐巳の心が………乱れる。 「やっぱりだめですね。祥子さまには着いていけません」 「そう? とっても気持ちよく弾けていてよ」 確かに最初は気持ちよく弾けた。が、どうしても自分にはつりあわないと感じてしまい…最後は……… 「そろそろいきましょうか」 「へ?」 「これから学園祭までずっと、シンデレラの稽古に付き合ってもらいたいの」 「え? でもそれは、あたしがロザリオを受け取ったときの話じゃあ…」 「大丈夫。祐巳には迷惑をかけるつもりは全くないわ。ただ見に来てくれるだけでいい。 ただ…少しでも一緒にいたい・わたくしの練習風景を見ていて欲しい・見守っていて欲しいというだけだから」 「祥子さま。それって一体…」 「祐巳は、シンデレラ役をする必要は全くないの。シンデレラ役はわたくしがこなすわ。 祐巳は側にいてくれるだけで…いいから」 その言葉に、びっくりした表情になる。 「祥子さまは、シンデレラ役を降りたいために賭けをしたのではないですか?」 「確かに、シンデレラ役をするのは嫌よ。でも、それはわたくしの我が侭でしかない。 我が侭に祐巳を巻き込むわけにはいかないわ」 「どうして…あたしなんですか?」 何の取柄も無いただの1生徒でしかない自分なのか? 祐巳の言葉にはそんな意味が混じっていた。 それに微笑をかえしながら… 「それは………貴女が、誰でもない『福沢 祐巳』だからよ」 「えっ?」 「わたくしは自分の意思であなたを妹に選んだ。他の誰でもないあなたを。それだけよ。 それに、そんなに自分を卑下するものじゃないわ。祐巳の良さは誰よりも知っているつもり」 そういわれても…祐巳には何のことかさっぱりわからない。自分にそんな良い所などあるのだろうか? 紅薔薇の蕾の妹になるほどの良さなんて… 「それで、答えてもらえるかしら。稽古に付き合っていただける?」 「は…はい」 「よかった。じゃあ、行きましょう」 「はい」
黄薔薇放送局 番外編 由乃 「祐巳さんも大変よねぇ。 そりゃ確かに祥子さまが自分の境遇を告白したところで 信じられにくいのは事実だろうけど、いつも以上に右往左往しているのをみるとねぇ……」 令 「でも由乃、実は楽しんでいない?」 由乃 「あ、やっぱり令ちゃんには分かる? だって、右往左往おろおろしている祐巳さんて本当にかわいいのだもの!」 令 「(苦笑)」 乃梨子「『妹にしたい上級生』というアンケートで他を引き離してトップだったみたいですよ」 由乃 「あぁ、分かる分かる確かにねぇ……って何なのよそれ。 ……っとごきげんよう、乃梨子ちゃん」 令 「乃梨子ちゃん、ごきげんよう。 お姉さまは?」 乃梨子「ごきげんよう、江利子さまは『今回は任せたわ』と仰ってどこかへ行かれました」 由乃 「どうせ、なにかおもしろそうなものを見つけたんでしょ。 (そろそろココにも飽きてきたのかもしれないし)でもそうならここは私のもの?」 令 「由乃、本音の方が漏れてるってば……(苦笑)」 乃梨子「……」 由乃 「あ、いや、その…… 今後の展開も楽しみよね! 次回『薔薇の館へのご招待』お楽しみに! 早く読みたい人はkeyswitchさんへの感想も書きましょうね! それではごきげんよう!」 二人 「ごきげんよう〜」 乃梨子「……いいんですか?」 令 「まぁ、今日はお姉さまもいらっしゃらないからね(苦笑)」