マリア様の悪戯

第三話

新たな道を歩む選択

「あっ、あの…」
「どうしたの? 志摩子」
 今まで傍観者をしていた志摩子が、困った表情の祐巳の感じを見抜いたかのように声をかける。
「薔薇さまがたは、事を急ぎすぎていると思います。お姉さまが仰ったように、祐巳さんはまだ混乱しているのではな
いでしょうか?
 それに、祐巳さんはまだ受けるかどうかもはっきりと仰っていませんし…」
 その言葉に、全員の目が祐巳に向かう。で、向けられた本人は…結局目を白黒さえる事しか出来ない。
「その子がロザリオを受け取らないとでも?」
「ですが、確認はしたほうがよいかと」
「それもそうね。わたくし達としたことが急ぎすぎたらしいわ。
 では改めて。祐巳さんに聞いて見ましょう。

 祥子が、貴女を妹にしたいということだけど…貴女は祥子のロザリオを受けとる気持ちはあって?」
 この後の祐巳の答えはわかっている。判ってはいるが、それを受け止められるかどうか…自信が無い祥子だった。
 祐巳が自分を拒否する。拒否される。それだけは………嫌。
 でも、目の前の祐巳は、まだ自分が知っている祐巳ではない。が、祐巳は祐巳。その口から拒否の言葉は聞きたくな
い。
 しかし答えは、無常にも祐巳の口から
「申し訳ありません………わたし、私、やっぱり祥子さまの妹にはなれません」
「………どうして? って、聞く権利くらい、わたくしにはあるわよね」
 何とか耐えた。彼女の拒絶を。
「祥子の本性を見て嫌いになった?」
「嫌いじゃなくて! そうじゃなくて…
 うまく説明出来ないんですけど…ファンだからって、必ずしも妹になりたいかと言うと…そうじゃなくて…」
 ああ、祐巳はそういう子だった。前回はそれほどではなかったが、祐巳が自分のファンだということが・嫌っていな
いことが彼女の口から発言された事はとても嬉しかった。

「どっちにしろ、またもふられたって訳ね」
「かわいそうな祥子。番狂わせの2連敗」
「………」
 前回は『かわいそう…と仰るのであれば』と発言した気もするが、今回は祐巳の発言で心が和らぎ、何もいいかえせ
なかった。
 と、祐巳が不意に会話に加わる。
「あの…」
「なにかしら?」
「花寺の方にお願いして、今回は遠慮していただくわけには?」
「貴女…今頃になって、祥子を助けようと言うの?」
「だって! 祥子さまにちゃんと伝わっていなかったのは、皆様方にも責任があるのでは…」
 その言葉を聞いて…祥子は暖かい感情に包まれた。祐巳が自分を助けてくれる。
 無意識に祐巳を抱きしめてしまった祥子。
 周りはその行動にびっくりする。薔薇さまがたも…抱きしめられた当の本人も。
「ありがとう、祐巳。でも、お姉さま方を非難しないで」
 

 そんな2人の姿を見て、薔薇さま達は一つため息をつく。
「そうね…このまま無理やり男子とダンスをさせるのも…」
「後輩が納得できないような事を強要するような人間に、生徒会を引っ張ってゆく事は出来ないし」
「といっても他に方法は………そうだ、ひとつ賭けをしましょう♪
 祥子にチャンスを与えて、納得して罰ゲームをやってもらうというのはどう?」
「それにわたくしが勝ったら?」
 実の所、祥子はこれから白薔薇さまが言おうとしている勝負の内容もわかりきっている。そして、別に勝つ気はない
。いや、勝ってしまうと祐巳に迷惑がかかる以上、勝つつもりは全くないといってもいい。負けるつもりだ。
 だが、ふとある事を思いついた彼女は、わざとその賭けに乗るように言葉を続けた。
「シンデレラを降りていい。今度こそ約束する」
「判りました。
 それで、その賭けの内容というのは?」
「祥子が祐巳さんを妹に出来るかどうか。期限は学園祭の前日まで。
 一度断られた相手にロザリオを受け取らせるのは至難の業だよ?」
 そういいながら、白薔薇さまは祐巳へと歩み寄って…祐巳の顔を見ながら言葉を続ける。
「そうそう、祥子の味方しようとしてその気が無いのにロザリオを受け取らないこと。シンデレラの役に穴が開いたら
その場所に貴女がはいるんだから。
 ロザリオを受け取った時点で貴女は祥子の妹・お姉さまが開けた穴をふさぐのは妹の役目でしょう?」
「じゃあ、薔薇さまがたと祥子さまの賭けというより、祥子さまと私の勝負になるんじゃあ…」

 と、
「お姉さま方だけで、賭けの内容を決めるのは不本意です。わたくしも1つだけ条件をつけさせていただいてよろしい
でしょうか?」
「? 内容にもよるけど…無茶なことじゃなければ飲むよ」
「わかっています。わたくしのけじめのようなものです。
 自分で言った事を守れないなんて、わたくしのプライドが許しません。それをはっきりとさせたいだけです」
「…まぁ、いいでしょう」
 紅薔薇さま達は祥子の提案を肯定した。例え何を言われてもこれ以上悪化する事はないと思って。

 が、祥子の爆弾はそんな生易しい物ではなかった。
「では。
 もし学園祭までにわたくしが祐巳を妹に出来なければ、わたくしは紅薔薇さまの妹であることを辞退します…お姉さ
まにロザリオをお返しして、姉妹の縁を切ろうと思います」
『な・なんですって!?』
 三薔薇さまはとんでもない事を言われ、唖然としていた。
「だってそうでしょう?
 わたくしは一度言った事は必ず守ります。祐巳を妹にする・それが出来ない以上、次期紅薔薇として・現紅薔薇の蕾
としては失格。山百合会を引っぱってゆくことも出来ないでしょう。そういう訳です。
 それでは、お先に失礼させていただきます。ごきげんよう」
 唖然としている三薔薇さま…いや、薔薇の館にいた祥子以外の全員が固まってしまっていたが…をおいて、祥子は薔
薇の館を後にした。

 祥子が薔薇の館を後にしてしばらく経ち…
「………してやられたわね」
「全く…」
「本当にやってくれるわね。紅薔薇ファミリーは」
 三薔薇さまは、うまく終わる直前に自分達の思惑が完全にひっくり返された事にため息をつくしかなかった。
「あの…それって一体?」
 訳がわからないと言った表情をして、祐巳が聞く。蕾である令や志摩子は何となくだが判ったようだが、蕾の妹の由
乃や蔦子もいまいち言いたいことが判らないらしい。
 そんな彼女達に、紅薔薇が説明をする。
「私達がさっきの祥子の発言を否定しなかった。これは肯定したのと同じ意味になるのよ。
 私達も祥子にシンデレラ役を・そして王子役に花寺の生徒会長を推薦した時、祥子がいなかったのを利用した。言い
換えれば、祥子の否定が無かったから肯定したと決められることができた。
 もし今の祥子の約束を反故にするということは、否定しなかった事は肯定したことでは無い・祥子をシンデレラ役に
、花寺の生徒会長を王子役に決めた事を同じように反故にしなければいけない。
 つまり、この賭けをチャラにするという事は、無条件で祥子をシンデレラ役から降りる事を認めなければいけない。
そういうことよ。
 そして彼女が退席した時点で、この賭けは彼女の発言を含めて成立してしまった」
 肩をすくめながら、紅薔薇さまはそう説明した。
「さて、これからの山百合会運営に祥子が抜けられると…かなり痛いわね」
「痛いどころじゃないわよ? 私達黄薔薇ファミリーは安泰としても、中心である紅薔薇ファミリーが蓉子1人になっ
てしまってはねぇ」
「すごい隠し玉を持ってたもんだね。いや、あたしの発言を聞いてから考えたとしたら、頭の回転がいいのかな?
 流石は時期紅薔薇さま・紅薔薇の蕾だね〜」
 軽口をたたいているものの、三薔薇さまの表情は曇っていた。

「あのままいけば、傍観者でいられたのに残念」
「これで傍観できなくなっちゃったなぁ」
「とはいえ、どちらかに肩入れしようとしても………
 祐巳ちゃんに協力すれば、祥子はシンデレラ役を受けるしかない。でも、学園祭が終わった時点で山百合会からいな
くなってしまう。
 祥子に協力すれば、山百合会の大切な人材を失わずに済む。でも、シンデレラ役を祐巳ちゃんがやる事に…例えその
時点で妹になるとしても、現時点で山百合会役員じゃない彼女に迷惑を掛けるわけには行かない。それ以上にそんな不
安を彼女1人に負わすわけには行かない。
 …どちらも選択できないわね。
 というわけで、祐巳ちゃん」
 急に紅薔薇さまに話を振られて、慌てる祐巳。
「は・はい?」
「今日はいろいろなことがあって混乱しているでしょうから、早く帰って何も考えずにゆっくりとお休みなさい。
 後の事は、わたくしたちが考えることだから。
 さっきも言ったでしょう? 現段階では、山百合会幹部とは全く関係のない1生徒である祐巳ちゃんに迷惑を書ける
事は出来ないものね♪」
「そ・そんな…迷惑だ…なん………」
 祐巳は…言葉が続かない。
「ごめんね、祐巳ちゃん。あたしがあんな賭けを持ち出したせいで、お家騒動に巻き込んじゃって。
 でも大丈夫。祐巳ちゃんが不安になる必要は無いよ。これは薔薇さまであるあたし達の問題。祥子が最後に言った事
は気にする必要は無い。
 祐巳ちゃんは自分の思った事を、意思を貫けばいいんだから」
 白薔薇さまは、固まってしまった祐巳に優しい言葉をかける。
「でも…わたしがロザリオを受け取らないと、祥子さまは紅薔薇の蕾じゃなくなる…」
「だ・か・ら、それは気にしなくていいって。
 学園祭の後のことは、あたし達が何とかする。それはちゃんと約束するから」
「そうそう、祐巳ちゃんは気にする必要は無いのよ。
 それに、最悪何とかする方法はあるんだから」
 黄薔薇さまの言葉にふと顔を上げる。
「え?」
「ま、本当に最後の手段・ウラワザではあるけどね♪
 だから、祐巳ちゃんは最後に祥子が言った約束は気にしなくっていいの」
「はい………」
「じゃあ、今度こそ解散。
 ああ、聖と江利子はもう少し残って頂戴」
 紅薔薇さまの一言で、薔薇さま以外は解散と相成った。



 薔薇の館を後にして、祐巳と蔦子は銀杏の葉が舞う並木を歩いていた。
「どーしてOKしないかなぁ? 祐巳さんが妹になれば祥子さまとの交渉もしやすかったのに」
「蔦子さんは私じゃなくて写真の心配をしていたのね」
 そして2人は、マリア様の像の前で立ち止まると、いつものように手を合わせてお祈りを始めた。
 お祈りが終わり、マリア様の前を離れようとした時…
「お待ちなさい」
 聞き覚えのある声に振り返る。そこには、先に帰ったはずの祥子が立っていた。
「祐巳に迷惑を掛けてしまった事は謝るわ。でも、わたくしには・わたくしの妹には祐巳、貴女しかいないの。それだ
けはどうしても譲れない。
 覚えていらっしゃい。わたくし、必ず祐巳の姉になって見せるから」
 それだけを言い残すと、祥子はそこを後にした。
 残された祐巳は………
黄薔薇放送局 番外編

蓉子 「祥子…… いったい何を考えているのかしら?」
江利子「うふふぅ〜 教えてほしい、ほしい?」
蓉子 「(むむ) いえ、結構よ。 あの子が今私に伝えたくない、
	ということは何か理由があるのだろうから。 私は信じるわ」
由乃 「さすが紅薔薇さま、祥子様のことがよく分かっていらっしゃいますね(ニヤリ)」
蓉子 「ふふ、ありがとう。 まぁ本当に危なそうに見えたらその時はもちろん動くけどね」
江利子「……」
令  「(オロオロ)」
乃梨子「あぁ、そういえば管理人からいよいよ言い訳できないくらい遅れたから自刃しました、ということらしいです」
由乃 「あ〜! あれほど言ったのになんで私に連絡しないのよぉ!!」
江利子「そりゃやっぱり、さっぱりと逝きたいからじゃない? 下手な人にやられると最後まで苦しむって言うし」
由乃 「どういう意味ですか、それ……」
江利子「あら? 言葉の通りだけど何か?(笑)」
令  「はい、今日はここまで。 続きが早く読みたい方は是非keyswitchさんに感想を送ってくださいね!(汗) 」
由乃 「令ちゃんなんでこんな時にそんなこと言っているの……」

……
……

蓉子 「相変わらずこんな感じなの?」
乃梨子「ええ、ずっと変わりませんね」
蓉子 「……あなたも大変ね」
乃梨子「ありがとうございます」