マリア様の悪戯

第二話

微笑みと混乱

 昼休み…薔薇の館での昼食。
 だが、祥子の食欲は全くといっていいほど無い。持ってきたお弁当のふたをを開けたまではいいが、彼女の箸は全くといっていいほど動いていない。
「どうしたの? 朝からおかしいとは思っていたんだけど…本当に大丈夫?」
 姉である蓉子は、ため息ばかりをついて一向に食が進まない祥子を心配して声を掛ける。
「私に志摩子を取られたのがそんなにもショックだったのかな〜?」
「聖!」
 禁句・とまではいかないものの、祥子が一度ふられている事は誰もが知っている。そしてそのふった相手を、白薔薇さまである佐藤聖が妹にしたことも。
「お姉さま。そんな事は一向に気にしていませんわ」
「そんな事って………妹を作るという事は簡単なことではないのよ?
 それとも、妹を作らないつもりなのかしら?」
「心配はご無用です。
 わたくしの妹は彼女しかいません………妹は既に決まっています」
『!?!?』
 一瞬、薔薇の館の空気が固まる。
 その発言に耳を疑ったのは薔薇さまたちだろう。なにせ、昨日までそんなそぶりは一切無かったのだから。

 確かに祥子が志摩子にふられたときのことも良く知っている。そして、聖がその志摩子を妹にした事を知ったときの祥子の姿も。
 しかし、彼女は気丈だった。落ち込んでいる姿などというものを、この山百合会・いや、リリアン生徒の誰一人としてみた事は無いだろう。
 だが、今の祥子の姿は…落ち込んでいる・といった表現がぴったり合うほど覇気がない。
 その姿を見て、何とかしようと声をかけたのだが、まさかそこから『自分の妹は決まっている』と言われるとは…誰も想像できなかった。

「さ、祥子? 貴女の妹っていったい…」
 何とか真っ先に立ち直った白薔薇さまが問いただす。
「ご心配には及びませんわ。今日の放課後、ここに来ますから。
 お姉さま方には、そのときにご紹介いたします」
 結局祥子は、箸をつけることなくお弁当のふたを閉じた。
(来ます? 連れて来るではなくて? ではまだ、姉妹になる約束をしたわけではない、妹候補なのね。
 しかし何故、今日の放課後に来る事をここまではっきりと断言できるのかしら…)
 その一言が心の片隅に引っかかる紅薔薇さまであった。



 蔦子の手で祐巳の前に差し出された1枚の写真。
「ちなみにタイトルは『躾』」
「こっ、これちょうだいっ!」
 祐巳は、蔦子が差し出した朝のできごとを切り取った写真に手を伸ばす。が、蔦子はそれをかわす様に写真を引っ込めてしまう。
「そう来ると思った。
 私は知っている。あなたが密かに祥子さまにあこがれているのを。
 進呈してもいいけれど、2つばかり条件が」
「条件?」
 祐巳は是が否にでもその写真を欲しいと思った。が、蔦子との付き合いはそれなりにある。彼女が『条件』をつける以上、何かあるのではないか? とかんぐってしまう。
 そしてそういうものは、往々にして当たってしまうもの。
「その1
 学園祭の写真部展示コーナーにパネルで飾らせること」
 その言葉を『信じられない』という表情で受け取る祐巳。何せ平凡な1生徒である自分と、天上の存在である紅薔薇の蕾が一緒に写っている写真を、学園祭にパネル展示する………普通は考えも及ばない。
「蔦子さん、ご冗談でしょう?」
「ご冗談なものですか」
 祐巳の発言を軽く一蹴した蔦子は、さらに言葉を続けた。
「条件その2
 紅薔薇の蕾に許可をもらってくること」
「祥子さまに!? 蔦子さん、自分で交渉すれば…」
「いくら蔦子さんとはいえ、山百合会の幹部は恐ろしい」
「私にはもっと無理!」

「それと、こちらは流石に展示するわけには行かないから…紅薔薇の蕾から、展示の許可を頂いた時の成功報酬ということでよろしいかしら?」
 そういいながら蔦子は、別の写真を祐巳の前へと差し出す。
「!?!?!?」
 そこには…紅薔薇の蕾・祥子に抱擁されている祐巳の姿が映っていた。
「なぜかは判らないけれど、紅薔薇の蕾は祐巳さんの事を知っていた。そして、祐巳さんの事を『ただの下級生』とは見ていない。
 本人は気づかなくても、惹かれあう人間って、知らずに歩み寄ってゆくものではないかしら。
 ほら…まるで、姉妹のよう」
 確かに、この写真を見たら誰もが間違いなく『姉妹』と思うだろう。それほどまでに、紅薔薇の蕾は安心しきった表情を見せていた。
 もっとも、祐巳のびっくりした表情がマイナスになってしまうかもしれないが…



 …結局、ほとんど押し切られる形で、祐巳は蔦子と一緒に(引きずられてきたといっても間違いではないだろうが)放課後、薔薇の館へと足を運んでいた。
 そして、薔薇の館の前。そこまで来て2人は固まってしまっていた。
 それはそうだろう。薔薇の館はある意味『神聖』で『不可侵』な場所・というイメージを誰もが持っている。
 そんな中へ入ると言う事は………幼稚舎のころからリリアンで育ってきた2人にとっては考えることすら出来ない。
 とはいえ、このまま固まっているわけにもいかない。恐る恐ると言った感じでノックしようと手を伸ばす。

 と、
「山百合会に何か御用?」
 後ろから声を掛けられる。そこにはクラスメートの少女が1人、いつの間にか立っていた。
「志摩子さん…どうして?」
「志摩子さんは白薔薇の蕾なのだから、ここにいるのは当たり前じゃない?
 ちょうどよかった。志摩子さん、取り次いでもらえるかしら。祐巳さんと私、紅薔薇の蕾にお話があって」
「祥子さまなら多分2階にいらっしゃると思うわ。お入りになったら」
 そして、祐巳と蔦子は志摩子に導かれるようにして、薔薇の館の2階にある会議室の前に立っていた。すると…
『横暴ですわ! お姉さま方の意地悪!』
 扉の外にいる祐巳たちにも、はっきりと聞こえるほどの凛とした声が聞こえた。
「祥子さまいらっしゃるみたい」
「じゃあ、今の声は…」
「いつもの事よ」
 そういいながら、志摩子は扉に手を掛ける。と、
『では、わたくしが妹を決めればよろしいのでしょう? わたくしの妹はすでに扉の前に来ていますわ。
 お約束どおり、お姉さまがたにご紹介いたします』
「???」
 その扉は開かれた。内側と外側から…
 そして………ぶつかるように祐巳に抱きつく祥子の姿があった。
「彼女がわたくしの妹の祐巳です」



「どうぞ。
 ミルクとお砂糖は?」
 黄薔薇の蕾の妹である由乃に勧められても…どうも館の空気に飲まれたのか、ぎこちなくなっている祐巳は、
「…いいえ、結構です」
 としか返事を返せなかった。

 そんなお客さんを見ながら、紅薔薇さまが口を開く。
「祐巳さん」
「は・はい」
 紅薔薇さまに声を掛けられて、祐巳の緊張も最高潮に達する。
「よろしければいつでも薔薇の館へいらっしゃい。あなたは祥子の妹だということだし」
「わ、私が祥子さまの!?」
「祐巳、あなたは黙ってらっしゃい」
「結論はもう少し先じゃないと出せないんじゃない? 少なくとも…主役のお1人が、目を白黒させているうちは、ね♪」
「そうかもしれない。でも、祥子はお昼にはっきりと言ったわ。『今日の放課後、妹を紹介します』とね。
 そしてその言葉どおりに彼女・福沢祐巳さんが薔薇の館を訪れた。ということは、祥子は祐巳さんを以前から知っていた・そして祐巳さんを妹にする事を決めていた。
 祥子が決めた以上、他の誰かがどうこういう次元ではないでしょう」
 その言葉に、祐巳はさらに目を白黒させていた。祐巳だけではない、蔦子も志摩子も。そしてお昼に薔薇の館にいなかった由乃も…

 何せ、祐巳と蔦子は、今日・ここ、薔薇の館に来ることなど、お昼の時点では決めていなかったのだから。ついさっき、例の写真の件で紅薔薇の蕾に会うことを決めたのだから、放課後に来ることなど判るわけが無い。
 志摩子も、薔薇の館の入り口で2人に出会ったのだ。『お昼休み』の段階で祥子が言い当てることなど…絶対に不可能なこと。
(もっとも、祐巳が抱きしめられた後に『放課後にね』と祥子に言われたのを聞き逃さなければ、まだ変わっていたのかもしれないが)

「はい!」
 1人が手を上げる。
「何かしら? 武嶋蔦子さん」
「お見知りおきとは光栄です。白薔薇さま」
「祐巳さんはともかく、貴女の事を知らない生徒はいなくてよ」
「あら、それではわたくしの妹が何の取柄も無い、ただの生徒だ・と言っている様にしか聞こえませんわ」
 祥子の言葉には、かなり冷たい物が混ざっていた。そしてそれは…上級生である薔薇さまへと向けられていた。
 とはいえ、流石に姉であり上級生である薔薇さまがた。軽く流してしまうあたりはさすがというべきか。
「全校生徒の顔と名前を覚えられる人物はおいそれとはいないわ。さらに言えば、武嶋蔦子さんはかなり有名人だからね、比べるのは酷ではなくて?
 もっとも、どういう意味での有名なのかは、言わなくても判るでしょう?」
 その言葉に、苦笑いを浮かべる2人。蔦子と祐巳。

「えー、わたくしの事はともかくとして、質問よろしいでしょうか?
 わたくし達には話がぜんぜん見えません」
「そうね、説明なしでは失礼だわ」
「説明なんて必要ありません。わたくしがお姉さま方に妹を紹介した・それだけのことだから。
 今日はもう解散」
「なに勝手なこと言ってるの? 解散したければあなた1人でお帰りなさい。もちろん、祐巳さんはここへ置いていってね。
 じつはね…」
 そして、今までの山百合会主催の劇に関する顛末が語られる。
 曰く、祥子がシンデレラ役であること。曰く、王子役に花寺の生徒会長がなっていること。曰く、祥子は王子役を黄薔薇の蕾がやることだと思っていたこと。
 曰く、祥子の知らない間に話しが進んでいたこと…
 もっとも、この時点での祥子には全てわかっていたのだが、どうしても『男子と踊る』ということが拒否反応を起こして、前と同じ反応をしてしまったのだった。
 そして、妹一人作れない人間には発言権はない・という事になって…
 お昼にあった薔薇と薔薇の蕾との会話が加えられた。
「と言うわけなの」
「はぁ…」

「とはいえ、すぐに彼女を紅薔薇の蕾の妹と認めるわけにはいかないわね」
「祐巳の事はずっと面倒をみます。それに彼女には類稀なる才能があります。
 わたくしが教育をして立派な紅薔薇にして見せますわ」
「さて…祥子はそう言っているけれど、どうなのかしら? 祐巳さん?」
「わ、私にそんな才能なんて!」
「祐巳さんにはすごく失礼な言い方になってしまうけれど…私の目からみて、祐巳さんが薔薇としてやっていけるとは到底思えないわ。
 もちろん、祥子の言うことだからまず間違いはないと思う。でも、信じられないっていうのが本音なの。
 今日・始めてあったばかりの人間に………ってところね」
「だね。わらしべ長者じゃあるまいし」
 白薔薇さまの発言は…祐巳の心ににぐさっと来た。


「では…祐巳をわたくしの妹とはお認めになれない・と?」
「そうは言ってないわ。祥子の妹になることには一切反対しない・いいえ、出来ないわ。
 ただ『紅薔薇の蕾』の妹としてはどうかしら? といっているだけ」
「遠まわしに反対していらっしゃるようにしか聞こえません。しかも、見た目だけで判断している」
「………そうね。その意見に否定は出来ないわ。
 まあ、あなたが彼女の成長をそこまでいうのであれば…そして、あなたがちゃんと導くのであれば、それいじょうは言えないわね。

 いいわ、認めましょう」
「お姉さま」
「ただし…シンデレラの降板まで認めたわけではないわよ」
「!!??」
「それはあなたが勝手に喚いていただけ」
「………帰ります」
「待って、一つ確認させて。
 祐巳さんはあなたにの何? 今でもあなたは祐巳さんを妹と思っているのかしら」
「勿論! シンデレラの件があろうとなかろうと、祐巳はわたくしの妹ですわ!
 お姉さま方のお言葉では、利用するためだけに祐巳を妹にしたみたいではありませんか!?」
 この一言に一番驚いたのはほかならぬ祐巳だった。
「結構。ここで祐巳さんを見捨てるようであれば、私もあなたとの姉妹の縁を切らなければならない所だったわ。
 もうロザリオはあげたの?」
「まだです。ご希望ならば、皆様方の前で儀式をしてもかまいませんが?」
「それも…いいわね」


黄薔薇放送局 番外編

江利子「私が出ていないのが気になるわねぇ」
令  「お姉さま、出ていないのは私たち一緒ですし……」
江利子「まぁいっか。 今回は作者さんの要望で二話同時公開よ。
	原作に近いこの話だけを公開するのは納得いかなかったみたい」
令  「よく考えておられるのですね」
江利子「まぁ、ここの管理人がいつまでたっても更新しなかった、ということもあるみたいだけどね」
乃梨子「また『吊ってお詫びを……』とか言っているみたいです」
由乃 「もう、だからそういうときは介錯に私を呼んで、といっているのにどうして呼んでくれないよ!」
三人 「(そりゃねぇ……)」