ヨーコに怒られた。 「あなたね、普通、人から預かったものを忘れてくるかしら」 「すいません、おっしゃるとおりです」 「私の持ち物じゃないのよ?」 「返す言葉もございません」 そう。 私は、例のノートをミステリ部の部室に忘れました。 ミステリというくらいだから、ああいうノートの謎とか気になるだろうと思って、鞄から出していたのです。 しかし、原稿見て見て攻撃の果てに、私はノートを忘れて帰りました。 ヨーコに怒られ事情、完。 「聞いてる?セイ?」 「うん、ごめん」 「まあ、私も、自分のものじゃないから、過敏に怒っちゃったわ。ちょっと頭冷やす」 ヨーコはそう言って冷蔵庫を開けたが、飲み物がなかった。 「あら、ないわね」 「私、買ってくる」 「一緒に行こうか?」 「いや、ご飯つくっといて」 「え?何を当たり前みたいに言ってるの?聞いてないんだけど」 「私、和食好きだな」 「そんなこと聞いてないんですけど」 「え?ヨーコ、ご飯よりパン派?」 「人の話を聞けい!」 今回も紅薔薇チョップが唸ります。 なんか次回予告みたいだな。 次回、佐藤聖の生活、第三話『ヨーコに怒られた』、次回も、紅薔薇チョップがうなるぜ! 「オッス、オラヨーコ」 「何?」 「なんでもない。でも、ご飯つくって、お願い」 どうも、アカネの話法はヨーコには通じないらしい。 私もヨーコみたいに、人の話を聞けいと叫んでチョップを…できる訳ないな。 ヨーコはため息をついた。 「しょうがないわねえ…冷蔵庫のあり合わせで作るわよ」 「うん、お願い!ご飯は炊いてあるから」 「自分が炊いたみたいに言うな」 朝の残りのご飯である。夜も食べることを見越して、多く炊いていたのだ。 「それじゃあね〜」 と私は近くのコンビニに向かった。 さて、私は今回、ヨーコが泊まるにあたって、ある計画をたてていた。 冷蔵庫に飲み物がなかったのは、計画のために処分したからである。 そして、近くのコンビニにはお酒がたくさん置いてある。 かごにドサドサ飲み物入れますよ〜。 当然ながら、ウーロン茶も牛乳も紅茶もコーヒーもスルーして、かごの中はカシスだの黒生だのホップだの天然水仕上げだの書かれた素敵な飲み物で満杯になります。 おっと、なんだか透明なビンに詰められた液体や、紙パックのものまで入れてしまった。 さあ、ヨーコはどんな顔になるかな〜〜〜 怒り顔になりました。 すごい怒られた。 「セイ、あなた、未成年だっていう自覚はあるの?もちろん、お酒を飲むぐらい構わないけど、ほかに飲み物ないのよ、この部屋。正気?」 おや、ちょっと笑ってる。 正確には、笑いをこらえている。 「普通、泊まりに来た人間が喉が渇いたからって、酒だけを買ってくる?そんな人間がどこにいるのよ」 「ここに」 「あなたね、そんなベタな」 「たまにはいいでしょう。さあて、ヨーコは酒宴にふさわしい料理を作ってくれたかな〜」 「わざと、そういうものしか冷蔵庫のなかになかったじゃない」 鳥のから揚げ、鮭のバター焼き、じゃこのサラダに梅しそドレッシング、チャンジャのビンがあったのでそれを開けたもの、枝豆、なめこの味噌汁、ほうれんそうのおひたし、等。 最初から私が下準備を終えていたものが混じっております。 「じゃあ、飲もうかヨーコ」 「あなた、私を酔わそうとしているでしょう」 「まさか!」 大げさに私は驚く。 「何を根拠に?」 「あなたが抱えているその大量のお酒は、一人で飲む気なの?」 「いや、紅薔薇さまなら、酒量も人とは違うだろうと思って」 「そんな訳ないでしょ」 「おや、紅薔薇さまともあろう方が、私との飲み比べからお逃げになる?まさか、そんな筈はないと思うけどな〜」 「いいわ、あえてのってあげる、でも、後悔しないでよ」 「そっちがね」 馬鹿が! 私の罠にかかったなヨーコ! 私が大学でどれほど飲み会に参加しているか知るまい! もはや酒豪として通っているのだ! それに比べ、未だ未成年がどおたら言ってしまう、法律に縛られた娘であるヨーコ、どちらが勝利するかは明白だ! 誰だって、一度、ベロンベロンになったヨーコが見たい筈だ!見たい筈ですよね? 可愛いだろうなあ。 絶対、その姿を写メールで撮って知らせまわってやる。まずはエリコに連絡する、それで8割方連絡したのと同じ効果を生むだろう。 そしてその様子をユミちゃんとかにも言いふらす。 完璧な作戦だ! 作戦には、一つ穴があった。 ヨーコの方が酒に弱い、というのがこの作戦の前提だったのだ。 そこに、意外な落とし穴があった。 私はヨーコを、甘く見ていた。 ベロンベロンになったのは私だった。 それに、ヨーコは私が酒を勧めるのをかわすのも上手いのだ。 はじめは強者の余裕で、私がヨーコよりちょっと多いくらい飲んだら、ヨーコは公正な人格だから自分も飲む、みたいな感じだったが、私はみるみる余裕がなくなった。 ヨーコは私が飲まないと飲まない、それに、微妙にアルコール分が低いお酒を選ぶ。仕方ないので、一杯飲むごとに相手に返杯する真剣勝負を行った。 ビン詰めの、琥珀色の液体がなくなっている。 足元がふらつく。 おのれ、ヨーコ。 こんなところまで適わないとは思わなかった。 「と、トイレ〜」 ふらふらと向かう。 だが、ヨーコも無傷ではない、さっきから左右に揺れている。 自分ではきっと気づいてないぞ、あれ。 冷静に考えれば、本当にお酒に弱いなら、大量に酒を購入した私を見て笑ってられなかったはずだ。 私が、ヨーコが酔った末に起こす失態を、言いふらす気なのも見抜いているはず。 ヨーコは賢いから。 「くそ!」 気合を入れろ、トイレで戻してでも回復したいところだが、ヨーコはあとで言いふらすだろう。セイの部屋でお酒を飲んだら、セイが布団で吐きだしたとかなんとか、尾鰭をつけるに決まっている。 だから私は自分の顔を叩くにとどめた。 「やー、ヨーコ、元気かー」 「元気に決まってるじゃないー、ずっと目の前にいる人間にする質問じゃないわー」 「おいおい、レーセーだなー、いつもヨーコは」 会話することすら限界に近い。 気合! 「じゃあ、飲もうか」 「もちろんね」 まだやる気か!ヨーコめ!負けを認めろ! 「あ、そういえば、ケイがここにお邪魔したいって言ってた」 「ケイって、ああ、あなたが前言ってた親しくしてる子?」 「そう」 「私とどっちが親しい?」 「え?」 「その子のこと、好きなの?」 酔ってる時に答えられる問題ではない。 正確には、素面の時でも答えられない問題だった。 「私は、そんな、友人にランクをつけたりしないよ」 「うそ」 「うそじゃないよ」 「だって、シオリさんの時は」 「その話はしないで」 「ごめん」 と言いながらも、ヨーコは不貞腐れた感じを隠そうともしない。足をぶらぶらさせている。 こんな可愛いしぐさをするのは初めて見た。 「ヨーコのこと、好きだよ」 「ほんと?」 「本当」 「その子のことは?」 「好きだよ」 「どっちが好き」 沈黙。 それは、沈黙するしかない質問だった。 答えることは不可能だ。 だから誤魔化した。 「ケイが、会ってみたいって、ヨーコに。だから、ここへ来たいって」 「許可したの?」 「ヨーコに聞いてみるって答えた」 「だから聞いてるのね」 「そう」 「ええ、会うわ、逃げる理由はないし」 会わないことを、逃げると表現するのはおかしくないだろうか? ヨーコが、ケイに対して、何か気負っているのを感じさせる。 でもそんなことより、私はヨーコに、会いたくないと言ってほしかった。 会えば、新手の拷問になるのは目に見えている。 酔ったときの言葉だから、聞かなかったことにする? しかし、「明日までに聞いて」とケイが言ったのに、聞かなかったなどと答えたら、ケイはますます不信感を募らせるだろう。 私が女性で、ケイも女性だから、許されてる面があるものの、もし、私がケイの男性の恋人だと仮定したら、今の状況はどう見えるだろうか。 少し前に、自分のファンの女の子と一泊し、今また、高校時代の親しい女の子と寝泊りしている。 私が男だったら完全に、アウトで浮気で最低だ。 ケイは、私の心が自分から離れたと確信するだろう。 私が女性だから、ギリギリのところで、ケイは私を信じてくれている。 それで、聞きませんでした、などとは言えない。 私と別れた方が心安らかに暮らせる、と思われてもおかしくはないからだ。 そして、私はケイのことが好きだから、別れたくない。 でも 私はヨーコのことも好きだった。 そんな私は、最低だと思う。 私が考えている解決法もまた、最低だった。 ヨーコが泊まる期間が終われば、ケイとの生活に戻る、ヨーコへの想いはあるものの、うやむやに終わらせてしまえばそれでいい、そういう解決法だ。 しかし、これがもっとも問題のない解決法ではないだろうか? ヨーコに向かって、ケイが好きと言うわけでもなく、ケイと別れるわけでもない、何も波風はたたない。 ヨーコが泊まりに来る前に戻るだけだ。 たぶん、色んな人が私のやり方を最低と思うだろう。否定はしない、というかできない。 でも、私は、こうするしかないのだ。 それだけは分かっている。 私達はアルコールに浸された脳のまま、倒れるように眠った。 目が覚めたのは警報でだった。 私はすぐさま枕元に隠してあったスタンガンを掴み、暗闇の中の侵入者に押し付けた。 う、とうめく男の声が聞こえ、私は電気をつけようとしたヨーコを止める。 「電気をつけたら、外の連中に気づかれる、逃げよう」 「なんなの!?」 「分からない。でも、急ごう」 私の部屋は、通常よりもセキュリティに大金を使っていた。 それは、前回の経験から学んだことだ。 警報は音は小さいが、私の寝ている場所にすぐ届くようになっている。 警報装置を切る。 「裏から回ろう。駐車場まで行ければ」 私は財布や必要なものを鞄に詰める。 「ヨーコも急いで」 と急かすと、ヨーコは私よりも早く準備を終えた。とことん、優等生な奴だ。 「行こう」 私はヨーコを連れて、アパートの窓から茂みへ降りた、人影はない。待ち伏せも取り囲みもないようだ。 アパートの窓が低いため、こういうことができる。 深夜の、二日酔いの状態でのジョギングは心底疲労する。 月明かりの中、ぽつぽつと電灯の並ぶ道を走る。 アパートには駐車場がないため、そうせざるを得ないのだ。 ヨーコと二人の逃避行。 そう思うと、ひっそりと静まりかえった夜の中で、ヨーコと手をつないで走ることが、甘美な夢のように思えてきた。 青空駐車場に止めてあった私の車は無傷で、変な連中に囲まれている様子もなかった。 何か細工されてないか、はいつくばったり覗き込んだりしたが、特に問題はない。 「乗ろう」 「どこへ行く気?」 「とりあえず、警察に連絡する、あの侵入者を引き取ってもらおう」 「私がするわ」 ヨーコが警察に連絡する間に、車を発進させた、一つのところに留まるよりはいい。 深夜の道は空いている。 これは、どういう状況だろうか。 私が前に関わった、あの連中の報復だろうか? しかし、あれはサワラが決着をつけたと言っていた。 サワラを信じるような理由は、私にはまったくないが、何故かそれは信じていい気がする。 もしそうなら、あのノートか? 必ず、どちらかの筈だ。 前の事件か、ノートか、それ以外にこういうことに巻き込まれる謂れはない。 ヨーコが電話を切った。 「終わったわ、すぐに向かうって」 「ありがと」 「ねえ、これって…」 「ヨーコ、その、ノート持ってた子に、会えたの?聞くの忘れてたけど」 「会えたわ、病院で」 「病院?」 「交通事故で入院してたのよ、それで、私に代わりに、祈祷師に会ってほしいって」 「祈祷師か…」 ちょっとひっかかるのだが。 「でも、祈祷師に会おうにもノートがないわ」 「その子、祈祷師の外見で何か言ってなかった?すごい特徴的だったとか」 「ええ、そうよ、何で分かるの?」 「どんな外見だったって?」 「とても綺麗な、中学生ぐらいの女の子だったって」 はい、決定。 「どこに居るって言ってた?祈祷師?」 ヨーコはホテルの名前と部屋番号を告げた。 「何?どうする気?」 「祈祷師に会う」 「何言ってるの!祈祷師なんかに…」 「いいから。たぶん、そいつは知ってる奴だから」 私は車をホテルに向け、アクセルを踏みしめた。 問題のホテルは、かなり高そうで豪華なところだった。 私達は沈み込みそうな絨毯をエレベーターまで歩き、15階で降りた。 深夜の迷惑など、省みる気はない、 問題の部屋のドアを叩きまくってやる、と私は思っていたが、問題の部屋の前に行くと 「開いている」 と声をかけられた。 なぜかドアが勝手に開く。 「私は己の祈祷により、あなた達の到来を知っていた。そこの二つの椅子に座りなさい」 私とヨーコの為に、椅子が二つ用意されている。 「あなたのノートには、恐るべき怨念が詰まっている。私が浄化してさしあげましょう」 ローブを着たその人物が、夜景を見下ろせる窓からこちらを向く。 ローブのフードが深く、顔は見えない。 どこにもない筈の、鈴の音がした。 私は、余りの白々しさと茶番に苛々してくる、ヨーコだって、少し雰囲気に呑まれかけている。 「いい加減にしろよインチキ、占い師の次は祈祷師か、胡散臭い商売を渡り歩くな」 「っていうか、何で君がここに居るんだ、疫病神でもついてるのか?」 そいつはヨーコの前まで進んで、止まった。 「私は、こういうものです」 祈祷師は名詞を渡す。 それには、祈祷師 佐原砂狼と書かれている。 「どんな問題でも、たちどころに解決してみせましょう」 そう言ってフードをとり、サワラはにやりと笑った。
黄薔薇放送局 番外編 江利子「うっふっふぅ〜♪」 蓉子 「何よ、薄気味悪い声あげて」 江利子「あっれぇ〜 私にそんなこと言っちゃっていいのかなぁ?」 蓉子 「言いたいことがあるならはっきりと言いなさいよ」 江利子「これな〜んだ(携帯のディスプレイを見せる)」 「ヨーコのこと、好きだよ」 「ほんと?」 「本当」 「その子のことは?」 「好きだよ」 「どっちが好き」 蓉子 「なっっっ!(携帯を奪おうとする)」 江利子「ヒラリ」 蓉子 「ちょっと待ちなさいよ!!(なおも奪おうとする)」 江利子「待てと言われて待つ泥棒はいないわ〜」 蓉子 「あんたは泥棒か! って逃げるな!」 江利子「うもー 蓉子ちゃん可愛い! 『どっちが好き』 だなんて! もう少女コミックの世界ね! こんな可愛い姿はみんなに教えないと!」 蓉子 「お願いやめてってば!」 江利子「どうしようかなぁ〜♪」 由乃 「蓉子さまもかわいそうに。いいようにもてあそばれちゃって」 令 「ここではお姉さまの行動を止められる人がいないから……」 乃梨子「私たちにできることは祈るだけですかね」 三人 「(黙祷)」