佐藤 聖の冒険(後編)

『N県○○市の冒険、上手いスパゲッティ屋の見分け方』

 次の日、金曜日、私はサワラの運転する緑色のプリウスに乗ってN県に向かっていた。
 実を言えば、N県には何度か行ったことがある。
 高校時代、私にとって一番大切だった後輩にシマコという子がいて、彼女はお寺の子で、その関係という訳でもないのだが、寺社仏閣を見に何度かN県に来たことがあった。
 今、彼女はノリコという仏像マニアの女の子と仲良くしていて、それを聞いて私は何だかほっとしたような、寂しいような気持ちになったのを覚えている。
 車内で話しかければサワラは、大抵のことには答えてくれた、彼はやはり男で、スパゲティが好きで、音楽に興味がなくて、哲学や思想が好きなんだそうだ。
 答えてくれないのは職業と、目的と、過去だった。
「ねえ、なんでスパゲッティが好きなの?」
「さあね、そんなの分からないさ。君は、自分が好きな食べ物を、好きな理由が分かるの」
「ええ、確かに分からないわ」
「人間、二十歳を半分も過ぎれば、一つぐらいこだわる食べ物ができるさ、僕の場合はそれがスパゲッティだったんだ。それで僕の経験から言うと、ペペロンチーノが不味いスパゲッティ屋は駄目なんだ。きっと、ペペロンチーノには余計なものが少ないからなんだろうね。にんにくと、オリーブオイルと、塩分、トマトもソースもあさりもない。だから、スパゲッティ自体がおいしくないと、ペペロンチーノはおいしくないんだ」
「二十代後半なの?」
「いや、もっともっとずっと歳をとっているよ。スパゲッティへのこだわりに気付いたのが二十代の後半だった、それだけさ」
 私達はスパゲッティの話や、数学の話や、あるいは人間関係について話した。
 退屈だったのだ。
 私が私の高校の名前を出すと、彼はそこを知っていた。
「知ってて当然だろう。そこには僕がまさしく関わっている世界の方々の、娘さんが通っているんだから」
 と彼は答えた。
 そしていくつかの建設会社や、代議士の名前を出して、そこの娘が通っているから詳しいよ、と言った。
 彼はそういう社会的なことを聞いたら、大抵のことは知っていた。
「そういえば小笠原グループの娘も通っているね」
と彼は何の気なしの演技をしながら言った。何故か私はそれが演技だと分かった。
「サチコのこと、知ってるの」
「ああ、知ってる、きみ、親しかったの?」
「演技はやめなさい。私とサチコが知り合いなの、知っていたでしょう」
「うん、演技はやめよう。気付かれるとは、僕もまだまだだな。別にバレてもいいけど、あそこの大婆さんがいるだろう?知り合いなんだ」
「それは、いま私をこうして車に乗せていることと関係あるわね」
「えらく、君は鋭いね、長生きできないよ、黙ってなきゃ。要するにね、君がいなくなったらユミちゃんが悲しんで、そしたらサチコさんも大婆さんも悲しむ、そういう関係なんだよ。別にほっといてもいいんだけど、僕は君のことも少し、知っている。若い女の子が、無意味にこの世界で傷つくのが、僕は嫌なんだ、これはホント」
「どうして、私を知ってるの?」
「僕は、この世界の大抵のことは知ってるよ。たまたま、君のことも情報の中にあった。それだけだよ」
 本当に、そんな恐るべき情報の飛び交う世界があるのだろうか?よく分からなかった。
「まあ、もう二度と僕の世界と関わることはないだろうから、忘れなよ。陽気な話でもしよう」
 そうして彼は今度は上手いチャーハンの条件について語りだした。私が適当に相槌を返していると、やがて黙った。
 車はもう、N県のすぐそこまで来ていた。
 その町は妙に寂れたところや、変に高いマンションがごちゃごちゃに立っていたり、緑やピンクの壁をした、色彩に個性のある家が立ち並んだり、少し変な雰囲気があった。
 彼はその町を通り過ぎ、しばらく行ったホテルに入り、予約していた二部屋のうち、一部屋のキーを私に渡した。
「君、車運転できる?」
「ある程度は」
「じゃあ、とりあえず車のキーを預けるよ。いざとなったらあれで逃げるんだよ」
「あなたはどうするの?」
「僕は、逃げる必要がない人間だから」
 彼はそう言ってロビーにあるソファに座った。
「向こうの人間が来るから、ここで交渉する、同席するかい?」
「ええ」
 しばらくすると、とても派手なシャツにとても派手なスーツを着た、頭髪のまったくない、顔が傷だらけの男がやってきた。胸には金のネックレスをしていた。
 サワラはふんぞりかえったまま、動かない。
「わしがミヤタや、あんたがサワラはんか」
「そうや、わしがサワラや、まあ座らんかい」
 サワラの声色が変わっている。二人とも、まるで喧嘩をうっているような喋り方をしていた。
 二人は世間話をした、それが世間話といえるかは、私の中では微妙だった。
 男は団体でありながらヤクザであるらしく、サワラとよく分からない政治の話を最初はしていたが、徐々に過去の仕事の話になり、到底許容できないようなことを喋りだした。
 つまり、女の子を捕まえてどうこうしたとか、警察とこう取引したとか、こうやって殺したとか、そういう話だ。
 サワラは、ずっと彼と普通に話をしていた。全く自然に、当然のように。
 私のことは、知り合いの企業の娘さんと紹介した。
 何を話しても大丈夫だ、とも。
「わしは昔ようやったんが、父親と娘やらせるやっちゃ。そしたら大抵頭いってまう。いかんかったらいかんかったで、そんなビデオ流れて喜ぶ奴はおらんわ。黙ってしまいや」
「おう、よう聞いとるわ、ミヤタっちゅうのはえらい働きおるってな、アサイもそう言っとった」
 よく分からないが、褒められることらしい。そして、徐々に本題にうつる空気になってきた。
「なんやあのオッサン返せて?」
「そうや、ナカノにも、バンノウにも話とおしとる、なんでお前らかえさへんえん」
「んなこというても、あいついま返したら喋るがな、あんたがなんぼ偉かろうが、あいつが喋ったときにケツもつんかい!」
 いきなり男の雰囲気が変わった。
「わしゃあこれでも泥なめてここまできたんじゃ!なんやあんた、わしのやり方にケチつけおるんかい!ほんじゃ返したらあんたがあいつ黙らすゆうんかい!そうやなかったら無理矢理返せなんぞ筋とおらんやろうが!どおしてくれんねん!おお!返せ言うたからには覚悟しとんのやろな!」
 まともに聞き取ることすら難しい、人を竦ませるためだけの言葉だった。それは実際聞かなければ分からない、暴力を志向した言葉だった。もし、サワラが隣にいなければ、震えていたかも知れない。
「なにはしゃいどんねんお前、お前誰に口きいとんねん、筋はナカノやバンノウに通しとるいうとるやろうが、お前、ナカノやバンノウに逆らうんかい、ええわ、逆らったらええわ。お前なんぞな、はっきり言ったら雑魚や、魚の餌にしたらあ。せいぜい吠えろや」
 サワラも、全く同じ質の言葉を返した。動じた様子がない。
 サワラの言葉は十分怖く、一週間前までの私の人生で、これほど恐怖を与える言葉を操る人間は他に見たことがない。しかし、もし客観的に見るならば、見た目が可愛く、ボーイソプラノであるサワラより、相手のミヤタという男の方が圧倒的に怖かった。
 こういう世界では、サワラの見た目や声は、マイナス要素になるのだ、と私は思った。
 きっとこの世界では、女性というのはとても弱いのだ、とも思った。
 しかし、よく分からないがサワラには権力があるらしく、相手の男は青ざめた。
「そんな殺生な、あいつ黙らさな、わしら飯食い上げになってまうんや、サワラはんやって分かるやろうに」
「だから!さっさと黙るようにしたらええやろ!」
「そんなこというたかて、そっちが娘も女房も使うな言うてるんでっせ、あいつは殴ってもだまりよらん、わしもこの世界長いさけ分かる、あいつは、娘とか女房ださな無理や」
「ほなら、二日や、二日たって黙りよらんかったらこっちに渡せ、ケツもったるわ」
「ほんまでっか、それならええわ、なんの文句もないですわ」
「しばらくホテルにおるから、また連絡する」
 それで話は終わったようだった。
 私はその男が去るのを見送った。
「なに?今の?」
「まあね、要するにね…彼女のお父さんは、ここで色んな目にあったり、色んな秘密を知ってしまったから、二度と喋れないようにしなきゃいけないんだけど、脅しに屈しないわけ。でも、僕が奥さんや娘を使って変な事はするなって命令してるから、あいつらは殴る蹴るしかできないんだ。麻薬も、殺すのも、駄目だって言ってるし」
「なんで、そんなことしてるの?」
「僕も彼女のお父さんに用事があってね。死んだり、変になってもらっちゃ困るんだ」
 私はもう、特に何も考えないことにした。ここは、完全に暗黒の世界だと思った。



『父親の救出、死に触れずに大人になるということ』

 私がホテルの部屋でぼんやりとテレビを見ていた時だった。
 ドアがノックされた。
「僕だ、サワラだ、ちょっと問題が起きた」
 私はドアを開ける。
「こう言って、僕が君をベッドに押し倒したらどうする?」
 どう見ても、サワラは華奢だった。
「ぶっ飛ばす」
「それは遠慮する。それでね、とてもまずいことになったからプリウスに乗り込もう」
 サワラが歩き出す、私は追いかけた。
「まずいことって何」
「彼女が父親を追ってこの町に来た」
 それは確かにまずい。
「あなたが止められないの、力あるみたいじゃない」
「たぶん、無理だ。あいつらはこれ幸いと問題を解決するだろう。言い訳なんか無数にできる。だから、かなり危険になるけど直接乗り込んで二人を奪還する。君はプリウスで待っててくれ、もしも、プリウスを連中に取り囲まれそうになったら、カーナビの赤い地点へ逃げて待っててくれ」
「私、車で待つだけ?」
「そうだ」
「あんたみたいな華奢な奴にそんなことできんの?私、運動神経はすげーんだけど」
「駄目だ、危険すぎる、僕は殺される可能性は低いけど、君は危険だ」
「じゃあ言わせてもらうけど、私、車の運転できないんだよ」
「なんだと、だって君…」
「免許ない、そもそも運転したことない」
「嘘じゃないだろうね」
「もちろん、こんなやばい時に嘘つく訳ないでしょ。本当だったら車で待っていたいもの」
 私は免許もってるし、バリバリに運転できた。だがサワラは焦っているのか、あるいは何か考えがあるのか、私の同行を許可した。
「いいかい、銃はためらうことなく撃つんだよ」
 その忠告は二度目だった。
 車の中で、サワラは手短に作戦を説明した。
 車は近くて目立たないところに隠し、サワラは正面から行って彼らに抗議する。たぶん彼らは抵抗するし、彼らの方が最終的には筋が通ることになる、とサワラは言った。
 その間に、私は事務所の二階に窓から侵入し、二人を助け出して窓から逃げ、プリウスに乗って逃げる。サワラは諦めたふりをして歩いて帰る。
 そういうシナリオだった。
「その銃にはサイレンサーがついてるから、事務所の二階に人がいあたら、場合によったら殺していいよ。昨日の内に、この辺の管轄の警察署長や、山本組に話を通しているから」
「無茶苦茶言わないでくれる?私は、ただの大学生だから殺しなんかできない」
「けっこうむいてると思うけどな」
 あとは現場につくまで、サワラは玉葱の話をした。
 彼は玉葱が嫌いらしい。そして犬は玉葱を食べたら死ぬとかいう眉唾ものの話をして、僕の中にある犬の遺伝子が玉葱を受け付けないんだ、と彼は言った。
 あんた犬なの?と私が言うと、人間の中には進化の過程の全ての生物の遺伝子が眠っている、と更に眉唾な話をした。
 だから僕は淡路島に行ったとき、食堂でカツ丼を頼み、玉葱抜きで注文したら物凄いブーイングを受けたよ、と彼は言った。淡路島は玉葱が名産らしい。
 言ってる間に、車は止まった。
「佐藤さん、あそこの木の枝、とても丁度いだろう。普通、ああいう木は危険なんで切られてしまうんだけど、彼らも、油断なのかな、ほっといてるんだ」
 確かに少し離れたところに、窓に飛び移れそうな枝がある。
 サワラは私に窓あけセットを渡した。
「あの枝から、手が届いたらそのコンパスみたいなので開ければいい、よくテレビで見るだろう?使い方は分かるね」
「届かなかったら?」
「その棒みたいなやつの先にコンパスをつけて操作して、窓を切り抜くんだ。次に棒の先を今度はそのカギ爪みたいな奴にきりかえて鍵を外す。そういうやり方だよ」
「分かった」
 サワラは歩いていく、その姿が見えなくなって、私は頭を切り換え、木に登ることにした。
 私はこれでも運動神経には自信があるのでスイスイ上れた、スカートをはいてこなかったのは正解だった。
 そして、窓には明らかにそれと分かるヤクザが映った。
 その人物がいる限り、窓からは入れそうになかった。
 考えあぐねていると、何かに気付いたようにその人物は走っていったので、私は枝の先まで進んでいく、枝の上は不安定で揺れ、木の近くはまず人が通ることはないようなところだたが、誰かに見られたらどうしよう、という気持ちが湧いてきた。
 もし、さっきのヤクザが戻ってきて、私の姿を見たらどうなるだろうか。
 枝から窓に手を伸ばす女子大学生を見て、ハローと手を振ってくれることはまずないだろう。そして彼が戻ってくることは、充分にありえることだった。
 私は焦る気持ちを抑えながらコンパスを棒の先につけた、枝の先から手で届く気がしなかったからだ。上手い具合に棒は窓に届き、操作して円形にくりぬいた。
 次にカギ爪に付け替えるが、私はそこで一つの失敗に気付いた。
 窓をくり抜いた位置が鍵から遠いのだ。
 鍵がついていない方の窓をくり抜いてしまった。カギ爪の形状を見る限り、なんとか届きそうにも見えるが、私はより、枝の先へ移動しなければならなかった。
 枝は充分に太かったが、とても揺れた。下から覗かれるのではないか、誰かが戻ってくるのではないか、不安ばかりが膨らむ。
 しかも、焦れば焦るほど、カギ爪は上手くひっかからない。
 落ち着け!
 自分に言い聞かせる。
 落ち着け!
 きっとヨーコなら笑顔でこなすぞ、いや、そもそもヨーコはこんなことしないか、もっと上品で綺麗な解決方法を見つけるに違いない。
 私はかつての、とても大切な友人を思い出していた。ケイに対するのと、とても近い感情をもっていたのを覚えている。しかし、そういう時間は過ぎ去り、今はもうない。
 カギ爪はひっかかり、鍵は回り、窓は開いた。棒を使って窓をずらし、そこへ飛び込んだ。
 そこは窓に面した普通の廊下だ、それは飛び込む前から分かっている。
 私はヤクザが去ったのとは反対方向に進む、嫌な汗が出てきた、この歩いている状態で、彼らに見つかったら私は…
 とてもじゃないが平静でいられない。
 進むと、扉が三つ並んでいた。そもそも、こういう進み方自体、正しいかどうか分からない。
 サワラは、なんていい加減な作戦をたてたのだろう、今考えれば、騙されたとしか思えない。
 もし、ドアを開けて彼らがいたら…
 私は、どうなる?
 どの、ドアを開ける?
 右か、左か、真ん中か。
 不意に足音が聞こえた。
 心臓が恐るべき勢いで脈を打った。今までの人生で、これほど大きな心臓の一撃はなかった。我が心臓ながらやりすぎだ。
 私は、右のドアを開けた。単純に、ケイが右利きだったからだ。
 ドアはとてつもなくゆっくり開いたように思えた。背後には足音。
 そしてドアの中には…
 父親を探していた彼女がいた。
 その部屋は、物置のような小さな汚い部屋で、恐らく彼女のお父さんである傷だらけの中年の男の人と、彼女と、二人のとてもガラの悪い男がいた。
 聞き取ることすらできない大声をあげて男達が私に近づく、私は反射的に銃を撃っていた。
 しかも二発、正確に二人の男に一発ずつ。
 足を押さえてうめく男をよそに、私は縛られた二人を解放した、何故か足音はもう聞こえなかった。
 私はうめく男達の声と、手の中の鉄の重みにとても嫌なものを感じた。今、私は確かにとんでもない暴力を行使したのだと思った。私のせいで二人の男は膝から血を流してうめいている、もしかしたら、もう二度とその足は使いものにならないのかも知れない。
 ああ、確かに、私はむいていたのかも知れない。恐怖を感じたその時、私は反射的にとはいえ、かなり正確に射撃したのだ。このまま続けたら高性能なヒットマンになれるかもしれない。
 とにかくもう、私は帰って眠ってしまいたかった。もう、一秒でもここにいたくない。
「行きましょう」
 私は二人を連れて廊下に出た、窓のある廊下まで戻って、木に飛び移って貰おうと思った。
 誰かが待ち受けているのではないかと、私は不安になったが、誰も居なかったので、私達はとてもスムーズに廊下まで行き、彼女のお父さんから順番に枝に跳んで貰った。最後が私。
 お父さんも、彼女も、ちゃんと枝に飛び移れた。
 私が跳ぼうと思ったとき、はっきりとした足音がすぐそこまで迫った。それは飛び移る間も与えず、私の前に現れた。
「ああ、待たせたね。丁度いいから、僕も一緒に行こう」
 それはサワラ・サロウだった。彼は私が跳んだあとに跳び、全員が着地したとき、まるでそれを待ち受けていたみたいに、凄まじい怒号が聞こえた。
 彼らは、ためらうことなく、私達に銃を向けていた。
 銃声に思わず竦む、それはサイレンサーなんかついていない、生の銃声だった。
 つぶってしまっていた目を開くと、サワラが膝から血を出していた。
 にも関わらず彼は冷静に応射している。
「ちょっと佐藤さん、先にプリウスに乗って帰ってて、武蔵野だったよね?」
 とまるで買い物を頼むように軽く言う。
「あんた、もしかして膝」
「うん、撃たれた、だから走れない。心配しなくていいから車に行って、死にはしないから」
「信じられると思う?」
 彼はいきなり脅すように冷たく、はっきりと言った。
「行かなければ駄目だ」
 それは、断固とした決意を感じさせた。そして、はっきりと私達を拒絶していた。つまりは、彼にとって私達は邪魔なのだ。
 木の陰に隠れて銃弾をやりすごしていた、彼女の父親にサワラは言った。
「『骨』はどこですか、僕はその為にここまで来たんですがね。物凄い代償を既に払っています」
 彼女の父親は何かに打たれたように、ハッと彼を見た。それは、ハッとしか言いようのない反応だった。
「君が、そうなのか」
「ええ、早く場所を教えて下さい」
 彼女の父親は、何かメモのようなものを彼に渡した。彼は冷たい目で父親を見た。
「言っておきますが、嘘をついた場合、あなたは娘さんの中で射精することになるでしょう。あなたの妻はそれを眺めることになります。ビデオにもとられます。場合によっては、もっと酷いことになる。たとえば娘さんは全て歯が抜かれ…」
「分かってる、嘘は言わない」
「よろしい、利口だ。じゃあ、もう邪魔だから消えて下さい」
 何か、全く私には分からない何かが、この世界にはあるのだろう。
 私はもう考えるのをやめ、三人でプリウスへ向かった。背後ではずっと銃声が聞こえていた。
 プリウスの前にはミヤタがいた。
 その、言葉とは思えない凄まじい怒号。
 他には、誰もいない。
 車には、細工がされていなさそうだった。
 私の胸ぐらを掴もうとミヤタが近づいてくる。
 ふと、ある事実を、私の中の何か思考回路のようなものが指摘した。
 ミヤタは、単独でここにいるだけだ。
 もうすぐしたら他の連中が駆けつけるかも知れないが、今はこいつだけだ。
 胸ぐらを掴もうとした腕をかわす。
 こいつは素手だろう。武器があるなら、もう使ってる筈だ。
 ポケットに重い感触を感じる。
 ミヤタを何とかしなければ、車には乗れない。
 こいつは、悪行を自慢するような奴だ。これから先、こいつがいると不幸になる人が何人もいるだろう。
 私は蹴られて、転んだ。
 彼女の父親が殴りかかって、殴られた。
 ミヤタは何か訳のわからない怒号をあげて笑っている。
 笑い声が、とても長く聞こえた。それはたぶん錯覚なのだけれど、永遠のように聞こえた。
 こんな奴らが、永遠に笑っているようなのは、間違っている。
 もうこんな世界はうんざりなんだ。こいつはその世界の象徴だ、ぶっつぶされるべき日常の敵だ。
 早くこいつをなんとかしなければ、車に乗れない、銃を抜く。
 撃てるもんなら撃ってみい、とミヤタが凄んだ。
 どこを狙う?
 こいつの、どこを狙う?
 私は、こいつの、どこを狙うんだ?
 私はいきなりサワラのセリフを思い出した「いいかい、殺す気で撃つんだよ」
 引き金に指がかかった。
 私はもうすでに銃を撃って相手を傷つけている。反射的に撃ってたまたま足に当たっただけだ、足を撃つのも頭を撃つのも同じだ。もう、この世界で、私の何かは麻痺している。
 さあ!
 さあ!
 さあ!
 私は…
 ミヤタの膝を撃ち抜いた。
 そして何事もなかったように車のドアを開け、エンジンをかけ、二人を後ろに乗せて爽やかなドライブに乗り出した。
 軽やかに走るプリウス、開けた窓から入る風の匂い。ラジオをかければゴキゲンなミュージックがかかっている。ひゃっほー、最高だ。
 いいじゃないかそれで。何が悪い。
 私は人を殺さない。そんなものに興味もない。暴力なんてくそくらえだ。
 そして私はできる限りアクセルを踏み、家に帰って歯を磨いて寝た。



『土曜日による解決の可能性、二人で生きるという祈りについて』

 新聞では、ヤクザの抗争があって、N県で何人かのヤクザが死んだという話が、とても小さく乗っていた。
 彼女と彼女の父親はとても私に感謝してくれて、それで私の冒険は終わった。
 いや、正確には、幾つかのエピローグが残っている。
 何故なら、私は電話でサワラ・サロウを名乗る人物に呼ばれているからだ。
 私はジェイズカフェで、その少女のような男の姿をまた確認する羽目になった。
 正直、二度と会いたくなかった。
 彼は膝に包帯を巻いていた。
「何しにきたの?」
「プリウスを返してもらいに来たに決まってるだろう。何で君にあげなきゃいけないんだ」
「形見かと思ったわ」
「残念ながら生きてたよ。鍵を返してくれ」
 私はその前に、彼に返さなければいけないものがあった。その重たい鉄の塊を取り出す。
「こんな硝煙反応のある危険なものを、置いていかないでほしいわ」
「ああ、それ、あげてもいいよ」
「いらない」
 彼はそれを受け取って、手に持っていた鞄に入れた。
「それじゃ、鍵を」
「その前にいいかしら」
「何かその笑顔、怖いね」
「あなた、私を木に追いやって、その間にたくさんの人を撃ち殺したでしょう」
「何で分かったの?」
「あんな作戦、おかしいもの。それに、あなたの方へ向かった人間や、あなたの方から近づいてくる筈の足音は、みんな私にたどり着けなかったわ。山本組や警察に話を通したというのは、こういう時のためね」
「ふうん、勘がいいね、僕は、真っ正面から処理しただけなんだけど。そういえば、何でミヤタを殺さなかったの?別にいいのに」
「私は、誰も、殺しません」
「へえ…君が大人になるのは大変だろうね、きっと。そういえば、民俗において大人になる儀式である通過儀礼は、死を体験させるものらしいよ」
「はっきり言わせてもらっていい?」
「何かな?」
「二度と私の前に現れないで」
 彼は肩をすくめてみせた。
 暫くそうやって、二人で黙っていた。
 根負けしたのはサワラだった。
「そうそう、言い忘れていたんだけどね、佐藤さん、僕は君から、今回の占いの報酬を貰ってない」
「なにそれ?」
「僕は君を占って、とても助けた筈だ。本来、先に報酬の話をしなきゃいけないから、あとで言うのはフェアじゃないんだけど、社会通念上から見ても、ここまで占って報酬がいらないと考えるのは非常識だね。裁判すれば勝てる。ただ、裁判は僕にも都合が悪いし、初回サービスも考慮する。本当ならもう二度と会わないから、一回ぐらいただ働きでもいいかなと思ったんだけど、やめた」
「なんでよ」
「また会うかも知れないと思い直したんだ。だから、僕の力を借りるには報酬がいるんだよ、ということを覚えておいて貰う必要がある」
「じゃあ、あげるわ」
「え、何をくれるの」
 私は鍵を上へ放り投げた。
「あっ」
 それは再び私の手に戻る。
「ちょっと待ってくれ、それはもともと僕のだぞ」
「あんたみたいなあやしい奴、戸籍あんの?車検通してる?陸運局の届出は?偽名使ってない?それで、これが誰のものだって?」
「………分かった、それは君のだろう。だが、ともかく今回の報酬ということで、それを渡してくれ」
「OK」
 彼に鍵を投げた。鍵を受け取った彼は、何か言いたそうな顔をした。
「何?」
「はっきり言わせてもらっていいかな?」
「何かしら?」
「二度と僕の前に現れないでくれ」
 私は少し笑い、彼は背を向けて手を振った。
 私は、もう一度くらいなら会ってもいいかな、と思った。
 実際、サワラがとても優秀な奴だったということは、私でも認めねばなるまい、水曜日には解決の糸口も見えず、木曜日の朝には絶望的だった問題を、現れて二日で解決したのだ。
 正直、私はもうどうにもならないと思っていたし、もしサワラがいなければどうなっていたか分からない。しかも歯磨き粉まで補充できた。
 だがそんなサワラですら、私の最後の問題を解決しはしなかった。ある意味、これがもっとも重大な問題かも知れなかった。
 水曜日の段階で問題は三つあった、そしてそれは土曜日までに解決すると信じて、実際に二つは解決した。だから残りの一つも解決すると信じようじゃないか、君達。
 自分でも誰に語りかけているか分からないけど、私は決死の覚悟で…それは本当に物凄い覚悟が必要だった…ケイの家に行った。
 そして彼女の部屋をノックし、ドアが開くのを待った。
 彼女は普通にドアを開けた、庭へ躍り出て走り去ったりしなかった。
 幸運なことに、今日はいつもの野生動物の素早さがない。
 さあ、声をかけるぞー。
 ケイが見ている。私は固まる。
 さあ、何か言え、私。
 沈黙して見つめあった。
 何も言えない私。
 何か気のきいたことを言わなきゃ、と思うが、何も浮かばなかった。
 確かに、全然大人になれていない。
「どうしたの、セイ」
 あげく、ケイに話しかけてもらってしまった。
 なるほど、サワラの言うように、私が大人になるのは大変かも知れない。
「ケイ、この一週間、いろいろあったんだけど、私、ケイのことがずっと気になってて、それで来たんだ。確かに、ケイが怒るの分かるよ。だから、どうしても私が許せないのなら、もう、仕方ないと思う。でも、これだけは言わせてよ」
 私はゆっくり、深呼吸した。
「私は、ケイのことが、大好きだから」
 ちゃんと、はっきりと、言えた。
「上がりなさい。立ちっぱなしじゃ、落ち着かないでしょう」
 そういう彼女は、顔が赤かった。
「じゃあ…」
「でも、はっきり言っておくから、これから先、少なくても一度は、私は同じ事をする権利があるんだから。その時、セイは、私のことを無条件に信じなきゃいけないのよ」
「分かった、約束する」
「もう、本当に分かってるの?」
「うんうん、分かってる」
「後悔しても知らないから」
「顔赤いよ、ケイ」
「もう!」
 こうやって、私は日常に帰還していく。
 こうして二人で生きていくということが、私にとってとても必要なことで、私が大人になるための唯一の方法なのだと思う。
 ずっとこれからも二人で生きていければ…それはとても小さな可能性かも知れないけど、私にとって、ケイがいることほど、確かなことはなかった。
 私は、祈るようにして、二人で生きている。 

 
黄薔薇放送局 番外編

由乃 「なんで! どうして?」
令  「な、何が……(ビクビク)」
由乃 「出番に決まってるでしょうが! どうして、ここに来る作品はどいつもこいつも
	私たちを無視するのよ! こら〜! 作者〜、出ていらっしゃい! っひやぁぁああ!」
?  「う〜ん、由乃ちゃんもなかなかナイスな反応。 いいね!」
由乃 「誰よ!? って聖さま!」
聖  「原作ならとても、ここでもお久しぶり♪」
由乃 「誰でも後ろからいきなり抱きつかれたら驚きますって!」
聖  「抱きしめた時の驚き方も可愛かったし、由乃ちゃんとももっと遊べば良かったなぁ〜」
由乃 「もぉ、何言っているんですか!(チラ)」
令  「(むぅぅぅぅ)」
聖  「でも由乃ちゃんも満更でもないでしょ?」
由乃 「まぁ、そういわれれば、そんな気がしないでも……(チラチラッ)」
令  「…………(むぅぅぅぅぅぅ)」
聖、由「(笑)」
乃梨子「でも、聖さま今回はずいぶんな冒険でしたね」
聖  「あぁ、君が乃梨子ちゃん!(大きく手を広げハグをしようと……)」
(スカッ)
乃梨子「どうも、お会いできて光栄です」
聖  「やるねぇ……」
乃梨子「どうも。 ところで冒険の方は……」
聖  「あぁ、あれねぇ。 もうこりごりかな」
令  「その割には結構乗りまくっていたような気がしますけどね(つ〜ん)」
聖  「そうそう、一度撃っちゃうと結構気分が乗ってねぇ〜♪」
?? 「ふ〜ん」
?? 「そうなんですか……」
聖  「へ?(汗)」
蓉子 「聖はあんな事がすきなんだぁ〜……」
祐巳 「聖さまって怖い……」
聖  「よ、蓉子に祐巳ちゃん……(滝汗)」
蓉子 「おまけにあの最後。 ゆっくり話がしたいわね……」
聖  「は、はは、ハハハハハハ……」


江利子「出番が無くて怒っているのは由乃ちゃんだけではないのよね
	ま、聖にはせいぜい地獄をたっぷりと見て貰っちゃいましょうか♪」