「うそ!」
「あ、アスカ・・・それって本当に・・・」
「このあたしが嘘を言うとでも思ってるわけ?正真正銘の本当よ!ま、このことを知ってるのはユイさんだけね」
アスカの意外な発言にキョトンとするシンジとレイ。
「け、けど、どうしてアスカがこんな変なこと考えるのさ」
「『変』とは失礼ね!あんたたちのことを思ってやってるこっちの気持ちが分からないわけ!?」
「わかるわけないだろ!」
「なんですってぇ!?」
アスカとシンジが口喧嘩を始めようとする。
「ちょ、ちょっと二人とも・・・」
レイは何もできずおろおろしている。
「やめんか。騒々しい」
「え?」
三人はその声に振り向いた。シンジとアスカは実態が分かって赤面しているが、何も知らないレイは呆然としている。
「久々に帰ってみればなんだこの有様は。シンジ、お前がもっとしっかりしないからこのようになるのだ。分かっているな」
「う、うん・・・」
男はそう言い捨てると部屋へと入っていった。レイの顔を見て一瞬表情を変えたのは誰も知らない。
「ふう・・・まさか帰ってくるなんて・・・」
「シンジくん、あの人・・・誰なの?」
「ああ、あれ・・・僕の父さんだよ」
「え!?」
「名前は碇ゲンドウ。ネルフの所長をやっているみたいね」
「聞いたことあるけど・・・今日はじめてみたの。あんな人だったのね」
レイは一人感心しているらしい。と、思い込みたい。
「あ、アスカ、修学旅行の事知ってる?」
「知ってるに決まってるじゃない。アンタ、もしかして忘れてたの?」
「う、うん・・・昨日出かけたら洞木さんとトウジにあって、そこで聞いたんだ。その後綾波に起こられたけど・・・」
「あんた・・・物忘れが激しすぎるのよ・・・怒られて当然ね」
アスカはそんなシンジに呆れていた。
それからと言うもの、シンジはアスカにからかわれ続け、とても疲れる日々を送っていた。
第七話Chapter1 伝えたいキモチ 守りたいヒト
時は流れ、修学旅行2日前の放課後を迎えた・・・
シンジはHRが終わると同時にカヲルと一緒に教室から出て行き、レイは帰り支度を終えて帰ろうとしていたのだが・・・
「綾波さん、ちょっといいかな?」
「何?」
男子生徒から呼び止められる。
「話したいことがあるから・・・屋上に来てくれないかな?」
「すぐ終わるのならね」
「すぐ終わりにするから・・・ちょっと来てよ」
男子生徒の後ろをレイは付いて行ったが、その表情は決していいものではなく、むしろ暗いと行ったほうが良かった。
そのようなことを知らないシンジはカヲルと共に屋上でチェロとバイオリンの二重奏をしていた。
いつも通り、カヲルから誘った。だが、いつもは音楽室でやっていることを屋上でやることにしたのはシンジの提案だった。
規則正しい音色が屋上に響き渡る。二人ともその表情は穏やかであった・・・はずだった。
だが、まるで演奏している間のみすべてのことを忘れることができるかのようでもあった。
「付き合ってもらえてうれしいよ。シンジくん」
「うん・・・」
だが、シンジの表情は暗い。
「暗い表情をしているね。何かあったのかい?」
そんなシンジを心配してカヲルが尋ねる。
「うん・・・それは・・・」
(カヲル君になら・・・言っても大丈夫そうだよね。少なくとも・・・やな気分にはならないと思うし・・・)
「カヲル君、実は僕・・・」
シンジは今までにあったレイとの出来事、今一緒に暮らしていることを含むことのすべてをカヲルに打ち明けた。
「・・・で、こんな事言ってから言うのもなんだけど・・・僕、綾波にことが好きなんだ。ずっと一緒にいたいって言う気持ちになるんだ」
「シンジくん・・・」
「けど、今までは何とかやってこれたけど、これからどう接したらいいのか分からないんだ・・・僕は・・・どうすれば・・・」
カヲルは暫くして口を開いた。
「大丈夫。いつも通りに接して、時がきたら気持ちを伝えたらいい。君ならきっとできる」
「カヲル君・・・」
「さて、そろそろ下校時間だよ。帰ろ・・・」
突然、カヲルの表情が険しくなる。
「どうしたの?」
「静かに。足音が聞こえる・・・」
シンジは耳を澄ました。確かに足音が聞こえる。その規則性から一人ではないようだった。
そしてドアが開く。
現れたのはレイだ。だが、その後ろから一人の男子生徒がついてきていた。
「・・・で、話って何?」
「俺さ、綾波さんのことが好きなんだよ。付き合ってくれよ」
どうやら男子生徒はレイのことが好きで、意を決して告白しようと考えていた様だ。
「何を・・・話しているのかな?」
「分からない。見つかるとまずいからここは黙ってみているしかないよ」
「うん・・・」
(綾波・・・もしかしてその人のことを・・・)
シンジは僅かなショックを受けていた。だが、今動くと存在がばれてしまうのでカヲルの言う通り、黙ってみているしかなかった。
「私、好きな人がいるの。だから、あなたと付き合う気はないわ」
「ず、随分とあっさり答えてくれるじゃないか・・・」
生徒は諦めがつかないのか、レイの方へと近付いていく。
「カヲル君、少し、危ないと思うんだけど・・・」
「助けるつもりかい?」
「・・・うん」
「じゃぁ、僕が合図をしたら彼女のほうへと走るんだ。多分彼は綾波さんに殴りかかろうとする。ショックが大きいと人は何をするか分からないからね」
そうしている間にもレイの身に危険が迫っている。
「で、そこから僕は何をすればいいの?」
「振り上げた手をつかむんだ。僕がいえるのはここまでだよ。後は君が何とかするんだ」
「分かった」
シンジはいつでも走り出せるように構えていた。
「口で言っても分からないのなら体に聞くしかないみたいだな・・・」
「・・・」
「少し、眠ってもらおうか・・・」
生徒は右腕を振り上げた。カヲルの予想通り、レイに殴りかかろうとしている。
「シンジくん、行くんだ!」
カヲルが言うと同時にシンジは全力で走った。あっという間にその場へとつき、振り上げた右腕を掴んだ。
「や、やめろ!!」
「何だよお前!?」
「悪いけど一部始終を全部見せてもらったよなぜだか分からないけど暴力を振るうのは良くないよ」
シンジは口早に言い張った。生徒は少し動揺している。
「何だよ!気取りやがって!お前、綾波さんのことが好きなんだろ!?」
「・・・」
シンジは少し間をおき、大きな声で叫んだ。
「そんなことは関係ないよ!!僕は僕の友達の・・・かけがえのない友達の綾波を守りたいんだ!好きかどうかは関係ない・・・綾波に何かしたら、絶対に許さない!!」
言い切ったシンジは息を切らしていた。
「・・・けっ!馬鹿馬鹿しい!こんなブスのどこがいいのかわからねぇな!」
生徒はそういい捨て、屋上から去っていった。
「ブスだなんて・・・そんな事いうなよ・・・」
シンジはふと後ろを振り向いた。今にもなきそうな表情をしたレイの姿が目に入ったのは言うまでもない。
「・・・さて、僕はここにいないほうがいいかな・・・」
カヲルは静かに屋上から去っていった。
屋上にはシンジとレイの二人きりとなる。
「ごめん、綾波がここに来る前からカヲル君とずっとここにいたから、全部見ていたんだ。で、どうも危険だったから・・・君を助けたいと思って・・・」
「・・・ごめんなさい、迷惑かけて・・・私なんていないほうがいいでしょ?こんなことに巻き込むなら・・・いない方が」
「馬鹿!!」
「っ!!」
突然シンジが上げた大声に一瞬身を引くレイ。
「どうしてそんな事を言うんだよ・・・いない方がいいなんて・・・悲しい事言うなよ・・・この世界には君を必要としている人がたくさんいるんだよ。例えば・・・僕みたいな人がね」
シンジの目にはうっすらと涙が浮かんでいた。
「・・・」
「けど、今日みたいなことは早く忘れたほうがいいと思うよ。あさってから修学旅行があるでしょ?悲しい状態のままで行くのは・・・僕は嫌だから・・・」
「シンジくん・・・」
(僕は・・・別にずっとこのままの関係でもかまわないよ・・・綾波さえ良ければ・・・けど、後悔だけはしたくない)
シンジはそう心の中で自分に言い聞かせた。カヲルの言う「時」は、まだ訪れていないと考えていた。
(けど、時がきたら・・・僕は・・・)
「シンジくん」
「ど、どうしたの?」
「あれ・・・」
レイは片隅においてあったチェロを指差した。
「ああ、さっきまでカヲル君と二重奏をしていたんだ。僕がチェロでカヲル君がバイオリン。たまに音楽室で演奏しているんだ」
「音楽室・・・」
レイは、アスカがドイツへと行く前にヒカリを含めた3人で遊びに行ったときの事を思い出した。
(あれって、シンジくんが演奏していたのね・・・)
「ねぇ、演奏してみて?」
「え・・・べ、別に、いいけど・・・」
「ふふっ。ありがと」
シンジはチェロを運んできて、レイの前に腰掛けた。
そして、演奏が始まる。
レイは目を閉じてじっくりとその演奏を聴いている。
やがて、演奏が終わる。レイは静かにシンジへ拍手を送る。
「ありがとう。聞いてくれて」
「とっても良かったわ。見直したわ」
レイはそう言うとやさしく微笑んだ。
そして、チェロを音楽室へと戻し、二人は帰りの道を歩いていた。
「シンジくん」
「何?」
「ありがとう。助けてくれて・・・」
「いいよ。あのときに綾波を守りたいって思ったのは事実だからね」
「私、怖かったの。あの時、そのまま殴られそうになって・・・目を閉じたの。そしたら、シンジくんの声が聞こえて・・・目を開けたらシンジくんがいてくれた。私のことを守ってくれる・・・そういってくれた時には、本当にうれしかった・・・」
「綾波・・・」
二人は立ち止まり、面と向かって話をしていた。
「私も、シンジくんを守りたい・・・」
「・・・」
「そういえば、この間言おうとして言えなかった事・・・今・・・言ってもいい?」
「いいよ」
「・・・好きよ。シンジくん」
「!!」
(綾波が・・・僕のことを・・・)
「・・・で・・・いきなり言っておいてこんな事言うのは悪いと思ってるんだけど・・・シンジくんはどう思ってるの?」
「・・・え?」
「さっき『好きかどうかは関係ない』って言ったけど、私のことどう思ってるの?」
「そ、それは・・・」
(今は、まだ言うべき時じゃない・・・)
「まだ、ハッキリとしている訳じゃないんだ。けど、この返事はいつか必ずするよ。それまで待っていてくれないかな?」
「いいわ。私、待ってる。いつまでも・・・」
―――「好き」・・・その言葉が、いつまでも僕の中に響き続けた。僕のことを好きだといってくれた綾波・・・僕は綾波のことが好きだ。好きだけど、どのように言い表せばいいか分からない。
結果、綾波を待たせることになってしまった。けど、綾波は待っていてくれる。
僕は、その綾波の気持ちに、報いるような男になりたい。このとき、そう誓った。―――
だが、この先に起こる修学旅行が、シンジを絶望の淵に叩き込んでしまうことに・・・
続く