騎士と妖精と熾天使の幻像
 
第2章
第7話.彼方より来る災厄と死神
 
 
 
太平洋上 空母オーバー・ザ・レインボウ
 
レイとリツコはゲンドウの指示でドイツの弐号機の受領のため、ここに来ていたのだったが・・・・
 
「艦長、我々はNERV本部から・・・・・」
「何の用だ!まだ何か文句があるのか!」
 
リツコは乗船の許可をもらいに来たのだが、艦長は非常に不機嫌で怒鳴り散らされた。
レイとリツコはつい先ほどこの船に到着したばかりで怒られる理由が全く解らなかった。
リツコは周囲を見回してみると艦橋にいる殆どのクルーが自分たちを敵意の籠もった視線で見ている。
 
「艦長、我々はつい先ほど到着したばかりで・・・・」
 
そう言うと艦長に副官らしき人物が耳打ちをしていた。
 
「・・・・なに?あいつらとは違うのか?・・・・・奴らはドイツの支部で、この二人は本部?違うのか?」
 
艦長の口から聞こえた「ドイツ支部」という言葉にリツコは反応した。
 
「艦長、ドイツ支部の人間が何かご迷惑をおかけしましたか?」
「何だ!なにも知らんのか、奴らは・・・・・・・」
 
それから1時間近くにわたって艦長からドイツ支部の人間に対する不平不満を聞かされ続けた。
もちろんレイもリツコと一緒にいたため、つきあわされる事になってしまった。
 
「申し訳ありません。ドイツ支部は国連直轄の扱いになっていて、本部の命令系統からははずれているのです。」
 
さすがに内部の恥でもあるし、ゼーレの名前を出せない。それでもドイツ支部と同じように扱われるのはそれ以上に嫌だった。
レイはまだそれほど実感はないが、リツコとユイの技術部やゲンドウ、冬月にとってはドイツ支部の横暴ぶりはレイが生まれる前からの問題で、今や他支部の一般職員にまで聞こえるほど悪名を轟かしている。
 
「国連直轄?どうやら君らも奴らをあまり良くは思っていない様だな。すまんな」
 
どうやら、艦橋のクルーは皆一様に納得してくれた様だった。
 
「・・・!そういえばアメリカを発つ直前にアメリカ支部から、本部の人間に渡して欲しいと言われていたものがあったな。大尉、持ってきてくれ。」
「はっ!これです艦長。」
 
そう言って艦長から手渡されたのは数冊のファイルと短い文面の手紙だった。
リツコが手紙とファイルの方に目を通している間、レイは辺りを物珍しそうに見回していた。
その様子を見て艦長は初めてレイの存在に気がついた。
 
「おや、お嬢ちゃん珍しいのかい?」
「あ、はい。海に出るのは始めてですから。」
「はっはっはっ、そうか。ところで今日はお姉さんに付いてきたのかな?」
「あ、いえ、私は碇レイと言います。NERV本部所属、エヴァンゲリオン初号機専属パイロット“ファーストチルドレン”です。今日はリツコ姉さんに付いてきて弐号機を見に来たんです。」
 
レイが自己紹介をすると艦橋の雰囲気が変わった。
レイは余計な事を言ったかと少し後悔した、だがその雰囲気は警戒されているのとは違う様だった。
そんな雰囲気をうち消すように、少し前まで不機嫌だった艦長が穏やかな口調でレイに問いかけてきた。
 
「レイちゃん、で良いのかな?君があれと同じ物のパイロットだというのかい。まだ君は子供じゃないか、誰か他の人間に変わってもらえないのか?」
「だいじょうぶです。私しかできないことですから、それに私のお兄ちゃんもアメリカで参号機のパイロットをしてるんです。」
「レイ、悪い知らせよ。シンジ君、この艦に乗ってないわよ。移送直前にトラブルが出たらしく途中で合流するそうよ。」
「ああ、この船には一機しか乗せていない。」
 
リツコの言葉を聞いてそれまで嬉しそうだったレイの表情が曇った、そしてそれを裏付ける内容の答えが艦長から帰ってきた。
そうしていると艦橋の入り口の方から騒がしくなってきた。
そこに現れたのはリツコと同じぐらいの歳の女性将校と、レイと同年代の赤毛の少女の二人だった。
 
「艦長、本部から迎えが来たのなら連絡してもらえませんか?初めまして赤木リツコ博士、そっちは碇レイね。私はドイツ支部作戦部長の葛城ミサト大尉よ、こっちはセカンドチルドレンの・・・・」
「惣流アスカよ、よろしくファースト。」
 
二人とも自己紹介をつもりだったが、艦橋のクルーを見下すような態度が端々に見えるだけでなくリツコやレイまでも横柄な態度が見えた。
特にレイは自分の名前を呼ばずにファーストと呼んだアスカに対しては腹を立てていた。
 
「赤木博士、わざわざ出迎えありがとうございます。早速ですが弐号機に関して説明しておきたい事があるのですがよろしいかしら?」
「解りました。艦長、申し訳ありませんが暫くの間この子、レイに艦橋や甲板の見学を許可してもらえませんか?」
「ああ、かまわんよ。だれか付けさせよう・・・・・・」
「その必要はないわ、私が案内するから。ついてきなさいファースト、良い物を見せてあげるわ。」
 
リツコはドイツ側関係者との打ち合わせにレイを連れて行っても退屈させるだけと判断して、艦長に見学の許可をもらおうとしたがそれに横やりを入れてきたのはアスカだった。
だがレイは高圧的なアスカの態度に反発を覚えていた。そしてレイは・・・・
 
「そんな必要ないよ。艦長さんここにいても良いですか?此処、とっても見晴らしが良いから。」
「おやおや、こんな所がいいのかい?ならかまわんよ、クルーの邪魔さえしなければ好きなだけ見学していきなさい。」
 
レイはアスカの提案をあっさりと蹴って艦橋に残りたいと言い出した。実際に見晴らしの良い艦橋はレイにはとても居心地のいい場所だったが、半分以上はアスカに対する当てつけだった。
艦長にしてみても高圧的なアスカとは違い、はっきりとした物言いをするものの素直なレイに対して悪い感情を持つはずもなくあっさりと了承した。
だが逆にこんな風に言われてしまってはアスカの心中は穏やかではない。
アスカはこの機会にレイに弐号機を見せびらかそうと考えていたのだったが、その思惑はあっさりと覆されてしまった。
 
腹を立てながら周囲に当たり散らしつつ艦橋を出ていく様を見てクルー達はやれやれと言った様子だった。
それとは入れ違いに艦橋に無精ひげを生やした若い男が現れた。
 
「おやまあ、お姫様はご機嫌斜めのようだね。初めまして、赤木博士。俺は加持リョウジって言う者でして、まあ、お姫様方のお着きの爺って所ですかね。」
「加持、冗談はその辺にしときなさい。それよりアスカの方の面倒見てくれない?あの調子じゃ・・・・・」
「大丈夫、あのくらいでやる事を忘れるような娘じゃないよ。それよりミサト、赤木博士を待たせたままだぞ。」
「済みませんでしたお見苦しい所をお見せして、それではご一緒していただけませんか?」
 
そしてリツコはミサトと加持に連れられてドイツ側関係者との打ち合わせのため艦橋を出ていった。
後に残されたレイはクルー達から色々と艦橋の事を教えてもらっていた。
アスカとレイは周囲の目を引く美少女だが高圧的な態度のアスカに比べて、謙虚な態度で質問をするレイにクルー達は誰も嫌な顔をせず、艦長までもがレイに色々な事を教えてくれていた。
 
一方その頃アスカは甲板の弐号機の元にやってきていた。
ちなみにここに来るまで周囲に当たり散らし回っていたので少しは機嫌が良くなっていた。
だがそれでも腹立ちを押さえきれずに、周囲をうろうろしていた。
やがて退屈に耐えきれなくなったのか、更衣室に入って自分用のプラグスーツに着替えると弐号機に乗り込んでいった。
アスカは弐号機に乗り込むと暇つぶしに起動準備などをして時間をつぶしていた。
しばらくはそうやって遊んでいたが、しばらくすると外の様子が慌ただしくなってきた。
 
同じ頃リツコはドイツ関係者と弐号機に関して説明を受けていたのだが、その内容は来る直前にユイと予想していたよりもひどい物だった。
ユイとリツコは弐号機用のハンガーや設備の用意はしていたが、まさか整備・調整だけでなく戦闘中の指揮権の独立まで求められるとは思っていなかった
何とか交渉して指揮権だけでも統一しておきたかったのだが、交渉ははかどらなかった。
何よりもまずかったのが現在初号機が整備中で使用不可能と言う事だった。この弱みがある以上あまり無理は言えなかった。
リツコは勝ち目が無いのを承知でできる限り有利な条件を引き出そうとしている所、艦内に警報が鳴り響いた。
 
 
 
時間を遡り、8時間ほど前
NERVアメリカ第一支部
 
「シン博士、後1時間で改修部品が出来上がります。それまで休憩していてください、もう二日も寝ていないでしょう。」
「綾博士も今の内に休んでください。部品の組み付けは我々でもできますから。」
 
シンジと綾はトライデントの発表会の直後にアメリカから参号機のトラブルの連絡を受けすぐにこっちに戻ってきていた。
それからの二人は殆ど徹夜ばかりで睡眠は数日に一回、2〜3時間の仮眠しか取っていない。
周りの研究者や技術者は2交代・3交代で働いているのだ。
そんな中を外見はまだ中学生の二人が休まず働き続けているのだ大人達の心配は仕方がない
だが職員達の中でも一番元気そうなのがこの二人というのは少し奇妙な光景だった。
 
実はもう既に参号機は弐号機輸送中の空母:オーバー・ザ・レインボウには間に合いそうもなかった。
オーバー・ザ・レインボウの出航まで1時間をきっており、既に艦隊には太平洋上で合流する旨を連絡した。
 
二人とも職員達に言われるままに仮眠室に入りソファーに横になったが、シンジはその時になって何か忘れているような気がしてきた。
 
「???う〜〜〜〜ん、何か忘れているような気が・・・・・」
「どうかしました?」
「うん、何か大事な事を忘れているような気がしてね。」
「?何でしょうか?少し無理をしすぎているから頭が働かないのでしょう。少し休みましょう。」
 
そう言って二人とも寄り添うように眠りについた。
二人とも元気そうだったが、よほど疲れていたのか二人は夢も見ないでぐっすりと眠り込んでいた。
1時間後二人に作業が再開した事を職員が告げにきたが、寄り添って眠っている二人の姿を見て起こすのが躊躇われた。
結局そのままにして職員達は自分たちで作業を再開していた。
シンジ達がいない中、職員達は二人の負担を少しでも減らそうとがんばっていた。
そんなみんなの思いやりもあってシンジ達はしっかりと熟睡していた、目を覚ましたのはそれから6時間以上後の事だった。
その頃には職員達の努力の結果、後少しで完成する所まできていた。
だが、目を覚ましてきた時になってシンジはやっと思い出していた。自分が何を忘れていたのかを。
 
シンジは今日が何の日であるかをやっと思い出していた。
そう、今日は弐号機受領の日、アスカと出会った日、そして“使徒”襲来の日である事を。
 
 
同時刻
太平洋上 空母オーバー・ザ・レインボウ
 
艦橋は大騒ぎになっていた。
艦隊に向かって正体不明の物体が猛スピードで接近してきたのだった。
いち早く気がついた艦橋は護衛の巡洋艦・駆逐艦を迎撃に向かわせていた。
邪魔になってはいけないと隅で大人しくしていたレイだったが、迎撃に向かった艦艇の攻撃が通用しない事、そして謎の物体の発生させた紅の障壁を見て気がついた。
敵が使徒である事に。
レイはすぐに艦長に事態の危険性を伝えた。
 
「艦長さん!すぐに逃げてください。アレは“使徒”です。恐らくこの船の弐号機を狙っているんだと思います。」
「なんだと!アレが・・・だが、お嬢ちゃん儂も軍人だ、黙って引き下がる訳にもいかん。儂の任務はこの船の積み荷を無事に日本まで届ける事だ、艦載機の使用許可を出そう、君は早くこの船から離れるんだ。」
「艦長さん・・・・ダメ、普通の兵器では歯が立たないの・・・・・・おねがい、逃げて。」
「すまん・・・・・・さあ、行きなさい。」
 
だがそんな艦長とレイのやりとりの中、甲板から緊急連絡がはいった。
 
「艦長大変です!甲板の“積み荷”が動いています。」
「なんだと!誰がアレを動かしている。コックピットに連絡を入れろ!誰が乗っているんだ!」
 
レイには連想出来ていた、この状況下でEVAを動かす事できる人間はこの船に二人しか居ない。
その内の一人は此処にいるレイ本人、そしてもう一人は・・・・・・
 
「艦長、私に任せなさい。アレは“使徒”なのよ、こんな船でどうにかなる相手じゃないのよ、さっさと後ろに下がってなさい。」
 
弐号機のコックピットに乗り込んでいたのはレイの予想通りアスカだった。
 
艦橋からは弐号機の姿がはっきりと見えた。
初号機の機体色とは全く違う赤、そして機体の姿も初号機とは少し違っていた。
四肢は初号機よりも二周り近く大きく、両肩には小型のシールドと共にマウントがあり、右肩にはショットガン、左肩には大型の斧が取り付けられていた。
頭部は初号域と同じように角があるが、目は四つあり耳に当たる所には複合センサーらしきモノも取り付けられていた
 
弐号機は右肩ショットガンを取り外すと1、2発使徒がいると思われる場所に打ち込んだが、ATフィールドに阻まれてしまった。
その様子に気がついた弐号機はショットガンを甲板に放り投げると、左肩の斧を構えると海中に飛び込もうとした。
だがここで使徒は意外な行動に出た、なんと海中から飛び出し空中で弐号機にかみつきそのまま海中に引きずり込んでいた。
レイは一瞬だけ見る事のできた使徒の姿をみてシンジから聞かされていた事を思い出した。
 
 
 
 
「レイ、覚えておくと良い、死海文書という書物に乗っ取って使徒はその呼び名の通り天使の名前が与えられているんだよ。」
「死海文書?天使の名前?」
「うん、最初にきた第三使徒はサキエル:水を司る天使、第四使徒はシャムシエル:昼を司る天使、第五使徒はラミエル:雷を司る天使っていうふうにね。だから次に来る使徒に付けられる名前は恐らく・・・・・・」
 
「ガギエル、魚を司る天使・・・・・お兄ちゃんの予測どおりになっちゃた。でも、アレじゃあ魚どころか怪獣じゃないの。」
 
レイ達の目の前で弐号機は使徒:ガギエルにくわえられたまま海中深くに沈んでいった。
だが今は弐号機に乗るアスカ以外にガギエルに対応する事などできない。
だが、そこに連絡が入ってきた。
 
「こちらNERVアメリカ第一支部、シン・バランシェ。空母オーバー・ザ・レインボウ聞こえますか?」
 
その声に艦橋の誰よりも早く反応したのはレイだった。
もちろんその声はシンジだった。
 
「お兄ちゃん!」
「レイ、そこにいるのか?大丈夫か?」
「あんまり大丈夫じゃない。今、弐号機が使徒に食べられちゃったの。」
「解った、後2分でそこに着くから艦隊をすぐにその海域から移動させてくれ。」
「ちょ、ちょっとまって、えーっと、艦長さん、ウチのお兄ちゃんから・・・・・」
 
レイは不安げに艦長と交代した。
レイはさっきのアスカが強引な態度に艦長が不機嫌になった事を思いだして内心ヒヤヒヤしていた。
 
「こちらオーバー・ザ・レインボウ艦長だが、君は?」
「アメリカ第1支部のシン・バランシェと名乗っていますが、本名は碇シンジです。艦長、今から我々がその海域に急行しますから、全速で離脱してください。」
「何を言っている。一体どこから・・・・」
 
だがそんな艦長の予測を裏切る答えが管制官から帰ってきた。
 
「艦長!未確認飛行物体がこっちに接近しています。ものすごいスピードです・・・・・そんな!こんなスピードあり得ない・・・・・来ますっ!」
 
シンジの告げた到着予想時間よりも早く“ソレ”は姿を現した。
 
漆黒の翼を持つ闇色の騎士
 
「こちらはEVA参号機パイロット、碇シンジです。オーバー・ザ・レインボウ、すぐにこの海域から離れてください。奴の相手は僕が引き受けます。」
 
騎士から拡声された声はまだ子供の声、レイには聞き間違える事のないシンジの声だった。
そしてシンジはEVAを持って使徒の迎撃に当たると言ってはいるが・・・・・
その闇色の騎士はあまりにも異質だった。
 
レイの初号機とアスカの弐号機は体格の違いがあるとはいえ、基本的には生物的で似ている点が多かったが参号機は全く異質な姿をしていた。
全身を闇色の全身を覆う甲冑に身を包み、兜にはユニコーンのような角と羽根飾りのようなパーツ、背には大型のバックパックとそこから広げられた翼
そしてその姿は美しいはずなのだが、その機体を前にして感じるのは圧倒的な威圧感、見る者に本能的な恐怖感すら覚えるほどに。
現にこの機体を見ている殆どの人間がこの機体に言い表せない恐怖感を抱いていた。
言葉にできない、まるで美しい悪魔を見ているようだ。危険で恐ろしいのに美しくて目を離せない。
 
「艦長!これから広範囲にわたって焼き払います。甲板や艦上の人間はすぐに遮蔽物の陰に隠れて。窓際にいる人間も危険です、絶対にこっちを直視しないでください。」
 
そう言うとその闇色の騎士は左腕の盾から鍬形のような爪が広げた。
この盾はラミエル戦でシンジが装甲板として使用したシーザスベイルの本来の姿だった
そして一方を見据えると身構えた、その途端ガギエルが海面からその姿を現した。
現れた時ガギエルはもう弐号機をくわえてはいなかった、どうやら何処かで落としてきたようだった。
そして今度は参号機に食いつこうとして口を広げて襲いかかった。
シンジは全て見過ごしていたかのように左腕を動かし、シーザスベイルでガギエルの巨体を挟み込んだ。
そこでオーバー・ザ・レインボウに乗る全ての人間は信じられない物を見た。
シンジの駆る参号機は自機の三倍以上あるガギエルの巨体を左腕一本でつり上げていた。
そして左腕の一振りでガギエルを放り投げた。
 
「艦長!さあ、今のウチに早く!綾、フレイムランチャースタンバイ。」
「イエス、マスター。フレイムランチャー、インフェルノナパームモードでスタンバイOK。ガギエル補足完了、何時でもいけます。」
「よしっ!行くぞLED。」
 
参号機は機体を翻してガギエルを放り投げた方へと向かった。
そして右腕に握る長大なライフルのような武器を構え、その砲口から紅蓮の炎が走った。
 
なんとこの銃はなんと火炎放射器だった。
だが只の火炎放射器とは全く違っていた、砲口から放たれている火炎の長さは150メートル近く、ガギエルをATフィールドごと焼き払っていた。
そしてその火炎は勢い余ってガギエルだけでなく、海までも焼き尽くしていた。
 
「う、海が燃えている・・・・・・」
 
その凄まじい光景にオーバー・ザ・レインボウだけでなく艦隊の至る所でそう言った声が聞こえていた。
そしてその光景はそれだけで止まらなかった。
 
直後にガギエルを中心として凄まじい爆発が起こった。
 
 
「マスター、済みません出力調整をミスしました!」
「なんだって!それじゃあ・・・しまった!」
「水蒸気爆発が起きます、・・・・・爆発します!」
「くっ、艦隊の盾になる。防御は任せる!」
「了解!」
 
その凄まじい爆発に艦隊は直接さらされようとしていた。
どの船のクルーも「この直撃には耐えられない。」と思っていたがその凄まじい爆風は訪れなかった。
クルーの目の前には闇色の騎士が盾を構え、艦隊を庇うように海上に立っていた。
そしてその周辺には真紅の障壁が張り巡らされ、爆風はその障壁に全て受け止められていた。
 
 
「綾、艦隊は?ガギエルはどうなった?」
「艦隊の方は多少波が高くなった程度で直接の被害はありません。ガギエルは再生しようとしているようですが、炭化した所の再生に手間取っているようです。」
「なら、一気に仕留めるぞ!」
「はいっ!」
 
ガギエルは身体の半分以上が炭化して、口の周辺は焼け落ちてコアがむき出しになっていた。
参号機は右手の巨大火炎放射器をバックパックにマウントすると腰の日本刀を抜きはなった。
そしてその刀を構えたと思った途端その姿が消えた。
多くの人間が見守る中、殆どの人間が姿を見失っていたがレイだけはかろうじてその姿を追っていた。
 
『何なのこのスピード!すごい、参号機って完全にお兄ちゃんの動きを再現してる。』
 
レイの乗る初号機にしてみてもレイのイメージ能力が完全でないため、レイの普段の動きと比べると初号機の動きは細部が違っている。
それはレイのイメージしきれていない部分をEVAが補正をかけているからだった。
だが参号機にはそんな所が全くなかった。
実はレイの知らない事だが参号機はEVAが補正をかけているのではなく、シンジと同調した綾が補正をかけているのでその動きに誤差は全くない。
その為参号機は全く誤差無くシンジの動き、正確無比な太刀筋でガギエルを切り刻んだ。
もちろん今までと同様にこっそりとコアを回収する事も忘れていないが、ガギエルの身体は一瞬で細切れに切り刻まれていた。
 
「な・・・・・・」
「こりゃ・・・・・・・・・・」
 
この様子を見たミサトと加持もさすがに何も言えなかった。
これは二人だけでなくEVAを見た事のない艦隊のクルーだけでなく、弐号機を見慣れているドイツ支部の人間にしても信じられない光景だった。
そんな中、またいつもの事と呆れていたのはリツコだった
 
「相変わらずの非常識ぶりね・・・・まったく。」
 
もちろんレイも驚いていなかった。
参号機はガギエルを殲滅した後、オーバー・ザ・レインボウに着艦の許可を取ったが先ほどまでの光景にあっけにとられる艦長以下クルーはまともに応対ができないでいた。
仕方がないのでレイが応対を取り次いで何とか甲板への着艦許可を取り付けた。
やがてゆっくりとした速度でホバリングしながら参号機が甲板に着艦した。
あっという間に周囲は人混みに覆い尽くされていた。その中には艦長や艦隊の主立った人間の姿もあった。
 
闇色の機体は初号機や弐号機と違い首の後ろのエントリープラグから降りてくるのではなく、胸の上、首の付け根の所から降りてきた。
しかもエントリープラグではなくコックピットシートらしき所から直接降りてきた。
おまけに降りてきたのはシンジだけでなくもう一人の姿があった。
レイとリツコにはその姿は良く見知ったものだが、周りの人間はそうではなかった。
只でさえまだ子供と言っていい歳のシンジが先ほどまで圧倒的な力で使徒を一蹴した恐ろしい機体から降りてきたのである。
さらにはその後から降りてきたのは同じ年頃の美少女と会っては驚かない方が無理である。
 
「艦長はどなたですか?」
 
何気ない口調でシンジが周囲の人垣に問いかけた。
 
「この人さんが艦長さんだよ、お兄ちゃん。」
「レイ、ありがとう。初めまして艦長、レイの兄でシンジと言います。
今回アメリカで積み込む予定でしたこの参号機の主任設計者兼専属パイロットを勤めています。」
「私はアヤ・バランシェと言います。この機体の設計者兼専属ナビゲータを勤めています。」
「!!!君達がっ!!!」
『『はぁ〜〜、また。』』
 
艦長以下全員が驚いていたが、レイとリツコにしてみれば毎度の事だった。
だが別の方向に驚いている人間達もいた。
 
「何なの、この機体は!」
「驚いたな、使徒を瞬殺かよ。」
 
ミサトと加持、ドイツの面々にとっては無理もない話だった。
最近は大分慣れてきた本部の人間達だが、最初の頃はシンジ達の行動や知識に驚いてばかりだった。
その慣れてきた筆頭のはずのリツコとレイにしても今回の事はいくらか衝撃だった。
特に今回は参号機のインパクトがあまりにも強すぎた、従来の機体と違い飛行能力をもち使徒のATフィールドすらも焼き尽くす火力、自機の数倍の巨体を投げ飛ばすパワー、規格外どころの騒ぎではない。
すでにEVAと呼べない物に仕上がっていた。
もちろんこの戦闘でシンジ達は全力で戦ったわけでなく、あくまで初陣兼実戦テストのつもりで軽く戦闘しただけだった
だがあえてここで騒ぎを大きくするつもりのない二人はその事を黙っていた。もちろんドイツ支部の人間に手も内を見せないという理由もあった。
 
すでにドイツ支部の人間の目の色が変わっている。
参号機を見る目は異常とも言える、特にミサトなどは恐ろしい表情で睨んでいた。
一方加持の方は相変わらず飄々とした態度は崩していないものの、先ほどからシンジ達とリツコ達の様子をうかがっているようだった。
 
『どうやら今回は加持さんは逃げなかったみたいだな。まあ良い、手の届く所にいてくれた方が動きを把握出来る。それよりもまずいのは・・・・・・』
 
シンジの心配の種はミサトだった、どうやらアメリカで調べていた時よりも状況は悪化していたようだ。
シンジはアメリカにいる間、黒騎士に依頼してドイツ支部の様子をそれとなく探ってもらっていた。
しかもEVAに関してではなくミサトやアスカ、加持、キョウコと言った個人的な事に関する事のみを調べてもらっていた。
ここしばらくは本部で忙しかった事と、報告は定期的に直接口頭で受けていたからだった。
何処で盗聴や傍受されているのか解らないうえ、ドイツ支部は各支部にスパイを送り込んでいるという噂まで流れていたのでシンジはそう言った方法をとっていた。
 
どうやらミサトの敵意の先が参号機からシンジ達に変わったようだ。さっきから二人を鋭い視線で睨んでいる。
だがシンジ達は相変わらず営業用とでも言える穏やかな雰囲気でいた。
 
『どうやら、こっちにお鉢が回ってきたみたいだな。まあいいか、それよりも・・・・・・・』
 
「初めまして葛城大尉、そちらは加持中尉ですね。先ほど自己紹介しましたがアメリカ第一支部の碇シンジです。もっとも向こうではシン・バランシェと名乗っていました。これからは色々とご一緒する事もあると思いますがよろしくお願いします。」
「そう、わたしはドイツ支部作戦部長の葛城ミサト大尉よ。こちらこそよろしく頼むわ。」
「何か解らない事などありましたら何時でもお尋ねください。私やここにいる綾ができる限りお答えしますので。」
「ありがたい申し出だけれども、そう言った必要はないと思うわ。」
「そうですか、ところで弐号機とセカンドチルドレンは何処でしょうか?こちらに来てから姿を見ていないのですが。」
 
相変わらずの営業スマイルで応対するシンジの態度は、徐々にミサトの機嫌を損ねつつあった
もちろんシンジも解っていてわざとやっていた。
だが、あえてミサトを怒らせてアスカや弐号機に関する事を聞こうとしていた。
そして周囲の人間は初めて思いだした。もちろんミサトや加持、リツコとレイもである。
 
弐号機を海に落としたままだった。
 
一気に周囲が慌ただしくなる。艦のクルーはアンビリカルケーブルの引き上げを始め、ドイツ支部の人間は大急ぎで弐号機の状態を確認しようとした。
そんな中のんびりとそれを見物しているのはシンジ達本部の4人であった。
 
「そうね、すっかり忘れてたわ。」
「リツコ姉さん、弐号機はどうしたんですか?」
「あのねお兄ちゃん、海に落っことしたの(笑)」
「「はぁ?落とした?」」
「ええ、使徒に噛みつかれてそのまま一緒に海にドボンよ、その後あなた達が来た騒ぎで忘れられてたのよ。」
「ホント?普通忘れるか」
「そうですね、あんまりですね。」
 
などとのんびりと参号機の傍らで喋りこんでいた。
だが、さすがにほおって置くわけに行かずシンジと綾は参号機のコックピットに入っていった。
 
「綾、周囲に反応は?」
「動体反応ありません。熱源反応はダメです、さっきのインフェルノナパームでセンサーがとんじゃいました。」
「う〜〜ん、早速改修箇所が出たな。帰ったら早速新しいのを考えよう。」
 
一千度に達するほどの高温にさらされていたのだ、熱源センサーが壊れたとしてもおかしくない。
むしろシンジ達にしてみれば早い段階でこういった欠陥が見つかれば幸いである。
 
「仕方がない、潜ってみるか。綾、行ける?」
「はい、LED起動完了。周囲に警戒を促します。」
「よし、じゃあいくぞ。」
 
シンジと綾は参号機を起動させるとその機体を海中へとおどらせ、海中から弐号機の捜索を始めた。
そうやって暫くすると少し離れた地盤の裂け目にはまって身動きをしない弐号機を発見した。
どうやらアスカはガギエルに振り回されている内に気を失ったようだ、いくら呼びかけても返事をしない。
シンジは参号機を操り弐号機を裂け目から引っ張り出し、そのままオーバー・ザ・レインボウに引っ張り上げた。
 
その様子に周囲のクルーは歓声を上げた。
 
よりいっそう表情が険しくなっていったのはドイツ支部の人間達だった。
そんなドイツ支部の人間達を後目にシンジと綾は参号機を降りると弐号機のエントリープラグを強制排出させた。
そして中にいるアスカを外に出したがどうやらまだ気がついていない様子だったので、抱きかかえて甲板に降りた所で加持にその身を預けた。
ドイツ支部の人間達の険しい視線の中、素知らぬ顔でリツコ達の元へと歩いていった。
 
シンジと綾はEVA参号機を駆り見事な初陣を飾り使徒を撃破した。
この活躍で本部とドイツ支部の溝はよりいっそう深まったようである。
だがシンジはあえてドイツ支部に対してとげとげしい態度をとっていた。
この事を知るのは綾を含めてシンジの思惑を知るごく僅かの人間だけである。
 
 
あとがき
 
遅れて申し訳ありません。
年度を越したら楽になるはずだったのですが、急に仕事が忙しくなってしまい。
3ヶ月ほど出張に出て言ってました。
これからは半月ほど事務所作業ですが、それでも続きが遅れています。
この話自体書き始めたのはゴールデンウィーク明け、書き終わったのが6月の中旬、なのにアップしてるのは7月・・・・
本当に何とお詫びを言ったらよいのやら、本当にすみませんでした。
 
さて今回いよいよ登場しました参号機ですが、強すぎましたね。
ガギエルを一蹴どころかまるっきり雑魚扱い、圧倒的でしたね。
対する二号機はいきなりの黒星スタート、初戦からいたいですね。って何か相撲の解説みたい。
 
さてさて、この三号機ですがFSSファンの方ならたいてい連想できていると思いますがモデルはLEDミラージュです。
勿論、以前書いたとおりカラーは本来のパールホワイトからダークブラックに変更はしていますが、頭部の形状や武装から連想できたと思います。
もしFSSをご存じの方で「解らなかった」と言う方には申し訳ありません。私の表現能力が貧弱でした。
 
あとドイツ組に関してですが今回特に何も書いていませんが加持はアダムを持ち込んでいます。
ミサトもその事は知っていますが、アスカはアダムに関する情報は何も知りません。
次の使徒ですが予定通りシャムシエルを出す予定ですが、今回みたいになると次回もアスカが活躍出来ないと思います(アスカファンの方ごめんなさい)
ゆくゆくはその辺のことを書いていこうと思いますが、なにぶん急がしい身で正直次が出来上がるのは夏休みが終わったあとになると思います。
早ければ9月の終わりにでも公開できると思いますがあまり当てにしないでください、おそらくそれより遅れると思います。
 
それでは気長に次をお待ち下さい。
 
PS:外伝の方ですが本編を優先するためしばらくお休みにします。
   勿論お返しにくっつけては行きますが、今のところ書き上がっている2までしかお送りできませんのでそのところをよろしく。