騎士と妖精と熾天使の幻像
第2章
第2話.若き賢者達
ケイジ内には大勢の人が詰めかけていた。
その中にはリツコ達発令所の人間だけでなく、整備に携わる者、技術課で研究をする者等みんな初めての使徒殲滅に喜びわきかえっていた。
そして、ほとんどの者がエヴァから降りてくるレイの姿を待ちわびていた。
その最前列にはゲンドウとユイの姿があった。実はこの時ゲンドウ達はリツコ達から戦闘中の詳しい経過を聞いてはいなかった。
そしてエントリープラグがイジェクトされ、ハッチが開き人影が見えた。
そこで全員は信じられないものを見た。
プラグから降りてくるのはレイだけではなくレイを抱えた少年と、レイによく似た黒髪の少女であった。
ゲンドウとユイには少年の顔に見覚えがあった。
「ま、まさか、シンジ、シンジなのか?」
「シンジ、どうしてあなたがそこにいるの?」
二人には信じられなかった。10年近く前に家を出ていった息子の成長した姿がそこにあった。
「ただいま、父さん、母さん」
シンジにゲンドウとユイ、そしてリツコが駆け寄っていく。
「やっぱりシンジ君なのね。あの声を聞いたときはまさかと思ったけど、いったい今までどうしてたの?」
「リツコ姉さん、ただいま。詳しいことは後で話すよ、まずはレイを休ませてやって、かなり疲れてるみたいなんだ。」
「え、ええ、解ったわ。シンジ君、悪いけどそのままレイをシャワー室に連れて行ってくれない、私も一緒に行くから。」
「わかったよ。アヤ、すまないけど荷物を持ってきてくれないか?」
「はい、解りました。」
そう言ってシンジはレイを抱えたまま、リツコの後に付いていった。
レイによく似た少女は、シンジと自分の手荷物を持ってシンジの後に付いていった。
ケイジにいたほとんどの者があっけにとられていた。その中でいち早く回復したのは司令であるゲンドウだった。
「何をしている。エヴァは修理を必要としている、早く作業に取りかかれ。詳しい事は後で各部署に通達する、まずは今しなければならない事をやるのだ。」
ゲンドウの一言に全員が持ち場に戻りだした。みんな不満はない様だった、むしろこの状況は誰かに説明してもらわなければ理解出来ないといったものがほとんどだったのである。
それに技術部、整備部はこれからが本格的な仕事の始まりでもあったからである。
エヴァ初号機の損傷は決して少なくはない、右腕骨折に頭部装甲破損等だけでなく骨格全体の歪みなども測定しなくてはならない。
何せ、本格的な戦闘機動などこれが始めてである、データは全く無いので何が起こるか解らない。
おまけに次の使徒が何時来るかもはっきりしていない今、やる事は山積み状態だった。
レイはリツコとユイに身体を流してもらい、その間にシンジとアヤの二人もLCLを洗い流していた。
リツコ達はレイをベッドに寝かせ休ませた。まだ意識は戻っていないが、表情は戦闘中の苦痛に満ちたものでなく今は嬉しそうに眠っている様だった。
「レイったら。幸せそうな顔しちゃって、そんなにお兄ちゃんに抱っこされるのが嬉しいのかしら。」
ユイがかわいい我が子の寝顔を見てからかった。リツコも同じ意見だった。
それほどまでにレイは幸せそうな顔をしている。
「レイー、だいじょうぶーー!」
元気よく飛び込んできたが部屋に入るなりリツコのげんこつを食らっていた。
「リツコお姉ちゃん痛いよ。私、何にも悪い事してないよ。」
「静かにしなさい。レイは眠っているのよ、大人しくしてなさい。」
「ごめんなさい・・・・」
クリスは申し訳なさそうに謝ってくる、だがユイはレイの事を心配してきてくれたクリスに悪い印象は持っていない。
「いいのよ、ありがとうクリスちゃん。レイの事を心配してくれて。」
「あ、良いんです。だってレイは友達なんだもん・・・」
「クリス、悪いけどレイについててあげて。私たちはこれから少し用があるの、もしレイが起きたら司令室にいるから連絡をちょうだい。」
「わかったわ。まかせて!」
ユイとリツコはクリスにレイの事を任せて司令室へと向かった。
そこにはゲンドウ、冬月、シンジとレイによく似た少女が出迎えていた。
「ユイ、レイの様子はどうだった。」
「ええ、特に外傷もないからしばらく休めば大丈夫よ。それに今はクリスちゃんが付いててくれてるから大丈夫よ。」
その言葉を聞いてほっとするゲンドウ達に
「改めて、ただいま。父さん、母さん、リツコ姉さん、冬月さん。」
シンジは改めてゲンドウ達に挨拶をした。
「ああ、お帰りシンジ。」「お帰りなさい、シンジ」
事情を詳しく知っているゲンドウとユイはすんなりと受け入れる事が出来たが、リツコと冬月はそうはいかなかった。
「シンジ君!いったい今までどこに行ってたの?それにバランシェ博士ってどういう事なの、それにその子はいったい何者なの?」
「リツコ君の言うとおりだ、いったい10年近くもどこに行っていたんだね。詳しく教えてくれないか?」
リツコは興奮気味に、冬月はいつも以上に冷ややかに問いつめてきた。
さすがのシンジも少しは反省しながら、今までの経緯を話そうと思っていた。
「そうだね、みんなには一応これまでの事を説明しておこうと思うんだけど。」
「是非聞かせてもらいたいわね。」
リツコが全員を代弁して言った。
「解ってるよ、でもその前にまず、彼女の紹介をさせてもらうよ。」
そう言ってシンジはレイによく似た少女をみんなに紹介した。
「さあ、綾。みんなに挨拶して。」
「初めまして、綾・バランシェと言います。」
少女の自己紹介は簡単なものだったが、周りはそれでは納得しなかった。
「ちょっとシンジ君、それじゃあ何も解らないわよ。それに綾さん、あなたどうしてレイによく似てるの?まさか!レイの時みたいに・・・・」
「違うよ、レイと綾は全く関係ないよ。少し説明不足だったね、綾は僕の師匠の妹なんだ。」
「「「師匠?」」」
シンジから信じられない事が告げられた。天才と呼ばれていたシンジが師匠と呼ぶ人物、みんなは全く想像が付かなかった。
「うん、僕の師匠マキシマムさんが別れるときに僕に彼女を預けていったんだ。」
「ちょっと待ちなさいシンジ、年頃の女の子をそんな風に人に預けるなんて。その人いったい何を考えているの?」
ユイには混乱していた、自分の妹をそう簡単に他人に預けてしまう、その人間の考えが。
「あの、兄は私をマスターの元に嫁がせるつもりで預けていったのですが。」
その一言はユイとリツコは異常に反応した。
「マ、マスター?それに嫁がせるってどういう事なのシンジ?」
「そうよシンジ君、あなた達まだ結婚できる年じゃないでしょう。」
アヤの不用意な一言はユイとリツコに変な誤解を生んでしまった。
冬月もあまりいい顔はしていなかったが、しかしゲンドウだけは顔に出ていなかったが内心はとても喜んでいた。
『そうか、もうそんな女性を見つけたのか。でかしたぞシンジ』
と、全く周囲の問題とは関係のない事を考えていた。
シンジはそんなゲンドウの内心を知らずにユイ達の誤解を解こうと必死になっていた。
「ちょ、ちょっと待ってよ。綾、もっと詳しく説明してくれ母さん達が変な誤解してるよ。」
「え、えーと・・・あ!すいません説明不足でした。じつは・・・・」
綾は自分の素性・ファティマである事を隠し、以前からシンジと考えていた答えをかえした。
自分たち一族は主と決めたものに一生涯仕え、主をマスターと呼ぶこと。
また、そのマスターが独身の異性であったときには伴侶として側にいる事も珍しくなく、兄はそのつもりで自分を一人前になったシンジに預けた事
最後に綾は自分がシンジの事を愛している事を告げた。
さすがのユイとリツコもこれを聞いて黙ってしまった。
シンジは幼い頃から天才と呼ばれ大人びていただけに納得せざるを得ない。
まして二人とも「愛している」などと言われては反対も出来ない。
だからといって「はい、おめでとう」とは言えなかった。
「シンジ、いくら愛し合ってると言ってもまだ結婚は早すぎるわよ。」
「そうよシンジ君。せめて後4年は待ちなさい、そうすれば法律上の問題もなくなるから。」
ユイとリツコはシンジを説得しようとしていた。
この時既に冬月は会話に参加せず傍観者に徹していた、だがここでゲンドウが意外な発言をする
「ふむ、ならば婚約者か許嫁という事にでもしておけば問題なかろう」
まさに爆弾発言だった。
ユイとリツコは今度はゲンドウを説得しようとし、シンジはあまりの事態の展開に付いていけなくなっていた。
そして、綾はゲンドウに認めてもらえた事を喜んでいた。
さすがに事態が進展しなくなる事を恐れた冬月が口を出す。
「碇、ユイ君、すまないが家族会議は後にしてくれんか。シンジ君すまないがそろそろ次に進んでくれんかね、我々も何時までも此処に居るわけにも行かないのでね。」
ユイ達は冬月の言葉に渋々従い、シンジの説明を聞くことにする。
その内容とは、シンジは家を出てすぐにアヤの兄マキシマムに師事し、卒業の時に綾を託されその後はアメリカ第一支部のモラード所長の所で匿ってもらっていた事。
そして、アメリカ第一支部ではエヴァ参号機の主任開発者として綾とともにバランシェ姓を名乗り向こうではDrシン・Drアヤと呼ばれていた事
また、アメリカでは第一支部だけでなく第二支部にもよく顔を出しており四号機の設計にも関わっている事などを告げた。
これを聞いてゲンドウの機嫌が少し悪くなる。まさかよく知っている人間の元に匿われているとは思ってもいなかった。
おまけにアメリカ第一のモラード所長、第二のマギー所長もその事は今まで一度も漏らさなかったのである。
親馬鹿なゲンドウとしてはせめて近況ぐらい知らせてくれても良いではないかと思っていた。
だがシンジからもたらされたアメリカでのエヴァの開発状況を聞いて全員は驚いてた。
既に参号機は完成間近、四号機も近い内に素体ができあがるまでに進んでいた。
おまけに参・四号機は初号機弐号機と違い完全専用設計で作られており使用が全く異なっている事、そしてアメリカでは初号機用の武装の開発も進んでおり近い内に完成品を送るとの各所長からの手紙を見せられてはさすがに何も言えなかった。
特にリツコとユイはアメリカ支部の異常なまでの開発ペースに驚きを隠せない。シンジがアメリカに訪れた頃から始まったとしてもエヴァはそう簡単に建造出来るものではない。ましてや本部の初号機やドイツの弐号機と全く違った専用設計に変えてしまうとなると設計図の段階から作り直している事になる。
確かに既に開発されているエヴァを元に、天才と呼ばれ初号機に深く関わっていたシンジがいればそう言った物の設計も不可能ではないかもしれないが、それにしても早すぎるのである。
それに予算がどこから出てきたのかが解らなかった。エヴァを一機建造するのにも国家予算クラスの金額が必要になる、ましてや専用設計に改良していればその倍近い予算が必要になるはずである。
本部でもエヴァにかかる諸経費は頭の痛い物である、なのにアメリカ支部はそれを気にせず研究を行っている事になる。
これはユイとリツコだけでなくゲンドウと冬月も不思議に思っていた。
「シンジ、いったいドコにそんな予算があったの?うちでも初号機の運用経費だけで頭が痛いのに、アメリカ支部はどうやってその予算を調達しているの?」
「ああ、予算の事ね。アレはアメリカ支部が独自に開発した技術を外部に売却して、資金を独自調達しているからなんだ。」
さすがにこれには冬月がかみついた。
「シンジ君!それは機密漏洩になるんだよ。そんな事をしているのがばれたら・・・・」
その言葉にユイやゲンドウも青くなる。確かにNERVの技術を外部に売ればかなりの利益を上げる事になるが、それはれっきとした犯罪・機密漏洩に当たる。
組織のトップにいる面々だけにこの恐ろしさはよく解っていた。
だがそんな心配を余所にシンジは更に恐ろしい事を次々と話していく。
「大丈夫だよ、NERVで研究してる事は売却してないから。ほとんどが僕とアヤで個人的に開発・研究した物を売っただけだから。例えば・・・」
シンジが語る内容は信じられないものだった。
シンジとアヤが個人的に開発・研究してきた物とは殆どがここ数年の間に社会に普及してきた画期的な物ばかりだった。
しかもその購入先の殆どが国連関係機関や国家、一流企業と言ったところばかりで、開発された物も軍事用から民間用までと非常に幅広かった。
例えば民間用では砂漠の砂地で生育する新種のサボテンや苔が有名だった。それらは砂の上でも生育して生命力・繁殖力も強く放っておくだけでも自生出来ると言う優れものだった。現にアフリカ・中東の砂漠では国連や国家・有力者が相次いでこれらを買い付け砂漠化がストップしただけでなく、僅かずつではあるが緑が増えてきていると言う報告まで出てきている。
逆に軍事用は戦車と歩兵の両方の能力を兼ね備える兵器SA(スーツアーマー)に代表される新型兵器の多くだった。
そして本部に先に派遣されていたバーバリュースやブラフォード・クリス達はアメリカでは新型SAのテストパイロットとして面識がある事を知らせた。
さすがにこれだけの証拠があるとゲンドウ達も黙り込んでしまった。
確かにNERVの独占技術とも言えるクローン技術やエヴァに関する事なら問題になるが、こういった個人的な開発・研究に関しては全く問題にならない。
ユイとリツコは同じ研究者・科学者として頭の下がる思いがした。確かに研究費が不足しているのなら自分の研究を売ればいい、だが自分たちはその内容をエヴァやクローン技術に限定してしまっていたのだ。なぜ他の事に頭が回らなかったのだろう。
そんな親たちの思いを知らずシンジは次々と続けていく。
そうして一通りの説明が終わった頃にユイにレイが目覚めたとの連絡が入り解散する事になった。
そしてユイとゲンドウ、シンジ、綾の四人はレイの元に、冬月はゲンドウの代わりに全体の指揮、リツコは現場の指揮に向かった。
医務室
そこでは目が覚めたレイが自分の状況を判断しかねていた。
「あれ?ここドコ?私エヴァに乗って・・・・・・・そうだ!使徒は?」
その声にクリスが気がついた。
「あーー、気がついたんだ。良かった、目が覚めないから心配してたんだよ。」
「ねえ、クリス。私どうして此処にいるの?エヴァは、使徒はどうなったの?」
「大丈夫だよ使徒はもうやっつけられたから、レイはゆっくり休んでなさいってお母さんが言ってたよ。そうだ連絡しなくちゃ、ちょっと待っててね。」
そう言ってクリスは部屋の入り口に電話に向かっていた。
その間にレイは考え込んでいた。いったい誰がどうやって使徒を倒したのだろうと。
連絡が終わり戻ってきたクリスにその質問をぶつける。だが、クリスからの答えは曖昧な物だった。
「えへへ〜〜あたしも実はよく見てないんだ。本部に戻ってきたときにはもう終わった後だったんでね、大丈夫だよ詳しい事ならお父さん達に聞けばいいじゃない。それとありがとうねレイ、一人でがんばってくれて。」
「でも私は何にも出来なかった・・・・」
「そんな事無いよ、レイが居なかったらみんな助かったんだと思うよ。それに、そんな事をレイのお父さん達は気にしないよ、きっと。無事に帰ってきただけでも喜んでくれるよ。」
「うん、でも・・・」
「いいから大人しくしてなさい。」
そう言ってクリスはレイを寝かしつけた。
そうすると暫くしてレイの病室にゲンドウ達が訪れた。そしてその両親達の後ろには何処かで見た様な顔ぶれがあった。
「レイ、無事だったか」「レイ、大丈夫?」
「うん、お父さんお母さんごめん。ねあたし何にも出来なくて」
「そんな事はないよレイ、君が居なければエヴァは動かず使徒を倒す事は出来なかったんだよ。」
「あれっ!も、もしかして、おにいちゃん・・・・なの」
レイはやっとその顔を思い出していた。10年近くも別れていた為成長した今の姿が解らなかったのである。
「うん、ただいまレイ。」
「う、うん、お帰り、お帰りなさい。お兄ちゃん。」
レイはシンジに飛びついた。何しろ自分にとってはとても大切な人であり、十年近くも離れて暮らしていたのである。
シンジがいなくなってすぐの頃のレイはシンジがいないことでユイやゲンドウをとても困らせていたのである。
そんな大好きな兄が戻ってきたのである、しかも見違えるようになって。
今のシンジの姿はかつての世界と同じくらいまでに年を取っている。
だが以前の世界とは違い弱々しさは感じられず、むしろその立ち振る舞いには隙が無く熟練の武道家のような雰囲気すら感じられる。
顔立ちも母ユイに似てどちらかというと女性的な中世的な顔立ちをしている。
もっとも髪と目の色だけは自分の力を使いごまかしてはいるのだが、その姿はレイでなくても憧れるような少年になっている。
そしてこの場にはレイ以外にもシンジに憧れている少女がいた。
「えっ、シン兄とレイって兄弟だったの?」
シンジは自分の素性がばれることを恐れ家族のことはクリスに話していなかったのである。
そして、レイはクリスにシンジを取られないようにと何も知らせていなかったのである。
なにせレイにとってシンジは理想の異性像であるから、例え親友といえでも渡したくはなかったのである。
「ああ、クリスには言ってなかったね、レイはボクの妹なんだ。もう十年近く分かれて暮らしていたからね。」
「え〜〜、でもレイからは一度もお兄さんがいるなんて聞いたことがなかったから・・・」
「???レイ、クリスには何もいってなかったのか?」
「お兄ちゃん・・・何でそんなにクリスと親しいの、クリスも何でお兄ちゃんのこと知ってるの?」
「何でって、向こうで同じ職場にいたからさ。ココ4・5年はアメリカ第一支部でクリスのお父さん達と一緒に働いていたんだ。」
「何でよ!どうして連絡ぐらいくれなかったのよ。ずっと心配してたんだからね。」
レイは泣きそうな顔をしてシンジに詰め寄った
「すまないな、色々とややこしい事情があったんだよ。あれ以上父さん達の所にいるとレイや母さんの身が危なくなる可能性があったんでね、それで家を出たんだ。」
「でも、でも・・・お兄ちゃんがいない間に・・・ナオコさんが・・・・・」
「知ってる、向こうでそのニュースは耳にしたよ。それでもみんなに知らせるわけには行かなかったんだよ、すまない。」
「うん、わかった。・・・ところで後ろの人、誰? アレ?・・・どっかで見たような・・・・って。あれ?」
落ち着いたレイはその時になってシンジの後ろにいる少女に気が付いた。
黒髪の綺麗な少女でその顔には何処かで見覚えがあったが、なぜかその名前が浮かんでこない。
その時になってクリスもやっと気が付いた、初めてあったときからレイに感じていた違和感の正体に。
何処かであったことがあるとは思っていたが雰囲気が違いすぎて今まで気が付かなかったのだ。
「あっ、そうかレイってアヤとそっくりだったんだ。最初にあったときに誰かに似てると思ってたんだ、髪と瞳の色が違うから雰囲気が全然違って見えるんだ。」
「アヤさん?お兄ちゃんの知り合いなの?」
確かにレイとアヤはそっくりな顔立ちをしていたが髪と瞳の色がまったく違うことと、二人の持つ雰囲気がまったく違うことから並んでみないとその顔立ちが似ていることに気が付きにくい。
レイは少し怪訝そうな顔をした、シンジと一緒にいるところを見るとシンジの知り合いのようだけれども、その関係が連想できなかった。
「そういえば、シン兄。アヤと結婚したの?確かバランシェ夫妻って言ってたけど・・・・・」
「なっ、バカッ、クリス余計なことを・・・」
「うっ、うそっ・・・」
「違うんだレイ、クリスの勘違いだ、アヤは・・・・」
「うぅ・・・・おにいちゃんのばか〜〜〜〜」
レイはシンジを吹っ飛ばして部屋から飛び出していった。
吹っ飛ばされたシンジはすぐにレイの後を追おうとするが綾がそれを止めた。
「マスター、レイさんのことは私に任せてもらえませんか?」
「し、しかし。今のレイは・・・・」
「大丈夫です、任せてください。」
そういって綾も部屋を後にした。
後に取り残されたクリスは、シンジから白い目で見られていた。
同じく部屋にいるユイやゲンドウも非常に困った顔をしていた。いずれはレイにも彼女のことを話さなければいけなかったがよりにもよって最悪の形になってしまったのである。
このままではレイの機嫌がまた悪くなってしまうのは確実であった。
「あ、あれ、なにかまずかったかな・・・・・あっ、そうだあたしもレイを探しに行って来るから・・・・それじゃあ」
言うと共にクリスはあっという間に部屋から飛び出していった。
さすがにシンジも追いかける気力が無くゲンドウやユイと一緒に綾の帰りを待つことにした。
「ぐすっ、バカ、お兄ちゃんのバカ。ぐすっ」
レイは一人で泣いていた。
そこは町を見渡せる公園、かつてはサキエルを倒した後シンジがミサトに連れて行かれた場所である。
そこに既にもう一つの人影があった、綾である。
レイの行き先を足音で判断し先回りしてレイが落ち着くのを待っていたのである。
「落ち着きましたか?レイさん」
「え?ど、どうしてここにいるのよ。ひょっとして私より先にココにいたの?」
「はい、先回りさせて貰いました。どうやら落ち着かれたようですね。」
「ほっといてよ!あなたに関係ないでしょ。」
「でも、ご両親もマスターも心配していますよ。もうお戻りになった方がいいでしょう。」
「いいのよ! ちょっとマスターって誰のこと、まさかお兄ちゃんの事じゃないでしょうね?」
「ええ、私の唯一人のマスターはシンジさんですよ。」
「ちょっとお兄ちゃんがマスターってどういう事よ、それってどういう意味なのよ?」
「はい、それは・・・・」
綾は先ほどの司令室と同じ内容をもう一度説明した。ただし、婚約云々の所は少しごまかしてはいた。
恋愛関係に関してシンジは以前以上に鈍感になってしまい、逆にこう言ったことは綾の方が詳しいのであった。
「じゃあ、あなたはお兄ちゃんの為だけに存在するって事なの?」
「はい、私の唯一人のマスターはあの方だけですから・・・・」
レイは少し納得でき無いながらも、必死で理解しようとしていた。
自分の選んだ人の為に一生を共にするという生き方は羨ましかった。
残念だったのはシンジにとってそのパートナーが自分ではなく、目の前の自分によく似た少女であると言うことだった。
「じゃあ、幾つか聞きたいことがあるんだけど聞いて良い?」
「ええ、どうぞ私に答えられることなら何でも。」
「じゃあ、どうして私にそっくりなの?それにお兄ちゃんとはアメリカで何をやってたの?それに・・・・・」
さすがに今度の質問の中ではシンジとの関係を深く聞いてくる物が多かった。
これ以上隠すのは得策ではないと判断した綾は、この段階で初めて先ほどの司令室でのやりとりを話した。
コレを聞いたレイはさすがに驚いて早速シンジとゲンドウの元に飛んでいこうとした。
そんなレイを綾は根気強く説得して落ち着かせた。
やっと落ち着いたレイを連れて綾はシンジ達のいる部屋へと戻っていった。
「まったく!ウチのお兄ちゃんは何考えてんのかしら、それに綾さんのお兄さんも。年頃の女の子をそんなに簡単に他人に預けるなんて・・・」
「良いんです、それは私の望みでもありますから。」
「でもね、それ以上に信じられないのはお兄ちゃんの鈍感さよ。まさかとは思うけど、お兄ちゃん綾さんの気持ちに気が付いていないとか言わないわよね。」
「え〜〜と・・・それは・・・・」
帰り道レイと綾は意気投合していた。それはシンジに関することばかりだった。
修業時代のこと、アメリカでの生活等レイの知らない十年近い時間、綾はレイに教えてあげようと思った。
自分と同じ人の事を好きになったのだ、せめて自分が知っている限りのことは教えてあげたかった。
レイの方も話をしていく内に綾のことを気に入っていた。最初は自分からシンジを取った女としか認識していなかったが、よく話してみるとシンジが好きになったわけも解るような気がしてきた。
レイから見ても綾は理想的な女性のように見えた。自分と同年代のはずなのだがシンジと同じように大人びており、大人の女性のような余裕のようなものが感じられた。
そして立ち振る舞いはおっとりしているように見えるが、動きの端々に隙の無い動きを見せることもあった。
会話をしていても相手に合わせことがうまく、彼女の見識の豊かさが現れていた。まさに非の打ち所のない女性だった
レイは綾のことを見直していた。どうせ自分とシンジは兄弟なので結婚できないし何時までも一緒にいることも出来ない。せめてもの救いは大好きな兄が彼女のような素晴らしい女性を見つけてきたことだった。
レイはもしシンジががつまらない女性を相手に選んでいたら虐めて追い出してやろうと考えていたのだった。
そうやっている内にレイと綾は元の部屋に戻ってきた。
この日シンジは綾を連れて久しぶりに我が家へ戻り一家団欒の時を過ごすことになった。
もっとも、綾のことに関してユイとレイに追求されてばかりだったが、それでも長い間忘れていた平穏な時を過ごすことが出来た。
あとがき
いや〜〜〜書けば書くほど原作を無視しまくってますね。おまけに無茶苦茶長くなってるし
ふぇいです。
第二章始まってすぐに原作通りにサキエルは抹殺されましたが、ミサトがいない関係で色々と各方面に不都合が生じようとしてきたので今回は少し強引なてこ入れに入りました。
結果としてはまあまあの出来になっているのではないでしょうか、私の予定としましてもレイ、ユイと綾がどうやって和解できるかというのが今回の最大の課題でしたがレイの方が予想以上に聞き分けがよかったので話がすんなりまとまりました。
しかし最後の方のレイの考えや台詞を見ると私の作品のレイはある意味とても健全に育っていますね(笑)
気に入らなかったらいびって追い出す、ひょっとしたらユイ以上に恐ろしい鬼姑になるかも・・・
まあ、レイも綾のことを気に入ってくれたようですし、ゲンドウに至っては久しぶりに親バカ丸出しです。ココ最近シリアスなシーンばかりだったのでたまにはコレもいいかなと思います。
それでは次回ですがシンジと綾は学校に行くことになります。
実はシンジと綾は他の作品でよくあるように大学へは行っていないんです。それどころか小学校もまともに行っていません。
つまり義務教育を無視してきたんです、コレに気が付いたユイとゲンドウによって二人ともレイと同じ学校に行くことになりました。
この背景にはシンジの開発していた参号機がまだ最終チェック段階で日本に届いないため、シンジが暇になっていることが関係してきます。
詳しくは次回をお楽しみに
巻末のおまけ
夕方、碇家
ゲンドウとユイは本部に寝泊まりする部屋を用意しているが家にレイがいるため殆ど毎日家に帰っていた。
ゲンドウとユイの家は本部からほんの少し離れた所に有り、それは庭付き一戸建ての邸宅であった。
ハッキリ言ってこの第三新東京ではとても贅沢であった。ここで庭付きの一戸建てを持っている者などよほどの高収入でなければ無理であった。
しかも市街地近くで高層ビルが全くないまさに高級住宅街と呼ぶにふさわしい地域だった。
だが建物自体はそれほど新しくない、むしろ周囲の家に比べると古くどちらかというと庶民的な感じのする家だった。
それもそのはず、ここはシンジが生まれてすぐに購入した家で、そのころこの周りには当時のゲヒルン本部がある以外は何もなかったのである。
後に第三新東京が本格的に復興を始めるようになってこの周辺にも開発の手が及んできたが、最初はここに高層ビルを建てようとしたがゲヒルンに近すぎることから建設許可が下りずに一般住宅が建てられ、後に市街地の移転などにより交通の便利な住宅街からNERV関係者が多くすむ高級住宅地へと様変わりしていたのだった。
「ただいま」
レイが元気よく家に入っていく。
「レイ、晩ご飯準備を手伝ってちょうだい。あなた、荷物は台所のテーブルの上に置いといてください」
「わかった。」
ユイとゲンドウは買い物袋を持って家に入ろうとしていた。
そしてその後ろにはシンジと綾の姿があった。
「ここがマスターの家ですか?」
「ああ、とても懐かしい気がするよ。十年近くも帰ってなかったからね。」
シンジにとっては家を出て以来だった。
「さあ、シンジ、綾さん二人とも家に入って、今晩はごちそうを作りますからね。楽しみにしてて。」
「はい、それじゃあお邪魔しま・・・・」
「綾さん、今日からあなたもこの家の人間なのよ、挨拶が違うでしょ。」
「そうだね、綾、『ただいま』だよ。」
「あ、・・・ただいま・・・・」
「そうよ、今日からあなたも家族の一人なのよ。」
「あ・・ありがとう・・ありがとうございます。」
「ありがとう、母さん。」
「いいのよ、さて、シンジは綾さんの部屋を準備してあげてちょうだい。その間にレイと晩ご飯の支度をしているから。」
「あの、お気になさらずに私はマスターのお部屋に・・・・・」
「それはだめよ!まあ、シンジがそんな事をするとは思わないけど、少なくとも後何年か先にしてからになさい。さすがに婚約者とはいえそこまでは認められないわよ。」
「ま、まあね、それじゃあ綾、ボクの隣の部屋に行こう。ちょうどレイの部屋とは逆隣になるんだ。」
「はい!」
そういってシンジは綾を連れて二階へ上がっていった。
逆にレイが一階に降りてきてユイの手伝いを始めていた。
「かあさーん、早く手伝ってよ〜〜。」
「はいはい、すぐ行きますよ。」
「マスター、私幸せです。家族っていいですね。」
「ああ、でも今日から綾もその家族の一人だからね。これからもよろしくね。」
「はい!マスター」
「あ、それとこっちじゃそのマスターってのは拙いんで普段はシンジって呼んでくれないかな。クリスの時みたいに変な誤解を生みたくないんだ。」
「解りました、それではシンジさん、これからもよろしくお願いします。」
「こちらこそ。」
そうやっていると階下からレイの声が聞こえてきた。
「おにいちゃーん、綾さーん、晩ご飯が出来たよー。降りてきて〜〜〜」
「解ったよレイ、すぐ行く。さあ、いこうかアヤ」
「はい、シンジさん」
シンジは綾の手を取って下へ降りていった。
そこはシンジにとっても綾にとっても懐かしい一家団欒の場であった。
終わり