騎士と妖精と熾天使の幻像
 
第2章
第11話.忍び寄る凶雲
 
 
 
マトリエル撃退から一夜が過ぎた。
レイは相変わらずシンジ達の研究室で眠り続けていた。
 
シンジもレイのことは心配だったがマナの方にかかりきりになっていた。
少年兵で生き残ったのはマナとトウジの妹、ミユキだけだった。
シンジはゲンドウ達とマナの情報を元にこれからの対策を練る傍ら、ミユキのことも相談していた。
 
「・・・・・じゃあ、ミユキちゃんは?」
「目の届く範囲に置いた方がいい。」
「そうだな、誰かウチで里親になってくれる人間を捜すか?」
「手配させておく・・・・それよりシンジ、レイの様子は?」
 
司令室ではゲンドウ、冬月、シンジの三人で会議が行われていた。
昨日からレイの意識は一向に戻る気配はないものの、戦自の鎮圧も完了、無事に使徒を撃退して全て事後処理の段階に入っていた。
残されたミユキの問題もどうやらゲンドウ達が上手く取りはからってくれそうだった。
ミユキは当分の間、保安部で観察下に置かれほとぼりが冷めた頃に里親を捜そうと言うことになった
 
「シンジ、来週からしばらく此処をあけるが頼めるか?」
「何処か出張?」
「南の海に宝探しだ」
「は?・・・・・・・まさか!」
「気づいていたか・・・・・そうだ、そのまさかを取りに行ってくる。」
 
シンジは最初ゲンドウの冗談が解らなかったが、その内容を理解すると顔色を変えた。
ゲンドウの言っているのは「ロンギヌスの槍」の事だった。
 
「しかし、「卵」が向こうの手にあるのに・・・・・使い道がないんじゃない?」
「いや、「卵」を持っているからこそ「槍」は切り札になる・・・・・・だから,その間の代わりを頼む。」
 
そう言って書類をシンジに差し出した。
それを見たシンジは疲れ切ったような表情になった。
 
「・・・・・司令権の委任状・・・・・」
「ああ、必要と判断したら使え。・・・むしろこの機に乗じて、と考える奴らがいるかもしれん。」
「・・・・・・了解、どうやら暇にはなりそうにないね。」
 
ゲンドウがシンジに渡した書類はNERV司令職の委任状だった。
期限付きだが、その間はシンジが司令代行という形になる物だ、迂闊に人に見せられる物ではない。
各国政府や関係機関に「東洋の魔人」と恐れられているゲンドウが不在、その上年端もいかない息子が司令代行などと知れたら何処から余計なちょっかいがかかってくるか解ったものでない。
シンジもこんな物には頼るつもりはないが、万が一の時には必要になると判断していた。
次に来る使徒はサハクィエル、間違いなく前回と同じように衛星軌道上からの降下攻撃を仕掛けてくるはずだった。
いざというときの強権発動に必要になるのは間違いなかった。
 
「それでシンジ・・・・・・」
 
ゲンドウが何かを問いかけようとしたその時、司令室の電話が鳴りだした。
何事かと電話を取ったゲンドウの表情からさっきまでの厳しさが消えていた。
 
「シンジ、レイが目を覚ましたそうだ。」
 
 
 
 
 
「おかわり!!」
 
大慌てで司令室から駆け込んできた三人の目の前にはベッドに腰掛けてはいるものの元気そうなレイの姿があった。
しかもレイの前には大量の食器が空になって積まれていた。
 
「もう4人前も食べているんですよ・・・・」
「だってお腹ぺこぺこなんだもん」
 
既に病室にはユイとリツコも駆けつけていた、そして二人もレイの食欲に呆れかえっていた。
 
「シンジ君・・・・・これって例の副作用?」
「・・・・・・違います!」
「それなら大丈夫ね・・・・・シンジ、後を任せて良いかしら?」
「・・・・・・うん、僕の仕事だからね。」
 
その食欲にリツコは心配そうにシンジに聞いてきたがシンジはキッパリと否定した。
だが逆にその様子を見てレイが無事であることを確認したゲンドウ達は後のことをシンジに任せて部屋を出ていった。
 
「レイ・・・」
「お兄ちゃん、だいたいの事はお母さん達に聞いてるから。それより、綾波ってヒト知ってる?」
 
レイの一言にシンジの表情が一瞬だけ変わった。
レイはそれを見逃さなかった。
 
「お兄ちゃん知ってるのね、誰なの?私、綾さん、それにあの綾波レイっていうヒト。みんなそっくりなのは何故?」
「レイは何処で彼女と?」
「・・・・・一回目は声だけ、アスカが来る前にお兄ちゃんとマナがやられそうになった時。で二回目はこの前の使徒戦・・・・・・・・・
違う!もっと前に・・・・ずっと小さい頃、お兄ちゃんがいなくなって、ナオコさんもいなくなって・・・EVAに乗ってるときに夢に・・・・・・思い出した!何で今まで忘れてたんだろ。」
「そんなに前?なにか言ってたかい?」
「たしか・・・『ひとりにしてしまってごめんなさい、私の分も幸せになって。』って、どうして今まで忘れてたんだろ・・・・」
「そう、綾波が・・・・ありがとうレイ。」
 
レイの言葉を聞くとシンジの表情は少し和らいだ。
このシンジの変化にはレイの方が逆に驚いた、今朝会ったときからシンジはどことなく張りつめている様子だっただけに意外だった。
 
「レイ、もし今度綾波と会ったらこう言って欲しい『僕の方こそすまない。』それと、『ありがとう』って。」
「良いけど、教えてくれる私達やあの綾波って言うヒトの事。」
 
シンジはしばらく悩んでいたが重たい口を開いた。
 
「レイ、お前は母さんの卵細胞だけから生まれた単相生殖。綾は・・・」
「レイさん、私は人間ではありません。ファティマ・ファティス、人工的に合成された人造の妖精。」
「綾!」
「う、うそ、綾さん・・・冗談でしょ・・・・・ねえ、お兄ちゃん。」
 
レイはその言葉に動揺していた、だがシンジの真剣な様子にレイはそれが真実だと解った。
「綾は身体特徴に僕の遺伝子を使用したんで僕の中の女性的要素、母さんの特徴が出たんだろう。」
「でも、でも、それじゃあ・・・・・」
「彼女、綾波レイは・・・・”碇ユイ”の遺伝子を元に作り出された娘だ。」
「ちょっと!何で、誰がそんな事を!」
「だがそれはお前の母親じゃない。」
「どういうこと!・・・・・『もう一人のあなたであって、そうでない者』ってあの娘が言ってた事と関係在るの?」
「なるほど、そう言ったのか。それが答えだよ。」
「わかんないよ!まるでお母さんと私が二人いるみたいじゃない。」
レイはシンジの謎かけのような答えに混乱していた。ただでさえ綾が人間ではないと聞かされ困惑している上に、シンジ言うことは理解できなかった。
 
「どうして一人でないといけないんだ?」
「だって!」
「この世界が一つだと誰が決めた?“此処”が“何処”か?それは何を基準にしているんだ?
レイ、“此処”は可能性の一つの世界でしかない。」
「じゃあ、お兄ちゃんはどうなの?もう一人いるの?」
「その答えは“否”。僕は・・・・“渡った”」
「“渡った”?それって・・・」
「レイ、これ以上は今は言えない。そしてこれは他言無用、忘れるんだ。この知識はこの世界に不要なモノなんだ。」
「この世界・・・それじゃあ・・・」
「レイ、これ以上はもう少し落ち着いたら教えてあげる。
もし、僕がいないときに知りたいのならアメリカ第二支部のフォースチルドレン山岸マユミ、四号機デザイナーのナオちゃん、この二人に聞いてみると言い。それじゃ、レイ、あとで初号機の事で話があるから。」
 
そう言うとまだ悩み続けているレイを残して、シンジと綾はその場をあとにした。
 
「マスター・・・」
「良いんだ、何時かは言わなきゃいけなかったんだ、むしろ少しホッとしているよ。レイが聞き分けてくれたからね。最悪、レイを混乱させるだけだったからね。それより綾の方こそ。」
「いいえ、私は構いません。あとはレイさんに判断をお任せします。」
 
綾はレイに真実を告げた事を後悔はしていなかった。この結果、レイにどのような目で見られようと構わないと思っていた。
むしろレイが自分の事でシンジを責めないか心配だった。
 
 
『それじゃあ・・・・・お兄ちゃんは異世界の人?でも、お兄ちゃんはお母さんから生まれたんでしょ?』
「あら、レイまだ此処にいたのシンジ達は?」
 
レイは一人部屋で悩み続けていた。
そこへ、何時まで経っても戻ってこない事を心配したユイが様子を見に来た。
 
「お母さん、お兄ちゃん達ならもう出ていったよ・・・・あの、お母さん、お兄ちゃんが生まれたときのこと聞きたいんだけど。」
「シンジの生まれた時のこと?あの子の産まれた時・・・普通だったけど、後で聞いたら驚いたわ。」
「何かあったの!」
「う〜ん、シンジ、お母さんのお腹から出てきたときのことを覚えていたらしいの。この事を後で聞いた時、それもまだ3歳になってない時なのよ驚いたわ。」
「お兄ちゃん・・・お兄ちゃんは赤ちゃんの頃から喋れたの?」
「それは出来なかったらしいわ。ほら、赤ちゃんだとまだ声がうまく出せないから、私たちの会話を聞いて無意識に発声練習していたみたいね。」
「そう・・・・」
「どうしたの?」
「ううん、何でもない。ほら、お兄ちゃんは何時自分が普通の人と違う事を知ったのかなって思って。
あ!そうだ、お兄ちゃんが初号機のことで相談があるって言ってたんだ。」
 
レイは不審がるユイをごまかしてその場を逃れようとした。
しかし、ユイの目はごまかせなかった。部屋を出ようとするレイの手をつかむと自らの胸に抱きしめた。
 
「レイ、あなたがどう思おうとあなた達は私たちの子供なの。どんな風になっても。」
「お母さん・・・・ありがとう。」
 
しばらくレイは母親の胸の中でその温もりに浸っていた。
やがて、どちらからともなくはなれた二人はそれぞれの場所へと向かっていった。
 
 
それから数週間後、ゲンドウと冬月が長期出張(南極行きは表向き長期出張と言うことにされていた)に行ったため、一応ユイをトップとする形でNERVは動いていた。
シンジが司令代行であることは本部内でも極々一部にしか知られておらず、その為シンジ達はいつも通り通りの生活を行っていた。
そんな中、心配されたマナとミユキだが、あの後心配された戦自からの行動は全くなかった。
実は影でシンジと綾、マナの三人が関係者の口を封じて回っていた。
そしてミユキの里親に関しては、マナのアメリカ帰国に会わせてアメリカ第2支部の関係者の元に引き取られていった。
マナの帰国が急に決まったのは零号機の改修が本格的に始まり、アメリカから帰国要請があったからだった。
一方、松代側でもミサトがドイツに出張と言う名目で呼び戻されていた。
 
たった一つ、今までと違っていたことはレイとアスカがシンジの元に足繁く通っていることだった。
アスカは一向に進まない弐号機の改修に業を煮やし、ミサトのいない間にシンジの手を借りていた。
と言っても実際にはシンジを松代に引っ張り込み内部で改修プランを書き換えたり、勝手に設計図に手を入れたりとばれたら大変なことになるのでその辺の隠蔽工作も怠らない。
 
そしてヘッドライナーとして覚醒したレイは剣の稽古やEVAの技術的なことでシンジの所に入り浸っていた。
レイも今までとは違う自分の力をもてあましていた。アスカと本気で喧嘩をする訳にもいかなくなり、代わりにシンジや綾が本気で相手をしていた。
実際、シンジ達も時々は本気で相手をしていた。レイは覚醒からものすごいスピードでその力をモノにしていた。
 
「綾、どうだったレイは?」
「かなりのレベルですね。まだ荒削りですが、もう少しで天位級と言った所ですか。正直マナさんやマユミさんよりも能力的には上でしょう。」
「能力的にね・・・だが、マナはおろかマユミにすら勝てないだろうな。」
「ええ、現状では戦闘能力全体ではマナさんがトップですし、剣技と駆け引きではマユミさんも引けを取りません。ですが、純粋なパワーとスピードはレイさんが一番でしょう。」
「純粋なパワーとスピードだけだな。感情の起伏が激しすぎるので不安定になりやすい。マナはそこの所のコントロールが上手いし、マユミは性格的に感情をあらわにすることが無いしね。」
「そうですね。でも、三人そろうとなかなか面白いと思いますけど。」
「いや・・・・すごく嫌な予感がするんだが。」
「そうですか?」
 
ついさっきまでレイの相手をしていた綾がシンジと相談を始めた。
その話題のレイは未だに道場でのびていた。
稽古の最後で綾はレイに対してソニックブレードを使った。
レイはとっさの感で直撃だけは免れたが、半ば本気で放たれただけにその威力は半端ではない。
上手くかわしたつもりが余波で吹き飛ばされ壁に叩きつけられ気を失ってしまった。
簡単な手当てをしてレイをその場に休ませた綾はシンジのいる研究室に戻ってきた。
 
「それより、アメリカから持ってきたバスターランチャーに不備が見つかった。」
「何ですか?」
「エネルギーチャンバーの耐久力不足。向こうで2番機が3発目で暴発した。」
「そうですか、使い捨てならともかく問題ですね。」
「ああ、こっちに持ってきたヤツはもう改修を始めているが、向こうの3番機を予備にこっちへ送ってもらうことにした。」
「マユミさんの分が無くなりますね。」
「すぐに4番機の製造にかかって貰う、さしあたっては交換部品を使って予備を作るさ。」
 
シンジは綾に設計図を見せながら改良点を相談していた。
その図面はシンジの参号機用フレイムランチャーよりも巨大な銃だった。
その銃身はEVAの身長の3倍近い長大なモノだった。
「そう言えば零号機はどうなりました?」
「ああ、骨格の改修が始まったがエンジンだけが手つかずの状態だ。バスターランチャーを持ってきた便でこっちからS2機関を送ろうと思う。」
「では、コアから加工しておきましょうか?」
「ああ、準備だけ初めておいてくれ。ちょっと色々手を加えてみようと思うんだ。」
 
そんなシンジと綾の計画だが、突然の警報に全てを台無しにされた。
 
「使徒ですか?」
「・・・・・・まずい、サハクィエルか!」
 
シンジは綾を引き連れて司令室に向かった。
そこではシンジの悪い予測通り、ユイ達の見ているモニターには巨大なサハクィエルの姿が映し出されていた。
だがその姿を見てシンジは愕然とした。
以前の規模ではない、その巨体は以前の倍以上。これが直撃すればいかにシンジがATフィールドで第三新東京をカバーしてもその周辺がただではすまない。
下手をすれば第三新東京の周囲だけがそっくり消し飛んでしまい陸の孤島になりかねない。
 
『マスター、あの大きさではATフィールドでカバーしきれません。』
『解っている。空中、それもかなりの高空で海洋上に叩き落とす形で一撃で仕留めないとダメだ。』
『フレイムランチャーも使えませんし、バスターランチャーでも不可能です。』
『いや、バスターランチャー同士で対消滅させれば・・・・』
『無茶です。その場合同調に失敗した場合の被害が大きすぎます。』
『しかし、それしか手がない。綾、アメリカに連絡を四号機用3番機を大至急こっちに送ってもらうよう手配して。』 
『・・・解りました。』
 
シンジと綾は対サハクィエル戦のプランを練っていた。
あまりに巨大すぎる上、手の届かない所にいるとあって使える手段は限られてくる。
現にユイ達もシンジ達が来るまでにありとあらゆる方法を考えていた。
そしてさっそく可能性の最も高い作戦を敢行していた。
 
『碇司令代行、国連軍がN2高空爆雷搭載機が出撃しました。』
「了解、有るだけのN2を一点に叩き込んでください。」
『了解』
 
ユイの指揮のもと要請を受けた国連軍がN2高空爆雷を搭載した爆撃機を出撃させた。
だがシンジはそれが通用しないことを確信していた。
そしてシンジの予想通り国連軍が所有するN2高空爆雷がサハクィエルに打ち込まれたが、ATフィールドを破壊することが出来なかった。
 
「やはり効かないのね。」
「無理だよ母さん。ヤツはおそらく攻撃能力を一切排除してその質量とATフィールドで押しつぶす気だよ。」
「シンジ君の言う通りね、以前戦ったラミエルのATフィールドの1.8倍強。完全防御に徹した使徒という訳ね。」
「リツコさん、何か手はない?」
「無理よ、あの質量を一瞬で消滅させるだけの兵器は今のところ無いわ。」
「リツコ姉さん、お兄ちゃんのフレイムランチャーじゃダメ?」
「それでも無理よ、巨大すぎるのよ。攻撃した部分で二つに分かれて二カ所に被害が拡散するだけ。文字通り打つ手無しよ。」
「・・・・手はある」
完全に手図まり状態のリツコ・ユイ・レイの三人とは違い、ずっと何かを考え続けていたシンジが控えめに告げてきたその内容は先ほど綾と相談した事だったが、そのあまりの内容にユイもリツコも顔を青ざめさせていた。
「バスターランチャー相互の対消滅・・・・・一歩間違えれば大惨事になるのよ!」
「だいたい、使用には日本政府の許可が必要だし。まず二門も無いでしょ」
「いや、四号機用の3番機を大至急手配する。それと最悪の場合は初号機・弐号機・参号機のATフィールドで第三新東京は守れるから・・・・」
「そ、それでも無茶よ!そんなに巧く行くわけ無いわ。」
「既に対消滅に関するシミュレートおよびミッションプログラムの制作に入っています。後はバスターランチャー3番機の調整と同調作業ができ次第作戦は可能になりますが。」
 
シンジと綾の準備の良さに二の句が継げないユイとリツコ、だがレイには気になることがあった。
「じゃあ、新しく届くのを使うのは私?」
「ああ、弐号機じゃあ出力不足の上、発射時の衝撃に耐えられない。」
「でも使ったことがないんだよ巧く使えるかどうか・・・・」
「それに関してはこれからシミュレーションにつきあってもらおうか。綾、データをラボに回して3番機の受け入れ準備と調整を頼む。僕はレイにシミュレータの説明をしたら松代に弐号機の作戦参加を要請する。」
「了解しました。」
 
そこでレイはやっと異常なことに気が付いた。まるでシンジが父ゲンドウの様にNERVを取り仕切っていたのだ。
いくらシンジが参号機設計者兼サードチルドレンであったとしてもこれは越権行為だ。
レイがその事を指摘しようとした矢先。
 
「母さん、リツコさん、司令代行としてこの作戦の発動を許可します。母さんは日本政府の方に折衝を、リツコさんは綾と一緒にバスターランチャーの調整をお願いします。」
「・・・・解ったわ、ゲンドウさんとの約束だから・・・・・・でもシンジ、無茶はしないで」
「了解」
ユイ達はすぐに部屋を後にしてレイとシンジだけが部屋に取り残された。
「じゃあラボに行こうか」
 
あまりの展開に全く状況を理解できず言われるままシンジについて行ったレイが正気に返ったのはシンジ達のラボに着いてからだった。
「お兄ちゃん、司令代行って?」
「父さんとの約束。父さんが不在の間表向きの司令代行は母さんだけど、実際に司令代行の書類に書かれているのは僕の名前。いくら何でも一四才の子供の名前がNERVのトップにあるのはまずいだろ。」
「何時の間にそんなこと決めてたの。それじゃあ今はお兄ちゃんが一番えらいの?さっきのお兄ちゃんまるでお父さんみたいだったから・・・・」
「僕は必要と判断すれば何だってやるよ、それがどんなことでもね。」
レイはこのシンジの言葉に何か不吉なモノを感じ取っていた。シンジ自身もこの言葉に特に何か意味を含めたわけではなく、自分の心構えを行ったつもりなのだが必要以上にレイに危機感を与えてしまったことに少し後悔するとレイの肩を抱きしめ安心するように諭した。
その言葉にレイは一応落ち着きを取り戻した。
レイはそのままシミュレートを続け、シンジは松代、と言うよりアスカを説得するべく部屋を出て行ってしまった。
 
だがこの時のことを思い出しレイは激しく後悔することとなった。
この時言ったシンジの言葉はまさに残酷な選択としてレイの身にのしかかろうとしていた。
 
 
翌日未明
蒼・赤・黒の三機のEVAが第三新東京市に鎮座していた。
そして初号機と参号機には巨大な大砲が握られ、弐号機も真新しい装甲を身に纏いその姿を一新していた。
移送要請から半日という異常なまでの早さで送られてきたバスターランチャーは早速綾とリツコの手で調整が行われ参号機用にカスタマイズされていた。
もう一方の初号機には元々参号機用に用意されていたモノを微調整するだけだったのでアメリカから届くよりも早く作業が完了していた。
そしてシンジからの出撃要請を受けたアスカもその作戦内容に文句は言っていたモノのシンジの司令代行権限と弐号機用に用意された追加装甲に機嫌を直し喜々として作戦に参加していた。
そして初号機が砲撃位置に向かうと同時に参号機はその身を空へと羽ばたかせた。
弐号機だけは第三新東京市の中心、NERV本部の直上で本部防衛の任に当たっていた。
今回は作戦の危険性から第三新東京市のみならず近隣の都市にも避難命令が出ていた。
その為、町中はひっそりと静まりかえり、レイの初号機の足音がまるでカウントダウンかの様に鳴り響いていた。
 
 
「レイ、時間よ。砲撃準備して。」
そしてレイが砲撃予定位置に着くと同時に作戦開始の合図が出た。
「了解。お兄ちゃん、そっちの準備はどう?」」
「こっちも配置完了。アスカ、発射と同時に本部を中心にATフィールドを全開で。レイも命中後はすぐにその応援に。」
「「了解!」」
二人ともいつになく真剣なシンジの表情に無駄口をたたかず、最小限の答えを返した。
この作戦が始まるまでにレイとアスカは何度と無くその予想被害・危険性・想定される自体をシンジ達とシミュレートしてこの作戦の難易度はよくわかっている。
『『この作戦には少しのミスも許されない。』』
そしてレイは震えそうになる手を心で押さえつけ、トリガーに指をかけた。
レイがそのトリガーを引き絞ると同時に初号機の持つ巨大な大砲から光の柱が打ち出された。
地上から天を貫く光の柱は真っ直ぐにサハクィエルに向かっていった。
 
同時刻
第三新東京上空に待機していた参号機のなかでシンジは初号機から送られてくるデータをにらみつつ、その同調作業に忙しかった。
『マスター来ます!』
『行くぞ!』
地上に光の柱が立つのと同時に高空の彼方ではまるで天空を切り裂くかのように一筋の流星が流れた。
そして光の柱と流星は大地に向かいゆっくりと降下してくるサハクィエルの居るその場所で交錯した。
光と光が合わさる瞬間辺りにはすさまじい衝撃が駆けめぐった。
上空で参号機がATフィールドを張りその被害を最小限に抑えようとしているが、それでも第三新東京市にはその衝撃波が向かっていた。
実はシンジの参号機は上空で第三新東京以外の方角の被害を防ぐためATフィールドを展開していた。
 
「くぅっ!余波だけでもシャレにならないわね。」
第三新東京の防御は最初に言っていたようにアスカに一任していたのだった。
もちろんレイもサポートに向かってはいるがシンジはアスカにも自信をつけさせるため弐号機にいろいろと細工を施していた。
それこそが今アスカが展開している強化装甲だった。
弐号機の肩に取り付けられていた巨大な肩当てからは角のような物が飛び出し、その角はアスカのATフィールドをより広く、強力にしていた。
これこそがシンジがアスカに与えることが出来る数少ない技術の一つ「追加装甲によるATフィールドの拡大と強化」である。
元々シンジがアスカのためにEVA用のAFとも言える強化装甲にこの仕組みは組み込まれていなかったのだが、今回の作戦の為に急遽取り付けたさせた物だ。
それが今役に立っている。
 
弐号機本来の力とアスカのATフィールドでは一瞬で吹き飛んでいたであろう衝撃にもアスカは耐えていた。
そしてすぐにレイも合流してそのATフィールドは第三新東京市をドームのように覆い尽くした。
そのかいもあって都心部だけでなく郊外の被害も最小限にくい止められた。
ほっと一息つくレイとアスカの元に参号機が降り立った。
 
「お疲れ様レイ、アスカ。良くやったね・・・・・・」
レイとアスカが返事を返そうとしたその時、異変が起こった。
 
 
本部内では戦場からの情報がリアルタイムで送られてきていた。
そのデータを厳しい顔で睨み続けるスタッフ達だが初号機・参号機のバスターランチャーの発射、三機のEVAによるATフィールドでの余波の押さえ込みの成功に皆ホッと一息ついた矢先。
「・・・・えっ!ユイさんセンサーに反応・・・・これはパターン青、使徒です。もう一体表れました!」
その言葉に司令室に居た全員はあわててモニターにその様子を映し出した。
そこには・・・・・
 
まるで痛みに耐え苦しんでいるかのような参号機の姿があった。
そして、その機体は両手に持つバスターランチャーを中心に腕から肩へと白い繊維状の物が浸食して行きつつあった。