第1章 第3話.検査
 
 
木曜日の夜、研究所に所員は殆どいなくなった。
なぜなら所長から休暇調整の名目で金土日の三連休が出されたからである。
その日ユイは泊まり込むつもりでいたが、そこへ赤城ナオコ達同僚から誘いがかかってきた。
この日所長から連休をもらった研究者達の殆どが羽を伸ばそうとしていたが、珍しくユイが遅くまで残っていることに気が付いたナオコ達によって連れ出されようとしていた。
 
「ユイ、たまには一緒に行きましょうよ。シンジ君ができてからずっとご無沙汰だったじゃない。一緒にのみに行きましょう」
「そうですよユイさん。明日はみんな休みなんだし一緒に行きましょうよ。」
「ごめん、ナオコさん実は今晩中にやっておきたいことがあるの。一応所長の許可をもらって残れるようにしてもらってるの。」
「そんな!」
 
他の研究者から不満の声が挙がる、それでもユイは引く気にはなれなかった。そう簡単に研究所を空に出来るチャンスは無い。
今回の件に関しても所長であるゲンドウがかなり無理をしてくれている。
 
「ちょっとユイ、何考えてんの明日休みなのよ。それにあんたシンジ君はどうする気よ、たまには親子でゆっくりしなさいよ。もう良いからさっさと帰ってシンジ君と一緒にいてあげなさい。」
 
ナオコには信じられなかった。週末を誰よりも心待ちにしていたユイが今日に限って帰らない。
それに夫であるゲンドウもそれを認めている事も信じられなかった
二人の親バカぶりは研究所でも噂になるほどであった。それもユイよりもゲンドウの方がひどいと解ったときには冬月やナオコだけでなく職員の殆どが信じられないと言った顔をしていた。
ゲンドウとユイは週末は定時退社が当たり前になっていた。
もっともその負担は冬月とナオコにかかってくることになっていた。
 
「いいのよナオコさん、どうしても今晩中に済ませておきたいのよ。それにシンジのことなら心配ないわ、後でゲンドウさんがシンジと一緒に様子を見に来てくれるの。だから心配しないで」
「そうなの、なんだったら手伝いましょうか?」
「ううん、私一人でも十分だしせっかく楽しみにしてたみんなにに悪いわ、私の分も楽しんできて。」
「そう、それじゃあお言葉に甘えて先に失礼させてもらうわ」
 
ナオコは所員達を連れて研究室を後にしていた。
もっとも所員達はゲンドウが来ること知ったとたん、さっさと帰ろうと思っていた。
そして研究所には警備員以外はユイ一人になった。そしてユイは検査の準備を手早く整えていた。
そうすると準備が終わったのを見計らったかのようにゲンドウがその腕に眠っているシンジを抱いて現れた。
 
「遅くなってすまないユイ」
「良いのよちょうど準備が終わったところだから。まあ、イスにでも座ってゆっくりして」
「途中で買ってきた物だ、食事はまだだろう?」
 
ゲンドウは手に提げた袋を差し出した。
その中には湯気を立てるアツアツの肉まんが入っていた。
食事の準備などしたことのないゲンドウにとって出来ることと言ったらコンビニで食べ物を買ってくるぐらいだった。
それでもユイには嬉しかった。他人を拒絶するしか出来なかったゲンドウがこうして自分のことを気にしてくれる。
他の人間には決して見せない、自分にだけ見せるのゲンドウの態度がユイには何よりも嬉しかった。
 
そんな幸福感に浸りつつ、既に検査の準備は出来ていた。
そして眠っているシンジを起こして検査を開始した。シンジには病気の検査と言っておいた。
 
そして健康診断に始まって簡単な体力測定そして遺伝子検査・精神鑑定も行っていた。
一通り終わってシンジは疲れたのか眠ってしまった。
 
ユイとゲンドウはその寝顔を見ながら検査の結果が出るのを待っていた。
結果は今コンピュータの中で演算されている途中でしばらくすればプリンターから印字されるだろう。
そのわずかな時間の間が二人にはとても長く感じられた。
『もし検査に以上があったらどうしよう』ユイの頭の中にはそのことに関する事でいっぱいだった。
が、ゲンドウは少し違っていた。
『もし以上があった場合どうすればうまくごまかせるか』と、ある意味で一歩先のことを心配していた。
 
しかし、結果が出るよりも先に意外な事態が起きてしまう。
 
 
その日は珍しく、休み前だというのにゲンドウが時間いっぱいまで仕事をしていた。所長室に入ってきた冬月は驚いた。
いや驚くどころ騒ぎでは無い、休み前のゲンドウは昼からは殆ど仕事をせずに休みの予定を立てたり、ユイと一緒に話し込んだりと全く役に立っていない。
冬月は、よくこんなのが所長をやっていられると不思議に思っていた。
だがこういった状態になったのはシンジが生まれてからと聞いて、冬月はこんな男でも以外と人の親としては良いのかもしれないと思った。
冬月自身セカンドインパクトで一人娘を失っていた。だからこそゲンドウが羨ましくもあり微笑ましいと思った。
 
しかし今日に限ってそのゲンドウが時間いっぱいまで仕事をしている。
おまけに明日からはゲンドウ自身の案で3連休となっている。いつもならとっくに姿を消しているゲンドウがよりにもよって所長室で書類作成を行っていた。
冬月は悪い夢でも見ているようだった。
 
「碇、何をしているんだ。」
 
驚いた冬月はゲンドウを所長と呼ぶのを忘れていた。
 
「どうした、冬月?」
「それはこっちの言うことだ、何をしているんだ?」
「仕事だが、見て解らんか?」
「いや、それは解っているが、帰らなくても良いのか?」
 
さすがにゲンドウが仕事をしていることが異常だとは本人の前ではいえなかった。
ゲンドウはそんな冬月を不思議そうに見ていた。
 
「もうそんな時間か?」
「ああ、もうとっくに定時になっているぞ。シンジ君を迎えに行かなくても良いのか?」
「ああ、そうだった。すまないな。」
 
ゲンドウの反応は少しおかしかった。
普段のゲンドウなら気が付いたとたんに大急ぎで帰ってしまうはずだった、それが今日は少し様子が辺だ。
 
「どうした具合でも悪いのか?」
「いや、何でもない。それじゃあ私はこの辺で帰らせてもらおうか。それではお先に失礼する。」
「ああ、お疲れさま。」
 
そういってゲンドウは片づけをして部屋から出ていった。
冬月はずっと気になっていた。今日はゲンドウの態度だけではなくユイの方も様子がおかしかった。なんだか心ここにあらずと言った感じだった。
冬月はユイの研究所に泊まり込む件は知っていたのでゲンドウの後を付けてみることにした。
 
碇夫婦は共働きのため昼間はシンジを託児所に預けていた。もちろん、そこもゲヒルンひいてはゼーレの息のかかったところである。
シンジは早い段階でそれに気が付いていた。なぜなら監視カメラや防犯設備が異常に強化されていたからだった。
そしてその日シンジはいつもより迎えに来るのが遅い父に不安を抱いていた。
 
『まさか、土壇場になって何かおきたんじゃ。』
 
シンジは今日の検査に合わせて色々とした準備をしてきた。それがこんな土壇場で変更になるとまた計画の組み直しになってしまう。
シンジは悩んでいた。綿密な計画だからこそアクシデントにもろいと言うことを実感しつつ、必死でこれからのことを考えていた。
 
そうしている内にいつもより遅いが、父が迎えに来た。
 
「シンジすまないな今日は待たせてしまって」
「ううん、でもお父さんどうしたの?」
「いや、少し仕事が長引いてしまってな。」
 
シンジには信じられなかった。週末のゲンドウの行動は色々なところから聞いていた。よりにもよってその父が自主的に残業をしているなんて。まるで嘘としか思えなかった。
だがシンジは内心の動揺を隠して努めて平静に対応した。
 
「シンジ今日は母さんが家に帰れないので、これから一緒に会いに行かないか?」
「うん!」
『良かった、これで予定通りに事が進みそうだ。』
そして、ゲンドウはシンジをつれて再び研究所の方に戻っていった。
途中でコンビニによって差し入れを調達してである。驚いたことにシンジに示唆される前に自分からそういった行動に出た。
 
しかしこの一連の行動を冬月は後ろから見ていた。
 
「おかしい、碇のやつシンジ君を連れて研究所に戻っていくぞ。確かにユイ君がいるが何故シンジ君をわざわざ連れて行くんだ?何を考えている。」
 
冬月の疑念は一気にふくれあがった。
そしてゲンドウの後を遅れて研究所に入ってきたところで意外な人物と顔を合わせることになる。
それは赤城ナオコだった。
 
「冬月先生!」「ナオコ君!」
二人は互いに驚いた。
 
それは、二人が誰もいないはず研究所に残っていたからである。
実はナオコは飲み会を抜け出してユイの手伝いをしようと戻ってきたのである。
そこにゲンドウらしき人影があり、その後を追うように冬月までもがこの場に現れた。
 
「ナオコ君、君はみんなと出かけたんじゃなかったのかね?」
「そういう冬月先生こそ、帰ったのではなかったのですか?」
 
そうして二人は互いの情報を交換し合った。
そして二人はユイのいる研究室に近づいていった。そしてそこで見た物はなんと・・・
シンジの精密検査を真剣な表情で進めるユイとゲンドウの姿だった。
最初は、それほど違和感は感じなかったが検査の内容がだんだんと進むに従いその違和感はふくれあがっていった。
そして、検査の内容が遺伝子検査や精神鑑定に及んだ段階で、二人はゲンドウ達が自分の子供の何を調べようとしていたかを察した。
 
それは精神汚染に対する検査だった。
 
確かに自分達はそういった危険性のある研究をしているが、なぜ子供のシンジにまでその検査を行うかそれも極秘裏にだ、答えは一つユイを介してシンジに精神汚染が広がった可能性があるという事だった。
 
ユイとシンジを何よりも大切にしているゲンドウにとってそれは誰にも知られるわけには行かなかった。だからこそ研究所を空にしてまで極秘裏に検査をしようとしたのだった。
 
だが、さすがに冬月とナオコもこれを見過ごすわけには行かなかった。
そして・・・・
 
ガチャ
音を立てて扉が開かれた。
 
 
 
 
 
あとがき
 
前回の予告通り新たに二人登場しました。
もちろんサイコロは振っています。
しかし相変わらず思ったようにはいきません。それでも、まだ何とかなりそうです。
一応今回サイコロを振った冬月、ナオコの二人に関しては二人とも+−無しと言うことにしています。
それでも二人とも2と3という結構良い数字を引いています。もちろん1なんて引いてたらコッソリと+1ぐらいするつもりでいたけど。
だって、この辺のキャラに1なんて出してたら最後がとんでもない終わり方をしそうだったので。
それにしても親バカパワー全開ですね。碇夫婦、特にゲンドウあんたほんとにそれでも所長なのか?
そんなことゼーレの爺どもばれたら首になるぞ。
まあ、今回冬月とナオコにばれたから、次回からはこんな風には行かないと思います。
しかしゲンドウがこんな調子じゃNERVがどうなるか不安な方も多いと思いますが、大丈夫です。
実は次に登場させる予定のキャラたちがなんと、とんでもない値(サイコロの目)を引いてくれたので今後のNERVはとんでもない展開になっていきます。
 
それでは次回をまたお楽しみに