騎士と妖精と熾天使の幻像
 
第1章 第11話.失踪
 
 
ユイとシンジが戻ってからの一ヶ月が過ぎようとしていた。それでも所内はあわただしい雰囲気に包まれていた。
なぜなら先月のキョウコの一件以来、職員達が警戒していたからである。
シンジの生還、レイの出現と言ったことは一部幹部だけの極秘であり、一般職員にはシンジは事故により行方不明となっていたからである。
また、所内にゲンドウやユイに対する同情的な意見が増え、結果的に本部の結束が高まったものの逆にドイツ支部に対する敵対心を深めてしまったからである
 
そんな慌ただしい雰囲気の中ゲンドウは冬月を連れて今日も各支部との定例会議に臨んでいた。しかしその中にはドイツ支部所長、惣流キョウコの姿はなかった。
彼女は一ヶ月前の事故以来精神に異常をきたし精神病院に入院中とのことであった。
そのせいもあって各支部からはドイツ支部に対する抗議は日に日に強くなっていた。
今までドイツ支部はゼーレの直轄支部として本部の意向の届かないところであったが、今回の事件で各支部からもドイツ支部に対する不満が爆発しつつあった。
それはある意味本部よりも虐げられていた分だけ根強いものであった。
 
「Mr.碇、今回も彼女は欠席かい?」
「ああ、そうらしい。どうやら復帰には後2〜3ヶ月ほどかかるとのことだ。」
「全く、あんな事をしでかして置いて本人は現実逃避かい。ゼーレも何であんなのを支部長にしたんだか。」
「ああ、彼女を支部長にするぐらいなら他にもいくらでの人はいたはずだ。」
「そうだね、例えば碇君、君の奥さんか赤木博士になら十分にその資格も実力もあるんだから君の方からも進めてみてくれないかな?」
「そうだな、特に赤木博士は今回娘さんを後任に据えて引退するそうじゃないか、ぜひお願いできないかね。」
 
アメリカの第1第2、中国、ロシア、オーストラリアの各所長から次々とドイツ支部に対する不満があがりついには後任を決める話にまでなってしまった。
 
「それは無理だな、彼女は既に引退を決意してしまっている。妻が説得してみたが妥協案を飲んでくれるので精一杯だった。」
「そうか、惜しいな。ちなみに妥協案とはどんなものかね?」
「次の世代の育成だそうだ。ちなみにその最初の生徒は私の息子と彼女の娘だったのだがね。」
「そういえば息子さんは・・・」
「まだ死んだと決まったわけではありません。私も妻も諦めてはいませんよ。」
「そうか、何か協力できることがあったら言ってくれ。出来るだけの便宜は図ろう。」
「ありがとう。」
 
シンジ行方不明の報は既に各支部に流れており、それぞれの支部でも色々な意見があがっていたが大半が同情的なものであった。
特にアメリカの第1第2の所長は特に同情的であった。
それは本部の事故がなければ次は彼らの支部で実験を行う予定であったからである。シンジの事故がなければ次の犠牲者は彼らの身内から出ることになっていただけに、彼らもゲンドウに対して同情的である。
中でも第1支部は所長の知人が実験に参加予定であっただけにゲンドウに対して親近感を抱いていた。
 
「碇所長、それにしてもこのデータはとんでもないものですね。」
「ええ、我々も公表しなかったのが悪いのですが各支部ともこんなにひどいとは・・・」
「そうだな、どこからも成功の報が無いのに失敗の報まで無いのはおかしいとは思っていたが・・・」
「シンジ君だったか、君の息子さん。どうやらとんでもない素質を持っていたようだな。」
「ああ、さすが君の息子だな。ぜひうちに来て欲しかったな。」
「ありがとう、だがシンジはまだ5歳なったばかりなのでまだ何処にも出すつもりはなかった。それに妻の方が納得しないはずだ。」
「なるほど」
 
以前の歴史と違ってゲンドウは各支部からの信用がある。
それはシンジやユイのおかげで人格的な問題が解消されていたからである。
元々からあった大雑把さも今では器が大きいと評価されていた、
実際に本部のデータは極秘のもの意外は殆ど各支部に流していた、それも無償で。冬月などはあまりいい顔をしなかったがそれでも各支部からは信頼を得ることが出来た。
 
結局、今回の会議もドイツ支部の責任者不在のまま進められ、エヴァの実験方法に関して色々な議論が繰り返された。中にはエヴァの建造の一時停止まで議題あがっていたがさすがにそれは見送られた。
最終的にはシンジの残したデータを元にエヴァのコントロールに必要なインターフェースの改良と初期起動時のトラブル対策を各支部の協力で最優先とすることになった。
また本部で来年から起動の予定されているマギシステムの各支部への配分も順調に決まっていった。
既にマギはハードウェアの製造が完了しており今はナオコやリツコ達の手によりソフトウェアの組み込みの段階に入っていた。しかし、それでも後一年以上かかるものだった。
マギシステムは各支部とも独自で開発しようとしたが結局実用化の目処すら立っていなかった。
だからこそ、本部での起動成功後は各支部へ量産機の設計図を無償で公開するとのゲンドウの案に各支部とも目の色は変わった。
 
 
ゲンドウのいない本部では今日もユイがレイの教育に手を焼いていた。
シンジも一緒にいるがシンジはユイのすることを黙ってみていた。
ユイにしてみても本格的な子供の教育は初めてで戸惑っていた。シンジの時はあまりにも手が掛からなかった為に気にしていなかったが、実際何も知らないレイに一般常識から教えることはとても苦労していた。
でもユイはそういったレイの成長を何より楽しみにしていた。
 
「レイ、お箸をきちんと持って。」
「うん、」
 
今ユイは食事の仕方を教えていた。最近になりレイが感情らしいものを見せ始めたことに気をよくしたユイは色々なものを食べさせてみた。
実は美味しいものを食べたときが一番嬉しそうにしていたからである。
 
「はい、よくできました。今度はこっちも食べてみて。」
「うん、美味しい。お兄ちゃんも一緒に食べよう。」
「うん、一緒にもらおうか」
 
既にレイはシンジの妹としてなついていた。勉強はユイやナオコに教えてもらい、遊び相手はシンジとリツコであった。
そんなレイの姿を見てシンジは自分のやってきたことは無駄ではなかったと実感していた。
『良かったね、綾波。幸せそうだよ。』
 
だがそんなシンジの心の中にたった一つだけ黒い影があった。
 
『しかし、アスカは大丈夫だろうか?キョウコさんは精神病院に入っているって言うし、形は違っても前回と同じになってしまったな。』
 
それはシンジのせいであるとはいえなかったがシンジは自分の行動を反省していた。
そして一つの結論に達していた。
 
『一度、アスカの姿を確認しに行こう。もう、レイもしっかりとした自我を持っているんだし僕がいなくても大丈夫だな。』
 
シンジはある決意をしていた。
それはこの研究所を出ていくというものだった。
何もアスカの様子を確認するためだけではない。いい加減シンジは彼女に会いたかったのである。最愛のパートナーに。
 
『来月でちょうど5歳になる。誕生日の夜にここを出て綾を探しにいこう、父さん達には置き手紙ぐらいは書いていこうかな。』
 
そうしているうちに時間は流れシンジも遂に五歳になった。
その日は両親とレイだけではなく冬月やナオコ達もお祝いにやってきていた。
楽しい一時が過ぎ家族だけが残った。
 
今夜は満月だった。とても月の綺麗な夜だった。
もう既にユイとレイは眠りについていた。ゲンドウも床についていたため、シンジは以前から準備して置いた荷物を取り窓からこっそりと出ていこうとしていた。
だがゲンドウは気が付いていた。
 
「シンジ、何処へ行くつもりだ?」
「と、父さん。起きてたの?」
「ああ、最近お前の様子が少しおかしかったのでな。ところで何処へ行くつもりだ。」
 
シンジは父の意外な観察力の鋭さに驚いていた。
そしてこの父をごまかすことは出来ないと判断したシンジは夢という形で綾の存在をほのめかし彼女に会いに行くことを告げた。
 
「シンジ、その娘が夢の存在だと解っていてもお前は行くのか?」
「うん、約束だから。待っていて欲しい、必ず会いに行く。そう言ったから。」
「そうか、」
 
そういうとゲンドウは奥の部屋に行き一枚のカードを渡した。
 
「これは?」
「それは父さんのIDカードの予備だ、それはキャッシュカードとしても使える。持って行きなさい。」
「と、父さん!」
「良いから、母さんには父さんの方からうまく言っておく。だから必ず帰って来いよ。」
「うん!絶対に帰って来るよ。」
「これは男の約束だぞ。母さんと一緒にお前がその娘を連れてくるのを楽しみにしているぞ。さあ、母さんが気づかないうちに行きなさい。」
「うん、父さん行って来ます。」
「気を付けてな。」
 
シンジには父の思いやりが嬉しかった。おそらく母が明日の朝になるとシンジの事できっと父を責めるはずだ、それが解っていても自分を送り出してくれた父に感謝していた。
そしてシンジは父に見送られ家を出ていった。だが、意外にもユイはシンジの行動には気が付いていた。
 
「あなた、シンジは行ったのね。」
「ああ、あの子は必ず帰ってくる、だから信じて待ってやろう。」
「ええ、少し寂しいですね全然手の掛からなかった子ですけど、いつの間にか居るのが当たり前になってしまっていたんですね。」
「ああ、きっとあの子が生まれながらにして持っていた力はこの時のためにあったのかもな。」
「そうですね。」
 
月明かりの中、二人はレイを抱いて寄り添うように窓の外の月を眺めていた。
 
「朝になったらレイが騒ぎますね。」
「ああ、それが一番の問題だな。」
「ええ、それにナオコ達にもなんて説明したらいいかしら?」
「そうだな、親戚の所に修行に出したとでも言っておくか。」
「まあ!でも案外そういった方が納得するかもしれませんね。」
「そろそろ寝ようか、明日もやらなければならん事は山ほどある。」
「そうね、おやすみなさい。」
「ああ、お休み。」
 
二人は穏やかな寝息を立てるレイに倣って静かに眠りについた。
3人になった親子を月だけがそっと眺めていた。
 
そして、月は一人になって駆けていく少年も見下ろしていた。
 
少年の行く先は何処なのか解らない。
ただ月だけがその行く先を見つめていた。
 
そしてそれから10年近くシンジからは連絡がなかった。
しかし家には正月に必ず名前の入っていない年賀状が送られてきた。
二人はそれがシンジの物であることが解っていた。
 
翌日ゲンドウとユイはナオコ達に怒られていた。
それでも、二人は満足そうだった。
しかし冬月達以上に怒っていたのはレイだった。
こっちをなだめるのはナオコ達をなだめるのよりもはるかに難しかった。
 
 
 
 
 
あとがき
 
ついにシンジはいなくなっちゃいました。
前回のあとがきで書いていたようにそばらくはお休みです。
それでも解らないようにちょこっと出てくるとは思いますが完璧に脇役です。
特にこの辺の設定はあまり見ないので私のオリジナルの物を使わせてもらいます。
それと本来のNERVは本部(第三新東京)第一(アメリカ東部)第二(アメリカネバダ)第三(ドイツ)となっていましたが
こっちの世界では本部の下に各支部が存在するようにしています。
ちなみに現在まで本部以外に登場しているのはアメリカ第一、アメリカ第二、ドイツ、オーストラリア、ロシア、中国です。
これ以外にはフランス、スウェーデン、スペイン、イスラエル、インド、エジプトが支部の所在地として考えています。 
 
今後の展開ですが、本部がゲヒルンからNERVへ移行するまでのお話です。 
と言いつつ次回は本部のみんなもお休みでドイツ支部とそれに関わる人たちのお話です。
今回入院中だったDr.MAD惣流博士も次回から復帰してきます。
そのキレッぷりは一層と磨きがかかってきます。そしてそれを助長する問題児と哀れな生け贄、プラスおまけも登場させようと思います。
 
そんなわけで次回の題名は”独逸”です。
さあ、海の向こうはどうなっているんでしょうね。
次回をお楽しみに