〜3〜 『私、聖、江利子』 江利子を温室に連れてきた。 ここならたいてい二人きりになれる。 「江利子、あなたの事だから何か面白い事だろうと思ってるかもしれないけど、面白くはないわ。それと始めに言っておくけどこれから私が言う事は事実よ」 「何よ改まっちゃって。まぁ分かったわ、じゃあ話して頂けるかしら」 「つい最近のことなんだけど私学校で倒れたのよ。それで救急車で病院に運ばれた」 「あ〜、あれ蓉子だったんだ」 「そうよ。その時は私は途中で意識を取り戻したからたいした事じゃないと思っていたの」 「・・『いた』?過去形ね」 「・・・その後いろいろ検査を受けてその日のうちに結果を医者から聞いた。原因不明の病気で・・・余命三ヶ月だってさ」 「・・・・・」 この江利子の顔は・・ 「あら、疑ってるのかしら?」 「蓉子の冗談ブラックすぎるわよ・・・?というわけではなさそうね」 「そうよ。初めに言った通りこれは事実、悲しいけれどね」 「それにしては冷静ね」 江利子は静かに言った。 「あなたこそ。親友の死は悲しくなくて?」 「・・・そんなわけないじゃない。蓉子はきっと私の事を思って隠していたはずなのに、無理矢理聞いちゃって・・・親友だなんて聞いて呆れるわね」 「江利子・・・そんな事ないわ。江利子は私の親友よ。ずっとね。それにあなたならこれ位いつも通りじゃない」 「今までとは話の次元が違うじゃない!!」 自分が許せないのか、とても苛々している。 「話の次元ね。確かに違うかもしれないわ。でもそんな事はいいのよ。あなたは今心配してくれてる。それで十分。私にこんなに素敵な親友が二人もできて本当に嬉しいわ。それだけでも私はたとえもうすぐ死ぬとしても。この世に水野蓉子として生まれてきた事を神様に感謝したい。・・・この学校で江利子や聖、祥子、みんなと出会えて本当によかったわ」 私の素直な気持ちだった。 聖、江利子ありがとう。 みんなありがとう。 「もう・・そうゆうセリフは卒業式までとっておくものよ」 江利子は目に涙を溜めていた。初めて見たかもしれない。そっと肩に手を置いた。 「ふふ、そうね。じゃあもうこの話はおしまいね」 そう言って立ち去ろうとした。 「待って!もし、私に何かできることがあったらいつでも言ってね」 少しいつもの江利子の表情に戻っていた。 「そうさせてもらうわ。でも余計に気を使わないで受験勉強頑張ってね」 「ええ。でもあなたは人の受験勉強なんて気にしてないで、自分の体を気にしなさいね」 小さく微笑んでええ、と返事した。それにしても。 あー、この世話焼きは一生治らなそうだわ―― ――3月の半ば。 もう今日は卒業式。志摩子も無事に当選したし、バレンタインデーもとても楽しかった。なんていったって私が1つできなかった夢が叶ったし。 私の体はというと、あれ以来倒れる事はなくなったが病院で検査を受けるたびに悪化していると言われた。不思議だった。自分が死ぬという実感がないのと、体は全く快調だったからだ。 そんな事を考えているうちにもう祥子が前で話そうとしていた。 ・・・さすが祥子ね。しまりのある卒業式になっているわ。 祥子。私の自慢の妹である。江利子に病気の事を話した後、祥子に言わなくていいの?と言われた。とても迷った。祥子の笑顔を見ていると私の頭は破裂するのではないかと思うほどの思考がめぐり、わけもわからず涙が出てきそうになった。伝えるか伝えないか。 だがよく考えたらそんなのは愚問だった。そう。・・愚問である―― こんな事を考えていたらまた目の奥が熱くなってしまったので続きを思い出すのはやめた。・・・さて、次は私の答辞の番。卒業式の送辞や答辞と言えば涙で読めないというのは盛り上がる。最後くらいわざとそうゆう姿をさらすのもいいかもしれない。今の私の精神状態ならそんな事容易くできるだろう。 ・・でも。もし私が普通に涙で答辞が読めなくなったらどうなるだろう。私が普通でそんな事になるとは思わないけれど・・そうなったら聖、江利子、あなた達は助けに来てくれる? 今日は卒業式。もうあれから三ヶ月か〜。蓉子は全然ケロッとしてるけどきっとそろそろなんだろな・・・ それにしても卒業式、なんでこんな大げさにやるもんかねぇ。早く終らないかな。 ・・やばい。瞼が重くなってきた。退屈すぎるとすぐに眠くなるというのも一種の病気ではないか、と自分の事ながら思ってしまう。 あ。祥子の送辞が終わってる・・私は何やってんだ!と思ってると蓉子の名前が呼ばれた気がした。そうか、姉妹で送辞答辞をする事になっていたのか。・・それ位知っとけ、とも思ったがもう考えるのをやめた。 別にこれ以上考えて自分で墓穴を掘っていくのが嫌になったのではない。蓉子の晴れ舞台・・ではないか。蓉子にとっては普通の事かもしれない。でも蓉子の澄みきったこの声、だけど小さいのではないこの声、広いこの空間に響き渡るこの声、はとても普通には出せないと思う。私は蓉子の話す一言一言を胸に刻み込んだ。 絶対に、忘れない。 ホント蓉子にも心配かけっぱなしだったから恩返しじゃないけど、今日位ずっと一緒にいたい。 できることなら。 最期のその一瞬まで ふぅ、蓉子は最後まで優等生らしい答辞。 聖は最後まで緊張感ない。 なんていったって、蓉子の話以外ほとんど寝てたし。まぁ、私もこんなに観察してるんだから緊張感ないわね。 最後までみんな相変わらず。これからも二人と一緒にいたいものね。叶わないと分かっているけどそう願わずにはいられないなんて・・私らしくない。 ふふ、私にもこんな心があったなんてね。ひねくれものの○さんと呼ばれてた人がいたけど、アイツなみに私の中身もひねくれていたと思う。そんなひねくれもの同士で犬猿の仲だった私達がよくもこんなにもった。喧嘩するほど仲がいい、なんて誰が言い始めたか知らないが当たってるかもしれない。・・いや、当たらずとも遠からず、くらいにしとこう。 腐れ縁とも言えるけど、蓉子と別れるのを辛いと思う一方で聖と別れるのも何か寂しい。と言っている私の気持ちはとりあえず気づかぬフリ。 まあ聖とはまだ会えるけど蓉子とは会えなくなる。 蓉子との付き合いも短くはなかった。蓉子に優等生というものはとられてしまったけど当然だろう。何せ彼女は努力する天才なのだから。それは天才じゃなく秀才か?・・そして蓉子は私が持ち得ないようなものを確かに持っていた。そこが蓉子に興味をもった理由かもしれない。蓉子がいて本当にいろいろと助かったと思う。少なくとも山百合会はものすごい命拾いをしたはずだ。蓉子でない紅薔薇さまと私と聖では九割九分壊滅していただろう。そんな事はあまりどうでもいいが蓉子が私達に与えた影響は大きい。 だから。 せめて、あなたがいる間は三人一緒にいたいわね―― カシャカシャ 「はーいもっと三人寄って下さーい!」 「ほーら、江利子も蓉子ももっとおいで!」 そう言って私達の首に腕を絡ませてきた。 「わわわ!?」 「あはは、蓉子真っ赤。かーわいー」 「・・・・」 今山百合会のみんなで記念撮影をしている。もちろんカメラマンは蔦子ちゃん。どうやら聖が引っ張ってきたらしい。 でもみんな楽しそうだ。 私もとても楽しい。 みんなが笑ってる。 聖は裕巳ちゃんに抱きついて祥子を怒らせて、江利子まで令に抱きついて由乃ちゃんを怒らせている。そんな風景が楽しい。・・でも私達はこの風景の中にもういるべきではない。 「はい!じゃあ最後の一枚撮りますからみなさん集まってくださーい」 もうすぐ、最後の時。 「そろそろ行きますか〜」 「そうね」 聖と江利子がそう言い始めたので私もそうする事にした。 「じゃ聖と江利子は私とちょっと付き合ってちょうだいね」 「もちろん♪蓉子が来るなって言っても、無理矢理にでもついていくつもりだったよ!」 「左に同じ」 聖と江利子がそう言ったので微笑んで 「じゃ行きましょうか。・・・じゃあね、みんな」 ・・・その言葉が何かの合図だったかのように急に意識が薄れてきた。視界がだんだん暗く狭くなっていく。そして崩れ落ちてしまった。 「蓉子!」 「お姉さま!?」 「紅薔薇さま!?」 「・・聖、これはあれよね?」 「・・そうだろうね」 「令、守衛さんの所に行って救急車呼んできて!」 「は・はい!」 「黄薔薇さま、あれとは何の事でしょうか?お姉さまは・・お姉さまはどうなさったのですか?」 「う〜ん、それは後で話すからみんなで病院に来て・・もしかしたら蓉子に会えるのは最後になるかもしれないから・・・」 「白薔薇さま・・それはどういう・・・」 「・・・・・」 倒れた私と聖と江利子を乗せた救急車は、雲のかかってきた太陽の下を走っていった 〜4〜 『蓉子。聖。』 私はすぐに病院に連れていかれ適切な処置を行われたため、その場は一命をとりとめたらしかった。だがもう今日が限界だろうとさっき医者に言われた。 ・・・今は19時を少し過ぎたところ。 私のいる場所は個室なのだがさすがにみんな入ると狭そうに感じる。それにみんな同じように肩を震わせている。寒いからでは当然なく、泣いているのだ。 だが私は泣いていなかった。おそらく私の涙はもう枯れ果てたのだろう、と私は思う。ここ何日も夜寝る時に自然と涙がでてきたのだ。・・もし眠ったまま明日を迎えられなかったらと思ったから。 死ぬのが恐いわけではあまりない。最期はみんなに別れを言いたいだけ。 それに死ぬ事より恐ろしいのは、死んだ者が残した『生きた証』が残された者の心から消えること。それが誰かの心に宿っているならきっと私は平気だろう。そう、思う。 それにしても。私はみんなの泣いている顔が見たいのではない。 「あなた達。そう泣かないで。私は大丈夫だから」 努めて、明るく言った。 「何が大丈夫なんですか!?妹の私にこんな大事な事を仰ってくれないだなんて!もしかしたら・・・もしかしたら小笠原でどうにかなったかもしれないじゃないですかっ!」 「そんなに責めないであげて祥子。蓉子はずっと悩んでいたわよ、きっと。あなたに教えるかどうかを」 「白薔薇さま・・でも!」 「・・・そう。ごめんなさい祥子。私はとても迷ったの。でも私は言わなくて良かったと思ってるの。まぁ、あなたの言う通りあなたの家でどうにかなったかもしれないけどね」 「ならばなぜ!?」 「・・・でもどうにもならなかったかもしれない」 沈黙。 「・・・え?」 「そう。もしどうにもならなかった時あなたは自分を責める。そうして、きっとあなたの心は壊れてしまう。そしてあなたなら私の考える最悪の結末を迎えてしまう。私は絶対にそんな事になってほしくなかったのよ。あなたには未来があるから。大切なつながりもある。つながりはやがて大きく広がっていく。自分からそんな素敵な未来を捨てちゃだめよ。・・ただその未来に私がいないというだけよ」 「お、姉さ・・・ま・・」 祥子はそう言うと私に泣いてすがってきた。 その後私達は私の事の話をしなかった。いつも薔薇の館でお喋りするような雰囲気で話した。 大学に行ってどんな事をしたいかとか。 薔薇さまになってどんな風に学園をひっぱっていくかとか。 来年薔薇さまになったときのこととか。 できるだけ先の話をした。まるで私のいない未来がどのようになるかを教えてくれるかのように 23時が終わろうとしていた。 それは今日が終わろうとするという事。 それは今日という一日と共に水野蓉子という一人の人間が消えようとしている事。 私はだんだん体から熱が消えて冷えていくのを感じていた。どうやらもう、すぐそこまで来ているようだ。別れはさっき一人一人に告げた。今はみんなが見守ってくれている。聖は手を握ってくれている。だけど、聖の温もりも感じなくなってきた。 後悔は、ない。 私は寒くて凍える息を整えて、静かにゆっくりと瞼を閉じた。 なぜか閉じた瞼の隙間から一筋の雫が流れていった 枯れたのではなかったのか 充実過ぎる人生だったではないか 後悔はなかったはず ・・・そんなのは自分を騙してるだけだったようだ。自分を安心させようと、みんなを安心させようと。どこまで私は世話焼きなのか。おかしすぎて笑えてくる。 ・・・結局のところ別れも死も怖い。 いやだ。 聖や江利子、祥子やみんなと別れたくないっ・・ 私死にたくないっ・・ ――聖と別れたくないよ 「はい。最後は聖の番よ」 「ん」 蓉子が最期に一人一人に話があるという事で一人ずつ個室に入り蓉子と話すことになった。それにしても、私はまた大切な人を失ってしまうのか・・入るよ、と言いドアを開けた。 「聖・・・」 「・・・」 何を言ったらいいかわからない。 何を言ってあげればいいかわからない。 最後かもしれないのに蓉子を直視できない 「聖。あなたに頼みたい事が1つだけあるの」 「何!?なんでも言って!なんでもするから!」 私は勢い余って蓉子をつかんでいた。 「・・あ。ごめん・・痛かった?」 「ふふ、平気よ。じゃあ聖にお願いするわね。最後くらいちゃんと私の言う事聞いてね?・・・私の事、覚えていてね?」 「・・・当たり前じゃないっ!何を言ってるのよ・・」 涙が溢れてきて止まらない 「さっきのはみんなにも言ってる事なんだけどね。ここからは聖にだけよ?・・もし誰かが私を忘れてしまっても。あなただけには忘れてほしくないの。だって・・私は聖が――いえ、なんでもない。まぁだから・・お願いね?」 蓉子は何かを言おうとしていた。予想はできた。私も同じだから でもそれは聞かなくてよかった。 「・・・みんな忘れるわけないわ。私も絶対に」 「ありがとう。聖。この事であなたの負担になるのは辛いけどね・・・」 蓉子の横顔がとても淋しそうにみえた。こんな時は許されるだろう。蓉子をそっと抱きしめた 「負担だなんて言わないで。蓉子との大切な思いでの1つ1つが負担になるわけないじゃない。だから私はずっと忘れない。ずっと、ずっと」 「うん・・・うん」 蓉子は私の腕のなかにいる。 すこしでも冷えた体を暖めるように すこしでも二人の思い出が増えるように そしてその後。24時ちょうどに蓉子は眠った。 とても安らかな顔をしていた。と、他の人は思ったかもしれない。 だけど。私はそう思わない。 蓉子を他の人とは違う目で見ていたからわかる 私達は、いや私は 大切な人を失った ・・・蓉子。