イタズラクロス

 私はそれを封印した。
 そのまままだそこにあるのだろう。
 19の春、
 私は身もよだつような恐怖を体験した。





 一本の電話から始まった。
 暦の変わって数時間経った朝、テレビは毎年のごとくスペシャル番組のオンパレードだった。そんな変わり映えしない生活に、元旦から早くも嫌気が差した聖は同窓会を開く事を勝手に決めた。決めたと言っても自分だけで、まだ誰も、まあ二人だろうが、誘っていない。さっそく携帯にかけてみる。
 
 江利子…『おかけになった番号は只今電波の届かない〜〜』
 そういえば去年もハワイであった。また今年もどこか海外なのだろうと聖は思った。
 
 蓉子…『おかけになった番号は現在使われておりません‥』

「…は?」聖は呟いた。と同時にいろんな感情が沸き起こってきた。
(携帯変えたのに私に教えてくれなかったの…?)視界がまわりから暗くなっていくような悲しみのショックと、少しの怒りが混ざったような感情で、一つの事しか考えられなくなっていた。
(確かめないと‥)
 以前にもあったような気がした。
(会って…聞かないと)
 完全にデジャ・ビュである。
 聖はとりあえず暖かい格好を二分でして、お化粧もろくにせず家を出た。


 時間も時間、日にちも日にち、で聖は渋滞にはまりながら車を進めた。
 いつもは聞いている音楽も今は聞く気になれない。
 渋滞で制限速度マイナス20(いつもよりだとマイナス40)くらいのスピードで走っていた。遅い速度の中で煙草だけがすぐに煙に変わっていく。聖は一日五本まで、となんとなく決めていた。間隔が長い方が、吸った時のあの浮遊感の様なものが気持ちよく感じられるのだ。
 だが今はそんな事も考えていない。もうすでに何本も消費されて、箱には残り二本だった。北に行った友達がお土産、とくれた北限定らしい物であった。いつものメーカーの違う銘柄だった。
 やっと渋滞をぬけてスピードを出す。蓉子の所へは何度か行った事があり、道は覚えていた。

 聖は今、蓉子の事しか考えていない。

 それはつまり、江利子の事は某赤と青ジャージ芸人並に忘却の彼方という事である。


 蓉子の家の前の道路に車を止め急いで出た。この頃になって不安になってきた。
 目の奥まで痛くなってきてしまい、目頭が熱くなった。
 蓉子が家にいなかったらどうしよう。
 蓉子が誰かと居たらどうしよう。
 蓉子が私を拒絶したら‥どうしよう。
 どうしようばかりである。どうせ未来なんて分からない。分からない事を悩んでも仕方がない。解けない数学の問題を全部3でマークするのと同じだ。
 聖はインターフォンを押した。聞き慣れた、優しい声がした。
『聖?久しぶりね!ちょっと待ってて』
 インターフォンの横にはレンズがあり、そこから聖を見たのだろう。
 ガチャ、と鍵の開く音がした。
「明けましておめでとう。どうしたの急に?」微笑みながら蓉子が言った。
「……」
 もう当然と言えば当然なのだが、ごきげんよう、と言わなかったのが聖には少し淋しかった。まるで自分が忘れられている様で。
「聖?」
「‥ごきげんよう蓉子」
「?ごきげんよう聖。あぁ懐かしいわね」少し戸惑いながら言った。
「ねぇ蓉子。私に言う事ない?」
「……あ、分かったわ」
「やっぱり…」
「今年もよろしくお願いします」深々と頭を下げながら言った。
「……」
 聖は絶句した。何故か蓉子が退化したように見えたからだ。
「?聖‥あなた煙草臭いわよ?余計なお世話かもしれないけどね、体に良い事なんて無いんだから止めなさい」
「そんな事じゃない!携帯よ!」聖は声を荒げた。「携帯変えたのに‥私に‥教えてくれなかったの?」後半声が小さくなってしまった。こんな事で蓉子の所に来た自分をどう思っているのか考えて、気持ちが萎んでしまったのだ。
「誰が?」不思議そうに蓉子は言う。
「蓉子でしょ!」目頭が熱くなってきているのが分かった。
 聖は自分の携帯の、蓉子にかけた発信履歴を見せつけた。
「……」蓉子は黙って携帯を見る。
「……」聖は蓉子の返事を待った。
「…吉田って誰?」
「吉田?」
「あなたの携帯にそうあるわよ」
 聖は急いで携帯を見た。そこには…吉田とあった。
(………言えない…こんなにわめいといて、電話のかけ間違いなんて‥)
 今までの事を振り返り、スバラシイ時間を過ごしてしまい、穴があったら入りたくなった。ブラックホールでも良かった。むしろブラックホールでそのままどこかへぴゅーっ、と。
 顔を真っ赤にして黙りこくっている聖を見て、蓉子は察した。
「ふふふ‥不安になった?」
 分かっていて意地悪な事を言う蓉子にヤケになって言った。「ええ、なったわよ!なっちゃ悪い!?蓉子に捨てられるなんて考えられないの!」自分で捨てられる、と言って悲しくなった。
「ごめんなさい、意地悪だったわね」蓉子は聖の肩に手を乗せた。昔はそれだけだった。だが今日はそのまま聖をそっと抱いた。「あなたは大切よ。私にとって」
「‥蓉子。ちょっと変わった」
「誉め言葉としてとっておくわ」聖に一撃必殺の笑顔を向ける。「ほら、いつまで私に抱きついてるの」
「明日の朝まで」そう言って、ぎゅ、と抱き付いた。
「はぁ。昼間から何を言っているのかしら」
「あ、そうだ」
 聖は蓉子に同窓会の話をした。すると久しぶりにまた三人で話したい、という事で即決定となった。江利子がまだ分からないので日にちはまた後日となった。予定では少し遠くへドライブがてら夕食である。
 この日聖は蓉子の家に泊まった。
 夜、聖は蓉子の正当防衛の張り手(平手打ち程優しくない)によって、後ろの壁に頭を打ち、心地よい眠りに就いた。


 聖は蓉子に、ある悪戯を考えた。
 きっとそれが間違いだったのだろう。


 後日、江利子との連絡がつき同窓会が正式に決定した。しかし、蓉子も江利子もしばらく忙しかったので、同窓会は三月の半ばになった。聖が車で二人を拾う事になり、悪戯作戦もスムーズにいきそうである。
 そして、今日からその三月。
(蓉子を驚かす作戦だけど、江利子も驚かせて二回おいしいなぁ)
 ニヤニヤしながら聖は大学を出た。そしてすぐ近くの高等部に向かった。そこであの生徒を待つ。
(適任とは言えないけど、ここは祐巳ちゃんしかいないでしょ)
 数分後ちょうど祐巳は出てきて、「やっほー」とか言う怪しいお姉さんに連れていかれた。

 

 同窓会当日、午後五時、辺りは薄暗くなっていた。聖は開いていた車に乗りエンジンをかけた。車の中が寒いのでしばらくエアコンが効くのを待つ。
(蓉子と江利子、どっちに先に行くか)
 二人の所へは、聖の所からあまり距離に差がない。そして二人の所から、夕食を食べに行く所へも差がない。つまりどっちに先に行っても変わらないのだ。
(きっと最初に乗せるのは助手席だよな‥後ろに乗せて作戦に気付かれない様に江利子を先にするか。…でこちんなんかより蓉子が助手席がいいけど)
 どちらに行くか決めている内に車は暖かくなった。聖は車を出した。


「こんばんは」髪型を変えたが、真ん中で分けているので結局おでこ全開の江利子が言った。
「乗って乗って」聖が助手席のドアを開けながら言う。
「‥あら、私が先?蓉子がいると思ってたわ。助手席に」
「…どういう意味よ」
「聖。この車は禁煙車かしら?」江利子は聖の質問を無視して聞いた。
「違うよ」
「それは、良かったわ」鞄からライタと煙草を取り出した。「家じゃ親父やら兄貴達やらが煩くて」
「一応未成年なんだから煩くもなるでしょ」
「‥聖…あなた優等生になった?」
「そりゃどーも」
 隣で吸われると無性に吸いたくなったが、さっききれたばかりで持ってきていなかった。


 蓉子の所に着く頃には、江利子は五本を消費していた。スーパーライトではあったがヘビースモーカーだろう。
 蓉子は歩道に立って待っていた。
「久しぶりね江利子。‥うわ、臭い」言って顔をしかめた。
 まぁ臭いだろう。聖も江利子からもらい二人が前で、この密室の中で吸っていたのだから。一日五本までが守れてないと聖は思う。
「はい換気。‥もうそんなに吸っているのだからしばらく止めなさい」煙草が山になり一種のオブジェの様な灰皿を見て言った。
「相変わらずね、蓉子」江利子は半分位の煙草を恨めしげに灰皿で消した。
「あなたは変わったわね」江利子の寒そうなファッションを見て笑いながら言った。
「意外にあの、あの聖さんが優等生っていうのがねぇ」江利子がニヤつきながら言う。
「そうねぇ」蓉子が吹き出した。
「よほどリリアンの籠は窮屈なのか、あるいは逆に心地いいのか」
「‥あんた降りる?」
「冗談よ」オーバーな手振りで江利子が言った。
 聖は車を急発進させ、江利子の後頭部への攻撃に成功した。


 車を出してしばらく経ち、辺りは真っ暗になった。走っている所も何故か人どころか、車さえほとんどいなく、暗さを強調する。街灯もまばらで、信号も少ない。明かりは車のハイビームだけ。この世界にいるのは、この車の中の三人だけかと錯覚する。
 トンネルに入った。カーブは緩いが出口は見えない。長いトンネルのようだ。
「なんかトンネルの中まで暗いな」聖が口を開いた。
「薄気味悪いわ」蓉子が後ろで言った。
「しばらく私達以外に動いてる物見てないわね」
「うん」
「本当にこの道で合っているの?」
「たぶん」
「たぶん!?」後ろから蓉子がシート越しに聖を掴んだ。「こんな所で行方不明なんて嫌よ!」
「あ、わわ、危ない蓉子」
「こんな所で事故死の方が嫌ね」
「うん」
 トンネルも中程まで進み、遠くに出口が見えてきた。作戦までもう少し、だと聖は思う。タイミングが命だ。
「蓉子ってホラー映画とか見る?」
「見ないわよ。お金払ってまでして、何で怖い思いをしなければならないの」
「私は結構好きかも」江利子が言った。
「やっぱりね。陰気」
「うん」
「どうせ非モンゴロイドさんも見るんでしょ」
「まぁたまに」
「で、それがどうしたの?」蓉子が聞く。
「蓉子は怖いの苦手かなって」
「べ、別に苦手じゃなくて、わざわざ見る物ではないわって事よ」
「ふぅん」
「‥何よ」
「聖、蓉子をホラー映画に誘ったら?きっと良いこと起きるわ」江利子が聖に耳打ちした。
「ふふふ」聖が怪しい笑いをする。
「何よ!」
「蓉子かーわいぃ」
「うん」
 やっとトンネルをぬけた。辺りは相変わらず暗い。聖はカーナビを見た。絶好の場所とタイミングだと思った。
「‥ねぇ、ちょっと聞いてもいい?」聖が真剣な振りをして話し始めた。「さっきから『うん』って言ってるのどっち?」
「え?聖か蓉子じゃないの?」江利子も真面目に聞く。
「…聖か江利子だと思ってたんだけど」
「何か‥おかしくない?」
「どういう事?」蓉子が恐る恐る聞いた。
「カーナビによると…右に見える公園みたいなの、お墓らしい」低い声で聖が言った。
「……………うん」
「な!何いまの!誰!?」蓉子が後ろから聖に抱きついた。シートごと。
「まさか‥幽霊」江利子も驚いていた。煙草を鞄から出したが、手が震えて落とした。
「‥………ウン」
「もういやもういやもういや!聖止めて!」
「駄目!!ブレーキが効かない!」
「嘘でしょ!?」
「何かにつかまってて!」
 聖は車体を横にして、一気にサイドブレーキをかけた。タイヤが悲鳴を上げながら車は止まった。





 沈黙状態から聖が口を開いた。
「……ふ、ふふふ。あは。あはは!作戦成功ね。幽霊なんかいるわけないじゃない」
「え?」二人同時に声を出した。
「この車は何?パサートワゴンよ。後ろに人一人のスペースなんて余裕よ」
「じゃ‥」
「ふふ。早めのエイプリルフールってやつ?祐巳ちゃん出ておいで。なかなかいい演技だったよ」
「聖‥あなたいろいろ最低よ」特別低い声で蓉子が言った。
「祐巳ちゃんは夕食とってから来てもらったから。車の鍵開けといて入っといてもらった」
「…祐巳ちゃん出てこないわね」江利子が恐ろしい事を言った。
 聖の携帯が鳴った。
 聖は携帯を開く。
 そこには名前と電話番号があった。


 
 ――――祐巳ちゃん自宅、と。


 通話ボタンを押す。
『あ、聖さまですか?すいません!すっかり忘れてしまいました‥あの…怒ってます?』聞き慣れた声が沈黙の車内に響く。
「‥い、いや。一応聞くけど…今どこ?」
『?家ですけど』
 聖は携帯を落としそうになった。「……分かった。じゃあ」
 電話を切った。
 しばらく誰も動かなかった。否、動けなかった。
 そして三人は叫び、車から逃げ出した。







 その後一人車に戻る人がいた。
(ふふふ。聖も同じ悪戯を考えていたなんて。さすがに祐巳ちゃんがいるって聞いた時は驚いたけど)
 江利子は車の後ろを開けながら言う。
「由乃ちゃん、良くやったわ。聖の車にうまく忍んだ………」


 その言葉は途中で途切れた。

 中には‥誰もいなかった。

 江利子は逃げた後も車の見える所にいた。
 車から誰も出ていないのは明らかだった。



「…ユうれイダッて、いッたでショ……」

 江利子は耳元で囁かれるような声を聞いた。ひどく耳障りな音だった。
 人形の様にギクシャクした動きで後ろを向いた…


 19の冬、
 江利子は身もよだつような恐怖を体験した。
 

あとがき

ごきげんよう、読んでくださってありがとうございますv
今回は今までになかったジャンルで考えたんですけど…どうでしたか?中途半端な怖さな気もしますけど・・
そういえばこれは『来年も〜』とは違う設定です、というかなっちゃいました(汗 あっちではクリスマスに聖と蓉子が会ってるんですけど、こっちでは会ってないですからねぇ。
まぁラストは皆様の想像、ということで!実は最後まで切り札を持っていたのは蓉子さまかもしれませんしね。
う〜ん、それも面白かったかも… とまぁこんな所で。      ファイ

黄薔薇放送局 番外編

江利子「よ、し、の、ちゃ〜ん……」
由乃 「ひいっ!」
江利子「どうしてこなかったのかなぁ? お姉さんそのせいで怖い思いしちゃったわ」
由乃 「そ、それは、その……」
江利子「そのぅ?」
由乃 「(令ちゃんがおいしいデザート作ってくれた、なんて言ったら殺されるかも)」
江利子「どうしたらの? 申し開きは無し? お祈りは済ませた?」
由乃 「(令ちゃん、ゴメン。いつも慣れている令ちゃんならきっと大丈夫!)
	令ちゃ……お姉さまが『そんなところに行くなんて絶対ダメ!』って……」
江利子「ふ〜ん…… 令のせいなのね? やってくれるじゃない、令……」
由乃 「わ、私は行きたかったんですけど、令ちゃんが羽交い締めにして止めたので」
江利子「よ〜くわかったわ。由乃ちゃん、今日の所は許してあげる」
由乃 「あ、ありがとうございます!(汗)」
江利子「じゃあ私は用事ができたから」
由乃 「は、はい。あとのことはお任せください!
	(令ちゃん、死なないでね! 精一杯看病するから!)」
江利子「フフフ…… 令にはどんな恐怖を味あわせてあげようかしら……」

その日支倉家では公言がはばかられるような惨劇が繰り広げられたという。