So long, Goodbye!

第三話

 佐藤聖は、再び明るく振舞うようになった。

 後輩たちと気さくに話し、時にはタイを直してやったり髪をなでてやったり。
 そんな姿を見て、蓉子は胸を撫で下ろしていた。しかし、志摩子は聖のその姿がかつて自分が山百合会に迎え入れられたときに取ったようなうわべだけのパフォーマンスに過ぎないことに気が付いていた。そして祐巳の表情に翳りが出るようになったことにも――
 祐巳は聖と何度か顔を合わせる機会があったが、あの時のことは口に出さず、当り障りのない話をするだけだった。



 受験や卒業のための準備で三学期はあっという間に過ぎ去っていく。
 そしてついに卒業式の日を示すカウントダウンボードには「あと1日」という文字が填め込まれた。
 三年生はホームルームが終われば帰宅できるのだが、聖はなんとなく帰ることが出来ずに図書館で時間をつぶすと自分の教室に戻って来た。
 自分の机の前にたたずみながら、ふと机を指で撫でてみる。
 脳裏に浮かぶのは三年間の思い出。一緒に過ごした恋人や仲間たちの記憶。


 ――久保栞。


 ――水野蓉子、鳥居江利子。


 ――藤堂志摩子、山百合会の後輩達。お姉さま。


 そして――あの無邪気に百面相のように表情を変える、二歳年下の後輩。


 ツインテールが印象的な一年生。出会って半年ほどにしかならない後輩のことを聖は思い返した。


 ――もう返事はもらえないかも知れないな。


 聖は思う。無理もないだろう。いきなり強引に唇を奪っておいて「自分を好きになって欲しい。断られたら二度と会わない」なんて、押しつけがましいったらありゃしない。多分祐巳ちゃんは今回の出来事を「セクハラ好きな先輩との、ちょっとしたハプニング」として片付けるんだろう。オヤジな先輩の、ちょっとした悪戯――


 聖の思考は、背後でした扉の開く音で破られた。



 「忘れ物ですか」



 聖が今、一番待ち望んでいた声が聞こえた。

 戸口に立つ福沢祐巳を振り返って、聖は内心の動揺を見破られないようにわざと軽い声で「ああ、祐巳ちゃん」と返事をした。
 聖は手招きをして祐巳を呼び寄せる。呼ばれるままに教室に入った祐巳に聖は「悪い、閉めて」と扉を指差した。
 寒かったわけじゃない。ただ、二人だけの空間を作りたかったのだ。
 言われるまま扉を閉めて近寄ってくる祐巳。聖は優しく声をかけた。
 「忘れ物、といっちゃ忘れ物かな。教室にね、お別れを言いたくて」
 自分の気持ちを押さえ込んで淡々と話す聖。それを聞いていた祐巳が、突然ドンと聖の机の上に手をついた.


 「白薔薇さま、私!」


 祐巳の真剣なまなざしに聖は思わず後ずさりする。
 「私……わたし……」
 祐巳はそこで俯いて言葉を詰まらせた。
 「同情ならしなくていいんだよ」
 「え?」聖のその言葉に祐巳は思わず驚きの声を出した。
 聖は窓際まで歩いていくと、柱に体をもたれかけた。
 「判ってたんだ。祐巳ちゃんには祥子がいるし、Yesなんて言えるわけないって事は」
 聖は少し淋しげに微笑んだ。
 「同情なんて…」
 「でも、今日はここに来てくれただけで嬉しかったなぁ。これで心残り無く卒業できるよ」
 祐巳は聖を追って窓際まで歩いてきていた。
 「だから、今日はこれでお別れ」
 聖は、祐巳の肩を掴んで体をくるりと回転させ、祐巳を押し出そうとする。祐巳は思わず足を踏ん張って抵抗した。
 「ロ、白薔薇さま!ちょっと待って下さい!!」
 「何?同情ならいらないって言ったはずよ!!」
 聖は瞬時に祐巳とポジションを入れ替えると、そのまま祐巳を柱に押し付けた。
 その表情はキスをした時と同じ鬼気迫るような表情に一変していた。


 「さっさと帰らないと、また襲っちゃうよ……」
 さっきの叫びとは違う、悲しみに満ちた聖の呟きだった。
 そしてその表情も同じように悲しみに満ちたものへと変化した。その顔を見ていると、祐巳の胸の奥に抑えきれない感情が噴出した。
 聖に押さえつけられたまま、祐巳は聖の瞳を見つめていた。そして、今胸の中にある感情がなんであるかを確信した。
 「何、考えてるの……」
 聖が再び呟く。お互い目を離そうとしない。祐巳は決心した。


 「えっ……!?」



 聖の腕を振り解くと、驚く聖の唇にほんのちょっと、かすめるようなキス。



 「……祐巳ちゃん!」
 聖は思わず祐巳を捕まえて抱き寄せた。硬く、きつく。
 「……私、祐巳ちゃんと知り合えてよかった……」
 聖の囁きが耳元で聞こえる。たぶん聖は泣いているに違いない。
 「祐巳ちゃんと出合って、私はいい意味で変われた。私を今の私にしたのはいろんな要素があるけれど、祐巳ちゃんの存在はとてつもなく大きいんだ……」
 聖は密着していた体を離すと、祐巳を見下ろした。やはりその目には涙の痕があった。
 「愛しているよ、祐巳ちゃん。君とじゃれ合っているのは、本当に幸せだった。祐巳ちゃんになりたい、って私は何度も思ったよ」
 「白薔薇さま……」
 二人はそのまま、どちらからともなくキスを交わした。


黄薔薇放送局 番外編

令  「(真っ赤)」
由乃 「(平然)」
江利子「(ニヤニヤ)」
由乃 「もう、令ちゃんったらねんねなんだから」
江利子「さすがコスモス文庫のキスシーンのたびにもだえ転がる子は違うわね(笑)」
令  「だ、だって、だってですよ……(真っ赤)」
由乃 「聞いてください黄薔薇さま。
	令ちゃんったら今でも剣客商売や鬼平の睦言のシーンだけ読み飛ばしてるんですよ」
江利子「あら、私が見たときは自分で自分に目隠ししてたからそれよりは進歩したわね」
令  「やめてぇ(泣)」
江利子「でもそんなあなたも可愛いわよ、令(なでなで)」
由乃 「(むっ)こんなうぶな令ちゃんを守ってあげられるのは私だけです!」
江利子「あら、妹に守られるのは情けないけど姉に抱擁されるならちっともおかしくないわ」
由乃 「いいんです! 令ちゃんは情けなくたって!」
江利子「あらあら『格好悪い令ちゃんは……』って誰が言っていたかしら?」
由乃 「わ、私の前だけならいいんです!」
令  「(おろおろ)」


乃梨子「いよいよ聖さまと祐巳さまが結ばれました。志摩子さんはどう思うのだろ?
	少し気になるところですが、次はいよいよ最終回。
	待ち受ける結末はほのぼのかコメディかはたまた……
	こんな素敵な作品を書いてくださったD15Bさまに是非ご感想を。
	それではごきげんよう」


江利子「こうなったらどれくらい令の恥ずかしいところを知っているかで勝負ね」
由乃 「望むところです!」
令  「もう……ほんとうに勘弁してくださいorz」