日没が近いことを告げる紅い光線に満たされた室内。その中で聖は入り口と向かい合う位置でテーブルの上に肘をのせ、顔の前で両手を組んで座っていた。 「祐巳ちゃん――」 祐巳が入ってきたことに気が付いた聖はゆっくりと立ち上がる。その表情は驚愕に満たされていた。 「どうしてここに――」 呟きながら聖はこちらに歩いてくる。 「白薔薇さまとどうしてもお話がしたかったんです……。どうしても……」 聖は祐巳の前まで歩いてきたが、少し微妙な距離を保った位置で歩みを止めた。 「白薔薇さま、私……白薔薇さまに何かしたんですか? どうして普通にお話してくれないんですか!?」 その言葉を聞いた瞬間、聖の彫りの深い端正な面立ちが悲しそうに歪んだ。 「もし何か怒らせるようなことをしたのなら謝ります。だから……だからどうして私を避けるようなことをするのか教えてください!」 「違う……怒ってなんか……祐巳ちゃんは何も悪くないんだ……悪いのはみんな私なんだ……」 聖は絞り出すように呟いた。 「白薔薇さまが悪いって……いったいどういうことなんですか!!」 「祐巳ちゃん!! もう言わないで!!」 聖はそう叫ぶと一気に祐巳との距離を詰めた。その勢いで祐巳の両肩を掴むとそのまま後ろの壁に祐巳の体を押し付けた。 その瞬間、聖の中で何かが弾けた。聖の中で解き放たれた欲望の奔流がほとばしっていく。 「えッ! ……何ですか? ちょ……ン」 いきなり壁に押し付けられた祐巳。咄嗟のことで、いったい何が起こったのか理解できないでいると、突然唇に何かが押し当てられる感覚に気がついた。 それが聖のキスであることを意識する間もなく、口の中に熱を帯びた舌が侵入してきて祐巳の舌にねっとりと絡みついた。 (ン……ヤダッ、ロサ……ぅ…) 声を出そうにも唇はふさがれたまま。 突然のキス、それもディープキスに恐れをなした祐巳は、聖の両手を振り解こうともがいたが、聖の手は祐巳の両肩に深く食い込んで離そうとしない。 「祐巳、祐巳……」 一度唇を離した聖は、艶かしい声で祐巳の名を呟くと再び祐巳の舌を貪った。 その艶かしい声で祐巳はもはや抵抗する意思を失い、より深く侵入する聖の舌の甘さにただひたすら溺れていった。 「ロ……ロサ……ギガンティア……」 どのくらいそうしていたのか……さんざん唇を貪られた祐巳の身体は、聖の腕から解放された途端、ズルズルと床に崩れ落ちてしまった。 祐巳にとって、それは初めて経験する腰が砕けるような情熱的なキスだった。 頭の中に霞がかかったようで体を起こすことも出来ない祐巳。荒い呼吸の中で ゆっくりと顔を起こすと、祐巳の前に立ち尽くす聖と目が合った。 聖は涙を流していた。 「祐巳ちゃん……ごめん……」 ゆっくりとしゃがみこんだ聖は、祐巳と目を合わせるとそのまま祐巳を抱きしめた。 先ほどの激しいキスとは打って変わった優しい抱擁だった。 「どうしても我慢できなかった……こんなに誰かのことを好きになるなんてもう二度と無いと思っていたのに……」 「白薔薇さま……」 「君のことが頭から離れない……もうどうしていいか判らないんだ……だから、目をあわせるのが怖かった……」 肩越しに聖のすすり泣く声が聞こえる。祐巳はそれを聞きながら、自分から聖をゆっくりと抱きしめた。 やがて泣き止んだ聖は、手をほどくと立ち上がった。「立てる?」そういって手を伸ばした聖の目は真っ赤だった。 手を取って祐巳を立ち上がらせた聖は、手近な椅子に祐巳を座らせた。自分も別の椅子に腰掛ける。 祐巳に向き直った聖は、祐巳に淡々と話し始めた。 「本当は告白するつもりはなかったんだ……このままちょっとオヤジな先輩として卒業するつもりだった……。だけど、君のその真っ直ぐな目を見ていると決意が揺らぎそうだった。それで目線を外すようなことをしたんだ」 「……」 「でも、君が悲しそうにしているのはとてもつらかった。何度君を抱きしめて違うんだって言いたかったことか。だけど、卒業してしまえばこんなヤツのことはすぐ忘れるだろうって……」 「白薔薇さまを忘れるなんて……」 少しの間の沈黙。それを破ったのは聖だった。 「祐巳ちゃん。こうなったからには私は祐巳ちゃんの本当の気持ちが知りたい」 「本当の……気持ち?」 「うん、私は本気で君のことを愛している。祐巳ちゃんがそれに答える気があるのかどうか知りたいんだ」 「……!?」 「私は祐巳ちゃんに私のことを愛して欲しいと思ってる。でも、それを強要することは出来ない。だから、嫌なら嫌だとはっきり言って欲しいんだ」 いつになく真剣なまなざしで聖が祐巳を見つめてくる。そのまなざしが怖くて祐巳は視線を逸らした。 「こんな気持ちが迷惑だということは判ってる。それでも、私はこの感情から逃れられないんだ……」 そこまで言うと、聖は俯いて両手で顔を覆った。 「すこし……時間を下さい……」 「え?」祐巳の呟きに、聖は思わず顔を上げた。 今にも泣き出しそうな祐巳の顔が、そこにあった。 「お姉さまのこと……白薔薇さまのこと……簡単にYesやNoで割り切れるものじゃないんです……」 「どれくらい待てばいい?」 「……卒業式までには……」 「……わかった……」 聖は椅子から立ち上がって、祐巳を見下ろした。 「必ず待つよ……」 ふと気が付くと、すでにあたりは薄暗くなっていた。 「祐巳ちゃん、そろそろ帰ったほうがいいよ」聖は祐巳に帰るように促した。 「白薔薇さまは……」 「祐巳ちゃんが帰ったら帰る。本当は今日ここに残ったのも祐巳ちゃんと短い間でも一緒に帰るのがつらかったからなんだ」 「判りました……」 身支度を整え直す祐巳。ビスケットの扉に手をかけた時、聖がポツリと呟いた。 「祐巳ちゃん……」 「え?」 「もし祐巳ちゃんにNoといわれたら、私は二度と祐巳ちゃんに会わないつもりだから……」 「!!」 「それじゃ。ごきげんよう」 「……ごきげんよう……」 ビスケットの扉がぱたりと閉まる。それを見送った聖は自嘲するかのように言った。 「"The Long Goodbye"か……」 そしてそのままテーブルに突っ伏した。 薔薇の館を後にし、外灯の灯りに照らされた校門への道を踏みしめる。祐巳は途中何度か振り返ったが、聖の気配はしなかった。 「二度と会わないって……」祐巳は呟く。 白薔薇さまの気性なら、ひょっとして自分だけでなく志摩子さんを含めた山百合会のメンバーすべてと会わないことまで覚悟しているかもしれない。白薔薇さまはそういう差別をする人ではないからだ。 「そんなの……辛すぎるよ……」 まだ薔薇の館にいるかもしれない白薔薇さまの心情を思うと、胸が痛かった。 その日の晩は、祐巳は遅くまで寝付くことが出来なかった。
黄薔薇放送局 番外編 江利子「聖も勝手よね。どっち選んだって祐巳ちゃんには悲劇じゃない」 聖 「ふん。好き勝手気ままに人生歩んでいるあなたに言われたくないわね」 江利子「あら? 私は恋に生きる女だけど誰にも迷惑はかけてないわよ〜」 聖 「(良くもまぁいけしゃあしゃあと……)」 江利子「あぁかわいそうな祐巳ちゃん! ガチに目を付けられたせいで夜も眠れない日々を過ごすことになるなんてぇ!」 聖 「言わせておけば…… いい加減にしろこのデコチン!」 江利子「なによ? 腹が立つならどっかの殿方でも捕まえてまっとうな恋でもしてみなさいよ!」 聖 「はん。妹にも孫にも相『いいかげんにしなさい!』」 二人 「げ、蓉子」 蓉子 「二人して情けない(ため息) あなた達には薔薇さまという自覚がないのかしら? だいたいそもそも……」 聖 「また始まったよ、お説教。どうする?」 江利子「決まってるでしょ、ここは……ね?」 聖 「じゃ、やりますか」 蓉子 「どう? これで少しは反省した?(振り向く) って? ……なんで逃げるときだけ仲が良いのよ! 待ちなさい!」 江利子「待てと言われて待つ人がどこにいるかしら?」 聖 「そうそう、お説教に夢中になるとは蓉子もまだまだ〜。 私と祐巳ちゃんのあま〜い話の続きを読みたい人はD15Bさんへのお手紙よろしく!」 二人 「ではごきげんよう〜(さらにダッシュ)」