福沢祐巳には、最近とても気がかりなことがある。 それは、尊敬する先輩の1人である白薔薇さま(ロサ・ギガンティア)−佐藤聖−のことである。 卒業を控え、三年生が何かとあわただしくなっていく中でも薔薇の館で顔を合わせる機会は何度もあるわけだが、なんと言えば良いのか、最近、無視とまでは行かないものの自分に対する態度がとてもそっけないような気がするのだ。 以前のようにいきなり後ろから抱きしめたりすることも無く、挨拶をしても 「はい、ごきげんよう」と味気ない返事を返すだけ。目を合わせようとしてもさりげなく視線を逸らされたりする。 ――私、白薔薇さまに何かしたっけ? 何度首をひねっても、どうしても思い当たることが無い。 もっとも、よく観察していると、そのそっけない態度は自分だけに取られたわけでは無い。 ここしばらく白薔薇さまは薔薇の館にいる時は何時も何か考え事をしているかのように腕を組んで口を結び、会話にもほとんど口をはさまなかった。 それでも、時折紅薔薇さまと二言三言言葉を交わすのを見ていると、どうしても自分だけが無視されているような感覚に囚われてならない。 だから、思い切って志摩子さんに相談してみることにした。 昼休み、祐巳は志摩子さんを誘って薔薇の館でお弁当を食べた。 お弁当箱が空になり、食後のお茶を入れたところで祐巳はその話を切り出した。 「お姉さまが変?」 「うん、なんて言うか……ここしばらくあまり話もしてくれないし…志摩子さん、何か思い当たることないかな」 「何かって?」 「私、白薔薇さまに何かしたのかなって思って」 志摩子さんは少し考え込むしぐさをすると、ゆっくりと祐巳に向き直った。 「確かにここしばらくのお姉さまは何時も何か考え込んでいるようで、冷たいそぶりをしているようにも見えるけど」 一度言葉を切ると、志摩子さんは微笑みながら言った。 「お姉さまが祐巳さんを嫌いになるとか、そんな感情を抱くなんて考えられないわ」 「志摩子さん……」 「お姉さまと私はお互いに干渉し合わないから、今お姉さまが何に悩んでいらっしゃるのかは判らない。だけど、お姉さまが祐巳さんを嫌うなんてありえないということは判るの」 「………」 「お姉さまにとって祐巳さんの存在は、祐巳さんが思っている以上に大きいのよ。だから、もう少し自信を持ったほうが良いわ」 志摩子さんは優しく話してくれた。だけど、それで祐巳の疑念がすべて払拭されたわけではなかった。 ――私を嫌ってないとしたら、白薔薇さまはいったい何を考えているんだろう。 祐巳は、白薔薇さまが今何を思っているのか痛切に知りたいと思った。 その日の放課後は、久々に薔薇の館で山百合会のメンバーがそろった。 会議と言うほどのことは無く、早々に難い話を切り上げると令の持ってきたクッキーをつまみながら雑談に花が咲いた。時折笑いも出る楽しい会話ではあったが、祐巳は聖のことが気がかりで、なんとなく話に集中できなかった。 聖も時折愛想笑いを浮かべる程度で、あまり会話に集中していない。そして、やはり祐巳の顔を見ようとはしなかった。 ――私、やっぱり白薔薇さまに嫌われてるんだ。 祐巳の顔に悲しみの感情が広がる。そしてそれに気がついたのは蓉子だった。 「祐巳ちゃん、どうかしたの?」 そう蓉子に問われてはっと顔を上げた祐巳は、いつのまにか会話が止まって、みんなが自分の顔を見ているのに気が付いた。 「祐巳、具合でも悪いの?」 祥子も祐巳の異変に気が付いて訊ねてくる。 「大丈夫です……。ただ、もうこんな機会はあまり無いのかと思うとちょっと悲しくって……」 咄嗟にこんな言葉が口をついて出てきた。お姉さまたちに心配をかけまいとしてついた嘘だが、やはり少し胸が痛む。 「祐巳ちゃん、別に明日卒業式ってわけじゃないんだから、こんな機会はまだあるわ。それに、卒業したからって会えない訳じゃないのよ」 紅薔薇さまが優しい言葉をかけてくれる。お姉さまも隣でにこやかに微笑んでくれて、祐巳は少しだけ心の闇が晴れた気がした。 ずいぶんと時間も経っていたので、それを潮にして片付けが始まった。 帰り仕度も終わって、そろそろみんなで部屋を出ようとしたとき、 「ごめん、やりたいことがあるから少し残っていていいかな?」 口を開いたのは一番後ろにいた聖だった。 突然の聖の言葉にみんなが振り向く。 蓉子は聖と顔を向き合わせてしばらく聖を見つめると、ポツリと言った。 「いいわよ。その代わり、戸締りはよろしくね」 それだけ言うと、蓉子は部屋を出て行った。他のメンバーも聖に挨拶をしながら部屋を出て行く。 最後に志摩子が何か言いたげに聖を見つめていたが、ごきげんようと一言言い残しただけで部屋を出て行った。 お姉さまの後ろについて歩きながら、祐巳は先ほどのことを思い出していた。 さっき部屋を出る前に白薔薇さまと挨拶をしたとき――そのとき祐巳は初めて聖と目を合わせたのだが――その目がとても悲しそうに、そして淋しそうに見えたのだ。 あの悲しそうな目は何を訴えようとしていたのだろうか? 少なくとも自分に何かの悪印象を持っているような目には見えなかった。だけど、白薔薇さまが自分を避けようとしていたのは事実で、その行動とあの悲しげな目がどうしても一致しなかった。 ――今しかない。白薔薇さまに直接聞いてみよう。 唐突に祐巳の頭にその考えが浮かんだ。このもやもやを晴らすには、白薔薇さまに直接聞いてみるより他には無い。 もうすでにマリア様の前まで歩いてきていたが、祐巳は咄嗟にお姉さまに話し掛けた。 「お姉さま、教科書を教室に置き忘れてしまいました。今晩の予習に必要なので今から取りに行って来ます。申し訳ありませんが、先に帰ってください」 祥子は少し驚いたが、軽くため息をつくと祐巳に言った。 「全く、しょうがないわね……。わかったわ。じゃあ先に帰るから、祐巳も気をつけて帰るのよ」 祐巳は祥子に深々と頭を下げると、はじかれたように走り出していった。 祐巳が向かう先は、もちろん教室ではなく薔薇の館である。 一階の入り口でいったん息を整えると、祐巳はそっと扉を開けた。フロアに入るとそのまま静かに急勾配の階段を上がっていく。来たのが自分であることを気付かれたくなかったので、足音を立てないようにゆっくりとビスケットの扉の前まで進んだ。 「白薔薇さま……」 祐巳は静かにビスケットの扉を開けた。
黄薔薇放送局 番外編 江利子「……そういえばここって聖祐巳のサイトだったんだっけ?」 由乃 「そういえばそうだった気も……」 江利子「更新間隔は空きまくりだわそういうシーンがほとんど無いわ、 綺麗さっぱり頭から抜け落ちていたわ。なんか読んで驚いちゃった」 由乃 「私もです。なんかこうも祐巳さんの純粋な感情を真っ正面からうけると、 毒気も抜けちゃうっていうか。いつものじゃれ合いする気も失せるというか」 江利子「そうよねぇ…… なんか今日は令をいじる気分になれないわ」 由乃 「最近、山辺さんとはどうなんですか?」 江利子「彼、娘さんがいるんだけどね。その娘が……」 由乃 「てっきり押しまくっているだけなのかと思ったら苦労されているんですね」 江利子「そうなのよ。もちろん彼への興味が失せたとかそういうことはないのだけど」 由乃 「私もちっちゃなライバルができて苦労しているっていうか……」 (以下井戸端会議) 令 「いつもこうだったら(ため息) ……でもこれはこれで寂しいかも???」 乃梨子「……すっかりいじられ属性がついてしまいましたね、令さま。 さて、祐巳さまは薔薇の館に戻られたわけですが、はたして…… この続きが気になる方はぜひD15Bさまに感想を。それではごきげんよう」