秋も徐々に深まり、学園の銀杏並木も黄色く色づくようになったある日、福沢祐巳は校内を散策していた。 山百合会のメンバーは今、学園祭の準備に追われている。 修学旅行から帰って息をつく間もなく学園祭の準備を始めたわけだが、今年の学園祭も個性的な一年生達のヘルプや弟である祐麒との共演など、自分にとってずいぶん思い出深い学園祭になりそうだと祐巳は歩きながら思った。 ――もう一年になるんだ―― 改めて祐巳は一年前のことを思い返す。 何気なく自分を呼び止めたお姉さまにタイを直してもらったのがきっかけで、自分は山百合会と関わりを持つことになった。 もしあの時タイを直してもらわなかったら、蔦子さんと一緒に薔薇の館に行かなかったら、もしお姉さまと姉妹にならなかったら……。 イフが頭の中でいくつも並ぶ。 確実なことは、山百合会と関わらなければ自分は平凡な一生徒としてリリアン女学園の中で埋もれていたであろうこと。そして、「あのヒト」とも会うことが出来なかったであろうこと―― 「聖さま――」 祐巳は愛しい人の名を呟く。 思えば、お姉さまとの出会いはすなわち聖との出会いでもある。 初対面の時から祐巳はずいぶんと聖に親しくしてもらった。出会った次の日には第二体育館でダンスを教えてもらったし、その次の日にはあっさりと抱きしめられた。 二人で柏木さんの品定めをしたり、必死になって柏木さんとお姉さまを探したり……。 お姉さまとの出会いの記憶が大部分を占めるはずの去年の学園祭の思い出で、実は聖との記憶も大きなポジションを占めていることをあらためて思い知らされる。 「もうずいぶん会ってないな……」 ふいにそんな言葉が口から漏れる。 前回会ったのは修学旅行の前であったろうか。 聖がイタリアに来ていたという疑惑は結局解明されることはなかった。 もし来ていたのなら会って欲しかった、そう祐巳は思う。 二人でヴァチカンの町並みを歩く。そんなシーンがふと頭の中をよぎった。 歩を進めるうちに、いつのまにか温室の前まで来ていた。 古びた温室は、祐巳がお姉さまにロザリオを下さいと懇願した場所。そして、お姉さまに誤解された祐巳が逃げ込み、聖に励まされた場所でもある。 きしむ扉を開き、祐巳は中に入った。 温室の奥へと進むと、祐巳はある一つの花の前で歩みを止めた。 ――ロサ・キネンシス―― お姉さまに教えられた自分たちの呼び名を冠する花。その薔薇の前に立つと、祐巳は再び聖に思いを馳せる。 聖はいつだって自分が困っている時にはどこからともなく現れて、自分を優しく慰めたり助けてくれたりした。 あの時も、この花の前で聖が慰めてくれたから、祐巳はお姉さまとの誤解を解こうと勇気を奮い起こすことが出来た。 それ以外にも、助けてもらったことは幾度もある。 「会いたいな……」 そう呟くと祐巳はロサ・キネンシスの前にしゃがみこんだ。 正直に言えば、祐巳は自分が去年のお姉さまのように堂々と山百合会の一人として花寺の生徒会と渡り合いながら学園祭を成功に導く自信がない。 今こうやって校内を散策しているのも、実はほんの少しの間だけ山百合会の事を忘れたいと思ったからである。 こんな時聖に会えればと祐巳は痛切に願った。 カタン! 温室の扉の開く音に気がついて、祐巳は振り向いた。 そこに立っていたのは、今祐巳が会いたいと願っていたその人だった。 「やっぱりここにいたのか、祐巳ちゃん」佐藤聖はそう言って微笑んだ。 「聖さま……どうしてここに……?」 祐巳はゆっくりと立ち上がった。 「ここに来れば祐巳ちゃんに出会えるような気がなんとなくしたのさ」 そう言いながら聖はこちらに歩いてくる。 「聖さま……」 やがて、祐巳の前で立ち止まった聖は言った。 「それにね、今日はどうしても君に会って渡したいものがあってね」 「渡したいもの……?」 「これなんだ」 そう言いながら、聖は膨らんでいた胸のポケットから小さなジュエリーボックスを取り出した。そして左手で祐巳の右手を取って手元に引き寄せると、そのボックスを祐巳の手のひらに置いた。 「開けてごらん?」 「はい……」そう言われて祐巳はジュエリーボックスを開く。 その中に入っていたのは、小さなイアリングだった。 「これは……」小さいながらも鈍く銀色に光るそれは、明らかに十字架をモチーフにしたデザインだった。 「ちょっと旅行に行ったときに見かけてさ、気に入ったから買っちゃった」 旅行?ひょっとしてイタリアで私のためにわざわざ買ったの?祐巳は思わず聖を見上げた。 「祐巳ちゃん覚えてる?私たちが出会ったのって、ちょうど一年前なんだよね」 その言葉は激しく祐巳の胸を刺した。聖が自分と同じことを考えてくれていたなんて……。 「だからさ、記念って言うか……なんとなくこういうことをしてみたくなったんだ」 今、祐巳の中では先ほどまで思い出していた一年前の出来事が再び激しく流れていた。 そして、その思い出を決して忘れていなかった聖に対する思いも同じく―― 「ありがとう……ござい……ます」 その言葉か口から出るや否や、祐巳はぼろぼろと涙をこぼしていた。 「ど、どうしたの、祐巳ちゃん……」 あまりにも意外な祐巳のその反応に、聖はおろおろとしてしまった。 少しの間涙を流すと、祐巳は手の甲で自分の涙をぬぐった。そして聖を見上げた。 「私もさっきまで聖さまとの一年前の出会いを思い返していました。そしたら急に会いたくて会いたくてたまらなくて……」 目じりにまだ少し涙の後が残る祐巳。聖はそれを聞くとゆっくりと祐巳を抱き寄せた。自分と同じことを考え、自分に会いたかったといってくれた祐巳がたまらなく愛しい。 「祐巳ちゃん、ごめんね待たせちゃって……」 「聖さま……」 祐巳を抱きしめたまま、聖はしばらく立ち尽くしていた。 二人だけの時間が温室の中で流れる。少し経って、聖は祐巳から体を離した。 聖は祐巳の目だけを見つけている。そして一度祐巳の手に握られたままのジュエリーボックスにちらりと目を向けると、再び祐巳の目を見つめた。 「そのイヤリングはロザリオと同じで十字架を模したものなんだ」 一度言葉を切ると、聖は意を決したように言う。 「ロザリオは姉妹のものだから祐巳ちゃんにでも渡すことは出来ないけど、これなら受け取ってもらえるかな?」 「はい……!」 聖の言葉に祐巳は力強く答える。そして二人は口付けを交わした。
黄薔薇放送局 番外編 江利子「○周年記念っていいものねぇ。 あぁ! 私も山辺さんと結婚記念日を祝いたい! そして二人きりで……」 由乃 「まだ結婚もしていないのになにいってんだか……」 江利子「何か言った、由乃ちゃん?」 由乃 「いいえ、なんにも」 二人 「フフ、フフフフフ、フッフッフッフッフ……」 乃梨子「また始められた。止めないのですか?」 令 「もう他所さまにまで迷惑かけないなら手を出さないことにしたのよ」 乃梨子「ま、確かに割って入っても痛いだけですもんね」 令 「ハ、ハハ(汗)」 乃梨子「時に某情報(※)によると今の時期に一番近い記念日はアレ当日だとか」 令 「うぐっ!」 乃梨子「ロザリオ」 令 「ズキッ!」 乃梨子「革命」 令 「あうぅ!」 乃梨子「『もう令ちゃんなんか姉でもなんでもない!』(声まね)」 令 「ひぃぃ!(泣) 由乃ごめん。私が悪かったから。何でもするから(ブツブツブツブツ)」 乃梨子「……」 江・由「どうだった?」 乃梨子「……お二人のお気持ちが分かってしまったかもしれません」 江・由「でしょ?(笑)」 乃梨子「令さまいじり……か、快感!」 江利子「コホン。最後にまとめを。 五周年を記念してD15Bさまが素敵な短編を書き下ろしてくださいました。 ぐうたら管理人に代わって百万の感謝を。 素敵な作品をくださったD15Bさまに是非感想を送って差し上げてくださいね♪」 三人 「ではではごきげんよう〜」 「乃梨子…… すっかり二人に壊されちゃって(泣) 大丈夫。私がいつかきっと真人間に戻してあげるから!」 ※ 公式に「何年何日、実際の場所等はありません」とコメントされているものの、当然参考にした場所・年代があるわけで、それを考察したサイトの中で1994年説を推すものがある。この場合、由乃がロザリオを令に返した日が10月27日となる。