内 な る ”声” U

-  迫りくる脅威 -


「そっか…。あたし、笑えるんだ。」
エントリープラグの中で、アスカは笑みを浮かべてつぶやいた。

エヴァ3号機の起動実験が始まったばかりだった。

ミサトの、
「アスカ。この世界には、あなたの知らない幸せで満ち溢れているのよ。
 楽しみなさい。」
その言葉を思い出していた。

そう、人生とは、こんなにも楽しいものなんだ。
ほんの少しでも、他人を気にかけるということが、気持ちいいことだとは知らなかった。

これまで、選ばれた”エリートパイロット”として、孤高を貫いてきた。
他人と協調するどころか、愛想笑いすらしなかった。
最後に笑ったのは、どのくらい前のことだろうか。
もう、笑い方すら忘れていた様な気がする。

それを、あの”バカシンジ”や”えこひいき”と関わることで、何かが変った。
いや、もうひとり、だれかの影響を受けた気がする。

「だれだったっけ…。」

そのとき、小さな光が目の前に灯るのをアスカは感じた。

それが何かと、認識するひまもなかった。
あっという間に、光が氾濫した。
クスクス笑う声とともに、光の奔流が押し寄せてきた。
何かが自分の体を通り抜けるのを感じたとたん、アスカは意識を失った。




その、数週間前。

「君の息子は、予想どおりの行動をとったな。」
総司令室で、冬月は後ろ手に手を組みながら、傍らのゲンドウに言った。

「ああ、すべては”外伝”に書かれていたとおりだ。」
机の上に肘をつき、顔の前で手を組んだゲンドウがそれに答える。

第5の使徒との戦闘の後シンジが家出し、2日ほど放浪した後で戻ってきたことを言っているのだった。

「この後は、どうする?」
「レイを、もう少しシンジに接近させる。」

「いずれは、この二人が”鍵”となるか。」
「ああ。ゼーレのシナリオにはない、不確定要素だからな。」

ゲンドウは、にやりと笑みを浮かべると続けた。

「奴らの望むような形での、”補完”は起こさせない。
 それが、ユイとの約束でもある。
 そのために、手に入れた”死海文書外伝”だ。」

「だが、ゼーレには今回も”裏死海文書”がある。
 われわれの知らない章に基づき、われわれの手の届かないところで、何らかの準備をしている筈だ。」

「月面で開発中のMark6のことか。」
「それもある。だが、もっと身近なところで、奴らの工作が進んでいるような気がしてならんのだよ。」
 
「心配には及ばん。すでに、手は打ってある。
 どの様な工作が行われようと、パイロット次第でどうにでもなる。」

「君の息子とレイだけでは、難しくないか。」
「問題ない。」

「まさか、2号機パイロットにまで、細工を施したのか!」

愕然とする冬月に対して、ゲンドウは再び不敵な笑みで応えた。




松代での起動実験中の事故、そして第9使徒の殲滅から2日後。

マヤは、厳重にプロテクトされた室内の棺桶に似た”それ”を、部屋のガラスごしに見ながらリツコに
尋ねた。

「まさか、このままICUボックスごと”処置”なんてことは、ないですよね。」

事務的な表現とは裏腹に、その”中身”の処遇について真剣に案じていた。
ボックスにはSHIKINAMIと書かかれている。

「貴重なサンプルなのよ。そんなことするわけないじゃないの。
 細胞の修復は完了しているけど、精神汚染の可能性が捨てきれないから隔離しているのよ。
 そのときはそのときで、使い道があるのだから。」

リツコの言葉には、マヤとは違って感傷的なものは一切入っていない。

「パイロットとして、復帰することはもうないのですか。」
「その可能性は低いわね。ゼロではないけれども。」

「そうですか…。」

マヤの言いたいことは、リツコには判っていた。
短い間だったが、仲間としてやってきた”セカンド”が可哀そうだといいたいのだろう。
それも、まだ中学生の、女の子なのに。
生意気盛りのところもあったが、あんなにがんばっていたのに。

だが、今は感傷に浸っている時間はなかった。
次の脅威の出現に対する、準備を進めなければならない。
リツコは、マヤにオペレータルームに戻り、前回の使徒戦でのダミーシステムでの戦闘データを分析する
ことを命じた。
早急に、ダミーシステムをより完全なものにする必要があるのだからと。

マヤが退出し、ひとり部屋に残ったリツコは、あらためてICUボックスを眺めてつぶやいた。

「御苦労さまだったわね。
 このあとのことは、心配しないで。
 本来のあなたが、あなたがやってきたことを引き継ぐわ。
 たとえゼーレが、あなたの後釜を用意してきたとしても。
 だから今は、ゆっくり、休んでちょうだい。」




その、10日前。

ハーモニクステストを終えた後、自動販売機コーナーでレイはオレンジジュースを飲もうとしていた。
口の中に、まだLCLの味が残っている。
以前は気にならなかったが最近は日常生活に戻るときに、それを消し去りたいと思うようになっていた。

自販機から紙コップをとり出そうとして、わずかに眉をひそめた。

ぴりっとした痛みを、手の甲に感じていた。
紙コップに入った液体の重みが、そこにある傷を刺激したのだ。

仕方なく、レイは紙コップをベンチの上に置き、バッグから幾つかの絆創膏を取り出した。
左右の手にある小さな傷に、絆創膏を貼り付けていく。
それは、不慣れな包丁を扱ったことによる切傷であったり、油ハネによる火傷であったりした。
ハーモニクステストではLCLに濡れてしまうため、いったん全ての絆創膏をはがしておく必要があったのだ。

レイが絆創膏を貼り直しているところへ、シンジが現れた。

「綾波。」
「碇君…。」

レイは、拙いところを見られたような気がして、狼狽した。

「どうしたの。」
「なんでもないわ。」

「ああ、絆創膏、貼り直していたんだね。ぼくがやってあげるよ。」
「でも…。」

「いいから、手をかして。」
レイの手をとると、シンジは小さな傷のひとつひとつに絆創膏を貼っていった。

レイは、わずかに頬を赤くしてされるがままになっている。

「こんなになるまで…。
 さっきミサトさんから、綾波の書いた招待状をもらったよ。
 食事会のために、料理の練習してくれているんだね。
 ありがとう。」

「わたし、不器用だから。今まで料理なんか、したことなかったし。」
「ひとこと声をかけてくれたら、ぼくでよかったら相談にのったのに。」

「上達できるという自信もなかったから。でも、もう大丈夫。」
「努力家なんだね、綾波は。でも、どうしてそんなこと、思いついたの?」

「碇君が作ってくれた、お味噌汁とお弁当が美味しかったから。
 それに、料理って作ってもらえると嬉しいものだとか、みんなとする食事は楽しいものだと、教えて
 もらったから。」

「綾波、少し変わったね。」
「そう?」

「朝、みんなとも挨拶するようになったし。」
「みんなも、していることだから。」

「でも、それはいいことだと思うよ。はい、できたよ。」
「ありがとう。」

「来週の食事会、楽しみにしてるね。」
「ええ。」




そして、食事会の当日。

シンジは、朝のうちに出かけようとしていた。
食事会そのものは午後からなのだが、せっかくお呼ばれにいくのだから、デザートになりそうなケーキか
何かを、手土産として前もって買っておこうと思ったのだった。

「悪いわね、シンジ君。」
玄関口で、ミサトが声をかけてきた。

「食事会の開始には間に合いそうもないけど、起動実験が早めに終わったら、後から行くとレイには伝え
 ておいてくれる?」

「アスカは、どうするんですか?」

アスカは一足先に松代に向かっていて、その場にいなかった。
テスト用のプラグスーツのセッティングが事前にあるためだった。

「もちろん、アスカも連れていくわ。
 せっかくレイが開いてくれた食事会だから、できるだけ参加したいもの。
 まあ、リツコは後処理があるから、無理でしょうけど。
 行けそうかどうか判ったら、また連絡を入れるわね。」

「わかりました。とりあえず、デザートは人数分は買っておきますね。」
「ええ、お願いね。」

シンジは、ミサトのマンションを出た。

「今日も暑くなりそうだな。」
空を見上げると、昨日と同じ様な入道雲が見えた。


結局、シンジは手土産として、ケーキではなくフルーツゼリーを選んだ。
冷蔵庫に入れておけば日持ちするから、食事会への参加人数がどう変わろうと大丈夫だからだった。

少し早い目にレイの家に向かう。
一人ではいろいろと準備が大変だろうから、手伝えるものは手伝おうと思っていた。

レイの住む集合住宅の近くまで来たとき、1台の黒塗りのリムジンが、シンジを追い抜いていった。
およそ、再開発地域であるこのあたりには似つかわしくない、高級乗用車だ。
それが、突然、派手な音をたててスピンターンを行なった。
それまでの静かな運転を裏切るかの様に、猛スピードで元来た道を戻っていく。

スモークガラスで見えない筈の、後部座席に座る人影が、一瞬見えた様な気がした。

「え? 父さん?!」
シンジにはそれが、車内電話で何事か話しているゲンドウの姿の様に見えた。

目を凝らそうと思った矢先に、シンジは自分の携帯が鳴っていることに気付いた。

「ミサトさんからだろうか。」

『行けそうかどうか判ったら、また連絡を入れるわね。』
今朝、ミサトがそう言っていたのを思い出した。

そうではなかった。

「使徒!?」
ネルフ本部からの、緊急招集だった。




数時間後。

「やめてよ、父さん! やめて!!」
初号機のエントリープラグの中で、シンジは泣き喚いていた。

ダミーシステムに、そのコントロールが奪われていた。
完全に視界は覆われ、外の様子を見ることはできない。
それでも、初号機が自分の意思に反して動き、3号機を攻撃しているのは分かった。

いかに使徒に乗っ取られているとはいえ、アスカが乗っている3号機を!
初号機の雄叫びが聞こえ、何かを無残に引き裂く感覚が伝わってくる。

「アスカが死んでしまう! やめてよ、父さん!!」
声を限りに、シンジは再び叫んだ。

そのとき、ようやく初号機の咆哮と破壊音が止んだ。

「止まった?」
だが、まだ視界は回復せず、コントロールも戻らなかった。
いやな予感がした。

ぎ…。ぎぎ…。
何かが、軋む音がする。

「な、何の音だ?」
不審に思う間もなく、ばちんっと何かが潰れる音と同時に、

「きゃあああああああぁぁぁぁぁぁぁ〜っ」
聞きたくない絶叫が、聞こえてきた。

「アスカあぁぁぁぁぁ!!」
シンジの絶望の叫びが、その後を追った。




それから、3日後。

「先輩、シンジ君がパイロットを辞めたんですって!」
マヤが、リツコの執務室に駆け込んでくるなり、そう言った。

「落ち着きなさい、マヤ。」
リツコは、予想の範囲内でもあるかの様に、平然とそれに応じた。

「どうしてみんな、落ち着いていられるんですか。
 アスカに続いて、シンジ君までいなくなったら、もうエヴァに乗れるのはレイしかいないんですよ!」

「そうよ。だから昨日、ダミーシステムの完成を急がないといけないと言ったでしょ。」

「先輩は、こうなることを、知っていたんですか?」

リツコは、机の上の冷めたコーヒーを一口飲んだ。
『そう、私は知っている。 そして、シンジ君が必ず帰ってくることも。』

だが、その想いは口にせず、マヤにはこう答えた。

「…ある程度は、予想していたことだわ。」

「そんな! みんな、冷たすぎます!!
 レイだって、シンジ君がここを去ると聞いても、顔色ひとつ変えなかったし。
 みんなにも挨拶するようになったし、シンジ君のことになると、やさしい表情を見せるようになったと
 いうのに。」

「レイにそんな感情が? まさか、あり得ないわ。」

「でも…。」

「ここで、現状を嘆いても仕方ないわ。
 前回の戦闘で、零号機を温存できたことだけでもよしとしなければ。
 それよりも、ダミーシステムよ。
 完成を急ぎましょう。」

「…はい。」

「じゃあ、昨日とりまとめた前回の戦闘データを、3番に保存してくれる?
 それから、最新のテスト結果を2番に移して。」

「わかりました。」
自分を無理やり納得させるように、マヤは退出していった。

リツコは、もう一口コーヒーを飲むと、マグカップを机に置いて立ち上がった。

「そろそろ、あなたの出番のようね。
 疑似人格と入れ替えの準備を始めるけど、いいかしら…アスカ。」




第3新東京の郊外。

小高い丘の上に立ち、少女はその街並みを眺めていた。
鳥の群れが、街から飛び立っていくのが見える。

「みんな、逃げていく…。」
つぶやく様に、そう言った。

「やばいことが、起きそう。本部への侵入を急がないと。」
人差し指で眼鏡を押し上げると、少女は地面に置いたスポーツバッグを手に取った。



 
その、数時間後。

「目標は、旧小田原防衛線を突破!」

緊迫した事態を知らせる青葉の報告が、発令所全体に響き渡った。
第10使徒が、侵攻してきたのだった。

「だめです!足止めできません!!」

「なんてこと!」
リツコは戦慄した。

「早すぎるわ。前回の使徒の襲来から、まだ3日しか経っていないのよ。
 形象崩壊から、コアの転生まで2、3週間はかかる筈なのに!」

”2号機パイロットの入れ替え”はおろか、ダミーシステムの調整すらまだできていない。

「あくまでも、平均値に過ぎん。」

ゲンドウがそう言い、さらに冬月が付け加えた。

「それに、使徒は知恵をつけ始めている様にも見える。
 今回の反動で、この次の転生に一月以上かかるかも知れないが、それよりも我々に迎撃の準備をさせな
 い様、転生を急いだのかも知れんな。」

「まさか!」

「いや、ありえない話ではない。
 転生を急いだためか、その形状にここ最近の使徒に見られた様な、特異性が見られない。
 今回は、力押しするタイプでしかないようだ。」

そのとき、施設全体を揺るがす衝撃波が、本部を襲った。

「どうした!」

「信じられません! 24層あるジオフロントの特殊装甲板が、一撃で貫通されました!!」
日向が冬月を振り返って応えた。

「なんだと…。」

その場にいる、全員が戦慄した。
力押しには違いないが、これまでの使徒とは桁が違いすぎる。

「零号機の発進を急がせろ。それと、初号機はダミーシステムで起動だ。」
「はい。」

ゲンドウが命じ、リツコがそれに応じていくつかの指示を出す。
そこへ、ミサトが駆け込んできた。

「遅くなりました!」

荒い息をつきながら、ゲンドウを見上げ、尋ねた。

「カートレーンでここに来る途中で、搬出される2号機とすれ違いました。
 凍結を、解かれたのですか?」

「いや、そんな指示は出していない。」
「搭乗者がいます!この操作は、2号機側からのものです!」

冬月がゲンドウに代わって答え、マヤがそれに続けた。

「そんな! じゃあ、誰が乗っているというの!」

リツコが青ざめた顔でつぶやく。
2号機の管理責任は、彼女にあるからだった。

「この際、だれでもいい。出撃する意思があるなら、本部の直衛に回せ。
 この侵攻速度では、市街地戦は間に合わん。」

「はい!」

ゲンドウの命令が下り、2号機は、ジオフロント内に射出された。

その直後に、爆発音とともにジオフロントの天井に穴が開いた。
そこから、第10使徒が髑髏の様な顔をのぞかせている。

「来たわね。それじゃ、お手並み拝見といきましょうか。」

2号機のコクピットの中で、眼鏡の少女…真希波・マリ・イラストリアスは、不敵にほほ笑んだ。




「ここまでは、シンジの思惑どおりにことは進んでいるようだな。」
黄昏時の様な紅い光を背に受けて、その長身の男は言った。

寄せては返す、波の音がする。
その身を照らす光が、逆光になっていてその男の顔は見えない。

「はい。」
もうひとり、これも全身が逆光の影となっている女が答えた。

「ですが、使徒の出現が予想より早く、”私”は対応できていないようです。」

「かまわん。」
男は振り向いて女を見た。

逆光となっていた光が正面から男を照らす。碇ゲンドウであった。

「不利な状況下でないと、初号機の覚醒はない。
 問題は、これからだ。
 今回こそは、”ここ”が終着点とならない様にしなければならない。」

「そうですね。」

女が頷く。陽光が、その金髪をきらめかせ、赤木リツコの顔を照らした。

「これまでは、だれを逆行者として元の世界に還しても、行き着く先は”この世界”でしたから。」

「多少、未来を知っていたところで、一人の人間ができることは、たかが知れているからな。」

「だから今回、対象者を複数名にし、その意識の一部だけを過去に飛ばしたのでしたね。」

「そうだ。だが、本体である我々は”ここ”に留まっている。
 知識を受け入れた過去の私たちがうまくやらなければ、結局は同じ歴史が繰り返され、我々を含めて滅
 びの道に舞い戻るだけだ。」

「シンジ君は今、どこに行っているのですか。」

「わからん。
 私や君の意識の一部を過去に送った後、滅びゆくこの世界の時間をいったん止めたことまでは判ってい
 るが。
 リリスとの交渉を続けているのか、それとも、レイを探しに行ったのか…。」

「レイを、ですか。
 『世界がどうなってもいい。綾波だけは、絶対に助ける!』
 その言葉どおりとするなら、結局、シンジ君もあなたと同じことをしているに過ぎませんが。」

「ユイだけを追い求めた、私とは違うよ。そのことでは、君には本当にすまないことをした。」

「そのことは、もういいんです。ですが、シンジ君があなたと同じ道を歩んでいるのではないかと。」

「あいつはそんなに狭量ではないし、私が思っていたほど子供でもない。
 神に匹敵する力を得てはいるが、それを無駄に費やそうとはしてはいないよ。」

「なら、いいのですが。」

「レイのもとへ行くにしても、もう一つやらねばならないことがあることを、あいつは知っている。
 そのことは、君にも託していった筈だ。」

「…アスカのことですね。」

「そうだ。」

「うまくいくといいですね。」

ゲンドウは、答えるかわりに眼前に広がる紅い海原を見つめた。
寄せては返す、波の音だけがいつまでも続いていた。




第10使徒と2号機の戦いを、カヲルは虚空の1点から見ていた。

「なかなかやるね、彼女。」
カヲルは微笑んで言った。

「さすが、ユーロ支部子飼いのフォースチルドレンだけのことはある。
 なにより、どんな不利な状況でも、けっしてあきらめないところがすごいね。
 でも、それでもあの使徒には、勝てないだろうね。」

カヲルの言うとおり、”ゼロ距離攻撃”も、”ビーストモード”も、使徒には通用しなかった。

それどころか、腕を切り飛ばされていた。
万事休すだった。

「初号機は、まだかな。」

カヲルがつぶやいたところへ、ミサイルを小脇に抱えた零号機が、リフトから現れた。

「綾波レイ…。やはり、君がいくか。」

「碇君が、もうエヴァに乗らなくてもいい様にする。…だから!」

レイは、そうつぶやくと、太腿に縛り付けてあるシンジのS−DATにそっと触れた。
シンジが、ミサトのもとを去ったときに、捨てていったものである。
今は、かってのゲンドウの眼鏡に代わって、レイの心の拠り所となっていた。

そして、ミサイルを抱えたまま、零号機が使徒に特攻しようとする。
だが、使徒の多重A.T.フィールドは、容易にその接近を許そうとはしなかった。

「…だめなの?」
レイがそう思ったとき、使徒のA.T.フィールドがわずかに弱まった。

見ると、腕を失った2号機が、使徒の展開するフィールドを、1枚1枚食い破っていた。

「あと、1枚…。」
マリがそう言って最後の1枚を食い破ったところで、零号機が2号機を蹴り飛ばした。

「何をするの!」
「ありがとう、2号機の人。今は…今は、逃げて!!」

「連携すれば、勝てたかも………。」
そのあとのマリの言葉は、聞き取れなかった。

2号機が後方に吹っ飛び、十分な距離をとったことを確認すると、

「犠牲になるのは、零号機だけでいい。」
再びシンジのS−DATにそっと触れ、レイは特攻を実行した。

「おやおや…。」
それを見ていた、カヲルがつぶやいた。

「また、それかい。同じ結果となるのは、わかっているのに。」

あたり一面が光に包まれる大爆発。
だが、使徒はその直前に”目蓋”状のものでコアを守っていた。

爆煙が晴れていく中で、零号機は完全に活動を停止している。
使徒も静止しているかに見えたが、それも束の間で、やがてのそりと動いた。

「万事、休すか…。」
カヲルが、つぶやく。

「シンジ君、早く来たまえ。彼女たちの犠牲を無駄にしてはいけない。
 しかし、まあ、覚醒と復活のためには、それなりの生贄が必要か。」

カヲルは、ふと、悲しそうな表情を垣間見せた。

第10使徒は、ゆっくりと零号機に歩み寄っていた。
                       つづく