泣いているのは、”わたし”
 
-  二人の想い X -



「ふう。」
シンジは、駅の近くの公園にいた。
ベンチに腰掛け、何度目かのため息をついていた。

アスカを探しに、マンションを出てきたのだったが、いったんは駅に向かったものの、
アスカが何処に向かったか、まるっきり見当が付かないことに気づいた。
気づいた時点で進路を変え、いつの間にかここに来ていた。

『アスカに会って、ぼくはどうしようというんだろう。』
組んだ両手の上に額を預け、俯いたままぼんやりと、そんなことを考えていた。

『綾波のことでも、言うのか? それとも、エヴァのことを言うのか?
 言ったら、何か変わるのだろうか。』

携帯電話を、持ってくればよかった。
そうすれば、今どこにいる? と尋ねることができただろう。
だが、アスカもあの様子では、携帯を持たずに家を飛び出していったかも知れない。

だが、もし、たまたまアスカに会えたとして、それらのことを言ったところで、今のアスカは
耳を貸さないような気がした。
アスカはアスカで、加持の生死を確認することでいっぱいいっぱいの筈だと思った。

『綾波…。』
あらためて、その名をつぶやく。
レイがなんだか、遠い存在になった様な気がした。

俯いたまま、物思いに耽り続けるシンジは、だから気づかなかった。
使徒の襲来を告げる警報が鳴ったことを。
公園の外を歩く人々が、最寄りのシェルターに急いで駆け込んでいることを。
兵装ビル、電源ビルを除く多くのビルが、地下に沈んでいくところを。

どのくらいの時がたっただろうか。
シンジは、ふと顔を上げた。

「…?…」
何か、違和感を感じた。

見慣れた筈の、ビルがない。
さらに、公園にいても聞こえる筈の、街の喧騒が一切聞こえなかった。

「まさか?!」
シンジは周囲を見回した。

そして、シンジは目にした。
町外れの上空に浮かぶ、白く輝く巨大な光の輪を。

「しまった!」
駆け出していた。

_使徒だ!どうしよう、アスカもいないのに。
 綾波が、ひとりで出撃しているかも知れない!_

息を切らして、シンジは駆ける。
先程までのこだわりは完全に消え、真剣にレイの身を案じていた。




「くっ…。」
レイは呻きながらも、使徒の胴体を左手で掴んだまま、至近距離からパレットガンを連射した。

あまり、効果はなかった。
さすがに使徒の肉片は飛び散ったが、至近距離の割にはその量はわずかであった。
その傷も、見る見るうちに癒えていく。

ぐぐっと、さらに使徒が零号機の体内に侵入する。
「あぐっ!」
急激に増した苦痛に、レイはいっとき気を失った。

気づいたときには、見知らぬ空間にいた。
閉ざされた球体の中にいる様であった。

足が、地についていない。
その足元には、LCLの池が広がっている。

『ここは、エヴァの中?』
エヴァの、それもコアの中のイメージだろうか、と思った。

コアの中に、レイ自身の意識がある。
だが、それと同時に、自分以外の意識が確かに存在していた。
エヴァそのものではない、もっと異質な何かが。

それが、LCLの池の中から、ゆらりと立ち上がった。
プラグスーツを着た、レイと同じ姿をしていた。

『あなた、だれ?』

「わたしは、あなた。」
そいつは、そう答えた。

『いいえ、わたしは、わたし。 あなたじゃないわ。
 あなた…使徒と呼ばれるもの、そうでしょう?』

「どちらでも、同じよ。もうすぐ、わたしたちはひとつになるもの。
 わたしの心を、あなたにも分けてあげる。」
 
『そんなこと、させないわ。』

「無駄よ。受け入れなさい。」
使徒がそう言うと、びしびしっと音がして、レイの体を葉脈状のものが覆った。

「ほら、わかる? 心が痛いでしょう。」

『痛い…? 違う。淋しい…そう、淋しいのね。』
全身を覆う苦痛とは別に、レイはたまらないせつなさを感じていた。

そのときだった。

『綾波!!』
不意に、シンジの声がレイの脳裏に響いた。

閉ざされている筈の空間の中に、境界が定かでない窓が開いた。
こちらに向かって走り寄ってくる、初号機の姿がぼんやりと映っていた。

『綾波、大丈夫か!』
シンジの声が、また聞こえた。

「淋しい? わからないわ。」
使徒は、不審そうに言う。
が、すぐに合点がいった様に、邪悪な笑みを浮かべた。

「それは、あなた自身の心よ。
 彼に受け入れてもらえないのではないか…それを、危惧する心。
 本当は、彼を独占したい…それを、渇望する心。
 ほら、嬉しいでしょう。彼が来たわ。」




「綾波!!」
再度のシンジの声に、レイは我に返った。
意識の中の声ではなく、音声としてしっかりと聞こえた。

零号機の、エントリープラグの中だった。
モニターに、シンジの心配そうな顔が映っている。

「気が付いた? 綾波。」

「碇君…。」
レイの頬を、熱いものが濡らした。思わずそれを、指で拭う。

「涙? 泣いているのは、わたし?」
淋しいからか、嬉しいからか、よくわからなかった。

「大丈夫?」
シンジが聞いてくる。

「ええ…。」
レイが、苦しそうに応える。

「待ってて。今、こいつを引き離すから。」

初号機が、パレットガンを構えた。

『待って! この使徒には、通用しないわ!』
レイは、そう言おうとした。

だが、間に合わなかった。
使徒の尾にあたる部分が、初号機を襲う。
あっという間に手にしたパレットガンは砕け散っていた。

さらに使徒は、初号機の胸部を狙う。
シンジはかろうじて、襲い掛かるその先端を初号機の両手で受け止めた。

「くっ…!」
だが、その接触面から、使徒の侵食は始まっていく。

葉脈状の侵食が、初号機の手首、肘へと広がっていくうちに、シンジは力尽きた。
使徒の先端は初号機の首からあごにたどり着き、そこから一気に侵食が広がる。

「あああっ!」
「碇君!!」

初号機が、膝をつく。
零号機に続いて、戦闘不能に陥っていた。




「シンジ君!」
ミサトが叫ぶ。

「まずいぞ、碇。」
「ああ…。」
冬月とゲンドウの顔も、蒼白になっていた。

そこへ、スピーカーを通してアスカの声が響いた。
「何やってんのよ、早く弐号機を発進させなさいよ!」

エヴァのケイジからだった。
モニターを切り替えると、はぁはぁと荒い息をついているプラグスーツのアスカの姿があった。

「アスカ。何をやっていたの、あなた!」
「話は後! 相当やばいんでしょ。すぐに出撃するわよ。」
「わかったわ。」

弐号機が射出された。

「ミサト、マステマを使うわよ。」
リツコが告げる。

「まだテストも済んでいないけど、この際、仕方ないわね。
 聞こえる? アスカ。
 右手のビルから、新兵器を出すから、受け取って!」

「オーケイ、これね?」

シャッターの開いたビルから、アスカはマステマを受け取った。
「で、どう使うの、これ。」

「一言で言うと、遠近両用の武器よ。
 敵は、至近距離でのパレットガンの直撃にも耐えるほどタフで、しかも素早いの。
 接触したら、あっという間に侵食されるから、プログナイフは使えない。
 だから、この新兵器、マステマを託すわ。
 ともかく、急所と思われる一点を狙い撃って。
 それでもし、接近された場合は、本体の刃の部分で切り払って。
 パレットガンよりは火力が強力で、スマッシュホーク並みの破壊力があるわ。」

「簡単に言ってくれるわね。」
「できるわ、アスカなら。」
「了解、行くわよ。」

弐号機は、マステマを抱え、突撃を開始した。




「碇…君…。」
「綾波…。」
零号機と初号機は、使徒の侵食を受け続けていた。

「ごめんなさい、わたしのために。」
「何を言ってるんだ、綾波!」

『嬉しいでしょう?』
笑いを含んだ使徒の声が、レイの脳裏に響いた。

『想い人と、一緒になれるのよ。
 わたしたちは、もうすぐひとつになる…。
 これでもう、彼はあなたのものよ。』

「!」
使徒に指摘され、レイは驚愕した。

_これは、わたしの心? そう、わたしは、碇君とひとつになりたい…。
 でも、それはだめ!_

レイは気力を振り絞って立ち上がり、それまで座っていたシートに向き直った。

『Emergency』
そう書かれたカバーに手をかける。

「やめて!」
突然のシンジの声に、レイは凍りついた。

「碇君…。」
「やめてよ、綾波。 そんなことをしてもなんにもならない!」

レイを失いたくない、そういうシンジの真摯な気持ちが、流れ込んできた。

_たとえ使徒をそれで斃せたとしても、綾波がいなくなったら生きている意味がないよ!_

「碇君、わたしの心がわかるの?」

「わかる…わかるよ、綾波が考えていることは、全部わかる。
 というよりも、綾波の気持ちが、わかる。
 使徒を通して、ぼくたちが繋がっているからかも知れない。」

『それが、【ひとつになる】ということよ。』
使徒が、嬉しそうに割り込む。

『どう? すばらしいでしょう。』

「だまれぇぇぇぇっ!」
シンジの一喝に、使徒が一瞬怯む。 いっときだが、体内への侵入が止まった。

「おまえなんかの、おまえなんかの思い通りになって、たまるもんか!」

『勇敢ね。』
使徒は、嘲笑した。
『でも、それだけだわ。』

「ぐううぅぅぅ…。」
再び、使徒の侵食が始まる。

もうだめか? とシンジが思い始めたとき、再び使徒の侵食が中断した。




『きゃあぁぁぁ…!』
使徒の悲鳴が、脳裏に響く。

同時に、
「大丈夫? あんたたち!」
マステマを連射しながら、アスカの弐号機が突進してきた。

使徒の中央部分が、連射を受けてかなり傷ついている。
使徒の両端は、零号機と初号機を侵食するために、その2体のエヴァと接触しているためか、
3体目のエヴァ…弐号機に対処するすべを持っていない様であった。

「アスカ!」
「ありがとう…」

「どうやら、大丈夫そうね。
 待ってなさいよ、今、こいつにとどめをくれてやるわ!」

弐号機は、使徒の至近距離にまで接近する。
両端を攻撃に使えない使徒は、胴体を弓なりにたわめると、弐号機をはじきとばすかの様に、
体当たりをしてきた。

「甘い!」
すかさずアスカは、マステマ本体の刃の部分で、使徒を切り払う。
さらに、上段に振りかぶって渾身の一撃を加えた。

両断はできなかったが、使徒の胴体の3分の1くらいまで、斜めに切れ込みが入った。
使徒が、苦しそうにのたうつ。

いける!
アスカはそう思い、さらに追撃をしようとした。

そのとき、剥がれかかった使徒の一部が突然、触手の様に形を変えた。

「え?!」

新たにできた触手は、凄まじい速さで伸びた。
アスカが対応する間もなく、弐号機の背後にまわり込む。
あっという間に弐号機の背面に取り付かれていた。

「ああぁっ!」
弐号機は、振り払おうとマステマを振り回すが、どうしても背後には届かない。
そして、弐号機のその背面から、使徒の侵食は始まった。

「いやぁぁぁぁ! 入ってこないでぇぇぇ…。」
アスカの絶望の叫びが、響き渡った。




使徒が弐号機の連射によって受けた傷は、みるみる塞がっていく。
切り裂かれた部分も、初めから枝分かれしていたかのように、滑らかになっていた。
何事もなかったかの様に、使徒は3体のエヴァを侵食し続ける。

「アスカ、大丈夫?」
シンジが、荒い息をつきながらも声をかけた。

「あう! あぐぐぐぐ…。」
アスカは、声にならない叫びを上げる。

3人の中では、アスカが一番耐性が無い様だった。
一番あとから使徒の侵食を受けたのに、侵入される速度は一番速い。

『いい様ね。』
落ち着きを取り戻した使徒は、ほくそ笑んで言った。

『すべて、吸い上げてあげる。
 そしてこれで、わたしは最強の存在となる。
 もう、だれにもわたしは止められない。』

「か、勝手なことを言うな!
 そんなこと、ぼくは絶対に認めるもんか!」

シンジの怒声に、使徒は少しばかりたじろいだ。
『な、何を…。 ふん、状況がわかっていないようね。』

「碇君…!」
レイが、話しかけてきた。

「なに? 綾波。」

「今…。使徒の侵攻が…、一瞬だけど…、止まったわ。」
レイは、苦しそうだ。かなりの部分を侵食されてしまっているに違いない。

「うん、確かにそう感じた。さっきも、そんなことがあったみたいだし。」

「もしかしたら、使徒は…【拒絶する心】に弱いのかもしれない…。
 二回とも、碇君は…使徒を拒絶していたもの。」

「でも、アスカも嫌がっていたけど、簡単に使徒に侵入されてしてしまっているよ。」

「たぶん、【嫌がる】だけでは…だめなんじゃないかしら。
 強い意志でもって、断固として【拒絶】しないと…。」

シンジは、不意に思い出した。
『ATフィールドが、別名【心の壁】と呼ばれ…』
ミサトのノートパソコンに、表示されていた一節だった。

「そうだ、それだよ、綾波!」
「え…?」

「ATフィールドだよ。使徒を拒絶するんだ。
 拒絶する心…【心の壁】が、使徒の侵攻を阻み、うまくいけば追い出すことができるかも
 知れない。」

「わたしは、できるかも知れないけど…。碇君に、それができるの?」
レイには、ATフィールドを操ることに、多少経験がある様だった。

「さっき、やってみせたじゃない?
 人類は、【18番目の使徒】なんだよ。群体として長く生きてきたために、その使い方を
 忘れてしまっているだけなんだって。3人で力を合わせれば、なんとかなると思うよ。
 それに…綾波は、ぼくと同じだと、思っているからね。」

「碇君…。」
レイの両目に、涙がうっすらと浮かぶ。

「聞こえた? アスカ。
 タイミングを合わせて、使徒を【拒絶】するんだ。 やれる?」

「この、気持ち悪さから、解放されるなら…何だってやるわよ…。」

「じゃあ、3人で手を繋いだところをイメージして。」
「ええ。」
「これでいいの?」

それぞれが、手をとりあったイメージを思い浮かべる。
シンジ、レイ、アスカは、皮肉なことに使徒を媒介として確かに今、お互いが繋がっている
ことを感じた。

「…行くよ!」
シンジが、低い声で告げた。




「新たに、3体のパターン”青”を検知!」
発令所で、青葉が緊張した面持ちで告げた。

「なんですって!」
ミサトが振り向いた。

「この絶望的な状況で、新たな使徒ぉ?! そんな…。」
言いかけてミサトは、指揮者として感情的になりすぎていることに気付いた。

「で、どこに現れたの。」
やや落ち着きを取り戻して尋ねる。

「こ、これは…。3体とも、エヴァです!」

「使徒に乗っ取られたということ?」
ミサトに、第13使徒、バルディエルの恐怖が甦る。

「違うわ。」
リツコが、冷静に応じた。

「使徒に乗っ取られたなら、相応の行動をとる筈よ。
 これは、シンジ君たちの仕業だわ。」

「碇、これは…。」
冬月は、緊張した面持ちでゲンドウに言った。

「ああ、そうだ。 リリンの覚醒だ。」
ゲンドウは、顔の前で手を組んだまま応えた。

「早過ぎるのではないか。しかも、3人ともだぞ。」
「確かに、早過ぎる。だが、この状況では仕方あるまい。」

「補完計画が、発動してしまわないか。」
「それはないだろう。依代(よりしろ)となるべきものがない。それよりも…。」

「なんだ?」
「だれかが、シンジたちに機密事項を漏らした。そのことの方が、重大だ。
 この場を、乗り切れたとしてのことだが。」
「ああ、そうだな。」

二人は、同時に前方を見下ろした。 
そこには、メインスクリーンで戦況を見守るミサトの後ろ姿があった。




「ぼくたちの中から、出て行け!」
「あなたと、ひとつになりたいと思う者はいないわ。」
「誰があんたなんかと、一緒になるもんですか!」

『な、なによ、あなたたち…。』

思わぬ抵抗にあって、使徒はたじろいでいた。
侵食が阻まれ、押し返され始めている。

『ひとつになるということは、こんなに素晴らしいことなのに。
 どうして、それを受け入れようとしないの?』

「それは、わたしがわたしでなくなることを、意味するから。」

『個々に戻るということは、また疎外感や孤独に悩まされるということなのよ!』

「それでもいい。わたしという個があってこそ、受け入れてもらえるのだから。」

「ぼくは、綾波を認めた。全てを知った上で、受け入れた。
 今の綾波が、ぼくにとって一番大切だとわかったからだ!
 他者を取り込んで生きているおまえなんかに、その気持ちがわかってたまるか。」

「あんたの負けよ、わかるでしょ。だれもあんたを受け入れたりしないわ。
 とっとと、消えなさいよ!」

3対1…。はっきり、使徒にとって旗色が悪かった。

『いやよ、わたしは。ひとりでいるのは、いや!』
また、使徒がぐぐっと押し返される。

「あんたねぇ、自分が言ってることが、矛盾してるってわかんないの?
 淋しいからって、他人を取り込んでたら、結局はひとりぼっちになるしかないでしょうが!」

さらに押し返された使徒の体表面から、白い破片がぱらぱらと落ちる。
条虫の様な使徒の身体が、目に見えて細くなっていた。




「どうしたの、何が起きてるの?」
ミサトが尋ねる。

「ATフィールドです!」
マヤが答える。

「エヴァ3体の体内で発生したATフィールドが、使徒を押し返しています。」

「それだけじゃないわ。」
リツコが付け加えた。

「使徒の装甲が、剥がれかけてきている。
 おそらく、他の生物を取り込んだときの、その残滓を身に纏っていたのね。
 本体は、以外と脆いものかも知れないわ。」

メインスクリーンには、立ち上がって使徒の胴体を抱え、引き抜こうとしている3体のエヴァと
一回り細くなってのたうつ使徒の姿が映し出されていた。




『いやよ、ひとりになるのはいや! あなただけでも!』
使徒はそう言うと、弐号機に再び入り込んできた。

「きゃああああぁっ!」
アスカが悲鳴を上げる。

「まずい、一番耐性のないアスカだけを狙ってきた!」
シンジは愕然とした。
3人同時に、使徒から解放されなければ意味がないのだ。

弐号機に侵食が進むと同時に、初号機と零号機からは大半の侵食部分が抜け出ている。
2体の体表面を覆っていた葉脈状のものは、ほとんどなくなっていた。

「わたしに、考えがあるわ。」
「どうするの、綾波。」

「ATフィールドを反転させるのよ。」
「そうか!」

二人は、それ以上口にしなかった。使徒に、気取られない様にするためだ。

「一気にいくわ。」
「了解。」

同時に、レイとシンジのATフィールドが反転した。
使徒を押し返していたATフィールドが、今度は逆に使徒を引きずり込む。

『な、なに? まさか!!』
取り込まれるという恐怖を始めて味わった使徒が、激しく狼狽した。

「今だ、アスカ。 押し返して!」
「わ、わかったわ!」

シンジとレイのATフィールドが、再び反転する。さらに、アスカのそれが加わった。
使徒の体が、それぞれのエヴァから引きずり出されていく。
同時に、使徒の体表面から白い破片が、ばらばらと剥がれ落ちた。

「3人のシンクロ率が急上昇しています!」
発令所では、マヤが叫んでいた。
「じょ、上昇が速くて、数値が読み取れません!!」

初号機、弐号機、零号機の順に、シンクロ率が100%近くまで一気に上がった。
それぞれの接触面から、ほぼ同時に使徒が引き抜かれる。

「やったわ!」
発令所から、歓声があがった。

使徒は、白い装甲がもうほとんどなく、元の太さの3分の1ほどになって赤黒い本体を
さらけ出していた。
胴体中央部に、コアらしい膨らみまで見える。

逃げようと使徒は体をくねらせるが、その両端は引き抜いたばかりの初号機と零号機が、
しっかりと握って拘束していた。

「これで、とどめよ!」
弐号機がコアの部分を狙って、マステマの渾身の一撃を加える。
コアが爆ぜ割れ、大きく痙攣すると使徒は沈黙した。

「ふぅ…。」
シンジは大きく息をついた。全員の無事を確認してほっとしていた。

「無に還れば、孤独感に苛まれることもないわ…。」
レイがぽつりと、そう漏らす。

「そうだね。
 でも、綾波はだめだよ。もっと、ぼくのそばにいてほしいから。」

「…ありがとう。」
レイは、小さな笑みしか見せなかったが、心底嬉しそうだった。




「目標、沈黙!」
発令所で、青葉が報告する。

「現時刻をもって、当作戦を終了します。
 整備班は機体の回収を。
 市民への避難命令は解除して…。」
ミサトが、てきぱきと事後処理を指示し始めた。

「葛城三佐…。」
ゲンドウの低い声が、割って入る。

「…はい。」
ミサトは一転して、緊張した面持ちで応えた。

「私の部屋に、来たまえ。」
そう言うと、ゲンドウは背を向けて退出する。

ミサトは、唇を噛んだ。

『人類は、【18番目の使徒】なんだよ。群体として長く生きてきたために…。』
戦闘中のシンジの言葉、あれを聞かれたからに相違ない。
自宅にノートパソコンを置いてきたことが、致命的な失態だった。

「日向君。悪いけど、あと、お願いね。」
そう言うと、ミサトは発令所を後にした。

機密事項の窃視と漏洩…処断されることは間違いない。
二度とここへ、戻ってくることはできないのではないだろうか。

ミサトは、覚悟を決めて、歩き始めた。


                                完