マナの誕生日
 
Aパート
 

「ねぇ、シンジ。今度は、あれ乗ろ!」
マナはシンジの腕を引っ張る。

シンジは、
「もう、かんべんしてよう。」
と言いながら、引きずられるようにしてついてゆく。

始業式を翌々日に控えた、4月のとある日曜日である。
シンジはマナにせがまれて、河口湖の近くの遊園地、富士急ハイランドにやってきていた。

マナがシンジを誘っているのは、かって世界最速を誇ったジェットコースター、「フジヤマ」だった。
ついさっき、連続2回宙返りのジェットコースター「ダブルループ」に乗ったばかりである。

結局、些細な抵抗が効を奏するわけでもなく、シンジはフジヤマの最前列の、マナの横の席に座らされていた。

「でも、どうしてマナは、こういったものが好きなの。」
カタカタカタという、斜面を登る音を聞きながら、シンジはマナに尋ねた。

「だって、体いっぱいにスリルを感じたとき、『生きてる』と実感するじゃない。」
マナは、うきうきとした様子で答えた。
「シンジはこういうの、好きじゃないの?」

「スリルねぇ・・・。エヴァに乗ってカタパルトで射出されるときの方が、
体にかかるGは大きいし、使徒と戦っているときの緊張感の方がずっと・・・。
のわぁ!!」

ジェットコースターはいきなり、下降に移っていた。

「きゃ〜〜〜っ♪♪」
マナは黄色い悲鳴を上げながらも、楽しそうに笑っていた。



「面白かったねぇ♪」
フジヤマから降りると、マナはシンジの腕を両手で抱えるようにして、そう言った。
シンジは、げっそりした顔をしている。

「ねぇ、今度は・・・。」
「もう、ジェットコースターは、いいよう。」
「ちがうわ、あれよ。」
マナが指差したのは、ティーカップだった。

シンジは、少しほっとした。
まぁ、あれくらいなら、大丈夫だろう。

そう思ったのが、間違いだった。
マナは、きゃっきゃと笑いながえら、思い切りハンドルを回すのだ。
二人が乗ったティーカップは、恐ろしい速さで回転していた。



「ひどいよ、マナぁ。」
シンジがこぼす。

ティーカップから、二人して降りてきたところだった。
シンジの足取りは、幾分ふらついている。
これだけ目が廻ったのは、アスカに無理やり弐号機に乗せられて、
太平洋艦隊の上を連続ジャンプして以来だった。

「う〜ん、ごめん、ごめん。
ちょっと、やりすぎちゃったね。
でも、シンジって意外に乗り物に弱いんだ。エヴァに乗ってたのに。」

「やっぱり、自分で操縦するものとは違うよ。
エヴァに自分で乗るときは、動きが予想できるけど。」
「ふうん、そうなんだ。」

「あ、軽蔑したな。」
「ううん、安心したんだよ。選ばれた『チルドレン』といっても、
結構普通の人なんだなって。」

「どぅせぼくは、とりえのない普通の男だよ。」
「すねないの! じゃ、最後はあれにしようよ。」

シンジは緊張した面持ちで、マナが指差す方向を振り返った。
それは、シャニングフラワーという、大観覧車だった。

『助かったぁ・・・。』
おもわずつぶやくシンジに、
「なんか、言った?」
と、マナが尋ねる。

「ううん、なんでもないよ。じゃあ、切符買ってくるよ。」



高さ50メートルの大観覧車で、シンジはようやくゆったりとすることができた。
「今日は、楽しかったね。」
「そうだね。」
やっと微笑んで、シンジは応えることができた。

「そうそう、来週の日曜日なんだけど。」
「あ、マナの誕生日だったよね!」

「うん。ママがね、みんなを連れていらっしゃいって。
誕生日パーティを開くからって。」
「そういや、マナのお母さんに会うの、初めてだな。」

「ママも、シンジに会うの、楽しみだって。それから、アスカさんにも。」
「アスカに? アスカのこと、どういうふうに言ってるの。」

「さぁ・・・。ただ、どんな子か、興味があるみたい。」
そう言いながら、マナはバッグの中をごそごそと探っている。

『け、けっこうマナは意地悪されたものなぁ、アスカには。
マナの伝え方にもよるけど、あまりいい印象をもたれていない筈だよなぁ。
でもまさか、母娘で仕返しするようなことはしないとは思うけど(汗)・・・。』
シンジが、そう思っていると、

「それでね、これが誕生日パーティの招待状。
アスカさんと綾波さんの分もあるから、シンジから渡しておいてくれる?」
そう言ってマナは、シンジ、アスカ、レイあての3通の招待状を手渡した。



「ふぅ〜、疲れたぁ。」
遊園地からミサトのマンションに帰ってくるなり、シンジは荷物を放り出すと、リビングの床に座り込んだ。

「なによ、だらしないわね。座るなら、ソファに座りなさいよ。」
アスカがリビングに入ってきて、両手を腰にあててそう言う。

「ああ、アスカ。ただいま。」
「ただいまじゃないわよ。
そんなところに座り込んでいたら、邪魔でしょうがないじゃないの。
どいて。
あたし、テレビ見るんだから。」

「あ、ごめん。」
シンジは荷物の側に移動して、アスカが通れるだけの場所をあけた。
「アスカも、来ればよかったのに。」

「ばっかじゃないの。
いい年齢(とし)して、遊園地なんか行くわけないじゃない!」

そう言いながら、アスカがつけたテレビで始まっているのは、
某ロボットアニメである。

メカのかっこよさよりも、主人公の少年をとりまくサブキャラの
3人の少女がそれぞれに魅力的で、ラブコメ的な要素が強いためか、
けっこう女の子に人気がある番組だった。

『いい年齢して、だなんて言いながら、見てるのはロボットアニメじゃないか。』
『マナに誘われたデートだとわかってて、なんであたしがついて行かなねればいけないのよ。ホント、ばかね!』

・・・どっちもどっちだろう。
まぁ、にぶいぶんだけ、シンジの方が分が悪い。

マナから誘われたとき、一緒に行かないかと、アスカにも、レイにも、
そしてカヲルにも声をかけてしまったシンジであった。

マナは当然、二人きりのデートのつもりであった。

アスカは、プライドが許さないからシンジの誘いを断った。

レイは『ごめんなさい、そういうの、好きじゃないから。』と断った。

カヲルは『う〜ん、残念だね。その日は予定があって・・・.』と逃げをうった。

断られて、よかったのだ。

マナは、シンジがみんなを誘い、そして断られたことを知らない。
もし誰かがついて来てしまっていたら、マナはきっとにこにこしながら、
シンジの足を思いきり踏んづけていただろう。

シンジは芦ノ湖のときは、もちろんデートだと認識していたが、
遊園地は、再会を祝ってみんなで行くものだと思い込んでいた。

そうではなかった。
マナにとって、遊園地は芦ノ湖のデートの延長線上にあった。
シンジとの、二人の時間を取り戻すためのものだった。

だからマナは、みんなとの再会を祝う機会は、別に設けようとしていた。



「そうだ、マナがアスカに、これを渡してくれって。」
シンジが、バッグの中から何かを取り出してアスカに渡す。

「何これ? (あいつが私に? 何を企んでるんだか) 」
アスカはいぶかりながらも中身を見る。

「誕生日パーティの招待状?
へぇ、あの子、四月生まれなんだ。
でも、なんでわざわざ、あたしに?」

「アスカだけじゃないよ。綾波の分ももらって来てるんだ。
今度の日曜だけど、アスカ、行くよね?」

「・・・まぁ、他のみんなも行くのならね。」
気はすすまないが、こういうものは格別の理由もなしに断れば、
あとあとの立場が不利になる、そうアスカはふんだ。

数日前に、ミサトのマンションでささやかながらマナの歓迎会を開いている。
今度のパーティは、そのお返しの意味もあるのだろう。

「じゃあ、綾波にも聞いておくよ。」

シンジがレイに同じように招待状を渡すと、レイは特に逡巡するでもなく、
ふたつ返事でOKした。



翌々日、4月6日は始業式だった。
シンジたちは、三年生に進級しての初日である。

当然、クラス替えがある。
何名かのクラスメイトが別のクラスに移り、替わりに何名かが新たなクラスメイトとなる。

シンジは、3年B組となった。ちなみに、シンジたちの学年はA組とB組の二つしかない。

レイも、アスカも、トウジも、ヒカリも同じB組となった。
カヲルも、2年生のときは隣の組だったが、今回は同じ組となった。
そして、マナもこの4月より、同じB組に組み入れられることになった。

それらは全て、廊下の掲示板に貼り出されていたことで知れた。

「やった! シンジ、同じクラスだよ。」
マナはシンジの両手を握って、はねるようにして叫んだ。

「あ、ちょっと、マナ・・・。 はは、よかったね。」
シンジは一瞬、周囲の目を気にしたが、あきらめて引き攣った笑いを浮かべた。

「まったく、このバカップルには羞恥心というものがないのかしらね。」
アスカは二人の後ろでそうつぶやく。
なんとなく、こめかみに静脈が浮き出ているようにも見える。

「おれだけ、A組かぁ。」
さらにその背後で、ケンスケがぼやく声が聞こえる。
「まぁ、そないに気ぃ落とすな。昼休みにでも、遊びに来たらええがな。」
トウジが、慰める様に言う。

そうしているうちに、チャイムが鳴ってそれぞれの教室に入ることになった。



「・・・今日から、みなさんは三年生となりました。最高学年という、自覚を持って・・・。」
老教師の、あまりありがたくない訓辞が長々と続く。

それがやっと終わり、学級委員の選出となった。

「それではまず、委員長の選出から行きましょう。誰か、立候補する人はいませんか。」
老教師が、そう尋ねるが、名乗り出る者はだれもいない。

「では、推薦でもかまいませんよ。」

すると、
「イインチョといえば、やっぱり洞木やろ。」
トウジが言う。

「洞木さんは、2年生のときも委員長をやっていましたね。
同じ人ばかりするのは、よくないでしょう。
誰か、ほかに・・・。」
そこで、ヒカリが手を挙げた。

「鈴原君が委員長をやってくれるなら、私が副委員長をやってもかまいません!」
「ちょ、ちょっと待てや!」
教室中が沸いた。

結局、そのまま投票となり、ヒカリの言うとおりに二人は選出された。

「イインチョ〜、あんまりやで。」
「委員長は、鈴原、あなたでしょ!」
また、教室が沸いた。

それにかまわず、ヒカリが言う。
「今まで、当番とか、掃除とか、サボった分は全部うめあわせてもらうわよ。
逃げられないわよ、鈴原。この私が副委員長でいるかぎり。」

「熱いぜ、お二人さん!」
だれかが、冷やかした。

「あ・・・!」
そのときになって、ヒカリは初めて自分のとった行動が、
他人から見てどう映るか、気がついた。

「いや、私はそんなつもりじゃ・・・。
ただ、鈴原一人でほうっておいたら、委員長としての自覚もないまま・・・。」
そう言うとヒカリは、真っ赤になって俯いた。

「いやいや、素晴らしいことだと思いますよ。」
老教師は微笑んで言った。
「洞木さん、鈴原君を助けて立派に委員長としての職務を全うさせてあげて下さい。」

「はい・・・。」
ヒカリは小さな声で答えた。

「いいなぁ。」
それを見て、マナがつぶやいた。

「なに、マナ、どうしたの。」
シンジは、聞きとがめて尋ねた。
天の配剤か、シンジはマナと隣り合わせの席となっていた。

「洞木さんと、鈴原君、ホントいいカップルよねぇ。」
「うん、そうだね。
(カップルというより、あれじゃおしかけ女房だよ(汗))」

「あんたたちも、ある意味、お似合いよねぇ。」
アスカが、前の席から二人を振り返って言う。
・・・アスカのこの席位置も、天の配剤か?

「あら、それってどいう意味かしら。」
マナが尋ねると、

「さぁ、どういう意味かしらね〜♪」
アスカはそっぽを向いて言った。

そんなアスカを、マナはいつになく険しい目で見つめていた。



放課後になった。
始業式の日は、昼までに終わる。

帰り支度をしているアスカに、マナは声をかけた。
「アスカさん、ちょっと。」

「あら、なによ。」
「さっきの言葉、どういう意味?」

「さっきの言葉って。」
「わたしとシンジが、『ある意味』お似合いとは、どういうことなの。」

「別に。言葉のままよ。
特に深い意味はないけど、それがどうしたっていうのよ。」

「わたしはともかく、シンジをバカにした様な発言は、許せないわ。」
そのときになってアスカは、マナがいつになく機嫌が悪いことに気付いた。

「な、なに怒ってるのよ。
あたしが、いつバカにしたっていうのよ。」

アスカは、少し焦った。
たしかに、二人の仲を嫉んでいくぶんからかう意味合いはあった。
『ある意味』というのも、多少の悪意は含んでいた。
だからといって、何もそんなに怒らなくても、という思いがあった。

「・・・そういう気はなかったのね。」
マナはつぶやく様に言った。

「当然よ!」

「マナ、いったいどうしたの。」
シンジが心配になって尋ねる。

「ううん、ごめんなさい。
アスカさん、わたしが勘違いしていたわ、ごめんなさいね。」

「い、いいけど。」
いきなり謝られて、アスカは今度は少しうろたえた。

さきほど、自分が言った言葉を反芻する。
なにか、マナの神経を逆撫でする様な単語でもあっただろうか。
・・・どうしてもわからなかった。

「なにを勘違いしたのかは知らないけど、思い込みで他人を罵るのは、
やめなさいね。」
とりあえず、そう言っておく。

「別に、マナは罵ってなんかいないとは思うけど。」
シンジがそう言うが、
「いいの。悪かったのはわたしなんだから。
アスカさん、本当にごめんなさい。
これに懲りずに、誕生日パーティ、来てくれるかな。」

「ま、まあいいわ。水に流しましょう。」
そう言いながら、アスカは胸の内で舌打ちしていた。
(結局、行くしかなくなっちゃったじゃないのよう)



「ねえ、マナ。」
マナといっしょに下校しながら、シンジは尋ねる。
「さっきのアスカの言葉の、なにが引っかかったの。」

「なんでもないの。気にしないで。」
マナは、つとめて明るく言った。

「ごめん、言いたくなければいいんだ。
ぼくに関係することなのかな、と思ったもんだから。」

「シンジには、直接関係はないんだ。
でも、シンジの名前を出しちゃったから、気になるのは当然よね。」
そう言うとマナは、しばらく黙り込んだ。

そうしているうちに、それぞれの家に帰る別れ道のところまで来てしまっていた。
ここで、さよならをしなければならない。

「それじゃ・・・。」
シンジが言いかけると、

「わたしね、年の離れた兄がいたんだ。」
マナが立ち止まって、不意に話し出した。

「十歳年上だったんだけどね、わたしが小学校6年生のときに、死んじゃったの。」
「マナ・・・。」

「あ、言っておくけど、シンジとは全然似てないからね。

わたしが不良たちに絡まれてるときに、助けに来てくれたんだけど、
そのうちの一人に刺された傷口から、ばい菌が入っちゃってね。

刺されて倒れている上から、ゴミバケツをかぶせられて・・・。
ひどい話でしょ?

そのときに、言われたの。
『おまえには、ゴミためが【お似合い】だ』って。
そいつ、笑ってたわ。」

「ひどい!!」

「警察が来て、そいつも含めて、みんな捕まったけど。
・・・兄は、助からなかった。
アスカさんの言葉で、そいつの言ったこと、思い出したのよ。」

『【お似合い】だってからかわれたことか。』

「アスカさんは、バカにするとか、全然そんなつもりがなかったのはわかってる。
でも、わたしの中では、これ以上ない侮蔑の言葉だったのよ。
情けないわよね、言葉そのものに反応するなんて・・・。」

「マナ・・・。」
「でも、わたしはもう、大丈夫。シンジも、気にしないで!」
「う、うん。」
「それじゃ、また明日。」
「そ、それじゃ。」

シンジがつられるようにして手を上げると、マナはにっこり笑って
力強く手をふり、そして走り去っていった。

マナ・・・。」
シンジはその後姿を見送りながら思った。

『まだまだ、ぼくの知らないマナがいる。』
そして、かぶりを振った。
『でも、それはぼくもおんなじだ。アスカだって、綾波だって・・・。』



そして、4月11日の日曜日__。
午前11時から、マナの家で誕生日パーティが開かれた。
シンジは、レイとアスカとともに、時間ぴったりにマナの家を訪問した。

マナの新居は、先日までマナがいたワンルームマンションのすぐ隣にある、
わりと広い立派な新築マンションである。

シンジたちも昨年秋に、レイを同居させることでより広いマンションに
引っ越していたが、そこからも1キロと離れていない。

「「「ごめんください。」」」

「やあ、いらっしゃい。」
「よく来てくれました。」
シンジたちが訪問すると、マナのお父さんとお母さんが出迎えてくれた。
二人とも、五十歳前後だろうか。

「娘がいつも、お世話になっています。」
お母さんの方から、頭を下げられてシンジは恐縮した。
「いえ、そんな・・・。」

「わぁ、みんな来てくれたんだ♪ ありがとう!」
マナが奥から出てきた。

「紹介するね。わたしのパパとママよ。
みんなのご両親と違って、少し老けてるけど。」

「本人たちの、目の前で言うかぁ!」
マナのお父さんが笑って言う。
頭に白いものが混じってはいるが、気は若いようだ。
「冗談だってば!」
少し緊張していた場が、一気に和む。

そこへ、
「ごめん下さい。」
カヲルがやってきた。

「本日は、お招きに預かり、光栄至極に・・・。」
優雅に一礼して言いかけるが、

「せっかく和んだ場を、壊すんじゃないの!」
アスカにこづかれて、止められる。

「いたた・・・何をするんだい、惣流さん。」

「おやおや、元気のいいお嬢さんだ。」
マナのお父さんは苦笑して言った。
「それでは、愛想なしで申し訳ないいんだが、私は出かけなければならない。
みなさんは、どうかゆっくりとしていってください。」

「お仕事ですか。」
シンジが声をかけると、
「ああ、すまないね。」

それからマナのお父さんは母娘の方を向くと、
「じゃあ、行ってくる。」
「「いってらっしゃい。」」
そして彼は、玄関を出て行った。

ほどなく、
「「「ごめんくださ〜い。」」」
ヒカリ、トウジ、ケンスケが入ってきて全員がそろい、パーティは始まった。

                                           つづく