絆 (オモテ)
 
- き ず な  レイ編 -
 

「ねえ、ファースト。あんた、明日ヒマ?」
弐号機パイロットが、わたしに声をかけてきた。
わたしはそのとき、天気がよかったので校内のベンチに腰掛けて本を読んでいた。

弐号機パイロットは、わたしの正面に立っている。
普通に話しても聞き取れるだけの距離にまで、近付いている。
その上、自分の影がわたしの本にかからないように、気を配ってもいた。

初対面のときとは、かなり接し方が違うと思った。
『ファースト』という呼び方は変わらないにしても。

わたしは、彼女と初めて出会ったときのことを、ふと思い出していた。



「ハロー、あなたが綾波レイね。」
いきなり、声をかけられた。

それが、弐号機パイロットとの最初の出会いでの、彼女の第一声だった。
振り向くと彼女は、一段高い植え込みの上に立ち、わたしを見下ろすようにしていた。

「プロトタイプのパイロットね。」
その物言いは、どこか人を蔑むような響きがある。
気がつくと、大勢の生徒が興味深げに私たちを見ていた。

わたしは、どうでもよくなって、読んでいた本に再び目を落とす。
その態度が気に入らなかったのか、彼女は少し声を大きくして言った。

「あたし、アスカ。
惣流・アスカ・ラングレー。エヴァ弐号機のパイロット。
仲良くしましょ。」

人を見下ろしておいて、『仲良くしましょ』もなにもあったものではないが、
特に彼女に関心があったわけではないので、
「どうして。」
と、聞くだけにしておいた。

「その方が都合がいいからよ。いろいろとね。」
彼女はそう言うが、別にわたしにとっては、都合のいことは何もない。

「命令があれば、そうするわ。」
「変わった子ねぇ。」
それっきり、彼女はわたしに興味をなくしたのか、ただ単にあきれたのか、
しばらく声をかけてくることはなかった。



次に弐号機パイロットに会ったのは、葛城一尉に連れられて、彼女のマンションに
行ったときだった。
第7使徒の再侵攻を阻止するための訓練を、碇君と弐号機パイロットの二人が
しているところだと聞いていた。

このときは、弐号機パイトットとは口をきいていない。
葛城一尉に命じられて、わたしが碇君と踊ってみせると、彼女はすぐにマンションを
飛びだしていったからだ。

「碇君、何してるの。追いかけて!
女の子、泣かせたのよ、責任取りなさいよ!」
洞木さんにそう言われて、碇君もマンションを飛び出していった。

そして、その日はもう、弐号機パイロットとも碇君とも会うことはなかった。

でも、洞木さんの言うことはおかしいと思った。

碇君は、なにも悪いことはしていない。
わたしが、碇君に合わせて踊ったことに原因があると思う。
碇君ももちろん、わたしに合わせようとしてくれたが、それは弐号機パイロットに
対しても同じだ。
わたしが碇君に合わせようとしなかったら、弐号機パイロットは傷つかなかった筈だ。
責めを負うとしたら,わたしの方だろう。
だけど、碇君に合わせて踊ることが、そんなにいけないことだろうか。

弐号機パイロットが飛び出していって、すぐに中断してしまったけれども、
わたしは実のところ、もう少し続けていたかった。

碇君は、わたしの動きをよく見ていてくれて、わたしがおかした小さなミスで、
タイミングがずれそうになったところを、うまく合わせてくれた。

また、碇君がステップを小さくとりすぎて二人の距離が広がりかけたとき、
今度はわたしが次のステップを加減してあげることで、もとの距離に戻せた。

お互いのことを気遣うことは、感じがよかった。
それを、楽しいというのだろうか。
わたしはヤシマ作戦のときに、碇君にそれを教えてもらったような気がする。

「これは作戦を変更して、レイと組んだほうがいいかもね。」
葛城一尉はそう言った。
わたしはもちろん、それでもよかった。
いや、そうしたかったような気がする。

結局は、弐号機パイロットが俄然やる気を出したことにより、碇君と呼吸が合うように
なり、訓練の成果によって使徒を殲滅させることに成功した。

大局的に見れば、それが一番望ましい結果だったのだろう。
あの独断専行を絵に描いたような弐号機パイロットが、作戦にもとづいたチームプレイ
ができるようになったのだから。
使徒を殲滅させることは、楽なことではない。
今後も、わたしたちはチームプレイを続けていかなくてはならなくなるだろうから、
自分勝手なことをいう者がメンバーの中にいては、支障をきたすだろう。
弐号機パイロットが作戦行動を優先させるようになったことは、とてもいいことだ。

それなのに、わたしは一方で、なにかとても残念な気がした。
どうしてだろう・・・。



それに、弐号機パイロットの性格は、完全に変わったわけではなかった。
浅間山の火口の第8使徒を捕獲しようとしたときも、最初は自分から進んでやると
言っていたのに、耐熱スーツを着たとたんに、やっぱりやめると言い出した。

「では、わたしが弐号機で出るわ。」
わたしが小さく手をあげて言うと、

「あんたには、あたしの弐号機に触ってほしくはないの!
悪いけど、ファーストが出るくらいなら、あたしが行くわ。」

なに、この人は?
なんのために、この人は、エヴァに乗ってるの。
『かっこいい』自分の存在をアピールするため?

そんな気持ちでエヴァに乗っていると、いつか命を落とすのではないかしら。
わたしは、そう思った。

事実、このときは「熱膨張」を利用して使徒の殲滅に成功したものの、
使徒との戦いで命綱が切れた弐号機は、火口の中に落ちかけた。
碇君が耐熱装備のない初号機で、火口に飛び込んで弐号機を救ったけれども、
そうしなければ助からないところだった。



ただ、それだけの人間だったら、だれも弐号機パイロットのことを相手にしなく
なっただろう。
でも、たしかに自己顕示欲は強い面はあったが、意外に彼女はクラスでも人気が
あった。
そのみてくれで男子生徒に人気があったばかりでなく、女子生徒の評判も悪くは
なかった。

「あんたも、もう少し社交性があればねぇ。」
弐号機パイロットが、わたしにそう言ったことがある。
それは、本部からシンクロテストの呼び出しがあったことを、彼女がわたしに伝えに
きたときだった。

二人で校舎の中を、碇君を探して歩き回っているときに、彼女はそう言った。

「社交性?」
わたしが聞き返すと、

「そう、社交性。あんた、ほとんど人としゃべらないでしょ。」
「・・・必要ないもの。」

「あんたにとってはそうかも知れないけど、あんた確実に損しているわよ。
『自分自身』を発信しないと、余計な誤解を招くだけだしね。
ま、あたしには関係ないことなんだけどね。」

「・・・・・・・・・。」
そうなのだろうか。

たしかに、彼女はだれに対しても分け隔てなく話しをする。
それに、身内以外には自分の学歴を決してひけらかしたりもしない。
そのせいか、彼女のまわりにはたしかに人がよく集っていた。
クオーターであることが、もの珍しいこともあるのだろうけど・・・。

でも、わずらわしくはないのだろうか。
ふとそう思い、わたしにしては珍しく、彼女にそのことを尋ねてみようと思った。

だが、
「あ、シンジ! ずいぶん探したわよ。」
弐号機パイロットは図書室を出てきた碇君を見つけ、わたしが言葉にする前に
彼に向かって叫んでいた。

「え、なに?」
きょとんとする碇君に、
「なに、じゃないわよ! シンクロテストの召集よ。さっさといくわよ。」
そう言って、その日の彼女との会話はそれで終わってしまった。



社交性のことは、よくわからない。
わかろうとも、思わない。
だけど、弐号機パイロットが、嫌っている筈のわたしに対して、なにかと声をかける
ようになってきたのは、確かだ。

進んで会話をしようとしているのではないらしい。
ただ、同じエヴァのパイロットとして、一緒に行動しようとしているだけのことかも
知れない。
それでも、放課後にシンクロテストなどで本部に行くときは、
「行くわよ。」
と、必ずわたしに声をかける。
登校時も、通学路の途中で待ち合わせて、三人で行動しようと言い出した。

『やっぱり、その方が都合がいい』と思うようになったのだろうか。



その日もわたしは、碇君と二号機パイロットの三人で学校に登校する途中だった。

「綾波、今日の進路相談の面接のこと、だれかに言った?」
道すがら、碇君は私にきいてきた。

「言ったわ。」
「だれに?」
「赤木博士。いちおう、保護者だもの。」
「そうなんだ。」

しばし、間をおいてから碇君はまた言う。
「で、リツコさんは何て言ってたの。」

「別に。 
『私は行けないけど、あなたの進路のことは気にすることはないわ。
 先生とは、ちゃんと話がしてあるから。』と言ってたわ。」

「そうか・・・。」
それっきり、碇君は黙り込んでしまった。

「碇君は、だれかに言ったの。」
わたしが尋ねると、
「う、うん・・・。」
そう言っていたが、
「やっぱりぼく、父さんに電話してくるよ。悪いけど、ちょと待ってて。」

「早くしなさいよ。」
弐号機パイロットにそう言われて、碇君はタバコ屋の公衆電話に走り寄った。

「あんたたち、仲いいわねぇ。」
碇君を待っている間、弐号機パイロットはおもしろくなさそうに言った。

「そうかしら。」
「シンジが何か相談するときは、いつもあんたにしているみたいだし。」

「そうでもないわ。」
話題によると、思う。
今日のような話を弐号機パイロットにすれば、即座に『あんた馬鹿ぁ?』と
言われるだけだもの。

「でも、シンジはあんたに気があるみたいよ。
この間も、室内プールであんたのこと、じっと見てたしね。」

「そう?」
そうなんだ。少し、うれしい気がする。弐号機パイロットが来てからというものの、
碇君は彼女の方ばかり向いているような気がしていた。

「はぁーあ、つまんない奴。」
彼女は、ため息をついた。

「どうして。」
「ちっとは、恥ずかしがるか、喜ぶかしたらどうなのよ!」
わたしの想いは、表情に出なかったようだ。彼女に気づかれずに済んだ。
なぜか、ほっとした気分になる。

そこへ碇君が、がっくりと肩を落として戻ってきた。
どうやら、碇司令とは、うまく話せなかったらしい。

「それは司令、本当に忙しかっただけじゃないの?」
「そうかなぁ、途中で切ったというよりは、なにか故障した感じだたんだけど・・・。」
「もう、男のくせに。いちいち細かいこと気にすんのやめたら?」



結局、ネルフは何者かの工作により、主・副・非常用すべての電源が落とされて
いたのだった。
わたしたちは、ともかく本部に向かおうということになった。

また、弐号機パイロットがしゃしゃり出て言った。
「当然、あたしがリーダーね。」

だけど彼女の選ぶ道はことごとく外れ、いつまでたっても本部にたどり着けない。
その上、第9使徒が侵攻してきていることがわかった。
もう、一刻も猶予すべきではない状況だった。

「こっちよ。」
みかねたわたしは、先頭に立って歩いた。

とたんに、弐号機パイロットは機嫌が悪くなる。
仕方なく、わたしについてきたが、

「あんた司令のお気に入りなんですってね。
やっぱり、可愛がられている優等生は違うわね。」
などと言い始めた。

「こんなときに、やめようよ。」
碇君は、そう言ってくれた。

弐号機パイロットは、わたしと碇君を交互に見ると、
「ふうん、そういうこと。」
とげのある声で言った。

「シンジは、この子の味方をするんだ。
優等生をかばうことで、パパにも気に入られようという魂胆かしらね。」

バシッ!

気がつくと、わたしは弐号機パイロットの頬をはたいていた。

「綾波!」
「な、なにすんのよ!」

「わたしに何を言ってもかまわない。
でも、碇君にそういうこと言うのは、許せない。」
「綾波・・・。」

わたしは、弐号機パイロットをにらみつけた。
彼女は頬を押さえたまま、わたしをにらみ返していたが、
やがてふっと表情が緩んだ。
「そう、悪かったわね。」

「いいえ。・・・行きましょう。」
そう言うと、わたしはまた歩き始めた。
使徒が来ているのだ。無駄に時間をつぶしている余裕はなかった。



なんとか本部には着いたものの、それからがまた大変だった。
人力でエントリープラグを挿入し、エヴァでリフトをよじ登っての出撃となった。
だが、使徒はリフトの真上で待ち構えており、溶解液をしたたらせてきた。
そのおかげでパレットライフルをリフト孔の底に落としてしまう。

横穴に退避して溶解液を避けながら、3人で対応を打合わせることにした。
「作戦はあるわ。」
弐号機パイロットが言う。

「ここに留まる機体がデフェンス。A.T.フィールドを中和しつつ、
奴の溶解液からオフェンスを守る。バックアップは下降。
落ちたライフルを回収し、オフェンスに渡す。
そしてオフェンスはライフル一斉射にて目標を破壊。
これでいいわね。」

「いいわ。デフェンスはわたしが・・・。」
わたしがそう言いかけたが、弐号機パイロットに遮られた。
「おあいにく様。あたしがやるわ。」

「そんな! 危ないよ。」
碇君が言うが、
「だからなのよ。あんたにこの前の借りを返しとかないと気持ちが悪いからね。」
弐号機パイロットが言うのは、碇君に命を助けられた浅間山でのことだろう。

「シンジがオフェンス、優等生がバックアップ。いいわね。」
「・・・わかったわ。」 「う、うん。」

わたしは、少し弐号機パイロットを見直していた。

さきほどの件がある。
たとえ、自分に非があるとわかったとしても、そうそう割りきれるものではない。
とくにプライドの高い弐号機パイロットの場合、わたしに叩かれたということは、
しこりとして相当長く残るのではないかと思う。
そういう自分を抑えて、彼女は冷静に戦況を分析していた。

そして、彼女が決めた役割分担。
この場合、最も華々しいのはやはりオフェンスだろう。
だが彼女はその役をあっさりと捨て、最も危険なデフェンスを選んだ。
『借りを返す』
耳にすれば、それもただの恰好つけに聞こえるが、実際にやるとなると並大抵の
ことではない。

そこまで、チームのために自分をころすことができるのだ、彼女は。
わたしは前回の使徒戦の頃に抱いた彼女への先入観を、あらためることにした。

第9使徒との戦いは、弐号機パイロットの作戦どおりにことは進み、
初号機によるパレットライフルの一連射で、使徒を殲滅することができた。

その後、三人で夜景を見ようと碇君が提案した。
弐号機パイロットは「いいわよ。」と言い、わたしも付き合うことにした。
夕闇がしだいに濃くなる中、土手の上から眺めていると、街の灯がぽつりぽつりと
増えていくのが見える。
弐号機パイロットは、珍しく穏やかな顔でそれを眺めていた。



それから、数日後___。

「ねえ、ファースト。あんた、明日ヒマ?」
弐号機パイロットが、わたしに声をかけてきた。
わたしはそのとき、天気がよかったので校内のベンチに腰掛けて本を読んでいた。

弐号機パイロットは、わたしの正面に立っている。
普通に話しても聞き取れるだけの距離にまで、近付いている。
その上、自分の影がわたしの本にかからないように、気を配ってもいた。

初対面のときとは、かなり接し方が違うと思った。

「夕方空いているなら、ちょっとウチに来てほしいんだけど。」
「どうして?」

「ミサトの昇進祝いということで、パーティをやるのよ。
あの軍事オタクが言い出したことでね、あの三バカがそろうことになるんだけど、
あいつらと馬鹿騒ぎをするのは真っ平だし、あまりに女ッ気が少ないからね。
ヒカリにも声をかけたけど、できればあんたにも来てもらいたいのよ。」

わたしは考えた。
夕方なら、時間的には行けなくもない。
でも、明日は夜から、ダミープラグの実験があるのだった。
事前に飲食はあまりしない方がいいし、パーティが長引いた場合は、出発の準備が
忙しくなる。

「わたし、行かない。」
しばらくしてから、そう答えると、

「やっぱりね。
いいわ、無理に薦めるつもりもなかったし、正直、期待もしていなかったから。」
そう言って、彼女は去っていった。

しばらくそこで本を読み続けていると、今度は碇君がやってきた。
「あ、あのさ。綾波。」
「なに?」

「アスカから聞いたと思うけど、明日、ミサトさんの昇進祝いパーティなんだ。
な、なんとか都合をつけて、来てくれないかな。
チルドレンみんなで、祝ってあげようよ。」
そう言う碇君の顔は、なぜか赤かった。

「・・・ごめんなさい。わたし、行けないの。」
わたしがそう言うと、

「そ、そうなんだ。」
碇君は、本当に残念そうだった。

わたしには、なんとなくわかった。
これは、弐号機パイロットの差し金だと。
たぶん碇君が誘いに行けば、わたしが喜ぶとでも言ったのではないだろうか。
わたしの気が変わって、パーティに参加するのではないかと。

碇君が誘いに来てくれたのは、たしかに嬉しかったが、
もともとわたしは、パーティのような賑やかな雰囲気は馴染まない。
碇君には悪いが、気持ちが変わるということはなかった。



そして、パーティの翌日__。
第10使徒が、やってきた。

衛星軌道上から、体の一部を爆弾がわりに投下して位置を確認した上で、
本体はネルフ本部を目指して落下しようとしているとのことだった。

「えーっ!? 手で受け止める?」
葛城一尉・・・いえ、葛城三佐から作戦を聞いたときの、弐号機パイロットの第一声
がそれだった。

「作戦といえるの!? これが!?」
そうも言った。
先日の第9使徒との戦いで、彼女が適切に役割とその行動を決めたことの方が、
よほど作戦らしかった。

「ホント、いえないわね。だからイヤなら辞退できるわ。」
だれも辞退はしなかった。

「すまないわね。終わったら、みんなにステーキご奢るから。」
葛城三佐はそう言ったが、わたしは肉がきらいだからと、断った。

3体のエヴァで、第3新東京を大きく囲む様な配置につく。
問題は、誰が真っ先に使徒の落下地点に到達するか、そして
使徒を受け止めてから、他の2人が合流するまで支えきれるかどうかだった。



わたしは零号機に乗って、閑散とした山の麓で待機していた。
そこへ、同じ様に町外れで待機している弐号機パイロットから通信が入った。

「これで最後かも知れないから、言っとくけど・・・。」
と、彼女は言った。

「もし、『奇跡』が起きてみんな助かったら、あんたも食事会に行くのよ。」
「わたしは・・・。」
「わかってるって。肉がきらいだっていうんでしょ。」

「綾波が、好きなものにするからさ、何だったら食べられるか、教えてよ。」
そう言ってくれたのは、碇君だ。

「うるさいわね、バカシンジ! 横から口出すんじゃないわよ。」
「・・・ごめん。」

「まあ、シンジの言うとおりなんだけどね。」
弐号機パイロットは少し口惜しそうに言った。
どうやら、自分が言いたかったことを、碇君に先に言われたらしい。

「ミサトの財布の中身も検討がつくしさ、『生きてる』ことを実感するには、
日頃食べなれたものの方がいいんじゃないかと思って。
ファースト、あんたが普段食べてるもので、『美味しい』って思うものは
ないの。あたしたち、それに合わせるからさ。」

「あ、ありがとう。でも・・・。」

わたしは、困ってしまっていた。
無意識に口をついて出た、感謝の言葉にも戸惑ったが、
それ以上に、いきなり好きな食べ物をたずねられて、即答できないでいた。

きらいなものは、はっきりしている。
肉、魚・・・いずれも、血の味がするものはきらいだ。
動物性蛋白質では、卵くらいしか残らない。
それ以外では、植物性蛋白質か、炭水化物しかないだろう。

「ぼくたちに、遠慮することなんかないよ。好きなものを言ってよ。」
「え、ええ・・・。」

外食するもの、できれば、炭水化物__たいしたものはない。
「ラーメンだったら・・・。」
頭に浮かんだものを、ろくに考えもせずに、口にしてしまっていた。

「ラーメンなら、いいのね?」
「ええ。」
肯定するしかなかった。

「きまりね。あんた、けっこう庶民的なものが好きなんだ。
でも、生き延びた後、ってのはそういうものの方がいいかもね。
ミサトも、出費がかさまなくて喜ぶだろうし。」

「あ、綾波。うれしいよ、楽しみにしてるよ。」
「シンジも、言うようになったじゃない。」

「どうして。」
わたしは、つい聞いてしまう。

「なによ?」
「どうして、わざわざ、わたしに合わせてくれるの。」

「それは・・・。」
「ぼくたち、仲間だからだよ。」
弐号機パイロットがなにか言う前に、碇君がそう言った。
碇君の物言いは、なにかやさしい。

「むぅぅぅ・・・。」
またしても碇君に先を越されて、彼女は少し不機嫌そうな顔をした。

「大丈夫、きっとうまくいくよ。
そして、無事に終わったら、みんなでそれを喜びあおうよ。
ぼくたちは、同じエヴァのパイロットだし、チームなんだからさ。」

「仲間・・・チーム?」
わたしが繰言のようにつぶやくと、

「そうよ!」
弐号機パイロットは力強くうなずいた。
「だから、付き合うのよ。戦うときはもちろん、勝利を喜ぶときもね。」

「そう、わかったわ。」
そのまま、わたしたちは葛城三佐の作戦開始の合図を待った。



ともに戦い、ともに勝利を喜び合う・・・それがエヴァのパイロットとしての、
絆なのだろう。
だから、弐号機パイロットは、わたしのことを気にかけるようになったのか?

そのとき、わたしは微笑んでいたかも知れない。

だが、二人との通信は既に終わっており、それを指摘されるとこもなかったし、
わたしには確かめるすべがなかった。
ただ、胸の中に温かいものが広がるのを感じていた。



「エヴァ全機、スタート位置。」
葛城三佐の声とともに、わたしの零号機はスターティングポーズをとる。
今このとき、他の二人も同じ姿勢、同じ思いでそのときを待っているのだろう。

「使徒接近、距離およそ2万!」
青葉二尉の報告があり、
「では、作戦開始。」
葛城三佐がそう告げた。

ここから先は、全てわたしたちにまかされている。

「行くよ。」
碇君の声に、わたしは頷く。弐号機パイロットもたぶん、そうしているだろう。

外聞電源コンセントが切り離され、内部電源に切り替わる。

「スタート!」
碇君の合図とともに、わたしは走り出した。

土煙をあげ、送電線を飛び越え、エヴァは走る。
何を守るために?
それは、わからない。

わたし自身は、無に帰ってもいいと思っている。
いや、思っていた。
今はちがうのか、それすらわからない。

今はただ、目標に向かって走るだけだ。
迫り来る使徒が、肉眼ではっきり見える。

「距離、1万2千!」
青葉二尉の声。

落下地点がわかった。
町外れの、小高い丘だ。
碇君の初号機が、一番近い。
初号機の到達は、余裕で間に合うだろう。

だが、わたしたちの到達まで、初号機は使徒を支え続けなければならないのだ。
今、碇君の初号機が、使徒の落下地点に到達していた。

両手を高くかざし、使徒を受け止めようとしている。
巨大な質量が急速に接近することによる、衝撃波が初号機を襲っている。

『急がなければ!』
わたしは、自分に言い聞かせる。
初号機1体では、到底ささえきれまい。
間に合わなければ、わたしたちの絆も、人類の未来もそれで終わりだ。

「フィールド全開!!」
使徒を受けとめた、碇君の叫びが聞こえる。

『間に合って!』
走りながら、わたしは祈るように思った。
__無事に終わったら、みんなでそれを喜びあおうよ__。
ついさっきの、碇君の言葉。
切に、そうしたいと思った。



わたしの零号機は、碇君の初号機のもとに、ようやくたどりつこうとしていた。
初号機の足は地にめり込み、腕は折れそうになっている。
もう、いくらも持ちそうにはない。

初号機を挟んで向こう側から、弐号機が駆け寄ってきているのが見えた。
なんとか、間に合うだろうか。

「弐号機、フィールド全開!」
余計なことと知りつつ、つい言ってしまう。

「やってるわよ!」
弐号機パイロットが、怒鳴り返してくる。

わたしたち二人は、ほぼ同時に初号機のそばに到着した。
使徒を支えていたエヴァの腕が、2本から6本に増える。

「綾波、アスカ・・・。」
スピーカーから、碇君の声が聞こえる。
その声は、わたしには微笑んでいるように感じられた。