「希望」と「願い」 _破_
- 今を、生きる! -
朝_。
物憂げな光の中で、シンジは目覚めた。
傍らのカーテンからこぼれる日差しが、やけにまぶしい。
「窓…?」
自分の部屋には、窓なんてなかった筈だ。
ベッドから身を起こすと同時に、シンジは全てを思い出した。
「…綾波の部屋だ。」
隣で身を寄せ合う様にしていた、レイの姿はない。
「ぼくは…。」
自己嫌悪と、後悔の念が身を包む。
最初は、傷心と孤独から逃れるため、温もりだけをを求めた。
だが、レイがそれに応えてくれるのに甘えて、最後には彼女から全てを奪ってしまった。
「最低だ。」
吐き捨てる様に、そうつぶやく。
アコーディオンカーテンが開く音がしたかと思うと、バスタオル一枚のレイが部屋に
入ってきた。
「綾波…。」
あわてて、目をそらす。
「おはよう。目がさめた?」
こともなげにレイは言う。
そして、そのままの姿で、チェストの一番下の引き出しから真新しいバスタオルを取り出す。
「碇君も、シャワーを浴びてきたら?」
自分も全裸であることに、シンジはあらためて気づく。
「綾波、その…。」
かぶりをふり、混乱しながらもシンジは言う。
「なに?」
「その… ごめん!」
「なにが?」
「君を、傷付けてしまって。 大切なものを、奪ってしまって。」
やっとそれだけを言った。
「なんでもないわ。」
そう言いながら、レイはシンジがひどく萎縮していることに気づいた。
だから、こう付け加えた。
「いえ、わたしはむしろ、うれしかった。」
「綾波…。」
「シンジ君…。戻ってこないつもりなの?」
ミサトはその頃、主のいないシンジの部屋の前で、そうつぶやいていた。
保安諜報部とは、さきほど連絡をとった。
だから、シンジがレイのところにいるのは知っている。
ある意味では、安心できる状況ではあった。
たとえば夜の盛り場をうろついて、トラブルに巻き込まれる様なことはないわけだから。
だが、
『渚カヲルの次は、綾波レイなの?』
そう、思わざるを得ない。
シンジは、保護者としてのミサトを見限ったのだ。
作戦部長、すなわち上司としてのミサトと、保護者あるいは家族としてのミサト_。
少し前までは、なんとかそれぞれの役割を演じきれてこれた。
だが、アスカが精神的ダメージを受けて戦列を離れて以来、自分は確実に二役をこなすことが
できないでいる。
傷つきやすい年頃の少年が、その心の拠りどころとして選んだのが同い年の少年少女であった。
ミサトは自分自身に、言い知れぬふがいなさを感じた。
「レイに、何をした?」
独房の中で、ゲンドウはリツコに問う。
リツコは前回と同じく、顔を伏せて座ったたままゲンドウの方を見ようともしない。
「レイはフィフスを追う必要はなかった。初号機の追撃だけで、すべて片がついた筈だ。
そして、シンジは今、レイの元にいるという。 なぜだ?」
「レイが、自分の判断でしたことですわ。」
リツコは、小気味よさそうな笑みを浮かべて応えた。
「レイについては、わたしは何も関与しておりません。
レイは、独自の人格をもって、みずからの判断で行動しています。」
「それは、本来のレイの役割ではない。」
「人の心は、そうそうあなたの思う様には動かせないということですわ。
最初、いやがるシンジ君をエヴァに乗せるために、あなたは傷付いたレイを利用しました。
その目論見はうまくいきましたが、今のレイは、あなたの人形ではありません。
二人目のレイに、人の心を与えたのはシンジ君です。
そしてその強い想いが、今の三人目にも受け継がれているのです。
…レイを気遣った、シンジ君に対して今、レイが応えようとしている。
そして、その種を蒔いたのは、まぎれもなくあなた自身なのですよ。」
「私が…。この私自身が、補完計画の発動を不完全なものにしてしまっていると?」
「あるいは、このまま発動せずに、全てが終わるかも知れません。
それもまた、いいではありませんか。
自分の希望を実現させるために、子供たちの『今』を奪う権利はないでしょう。」
「とんだ、道化だな。」
「ええ、あなたも…そしてわたしも…。」
「………。」
ゲンドウは、しばし沈黙した。
サングラスの奥の、その表情は見えなかったが、やがて静かに口を開いた。
「現時刻をもって、君の拘束を解く。職務に戻りたまえ。」
「碇司令…。」
「勘違いするな。私は、補完計画をあきらめた訳ではない。
それに、すぐに忙しくなるだろうからな。」
「承知しています。」
「ぼくは、ここにいていいの?」
シンジの問いに、レイは頷く。
「碇君が、それを望むならば。」
「め、迷惑じゃないかな。」
「わたしは、かまわない。いえ、違うわ…。いてくれた方が、嬉しい。」
こうして、シンジはレイの部屋に居座り続けることになった。
そして、夜には一つのベッドを共用し、再び互いの温もりを求め合うのだった。
翌朝の昼前_。
レイに対して、ネルフから呼び出しのコールが入った。
ベッドから起き上がり、シーツを身に包んだまま、チェストの上の携帯をとる。
「何?」
シンジは眠そうな声で、ベッドに横たわったままレイに尋ねた。
「本部からの呼び出し。」
レイはメッセージを確認すると、携帯をたたんで再びチェストの上に置いた。
「行くんだね?」
シンジの問いかけに、レイは黙ったまま、首を横にふる
「いいの?」
「たいした用事では、なさそうだもの。」
「え、そうなの。」
「もう、使徒が来ることはないわ。
敵が来なければ、わたしたちがエヴァに乗る意味はないもの。だから、いいの。」
「じゃあさ、これから二人で、買い物に行かない?
いろいろと、買いたいものがあるし、それに、ちょっとお腹も空いたし。」
「そうね。」
レイは、軽い笑みを浮かべて頷いた。
『あ…。』
シンジは少し驚いた。
『こんな顔も、できるんだ…。』
いつの間にか、こんなにも惹かれている…それを自覚しているもう一人の自分がいた。
「レイが呼びかけに応じないですって?」
リツコが、マヤに尋ねる。
「ええ…。」
「シンジ君をレイに近づけさせたこと、裏目に出たのかしら。
まずいわね。メンテナンスしなきゃいけない時期なのに。」
「そうなんですか。」
「ええ、わたしを拘束中に、司令はやってくれてなかったみたいだし。
そろそろ、レイを構成するA.T.フィールドが弱まってくるわ。」
「もう一度、呼び出してみましょうか。」
「ええ、お願い。」
再び、レイの携帯が鳴る。
だが、それはチェストに置去りにされたまま、部屋に二人の姿はなかった。
駅前の商店街_。
この一帯は山に近いため、前回の使徒戦の爆発の影響を受けていない。
ひととおりの買い物を済ませると、シンジとレイは駅の向かいのビルにある、
ファミリーレストランに入った。
「綾波は、何にする?」
メニューを見せて、シンジは尋ねる。
「わたしは、いいの。碇君、好きなものを選んで。」
「どうしたの。」
「なんだか、食欲がなくて。」
「そんなこと言わずにさ、何かたのみなよ。それとも、どこか具合が悪いの?」
レイはかぶりをふると、少し考え、野菜サンドを選んだ。
シンジはハンバーグランチをたのむ。
運ばれてきた料理を口にしながら、二人は窓の外を眺めた。
窓から見える景色は、その三分の一が倒壊した第3新東京の町並みと、その向こうにある
「広大」な芦ノ湖である。
いずれも使徒戦での零号機の自爆によってもたらされたものだった。
それでも、陽の光を受けてきらきらと輝く芦ノ湖の水面(みなも)は美しかった。
「これだけ被害を受けても、まだ街を捨てない人たちがいるんだよね。
買い物ができる程度には、お店も残っているし。」
シンジが、つぶやく様に言う。
「他の街にくらべて、まだ裕福だから。
使徒迎撃のために作られたこの街は、セカンドインパクト前の生活水準が保障されていると
聞いたことがあるわ。」
「でも、子供の数は最近の疎開で、めっきり減ったね。」
「仕方ないわ。子供たちには、生活水準より身の安全が優先されるもの。」
「そういえば、さっき綾波は、『もう使徒は来ない』と言ったよね。」
「ええ、…そう聞いているわ。」
「だったら、疎開していた人たちも、戻ってくるのかな。」
「それは…。」
そのとき、窓の外から甲高い音がして、レイの言葉をかき消した。
見ると戦闘機らしきものが、超低空で飛び去っていくのが見えた。
続いて、窓がびりびりと震える。
「なんだろう。」
「偵察機…。」
「え?」
シンジがレイに聞き返すのと同時に、シンジの携帯が鳴った。
「はい?」
携帯を耳に当てると、ミサトからだった。
「シンジ君、今どこにいるの。」
「駅前の、ファミレスですけど。」
「レイもそこにいるわね?」
「ええ…。」
「よかった。 非常召集よ、二人とも、すぐに本部に来てちょうだい!」
ミサトの、有無を言わさぬ緊迫した声が聞こえた。
二人が本部に到着すると、すぐにプラグスーツに着替えて戦闘待機をしろとのことだった。
「一体、何があったんですか。」
尋ねるシンジに、
「MAGIがハッキングを受けているのよ。」
ミサトが手短かに状況を説明する。
「今、リツコがその対応をしているわ。ぎりぎりのところで、何とかなるとは思うけど、
これだけで済むとは思えない。
情報戦の次は、必ず武力に訴えてくると思うわ。
一個大隊が接近中だし、連中の偵察機はわざわざ市街に超接近して、こちらに防空体制が
整っていないことを確かめてきたもの。」
「連中って…。」
「戦自の連中よ。狙いは、MAGIと、残る2体のエヴァよ。」
「そんな、使徒はもう来ないっていうのに、人間どうしが戦うなんて!」
「ともかく、シンジ君は初号機で待機。
レイは、弐号機に乗って。伊吹二尉が今、パーソナルデータの書き換えを試みているわ。」
「はい。」
「了解…。」
シンジとレイは、発令所を出ようと歩きかけた。
そのときだった。
レイが、ふらりと倒れかけ、膝をついた。
「綾波!?」
「レイ! どうしたの、レイ!」
レイは悪寒に身を震わせ、意識が混濁しているのか、二人の呼びかけには応じなかった。
レイは、アスカの隣の病室に運び込まれた。
とりあえず、マヤがレイの容態を診た。
「どうなんです、綾波の具合は?」
シンジがおろおろした様子で尋ねる。
マヤはかぶりをふって、
「わたしには、わからないわ。
ただ、先輩は何かの処置をしなければいけない時期だと言っていた。
そうしないと、レイを構成するA.T.フィールドが弱まるのだとか。」
「A.T.フィールドが弱まると、どうなるの?」
傍らから、ミサトが尋ねる。
「…ヒトの形を、維持できなくなります。」
「そんな!」
シンジは絶句した。
「お願いです、綾波を助けてください!」
「それができるのは、先輩…赤木博士か、碇司令だけなの。
もうすぐ、赤木博士のハッキング対応が終わるわ。
そうしたら、すぐに診てもらいましょう。
もう少しだけ、待ってちょうだい。」
「ぼくは、待てません! 父さんがなんとかできるのなら、父さんに頼んできます!」
そういうと、シンジは駆け出していた。
「あ、ちょっと! シンジ君!!」
ミサトの制止も聞かずに、シンジは総司令室に向かって走り続けた。
「…戦闘待機はどうした?」
総司令室の椅子に座ったままゲンドウは、目の前で荒い息をついているシンジに尋ねた。
「父さん、綾波を助けてよ!」
「レイが大事か?」
「あたりまえだろ!」
「だったら、葛城三佐の命令に従え。」
「綾波を助けてくれるまでは、嫌だ!」
「この事態を招いた、責任の一端は、おまえにもある。」
「え? 今、なんて…。」
ゲンドウは椅子から立ち上がると、手袋を脱ぎ始めた。
そして、言う。
「もともと、レイは定期メンテナンスを受けなければならない時期にあった。
それが、フィフスとの一件、さらにおまえが絡んだことで、メンテナンスを受ける機会を
逸してしまったのだ。
加えて、生身の体でドグマを降下したことにより、許容値を超えるA.T.フィールドを
展開したため、予想以上に崩壊の時期が早まってしまった…。」
「な、なんだよ。 メンテナンスとか、崩壊とか、綾波のことをまるで…。」
「ヒトだ。」
「え?」
「『ヒトの形をしたモノ』ではない。 私にとって、レイはまちがいなく、ヒトだ。
心配するな、レイの崩壊は、私が間違いなく止める。」
そう言うとゲンドウは、手袋を机の上に置き、シンジの傍らを通り過ぎた。
「おまえは、葛城三佐の命令に従って、戦自の介入を阻止しろ。
レイのことは、私にまかせろ。」
振り向きもせず、ゲンドウは総司令室を出て行った。
「父さん…。」
シンジはつぶやくと、両手のこぶしを握り締めた。
そして、小さく頷き、初号機のケージに向かった。
「リツコ!」
その頃、レイの病室にリツコが到着していた。
「話は聞いたわ、ミサト。」
「作業は終わったんですか。」
マヤが尋ねる。
「ええ、MAGIにBダナン型防壁を施したわ。これで、しばらくはもつでしょう。
…レイの治療に入るわ。二人とも、外してくれる?
あなたたち、やらなければならないことがあるでしょう。」
「そ、そうね。じゃあ、後はお願いするわ。行きましょう。」
「はい。 先輩、よろしくお願いします。」
ミサトとマヤが病室を出て行くのを見送ると、リツコはレイに向き直った。
「では、まずは応急処置ね。」
用意した注射を、レイの腕に打つ。
レイの荒い呼吸が治まり、虚ろな目でリツコを見上げる。
「気がついた?
もうすぐ、碇司令がここに来るわ。何をするつもりなのかは、判っているでしょう。」
レイは小さく頷く。
「そうしたらもう、あなたは綾波レイではなくなる。
シンジ君とはもう、会えなくなるわ。それでもいいの。」
「………。」
レイは逡巡していたが、やがて首を横に振った。
「あなたの、願いは何?」
「わたしは…わたしは、碇君といっしょにいたい。
長く生きられなくてもいい、今、このときを、碇君といっしょに生きたい…。」
「助かる方法はあるわ。」
「………。」
「聞きたい?」
レイは頷く。
「A.T.フィ−ルドを回復するためには、アダムは受け容れなければいけない。
でも、全てを受け容れたら、碇司令の目論見どおりになるわ。
途中で止めるのよ。
ヒトとして生きるなら、S2器官を取り込んではだめ。」
「…わかりました。」
「あなたたちのこと、応援してるわ。シンジ君と、仲よくね。」
「ありがとう、ございます。」
そう言うと、レイは力なく目をとじた。
リツコは、そっと病室を出た。
『そう、これがわたしの、あなたへの新たな復讐…。』
リツコは胸の内でそっとつぶやく。
そして、足早にその場を立ち去った。
外では、9機の国籍不明の大型輸送機が編隊を組んで接近していた。
「戦自のものか?」
発令所で、冬月が問う。
日向がそれに応えた。
「いえ、戦自のものではありません。
国連軍に似たような機体がありますが、それとも少し違う様です。」
「拡大して見せろ。」
「はい。」
「これは…!」
その場に居合わせた者、全員が息を呑んだ。
「間違いありません、搭載されているものは、エヴァです!」
青葉の報告に、
「ゼーレめ、いきなり量産機を全機、投入してきたか。
…初号機は発進できるか?」
「いつでも行けます!」
マヤの応答に、冬月がミサトを見る。
ミサトは、頷いた。
「シンジ君、いいわね?」
「…はい!」
初号機が射出された。
すると、9機の輸送機から、それぞれ白い量産機が離脱した。
そいつらは空中で一斉にその翼を広げ、第3新東京の上空で旋回を始めた。
シンジは、パレットガンを構えて狙いをつけようとする。
そのときだった。
対空火器の一斉射撃が、その量産機に向けられた。
「戦自の援護射撃?」
「我々を、助けてくれるのか?」
発令所で歓声が上がり、援軍の様子を映し出すためにカメラを切り替えようとする。
だが、何故かそれらのカメラからの映像配信は、次々と途絶えていく。
「騙されるな!」
冬月が一喝した。
「奴らの支援攻撃は、見せかけだ。一発も当たってなどおらん。
各監視ステーションの破壊こそが、奴らの当面の狙いだ。」
「どういうことですか。」
ミサトが冬月に問う。
「表向きは、正体不明の敵から我々を守ろうとする様に見せかけ、その実は量産機がここの
機能を停止させるのを待っているのだ。
それから、さも量産機を追い払ったかの様に撤退させた上で、救助という名目で本部に
侵入しようという腹なのだろう。」
「世間には、その様に報道させるため?」
「そうだ。監視ステーションその他の施設の、破壊を目立たなくさせるためもある。」
「…手の込んだことをするわね。
シンジ君、援護攻撃はあてにしちゃだめよ。量産機の各個撃破に集中して!」
「わかりました。」
シンジは、パレットガンを構えなおす。
『今度は、ぼくが綾波を守る。
綾波はいつも、ぼくを守って…守ろうとしてくれていた様な気がする。
それなのに、なぜぼくは、綾波を恐れたり、避けようとしたんだろう。』
量産機の一体が照準に入り、シンジは引金を引いた。
ゲンドウは今、レイの病室にいた。
目を閉じたままのレイが、眼前で横たわっている。
「レイ。少し早いが、約束のときがきた。」
そう言うと、レイのパジャマの前をはだけた。
白い肌があらわになる。
「さあ、私をユイのところへ、連れていってくれ。」
ゲンドウは右手を…アダムの胎児が貼りついた右手を、レイの胸の上にかざした。
そのとき、レイの目が開いた。
「わたしは、あなたの人形じゃない。」
レイはゲンドウの手を両手で掴むと、みずからの胸に触れさせた。
めりめりと鳴る音と、ゲンドウの悲鳴が同時に響く。
レイが手を離すと、ゲンドウは右手の手首を左手で握り、膝をついた。
「ぐああぁ…。レイ、何をした?」
呻くゲンドウの右手は、真っ赤に血塗られている。
「アダムは、貰っていきます。」
レイは、立ち上がる。
「私を見捨てるのか。たのむ、待ってくれ、レイ!」
レイはゲンドウを、悲しげな目で見下ろした。
その胸にアダムの胎児が、半ばめり込む様にして貼りついている。
そこから黄色い体液が、ぽたりぽたりとこぼれ落ちていた。
そしてレイは、ゲンドウに背を向け、部屋を出て行く。
「レイ!!」
ゲンドウは一声叫ぶと、右手首を握ったまま、横倒しに倒れた。
レイは、隣のアスカの病室に入った。
アスカは目をとじたまま、ベッドに臥せっている。
「惣流さん、あなたの弐号機を借りるわ。」
そうつぶやくと、レイはアスカを抱き上げた。
「いっしょに行きましょう。」
アスカを抱き上げたまま、病室を出る。
そのとき、胸に貼り付いたアダムから滴る体液が、アスカの体の上にこぼれ落ちた。
「う…。」
アスカはわずかに呻いたが、意識は失ったまま、レイに抱かれていた。
レイはプラグスーツに着替えさせたアスカを、弐号機のエントリープラグに乗せた。
そしてレイは、パジャマを脱ぎ捨てる。
その胸には、相変わらずアダムの胎児が貼りついていた。
「弐号機…これをあなたに託すわ。」
そう言うとレイは、胸のアダムに手をかけた。
べりりっと、アダムを引き剥がす。
一部はレイの体に残ったが、それはすぐに吸収されたかの様に姿を消す。
レイの体は、なにごともなかったかの様に元の状態に戻った。
レイは、すっと宙に浮くと、弐号機の正面にまわった。
カヲルを追ってドグマに飛び込んだときに比べて、かなりA.T.フィールドを自在に
コントロールできる様になっている。
そして、アダムを手にしたまま、弐号機の顔の前まできた。
アダムを、弐号機の口の部分に押し当てる。
「わたしたちに、力を貸して。」
祈る様にして、念じた。
自分の手と、弐号機の間にたしかに存在していたアダムが、ふっと消えるのを感じる。
そしてレイは、弐号機の四つの緑色の目が、一斉に輝くのを見た。
「エヴァ弐号機、起動!」
「なんですって?。」
発令所のモニタに、コクピットの様子が映し出された。
「乗っているのはレイです。…アスカもいっしょです!」
レイが、意識の無いアスカを膝の上に乗せて、インダクションレバーを握っていた。
「レイ、どういうつもりなの。」
ミサトの問いに、
「碇君の援護に向かいます。弐号機を射出して下さい。」
「レイ、あなた、体調は…。」
「「いけます!」」
レイとマヤが、同時に言った。
「わかったわ。…エヴァンゲリオン弐号機、発進準備!」
ミサトの指示で、弐号機が射出口に向けて移動を開始した。
「ちくしょう、こいつら…!」
シンジは、肩で息をしていた。
9体の量産機と、初号機は戦っていた。
量産機の個々の能力値は、決して高くない。
戦闘経験がないためか、その攻撃は容易に躱せる。
また、装甲も薄いのか、一撃で斃すことも可能だ。
だが、斃しても、斃しても、量産機は蘇ってくる。
確実に、シンジの消耗の度合いは増してきていた。
地上のリフト口のひとつが開き、そこから弐号機が射出された。
「うっ…。」
射出のショックで、アスカは呻いた。
目を開くと、エントリープラグの中にいることに驚く。
「これは?」
外の景色は、第3新東京の市街地。
しかも、プラグスーツを着用している。
また、あたしはエヴァに乗っている…でも、なぜ?
「気がついた?」
背後からのレイの声に、さらに驚いた。
「ファ、ファースト! なんであんたがここにいるのよ!」
「敵対組織…戦自が、侵攻してきたのよ。
碇君が今、ひとりで迎撃に出ているわ。
わたしたちは、これからその援護に向かうところよ。」
「あたしが何の役に立つって…あんた!どうしてハダカなのよ!!」
「時間がなかったのよ。大丈夫、問題ないわ。」
「問題ないって…。」
「いくわよ。」
弐号機はリフトオフし、歩き始める。
「うそ、動いている…。そうか、パーソナルデータの書き換えをしたのね。」
「でも、コアはそのまま。動けるのは、あなたがいるからよ。」
「わかった、やるわ。あんたをサポートすればいいのね。」
「ありがとう。」
そこへ、ミサトからの通信が入った。
「レイ、アンビリカブルケーブルはどうしたの? どうして接続していないの!」
「え?」
アスカはおのれの耳を疑う。
「必要ありません。」
「必要ないって…。何を言ってるのよ!」
「弐号機に、アダムのS2器官を与えたのね。」
発令所に戻ってきているリツコが、そう言った。
「リツコ…。あなたの指示なの。」
「どうかしらね。
それにしても、よく弐号機がそれを受け容れたわね。
ともかく、これで初号機ともども、電源供給の心配はなくなったわ。」
「活動範囲を気にすることなく、長期戦が可能になったということね…。
レイ、アスカ、聞こえる? シンジ君はD−17エリアにいるわ。
敵は、エヴァシリーズ9体…量産機よ。
急行してサポートをお願い。」
「「了解。」」
弐号機は、指示された地点に向かう。
「だけど、あの再生能力をなんとかしないと、正直きついわね。」
ミサトがつぶやくと、
「量産機も、S2機関(器官)搭載型ね。それも後づけでないタイプ。」
リツコが、そう言った。
「つまり、使徒と同じ、ということ?」
「使徒との違いは、再生能力が格段に強化されているってことね。」
「でも、そういうことなら、コアさえ破壊すれば…。」
「そう、殲滅は可能。そのためには、エヴァ2体の連携が不可欠になるわね。」
ミサトは、リツコが何を言っているのか、即座に理解した。
「やれる! あの子たちなら、きっとやれるわ!」
弐号機が、初号機に合流した。
「綾波! もう大丈夫なの?」
弐号機の姿に気づいたシンジが、レイを気遣ってそう言う。
「ええ、遅くなってごめんなさい。」
「あたしもいるわよ!」
「アスカ! 二人で弐号機に乗ってるの?」
「当然。だれのエヴァだと思ってんのよ。」
ミサトからの通信が、そこに入る。
「あんたたち、よく聞きなさい。
敵にもS2機関があるわ。再生能力が異常に高いのはそのせいよ。
コアをつぶさない限り、何度でも復活してくるわ。
いい? 連携して、1体ずつ斃すのよ。
一方が量産機の戦闘力を奪ったら、もう一方がコアを破壊して止めをさす。
量産機を全て斃しても、気を抜いてはだめよ。
戦自がすぐに敵に廻って、総力戦をしかけてくるわ。」
「…簡単に言ってくれるわね。」
アスカが、ため息をつきながら言った。
「でも…。」
レイに続けて、シンジが言う。
「やるしかない!」
「わかってるわよ。」
「守りたいものがある。
だから、今を、精一杯に生きるんだ。この先、何があろうとも!」
それが、シンジが見つけた『答え』だった。
続く