風とともに…
 
-  未来のもうひとつの可能性 - 中編
 



雨が、降り続いている。

森の中に一本の直線道路があった。
ユノディエール…ふだんは国道として使用されているが、年に一度、ルマン24時間レース
開催のときは『サルテサーキット』の一部となる、世界最長のストレートである。

ゆるやかに路面が上下しているため、道の向こう手までは見えない。
一番奥が丘になっているので、その向こうが見えないからである。

その、一番奥の丘から、1台のレーシングマシンが姿を現した。
降りしきる雨に煙ってよく見えないが、紫色の車体である。
点灯しているヘッドライトが、路面のうねりに合わせて上下に揺れている。

木々に囲まれたその道を、甲高いエキゾーストノート(排気音)とともに、そのマシンが
みるみるこちらに近づいてくる。
トップをひた走る、レイの『紫電』だった。

凄まじい水しぶきをあげて、紫電は目の前を通過していく。
コクピットから前方を見据えるレイの紅い瞳には、一点の曇りもない。
あくまでも冷静に、予定の周回を重ねることが自分の任務だと心得ていた。

レイの紫電が視界から消えてかなりの時間がたってから、今度は真紅のマシンが奥の丘から
姿を現した。
アスカの『ポルシェ』である。

そのスピードは、明らかに先の紫電には劣る。
それでもこの雨の中、晴天用のスリックタイヤで出すスピードとしては、驚異的なものであった。

アスカのマシンも、水しぶきをあげて通過していく。
ハンドルを握るアスカの目には、焦りと怒り、そして後悔が浮かんでいる。
それでも、怒りにまかせて限界を超えるような走りは決してしないところは、たいしたもの
だといえた。

「もう、見えない…か。」
アスカはつぶやく。先行する紫電のことである。

「どれだけ、離されたんだろう。
 この先、このポルシェもタイヤ交換のためにピットインするとなると、
 奪われるリードは、半周じゃすまないかも知れないわね。
 その上、下手をすると後続車にも…。」

アスカはふと、バックミラーを見上げた。
みるみる迫る一対のヘッドライトが見えた。

「来た!」

進路を邪魔するようなことはせず、あっさりと抜かせる。
暗緑色のマシンが、しぶきをあげて傍らを通り過ぎていった。
浅利ケイタが乗る、黒竜である。
たしか、4位のマシンだった筈だが、今アスカが抜きかえされたことにより、
2位のアスカとは同一周回数となったことになる。

「もう、ダサイわね!」
おとなしく抜かせるかわりに、アスカは毒づいた。

「なんとかならないの、その国防色! まるで戦車じゃない。
 レーシングマシンとしての『花』がないし、
 第一、視認性が悪くて危なくって仕方がないじゃないの!」

もちろん黒竜はそれに応えることなく、遠ざかっていった。

ユノディエールの直線を終え、ミュルサンヌコーナーを慎重にクリアすると、
いよいよコースはコーナーが連続する区間に入る。

アクセルを踏みすぎると、マシンはたちまち横滑りを始めるので、細心の注意を
払わねばならなかった。

「がまんよ、がまん。」
アスカは自分に言い聞かせる。

もう少しで、ピットにたどりつけるところまできたときだった。
最終コーナー手前の、フォードシケインが見えてきたところで、アスカは後続車の
パッシングを感じた。

ここまで来て、はりあっても意味がないので道をゆずる。
アスカを抜いていったのは、白と青のツートンカラーのポルシェだった。

「ワークスポルシェ!」

それは、本家本元のポルシェのワークスの一号車_。
これまで、同一周回数で3位を走っていたマシンだ。
それに抜かれたということは、この時点でアスカたちのブラスト・ポルシェは
3位に転落したということである。

「ちぃぃっ!」
アスカは、歯噛みする。
だが、今となってはどうしようもない。
この先の挽回のチャンスを待つしかなかった。




ようやく、アスカのポルシェはピットに入った。

「お疲れさま。」
カヲルがアスカに笑いかけるが、アスカは黙って頷くだけだった。

本当はそっぽを向きたかったが、そうすると自分の立場が悪くなるだけだ。
だからと言って、『頼んだわよ』と笑って応えられるほど、今の自分は度量もなければ
自分自身に寛大でもなかった。

カヲルはもう一度微笑むと、タイヤ交換を終えたマシンに乗り込み、軽快なエンジン音を
轟かせてピットアウトしていった。

しばらくそれを見送ったあと、
「ちょっと、頭を冷やしてくるわ。」
そう言うとアスカは、通用口からピットを出た。

だれも、何も言わなかった。

せっかく一時はトップに立ったのに、今は3位である。
それも、直接アスカのせいではない。
雨が降り出すタイミングを読めなかった、チーム全体の責任である。
いや、単に不運だっただけかも知れない。

だがおそらく、アスカは自分を責めているだろう。
下手な慰めは、かえってアスカのプライドを傷つける…そう思ったからこそ、
だれもアスカに何も言わなかったのだった。




「どんな感じ? 相田君。」
マナが、ケンスケのパソコンを覗き込むようにして言った。
『黒竜』のチームの、ピットである。

ケンスケはモニタの表示をいろいろ切り替えて、それに答える。

「やっぱりケイタは、雨に強いね。
 雨が降ってからのベストラップは、彼が出しているよ。
 ワークスのポルシェにだって、負けていない。
 あれで、もう少し自信を持ってくれたらいいんだが。
 彼は競り合いで、引いてしまうところがあるいからねぇ。」

「じゃあ、みんなが無茶な勝負をしかけてこないこの雨は、
 ケイタにとっては『恵みの雨』ということね。」

「まあ、そういうことだね。」

「シンジたちのチームは、どう?」

「うーん…。綾波は慎重すぎるようだね。
 雨の走行に慣れていないせいもあるだろうけど、2位のポルシェとの差は、
 少しずつ詰まってきているよ。」

「と、いうことは、ポルシェより速いわたしたちの黒竜は、
 いずれはシンジたちの紫電に追いつくってこと?」

「このままいけばね。
 でも、そう簡単にはいかないだろうな。
 雨もそのうち止むだろうし、ドライバーもシンジと交替するだろう。」

「そっか…。」

「それより、いずれくるタイヤ交換の時期を見極めることが、勝負の分かれ目になる。
 …ムサシを起こしておいてくれないか。
 終盤は、彼の力を借りないといけないだろうからね。」

「わかったわ。」
そう言うとマナは、ムサシが仮眠をとっているトレーラーに向かった。



 
シンジは、自チームへのピットに向う通路で、アスカに出くわした。
 
「や、やあ…。」
その険しい雰囲気に、シンジは媚びるように微笑んでしまう。

アスカはしばし、睨むようにシンジを見つめていたが、
「やってくれるじゃない。」
珍しく低い声で、ぼそりとそう言った。

「な、なにかぼくがしたっけ。」
「とぼけないでよ。あんた、このままで済むと思ってないでしょうね!」

「そんなに凄まないでよ。ただちょっと、早めにタイヤ交換しただけじゃないか。」
「おかげで、こちらは3位に転落したわ。あんたとの勝負に固執したばっかりに。」

「そ、それはぼくのせいじゃないよ。」

「そう、あたしのせい。
 もっと言うなら、あんたの作戦を見抜けなかったチーム全体の責任よ。」

「………。」

そこで、ふっとアスカは表情を和らげて言った。
「でもね、このままで終わるつもりは、ないからね。
 あたしを選んでくれた、チームのためにも。
 そして、あたしを選ばなかった日本のメーカーたちに、後悔させてやるためにも。」

「十分、後悔しているんじゃないかな。」

「どうかしらね。
 あんたも、覚悟しておきなさいよ。
 本気を出したあたしに、それでも勝てるようだったら…。」

「な、なに?」

「ふ…。祝福のキスを、あげるわよ!」
「え? ええ!?」

シンジが何か言おうとする前に、アスカは足早に立ち去った。




この時点での順位_。

順位 マシン名 チーム名 現在のドライバー
1位 紫電 二号車 チーム「紫電」 綾波 レイ
2位 ポルシェ982 一号車 ポルシェワークス ベン フィッツパトリック
3位 ポルシェ982 ブラスト・ポルシェ   渚 カヲル
4位 黒竜 チーム「黒竜」 浅利 ケイタ
5位 ポルシェ982 二号車 ポルシェワークス デイビー ピーターソン
6位 紫電 一号車 チーム「紫電」 中嶋 敬
7位 フェラーリP47 二号車 フェラーリワークス リカルド ロイテマン
8位 ロンドーLM21 一号車 チーム「ロンドー」 ゴードン ジョーンズ




一時間後_。

雨脚が、弱くなってきた。
降り始めと同じく、天候の回復も早いのがルマンの特徴である。

各チームのピットの動きが、あわただしくなってきた。
ピットレーンの近くに、晴天用のスリックタイヤを用意するチームが多い。

問題は、タイヤ交換にピットインさせるタイミングだ。
日が照り出し、路面が乾く時期を予想して、早めに交換させるか_。
何らかのアクシデントの発生を想定して、そのときに迅速に行動するか_。

シンジたちは、前者を選択することにした。

「ここまでかせいだリードを、さらに確実なものにするためにも、
 次のタイヤ交換も早めに行うべきよね。」
それはミサトの判断だったが、シンジにも依存はなかった。

ほどなく雨が止み、あちこちの雲の切れ目から、光が射し込み始めた。

それを見て、シンジは言った。
「行きます。」

「ええ、お願いね。」
次の周にタイヤ交換とドライバーも交替することとなった。

『綾波は、思ったより雨が苦手なようだしね。』
慎重すぎるのだろう、とシンジは思う。

『でもまあ、血気盛んで常にクラッシュと隣り合わせの、だれかさんよりは
 ペアを組む相手としては、ずっとましなんだけど。』
とはいえ、2位のワークスポルシェがもう、後方60秒にまで迫ってきていた。

ミサトはピットクルーに、ピットインの準備にかかることを指示し、レイには
無線でそのことを伝えた。

そして次の周、予定どおりレイの紫電がピットに入ってくる。

「ごめんなさい。」
マシンから降りてヘルメットを脱いだレイは、真っ先にそう言った。
「リードを守れなくて…。」

「いいんだよ、それより…。」
シンジが何か言おうとしたとき、そのアクシデントは起きた。

四本目のタイヤを交換しようとしていたメカニックが、何かの拍子で手をすべらせた。
取り付けようとしていたスリックタイヤがその手を離れ、ころころと転がっていく。
信じられないミスだった。誰もが、タイヤを追いかけることすら忘れて硬直した。

タイヤは、隣のピットまで転がっていく。
だがそのとき、

「もたもたするな!」
そう言ってタイヤをこちらに蹴り返した者がいた。

「早く作業を終えて、ピットアウトしろ!」
紫電一号車の監督の、鈴木だった。

「すみません!」
シンジはマシンに乗り込む。
ほどなくして、ミサトが腕をぐるぐる廻す。発進OKの合図だ。
雄叫びを上げる様な排気音とともに、シンジの紫電はピットを出ていった。

ロスしたタイムは、ほんの10秒くらいだろうか。
だが、この間にワークスポルシェがメインスタンド前を通過しており、
シンジたちの紫電は2位に順位を落としていた。

「ありがとうございました。」
ミサトは隣のピットに行き、頭を下げた。

「礼を言われるようなことは、しちゃいないよ。」
鈴木は手を振って応えた。

「俺たちは、今の時点でのタイヤ交換は、時期尚早だと判断している。
 あんなところでタイムロスされちゃ、俺たちの方が正しいということが、
 証明できなくなってしまうからな。」
そう言うと鈴木は、にやりと笑った。

「ま、せいぜいがんばりな。
 初めてにしちゃ、あんたたちはよくやっているが、耐久レースとはどういうものか、
 これからじっくりと教えてあげるよ。」

「ええ、ぜひお願いします!」
そう言って、ミサトは再び頭を下げた。

『…あきれた!この期に及んでまだ、わたしたちに勝つつもりでいるんだわ。』
そうは思ったが、顔には出さなかった。




陽射しが、強くなってきた。
初夏の、それも昼近くである。
しかも、疾走するマシンが水しぶきを路外に撒き散らしていく。 
路面は、急速に乾きつつあった。

路面状態がよくなるにつれ、各車のペースがあがっていく。
水気が少なくなれば、たとえレインタイヤでも、グリップはそれだけ向上するからだ。

紫電の一号車を駆る、中嶋敬は今がチャンスだと考えていた。
各チームともペースアップをしているが、それでもまだ腰が引けていると思った。

『もっと、とばせる!』
この路面なら、より晴天時に近いスピードが出せる筈だ。

今のうちに、できるだけ前を行く5位のワークスポルシェ二号車との差を詰めておき、
さらにタイヤ交換時に迅速なピットワークを実現できれば、ポルシェから5位の座を
奪い取ることも可能だと思った。
そう思ったからこそ、中嶋はユノディエールの直線を目一杯とばしていた。

やがてニッサンシケインが見えてきた。
ユノディエールに設けられた2ケ所のシケインのうちの、最初のシケインである。
ブレーキング、シフトダウン、そして右_左_右のステアリング操作…。
それが済めば、また直線を目一杯とばす、それだけの筈だった。

そして、中嶋はブレーキングを開始した。
違和感を感じたのは、そのときだった。
『しまった!』
シケインの手前の路面は、中嶋が思ったほど乾いていなかったのだ。
中嶋の紫電は、あっという間にコントロールを失っていた。




メインスタンド前では、場内放送により、紫電一号車のクラッシュが告げられた。
ただちに全コースに渡って追い越し禁止のイエローフラッグが振られる。
そしてどうやら、ペースカーがコースに入ってくる様だった。

「な、なんてことなの!」
ミサトは棒立ちになった。

鈴木たちのピットを窺うと、全員、実況中継のモニタの前に集って食い入る様に画面を見ている。
これから終盤の巻き返しを図るというときに、彼らのレースは突然終ったのだった。

それからミサトは、はっとして言った。
「シンジ君は?
 シンジ君は、今どこに!?」

重大な事故があった場合は、ペースカーがコースインし、事故車の撤去などが終わる迄
コース内のマシンはペースカーを抜き差ることができない。
安全を確保するためとはいえ、どのタイミングでペースカーが入ってくるかが、
各チームにとって、重大な問題だった。
自分のマシンの直前で入られたら、その時点でペースダウンするしかない。
そして、後続車は次々と追いついてくる。
追い越し禁止ではあるものの、それは何のメリットにもならなかった。
『一周』の中でそれまで得てきたリードは、全て無しになってしまうからだった。




この時点での順位_。

順位 マシン名 チーム名 現在のドライバー
1位 ポルシェ982 一号車 ポルシェワークス ベン フィッツパトリック
2位 紫電 二号車 チーム「紫電」 碇 シンジ
3位 ポルシェ982 ブラスト・ポルシェ   渚 カヲル
4位 黒竜 チーム「黒竜」 浅利 ケイタ
5位 ポルシェ982 二号車 ポルシェワークス デイビー ピーターソン
6位 ロンドーLM21 一号車 チーム「ロンドー」 ゴードン ジョーンズ
7位 フェラーリP47 二号車 フェラーリワークス リカルド ロイテマン




有力チームのほとんどは、この時点でのピットインを決めた。
タイヤ交換をするなら、コース上での追い越しが禁止されている今がチャンスだからだ。

トップをいくポルシェワークスはもちろん、ブラスト・ポルシェもチーム「黒竜」も
次々とピットに入ってスリックタイヤへの交換とドライバーの交替を行った。

その中でも、ポルシェワークスの対応が一番早かった。
真っ先にピットに飛び込むと、手際よくタイヤ交換を終え、ドライバーを交替して、
ペースカーがコースに入る前にピットアウトしていった。
さすがに、彼らは「ルマン」をよく知っていた。

シンジだけはタイヤ交換をしたばかりであり、ピットインするわけにはいかなかった。
事故後の混乱での中での二次災害を警戒して、ややペースを落としたまま、
メインスタンド前に戻ってきた。

ペースカーがピットロードを出てきたのは、そのときだった。
ちょうど、シンジの紫電の前で、コースに入る格好となった。

「あちゃあ!」
ミサトは、片手で目を覆った。
最悪のタイミングだった。

この時点でペースダウンを余儀なくされ、トップの「ワークスポルシェ」には離され、
後続の3位以下のマシンには追い上げられることになったからだった。




ブラスト・ポルシェのピットでは、アスカがマシンに乗り込もうとしていた。
「マシンの調子はどう?」
カヲルに尋ねる。

「さすがは、ポルシェだね。どこも、なんともないよ。
 24時間はおろか、48時間でもノントラブルでいけそうだ。
 もっとも君のことだから、ぼくが気付かないところでマシンに負荷をかけていると
 いけないので、慎重に扱ってはきたけどね。」

「ムダ口叩いてんじゃないわよ!
 そう、なんともないのね。
 だったらもっとトップに追いつこうと、はりきったらどうなのよ!」

カヲルは曖昧に笑って肩をすくめた。

「まあ、いいわ。 いくわよ!」
アスカが、ピットアウトしていく。




チーム「黒竜」では、次のドライバーに誰がなるかで、もめていた。

「当然、俺だろ。」
ダークブラウンのレーシングスーツを着たムサシが、自分を指差して言う。

ケンスケは首を横に振った。
「だめだ、ムサシ。
 今の君は、大事故の発生で興奮していて、冷静な判断ができない。」

「お願い、ムサシ。今回は、相田君の言うことを聞いて。」
マナの言葉に、

「じゃあ、どうして俺を起こしにきたんだよ!
 俺の出番が来たからじゃないのか。」

「その予定だったさ。だけど、情勢が変わった。
 今は、『勢い』だけで戦うときじゃないんだ。
 今一番大事なのは、冷静な判断のもとで行う『駆け引き』なんだ。
 わかってくれよ、ムサシ。」

「じゃあ、『駆け引き』とやらが終ったら、『勢い』でゴールまで
 突っ走るんだな? 俺の出番はそのときだと。」

「そのとおりだ。」

「ちっ…。」
ムサシは舌打ちすると言った。
「わかったよ。どうせ俺は、細かいところまで気が廻らないからな。
 マナ、今回は譲ってやるよ。
 だけど、最後の美味しいところは俺に、ちゃんと残しておけよ。」

そこへ、ケイタが乗る黒竜がピットインしてきた。

「ありがとう、ムサシ。」
そう言うとマナは、これもダークブラウンのレーシングスーツ姿で、
黒竜のコクピットに向った。




ペースカーの後ろについて、シンジはコース内をゆっくりと周回する。
結果として、早めにタイヤ交換をしたことが、あだになっていた。

『焦ってもしょうがない。』
それは、わかっていた。

だが、こうしている間にも、トップの「ワークスポルシェ」には、
どんどん差をつけられているのだ。

そればかりではない。

ミュルサンヌコーナーを越えたあたりで、アスカのポルシェが、
そしてポルシェコーナーの手前では、マナの黒竜が追いついてきた。

ペースカーについて一周する間に、2,3,4位のマシンの差が縮まり、
ほとんどくっついた状態になってしまっていた。
ミサトにそのことを報告し、シンジは自分の背後にいるポルシェと黒竜の
ドライバーが誰であるか尋ねた。

返ってきた答えは、シンジの予想どおりであった。

「アスカ…、マナ…、やっぱり、君たちか。」
なにかしら、運命のようなものを、シンジは感じていた。




ペースカーが右にウィンカーを出して、ピットロードに入っていった。
メインスタンド前では、「追い越し禁止」解除を知らせるブルーフラッグが
振られている。

『レース再開』である。

シンジ、アスカ、マナの3台のマシンは、解き放たれた獣の様に、
メインスタンド前を轟音を響かせて疾走していった。

「シンジ君、がんばって!」
ミサトは監督という立場も忘れ、声をかぎりに声援を送る。
だが、それはレース場特有の爆音に、たやすくかき消されてしまう。
紫、赤、暗緑色のマシンが次々と目の前を通過し、あっという間に視界から
消えていった。

団子状態でダンロップブリッジを通過した3車は、そのままの状態で
テルトルルージュに向う。
そこで、アスカがしかけた。
テルトルルージュへの進入でインを突こうと、ボルシェが鼻先を突っ込む。
シンジの紫電は、インを明け渡すまいと、懸命に踏ん張った。

2台は折り重なったまま、コーナー立ち上がりでじわじわとアウト側に
膨らんでいく。
その隙を、マナが突いた。
予め、2人の争いのとばっちりを食わない様、コーナーへのアプローチでは
わざとアウト側に控えていたが、2台がアウト側に膨らむのを見て、一気に
空いたインを奪った。

「マナ!」
「やってくれたわね!」

黒竜が初めて、紫電とポルシェを従えてユノディエールの直線に突入した。
その様子を実況中継で知った「黒竜」のピットでは、歓声が湧き上がった。

「やった!」
「2位だぜ、おい。」

「やっぱりお前のいうとおり、マナを出しておいて正解だったな。」
ムサシがそう言うと、

「いや…まだだ。結論が出るのは、まだこれからの展開次第だよ。」
ケンスケは照れくさそうに笑うと、そう応えた。




路面状態は、急速に回復しつつあった。
トップは相変わらず「ワークスポルシェ」であり、2位以下に3分近いリード
がある。
だが、2,3,4位の3台のマシンは、凄まじいデッドヒートを続けながら、
それを猛追していた。
3台のマシン…もちろんマナの黒竜、シンジの紫電、アスカのポルシェである。

ユノディエールの直線では、最高速度で勝る紫電が、最終的には先頭に立つ。
だが、その背後にはマナの黒竜とアスカのポルシェがぴったりとつけている。

続くミュルサンヌコーナーとそれに続く短い直線では、立ち上がり加速に優れた
ポルシェが前に出た。

が、その後のインディアナポリス、アルナージュと連続するコーナー区間では、
ハンドリングに優れたマナの黒竜が、シンジとアスカのインの奪い合いの隙を
ついて、再び前に出ていた。

そして3台は再びメインスタンド前に戻ってきた。
マナ、シンジ、アスカの順で、次々とピット前のコースを通過していく。

「ちょっと、早くない?」
ミサトが言う。
一周して戻ってくるタイムが、これまでになく短い様な気がした。

「今回のラップタイム、3分31秒5です。」
背後でレイが、ストップウォッチを見ながら言う。

「そ、それって、予選なみの速さじゃない!」
ミサトは叫ぶ様に言った。
トップのポルシェより、15秒近く速いペースである。

「3台が張り合っているから、でしょうね。
 いけるわ!
 このままいけば、1時間もしないうちにトップに追いつけるわよ!」

ミサトの言うとおりだった。
3台のマシンは、それぞれの長所で互いを引っ張り合いながら、
トップとの差を確実に詰めているのだった。




この時点での順位_。

順位 マシン名 チーム名 現在のドライバー
1位 ポルシェ982 一号車 ポルシェワークス アルベルト モレッティ
2位 黒竜 チーム「黒竜」 霧島 マナ
3位 紫電 二号車 チーム「紫電」 碇 シンジ
4位 ポルシェ982 ブラスト・ポルシェ   惣流 アスカ ラングレー
5位 ポルシェ982 二号車 ポルシェワークス ジョニー ハント
6位 フェラーリP47 二号車 フェラーリワークス ロバルト ビルヌーブ
7位 ロンドーLM21 一号車 チーム「ロンドー」 ウィリアム シェクター



                            続く_。