風とともに…
 
-  未来のもうひとつの可能性 - 前編
 

<はじめに>
  この物語は、「雨… 」と同じく、「もうひとつのバレンタイン」〜「あたしは、負けない!」の
一連の短編連作の、続きという位置づけです。
つまり、舞台としては、サードインパクトから数年が経過しています。
あくまで「未来の物語」のひとつであり、この話の展開は「雨… 」とはまた違った可能性の
ひとつであるということです。
いきなりの展開ですが、細かいことは置いておいて、楽しんでいただければ幸いです。




「こんちくしょーーーっ!」
アスカは吠えると同時に、アクセルを目一杯踏みつけた。

右に左に、蛇行しながら周回遅れのマシンを次々と抜き去っていく。
トップをいくシンジには、80秒は離されているだろう。

6月の中旬、フランスのサルテサーキット。
ルマン24時間レース。
初夏の戦いの場に、彼らはいた。

時刻は、2日目の午前10時をまわったばかりである。
ゴールまでは、まだ6時間近くあった。

「一周につき、10秒は詰める。
 少なくとも、8周で追い付いてやるわ!」

その真紅のポルシェを駆りながら、アスカはシンジに宣戦布告したときのことを思い出していた。




「バカシンジ、いるぅ?」

いきなり、ガレージ内に響いた声に、シンジは驚いた。
それまでいじっていた車体の下から、仰向けのまま顔を出した。

「ぷっ! 何よ、その顔は。」
アスカが指摘するまでもなく、シンジのその顔は油で黒く汚れている。
仰向けになって足回りのメンテナンスをずっとしていたのだから、当然の結果だった。

恥ずかしいと思う前に、シンジはアスカのその姿を見て凍り付いた。
「アスカ、その格好・・・。」
真紅のレーシングスーツに、身を包んだその姿に。

「どう、似合う?」
「どうしたの、その格好は。」

「スカウトされたのよ、『ルマン』用のドライバーとして。」
「え? でも、日本から出場する2チームのメンバーはもう、決まった筈だけど。」
 
「おあいにく様ね、あたしの実力を評価してくれたチームは日本じゃないわ。
 …ったく、日本の連中ときたら、見る目がないんだから。」

「日本じゃない? というと、まさか…。」
「そう、そのまさかよ。
 『ブラスト・ポルシェ』_。世界に冠たるポルシェの、セミワークスが、
 あたしとカヲルを抜擢したのよ。」

「じゃあ、ドイツ代表?」
「そういうこと。今日からあたしとあんたは、敵どうしということね。」

「そうか…。おめでとう、アスカ。よかったね。」
「ふん! 敵に祝福されたくはないわね。
 出場する以上は、完膚なきまで叩きのめしてあげるから、感謝しなさいよ。」

「ああ、ぼくたちだって、遠慮はしないよ。精一杯がんばろうね。」
そういうと、シンジはアスカに向かって手を差し出した。

「ええ!」
アスカは頷くと、シンジのその手をがっちりと握った。




ルマン24時間レース…その過酷さで有名な、伝統ある自動車耐久レースである。
毎年、6月のとある土曜日の午後4時にスタートし、翌日曜日の午後4時の時点で、
トップを走っていたマシンが優勝となる。
そしてこの2020年には一部ルールが変更となり、『グループP』と呼ばれる、
プロトタイプのマシンによる耐久レースの世界選手権となっていた。

また、各国から参加できるチームは2チームまでとなった。
各チームがエントリできるマシンも2台まで。
一国から出場できるマシンの数は最大で4台である。
国の名誉をかけた、少数精鋭による戦いの場となっていた。

その様なルールとなった最大の原因は、深刻なドライバー不足である。
セカンドインパクトによる人口の減少もあるが、車の方がドライバーをサポートするという
「イージードライビング」の浸透により、レーサーに成れる資質を持つ若者がこの十数年、
極端に減ってきているのだった。

それでも、レース観戦の人気は衰えなかった。
人は、他人が命を削って戦うシーンを見たくてたまらない、罪深い生き物なのだろうか。

ワークスと呼ばれる自動車メーカー系のチームは、実力のあるレーサーを確保するために、
様々なことをやった。
少しでも資質のある者を得ようと、かっての名レーサーの子息たちを高額な契約金で
スカウトし、養成しようとするチームもあった。
そして、そのもう一方で、もっと手っ取り早い方法で資質のありそうな若者を手に入れようと
する動きがあった。
資質のありそうな若者…即ち、かって「チルドレン」と呼ばれたエヴァのパイロットと、
その候補生である。




今シンジは、ユノディエールの直線を、時速400km近い速度で走っていた。
かって、ここが6km近い直線であったときには、時速400kmを超えるトップスピードを
出したマシンもあるという。
その後、2箇所のシケインが設けられてからは、そのトップスピ−ドはいったん350Km程度
まで落ちた。
だが、年々マシンの性能が上がるにつれ、再びトップスピードは上がってきていた。

シンジの駆る「紫電」は、その優れた空力特性とトルクのあるエンジンのお陰で、
こと最高速度においては、世界でも一、二位を争うマシンに仕上がっていた。

「アスカ…。まだ。来ないか。」
バックミラーをちらりと見て、シンジはつぶやく。
「ぐずぐずしていたら、手の届かない所まで行かせてもらうよ。」

「油断しないで、シンジ君。」
ヘルメット内蔵のヘッドフォンから、チーム監督であるミサトの声が聞こえた。
「アスカが、後方75秒まで詰めてきているわ。」

「わかりました、ミサトさん。」
シンジは、冷静に答えた。
「この周でピットインします。レイに交替の準備をさせて下さい。」

「ちょ、ちょっとまだ交替は早すぎない?」

「いいんですよ。」
シンジはフロントガラスにわずかに付着した雨滴を見て言った。

「それと、レインタイヤも用意しておいて下さい。
 (アスカ…君は、天候の変化に気付いているか。)」

シンジは思う。
耐久レースでは、冷静さを欠いた方が負けであると。

目前に迫った鋭角のミュルサンヌコーナーに向けて、シンジは減速する。
一気に時速80km近くまで速度を落とすため、ここでバランスを崩すマシンも多い。
実際、前の周にアスカはここで、周回遅れのマシンに気を取られてコースアウトしていた。
シンジとの勝負に拘りすぎ、コーナーに先に到着して気を抜いたのが原因だった。

ここから先は、インディアナポリス、アルナージュといったコーナーが連続する。
テクニックが要求されるところだ。
長い直線の高速走行の恐怖に慣れたところだが、気分を切り替えなくてはならない。
目の前に突然現われる周回遅れのマシンにも、気を配らなくてはならない。

シンジを追うことだけに腐心しているであろうアスカのことが、少しばかり気になった。
『焦って墓穴を掘らなければいいが。』

同時にシンジは、天候を味方につけることにより、より有利な展開を目指そうとしていた。




シンジの紫電がピットに入ってきた。
白いレーシングスーツに身を包んだレイが、それを出迎える。

マシンから出てきたシンジに顔を寄せ、
「変わったことは?」
と、レイが聞いてきた。

「とくには、ないよ。
 アスカが仕掛けてくるだろうから、油断はしないで。」
「ええ。」

それだけの会話を終えると、レイは素早くマシンに乗り込んだ。
レインタイヤへの交換も、手際よく済ませられている。

軽快なエンジン音を響かせ、レイはピットを出ていった。

「お疲れ様。」
シンジに対して、ミサトがねぎらいの言葉をかけた。
ミサトが差し出すスポーツドリンクを、シンジは「どうも。」と言って受け取った。

シンジがベンチに腰かけ、汗を拭っていると、
「あれから、もう一年か…。早いものね。」
ミサトが、つぶやく様に言った。

「ええ…。」
シンジは応えるとドリンクを一口飲み、一年前の件…ことの発端について、思いを馳せた。




ちょうど一年前、シンジが18歳になったばかりのときだった。

ある日、ミサトがシンジを尋ねてきて言った。
「シンちゃ〜ん、あなたも18歳になったのだから、クルマの免許でもとったらどうかしら。」

「え? でもぼく、まだ高校生ですよ。」

「高校生でも18歳は18歳よ。
 わたしがあなたくらいの年頃のときはもう、
 それまでの鬱憤を晴らすべく、バンバンにとばしていたわ。
 (丁度、失語症を克服した頃だったしね)」

「そうなんですか。」
「そうよん♪ なんだったらこれから、わたしの車で運転を教えてあげようか。」

「いいですよ、ぼくはミサトさんとは違うのだから。」
「まあまあ、そう言わずに。」

そういって、ミサトが乗ってきた車に無理やり乗せられた。
「左ハンドル? いつものルノーじゃないんですね。」

シンジが座らされた左の座席は、いつも座りなれた助手席ではなく、運転席だった。
それは、ミサトがスポーツドライブにたまに使っている、真紅のフェラーリだった。

「ま、まさか、いきなり運転してみろと言うんじゃないでしょうね。」
「その、まさかよ。」

「そ、そんな話、聞いたこと…。」

「見たことも、聞いたこともあるでしょう?
 いつも、助手席でわたしの運転を見ていたんだし。
 大丈夫よ。
 いきなりエヴァを乗りこなしたシンジ君だもの、やってやれないことはない筈よ。」

「無茶苦茶ですよ!」
「無茶かも知れないけど、無理ではないはずよ、シンジ君ならね。」

…結局、ミサトのいうように、運転させられるはめになった。
それも、バリバリのスポーツカーを、まだ無免許の状態で。

「へぇ。」
しかし、意外とあっけなかった。

操縦系はエヴァとは比較にならないほど複雑ではあるが、難しいというほどのものではない。
それより、自分のイメージどおりに、ダイレクトに動いてくれるとい点ではある意味、
いちいちヘッドセットを通して意志を伝達しなければならないエヴァよりたやすかった。

「どうです、こんな感じでいいですか、ミサトさん?」
アクセルを床まで踏みながら、ふりむいて、ミサトに尋ねるシンジ。

「ミサトさん?!」
そのときはすでに、ミサトは白目を剥いて泡を吹いていた。




そのときから、シンジたちの運命は変わった。
かってのエヴァのパイロットたちが、優れたレーサーの資質を持つということが証明された瞬間だった。

ミサトはショックから立ち直ると、シンジのみならずレイにも、アスカにも、レーサーとしての資質を調べた。
カヲルは残念ながら、ドイツに一時帰国中ということで、確認できなかった。
調査の結果、やはりレイにもアスカにも、並外れた技量があることがわかった。

自動車メーカーのテストコースを借りて、実際に3人のラップタイムなどを計測してみることにした。
ミサトの知り合いに、そのテストコースの責任者がいたので、コネを使って頼み込んだところ、
その責任者が立ち会うことと、車はミサトが用意するという条件で、了解をとることができた。

ミサトのフェラーリを使った測定の結果、最速ラップタイムは、アスカが叩き出した。
2番手はシンジであったが、区間最高速度については、シンジがマークした。
レイは、タイムも速度も2人にやや劣ったものの、ラップタイムのばらつきが一番少なかった。

結果は三者三様であったが、それぞれの差はわずかずつであった。
3人とも、国内のレーサーでは恐らく出すものがいないと思われるタイムを叩き出していた。

コース責任者は、その結果に興奮して帰っていった。
それから間もなく、その自動車メーカーから、シンジとレイをレーサーとして採用したいという申し出があった。
ミサトを含めて、「ルマン・プロジェクト」に参加してほしいということだった。

「ルマン・プロジェクト」とは、国内の自動車メーカーのトップ3社が、それぞれエンジン、足回り、
マシン全体のマネジメントを分担し、ルマン24時間レースに勝てるマシンを出場させようというものであった。
マシンそのものは順調に開発が進められていたが、それを乗りこなすドライバーと監督がいなかった。

彼らの申し出は、
『シンジとレイにそのドライバーを、彼らを指揮する監督をミサトにお願いしたい』
というものであった。

それを聞いたアスカは、憮然として叫んだ。
「えーーーっ! どうして、あたしには声がかからないの?
 あたしが、一番成績がよかったのにぃ!」

「彼らにしてみれば、ラップタイムだけが成績じゃないのよ。」
ミサトがとりなす様に言った。

「アスカ、テストの最後に欲を出して、『もっといいタイムを出してやるわ!』とか言って、
 わたしたちが止めるのも聞かずにコースに出ていって、結局クラッシュしちゃったでしょ。」
「う…。」

「わたしのフェラーリ、壊しちゃったでしょ?」
ミサトの目に、涙が浮かんでいる。
「うう…。」

「耐久レースのドライバーとしては、そういうところがマイナス査定となったようね。」
「あれは、マシンが…!」
ヤワかったからよ、と言いかけてアスカは口をつぐんだ。
そんなことを口にしたら、ミサトに何を言われるかわからない。

「チーム方針として、ドライバーとして必要なのは2名だけだということだし、
 彼らとしては、より確実な選択をしたということね。」

「う…。わかったわよ。」
そう言われたら、アスカには返す言葉がなかった。




「じゃまよ!」
今、アスカはフォードシケインの立ち上がりで、周回遅れをまた一台抜き去っていた。

ルマン・プロジェクトの『紫電』には乗れなかったが、いまや自分は『ポルシェ』の一員である。
セミワークスとはいえ、優勝経験もある名門チームに抜擢されたのだ。
日本の面々には、自分を選ばなかったことを思いっきり後悔させてやろうと思った。

そのためには、シンジたちをトップの座から引きずりおろさなければならない。
メインスタンド前を疾走しながら、アスカはそう思った。

そのアスカの目の前で、ピットアウトしてきた紫電がコースに復帰した。

「シンジ? ピットインしていたっていうの。何故?」

アスカの行く手を阻む様な、絶妙なコースどりをしている。
「じゃまよ、どきなさい!」

その紫電には、先程までのスピードがない。
それなのに、第一コーナーからダンロップコーナーにかけて、付入る隙を一瞬たりとも見せなかった。

「この動き…。レイ? レイなのね。」
アスカは紫電のドラーバーが交替されたことを知った。

「なめられたものね。
 このあたし相手に、いつまでそんなブロックが通用すると思っているの!」
テルトルルージュのコーナーの進入で、アスカはわざと紫電との間隔を少し開けた。

「立ち上がり加速で、ポルシェに勝てると思わないことね。」
レイに邪魔されない様、アウト側からアスカは仕掛ける。
ユノディエールの長い直線を前にして、真紅の『ポルシェ』と紫の『紫電』は一瞬並んだ。

「いっけぇぇえぇぇぇ!」
アスカの雄叫びとともに、みるみるポルシェは紫電を引き離していく。

「あんたじゃ、力不足よ。あたしと張り合うなら、シンジを出していらっしゃい。」
バックミラーに小さく映るレイの紫電を見て、アスカはにやりと笑って言った。

そして、目の前に開けた直線を見据える。
「これで、トップか。今のうちに、できるだけリードを広げておくべきよね。」
つぶやいた、次の瞬間_。

「え?!」

突然の雨滴が、フロントガラスを濡らし始めた。
それが、みるみる数を増やしていく。

「何よ、これぇぇぇっ!」
いきなりの豪雨が、それまでの熱気に包まれたコースを襲っていた。




「この雨を読んで、予めレインタイヤに換装したのかい。」
隣のピットからやってきた、鈴木という男がミサトに声をかけてきた。

「まあ、そんなところです。」
ミサトははぐらかす様に言った。

以前から、この男が好きになれなかった。
それにレインタイヤへの換装は、シンジの提案だったからでもある。

「凄いね。よっぽど熟練したチーム監督か、最新のシステムでも導入でもしないと、
 そうそうルマンの天候を読むなんてことはできないものだが。」

「でも、かなりの確率で一度は降るものなんでしょう?」

「それは、そうだが。いつ降るか、ということが問題だ。
 ルマンの一周は長い。
 雨への対応をいかに迅速に行うかが、勝負の分かれ目になることもある。」

「そうですわね。」
早くあっちへ行ってくんないかなぁ、と思いながらミサトは応じた。

「君らを、シロウトだと思って、誤解していたよ。
 ここまで来たら、本当に優勝も夢ではない。
 我々も真剣にバックアップする。協力できることがあったら、何でも言ってくれ。」

「いえ、今までただ単に、ラッキーだっただけです。
 今にメッキが剥げるかもしれませんわ。」

「そうか? そうでないことを祈るよ。」
そう言うと、男は自分のピットに戻っていった。

「何の話だったんです?」
シンジが近づくと、ミサトに尋ねた。

「なんでもないわよ。
 さぐりを入れにきたのか、皮肉を言いにきたのか、どちらかでしょう。
 わたしたちが勝ってしまうと、あちらさんは立場がないものね。
 なにせ、あちらは正規軍。わたしたちは、傭兵部隊だもの。」

そう、鈴木が率いるのはもう一台の『紫電』だった。
ルマン・プロジェクトの初期段階から参加しており、数少ない国内のプロのレーサーを
専属ドライバーとして擁していた。

鈴木自身、往年の名レーサーでもある。
ミサトたちが参画することには、最初から反対していた。
『いくら速いからといって、所詮はシロウトではないか。
 レースが何たるかを知っていないものを、チームに加えるわけにはいかない。』
それが、彼らの言い分だった。

だが、上からの命令で結局、ミサトたちの参画は決定された。
しぶしぶ従ったものの、当然ミサトたちには非協力的であった。
それでも、チーム運営に直接支障をきたすようなまねせをしなかったのは、
シンジたちの速さそのものは、認めているからである。
実際彼らのマシンは、ミサトたちの紫電から2周遅れの6位に甘んじていた。

ミサトたちが飛ばすだけ飛ばして、ポルシェを初めとするライバルチームを翻弄し、
マシンがそれに耐えられなくなって、ともに潰れてくれればそれにこしたことはない、 
…彼らはそう考えているふしがあった。

「でも、協力できることがあったら、何でも言ってくれって言ってましたよ。」

「外交辞令に決まってるわ。あてにしたら、足もとを掬われるわよ。」
「同じチームなのに?」

「マシンが同じというだけよ。
 なまじ手のうちを知っているだけに、余計に始末が悪いわ。」

シンジはそれ以上言うのはやめた。
ミサトのいうとおりかも知れないし、そうでないかも知れない。
ただ、チームに参入したばかりの頃に、ミサト個人が相当な嫌がらせを受けたのは
確かのようだった。

「ちょっとそのへんを、ぶらぶらしてきますね。」
「あまり、遠くへ行ってはだめよ。それに、『携帯』を忘れないでね。」

「もう! 子供じゃありませんよ、ぼくは。」
そう言うとシンジは、ピットの通用口を出て、オフィシャル用のレストランに向った。




シンジは、軽食をとるつもりだった。
チームのトレーラーにも準備はしてあるが、いつも同じものでは飽きる。
それにミサトが言うほどではないが、やはり「外様」であるシンジたちには、
嫉妬を含んだ視線を感じることがあり、居心地が悪かった。

オフィシャル用のレストランに入ると、
「シンジ!」
いきなり、声をかけられた。

「マナ…。」
霧島マナだった。彼女がしきりに手招きするので、近寄って言った。

「一応、別チームなんだから、あまり親しげにするのはまずいんじゃない?」
マナは、日本から出場しているもうひとつのチーム、『黒竜』のドライバーだった。
ムサシ、ケイタとともに暗緑色のマシンを操り、大方の予想を覆して善戦して、
シンジたちから1周遅れの4位につけている。

「平気よ。ここまで来て隠し事したって、大勢に影響ないわよ。」
「だって、チームの作戦もあるし…。
 何かあって、疑われたりしてもつまらないよ。」

「大丈夫だって!
 それよりシンジたち、すごいじゃない。トップを争ってるんでしょ?」

「マナたちこそ、すごいよ。
 いくら戦自の特機(トライデント)のパイロット出身だからって、
 ワークスでもないマシンで、いきなり4位を走るなんて。」

「…表向きはともかく、『セミワークス』なのよ。」
マナは、少し言いにくそうに言った。

「え? そうなの。」

「知ってる? 昔、ダイワ自動車というメーカーがあったことを。
 ラリーの世界選手権なんかでは、結構活躍して有名だったそうよ。
 技術力は相当あったみたいだけど、無理に系列店を増やしすぎたせいで体力が弱まり、
 セカンドインパクト後の混乱の中で消えていったらしいけど。」

「それと、どういう関係があるの。」

「今回のレースで結果を出すことによって、ダイワ自動車が再生する話が出ているの。
 グループ系列のダイワ重工が、バックアップしているわ。
 ダイワ重工というと、あのトライデントを製作して戦自に納入した会社よ。」

「じゃあ、ダイワ重工がらみのチームなんだ。」
「そう。そして、戦自の関係者も絡んでる…複雑なのよ。」

「だからマナたちが、ドラーバーに選ばれたんだ…。
 でも、やっぱりすごいよ。」

「ううん。ここまでこれたのは、マシンの仕上がりがよかったからよ。
 それと、やっぱりチーム監督のおかげ。」
  
「…チームが一丸となっているんだね、うらやましいな。」
シンジは、自分たちのギスギスした雰囲気を思い出して言った。

「監督が、誰か知ってる?」
「知らないよ、よそのチームの監督までは。
 監督どうしならともかく、ぼくらが相手チームに出入りするわけないもの。」

「シンジが、よく知ってる人よ。」
「え? 誰だろう。」

『元ネルフの関係者だろうか。とうさんがそんなことするわけはないし、
 ミサトさん以外でチームを引っ張れそうな人というと…わかんないな。』

「教えてほしい?」
「…うん。」

「ア、イ、ダ、君。」
「ええーーーっ!!」
シンジは思わず大声をあげてしまった。

周囲で食事中の人たちの視線を一斉に浴び、
『すみません…。』
小さな声で謝る。

マナは、くすくす笑った後、
「彼は、すごいのよ。…シンジたちほどでは、ないかも知れないけど。
 この雨も、パソコンを使って予測していたの。
 ついさっき、レインタイヤに履き替えて、ケイタがピットアウトしたわ。
 順位をもうひとつふたつ、上げられるかも知れないって。」

なるほど、とシンジは思った。
最初は信じられなかったが、よくよく考えてみれば、ケンスケはそういうことには
向いているかも知れない。
メカが好きだし、分析能力も人一倍あるし…。
でも、どうやって、国際レースのレーシングチームに入り込んだのだろう。

「じゃあ、マナたちとも、本気で戦うことになるかも知れないね。」

「そうね。そのときには、遠慮しないわよ。」
そういうと、マナはにっこりと笑った。




「ちっきしょ〜〜〜!!」
アスカは、大声で毒づいた。

ユノディエールの直線で、アスカのボルシェはレイの紫電に抜き返されていた。
どしゃぶりの中、レイの紫電はみるみる遠ざかっていく。

アクセルを思い切り踏んで、ついていきたかった。
だが、ノーマルタイヤでそれをすれば、間違いなくハイドロプレーニングを起こす。
あっという間にコントロールを失い、クラッシュが待っている。
そのくらいのことは、アスカにもわかっていた。

最も悪いタイミングで雨が降ってきた。
後続車の中には、いち早くレインタイヤに換えたものも多いだろう。
アスカの場合、タイヤ交換にピットに入るには、まだコースの8割以上を走らねばならない。

トップの紫電に差を広げられるだけではなかった。
場合によっては、3位以下のライバルたちに差を詰められるかも知れないのだ。

「なんだっていうのよ、もう!」
罵るしかなかった。

「アスカ、次でピットインだ。わかっているな。」
ヘッドフォンを通して、自チームのシュトメレン監督の声が聞こえた。
「カヲルと交替だ、いいな。」

「………。」

「アスカ、聞こえたら応答しろ!」
『自棄を起こすんじゃないよ。ここは、ぼくにまかせるんだ。』

監督の声に続いて、カヲルの声も聞こえた。
カヲルは監督のすぐ後ろに立っていて、マイクに向かって口を出してきたのだろう。

「…わかってるわよ!」
アスカは押し殺した声で応えた。

そう、自棄を起こしたら終わりだ。
ゴールまで、あと6時間近くある。 
挽回のチャンスはまだ、いくらでもある筈だ。
アスカは自分に、そう言い聞かせた。




この時点での順位_。

順位 マシン名 チーム名 現在のドライバー
1位 紫電 二号車 チーム「紫電」 綾波 レイ
2位 ポルシェ982 ブラスト・ポルシェ   惣流 アスカ ラングレー 
3位 ポルシェ982 一号車 ポルシェワークス ベン フィッツパトリック
4位 黒竜 チーム「黒竜」 浅利 ケイタ
5位 ポルシェ982 二号車 ポルシェワークス デイビー ピーターソン
6位 紫電 一号車 チーム「紫電」 高橋 明
7位 フェラーリP47 二号車 フェラーリワークス リカルド ロイテマン
8位 ロンドーLM21 一号車 チーム「ロンドー」 ゴードン ジョーンズ



                            続く_。