初号機は、輸送機から離脱した。
バーニアで落下速度をころしながら、右の掌の上に球状のATフィールド塊を
作り上げる。
この距離で命中させるとなると、相当な集中力が要求されるので、複座プラグは今は高シンクロモードに設定していた。
本当は、初号機支援機からパレットガンを受け取りたかったが、ぐずぐずしいてると弐号機が危ないのだ。
「てぇい!」
掌の上のATフィールド塊を、量産機の一体に向けて投げつける。
さらにもう一回、ATフィールド塊を作って投げる。
「はっ!」
二個のATフィールド塊は、弐号機を取り囲む量産機の円陣の中に吸い込まれるように飛んでいく。
そして、それぞれ、2体の量産機の翼の部分に命中した。
ATフィールド塊を食らった量産機は、白い羽毛を撒き散らしながら落下する。
『む!?』
そのことで、キールは初号機の復活を悟った。
『目覚めたか、初号機。待っていたぞ。
だが、主役としての出番はまだだ。
お膳立てが整うまで今しばらく、観客でいてもらおうか。』
そう言うと、武器を手にしていた量産機は、その全てのツインブレードをロンギヌスの槍に変化させた。
さらには、落下しかけていた2体の量産機も、翼を2度、3度とはばたかせると、
何事もなかったかのように上昇を始める。
どうやら、ATフィールド塊が命中した衝撃で、バランスを崩しただけの様だった。
「距離がありすぎた・・・やっぱり、パレットガンを持ってくるべきだったか!」
シンジは、武器を受け取りに支援機まで戻るべきか、このまま突っ込むべきか、
一瞬躊躇してしまった。
そのわずかなためらいが、命取りとなった。
量産機が、手にしたロンギヌスの槍を一斉に初号機に向かって投擲した。
唸りをあげて、次々に槍が飛来する。
「うわっ!」
姿勢制御用のバーニアによって、シンジはその空域を離脱しようとするが、
距離がありすぎるのが災いしてか、槍は軌跡を変えて初号機を追尾する。
身をよじって、なんとかそれを初号機はかわす。
そこを轟音とともに、次々と機体を掠めて槍が通過していく。
そのうちの1本が、初号機にかわされた後、VTOLの1機に命中した。
機体の中央からへし折れ、続いて燃料に引火したのか、派手に爆発した。
「くっ!」
唇をかみしめながら、シンジは回避運動を続けた。
だが、空中ではさほど小回りが利くわけでもない初号機にとって、
いつまでも逃げ回っていられるわけがなかった。
ついに4本目の槍が初号機のランドセルを襲い、バーニアのメインノズルを粉砕した。
衝撃で複座プラグが激しく振動する。
「きゃあ!」
レイが短く悲鳴を上げる。
推力を失った初号機は、落下を始めた。
「綾波、大丈夫?」
「ええ・・・。」
「しっかりつかまってて。」
「どうするの。」
「ただでは、落ちない。量産機のどれかを、道連れにするよ。」
「わかったわ。」
初号機は落下しながら、姿勢制御用バーニアをふかし、円陣を組む量産機の1体を目指す。
そして、油断している量産機を背後から羽交い絞めする様な形で捕らえた。
「シンジ!!」
アスカは目の前で初号機が量産機を捕まえ、ともに落ちていくのを見た。
「シンジ・・・。」
「心配いらないよ。シンジ君なら、なんとかするさ。」
「そうね。」
アスカとカヲルが言うように、初号機は量産機をクッションにすることで、
地面への激突の衝撃を和らげた。
さらにATフィールドを展開しており、初号機へのダメージはほとんどなかった。
サハクィエルを受け止めたときの衝撃を考えれば、大したことではなかった
だろう。
それでも2体が落ちた地面は大きく陥没し、初号機も量産機も、しばらくは動けないようだった。
「「・・・・・・・・・。」」
アスカとカヲルは心配そうに見つめた。そこへ、
『他人のことを心配している場合かね。』
キールの声がした。
みると、ツインブレードを再び手にした4体の量産機と、武器を持たない1体の量産機が
あらためて弐号機を取り囲んでいた。
ツインブレードのひとつは、先の戦闘で弐号機が奪い取っているからである。
「・・・来る気ね。」
アスカは、覚悟を決めた。
弐号機を包囲する量産機のうちの1体は、上空を見上げた。
そこには、ミサトの司令機を含めた8機のネルフの編隊がいる。
そいつは、槍を投げたそうにしているようにも見える。
先程、VTOLを撃墜したのはこいつの槍だった。
『まだだ。』
キールは告げた。
『雑魚はいつでも落とせる。儀式が先だ、手順を間違えるな。』
量産機は、しぶしぶ弐号機に向き直った。
一方でミサトは、日向に全機に次の様に告げる様、命じていた。
「今ここで、弐号機を失うわけにはいかないわ。
戦闘が始まったら、輸送機を除く全機で量産機を攻撃。
・・・弐号機を支援して。
できれば、弐号機が輸送機に戻るまでの時間を稼いで頂戴。」
「了解です。」
日向は全機に対し、暗号で打電した。
「悪いわね。」
ミサトは言う。
「量産機の反撃を受けたら、私たちはひとたまりもない。
作戦とは言えないわね。・・・本当に、ごめんなさい。」
日向は、微笑んで応えた。
「いいんですよ。それでも、エヴァを守らなければならない。
そうでしょう?」
『行け!』
キールの合図とともに、1体の量産機がツインブレードを構えたまま滑空し、
背後から弐号機に襲い掛かった。
それを、カヲルがランドセルのポッドから発射したミサイルで迎え撃つ。
量産機はATフィールドでそれを防ごうとするが、ある程度は中和されているので、
衝撃を受けて後退する。
それを皮切りに、弐号機対量産機の戦いが始まった。
「カヲル、ありったけの火器を使って。出し惜しみはなしよ。」
アスカは、波状のATフィールドを展開し、正面の量産機に向けて放つ。
シンジのATフィールド塊ほどの威力はないが、じゅうぶん牽制にはなる。
「弾切れになったら、高シンクロモードに移行。肉弾戦にかけるわ。」
「了解。」
弐号機は横方向に自転しながら、ミサイル、ニードル弾、後部バルカン砲
・・・あらゆる飛び道具を周囲の量産機に向かって放つ。
同時にミサトの指揮のもと、残っている3機のVTOLと司令機、2機のEVA支援機が、
空対空ミサイルを量産機に向けて発射する。
「アスカ、カヲル君、聞こえる?」
そんな中、弐号機にミサトからの通信が入る。
「敵が怯んだら、とりあえず輸送機に戻って補給を受けて。
その間、私たちがなんとか時間を稼ぐわ。」
「・・・無理ね。」
アスカは、戦況を見ながら応えた。
「それほど、この敵は甘くはないわ。
時間を稼いでいるのは、私たちの方よ。
初号機が動ける様になったら、高度を落として初号機と合流するわ。
今の奴らの狙いは、この弐号機。 補給なんかに戻ったら、全滅するわよ!」
「アスカ! 補給を受けないと・・・。」
ミサトの言いたいことはわかっていた。
だが、今は量産機の動きを止めるだけで精一杯だった。
アスカとカヲルの二人で、量産機のATフィールドを中和しながら、
中距離攻撃を続けている。
だが、敵は5体いるのだ。
フィールドの中和が、全てに及ぶわけではない。
ATフィールドではじかれることもあれば、身をひねってかわされることもある。
また、命中した場合も致命傷を与えられるわけではない。
S2機関を備えている以上、時間がたてば回復してしまう。
・・・不毛な戦いであった。
さらには、接近できぬことに業を煮やして、ロンギヌスの槍を投げつけてくる奴もいる。
投擲されたばかりの槍は速度が遅く、加速がかかるほど距離がないので
かわすのは容易であったが、神経をすり減らすことにかわりはない。
攻撃の手を緩めれば、たちまち量産機は群れを成して襲ってくるだろう。
とても、輸送機まで戻れる状況ではなかった。
初号機は、ようやく身を起こした。
気がつくと、地上にいた頭のつぶれた量産機がすぐそばに迫っていた。
そいつが、ツインブレードを振りかざして襲ってきた。
間一髪でそれをかわし、地面にツンブレードを突き立ててつんのめったそいつの顎を
思い切り蹴り上げた。
後方に吹っ飛んで、その量産機は動かなくなった。
続いて、落下のときクッションにしていた量産機の方を見る。
そいつも動き出したものの、体の半ば以上が地面にめり込んでいる為、
起き上がれずにもがいている。
「綾波?」
シンジは、レイに声をかけた。
「なに、碇君。」
「けがはない?」
「私は、大丈夫。」
「そうか、よかった。さて、これけらどう・・・。」
そこまで言いかけて、シンジは急に悪寒がした。
咄嗟に、その場を跳びのいた。
その初号機のいた位置に、轟音をたててロンギヌスの槍が突き刺さった。
グゥゥゥ・・・。
地面に半ばめりこんでいる量産機が、いまいましげにうめいて起き上がろうとする。
槍を操っていたのは、こいつだ。
シンジは、直感的に悟った。
さきほど、空中で初号機を襲った槍のうちの一本だろう。
投擲された槍は、持ち主の手に戻るか誰かに奪われるまでは、元の持ち主の
意のままに動く・・・もちろん、シンジはそんなことを知る由もない。
だが、シンジは咄嗟にその突き刺さった槍を引き抜いた。
そして、起き上がってこようとする量産機の胸を槍で刺し貫いた。
クェェェェ・・・。
そいつは、いやな声をあげて痙攣し、やがて動きを止めた。
「イーヴ・・・。」
シンジは、嫌なことを思い出した。
その昔、イーヴを操って敵であったタブリスを地上に押さえつけ、さらにエヴァを操って
ロンギヌスの槍で、イーヴごとタブリスを刺し貫いたときのことだ。
量産機は、そのときのイーヴに非常に似ている。
というより、イーヴに似せて量産機は作られたのだ。
「アロマのイーヴを、よくも・・・。」
あらためて、ゼーレへの怒りが胸の内に湧く。
そのとき、
「碇君、弐号機が!」
レイの声でシンジは我にかえった。
弐号機は、初号機と合流しようと、高度を下げ始めたところだった。
すでに、弾切れとなっていた。
手にしたツインブレードで、次々と襲い掛かってくる量産機をなんとか迎えうっているが、
どうみても多勢に無勢だった。
滑空して背後から翼で体当たりしてくる奴には、いいようにあしらわれていた。
体当たりされる度に、弐号機の機体はコマの様に回転する。
そこへ別の量産機が、ツインブレードで切りかかってくる。
ふらふらになりながら、なんとかそれを手にしたブレードではじきかえす。
見ていて、痛々しい光景だった。
「もう、やめて!」
レイが悲痛な声で、そうつぶやいた。
「アスカ! カヲル君!!」
初号機はバーニアのメインノズルを損傷しており、救援に行けない。
シンジは、そんな自分が歯がゆかった。 情けなかった。
そして、ついに弐号機はバーニアの噴射を止めてしまう。
・・・燃料が尽きたのだ。
「これまでだね。」
カヲルは、覚悟を決めてつぶやいた。
弐号機は、落下を始めていた。
「そうね。カヲル、あんたはよくやったわ。・・・ありがとう。」
「アスカ?」
アスカは、素早く複座プラグの設定をTSSモードに切り替える。
「なにを・・・。」
カヲルが何か言う前に、プラグスーツの背中から圧力注射が射ち込まれた。
カヲルは気を失い、弐号機とのシンクロの大半は、アスカが受け持つこととなった。
そこへ、量産機のツインブレードが、下からすくい上げる様に弐号機を襲う。
切り裂かれたランドセルから、破片が飛び散る。
「ぐぅぅっ!」
アスカは呻いた。
弐号機は衝撃で一瞬跳ね上がるが、再び落下を続ける。
「アスカァァァ!」
そう叫んだのは、だれだろうか。
シンジが、レイが、ミサトが、リツコが、そしてユイが見守る中、満足にATフィールドも
展開しないまま弐号機は落ち続け、やがて地上に激突した。
「きゃぁぁぁぁぁ!」
アスカの絶叫が最後に聞こえた。
「アスカ、アスカーッ!」
「アスカ!」
初号機が駆け寄りながら、シンジとレイが呼びかけるが、既に音信不通となっている。
アスカは、弐号機の最後を悟ると、シンクロのほとんどを自分ひとりに切り替えて、
カヲルへのダメージを少しでも減らそうとしたのだった。
だが、そんなことをすれば、アスカの肉体は衝撃に耐えられまい。
「アスカ・・・。カヲル君・・・。」
シンジがそうつぶやくと、初号機は足を止めて棒立ちになった。
その少し先に、弐号機は上半身を地面に突き刺すようにして、埋まっていた。
「戦局は、有利だな。」
ゼーレ、いや人類補完委員会のメンバーのひとりが、そうつぶやく。
例の、薄暗い会議室の中である。
「ではそろそろ、戦自に動いてもらうとするか。」
「そうだな、ネルフの本部には、ほとんど有能なスタッフは残っていまい。」
「さよう、占拠するには、うってつけのタイミングだよ。」
委員会から、日本の戦自に向けてネルフ侵攻の依頼が打電された。
その事態を予想し準備していた戦自は、ただちに本部の占拠にむかった。
「よくも・・・。」
シンジはつぶやいた。全身が怒りに打ち震えた。
「よくも、よくもぉぉぉ!!」
絶叫に変わった。
初号機の背中から、まばゆい光がほとばしった。
ランドセルの大半が、吹き飛ぶ。
光は天高く立ち上り、白い十字架を形作った。
それがさらに割れ、4枚の光の羽となる。
初号機は、そのまま天空に舞い上がっていた。
『来たか・・・。』
キールは、ほくそ笑んだ。こうなることを、予測していたかのように。
空に浮かび上がった初号機を、5体の量産機が取り囲んだ。
『すべては、絶望の前に・・・。
復活の日は、大いなる災厄をもって成し遂げられん。
今ここに、選ばれし神の子を、アダムの分身に捧げる・・・。』
「うるさい!」
シンジは叫んでキールの言葉を遮った。
「おまえたち、よくもアスカを・・・カヲル君を!!」
「碇君・・・。」
レイは、どうしていいかわからなかった。
シンジの怒りは理解できるが、怒りにまかせた行動で事態が収拾できるものなのか。
勝算のない行動は、弐号機の二の舞になるだけではないのか。
「碇君、落ち着いて。今は・・・。」
「綾波、ごめん。」
そういうと、シンジは複座プラグをTSSモードに切り替える。
「う・・・。」
背中から圧力注射を受けて、レイは意識を失った。
これからは、自分ひとりで決着をつける・・・そうシンジは決意していた。
『お膳立ては、そろいつつあるな。』
「勝手なことを! もうおまえたちの好きなようにはさせない。
みんな、ぶっつぶしてやる!」
『そうもいくまい。見よ。』
キールの量産機が片手をあげると、それを合図に他の量産機が手にしていた
ツインブレードが、一斉にロンギヌスの槍に変わった。
『未練を断ち切ってやろう。やれ!』
キールがそういうと、2体の量産機がロンギヌスの槍を投擲した。
初号機にではなく、彼等の上空・・・ネルフの編隊に向けて。
VTOLの一機が、あっさり撃墜された。
続いて、もう一機も。
回避行動をしようにも、十分な距離があるため、槍はやすやすと進路を変えて
確実に目標を捕らえるのだ。
「や、やめろ!」
シンジが叫ぶ。
『どうにもできまい。所詮、リアルチルドレンといっても、
過去の叡智の力を扱えなければ、でくのぼうに過ぎぬ。』
「あなたも、【リアルチルドレン】でしょうに!」
回線が割り込んできた。ユイの声だった。
『・・・よく知っていたな。だが、昔のことだ。』
「ダミープラグの配下にある量産機に、己の意思を伝えて自在に扱える
・・・それができるのは、リアルチルドレンだけでしょう。
あなたたちは、一体何を望むのですか。そうまでして・・・。」
『それ以上はいうな!
ちょうどいい、依代(よりしろ)のための最後の奉げ物は、
裏切り者のおまえになってもらおう。』
そういうと、キールはみずからの量産機の武器をロンギヌスの槍に変え、
ユイが乗っている初号機専用輸送機に向けて投擲した。
「母さん!!」
シンジが叫ぶ。
「シンジ!・・・。」
それが、ユイの最後の言葉となった。
キールの槍は、輸送機の後部に命中し、輸送機はユイを乗せたまま、
煙を吹いてゆっくりと落ちていく。
「母さん、母さん、母さーん・・・。」
シンジの悲痛な叫びをよそに、輸送機の落下速度は増し、
黒い煙の尾をひいたまま、旋回しながら落ちていく。
そして、やがて機体は森の中に消え、轟音とともに火の手があがった。
「母さん!! うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ・・・。」
シンジの絶叫は、いつまでも続いた。
『にいさん、にいさん。』
サクヤの、呼ぶ声がする。
『にいさん、起きて。』
カヲルは、目を開いた。
弐号機の複座プラグの中だった。・・・血の匂いがする。
はっとして起き上がった。
「アスカ!」
呼びかけるが、返事がない。
前のシートを覗き込む。アスカはぐったりして動かなかった。
「アスカ・・・。」
『アスカさんは、にいさんを守ろうとして、自分ひとりへのシンクロに切り替えたのよ。』
サクヤの声が、そう言う。
「なんてことを・・・。
アスカ、死んでしまったら、君への約束を果たせないじゃないか。」
そういうと、カヲルは唇をかみしめた。
「くそっ、ぼくは自分がなさけないよ。
サクヤや、母さんに続いて、アスカまでも・・・。」
『キールが、憎い?』
「ああ、憎いね。この身がどうなろうとも、この手で奴の息の根を止めたい。」
『・・・方法は、あるわ。』
「こんなありさまで、どうやって?」
『タブリスの力を今一度、解放するのよ。』
「タブリスの? だめだよ、ぼくにはもう・・・。」
『力は、残っているわ。エヴァとシンクロできるもの。
それに、その瞳の色。タブリスとして覚醒したその日に得た、そのままの色だわ。
今だから言えるけど、私はもともと、タブリスにはなれなかったのよ。
にいさんは、アダムに触れてタブリスになったのではない。
過去のタブリスの思念によって、現代に人の姿として生まれ変わったタブリス。
それが、にいさんだったのよ。』
「まさか・・・そんな! じゃあ、サクヤはいったい、何のために。」
あれだけの苦痛に耐えて、タブリスとなることを目指したというのだ、
そうカヲルは思った。
『私のことは、気にしないで』
サクヤの声は、淋しげに言った。
『だから、にいさんがタブリスとして覚醒するためにアダムに触れたのは、
きっかけに過ぎなかった。
にいさんは、自分の意思でタブリスに戻れる筈なのよ。』
「・・・わかったよ。サクヤのためにも、アスカのためにも、ぼくはキールを許さない。
魔王となっても、必ず仇(かたき)を討つよ。」
そう言うと、カヲルは目を閉じた。
何かに集中している。
自分の内にある、タブリスとしての意識を呼び戻すために。
そして、再び彼が目を開いたとき、その瞳は猫の眼のように金色に輝いていた。
一方シンジは、量産機に取り囲まれたまま、どうしようもない脱力感を感じていた。
母、ユイの乗る輸送機を、目の前で落とされた。
アスカとカヲルの弐号機も、シンクロしている搭乗者の生存は絶望的に思われた。
自分の無力を、思い知らされていた。
動きを止めた初号機を、量産機は見逃さなかった。
光の羽のそれぞれを、4体の量産機が羽交い絞めにする。
初号機は、身動きがとれなくなった。
『では、儀式を始めよう。』
キールはそう言うと、なにごとかつぶやき始めた。
「大気圏外から、何かが接近中!」
弐号機支援機の中で、青葉が何かをキャッチしてそう告げた。
「何なの?」
リツコが問うが、
「速過ぎて、分析できません!」
青葉がそう報告する間にも、それは肉眼で見えるほどの光点として接近している。
そして、キールの量産機が右手を伸ばすと、それはその手の中に納まった。
「ロンギヌスの槍?!」
リツコは、そうつぶやいた。
それは、かって初号機がアラエルを殲滅するために投擲し、
今は月軌道上にある筈の、オリジナルのロンギヌスの槍だった。
「弐号機、再起動します!」
さらに別のモニタを確認していた青葉は、そう叫んだ。
「まさか!」
リツコの驚愕の声をよそに、弐号機は逆さに地面に突き刺さった体制から、
自力で起き上がっていた。
「不可能だわ、あんな動き。ヒトの動きではないわ!
それに、エネルギーも残っていない筈。 まさか、暴走?」
「弐号機の内部から、S2機関の稼動を確認。
それに・・・パターン青、これは使徒です!」
「なんてこと・・・。」
リツコは、茫然とする。
すでにこの戦いは、人智の及ばぬものになりつつあることを、彼女は悟っていた。
弐号機は、上空を見上げた。
そこには初号機を取り囲んだ、5体の量産機がいた。
あれのうちのどれかに、キール・ローレンツがいる。
弐号機の肩口から、黒い霧が立ち昇った。
それがみるみる形を変え、ヒト型の上半身となる。
その頭部は、黒猫の様である・・・いつかのタブリスの姿だった。
その眼にあたる部分が、爛と輝く。
なんらかの攻撃を、上空の量産機たちに与えようというのか。
だが、このままでは、初号機まで巻き添えになるのではないのか。
複座プラグの中のカヲルは、空ろな目をして初号機と、それを取り巻く量産機を見ていた。
その金色の瞳には、初号機は映っていない様に見える。
『アスカ・・・。』
抑揚のない声で、カヲルはつぶやく。
『ぼくの持てる全ての力を尽くして、これから君の仇を討つよ。』
そしてカヲルは、何かの「気」を貯め始めた。
カヲルの口許に、笑みが浮かんだ。
始めて見せる、邪悪な笑みだった。
『いくよ。』
そしてカヲルがそうつぶやき、貯めた「気」を解放しようとしたそのときだった。
・・・何かが、カヲルの膝に触れた。
そして、
「やめて・・・。」
聞き取れないほどの小さな声が、カヲルを呼んだ。
カヲルの瞳に、意志の光が戻った。色も紅色に戻っている。
「アスカ!」
そこには、血にまみれた体で前方のシートから這いずってきて、
震える手でカヲルの膝を掴んでいるアスカの姿があった。
「だめよ、カヲル・・・。」
アスカは、喘ぎながら言った。
「あたしのことはいいから、シンジを傷つけることはしないで。
シンジを、助けてあげて。もう、あいつしかいないの。」
そう言うと、アスカは、ごぼっと血を吐いた。
「アスカ・・・。もういい、しゃべるな。」
カヲルは、アスカを膝の上に抱き上げた。アスカの体は、とても冷たく感じた。
「あんたの力で、シンジを助けてあげて。
もう、人類を救えるのは、シンジしかいないの。
そして、シンジを助けられるのは、あんたしか・・・。」
「無理だよ。」
カヲルは、かぶりをふった。
「今のぼくは、使徒__タブリスだよ。
【人の姿をした、究極の使徒】だ。破壊の限りをつくすことしか、できない。」
『そんなことは、ないわ。』
再び、サクヤの声がする。
『にいさんはもう、かってのタブリスではない。
タブリスが【人として生きる】ことを選んだために、人の心を知ったわ。
アスカさんを、抱いてあげているのがその証拠よ。』
「サクヤ・・・。」
「・・・・・・・・・。(この人が、妹さん・・・サクヤなのか)」
カヲルとアスカは、サクヤの次の言葉を待つ。
『人としての気持ちが勝れば、使徒の本能を押さえつけることができる筈よ。
たとえ、使徒の力を解放したとしても。』
「わかった、やってみるよ。
アスカ、ぼくを見守っていてくれるかい。」
アスカは頷くと、震える手を差し出した。カヲルはそれを、しっかりと握る。
カヲルは意を決すると、おのれの内なる力を解放した。
同時に、人としての自分を、強く意識する。
「『ぬぅぅぅぅぅ・・・」』
カヲルは、きつく目を閉じた。
弐号機の肩口から立ち昇っていた、黒い人影が消える。
そして再びカヲルが目を見開いたとき、その瞳は金色に輝いていた。
あとがき
ユイの乗った輸送機は落とされ、アスカも瀕死の重傷を負いました。
絶望の淵に沈んだシンジは量産機に捕われ、絶体絶命の危機が続いています。
カヲルは、シンジを助けることができるのか。
また、戦自に襲われようとしているネルフ本部は、切り抜けることができるのか。
次回が、最終話となります。
お楽しみに