ゴルボフスキーは、1本の電話で安眠を妨げられた。

時刻は午後11時過ぎ・・・床についてから、30分あまりしか経っていない。
電話は、彼が指揮するネルフのロシア支部からだった。

「なんだ?」

「司令、お休みのところを誠に申し訳ありません。」
電話口の男は、恐縮していた。
「ですが、至急ご覧いただいた上で、判断を仰ぎたいことがございまして。」

「・・・わかった、すぐに行く。」
ゴルボフスキーは、急いで着替えると、ロシア支部に向けて車を走らせた。

『まったく、たまに早く帰ると、すぐこれだ。
あいつらは、自分で判断するということができんのか。』
ぼやきながらも、車をとばす。

『まさか、このロシアに使徒が現れたわけでもあるまい。
あれは、アダムが眠る第3新東京しか狙わないという話だったし。

第一、使徒なら使徒と、いくらあいつらでも明言するだろう。
・・・では、いったい何だというのだ。』

30分後には、司令室に到着していた。
「報告を聞こうか。」

「まず、こちらをご覧下さい。」
部下の一人が、スクリーンに画像を投影する。

「偵察衛星からの映像です。」
「これは・・・?!」

そこには、モスクワに向かって飛行している10機ほどの編隊が、
おぼろげに映し出されていた。



--- 人 身 御 供  第 ニ十一話 ---
    


「何故、今まで気付かなかった。」
ゴルボフスキーは、つとめて冷静に尋ねた。
映像で見る限り、領土内のかなり奥深くまで侵入されているようだった。

「極めて高性能なステルス機能が、稼動しているものと思われます。
我が国のレーダーには、一切反応しません。
たまたま我々の偵察衛星が、首都圏防衛線を光学的に索敵したところ、
発見したものです。

それでも、あの程度の映像しか得られないということから、
光学的な対策もなされているものと考えます。」
そのように、部下の一人が答えた。

「奴らは、何者だ。そして今、何処にいる?」
ゴルボフスキーの問いに、別の部下は答えた。

「10機中5機は、その機影から我がネルフのVTOLと同型機と判明しました。
そして、残り5機のうち2機は、EVA専用長距離輸送機と思われます。

このことから、我らのMAGIは目標はネルフ本部の強襲部隊と推定しました。
現在、モスクワの北東750キロの地点まで接近しています。」

「ネルフ本部だと! 
それでその目的は? MAGIは何と言っている。」
つい、声が大きくなる。

ゴルボフスキーには、わかってしまっていた。
ネルフ本部が、わざわざモスクワを陥落させるために、
エヴァを運んでくるわけがない。

エヴァが出動する理由は、限られている。
ひとつは、使徒の殲滅・・・今回、これはあるまい。

もうひとつは、同じエヴァの滅殺。
モスクワを越えると、彼等の進路の延長上には、ゼーレの本部施設がある。
そしてつい先日、ネルフロシア支部は、せっかく開発を完了した、
エヴァ拾号機と拾壱号機を、ゼーレに徴集されていた。

MAGIの判断は、案の定だった。
モスクワ侵攻の可能性は、14%しかない。

それでも、ゴルボフスキーは命じた。
「戦闘用VTOLを20機、目標に向けて発進させよ!」



「あと1時間で、モスクワの北160キロ地点を通過します。」
日向の声に、乗組員の間にあらためて緊張が走る。

「このまま、なにごとも起きなければいいんだけど・・・。」
ミサトがそうつぶやいたとたん、報告が入った。

「二時の方向に6機の機影!」
「やっぱり、そう簡単に通してはくれないか。」

続いて、 「九時の方向から、さらに8機が接近中!」
「五時の方向からもです!! 4機!」
次々と戦闘用VTOLの接近が確認された。

「第一種警戒体制に移行して!」

最終的には、ミサトたちの編隊は、20機のVTOLに囲まれることになった。

「見事に、囲まれたわね。」
「どうします?」
日向の問いにミサトは、

「様子を見るしかないわね。」
覚悟を決めて、そう言った。



左右から、1機ずつのVTOLがミサトたちの編隊に近づいてきた。

「ミサトさん、わかっているとは思うけど。」
ミサトの司令機に、ユイから通信が入った。
「彼らの呼びかけに、一切応じては駄目よ。特に、一般回線での通信は。」

「ええ、どんなことからゼーレに傍受されるかわからないですものね。
完全に、沈黙を守ります。」

「それから、たとえ攻撃を受けたとしても、反撃しては駄目よ。
威嚇を含めてね。
私たちの目標は、あくまでもゼーレなのだから。」
「・・・わかっています。」

やがて、接近するVTOLの一機から、誰何(すいか)の連絡が入った。
だがそれは、ユイが懸念した一般通信回線ではなかった。
・・・外部照明灯のオン/オフによる、モールス信号だった!

ただちにそれは、司令機搭載のコンピュータで、音声に変換された。
それは、こう言っていた。

『貴軍らは、我国の領空を無断で侵犯している。
直ちにその所属を明らかにし、当方の指揮に従い転進せよ。
速やかに返答なき場合は、撃墜するものとする。』

「どうします?」
通信内容を聞いて、日向は尋ねた。

「司令代行が、言われたとおりよ。
たとえ攻撃されても反撃しないで、現状維持。いいわね。」

そう答えるミサトの額から、一筋の汗が流れ落ちた。



「目標の編隊から一切、応答がありません!」
ロシア支部では、ゴルボフスキーにそのように報告された。

「そうか・・・。」
ゴルボフスキーは腕を組み、目を閉じてなにごとか考えている。

「いかが、いたしましょう。」
「先頭の機体に対して、バルカン砲による威嚇射撃を行え。」
「はっ!」



ロシア側のVTOLから、威嚇射撃が行われた。

「VTOL壱号機に対して、発砲されました!」
日向の報告に対して、ミサトは尋ねた。
「被弾は?」

「しておりません。」
「威嚇射撃か・・・まあ、当然でしょうね。」

「あ、またです! 今度は、さらに近いです。
この次は、被弾してしまう恐れが、十分にあります!」
日向が、引きつった表情で言う。

「落ち着いて!
何があっても、反撃も転進もしてはだめよ!」
「し、しかし。このままでは・・・。」

「相手が、光を利用したモールス信号を使ってきたのは、理由がある筈よ!
ことによると、うまくいくかも知れないわ。」
ミサトはそう言うと、唇を一文字に結んで前方を見据えた。



ネルフのロシア支部では__。

「目標からは依然、転進も応答もありません!」
「ふむ・・・。」
ゴルボフスキーは少し考え込む。

「攻撃をしかけますか?」
「それより、ゼーレの判断を仰いだ方が・・・。」

「おまえたち。」
ゴルボフスキーの突然の呼びかけに、部下たちは緊張した面持ちで応えた。
「「はっ。」」

「このまま、彼等を行かせたら、どうなると思う?」
「は? 奴らは、領空を侵犯しているのですぞ。」

「承知の上だ。だが、それを知る者は我らネルフ以外に誰がいる?」
「それは、今のところ、おりませんが・・・。
まさか、そのために先程の警告も、通信機を使わなかったのですか!」

「そうだ・・・。」
「どうなさるおつもりで。」

「彼等は、反撃してこなかった。MAGIの判断では、その目的はモスクワではなく、
ゼーレの本部だという。行かせてやってはどうか。」
「・・・理由を、お聞かせ下さい。」

「セカンドインパクト以来、我が国の経済情勢は悪化の道をたどっている。
それは、国内の施策だけでどうにかできる問題ではない。
対外的にも国力を誇示し、政府間交渉を有利に進めるだけの切札が必要だ。

そのために我々はエヴァの開発権を主張し、そして拾号機と拾壱号機の2機を完成させた。
だが、せっかく完成させたエヴァは2機とも、ゼーレに徴集されてしまった。」

「そのとおりです。
おかげで、我々は出口のない不況から、這い上がるすべを失いました。」
部下の一人が、愚痴をこぼす様に言った。

「過去の歴史においては、ゼーレは何度となく人類全体の危機を救済し、
経済を立ち直らせたかも知れんが、今の世では無用の長物でしかない。
むしろ、いたずらに干渉してくる分、我々にとっては害をなす存在となった。

いや、聞くところによると奴らは世界の復興をとうにあきらめ、
みずからの保身のために、何かを企んでいるという。
エヴァの徴集は、そのためのものかも知れぬ。」

部下たちの間で、動揺が走った。
「ま、まさか!」
「いや、ありうるかも知れんぞ。」

「で、では、このまま行かせるということは・・・。」

「ああ、彼等にゼーレを叩かせる。
反撃してこなかったということは、彼等は我々と戦う意思がないということだ。
私はこれは、我が国がゼーレの呪縛から解き放たれるためのチャンスだと思う。

・・・反対する者もいるだろう。
私が間違っていると思う者は遠慮なく、この場を去ってもらってかまわん。」

部下たちは、顔を見合わせ、頷くと言った。
「「我々は、司令について行きます!」」

「すまぬ。」
ゴルボフスキーは頭を下げて言った。

「そんな・・・頭をお上げ下さい。それよりも、これからどうなさいます?

いくら彼等に敵対意識がなく、我々が隠密裏にことを運んでも、
ゼーレや我が国の国防軍が万一、彼等と我々の行動に気付いてしまった場合は?」

「私の責任において、なんとしてでも誤魔化すさ。
そのための、作戦だが・・・。」
ゴルボフスキーは、あることを告げた。



ロシア側のVTOLは、ミサトの編隊にぴったり寄り添うように集ってきていた。

ロシア側の20機と、ミサトの編隊10機と合わせて、
合計30機の大編隊が編成されたように見える。

「どういうつもりかしら。」
さすがのミサトも、不安を隠しきれない様子で言った。

「どうします?」
日向の言葉に、
「このまま、行くしかないわ。コースそのまま、速度も変更なしでね。」

ミサトがそう答えたときだった。
ユイから、また短い通信が入った。

「このまま、国境まで行くわよ。」
「え?」
ミサトは耳を疑った。
「国境まで、ですか。」

「そう、彼等は私たちを監視すると同時に、護衛もしてくれているのよ。」
「護衛? ・・・どういうことですか。」

「私たちの目的を、理解してくれたのよ。
だから、それを見届けようとしているのだと思うわ。」
「まさか・・・。」

「だから、進路を変えればたちまち攻撃してくるでしょう。
逆に、コースを維持さえしていれば、たとえ第三者に発見されたとしても、
周囲にこれらのVTOLがいる限り、味方とみなされる筈よ。」

「・・・わかりました。第二種警戒体制に移行し、様子を見ることとします。」

部隊はそのまま、モスクワの北側を通過し、さらに西南西に進んだ。

その間中、緊迫した空気が流れたが、その後は互いに通信することもなく、
重苦しい沈黙をまもったまま、やがてロシア西部の国境近くにまで到達した。

不意に、ミサトの司令機の右手を飛ぶ相手方のVTOLから、
外部照明灯を使ったモールス信号が発せられた。

『幸運を、祈る』
そう、読めた。

「葛城さん・・・。」
日向は、感動と安堵のあまり、ミサトを階級で呼ぶのを忘れてしまった。
ミサトも、それを咎めなかった。

「見送りはここまで、ということね。次の様に返信して。」

司令機は今初めて、外部照明灯を点灯した。
識別のためではなく、最後の通信のために。

そしてそれは、次のように短く発信された。
『感謝する』



そして、午前3時__。
ミサトの編隊は、南ドイツの黒の森に到達していた。

ゼーレの本拠地のある場所である。
あたり一帯は闇に包まれたまま静まり返っており、迎撃の気配は全くない。

「どうやら、気付かれずに来れたようね。」
ミサトは、ほっとして言った。

そのとき、ユイの初号機支援機から通信が入った。
「5分後に作戦開始ということで、いいかしら。」

「ええ、そうします。」

そしてミサトの指示により、EVA弐号機専用長距離輸送機が編隊を離れ、
ゼーレの居住区と思しき古城の近くに移動する。

その他の部隊は、古城の前に広がる空き地の上空に集結した。

森の中に広がるその不自然な空き地は、その部分だけ樹木がなく、
明かに人工的に作られたものと思われる。

「アスカ、カヲル君、準備はいい?」
リツコの声が弐号機のコクピットに流れる。

「やっと、出番ね。長かったわね。」
そう言うとアスカは、輸送機から吊り下げられたままの弐号機の腕を前方に伸ばす。
そして、輸送機の機体の下部に接続されていたコンテナを抱えるように取り外した。

「いつでもOKよ。」
「ゼーレか、久し振りだね・・・。そして、これが見納めとなるか。」
アスカとカヲルは、そう言って待機する。
やがて、予定の5分が経過した。

「時間です!」
日向が告げる。

「派手にいくわよ、攻撃開始!!」
ミサトの合図で、5機のVTOLから一斉に空対地ミサイルが発射された。

ミサイルは、森の中にできた奇妙な空き地に次々に吸い込まれた。
そして、轟音とともに火の手が上がる。

「・・・行くわよ!」
そう言うとアスカは、コンテナを抱えたまま、弐号機を輸送機から離脱させた。

ある程度、自然落下してからバーニアを吹かせ、落下速度を落とす。
少し離れたところで行われている爆撃に比べれば、バーニアの逆噴射は全くと言っていいほど目立たない。

そしてそのまま、弐号機は森の中に静かに着地した。
手にしたコンテナをそっと地面に置く。

続いて、エントリープラグがイジェクトされた。

「じゃあ、行ってくるよ。」
カヲルがアスカにそう声をかけて、ハッチを開ける。

「死ぬんじゃないわよ!」
アスカが怒鳴るように言うと、カヲルは微笑んで片手を上げた。

アスカは顔をそむける。

「どうかしたのかい。」
「なんでもないわよ。さっさと行きなさいよ!」
アスカはきつく目を閉じ、いらいらとした口調で言った。

『カヲルのバカ。こんなときに、なんて笑顔を見せるのよ!』
アスカの想いが想像できないカヲルは、
肩をすくめるとワイヤーリフトに片足をかけた。

そのままワイヤーに掴まって、ハッチから地面まで降りていく。
地上に降りると、コンテナから出てきた加持が待っていた。

「行こうか。」
「ええ。」
加持が言い、カヲルが応える。

これより二人は、古城の地下の一角に実質上軟禁されている、
霧島夫妻の救出に向かうのだった。
エヴァによる保護のない、生身の体での危険きわまりない任務である。
アスカがカヲルの身を心配するのも、当然であった。

「道案内は頼むぞ。」
「まかせて下さい。・・・こちらです。」
二人は、未明の森の中を、古城に向かって走り出した。

その古城は、少し離れたところで繰り返される爆撃で生じた火の手に、
薄赤く照らし出されていた。



ヒュルルルルルルルル・・・。
弐号機用支援機から、笛のような音をたてて爆弾が投下される。
続いて、轟音とともに新たな火の手が上がる。

爆弾が投下された広場のその地面は、いたるところでひび割れ、
陥没していた。
内部が空洞であることは、明かである。

「まさか、地下工場?」
内部から吹上がる炎を見て、リツコは首を傾げた。

それなりの施設が地下に隠されているとは思っていたが、それにしても強度がない。
柱や壁が、さほど密集していないのだ。
それは即ち、かなり大きな空洞・・・つまり工場か何かであることを意味していた。

「リツコさん。」
ユイから、通信が入る。

「なんでしょう。」
「霧島夫妻を救出するまでの時間稼ぎでいいと思ったけど、少し予定を変えるわ。」
この爆撃の目的のことである。

「地下工場と地上を繋ぐリフトを見つけたら、まずそこを集中して攻撃して。」
「と、いいますと?」

「今、量産機に出てこられると厄介だからよ。」
「ああ、そうですね。」
リツコは合点した。

弐号機が、森の中に隠れて加持たちが戻ってくるのを待っている状況である。
霧島夫妻と加持をコンテナに収容して、輸送機まで一旦戻る予定であるため、
戦闘には加わっていられないのだ。

「司令代行!」
そこへ、ミサトからの通信である。
ミサトは戦局全体を見通すために、爆撃には加わらずにより高い高度から、 指揮を行っていた。

「なに? ミサトさん。」
「より城に近いところ、森に接しようとしているあたりに、それらしい物があります。」
「よく見つけたわ。行くわよ、リツコさん。」

初号機用支援機と、弐号機用支援機がVTOLを引き連れてそちらに向かう。



「何事だ!」
キール・ローレンツは、よろめきながら廊下を歩いていた。
断続的な爆発音が、施設全体を揺るがす。

「もしや、ネルフが奇襲を仕掛けてきたのでは?」
随伴している委員会のメンバーの一人が、そう言う。
口鬚をたくわえ、鋭い目をした初老の男である。

二人とも安眠していたところを、いきなりの爆撃の轟音でたたき起こされ、
居住区から連絡通路を通って、地下工場へ行こうとしていた。

地下工場には、二人が最も懸念する対象・・・改装中の量産機があった。

また、ひときわ大きい爆発音が起こり、二人はよろめく。

振動が少し収まると、キールは壁に寄りかかりながら尋ねた。
「何故、ネルフの奇襲と判る?」

「他に考え様が、あるまい。」
荒い息をつきながら、その初老の男は応えた。
彼も、キールと同様に壁に寄りかかっている。
「くそ、老体にはこたえるわい。」

二人は壁に手をつきながら、再び工場に向かって通路を歩き始めた。

「確かに、その可能性は考えておくべきだった。」
キールはつぶやく様に言う。
「だが、それならば、ここまで来られる前に発見できないというのはおかしい。
どうして、どこからも通報がなかったのだ?」

そのとき、同僚の懐から携帯電話の鳴る音が聞こえた。
「私だ・・・。」
男は、懐から携帯を出すと耳にあてた。

「・・・ああ、今キール議長とBブロックにいる。
 ・・・なに? やはり、そうか。
 ・・・遅いぞ、なにをやっていた!

 ・・・なんだ、はっきり言え!
 ・・・なんだと!?
 ・・・それで、復旧の見込みは?
 ・・・そうか、わかった、伝えておく。」

「どうした?」
キールは、男のただならぬ様子に不安をおぼえ、尋ねた。

「やはり、この攻撃はネルフ本部の強襲部隊による空爆らしい。
さきほど、ようやく迎撃システムが稼動を始めたとのことだ。」

「何故、こんなに対応が遅れた?」
「それが、レーダーには全く反応しない為、自動での迎撃ができなかったらしい。」

「なんだと。」
「現在、目視による対空砲火と赤外線追尾システムに頼っているが・・・
戦果はあまり期待できんな。」

「通常兵器では対応しきれないということか。」
「それと、もうひとつ、悪い知らせがある。」

「なんだ?」
「量産機の射出口が、さきほどの爆撃で破壊されたそうだ。」

「くっ! 碇ユイめ・・・。」
キールは、うめくように言った。



加持とカヲルは、古城の地下に侵入し、とある部屋の前まで来ていた。

「ここかい?」
加持が尋ね、
「おそらく。」
カヲルが答える。

ノックをするが、応答がない。
ドアノブをまわそうとするが、鍵がかかっている様だった。

「はずれじゃないのか。」
「そんな筈は・・・。」

「! カヲル君、下がれ!!」
不意に加持が叫び、横に跳ぶ。
それに続いて、カヲルも大きく跳び下がった。

その直後、轟音とともにドアは内側から吹き飛ばされた。
そして、煙を振り払いながら、中から一組の男女が現れた。

「霧島さん!」
加持が、声をかける。

「加持君!? どうしてここへ・・・。」
霧島と呼ばれた、五十前後の男は、心底驚いている様子だった。

加持は、人懐っこい笑みを浮かべて言った。
「お迎えに上がりました。」



キール・ローレンツと口鬚の男は、やっとのことで地下工場にたどり着いていた。

「おぬしはメカニックたちを集めて、動かせる量産機から順次、
出撃の準備をする様に指揮してくれ。」
キールは、同僚にその様に言った。

「おぬしはどうするのだ。」
「今、量産機を自在に操れるのは、このキール・ローレンツしかおるまい?」

「それは、そうだが・・・。
どうするのだ、射出口は先程の爆撃で塞がれたままだぞ。」

「ならば、掘り進むまでよ。
いずれにせよ、通常兵器でさほど戦果が上げられない以上は、
量産機を使わなくては、奴等は倒せまい。」

「わかった、できるだけ早く準備させよう。」

「たのむ。
それと、委員会の他のメンバーの所在を確認し、一ヶ所に集まるように言ってくれ。
あいつらのことだ、突然の奇襲にあわてふためいているだろう。
各々が、手当たりしだいに指示を出しているのではないかと思う。
命令系統は一本化させなければならん。」

「まて、いくらおれでも、そこまでは手がまわらんぞ。」

「おぬしに、指揮しろとまでは言わんよ。
集まった連中の中から、代表者を指名して、そいつに指揮を任せてくれればよい。
取り敢えずは、霧島一佐たちの生存を確認した上で、身柄を確保させてくれ。
外部の人間が危険にさらされていることを、碇ユイに伝えてやるのだ。」

「なるほど、人質ということだな。
・・・そういう『交渉ごと』が、好きそうな奴がいたな。
あいつにまかせるとしよう。」

「人選はまかせる。
実際のところ、頼りになるのは、おぬしだけだ。」
キールは、僚友の肩を叩いて言った。

「ふっ・・・。おだてたところで、大したことはできんぞ。
まあ、この非常時だ。命を大切にしろよ。」
「おぬしもな。」
キールは片手を上げてそう言うと、地下工場のさらに奥へと歩み去った。



加持とカヲル、そして霧島夫妻は古城を抜け出し、
森の中で待機している弐号機を目指して走っていた。

ここまでの間に短い言葉で、加持と霧島一佐は事情を説明し合っている。

爆撃の騒ぎで目覚めた夫妻は、事情はわからないものの、すぐに避難しようと考えた。
ところが、部屋には電子錠が下りていて出られない。
これまでも薄々は感じていたが、このとき初めてゼーレは自分たちを、
逃がす気がないことを確信した。

『あなた・・・。』
『大丈夫だ、下がっていろ。』

霧島一佐は長年、兵器開発に携わってきた技術将校である。

直接の研究員ではないが、爆薬の一つや二つは扱えるし、
万一に備えて小型のものを安全な形で隠し持ってもいた。

それが幸いして、ドアを爆破して逃げ出そうとしたところに、加持がいた。

加持は、マナを保護していること、ゼーレがマナに何をさせようとしていたか、 説明した。
その上で、マナとの約束で夫妻を救出に来たことを告げた。

『にわかには、信じ難いが・・・。』
と、霧島一佐は前置きした上で、
『だが、君を信じよう。今回のゼーレの仕打ちを見れば、ありうる話だと思う。』
そう言って、加持に身を預けることにしたのだった。

四人は、森の中で蹲っている弐号機のすぐ傍までやってきた。
「これが、ネルフのエヴァか。聞いている話と、少し違うな。」
霧島一佐が、そうつぶやく。

「今回の戦いに合わせて改装した上に、塗装を変えているのですよ。
さあ、こちらです。」
加持は、霧島夫妻を森の中に隠したコンテナに案内した。
「狭いところですが、しばらくの間、ご辛抱願います。」

「いえ、こちらこそお世話をおかけします。」
「宜しく頼む。」

夫人と一佐がコンテナに乗り込むのを見届けると、カヲルは
「それでは、ぼくはこれで。」
加持に声をかけると、暗闇で蹲ったままの弐号機の背後に走り去る。

「ご苦労さんだった、気をつけてな。」
加持はそう言うと、自分もコンテナに乗り込み、ハッチを閉めた。

カヲルは再びワイヤーリフトで、弐号機の背面を上っていき、
エントリープラグに戻る。

「ただいま。」
「カヲル! 無事だったの。」
アスカが振り向いて、叫ぶように言った。

「ああ、霧島夫妻も無事、保護したよ。」
「よかったぁ!!」
珍しくアスカは、満面に喜色を浮かべた。
彼女にしてみれば、じっと待つこと以上の苦痛はなかったのだろう。

「さあ、敵に気付かれる前に、霧島夫妻を輸送機までお連れしよう。」
「うん!」
今日のアスカは、やけにすなおだな、カヲルはそう思った。



その頃、ミサトたちはゼーレ側の迎撃システムの反撃を受けていた。
地下工場の広場の、周辺の森の中から高射砲やミサイルランチャーがせり出し、
ネルフの編隊に向けて雨あられと撃ちまくっていた。

だが、ステルス機能でレーダーが使えない以上、目視による攻撃しかできない。
しかも、夜間迷彩色である。
そうそう、当たるものではない。

ゼーレにとって、頼みの綱はミサイルの赤外線追尾機能であった。
航空機である以上、推進機能に熱源は欠かせない。
当てずっぽうで発射しても、後はミサイルの方が標的を追ってくれる。

ついに、一機のVTOLが撃墜された。

「赤外線追尾システムか、まずいわね。」
ミサトはつぶやいた。

対空火器への爆撃は指示したものの、発射されてしまったミサイルの迎撃を 優先しなくてはならなくなった。

「ミサトさん、初号機を出して。」
ユイから通信が入った。

「この際、温存していられないわ。
初号機で対空火器を沈黙させるしかないわ。」
「・・・わかりました。」

ミサトは初号機専用輸送機に指示を出した。
「初号機、発進!
目標はミサイルランチャーをはじめとする、ゼーレの対空火器。
シンジ君、いいわね?」

「わかりました。いくよ、綾波。」
「ええ。」
シンジは、初号機をその専用輸送機から離脱させた。
バーニアを吹かせて、手近のミサイルランチャーに向かう。

そのとき、
「エヴァ弐号機、これより帰投します!」
アスカから、通信が入った。

シンジには、バーニアを吹かして急上昇していく弐号機の軌跡が見えた。
見えたのは一瞬の間だったが、アスカたちが無事だったと知り、ほっとする。

「アスカ!? 霧島夫妻は?」
リツコの問いかけに、
「無事、保護したわよ。
お二人の身柄を預けたら、武器を受け取るからね、準備しといてよ。」
その声から、戦いたくてうずうずしているのがわかる。

「わかったわ。でも、焦りは禁物よ。」
「あたしが、いつ焦ったっていうのよ!」

シンジはそのやりとりに苦笑しながら、初号機のパレットガンを構える。
ふっと笑いを収め、ミサイルランチャーに照準を合わせ、撃った。

たやすく爆破するのを見届けてから、次のミサイルランチャーに向かう。
そのときになって、高射砲が初号機に気付いて連射してきた。
それらを、ことごとく、ATフィールドではじく。

そして初号機は、ゼーレのミサイルランチャーを、次々と爆破していった。

「その気になれば、世界を滅ぼせる・・・か。」
リツコはつぶやく。

かって参号機をアメリカから受領したとき、ミサトが口にした言葉である。
当時リツコは、電源の問題がある限り、それは無理だと思った。
だが、目の前の初号機にはS2機関があり、その問題はない。
その話が、現実味を帯びてきている。
それはしかし、量産機を有するゼーレ側にも言えることだった。

赤外線追尾システムの脅威がなくなってから、VTOLと初号機支援機も 高射砲への爆撃に専念する。
ゼーレ側の抵抗は、急速に弱まってきていた。

「ちょっとぉ! あたしの分も残しといてよ!」
弐号機が、パレットガンを構えて降りてきた。
手にしたパレットガンの他にも、山のように武器を背負っている。

夜は、白々と明けようとしていた。



「集ったのは、これだけかね。」
鷲鼻に眼鏡をかけた、人類補完委員会の一人が言う。
いつも彼らが使う、暗い会議室だった。

彼の他には、二人しかいない。

「仕方あるまい。」
野太い声の男が言った。
「ロバートは、工場で指揮をとっているし、
キールは、量産機をなんとかしようとしているらしいからな。」

「他のメンバーは?」
眼窩の窪んだ別の男が問う。

「わからぬ。逃げ出したのか、動けないのか、あるいは・・・。」
野太い声の男が答える。

「来ない者のことを言っても、仕方あるまい。
応戦のことは、キールとロバートにまかせて、我らはやれることをやるしかないよ。」
「対空火器に期待できないとなると、量産機の稼動を待つしかあるまい?
それとも、ネルフのドイツ支部に応援を要請するのか。」

「それだけは、なんとしても避けなければならないんだよ。
近き存在だからこそ、主従関係ははっきりさせておかねばならん、わかるかね?
我らは、安易に近隣に助けを求めるような脆弱な存在であってはならんのだよ。」

「こと、ここに及んでまだ体面にこだわるか。
・・・まあいい。それで、他に打つ手として何がある?」

「日本人が、二人いただろう。
こういうときこそ、彼等に役立ってもらわねばな。」

「おお、霧島マナの両親か! 忘れておった。
早速、生存を確認して人質の役に立ってもらうとしよう。」
眼窩の窪んだ男が、そう言うとテーブルの上の電話をとり、何事かを指示した。

ややあって、
「なにぃ!」
窪んでいた目が見開かれ、珍しく瞳が見えた。

「どうしたのかね。」
鷲鼻の男が、声をかけた。

「逃げられたそうだ・・・。」
「なんと!」

しばしの、沈黙があった。

「これはもう、キールに一働きしてもらうしか、あるまい。」
野太い声の男が、つぶやく様にそう言った。



夜が、明けようとしていた。
ゼーレ側の対空砲火はもう、ほとんど沈黙している。
弐号機が対空火器への攻撃に参加すると、あっという間に
「カタ」がついていたのだった。

シンジ−レイとアスカ−カヲルは、それぞれエヴァを地上に降ろし、
来るべきときに備えていた。

やがて、爆撃されてあちこちから、鉄材が露出している広場の一角が、
内側から盛り上がり始めた。

「来るよ!」
シンジは、初号機の位置と足場を確かめた。そして、
「弐号機は、もう少し下がった方がいいよ。」
と言う。

「・・・わかったわ。」
アスカは、量産機の出現予想位置から少し離れ、バズーカを構える。

そしてついに、地中から金属の刃が現われ、土が跳ね上げられた。
中から、白い量産機がぞろりと現われる。

現われたのは、3体だった。
初号機の姿を見つけると、いやらしくニタリと笑う。

「来たわね。訓練どおりいくわよ、シンジ。」
アスカは、バスーカの照準スコープを覗きながら、声をかける。

しかし、初号機は動かなかった。

「碇君、どうしたの。碇君!」
レイは背後からシンジに声をかけるが、シンジは震えながら何事かつぶやいている。
「イーヴだ・・・。あれは、アロマのイーヴだ・・・。」

「どうしたっていうのよ、シンジ! なにをぼけっと突っ立っているのよ。」
アスカはスコープを跳ね上げて、シンジに怒鳴るように言う。

「だってアロマ、あれはイーヴだよ!
アロマのイーヴをあんな下品な姿にされて、君は許せるのか!!」
シンジの声は、怒りに打ち震えていた。

「アロマ? ・・・あんた、何を言っているの。」
「シンジ君、どうしたんだ。」
「碇君、しっかりして。敵は、目の前にいるのよ!」

アスカが、カヲルが、そしてレイが、口々にシンジに語りかけるが、
怒りの激情に身を任せるシンジには、聞こえていなかった。



太古の昔、リアルチルドレンとして現代に生まれ変わる前のシンジとその仲間は、
リリスとの約束で、そのリリスの分身を使役し、使徒を撃退していた。

当時、シンジたちが使役していたリリスの分身は2体あり、一方を「エヴァ」、
もう一方を「イーヴ」といった。
シンジが「エヴァ」を使い、アロマと呼ばれる少女が「イーヴ」を担当していた。
現代のリアルチルドレンとして覚醒したシンジは、今でもはっきりと憶えている。

そして各国から徴集したエヴァをもとに、ゼーレが改装した量産機のその姿は、
かっての自分の僚友、アロマの「イーヴ」に、あまりにも酷似していたのだった。




あとがき

ネルフとゼーレの攻防が、始まりました。
今のところ、ネルフは有利に戦いを進めています。

しかし、ゼーレはついに、量産機を出してきました。
いよいよ、一進一退の戦いが始まろうとしています。
次回をお楽しみに