シンジは、気がつくと、エントリープラグの中にいた。
「ぼくは、どうしていたんだろう。」
なぜ、そこにいるのか、一瞬理解できなかった。

「そうだ、初号機とのシンクロテストをしていたんだっけ。」
今日は、カヲルとレイと、シンジの3人がシンクロテストを行うことになっていた。

シンジの番になり、警戒心を解いて全てを委ねてみようと思ったとたん、
底無しの闇に引き込まれるような感覚が自分を襲った。

いっとき、自分は気を失っていたらしい。
そこまで思い至ったとき、シンジの脳裏に、会話の断片が乱れ飛ぶ。
「なに、これ。 夢?」
記憶が、混乱していた。

ふと、ひとつの言葉が思い浮かぶ。
「リリスとの約束!」

その言葉が、キーワードとなった。
全てを、思い出していた。
はるか昔に、リアルチルドレンとして、リリスと最後にかわした会話を。

「シンジ君の、心理グラフが、乱れています!
・・・・・・あっ! 安定しました。」
マヤがそれにいち早く気付き、報告する。

「シンジ君、大丈夫?」
リツコの問いに、
「あ、はい。 大丈夫です。」
思い出した内容の、情報量の多さにいっとき混乱したが、
もう今は、落ち着いている。

「シンクロ率は?」
ユイが、マヤに尋ねる。
「依然、100%を維持しています。」

「多少の精神状態の起伏には、影響されなくなったようね。」
ユイは、少し考えこむと言った。
「シンジ、右腕の拘束具を外すわ。
ちょっと、初号機で試したいことがあるの、お願いできる?」
「はい。」

ユイの指示によって、初号機の右腕を固定していた拘束具が外される。

「では、いい? 手のひらを上にして、右手を胸の前に出して。」
シンジは、いわれた通り、初号機の右手を動かした。

「手のひらの上にATフィールドを展開して、直径2メートルの球を
作ってみてくれる?」

「待ってください! それはあまりにも・・・。」
だれかが、悲鳴に近い声で言いかけた。
が、そのときにはシンジは、あっさりとそれをやってのけていた。



--- 人 身 御 供  第十六話 -- -
    


ネルフ本部では、ミサトの指示で、霧島マナの身辺調査が行われていた。
その結果は、加持の予想を裏付けるものだった。

マナの住居は、葦の湖畔につい先日建てられた一軒家だった。
アルミサエル殲滅のときの爆風を考えると、それ以前に建てられたものではない。
付近には、近所付き合いができるような民家が全くといっていいほどない。

おそらく、戦自が諜報活動か何かの目的で、アジトとして活用するつもりで、
急ごしらえしたもののひとつを、利用しているものと思われた。

そして、マナはそこに、ひとりで住んでいる。
両親は、いない。
二人とも、ヨーロッパに長期の旅行に出かけていることになっているが、
実際はゼーレの本部に向かった後、消息が途絶えている。

それが、ミサトが得た第一報だった。

ミサトの執務室で、ミサトは加持に尋ねた。
「両親は、ゼーレの人質かしら。」

「脅されているわけではないだろうが、実質的にはそういうことだろうな。」
加持は、感情を押し殺したような声で言った。

その横顔を見て、さらにミサトは尋ねる。
「・・・あんた、怒ってるの?」

加持は、唇を歪めた。ミサトには、隠しても無駄だろう、と思った。
「ああ、そうさ。
本来、両親と暮らしている筈の、年端のいかない子供をひとりにさせて、
まるで道具かなにかの様に扱おうとしているんだ、奴らは。
しかも、肉親を人質にとるような、姑息な手段を使って。」

「あたしたちネルフも、チルドレンの扱いに関して、えらそうなことは言えないわ。」

「まだ君は、彼らの親代わりになろうとしているだけ、立派だよ。」
「そうかしら。」
「そうさ。 葛城、おりいって頼みがある。」

「あんた、まさか、彼女の両親を助けに行こうってんじゃ、ないでしょうね。」
また、危ない橋を渡るつもりなの、とミサトは加持を睨んだ。

「頼むよ。霧島さんには、世話になったこともある。
司令代行に、口添えしてくれるだけでいいんだ。」
「無理よ、あんた一人じゃ。いえ、何人でもいっしょよ。不可能に近いわ!」

「わかってるさ。だから、司令代行に頼むんじゃないか。
人材と、知恵を借りたいって。 話のわかる人、なんだろ。」
ミサトは、ため息をついた。
「・・・わかったわ。言うだけ言ってみましょう。」
「恩にきるよ。」

「そろそろ、シンジ君たちのシンクロテストが終わる時間だわ。
あんたのことも、報告しなきゃいけないし、いっしょに行く?
司令代行のところに。」

「そうしよう。どんな人か、興味もあるしね。」
「いっとくけど、私より若く見えるけど、身持ちの固い人よ。
あんたなんか、どうあがいたって相手にされないわよ!」

「いくらおれでも、ネルフのトップを口説いたりはしないって・・・。」



こちらは、ユイの広大な執務室。
相変わらず居心地悪そうに、ユイはデスクを前にして座っていた。
その前には、冬月とリツコがいる。

「驚きましたよ。」
リツコが、そう言う。その声に、いくばくか非難の響きがあった。
「まさか、格納庫の中でATフィールドを展開されるとは。
いくら、確信があるからと言っても・・・。」

「ごめんなさいね。少しうかつだったわね。」
そう言いながら、ユイにはいっこうに悪びれた様子がない。

ATフィールドは本来、防御壁のようなものであり、板状に展開される。
格納庫のような狭い場所で展開しようものなら、施設の損壊を招きかねない。

これまでは、その強さや方向をコントロールすることはできても、
形状や大きさまでも制御することは、不可能と思われていた。

それを、シンクロ率100%のシンジなら可能ではないかとユイは考え、
実際に、シンジはいとも簡単にやってのけた。

「だが、あれができるからといって、どういうメリットがあるというのかね。」
冬月が尋ねた。

「冬月先生でも、おわかりになりませんか。」
ユイの言葉に、冬月は肩をすくめた。

「ATフィールドは、本来は薄い壁状のものです。
相手の物理的な攻撃を、広い範囲で防ぐというのが、一般的な使い方です。
ですが、仮に同じエネルギー量のフィールドを、ボール状の大きさまで凝縮し、
それを次々に投擲できたとしたら・・・。」

「強力な、武器になりますね。究極の、といっていいくらいの。」
リツコが、言葉を引き継いで言った。

「そんなに、すごいものなのかね。」

「考えてもみて下さい。
使徒のATフィールドは、N2爆雷ですら致命傷とならないほどのエネルギーが
ありました。
広い壁状の形で展開しても、そうなのです。
それが、投擲できるほどに凝縮されたとしたら、どうなりますか。」

ユイの言葉に冬月はしばらく考え、
「・・・N2爆雷をはるかに凌駕する貫通力を持った、弾丸となるな。」

「そうです。相手が防御用に展開したATフィールドを、突き破るでしょう。
それだけ自在に、自分のATフィールドを制御できるということです。
シンクロ率100%とは、そういうことができる状態なのです。」

「つまり、エヴァ本体を動かすのも、ATフィールドを発生させるのも、
自分のイメージどおりに操れると、考えればいいのか。」
「そうです。」

「ひとつ聞きたいが、100%を超えた場合は、どうなるのかね。」

「・・・いわゆる、暴走状態になります。自分の理性より、本能の方が優先して エヴァをつき動かします。
ATフィールドを制御するどころか、相手が沈黙するまで本能のおもむくままに、
破壊行動を続けるでしょう。
相手が使徒のように一体だけなら、おそるべき強さを発揮するのですが。」

「量産機を相手にする場合は、パイロットの制御下にないとまずいか・・・。」

「そういうことなんです。ダミープラグで起動される量産機は、エヴァ自体の本能に基づいた動きをするでしょうから、こちらも暴走してしまっては、本能対本能の戦いになります。
そうなると、数の少ない我々の方が圧倒的に不利です。」

リツコが再び、ユイの言葉を引き継ぐ。
「対抗するには、あくまでもエヴァのパイロットの意志で動く状態で、
機動性を上げてやる必要がありました。
本能のみで動く量産機に対して、合理的な動きで先手を取るためです。
複座プラグの狙いのひとつは、パイロットを二人にすることにより、
シンクロ率を可能な限り100%に近づけることでしたが・・・。」

「シンジ君ひとりで、それを実現してしまった、ということだな。」

「ええ。ですが、複座プラグ構想は無駄にはならないと思います。
シンジにしても、常に100%のシンクロ率は維持できないでしょうし、
複座プラグには、もうひとつの狙いがありますから。

予想していた以上の効果が見こめるということで、シンジの覚醒は、
こちらから打って出るチャンスと言えます。
もっともゼーレ側も、S2機関とダミーシステム以外に、戦力補強の手立てを 考えているかも知れませんが。」

冬月はユイの話に頷くと、両手を後ろに組んで窓の外を見やった。
そして、つぶやくように言う。
「リアルチルドレンの覚醒は、我々にとって逆転の望みが出てきたということか。」

「・・・そうですね。」
頷くユイの顔は、何故か淋しそうだった。



ユイの卓上のインターフォンが鳴ったのは、そのときだった。
ミサトが、加持を連れて来ているとのことだった。
「どうぞ、入ってちょうだい。」
ユイは、二人を通すことにした。

「やぁ。みなさん、おそろいで・・・。」
その場に冬月とリツコがいるのを見て、きまり悪そうに加持は言った。

「あなたが、加持君ね。」
ユイが気さくに声をかける。
「はい、まぁ・・・。」
「ミサトさんから、話は聞いてるわ。大変だったわね。」

予想外のねぎらいの言葉をかけられて、加持は恐縮する。
真顔になり、
「ご迷惑をおかけし、申し訳ありませんでした。」
深々と頭を下げた。

「いいのよ、もう済んだことだから。 そうですよね、冬月先生。」
「ああ、何はともあれ、無事でなによりだった。」

冬月の拉致と、それ以前からの情報漏洩とその動機について、
加持はひととおり白状した上で、あらためて陳謝した。

そして、
「どの様な処分を受けようとも、異存はありません。
ですが、その前にひとつだけ、お願いがあります。」
霧島マナと、その両親の話をした。

「あれだけのことをして、虫のいいお願いだとはわかっています。
ですが、なんとか、助け出したいのです。
力を貸していただけないでしょうか。」
再び、頭を下げる。

ミサトが、続けて言った。
「私からも、お願いします。
この人のいうことは、間違いないと思います。
それに、潜伏中の身でありながら、
身の危険を顧みずに、アスカを立ち直らせたのは彼です。」

「葛城・・・。」
そこまで言わなくても、と加持はミサトを見る。

「この人は、そういう人なんです。お願いします!」
そう言ってミサトも、深々と頭を下げた。

「話はわかったが、その子が本当にスパイだという確証があるのかね。
戦自に所属していた子が、チルドレンに接触してきているという、
状況証拠だけだろう。
それに、両親がゼーレに軟禁されているというのも、推測に過ぎない。」
冬月は、そう言った。

「私は、信じますよ。」
ユイは微笑を浮かべて言った。
「ユイ君!」
「ですが、一応確かめる必要はありますね。
確認作業と並行して、救出計画をたてましょう。」

「ありがとうございます!」

加持が礼を言う一方で、リツコが
「しかし、司令代行。
複座プラグの実用化を初めとする、ゼーレ対応が急務である今、
とても人質救出までは、手がまわらないと思われますが。」

「物事は、プラスに考えるものよ、リッちゃん。」
ユイは微笑んだまま、言った。

「リッちゃん・・・?」
居合わせたものたちは、その呼び方に一瞬固まった。
リツコひとりが、顔を赤くしている。

「わたしは、ある意味、チャンスだと考えています。
人質救出のアクションは、ゼーレ攻略での陽動となるでしょう。
もちろん、単なる陽動ではなく、確実に成功させるのが前提ですが。
加持君・・・。」

「はい。」
「あなたには、その子の両親を救出する上で、中心的な役割を担って
もらいますが、宜しいですか。」

「もちろんです!」
「では、作戦の成功をもって、これまでのあなたの背任行為は問わないこととします。」
もう一度、深々と頭を下げる加持であった。

「あの、司令代行。」
ミサトが、ためらいがちに声をかけた。

「なにか、問題でも?」
「いえ、そうではなくて、もうひとつ、私のほうからお願いしたいことが・・・。」

「なにかしら。」
ミサトは、言いにくそうにしていたが、やがて決心したのか、口を開いた。
「実は・・・。」



翌日の朝、第一中学校__。
二年A組の教室に、シンジ、レイ、アスカの3人は登校した。
カヲルが、既に席についていた。

「おはよう。」
「やぁ、おはよう。」
それぞれが、挨拶をかわす。

「君たち、葛城三佐から聞いたかい?」
カヲルが、シンジたちに問いかける。

「え、何のこと?」
「ぼくが、明日から君たちの家にお世話になることさ。」
「本当!? いや、ミサトさん、夕べもネルフに泊り込みだったから聞いてなかったけど。
・・・そうか、いよいよ、カヲル君も家族になるんだ。」

「よろしくね、シンジ君。」
「こちらこそ、よろしく。」

「綾波さんも、よろしく。」
「ええ、よろしく。」

「惣流さんも・・・。」
「ふん、馬鹿が増えるけど、まあ仕方ないわね。」
「おやおや、ひどい言われようだね。」
「そうだよ、アスカ。素直によろしくと言わないと、カヲル君にきら・・・。」

「カヲルになによ!」
「いや、なんでもないけど・・・。」
アスカに睨まれて、シンジは口ごもった。

「それにしても、随分急な決定ね。」
そう、口にしたのはレイだった。
以前のレイは、そんなことはまずなかったが、最近は自分から発言することも増えてきていた。

「なんでも昨日、葛城三佐が自分から司令代行に頼み込んだらしいよ。」
「へぇ。」
シンジはなんだか、意外な気がした。

そのとき、ガラッ!!と引き戸をいきおいよく開けて、マナが教室に飛び込んできた。
「はぁ、はぁ・・・。間に合ったぁ〜。
カヲルく〜ん、おはよー。」
荒い息の下でそう言うと、マナはカヲルの隣の席につき、カヲルに笑いかけた。

「おはよう、霧島さん。寝坊でもしたのかい。」
「そうなのぉ。 予定の電車に、乗り遅れちゃって〜。
もう、間に合わないかと思ったわ。」
「それは、大変だったね。」

「・・・あんたねぇ、わざとらしいのよ!」
アスカは、斜め後ろの席のマナを振り返って言った。
「な、なんですか、惣流さん。」
「昨日転校してきた人が、そうそう遅刻するほど、緊張感が抜けてるわけないじゃない。
・・・カヲルの気をひこうとしているのが、みえみえだわ。」

「なんですって!」
「なによ、事実じゃない。」

「ちょっと、やめなよ、アスカ。」
シンジが割って入る。
「あんたは、何も知らないんだから、すっこんでなさい!」

そのとき、ヒカリが花瓶を持って教室に入ってきた。
「おはよう。 あら、どうしたの?」
場の雰囲気が、いつもと違うことにいぶかる。

「なんでもないわ。」
アスカは、くるりと、前に向き直った。
このままでは、自分ひとり悪者になる。
さすがに、それではまずいと思った。



昼休みになった。
マナがカヲルに話しかけるよりも早く、アスカはカヲルを振り返って言った。
「カヲル、ちょっとつきあってくれる?」

「うん? なんだい、惣流さん。」
「いいから、こっちに来て。」

「あ、そういうことだったんですか。」
マナは少し驚いて言った。

「なによ。」
「その、カヲル君が、惣流さんとつきあっていただなんて、知らなかったものだから。
ごめんなさい、誤解を与えるようなことをして。」

「誤解してんのは、あんたよ!
カヲルとあたしは、なんでもないわ。
ちょっとこれから、カヲルと仕事上の大事な話があるんだから、邪魔しないでね!」
「ええ、どうぞごゆっくり。」

アスカは、カヲルを屋上に連れ出した。
「話ってなんだい、惣流さん。」

アスカはカヲルに背を向け、手摺に両手をついて、遠くの街並みを見ながら言った。
「気をつけなさい、カヲル。霧島マナはスパイよ。」
「・・・・・・・・・。」
「戦略自衛隊側の人間よ。
さらには、ゼーレともつながりがある。きっと、あんたのことを監視しに来たのよ。」

「・・・そうかも知れないね。」
「気付いていたの?」
「まあね。話し方が、どこか不自然だったしね。
だいたい、ぼくはひねくれているからね。
相手に何か狙いがあるなということは、ゼーレとの長い付き合いのせいでわかるんだよ。」

「じゃあ、どうしてそう言ってやらないの。」
「似てるんだよ。」
「似てるって、だれに。」
「ぼく自身や、妹のサクヤにだよ。」
「あんた、妹がいたの。」
「言わなかったかい。 もう、死んじゃったけどね。」

「・・・・・・・・・。」
アスカは、カヲルの中に感じた悲しみの正体の一部を、垣間見たような気がした。

「・・・ずいぶんと、無理をしているように、見えるんだ。
本当は、スパイのようなことはしたくないんだろうね。
だけど、なにか理由があるんだろう。
守らなければならないものがあるとか、だれかの期待に応えなければならないとか・・・。」

「・・・・・・・・・。」
(だれかの期待に応えるために、無理をしたり、背伸びしたりする?
それって、昔のあたしと同じじゃない。)

「なんとか、救ってやれないかとね。
そういうことで、適当に話を合わせてはいたんだけどね。」
「・・・あんた、あの子に妹を見てるの?」
「そうかも知れないね。」

そうか・・・とアスカは思った。
複雑な思いだった。
『敵視はしないでくれ。』
そういう加持の言葉を、思い出していた。

「いずれにせよ、本格的にさぐりをいれに来たときには、
こちらの態度をはっきりさせないといけないかも知れないね。」
カヲルは、少し淋しそうにそう言った。



「霧島マナから、連絡があった。」
キール・ローレンツは、ゼーレのメンバーを前にして、報告していた。
定例会議の、席上である。
「渚カヲルは、セカンドチルドレンと、接触しているそうだ。」

「なんだと。」
「碇の息子と、偽りの親交を暖めようとしているのではなかったのか。」
「碇シンジを精神的に追い込むのなら、せめてファーストチルドレンと接触すべきだろうに。」
「やつめ、一体なにを考えている!」

「・・・その真意を、確かめる必要があるな。」
ややあって、メンバーの一人がそう言った。

キール・ローレンツは、頷くと言った。
「そうだ。 セカンドチルドレンと、どの様な関係を持とうとしているのか、
霧島マナに聞き出させるとしよう。」

「それはそうと・・・。」
今度は別のメンバーが、口を開いた。
「ロンギヌスの槍のレプリカは、どこまで開発が進んでいる?」

「槍自体の威力に、問題はない。
課題があるとするなら、変形をいかに自在に起こせるか、だな。
まぁ、慣れてしまえば、どうってことはないだろうが・・・。」
キールがにやりと笑ってそれに答える。

「それは、おぬし自身が、感覚を取り戻せば済むことであろう。」
「わかっている。これでも老骨に鞭打って、日々鍛錬しておるのよ。」
「期待しているぞ・・・。」

「もし、渚カヲルが我らを裏切っていたとしても、ロンギヌスの槍のことまでは、
奴らには悟られまい。
渚カヲルは、ダミーシステムとS2機関のことにまでしか、関わっていないからな。」

「ロンギヌスの槍ばかりではないぞ。」
「おお、そうだったな。」
「奴らの知らないところで、準備は着々と進んでいるのだ。」

「碇ユイめ、その驚くさまが目に浮かぶわ。
我らを裏切った、その報いを存分に思い知るがいい。」
キールの声に続いて、薄暗い円卓のあちこちから、くっくっくっ・・・と忍び笑いが起こっていた。



シンジとレイは、昨日に引き続いてシンクロテストに呼び出されていた。
その日の授業は、午後で早退した。
明日は、アスカとカヲルが同じように早退することと決まっていた。

「複座プラグ?」
ユイにいきなりそう聞かされて、シンジは戸惑った。
シンジとレイはプラグスーツに着替えて、初号機の格納庫前にいた。

「そう、もともとはガギエル戦でシンジとアスカちゃんが体験したように、
二人でエヴァに乗り込んで高シンクロ率を得ようというものだったのよ。
でも、今の狙いはそれだけではないわ。
用途に応じて、いろいろな設定を試したいの。」

ユイの言葉に、シンジは納得した。
「それで、今日からテストスケジュールが増えたんだ。」

「その前に、ひとつお願いがあるんですが・・・。」
レイが、片手を上げて言った。

「なにかしら。」
「地下のリリスに、会わせていただきたいんですが。」
「これから?」
「ええ・・・。」

ユイは少し考え、
「いいでしょう。でも、一人はだめよ。私が同行するわ。」
「ええ。 それと、碇君も。」
「そうね、それがいいわね。 シンジ、いい?」
「うん、綾波が、そう言うなら。」

ユイ、シンジ、レイの3人は、専用リフトに乗って地下深くへ降りていく。
リフトの窓からは、わずかばかりの照明が、下から上に繰り返し通過していくのが見える。
それは、いつまでも続いた。
まるで、奈落の底に落ちていく様な錯覚を、シンジは覚えた。

ユイとレイはともかく、現世のシンジはリリスに会うのは初めてである。

『この先、何が待ち受けるんだろうか。
ぼく自身、遠い昔の記憶と、この現実との接点が、まだ定かでない様に思う。
綾波は、全てを知っているのだろうか。』
そう思い、シンジはレイを見る。

レイは、その視線に気付いてシンジを見た。
そして、あるかなしかの微笑を浮かべる。

レイがそっと、右手を差し出し、シンジはそれを握った。
暖かいな、とシンジは思った。




あとがき

ネルフとゼーレの決戦の日が、近づいてきています。
両陣営は、着々と準備を進めているようですが、
果たしてどちらが、有利に駒を進めているのでしょうか。

ロンギヌスの槍(レプリカ)と、キール・ローレンツの関係は?
複座プラグの、『いくつかの設定』とは、何を意味するのか?
終盤に向けて、それらは徐々に明かになっていくと思います。

次回をお楽しみに