「霧島マナです。」
その少女は、人懐っこい笑みを浮かべ、その様に自己紹介をした。

久し振りに再開した学校に、転入してきたのは渚カヲルともうひとり、
この少女だった。

「じゃあ、二人の席は・・・。 惣流さんの後ろが二つ空いていますね。
あなたたちは、あそこに座って下さい。」
老教師に言われて、カヲルとマナはそれぞれ席につく。

「渚・・・カヲル君ね?」
マナは、隣のカヲルにそのように話しかけた。

「そうだよ、 霧島さん。」
「うれしいわ、こんなカッコいい人の、隣の席に座れるなんて。」
マナはうきうきとした様子で言う。

「おや、それは光栄だね。」
「これからも、よろしくね。」
「こちらこそ、よろしく。」

『むうぅぅぅぅぅ・・・。』
アスカは、自分のすぐ後ろで交わされるその会話を聞いていた。

『なによ、あの子。 カヲルとは初対面だというのに、なれなれしくするんじゃないわよ!』
内心、おもしろくなかった。

だが、そんなアスカの思いとは裏腹に、その日マナはカヲルに執拗に話しかけていた。
カヲルは、内心どう思っているかはわからないが、話かけられたことには、
ひとつひとつ、ていねいに応対していた。

ただの、おしゃべり好きの女の子かもしれない。
それでも、アスカにとってはおもしろくない。
「どうしたの、アスカ。」
昼休みに、ヒカリに言われて、アスカは気付いた。
ああ、自分はよっぽど、不機嫌そうな顔をしているのだな、と。

「ううん、なんでもない。」
それからは、つとめて平静を装うことにした。



--- 人 身 御 供  第十五話 -- -
    


ネルフ本部__。
ミサトは、久し振りに、書類整理から解放された。

このところミサトが忙しかったのは、司令や副司令が以前行ってきた作戦部関係の、
決裁手続のかなりの部分が、権限委譲という形でまかされる様になったためだった。

それは、冬月の提案だった。
理由のひとつは、ユイが司令代行を務めるかたわら、初号機の調整やその他の研究を、
みずから手がけようとするため、どうしてもユイの事務作業の時間が不足してしまうこと。
もうひとつの理由は、使徒の襲来がしばらくなかった為である。

どうせ、作戦部は暇だろう、そういう思いが冬月にはあった。
加持が失踪して以来、ミサトはしばらく無断欠勤していたことがあったし、
出勤するようになってからも、調べ物と称して本部施設内でいっとき、
行方をくらますことがあった。 (実際、MAGIに無断アクセスしていたのだが)

事務処理が押し付けられたのは、ペナルティの意味もあり、自業自得といえなくもなかった。
それが、やっと一段落着いたのである。

「さて、たまには諜報部の記録でも見るとするか。」
仕事ぐせのついてしまったミサトは、何かをしていないと落ち着かなくなってしまっていた。

もともと、作戦部と諜報部は緊密な関係にある。
諜報部に加持がいたせいもあるが、作戦部は以前から諜報部が収集した情報をもとに、
作戦を立案するということも、けっこうあったためである。

また、集めた情報を管理するという意味では、技術部ともつながりがあった。
ミサトはここ1ヶ月の間の、偵察衛星から送られてきた画像情報をチェックしようと思い、
伊吹マヤにサポートを頼もうかと考えていた。

諜報部の情報処理室に行くと、ちょうどそこでマヤと出くわした。
「あら、マヤちゃん。 ちょうどよかったわ。」
「はい?」
マヤは、ひと仕事終えて退室するところだったらしい。

「この一ヶ月の、偵察衛星からの静止画像を閲覧したいんだけど、頼めるかしら。」
「いいですよ。」

マヤの操作で、偵察衛星が記録した第三新東京を衛星軌道から映した情報が、
スライド式に過去に溯って表示されていく。

この偵察衛星は、使徒を発見したときには自動的に警報を出すが、
平時でも、敵対組織の破壊活動などを見張るため、諜報部が活用している。

ミサトが閲覧するのは本来は管轄外なのだが、「大停電事件」で運用が強化されたのをきっかけに、加持に頼み込んで作戦部でも利用できるようにしてもらっていた。

「うん、特に問題はないようね。」
異常がないものを見続けることに、ミサトは疲れを覚えた。
そろそろおしまいにしようかと、思ったところでミサトの目が大きく開かれた。

「マヤちゃん!」
ミサトは、思わず大声を出す。
居合わせた者が、一斉に振り返った。

「え!?」
マヤはスライド表示を止めた。周囲の視線が気になった。

『どうしたというんだろう、葛城さん。
それにしても、いくら私が童顔だからって、マヤちゃんはやめてほしいな。』
マヤがそう思ったのは、マヤ自身は異常に気付いていないためだった。

「画像を、二つ前に戻してくれる?」
ミサトの真剣な声に、
「え、ええ・・・。」
言われたとおりにする。

そこには、共同墓地の墓前にしゃがんで手を合わせている初老の紳士と、
黒髪の少女の姿があった。
「この二人に焦点を絞って、拡大してみて。」
「はい・・・。」

冬月に少し似た感じの、長身の初老の男と、ポニーテールの女の子である。
何の変哲もない。
だが、彼らのいる位置が問題だった。

『あれは、私のお母さんのお墓の、となりの墓・・・・・・と、いうことは?』
彼らの顔が見えれば、と思い
「この画像に続く動画の記録、残ってる?」
ミサトは、そうマヤに尋ねた。

「ええ、5分くらいなら。」
そう言ってマヤは動画再生に切り替えた。

初老の男がまず、立ち上がって何かを言う。
そして、少女が顔を上げて男を見た。その顔が、ミサトにはっきりと見えた。
「!」
さらに、男がミサトの母の墓に向き直って手を合わせ、目礼する。
あわてて少女も立ち上がり、それに倣う。
「!!」
ミサトは、叫びそうになるのを、かろうじて堪えた。

「葛城三佐、どうかしたんですか? 怪しいのですか、この二人。」
マヤが、心配そうに尋ねる。

「ううん、なんでもないわ。 私の思い違い。」
「だったら、いいんですけど。」
「さあ、もう終わりにしましょう。 助かったわマヤちゃん。」
「もう、マヤちゃんはやめて下さいったら!」



マヤとはそれで別れ、ミサトは自分の執務室に戻った。
自分の席につき、机に両肘をついて顔を覆う。

ミサトには、衛星がとらえた二人がだれか、わかっていた。

自分の母親の墓の隣は、加持の弟の墓である。
加持と一緒に墓標を立て、命日を教え合ったのだ、忘れるわけがない。

そして、その命日に墓参りに来た、見覚えのある体格の男。
巧妙に変装したところで、他の者ならいざ知らず、ミサトにはピンとくる。
何より、隣のミサトの母の墓に向かって手を合わせる男など、一人しかいない。

連れ立っていた少女は最初わからなかったが、動画再生で顔が見えたときわかった。
これも髪を黒く染め、浅黒い肌にして変装していたが、間違いなくアスカだ。

『加持が、生きていた!』
しかも、アスカを連れて。

アスカは、何も言ってくれなかった。
何故?
どうして、教えてはくれなかったの!?

そうは思ったが、やがてミサトは小さくかぶりを振った。
おそらくは、加持に強く口止めされたからだろう。
冬月副指令の拉致事件で、ネルフの保安部が加持を狙うことは充分にありうる。

そういえば、アスカが家出から帰ってきてからしばらくの間、
アスカはミサトを避けるようにしていた。
単純に黙って家を出たことで、気まずいという訳ではなかったのだ。
自分と顔を合わせることで、加持のことを気取られるのを恐れていたに違いない。

何かあったのかと、そのときは気になったのだが、そのうち日々の忙しさにかまけて、
忘れてしまっていた。

アスカを責める気はなくなっていた。
ひとつわからないのは、加持はネルフにまで警戒心を抱いていながら、
どうしてアスカを連れ歩くような、危険なまねをしたかだった。

共同墓地など、身を隠す場所もない、最も危険な場所ではないか。

共同墓地・・・誓いの墓標・・・そうか!
ミサトは、はっとして顔を上げた。
加持はアスカに、『悔いがのこらないように』生きることを教えようとしたのだ。

ミサトと加持が立てた墓標には、肉親を守りきれなかった二人の悔恨が刻み込まれている。
加持はおそらくそのことをアスカに話し、もう一度エヴァに乗るよう説得したのだろう。
・・・アスカが立ち直ったのは、加持のおかげだったのだ。

「馬鹿ね。」
ミサトは、つぶやいた。
「そんなお人好しなら初めから、危ない橋を渡らなければいいじゃない!」
その目から、涙があふれる。

ミサトはうつむいて、唇を噛みしめた。 
そうしないと、号泣してしまいそうだった。



やがて、ミサトは顔を上げた。
「泣いてばかりは、いられないわ。 司令代行に相談しなくては・・・。」

カヲルを使徒と知りつつ、受け入れたユイである。
きっと力になってくれる、そう思うミサトであった。



「ヒカリ、いっしょに帰ろ。」
放課後、アスカはヒカリを誘った。
少し遠回りになるが、つもる話もある。

それにシンジ、レイ、カヲルの三人は、今日はシンクロテストがあるということで、
本部に寄らなければならないということだった。
三人とは校門のところで別れて、アスカは途中までヒカリの家の方まで行くことにした。

ヒカリとは、いろいろな話をしながら歩いた。
最後にヒカリは、ミサトからペンペンを預かっている話をした。

「私はかまわないんだけど、このままずっと預かってていいのかなぁ。」
「そうね、ミサトの奴、すっかり忘れているかも知れないわね。
私の方から聞いておくから、心配しないで。」
「ありがとう。」

「じゃあ、また明日、学校で。」
「うん、さよなら。」
アスカはヒカリに別れを告げ、一人帰途についた。

まだ、アルミサエル殲滅のときの爆発の名残りが、そこかしこにある。
アスカは、廃屋が建ち並ぶ寂しい道を、一人歩いていた。

不意に、
「お嬢さん、ちょっと、道を教えて下さらんか。」
廃屋の間に隠れるようにして立っている、初老の男から声をかけられた。
その顔に、見覚えがあった。

「加持さん!!」
アスカは思わず駆け寄っていた。
「無事だったの!」

「しぃ・・・。」
加持は、口の前で人差し指を立てながら、すばやく周囲を見回した。
誰もいないことを確認すると、
「アスカ、元気そうだな。」
人懐っこい笑みを浮かべた。

「どうして、あたしがここを通ることがわかったの。」
「今日から、学校だろ。
洞木さんも登校することがわかっていたし、まあ、半分は勘だな。」

「加持さぁん、心配したんだから!」
「はは、ごめんごめん。」
アスカは、涙ぐみそうになったが、加持の負担になることがわかっていたから堪えた。

かわりに、尋ねた。
「もう、大丈夫なの。」
加持を追っていた、強敵のことである。

「ああ、奴との決着はついた。
事故死に見せかけるのに、ちょっとばかり苦労したけどね。
それより、アスカ・・・。」

「なに?」
「転校生で、霧島マナという子が来なかったか。」
「来たわよ。それが、なにか。」
「気をつけろよ、彼女は、戦自側の人間だ。ゼーレともつながりがある。」

アスカは息を呑んだ。
「戦自・・・戦略自衛隊のこと? 彼女がスパイだとでも言うの。」

「まあ、そういうことだ。
何をさぐろうとしているかまでは、わからないが・・・。
ネルフでなく、学校に送り込まれたということは、
チルドレンへの接触が目的だろう。

パイロットとしてのチルドレンに関する調査か、
エヴァの操縦システムに関する情報収集か、
エヴァの運用上の弱点をさぐろうとしているのか、
そこのところは、なんとも言えないがね。

シンジ君に、接触しようとはしなかったかい。」

アスカは首をふった。
「シンジではなく、カヲルにしつこく話しかけていたわ。」

「カヲル?」
「知らないの? 渚カヲル・・・フィフス・チルドレンよ。」
「最近のネルフの詳しい内情は、知らないんだ。
ネルフの外側からしか、情報を入手できないのでね。」

「そう・・・。
カヲルは、あたしの後任ということで、ゼーレから派遣されてきたのよ。
なにか使命を与えられてきたらしいのだけど、ゼーレのやり方に嫌気がさして、
今はあたしたちの仲間よ。」

「そうか。では、霧島マナは、そのカヲル君の監視役として派遣されたのかも知れないな。」
「つまり、ゼーレのスパイ・・・。」

加持は頷くと、
「その可能性は高いな。
彼女の両親は、戦自に所属してはいるが、ゼーレとの連絡要員でもあるからな。」

「どうして、そんなことまで知っているの。」
「同じ世界に住む者だったのさ、おれと霧島さんは。」
加持は、自嘲するように笑った。

「おれは、ゼーレの工作員でもあったからな。
霧島さんには、いろいろ世話になったこともあったんだ。

アスカ、ひとつ言っておくが、あの両親の子である以上、霧島マナは決して敵ではない。
ゼーレに命ぜられてカヲル君を監視しているとしても、それは本心からではないだろう。
やむをえない事情がある筈だ。
気をつけろとは言ったが、敵視はしないでほしい。」

「・・・わかったわ。」
アスカが、そう返答したときだった。

「まさか、こんなに簡単に出会えるとはね。」
いきなり話しかけられて、二人は硬直した。



ミサトだった。
銃を構えたまま、ゆっくり二人に近づいてきた。
「葛城・・・。」
「ミサト・・・。 どうしてここへ。」

「悪いわね。 アスカのガードを解いた上で、尾行(つけ)させてもらったのよ。
消息についての手掛りがない以上、いつかアスカに接触するかも知れないと考えて、
今日から始めたんだけど、こんなにうまくいくとは、思わなかったわ。」

「あたしは、しゃべらなかったのに・・・。」
アスカはつぶやく様に言った。

「静止衛星画像で、あなたたちの姿を見つけたのよ。」
「そうか・・・共同墓地か。うかつだったな。 それで、おれをどうするつもりだ。」
加持はあきらめた様に言った。

「できればこのまま、あんたを殺してやりたい・・・。」
ミサトの持つ銃は、震えていた。

「そうしてくれると、助かる。」
ネルフに連行されるよりは、ミサトの手にかかって死ぬ方がましだ、
そう思って加持は目を閉じた。

「ネルフは、あんたを保護することになったわ。」
「なんだと!」
加持は驚いて目を開く。

「あんた、知らなかったでしょう。 司令が交代したことを。」
「・・・ああ、事故があったらしいことは掴んでいたが、そこまではな。」

「今の司令・・・正確には司令代行だけど・・・碇司令の奥さん、碇ユイよ。」
「なに、サルベージされたのか! それで碇司令は?」

「・・・奥さんのかわりに、初号機に取り込まれたわ。」
ミサトは、銃を下ろした。
「なんだって!!・・・。」

「司令代行は、厳しいけれど、話のわかる人でね。
あんたのことを話したら、
『事情はわかりました。責任を持って保護するから、連れていらっしゃい。』
と、言ってくれたのよ。 あんたの罪は問わないって・・・。」
ミサトは、銃を取り落とした。

「葛城・・・。」

「馬鹿よ、あんた。 本当に馬鹿・・・。」
そう言うと、ミサトは加持の胸に飛び込んでいた。

加持に銃を向けたのは、加持が話を聞かずに逃走するのを防ぐのと同時に、
黙って姿を消した加持に対する、ミサトの怒りを示すためだった。
だがそれは、こみあげる激情の前に消えた。

「すまない、葛城。」
加持は、ミサトの肩を抱きながら、ささやくように言った。
「ううっ・・・。」
ミサトはこらえきれず、顔を歪めて嗚咽していた。

その二人の姿を見てアスカは、かなわないな、と思った。
そこに自分が入り込む余地がないことを、アスカは悟っていた。

「あたしは、カヲルを守るしかないのか・・・。」
少し淋しく思いながら、アスカはそうつぶやいた。

霧島マナとは、対決しなければならない。
アスカは、あらためてそう決心するのだった。



ネルフ本部では、シンジ、レイ、カヲルのシンクロテストが進められていた。
シンジとレイは初号機、カヲルは弐号機を使って行うことになっていた。

いずれも、課題もしくは不安要素をかかえる、重要なテストである。
リツコとマヤはもちろんのこと、ユイと冬月も参加していた。

まずは、カヲルと弐号機のテストから始まった。

前回、カヲルは使徒の力を借りて、90.9%を叩き出した。
だが現在は、使徒の力をすっかり失っているという。
下手をすると、全く起動しないのではないかという、心配もあった。

だが、関係者の不安をよそに、今回カヲルの出した値は58.2%だった。
シンジが初搭乗のときに出したのが40%台ということだから、
カヲルがもし「ヒトとして初搭乗」したのなら、これは驚異的な値と言える。

ただ、カヲルの場合は「使徒としての」搭乗経験がある上、
以前からダミープラグの開発で、似たような経験をしてきた。
その経験が、慣れという形で結果に結びついたようだった。

次は、レイと初号機のテストだった。

彼女の場合の心配ごとは、ゲンドウの持つアダムが、レイの持つリリスの特性に
反応して目覚めたりしないかということだった。
ほとんどの関係者が、その可能性のことを不安に思っていた。

だが、ユイはその心配はないと言う。
アダムは今、胎児の状態に還元されており、
「つれあいを探し求めていた」成人のときとは、精神状態が異なるというのだ。

リリスの気配を万一感じとったとしても、それは「母が身近にいる」ことに似た 安心感につながり、アダムの覚醒にはつながらないということだった。

結果としては、ユイの言うとおりだった。
なにごともなく、レイのシンクロ率は62.3%を記録した。

「予想外の好結果と、言っていいのかな。」
冬月が言う。 カヲルとレイのテストが、無事に終わったことをさしていた。

「ええ、そうですね。」
リツコが応じる。

「いえ、ここまでは予測の範囲内です。むしろ問題は、シンジの方ですわ。」
ユイの言葉に、一同は首をひねった。

先日シンジは、久し振りの搭乗であり、しかもあれほど嫌がっていた初号機での
テストで、いきなり70.2%を出したのだ。

不安要素は、一番少ないものと皆が思っていた。
そんな中で、シンジと初号機のシンクロテストが始まった。



すべり出しは、前回と同じだった。
違和感はなく、むしろシンジはある種の安らぎを感じていた。
ユイが取り込まれていたころは、それは母の胸に抱かれるような安心感だった。
それと似てはいるが、少し違う。

少しだけ自分と距離を置いた存在との、信頼関係のようなものを感じていた。
強いて言うなら、幼き日に父親に肩車されているときの感覚である。

『この感覚・・・やはり、とうさんなのかな。』
だが、シンジの知るゲンドウではない。
ゲンドウにはもっと、とげとげした雰囲気があった。
そういうところが、まったくない。

前回のテストでは、それでもシンジはまだ、どこか警戒していた。
今回はその雰囲気にも慣れ、なにも心配することはなさそうだ、とシンジは感じた。

この信頼感に、全てを委ねてみよう、そうシンジは決意した。
すると、体全体がなにかに引き込まれるような感じがした。
それは、底なしの闇のようにも思えた。
なにも恐れることはないんだ、そう自分に言い聞かせ、シンジは流れにまかせた。

「シンクロ率が、急上昇しています!」
マヤが緊張した面持ちで報告した。
「78.2、 81.6、 83.8、 86、88、90・・・さらに上昇します。」

「100%を超えたら、強制的にカットして。」
ユイの言葉に、マヤは続ける。
「了解。 
94、 95、 96.5、 97.2、 98.1、 99.0、 99.6、 100・・・・・・
・・・安定しました。」

「ジャスト100%で安定するとは、どういうこと?」
リツコはいぶかる。
「わからない。 わからないわ・・・。」
ユイは、見守るしかないと思った。



『私の願いを、聞き届けてくれますか?』
暗闇の中から不意に聞こえる声に、シンジは戸惑った。
願い? 

『ぼくに、できることなら。』
それに応える自分の声があった。
なんだろう、これは。 なんだか覚えがある。 過去の記憶だろうか、とシンジは思った。

『私は、ヒトとして生まれ変わりたい。
そのためには、ヒトの力を借りねばなりません。』
『どうすればいいのですか。』

なんだか、もう一人の自分が、誰かとかってに話を進めている。
相手は、綾波の言っていた、リリスだろうか・・・シンジはそう考えた。

『いいえ、それをあなたにお願いするのではありません。
それは、遠い未来のことになるからです。
そのときまで、ヒトが・・・人類が生き延びられるよう、
あなたと、あなたの血をひく者に、人類を守ってっもらいたいのです。』

どうやら、これは自分が忘れていた、はるか昔のリリスと自分の会話らしい。
シンジは、聞き逃さないよう、会話に集中することにした。

『今、あなたを救うことはできないのですか。』

『残念ながら、時が、熟していないのです。
お別れのときが近づいています。
その前に、どうしてもあなたに、伝えておかなければならないことがあるのです。』
『何でしょうか。』

『世界を震撼させた波動が、ある者たちを目覚めさせようとしています。』
『ある者たち?』

『使徒と、呼ばれる者たちです。』
『使徒・・・神の使いですか。』

『そうではありません。
疲弊した人類になりかわって、世界に君臨しようとする、人間の別の可能性です。
人類にとっては私と同様に、異形のものです。』
『それから、残された人々を守るのですね。』

『そうです。
襲来する使徒は、全部で15体います。
数年から十数年後には目覚め、次々に襲来することになるでしょう。』
『15体、ですか。』

『今の疲弊しきった人類にとっては、未曾有の災厄となるでしょう。
だから、あなたにこれらを託したいと思います。』
『これは・・・あなたの右足と、左足では?』

『私の最後の力を使って、これらにかりそめの命をふきこみます。
名はそれぞれ、エヴァとイーヴと言います。
言ってみれば、私の娘たちです。』
『あなたの、分身ですか。』

『そうです。ただ、これらは魂を持っていません。
あなたか、チルドレンのだれかが操ることによって、偽りの生を受ける傀儡です。
使徒を退ける上で、あなたの助けとなるでしょう。』
『あなたご自身は、どうなるのです?』

『どのみち、私はこの体を維持できません。
いつの日か、ヒトとして再びあなたにめぐり会える日を待って、長き眠りに入ります。
そのとき、もし私のことを憶えておられたら、ヒトとしての私を受け入れてくれますか。』

『もちろんです! あなたの願い、たしかに受け止めました。
エヴァとイーヴをお預かりします。
またお会いできる日を、ぼくもお待ちしています。』
『ありがと・・・う。 リ・・・・・・ド・・・。』

それっきり、リリスとの会話は聞こえなくなった。
ゆっくりと浮かび上がる感覚を、シンジは感じていた。
深い闇に光が差し、徐々に明るくなっていくようにも思える。

最後に、リリスが呼んだのは、かってのぼくの名前だろうか。
ぼんやりとそんなことを考えながら、シンジはいっとき気を失った。

『シンジ・・・レイを頼むぞ・・・。』
どこかで聞いた声が、したような気がした。



次に目を覚ましたとき、まだシンジはエントリープラグの中にいた。
意識がなかったのは、一瞬のことだったらしい。

「シンジ君が、覚醒しました! 脳波、心音とも、異常ありません。」
マヤの報告に、ユイが尋ねた。
「シンクロ率は?」

「100%を、維持しています。」
ユイは、頷くと言った。
「予想以上の結果ですね。
冬月先生、ゼーレに先手を打つことができそうです。」

「どういうことだね、ユイ君。」
「試作していた複座プラグの、実用化テストを進めてみたいと思います。
うまく行けば、こちらから打って出ることができるかも知れません。」

ユイの瞳には、ある決意が込められていた。



あとがき

とうとう、加持が表舞台に出てきました。 (「外伝」以来の登場です。)
この先、彼はどのような役割を担っていくのでしょうか。

また、シンジの覚醒は、かなり本格化してきたようです。
それを見たユイは、一体なにを決意したのでしょうか。

次回をお楽しみに