柔らかい光の中で、レイは目覚めた。
かたわらで、シンジが肩を抱くようにして寝息をたてている。

「碇君・・・。」
どうやら、シンジは一緒に寝てくれたようである。
シンジの体温が、心地よい。

レイは幸せな気分でもう一度、まどろみそうになりながら、
どうしてシンジがここにいるのか、思い出そうとした。

そして、思い出した。
昨夜みた、悪夢を。
「よっぽど、怖い夢でも見たのかしらね。」
アスカはそう言ったが、そうではなかった。

自分という存在が受け入れてもらえないという、つらい、悲しい夢だった。
だが、今はシンジがそばにいる。
それがうれしくもあり、同時にいつかそれが壊れてしまうのではないか、
という獏とした不安も感じた。

シンジをもっと感じていたいと、その胸に顔をうずめようとした、
そのときだった。

突然、レイは目を見開いた。
黙って立ち上がると、服を着替え始める。

「うん?どうしたの、綾波。」
シンジが気付いたときには、レイは制服のスカートを履くところだった。

「わわっ! ごめん。」
あわてて目をそらすシンジ。

レイはそれには答えず、「行かなくちゃ・・・。」とつぶやいていた。

「え? 何処へ行くの。こんなに早くから。」
シンジがもう一度レイを見ると、もうほとんど着替え終わっていた。
時刻は、まだ朝の6時をまわったところである。

「行かなくちゃ・・・。初号機が、呼んでる。」
「ちょ、ちょっと待ってよ。綾波!」
シンジは、あわててひきとめた。



--- 人 身 御 供  第十三話 ---
    


「そう・・・。じゃあ、みんなで行きましょう。」
事情を聞いて、ユイは言った。
シンジが騒いだため、ユイもアスカも起き出してきていた。

「また、夢でも見たんじゃないの。」
アスカは乗り気ではないようだ。

「いいんです。私ひとりが行けば・・・。呼ばれているのは、私なのですから。」
レイはそう言う。

「私は『初号機が呼んでる』ということ、信じるわ。
でも、また何が起きるかわからない。
この前は一人で行ったために、大怪我したでしょう?
何か起きても、みんなで行った方が安全よ。
それに、この時間帯なら車で行ったほうが早いわ。」

ユイの言葉に、
「わかりました。じゃあ、お願いします。」
レイは頭を下げて、そう言った。

「わかったわよ、あたしも行くわよ。」
一人取り残されるのがいやなのか、アスカもしぶしぶそう言った。



早朝のネルフ。
誰もいない通路を、カヲルは歩いていた。
目指すは、初号機の格納庫である。

それなりのセキュリティ対策が施されている筈だが、
監視カメラもドアロックも、カヲルには通じないようであった。

カヲルは、難なく初号機の格納庫に到達した。

そのときゲンドウは、例の子供が傍らに突然、現れるのを見た。
前回、なにかに怯えて姿を消していた筈だが、今回は様子が違う。
なにかを、思いつめた様な表情をしていた。

「どうした。」
ゲンドウは子供に声をかけるが、子供は初号機の前方を凝視したまま微動だにしなかった。

ゲンドウは初号機の『外』を見た。
そこに、近づいてくる渚カヲルの姿が見えた。

「彼は・・・フィフスか? そうか、彼がそうか。」
つぶやくゲンドウの横で、緊張した面持ちで子供がカヲルを見つめている。

「これが、エヴァンゲリオン初号機か。」
カヲルは、アンビリカブル・ブリッジを初号機の方に歩みながら、
そうつぶやく。
「幾多の戦果を上げた、最強のエヴァンゲリオン。
それは、乗る者を選び、碇シンジと綾波レイの搭乗しか許さなかったという。」

初号機の正面に来るまでまだ少し距離がある地点で、カヲルは立ち止まった。
初号機の全身を、できるだけ視野に入れるためだった。

カヲルの独白は続く。
「それ以外の者が乗っても、シンクロしないか、下手をするととりこまれるか。
リアルチルドレンと、リリス
・・・相反する者でいながら、それしか認めないとはね。
ぼくも、例外ではないのだろう。やはり、乗る資格はないのか。
他のエヴァと、一体どこが違うというのだろうね。」

そこで、カヲルは言葉を切った。何かに、気付いたようだった。
その目が、驚愕で見開かれる。
「まさか、そんな・・・。」

「こんなところにいたのか、アダム。」
茫然とつぶやく。
「ターミナル・ドグマに封印されていると聞いたが・・・。」

そのとき、ゲンドウのかたわらにいた子供の目に、紅い光が灯った。
『ぐるるるるるる・・・。』
低く、唸っている。
「どうした!」
ゲンドウが声をかけるが、子供はカヲルを睨みつけたままである。
「使徒? まさか、こんなところで起こす気か!!」
ゲンドウは背筋に、冷たいものが流れるのを感じた。



「急いで!」
初号機の格納庫のあるフロアでエレベーターを降りると、レイは走り出していた。

三角布で吊った左腕をなるべく振らないようにはしていたが、
走るときの衝撃は左肩の傷に響く。
だが、そんなことにはかまっていられなかった。
ユイ、シンジ、アスカがレイを気遣いながら続く。

レイたちが初号機の格納庫にたどりついたとき、その入り口から強烈な風が噴き出していることに気付いた。
『やはり、ここで何かが起こっているんだ。
綾波は、なんらかの理由でそれを予知したから、あんなことを言ったんだ。』
シンジはそう思った。

「なによ、これ。どうなっているのよ!」
アスカが、少しでも風を防ごうと、片手で顔を覆いながらそう言う。
「ともかく、行ってみましょう。」
ユイの言葉に、四人は前かがみになって風に抵抗するようにして、
初号機の格納庫に入った。

そこで四人が見たものは、初号機と対峙するカヲルの姿だった。
「カヲル君!」
シンジが呼びかけようとする。

「待って! 様子が変だわ。」
ユイが、シンジの肩に手をかけてそう言う。

凄まじい風は、初号機からカヲルに向かって吹きつけられている様に見える。

「『アダムよ、我が母よ。 何故、私を拒む?」』
カヲルが、そう言うのが聞こえる。

いや、それはカヲルの声だけではなかった。
カヲルの声と重なるようにして、もうひとつのしわがれた声が聞こえた。

「なに、あれ。 だれがしゃべってるの。」
アスカが小声で、ユイに尋ねる。

「使徒、タブリスだわ・・・。」
ユイは、思わずつぶやいてしまった。

「ちょっと! カヲルに使徒が憑いていたっていうの?」

しまった、と思うユイだったが、そこへ、
「どうなっているんですか!」
息を切らして、ミサトが駆け寄ってきていた。

「まずいことになったわ。」
ユイが、抑揚のない声で言った。
「カヲル君の中の使徒が、アダムの存在に気付いたの。」

「アダム? ターミナルドグマに封印されていたのでは、なかったのですか。」
ミサトが、息を整えながら尋ねる。

「あれは、実はリリスなの。
本物のアダムは、胎児の状態であの人・・・碇司令の手の中にあったのよ。
それが、私と入れ替わって今、初号機の中に。
アダムは眠ったままだから、よほど近づかなければ、
悟られることはなかったのだけど。」

「私のミスです。カヲル君は、少し目を離した隙に、いなくなってしまって。
セキュリティ・システムも、全く機能しませんでした。」

「彼にしてみれば、私たちと同様に、初号機のことも自分の目で確かめずには、
いられなかったのでしょうね。
それが、こんなことになるとは。」

「ねぇ、どうなるの!」
アスカが叫ぶようにして、口を挟んだ。
「使徒が、アダムと接触しちゃうと、サード・インパクトが起きるのじゃ・・・。」

「使徒は、アダムに触れることはできないわ。」
レイが、ぽつりとそう言った。

「え?」
アスカばかりか、そこにいる全員がレイを見つめた。
レイの蒼銀の髪が、強風になびいて半顔を隠している。

「アダムより生まれし使徒は、アダムに還ろうとする。
でも、アダムはそれを許さない。
必ず、アダムの手で消滅させられることになる。
問題は、そのことでアダムが覚醒してしまうこと。

・・・本来のインパクトは、第二使徒リリスが覚醒することによって、
引き起こされる破壊と再生のことだけど、
第一使徒アダムが真に覚醒し、その力を解放してしまった場合は、
破壊しかもたらさず、取り返しのつかないことになるわ。
ヒトはそのことを、インパクトと勘違いしている・・・。」

「綾波! どうして、君はそんなことを知っているの。」
シンジに続いてアスカが、
「まさか、あんたもカヲルと同じで・・・。」

アスカは、レイの目がカヲルと同じ色をしていることを思い出していた。
そして、先日リツコから聞いた言葉を。
レイとカヲルは、同じタイプのチルドレンである、と。



「『アダムよ、我を受け入れよ。」』
強風にさえぎられて、それ以上進めないカヲルがそう言う。
先程と同じく、本来のカヲルの低い声と、しわがれた声の二つである。

そしてカヲルは、なにごとかに気づいた。
「『おまえは・・・?
ふん、たかがアダムのコピーではないか。
本物は、そこにいるのであろう。
何故、我とアダムの邂逅の邪魔をする!」』
そう言うと、カヲルは一歩を踏み出した。
初号機から吹き付ける風が、それに抵抗しようとして、さらに強くなる。



ゲンドウは、初号機の中で、何をすることもできなかった。
かたわらの子供は、カヲルに向かって両手を突き出すようにして、
踏ん張っている。
この風は、おそらくこの子が創り出しているのであろう。
だが、そろそろ限界に近いようであった。

『使徒とアダムの接触を、防ごうとしている』
そのことは、わかった。 だが、長くは持つまい。

ぐずぐずしていると、右手のアダムが目覚めてしまうかも知れない。
そうなったら、終わりだ。
『初号機を暴走させて、あの少年ごと使徒を殲滅するしかないのか。』
覚悟を決めなければならないときが、近づきつつあった。



「『小癪なまねを・・・。」』
カヲル、いやタブリスは、そうつぶやいた。
強風を受けるカヲルの肉体が邪魔で、これ以上前に進めない。
「『そんなことをしても、無駄だ。 見よ!」』

そういうと、カヲルの背中から、黒い霧状のものが立ち上った。
黒い霧は、風に吹き飛ばされることもなく、カヲルの頭上である形をとりはじめた。
なんとなく、ヒトの上半身に似ている。
そして、その頭部はヒトというよりは、猫のようにみえる。
その眼にあたる部分が、爛と輝いた。

「まずいわね!」
ミサトはそう言うと、小型の銃を取り出した。
両足を開き、両手で銃をかまえてカヲルに向けて構える。
その髪が、強風で背後になびいている。

自分の技量では、外すような距離ではない。
しかし、軽い弾丸であるうえに、この強烈な風だ。
わざと急所を外すこと、つまり手加減はできそうもなかった。

ならば、いっそのこと・・・
カヲルをポイントする位置を決めようと眼を細めた、そのときだった。

「待って!!」
銃を構えた両腕を、抱きかかえた者がいた。

「アスカ・・・。」
邪魔をされたミサトは、怒るどころか、心底驚いていた。

「どうして、あなたが邪魔をするの!」
バルディエルに乗っ取られた参号機を、トウジもろとも殲滅しようとしたときは、
あまり躊躇することはなかったと聞いている。
それなのに・・・。

「カヲルを、殺さないで。」
懇願する眼で、アスカはミサトを見つめる。

「どきなさい、アスカ! 彼は、使徒なのよ!」
「乗っ取られているだけだわ!
あの黒い霧が使徒の本体よ。撃つなら、本体を撃ちなさいよ!」
「そんなこと、あなたにわかるわけないじゃない!」

ミサトとアスカが、もつれ合っている間に、タブリスは猫の眼にあたる部分から、
怪光を放った。
それは、カメラのフラッシュに似ていた。



ゲンドウは、それがゆっくりと飛んでくるのを感じた。
カヲルの頭上に現れた、黒い霧状のものから、一対の光る円盤が放たれ、
それがフリスビーのように初号機に向かって飛んでくる。
二つの光は初号機の胸の装甲を抜け、コアを抜け、かたわらの子供に直撃した。

『ぐぅぅぅぅぅ・・・』
子供が、低いうめき声をあげる。

「おい、大丈夫か!」
そのうめき声もすぐにおさまり、子供は微動だにしなかったが、
攻撃を受けた直後は、一瞬風が弱まったようにゲンドウは感じた。

なんどもこれをやられたら、もたないであろう。
「やるしか、ないか。」

ゲンドウは覚悟を決めた。
子供に向かって、左手を伸ばす。
子供は、少し驚いた様な顔をして、ゲンドウを見上げた。
ゲンドウは、微笑んで頷く。
子供は嬉しそうに微笑むと、ゲンドウの手を握った。



突然、風が止んだ。
同時に、初号機の眼が光った。
そして、
『ヴォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ・・・』
響き渡る初号機の咆哮。

「みんな、気をつけて!」
ユイが叫んだ。
「初号機が、暴走するわ!!」

「うそ!」
「こんなことって・・・。」
アスカとミサトは、あまりのことに硬直した。

初号機の右手が、ゆっくりと持ち上がっていく。
同時に、その肩にあたる部分の拘束具に、大きな亀裂が入った。
そして、あっけなく拘束具は弾けとび、右手は初号機の頭上にかざされた。

次には、その手はカヲルに向かって振り下ろされるのだろうか。
以前、レイを前にして暴走しかけたときよりも、その行動は早い。

それを見上げるカヲルは、怯えているようにも、笑っているようにも見えない。
カヲルの顔からは、表情というものが欠落していた。
かわりに、カヲルの頭上の黒い霧に浮かぶ猫のようなタブリスの頭部からは、
初号機に対する、あからさまな敵意が感じられた。

タブリスと初号機は、にらみ合ったまま互いに隙をうかがっている様に見える。

「みんな、よく聞いて。」
再びユイが言う。
「初号機が、カヲル君を倒したら、すぐに初号機に向かって、
『停まれ!』と念じるのよ。」

「そんな、初号機がカヲルを殺すなんて!!」
アスカが、悲鳴に近い声をあげる。
「なんとかならないの、おばさま!」

「そうだよ。カヲル君を犠牲にするなんて、あんまりだよ。」
シンジも同意見だった。

「ごめんなさい、こうなっては、どうしようもないのよ。
それよりも、このことで、アダムが目覚めてしまう方が問題だわ。
ここにいる誰もが、多かれ少なかれ、エヴァやアダムを停める力を持っている。
それにかけるしか、ないわ。」

それから、ユイはミサトの方に向き直った。
「ミサトさん。」
「はい・・・。」
ミサトは、まだ事態をよく飲み込めていなようだった。

「憶えていないかも知れないけど、
あなたはかって、南極でアダムを停めたことがあるのよ。」
「私が、ですか。」

「そう。アダムに向かって、『やめて』と絶叫したのよ。
それで、アダムは停まった。
今はもう、その力は使い果たしてしまっているかも知れないけど、
もう一度、やってみる価値はあるわ。
お願いできるかしら。」
「・・・わかりました。」

「いい、みんな?
次に初号機か、カヲル君が動いたときに、タイミングを合わせて。」
シンジと、アスカはしぶしぶ頷いた。



そのとき、レイが黙ったまま、カヲルに向かって歩き始めた。
「綾波?」
シンジは、声をかけようとして、凍りついた。

歩きながら、レイのその全身が、白く光り始めた為である。
さながら雪の彫像の様に、レイは服も髪も、白一色に染まった。
一種の神々しさがあり、だれも声をかけることができなかった。

カヲル・・・いやタブリスは、自分の背後でそのようなことが起きていることなど、
全く気付いていなかった。
いかに初号機の隙をついて、コアの中に潜り込み、そこにいるアダムと融合するかのみに腐心していたためだった。

レイは、なんなくカヲルのすぐ背後に立った。
そして、カヲルの肩に手をかけた。

びしゃっ!!

それは、一瞬のできごとだった。
カヲルの肩口から立ちのぼっていた黒い霧は、次の瞬間には黄色い液体となって、
アンビリカブル・ブリッジの床面に降り注いでいた。
続いて、レイとカヲルは折り重なるようにして、その場に倒れた。

「綾波!」
「カヲル!」
シンジとアスカは、それぞれレイとカヲルのもとに駆けつけていた。

シンジは、レイを抱き起こす。
「綾波。」
その冷たさに、シンジはぞっとした。
レイの全身は、まだ白く染まったままである。
「綾波、大丈夫?」

レイはうっすらと目を開けた。
「碇君・・・。」
弱々しい声で、そう言った。 何か、力を使い果たしたかのようである。

「碇君に、見られてしまった・・・。」
レイの目から、一滴の涙が流れ落ちる。
「やっと、ヒトになれると思ったのに。」
そういうと、レイは再び目を閉じた。

「綾波、綾波、綾波ぃ!」
シンジは、レイを抱きしめてその名を呼び続けていた。

「カヲル!」
一方、アスカは、カヲルの肩をつかんで揺すっている。
「やあ、惣流さん。」
カヲルは、力なく目を開いた。

「見られてしまったようだね。」
そう言うと、カヲルは自嘲するように微笑んだ。

「カヲル。あんた、大丈夫?」
「取り合えず、はね。」

「使徒は? 取り憑いていた使徒は、どうなったの。」
「さあ、わからないね。
ひとつ、はっきり言えることは、綾波さんのおかげで、
最悪の事態だけは免れたようだ、ということだね。」
「そう・・・。」

「だけどね、はっきり言っておくが、使徒がぼくに取り憑いていたんじゃない。
ぼくが、使徒になっていたんだよ。」
「え?」
「だから、またいつ、ぼくの中の使徒としての本性が、暴れだすかも知れない。
お願いだ。ぼくを、消してくれないか。」

「今、なんて?」
アスカが聞き返す。
「聞こえなかったかい、ぼくは、使徒なんだよ。
いつかまた、君たちに害を及ぼすかも知れない。
だから、君たちの手で、ぼくを消し去ってくれないか。」

「だめよ!」
アスカは、カヲルに抱きついていた。
「そんなの、悲しすぎるじゃない!
あんたが、何者だって、あたしはかまわない。
もとは、人間だったんでしょ?
だったら、人間に戻ればいいじゃない!」

「惣流さん・・・。」
「リツコや、司令代行が、きっとなんとかしてくれるわよ。
たとえ、戻れなくったって・・・
たとえ戻れなくったって、あんたは、あたしたちの仲間よ。
勝手にいなくなったら、承知しないからね!」

「わかったよ、惣流さん。
もう少し、待ってみるよ、ヒトに戻れるその日を。」
カヲルは、アスカの肩に手を置いて言った。

「馬鹿、わかるのが遅いわよ!」
アスカは、カヲルから離れて立ち上がると、顔をそむけて目を拭った。
「シンジと同じで、ホントにものわかりが悪いんだから。」



「かあさん、 綾波が・・・綾波が!!」
シンジは、レイを抱きしめたまま、叫んでいる。

ユイはそのときまで、初号機を見上げていた。
何ごとか、会話をしていたのだろうか。
初号機が、腕を頭上にかざしたまま、動かなくなっていることを今一度確認すると、
シンジの元に駆け寄った。

「綾波が、目を覚まさないんだ!」
シンジの言葉に、ユイはレイの様子を調べた。
レイの呼吸を確かめ、額に手をあててみてみる。

「大丈夫、少し力を使いすぎただけだわ。」
ほっと息を吐くと、ユイはそう言った。

「しばらく休んで、体温が元に戻れば目を覚ますわ。
少しは、体温が戻ってきてはいない?」
「そういえば・・・。」
先程まで、氷のように冷たかったレイの体が、今は水くらいの温度になっていた。

「ともかく、このままにしているわけにはいかないわね、ミサトさん。」
ミサトは不覚にも、一連のできごとがあまりのことだったので、
一時茫然としていたが、呼ばれて我に返った。
「はい・・・。」

「リツコさんに連絡して、移動ベッドを二つ用意してもらってくれないかしら。」
「カヲル君とレイを、医務室に運ぶのですね。」
「ええ、お願いね。」
「わかりました。」

ミサトがインターフォンでリツコに連絡をとり、移動ベッドが来るまでしばらく待つことになった。

カヲルは、意識ははっきりしているが、自力では立ち上がれないようだった。
レイは、まだ意識が戻らないが、真っ白になっていた全身は、
何か光のようなものに包まれてそうなっていたらしく、
髪の色や服の色は薄くではあるが、次第に戻りつつあった。

シンジは、少しほっとしていた。
レイとカヲルが人外のものであったということは、本来はショッキングなことだが、
短時間にあまりにいろんなことが起きたため、実感が湧かなかった。
今は人の姿で目の前にいることと、なんとか助かりそうだということで、
そのことにまで気がまわらなかったのである。

また、シンジ自身も「リアルチルドレン」といわれ、普通の人間ではないということで、
ずいぶんと悩みもした。
そのせいで、レイが『やっとヒトになれると思ったのに』と言ったのは、
レイも何かを背負った特殊な人間だからではないかと、漠然と思っていた。

「碇君・・・。」
ややあって、レイが意識を取り戻した。
もう、ずいぶんと本来のレイに近い色に戻っている。
顔色だけが、まだ幾分青白かった。

「綾波! よかった、気がついて。」

しかしシンジの言葉にレイは応えず、
「碇君、聞いてほしいことがあるの。」
小さな、しかしはっきりした声でレイは言った。

「話なら、後でゆっくり聞くよ。今は、まず・・・。」
そう言いかけるシンジに、レイはかぶりをふった。

「今、話しておきたいの。」
「わかったよ、何だい、綾波。」

「遠い、昔の話。
私と、碇君は、戦ったことがあるのよ。」

レイの言葉に、シンジは大きく目を見開いた。
レイが、何を言っているのか、わからなかった。




あとがき

カヲルは、不本意ながら使徒の本性を出してしまいました。
間一髪で、犠牲を出すことなくレイが阻止したようですが、果たして危険は去ったのでしょうか。

また、レイは何かを思い出したようです。
遠い昔の記憶といいますが、シンジとレイの間には、何があったのでしょうか。

次回をお楽しみに。