レイの退院祝い会は、ユイの挨拶で始まった。

「今日は、レイちゃんの『退院祝い会』ということで、
みなさんに集まっていただきました。
日頃、顔を合わせている仲間どうしですが、
なかなか全員が集まることもなかったし、
一度こういう機会を設けてはどうかなと思ったのです。」

そこでユイは、左隣に座るレイに向き直り、
「それでは、あらためてお祝いの言葉を伝えたいと思います。
レイちゃん。」

「はい。」
レイは席から立とうとしたが、ユイが制する。
「あ、座ったままでいいから、ご挨拶だけしてね。
・・・レイちゃん、退院、おめでとう。」
「「「「おめでとう!」」」」
ユイに続いて、全員がお祝いの言葉を言った。

「ありがとうございます、みなさん。」
レイは、ほんの少し頬を染めて返した。
いつからだろうか、とシンジは思う。
レイがわずかながら、感情を表に出すようになったのは。

「じゃあ、お腹もすいたことだし、食事しながら聞いてください。」
ユイが続ける。
「新しい仲間として、カヲル君も加わりましたが、
レイちゃんがそのとき入院していたこともあるので、
このあと、順番に自己紹介をしていきたいと思います。」

「え〜、今さらぁ?」
アスカがぼやいたが、ミサトがたしなめる。
「アスカ、みんなの前でしゃべるというのも、大事なことよ。
とくに、自分のこういうところを知ってほしいとか、
日頃自分がどう思っているかとかを、
みんなに知ってもらうにはいい機会よ。」
「わかってるわよぅ。」

「その前に、チルドレンのみなさんにお知らせがあります。」
ユイの話が続く。
「来週から、いよいよ学校が再開されることになりました。」

これに反応したのは、アスカとシンジだった。
「え?」
「ほんとうなの、かあさん。」

「ええ、校舎はアルミサエル戦のときに半壊したままだけど、
一応、バラック建てのものが今、建てられています。
疎開されて生徒も減っているでしょうが、
いつまでも休校というわけにもいかないということなのでしょう。」

「よかった・・・。 閉校になる話は、なくなったんだ。」
シンジはほっとしてつぶやいた。

「というわけで、来週から、本部での訓練やテストがないときは、
みんな、一応中学生なんだから、学校に行くことになります。
これは、カヲル君も同じです。
よろしいですか。」

「「はい。」」
「はぁい。」
「わかりました。」

チルドレンたちの返事を確認すると、ユイは言った。
「それでは、レイちゃんから順番に、自己紹介を始めてください。」




--- 人 身 御 供  第十一話 -- -
    


レイの自己紹介が、始まった。

「ファーストチルドレン、綾波レイです。
 零号機のパイロット・・・でした。
その零号機は、先の使徒戦で失われて、今はもうありません。
今、乗れるのはたぶん、初号機だけですが、
それは怪我が治ってからですので、もう少し先になると思います。
初号機は、本来碇君がパイロットなので、私は控えにまわることになるかと思います。

 今日は、私のために、このような席を設けていただき、ありがとうございました。
私は、碇君を始め、みなさんの期待に応えられるよう、
一日も早く怪我を完治させて戦線に復帰し、
碇君の負担を少しでも軽くなる様にしていきたいと思います。」

「あ、綾波。ちょっと、それはまずいよ。」
シンジが、焦ったような感じで言う。

「え? 何が。」
「碇君を始め、はまずいよ。」

「何が、まずいの。」
「何だかぼくが一番で、みんなのことは、ついでの様じゃない。」

「・・・そうかしら。 (実際、そうなんだけど)」
「ぼくの名前なんか、出さなくていいよ。」
「碇君が、そう言うなら・・・。」

シンジとレイのやりとりに、横からアスカが口を挟んだ。
「でもまあ、レイのことを一番、気にかけていたのはシンジなんだから、
いいんじゃないの。」 

「そんなことないよ。
綾波の引越しについては、アスカの方がいろいろやってくれたじゃない。
部屋の改装については、ミサトさんが素早く対応してくれたから、こんなに早くいっしょに住めるようになったんだし。
このパーティは、かあさんの発案で実現したんだし。
ぼくなんか・・・ぼくなんか、たいしたことしていないよ。
・・・って、なに泣いてんだよ、綾波!」

レイの瞳から、一滴の涙がこぼれていた。

それを見て、あせるシンジ。
「ぼ、ぼくが何か変なこと言ったの?
(綾波って、前からこんなに涙もろかったっけ?)」

レイは、かぶりをふった。
「みんなに、こんなに親切にしてもらったこと、なかったから・・・。」

「なに言ってんの! もう私たち、家族じゃない。
さっきのような優等生ぶった発言したら、今度は許さないわよ。」
アスカが憤慨して言い、ユイがそれに続けた。

「そうね、アスカちゃんの言うとおりね。
レイちゃん、ここで暮らす以上、なにも気がねすることはないのよ、だれに対しても。
アスカちゃんは同い年だけど、年の近い姉さんだと思ってね。
たよりにしてあげたら、喜ぶわよ。」

「じゃ、じゃあ、ミサトの場合は・・・。」
アスカは、顔を少し紅くして、照れ隠しのように言う。
「うんと、年の離れたお姉さんってわけね。」

「こらあ! 『うんと』だけは余計よ。」
ミサトのつっこみにユイは、くすくす笑いながら、
「そうそう、それから私も、ときどきはここに泊まりに・・・
いえ、帰って来るわ。
私のことは、お母さんだと思ってちょうだい。
・・・そうね、いっそのこと、みんなのお母さんになろうかしら。」

「あたしも?」
と尋ねるアスカに、
「ドイツにお母さんがいらっしゃるからだめ?
 『日本にいる間のお母さん』というわけにはいかないかしら。」

「いえ、そんなわけでは。 (そうか、寮母さんと思えばいいのね)
じゃあ、お願いします。」

「わ、私もですか。」
ミサトは冷や汗をかきながら言う。
「そうよ。年の近いお母さんだけど。」

「・・・・・・・・・。(たしか、40歳にはなっていない筈。
でもどう見ても、私と同じか、それより若く見えるわ。)」

「さすがに無理か。じゃあ、お姉さんてことで、どう?」
ユイは笑いながら言った。
「は、はぁ。・・・わかりました。(ていうか、立場上はお姑さんよね)」

「それから、カヲル君。」
ユイはカヲルに向き直って言う。
「あなたも、今は訓練づけ、テストづけで大変でしょうけど、
一段落したら、こちらに移ってもらうわ。 部屋もまだ、空いていることだしね。」

「わかりました。」
カヲルが応えると、
「え〜! こいつも来るのぉ。」
と、アスカが叫ぶように言う。

「・・・心底、いやそうだね、惣流さん。」
「だってぇ、こいつ、変なやつなんだもん。」
「身も蓋もないねぇ。」
カヲルがぼやく。

「家族は多い方が楽しいでしょ、アスカちゃん。それとも、カヲル君のことが嫌い?」
ユイの言葉に、
「い、いや、そういう訳では・・・。」
今度は赤くなるアスカ。

「歓迎するよ、カヲル君。そのときは、よろしくね。」
シンジが言うと、
「こちらこそ、よろしく。シンジ君。」

「・・・・・・・・・・・・・・・。」
アスカは、ひとりぶつぶつ言っている。
よく聞きとれないが、馬鹿が増えるとか、言っているらしい。

「で、カヲル君。
あなたもこちらに来たら、私のことは『お母さん』だと思ってね。」

そういうユイの言葉に、
「は、はぁ・・・。」
カヲルにしては、珍しく当惑した顔になった。
「まあ、無理にとは、言わないけど。」

「・・・・・・・・・。」
さらに当惑したままのカヲルに、アスカが耳打ちした。
「寮母さんよ、寮母さん。」
「・・・わかりました。よろしくお願いします。」



ところはかわって、ここはミサトのマンションの外、駐車場の一角である。
明かりのついたミサトの部屋を見上げるようにして、二人の男が佇んでいた。

二人とも、宵闇に紛れるような黒いスーツを着ている。
「始まったか・・・。」
一方の男がつぶやくように言う。

「そのようだな。」
「何が起きるのかわからないまま、待機するというのもな。」

「愚痴を言うんじゃない。
それより、いつ『警戒体制』の合図が来るかわからないんだ。
準備を怠るなよ。」
「ああ、わかってるよ。」

男は、ポケットから小さな機器を取り出した。
一見、携帯電話のように見える。
しかし実際のところ、それは信号の受発信機能を持つ、高性能な無線機だった。



「じゃあ、次はアスカちゃんね。」
退院祝い会は、アスカの自己紹介の番になった。

「セカンドチルドレン、惣流・アスカ・ラングレーです。
弐号機のパイロット・・・ということになっています。
私なんかよりもシンクロ率の高い、渚君が来たので、
いつお払い箱になるか、ひやひやしています。」

「だから、それはないよ、惣流さん。
総合力では、まだまだ君の方が上だし。
なにより、生死にかかわることだから、実績がものをいうからねえ。」

カヲルの言葉に、
「まあね。」
と、アスカは認めた。
「本音を言えば、あたしもまだまだ、引退するつもりはないからね。
このあたしと張り合うなら、訓練は真剣に取り組んだ方がいいわよ。」

「そうさせてもらうよ。」
カヲルが言うと、アスカは頷き、
「その上で、正規パイロットの座を私から奪うことができたなら、
あたしが実戦で身に付けたノウハウを、全部伝授してあげるわ。」

「アスカ・・・。」
シンジは、なんと言ったらいいかわからなかった。

「なによ、シンジ、その顔は。
もともと、あたしはそのつもりだったのよ。
再度のシンクロテストで、もしエヴァに乗れないとわかったときは、
代わりに乗るパイロットに、全て教えることにしてたのよ。」

「そんな、アスカ・・・。」
「それが、惣流・アスカ・ラングレーが、チルドレンとして生きてきた証だものね。
でも、心配しないで。それはまだ、当分先よ。
シンクロ率も回復してきたことだし、まだまだ現役でいたいもの。」

「うーん、さすがだね、惣流さん。 これは、がんばりがいがあるねぇ。」
カヲルが、感心して言うと、
「遠慮はいらないわ。 本気で取り組みなさいね。」



ミサトの部屋の玄関前から、さほど離れていないエレベーターホールに、
宅配業者の服装をした、一人の男がいた。

普通の宅配業者と違うところは、何かイヤホンのようなものをしていることである。
イヤホンから伸びたコードは、彼の胸ポケットの中の機械に繋がっている。
昔の補聴器に、見えなくもない。

だが、単に耳の不自由な宅配業者ではないようである。
彼は、そこから動こうとしなかった。
そればかりか、ミサトの住居が気になるのか、彼はその玄関扉の方を、
ときおり、ちらちらと見ているのだった。



「はい、じゃあ、今度はシンジの番ね。」
ユイに促されて、シンジの自己紹介が始まった。

「サードチルドレン、碇シンジです。
初号機のパイロットです。

とうさん・・・父、碇司令が現在、初号機に取りこまれているので、
エヴァに・・・初号機に乗ることを、やめようかなとも、思いました。
父とは、うまくいっていなかったので、初号機に乗ることで自分の全てを、
父に知られるような気がして、抵抗があったからです。

わかっています、それが、わがままだということを。

これを機会に、みんなに言っとこうと思いますが、
ぼくは、もう一度、初号機に乗ろうと決心しました。」

・・・座が一瞬にして固まった。
ユイにしても、これは意外だった。

「理由は、いくつかあります。
ひとつは、ぼくが乗らなかったら、ぼく以外で唯一初号機とシンクロできる綾波が、初号機に乗ることになってしまう。
まだ、日常生活ですら不自由な思いをしている綾波に、怪我をおして使徒と戦わせるわけにはいきません。
ぼくは、綾波を守らなければならない、そう思ったのです。

もうひとつの理由は、アスカのがんばりを、目の当たりにしてきたからです。
使徒の攻撃のせいで、シンクロ率がほとんどゼロになって、チルドレン抹消になるかと思ったアスカ(ごめんね)が、ほんとうによくがんばって復帰してきました。
それにひきかえ、ぼくは本当に卑怯で、情けなかったと思います。
アスカと対等の仲間でありつづけるためにも、ぼくは初号機に乗らなければならないと思いました。

最後に、かあさんの一言がありました。
『自分が納得できる道を選んだ結果であれば、それをどうこう言う権利はだれにもない。』と。
だから、ぼくはどうすべきか、自分できちんと選ばなければならない。
そこで、ぼくは、どちらが自分に納得できるものであるか、考えました。
このまま逃げつづけて、エヴァに乗らないことで、納得できるのか。
いやなことだけど、思い切ってエヴァに乗った方が、自分は納得できるのか。
答えは、『逃げて一生後悔するよりは、エヴァに乗った方がいい。』でした。」

「碇君・・・。
いいの? 私のために、つらい思いをしても?」
レイが、まっすぐにシンジを見つめて尋ねる。

それに対して、シンジは彼にしては珍しく、自信をもって応えた。
「もちろん。ぼくは、綾波を守ると、決めたんだから。」

「ようやくわかったのね、バカシンジ。」
「シンジ、よく決心してくれたわね。」
「えらいわ。シンジ君。」
アスカが、ユイが、ミサトが、それぞれシンジの決意を称えた。

「そんな、ほめられるようなことでは、ないんです。
ぼくは臆病者だから、こういう場で言っておかないと、
いざというときに、また逃げ出してしまうんじゃないかと。」
シンジが、頭を掻いて言う。

「そのときは、あたしとレイが、後ろから蹴飛ばしてあげるわよ! ねぇ、レイ。」
アスカに同意を求められて、レイはちょっとためらったが、
「え、ええ・・・。」
「頼むよ、綾波。」
「わかったわ。」
シンジからも求められて、レイはシンジの初号機搭乗の応援をすることを決心した。

「なるほどね・・・。」
カヲルは、だれに言うともなく言った。
「碇司令とシンジ君の間に、何があったのかは知らないが、
シンジ君は、ずいぶん思い悩んだようだね。
でも、自分の弱さを十分に認識した上で、それを乗り越えようとする姿は、 賞賛に値するね。」

そんなカヲルを、横目でにらみながら、アスカは
「あんたには、多分わからないわよ。」

「どうしてだい。」
「あんた、昔のシンジを知らないから、そんなことが言えるのよ。
あたしの口から言えることじゃないけど、シンジもこれで、結構苦労してるのよ。
ま、あたしの目から見れば、まだまだだけどね。」

「いや、わかるよ。 少なくとも、チルドレンと呼ばれる者たちは、
それぞれ人に言えない何らかのものを、背負っていることはね。」

「あんたにも、そういうものがあるの?」
「・・・まあね。」



「じゃあ、次はカヲル君ね。
人にいえないものは、言わなくていいけど、ミサトさんが言ったように、
あなたという人間を、みんなに知ってもらうにはいい機会だから、
好きなように話していいのよ。」

ユイの言葉に、 
「さて、何から話したものか・・・。」
と、カヲルは考えあぐねているようだったが、やがて、話し始めた。



駐車場の二人の男の無線機で、短い信号音が鳴った。

「部長からの合図だな。」
「ああ。【第一種警戒体制】で待機せよ、だ。」

「まあ、おれたちは楽な方かも知れん。
ベランダさえ、見張っていればいいのだからな。」

「そうでもない。いざとなったら、一番行動範囲が広いかも知れんぞ。
マンションの裏側全部を、まかされているわけだからな。」

「そうか。何事もなければいいのだがな。」
「そうだな。」
二人はやや緊張した面持ちで、ミサトの部屋のベランダを見上げていた。



カヲルは、自己紹介を始めていた。
「フィフス・チルドレンの渚カヲルです。
知っている人もいるかも知れませんが、ゼーレから欠員の補充要員として、 派遣されてきました。」

「ゼーレ?」
シンジにしてみれば、初めて聞く名前だった。
ユイの眉がぴくりと動いたが、それには気付かずにレイに尋ねる。
「綾波は、知ってる?」

「・・・委員会のことかしら。」
ファースト・チルドレンであるレイにしても、委員会の存在までしか知らない。
それも、かってゲンドウと冬月の会話の中から漏れ聞いた単語に過ぎなかった。

周囲の反応を見て、カヲルは続ける。

「ゼーレは、ネルフの上部組織にあたるそうです。
どのような性格のものかは、ぼく自身はっきり知っているわけではないですが、
ネルフを行政機関とすると、ゼーレは政府のようなものではないかと思います。
ネルフとの接点は、綾波さんが言う『委員会』が担当していたようです。

それで、委員会からの報告にもとづいて、
【弐号機パイロットに欠員ができたから】ということでこちらに配属になりました。
そうしたら・・・。」

「なんと、復活したお邪魔虫が居座っていた、ということね。残念だったわねぇ。」
アスカの言葉に、
「ふふふ・・・。」
笑って頭を掻くしかないカヲル。
「ネルフにとって、お邪魔虫なのはぼくの方、ということになりますか。」

「それはないわ、カヲル君。」
ユイが微笑んで言う。
「使徒の侵攻は、いつ始まるかわからない。長期戦になる場合もあるわ。
複数のパイロットがいるにこしたことはないし、むしろ、
今までそういう体制がとれなかったことの方が問題だと思うわ。」

「そう言っていただけると、うれしいですね。」

そこへ、アスカが口を挟むようにして尋ねた。
「ところで、あんた、向こう(ドイツ)では何をやっていたの?」

「そのことについては、緘口令がしかれていてね。
極秘の開発業務、としか言えないんだ。」

「なによ、あんた。
まだ『ゼーレ』とやらに所属してるわけ?
そんなんじゃ、スパイだと思われても、しょうがないわよ!」

アスカの言葉に、それまでなごんでいた場が、一瞬にして緊張した。
彼女が言ったことは、いわば当然のことなのだが、
オトナたちとカヲルが、敢えて避けて通ってきたものだった。

何も知らない、アスカだからこそ、口にできた言葉だった。
  ・・・ゼーレのスパイ・・・
ユイも、ミサトも、言葉を失った。
カヲルも、返す言葉がない。
その沈黙が、シンジとレイにすら、カヲルがそれを肯定しているように思われた。

「な、なによ。
あたしが、なにか、変なこと言ったっての?」
場の雰囲気に、焦るアスカ。
軽い気持ちで『スパイ』と言ったのは、かって自らをスパイと明かした、
加持と寝食をともにしていたからかも知れない。

「ふ、ふふふ・・・。」
突然、カヲルが笑い出した。
「ふふふふふふふふふふふ。いや失敬。ふふふ、惣流さんには、かなわないな。」

「カヲル君・・・。」
シンジは、心配そうにつぶやく。

「心配はいらないよ、シンジ君。 ぼくは、スパイじゃあないよ。
ゼーレを出たときから、自由の身だよ。
いや、用済みになったから、追い出されたというべきか。」

「追い出された?」
「この際だから、打ち明けるとしよう。
ぼくが、ゼーレで開発していたものとは、
量産機のためのダミーシステムと、S2機関だよ。」

「ダミーシステム・・・。」
「量産機・・・それに、S2機関!」
ユイと、ミサトが緊張した面持ちでつぶやく。

「これで、信用していただけますか、司令代行。」
カヲルは、ユイに向き直って言った。

ユイは、それには答えず、カヲルに尋ねる。
「用済みになったということは、量産機のためのシステムは完成したということね!」
「試作段階としては、そういうことになりますね。」
「・・・・・・・・・・・・。」
ダミーシステムとS2機関を持つ、量産機たち__。
それは、無敵の軍団となるであろう。
その開発が完了したということは、間もなくそいつらが稼動可能になるということであった。

ミサトは、ユイほど具体的にはその脅威は感じていなかったが、漠とした不安は感じていた。
世界各地で生産を開始されたという量産機。
それだけでも、不気味さを感じていたというのに、それにS2機関を搭載するという。
あの、アメリカの第2支部を一瞬で消失させたS2機関である。
本来、封印すべきものをゼーレはあえて開発を続け、完成させたというのだ。
何のために? そこまでは、ミサトにはわからなかった。

「それはそうと、どうして言う気になったの?」 ユイが尋ねる。

「ゼーレに義理だてる必要がないなと、思ったからですよ。
今回、司令代行をはじめ、チルドレンたちのいろんな話を聞くことができました。
はっきり言って、ゼーレとは違うと思いました。
人にやさしい方たちばかりだ。
しかも、自分の考えというものを持っている。

ゼーレは利己的で、欺瞞に満ちている。
ぼくは、そういう組織の中で、幼少のときから操り人形でしかなかった。
だが、あることをきっかけに、ぼくも自己というものを持つ様になった。
ゼーレの中からしか、物事を見ることができなかったけれども、
それでも、彼らのいうことはどこかおかしいと、思うようになっていた。

だが、それを確かめるすべはなかった。
だから、従順なふりをして、外に出る機会を待った。
そして・・・あなたたちに出会った。

これまでの話を聞く限り、少なくともネルフのチルドレンは、
ゼーレが言うような人たちではないとわかった。
ぼくは、彼らのいうことが信じられなくなった。」

さらに、ユイが問う。
「古巣に訣別する決心がついたということ?」

「ゼーレとは、完全に手を切りますよ。
でも、あなたたちのことは、もう少し知りたいと思う。
こんなぼくでも、チルドレンとして受け入れてもらえますか。」

そう言いながら、カヲルはこう思っていた。
・・・そう、ゼーレとは訣別する。
だけど、本当に君たちの仲間になるかどうかは、
もう少し君たちのことを知ってから決めよう。
とくに、碇シンジ君。
これから君は、リアルチルドレンとして、どの様に生きていくつもりなのか・・・。



「もちろんよ!
ネルフは、あなたを歓迎するわ。 いいわね、みんな。」
ユイの言葉に、シンジとレイは黙って頷く。

ミサトは・・・複雑な表情をしてカヲルを見つめていた。
そう言えば、今日のミサトには、いつもの元気がない。
それは単純に禁酒令だけのためではないようだった。

アスカが、腕組みをして尋ねる。
「どうでもいいけど、ゼーレとやらは私たちのことを、
どういうふうに言っていたの。
なんだか、話を聞いていると、ネルフとは仲の悪い親子関係みたいだけど。」

カヲルは苦笑して言う。
「聞きたいかい?」
「そりゃそうよ!」
「あらかじめ、ことわっておくが、ぼくが言ったわけじゃないからね。」
「いいから、早くいいなさいよ。」

「・・・ファーストチルドレンは、綾波レイ。
チルドレンへの選抜は最も古いが、運動能力は最も低い。
その経歴は、一切不明。
性格は、感情を表に表すことなく、冷酷非情・・・。」

「そりゃ非道い! いくらなんでも。」
「ちょ、ちょっと違うわよねぇ。」
シンジとアスカの感想である。
レイ自身は、冷酷非情の意味がよくわからないのか、黙っている。

「・・・セカンドチルドレン、惣流・アスカ・ラングレー。
運動能力は最も高いが、状況判断能力に欠ける。
独断専行が多く、命令違反を繰り返す。
常に自分中心であり、その為にチームの足を引っ張ることが多い・・・。」

「当たって・・・。」
レイが何か言いかけたが、
「ぬわんですってぇぇぇぇぇぇ!!!」
アスカが鬼の形相で叫んだために聞き取れなかった。

「だから、ぼくが言ったんじゃないからね。」
カヲルは微笑みながら、汗をかいている。
「わ、わかってるわよ!! それじゃ、次続けて!」

シンジは、アスカに気付かれぬよう、心の中で笑っていたが、
次は自分の番だと気付くと、少し緊張して待った。

「・・・そして、サードチルドレン、碇シンジ。
サードでありながら、実はリアルチルドレンと思われる。
運動能力は、不明。
ときに高シンクロ率により、エヴァの能力を極限まで引き出すことがある。
このことは、リアルチルドレンの証左であると考えられるが、
確実性がないのはその性格が災いしていると思われる。
情緒は不安定であり、指揮者への反抗,逃亡を繰り返す。
セカンドと同じく、自己中心的であり、他人への思いやりがない。
自己の能力に目覚めた場合は増長し、権力の座を求める恐れがある・・・。」

「・・・ひどいや。」
と、シンジがこぼす。
「あくまで、ゼーレの資料での話だからね、シンジ君。」

「碇君は、そんな人じゃないわ。」
レイが、カヲルを睨むようにして言う。ある意味、アスカよりも迫力がある。

「だから、それはゼーレが・・・。」
レイはカヲルの言葉を無視して言う。
「だから、ゼーレは許せない。」

「そうよ!許せないわ。」
アスカもそれに賛同した。

カヲルは二人の怒りの矛先が、自分に向いてこないことを祈った。
そんなチルドレンたちを見ながら、ミサトはそっと席をはずしていた。



低く、長い信号音。
駐車場の黒服の二人が今、受け取った信号はそれだった。

「とりあえず、【第一種警戒体制】は解除になったか。」

「ああ。とりあえずの危険は回避されたようだ。
葛城部長から別命あるまでは待機せよ、ということだな。」

「やれやれ、いったい、どんな危険があったというんだろうな。」
「さあな、何はともあれ、無事に終わりそうだということだ。
よかったんじゃないか。」

エレベーターホールにいた宅配業者も、イヤホンを外してほっとしていた。
ミサトのマンションの周囲には、あと何人かそういう男たちがいたようである。




あとがき

カヲルは、ゼーレとの訣別を決心しました。
しかし、本当に仲間になるかはどうかは、まだこれからの展開によるようです。

ユイは、この後どうするつもりなのでしょうか。
そして、カヲルはなにをたしかめようとしているのでしょうか。

次回をお楽しみに。