カヲルは、その日の訓練と検査を終え、自室に戻っていた。
ベッドに仰向けに寝転んで、両手を頭の後ろで組んでいる。

「いよいよ、明日か。」
レイの、退院祝い会のことである。

チルドレンを一堂に集めて、親睦を図る__。
今さら何の意味が、とも思う。
何しろ自分以外のチルドレンは、同じ家で暮らしているのだ。

いや、これは実質上、自分の歓迎会なのかも知れない。
カヲルは、そう思うことにした。

自分ひとり、特別メニューの訓練を受けており、他のチルドレンと、会うこともままならない。
そういう自分も、仲間であることをアピールするための、ユイなりの配慮なのかも知れない。

「粋な計らいだね。」
声に出して、そうつぶやいた。

ふと、洗面台の方に目をやる。
鏡の前に、水の入ったコップがある。
そこに、半ば枯れかけた一輪の黄色の薔薇がさしてあった。
「サクヤ、いよいよ明日だよ。」
カヲルはそうつぶやくと、幼い頃の花に囲まれた生活を思い出していた。



--- 人 身 御 供  第十話 ---
    


蓮華カグヤは、今日も庭いじりに精を出していた。
セカンド・インパクトが起きてから数年がたっていたが、世の中の混乱はまだ続いている。
そんな中でも、この家は様々な花が咲き誇る広大な庭を持っており、 数少ない裕福な家であった。

「にいさん、かあさんは?」
妹のサクヤが、カヲルに尋ねる。

「西の薔薇園の方だと思うよ。どうかしたのかい。」
「お客様・・・。」

見ると、サクヤの背後には、がっしりした体格の白髪の老人が、 サクヤの肩を抱くようにして立っていた。
暗い色のスーツを着て、サングラスをかけている。
浮かべている笑みに、カヲルはいやな予感を感じた。

「今、呼んできます。」
カヲルは、そういうと、母親のカグヤを呼びに行った。

カグヤは、薔薇園の花に水をやっていた。
一日の大半を、花の世話に費やしている。
ときおり浮かべる微笑に、幼いカヲルは不自然なものを感じる様になった。
少しずつ、母はおかしくなっているのではないか。
子供ながらにカヲルは、悲しい思いで見ていた。

「あの、かあさん。」
「あら、カヲル。 どうしたの。」
「お客が・・・。」
「そう、ありがとう。 そうだ、これをあげる。」
カグヤはエプロンから一輪の黄色の薔薇を出すと、カヲルに渡した。

「どうしたの、これ。」
「折れちゃっていたのよ。」
今にして思えば、それは嘘だと思う。
カグヤは、花を可愛がる一方で、無造作に引きちぎることもしていた。
あれは、そういった花の一つだったに違いないと、カヲルは思った。

カグヤを尋ねてきたのは、キール・ローレンツだった。
「碇ユイが、エヴァンゲリオン初号機の起動実験に失敗し、
初号機に取り込まれたそうだ。」

「そうですか。」
カグヤは、興味なさそうに答える。

「その息子の碇シンジは、父ゲンドウの手によって遠い親戚に預けられたと聞く。
替わりに、綾波レイという少女が、ファーストチルドレンに選抜されたそうだ。」

「・・・・・・・・・。」

「惣流・キョウコ・ツェッペリンも、エヴァンゲリオン弐号機の起動実験に失敗し、
取り込まれこそしなかったが、精神汚染を受けている。」

「もはや、私には関係のないことですわ。」

「リアル・チルドレンを産めなかったからかね。
たしかに、碇の息子がリアル・チルドレンの資格を得たようだ。
いずれは、救世主の役割を果たすべく、戻ってくるだろう。」

「それが、何か。」
「くやしくは、ないのかね。」

カグヤは、唇をかみしめた。 くやしくない筈がない。
花に囲まれた生活は、碇ユイとシンジに対する、どす黒い嫉妬を覆い隠すためである。
それは、もはや憎悪と呼べるものであった。

「並のチルドレンとして生き、リアル・チルドレンの単なる補助者で終わるくらいなら、
世捨て人のように隠れて暮らし、朽ち果てた方がいい。
そう思っているのだろうが、それでは、心の平安は得られまい。」

「私に、どうしろと仰るのですか!」
「選ばれなかった以上、リアル・チルドレンにはなれない。
が、そのリアル・チルドレンを凌駕する存在になる方法があれば、どうする?」

「リアル・チルドレンを、凌駕する?」
「そうだ。
救世主を上回る、破壊王。
はっきり言うと、人の姿をした、究極の使徒だ。」

「使徒・・・あの、異形の者たちですか!
私の子供たちを、その様なものに変えようというのですか。」

「人の特性を捨てさせるようなことはない。
あくまで、チルドレンでありながらの究極の使徒であり、最高の知生体だ。」

カグヤの心は、動き始めていた。
「使徒となったチルドレンに、何をさせようというのです。」

「リアル・チルドレンが世の混乱を鎮めたあと、どうなると思うかね。
救世主が、世を救った後、人々は彼に何を望む?
『王になれ』というだろう。 
我々はそれは望まない。 治世に君臨するのは、ゼーレでなくてはならない。
リアル・チルドレンは、事が済んだら次の世のための依代(よりしろ)となってもらわねばな。
そのための、引導を渡す存在が必要だ。」

「キリストを十字架にかけたときの、ユダの役割を担う存在ですね。」

「そうだ。やってくれるか。」
「・・・わかりました。 いえ、是非おねがいします。」



その日のうちに、カグヤ,カヲル,サクヤの三人は、キールのリムジンに同乗して、
ゼーレの本部に行くこととなった。

「かあさん、これからぼくたち、どこへ行くの?」
カヲルが尋ねる。

「あなたたちの、失われた力を取り戻しに行くのよ。」
カグヤの応えに、
「お家には、帰れるの。」
サクヤが重ねて問う。

「ごめんなさい、しばらく帰れないかも知れないわね。
でも、私たちは、ずっといっしょよ。」

「とうさんは、どうするの。」
「そうだ、とうさんに、黙って来ちゃったんだよね。」
サクヤと、カヲルが言う。

「大丈夫よ。とうさんには、ちゃんと連絡が行って、ときどきは会いにきてくれるわよ。」

カグヤの夫シュバルツは、ゼーレ直轄のとある研究施設の職員だった。
リアル・チルドレンを生むだけのために、キールに頼んでリストアップしてもらった才能ある若者のリストの中から、カグヤが適当に選んだ者である。
研究者としての才能はあるが、野心とか、自己主張いうものがまったくない。
週に二度ほど、家に帰ってはくるだけであり、カグヤにとってはもはや、どうでもいい存在であった。
・・・ただ、子供たちは、シュバルツに妙になついていた。



ゼーレの本部に着いて、連れられたのは、地下深くにある研究施設の一角だった。
見た感じでは、最新の研究設備というものが、ほとんどない。
真新しいのは、サンプルの貯蔵室くらいであろうか。
これといったデータの解析装置もなく、むき出しのコンクリートに机と椅子が並べられているだけである。

主任技師と名乗る男は、銀縁メガネをかけた、細おもての長身の男だった。
彼は、壁際にカヲルとサクヤを連れて行くと、それぞれ目隠しをさせた。

「どうして、目隠しをするの。」
不安を感じて、サクヤが尋ねる。

「見なくていいものを、見ないようにするためだよ。」
助手の一人はそう言いながら、今度は二人の手足を鎖のついた枷で拘束していく。
まだ幼いカヲルとカグヤは、おとなしくされるがままにしていた。

「・・・よろしいですね。」
主任技師の男は、カグヤを振り返ると、低い声でそう尋ねた。
カグヤは、両手を握り締め、黙ってうなずく。

そして、カヲルの腕に、紫色の液体が入った注射器が当てられた。
「う・・・。」
注射針が腕に潜り込み、液体が注入される。

「う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
カヲルの絶叫が、いつまでも響いていた。



カグヤは、最後まで見ていることができなかった。
「あんなことって・・・。」
逃げるようにして移った別室のテーブルの前で、カグヤは自らの両肩を抱き、震えていた。
何か、自分はとんでもないことをしてしまったということに、今さらながら気づいた。

カヲルに続いて、サクヤにも同じ注射がされたが、彼女もその直後から絶叫を繰り返し、
手足の鎖を引きちぎらんばかりにのたうった。

本当に恐ろしいのは、それからだった。
カヲルも、サクヤも体の色が黒くなったり、赤っぽくなったり、青色に変わったりし始めた。
同時に、その形状にも変化が現れた。
体表に泡状のものが現れ、それが消えると二人の皮膚は粘液質になったり、
角ばったガラス状のものになったり、光る鳥の羽のようなものが現れたりを繰り返した。
その度に、二人は筆舌に尽くしがたい絶叫をあげた。

人の体が、使徒になろうとしたり、元に戻ろうとしているかのようであった。
見るに耐えられなくなり、カグヤは部屋を飛び出したのだった。

「落ち着きましたよ。」
やがて、主任技師が部屋に入ってきて、そう告げた。

彼について、元の部屋に戻ると、カヲルとサクヤは鎖にぶら下がるようにして、 ぐったりとしていた。
人の姿に戻っているようだが、二人とも、髪が銀色になってしまっている。

「カヲル! サクヤ!」
カグヤが呼びかけるが、どちらもぴくりとも動かない。

「大丈夫、生きていますよ。」
そういわれて、カグヤはほっとする。

「さすがは、チルドレンですな。 やはり、並の人間とは違う。
なんとか、乗り切りましたよ。
我々だったら、半ば使徒になりかけたところで、拒否反応が起こって死んでいるところです。
彼らは、肉体の使徒化を押さえ、人の体に戻って、その能力のみを吸収したのです。
もっとも、まだまだ完全とは言えませんが。」

「私には、もう見ていられません・・・。
やはり、中止していただくわけには、いきませんか。」

「それは、できません。
今やめたら、注入したアダム細胞がいずれは再び体組織を侵食し、
人でも、使徒でもない、悲惨な姿で狂い死にしてしまいますよ。
現在は、注入したショックが引き金となって、チルドレンの力による抑制が働いているからこそ、
人の姿を保っていられるのです。」

「そ、そんな・・・。」

「続けるしか、ないのです。
注入を繰り返すことによって順応し、アダム細胞を完全にコントロール下におけるようになれば、
この苦しみからは、解放されますよ。」

「ああ。カヲル、サクヤ・・・。」
「・・・キール議長がお待ちです。 どうぞ、こちらへ。」

主任技師に案内されて、カグヤはキールの待つ部屋に通された。
20分後、部屋から出てきたカグヤの顔は、何故か晴ればれとしていた。
__なんらかの、薬物処理が施されたのかも知れない。



「どういうことだ!」
さすがに、シュバルツは激昂していた。

3日ぶりに帰宅してみると、家には誰もいない。
本部に問い合わせて、やっとここにいることがわかった。
来てみると、カヲルとサクヤが、変わり果てた姿で鎖につながれている。

これでは、いくら大人しい男でも、子供を想う親である以上、当然の反応を示すだろう。

「神に近しき者になるための、通過儀式ですわ。」
カグヤが笑みを浮かべて応える。

「カグヤ! 君はそれでも、人の親か!!」
「あら。 私は、聖母ですのよ。 救世主ではなくて、破壊王の。」
「誰が君にそんなことを吹き込んだ。 そうか、キール議長だな!」
シュバルツは、そういい残すと、カグヤに背を向け、部屋を出ていこうとした。

「あなた、何処へ行こうというの?」
「こんな馬鹿なことをやめさせる様に、直談判してくる。」
そういうと、シュバルツは、返事も待たずに部屋を出ていった。

「馬鹿な人・・・。」
その後ろ姿を見て、カグヤはつぶやいた。
そして、シュバルツは二度と帰ってこなかった。



その後、七度の注射があり、カヲルとサクヤはようやく拒否反応が現れなくなった。
二人は、実験室の壁の枷から解き放たれた。
しかし、カグヤとともにあの家に帰ることは、二度となかった。
ゼーレの研究施設の中に住みこんで、実験と経過観察を繰り返す日々を送った。
そして、数年の歳月が流れた__。

その日、カグヤ、カヲル、サクヤの3名は、キールをはじめとするゼーレの面々に呼ばれ、
薄暗い広大な会議室にきていた。

「ついに、この日が来た。」
ゼーレのメンバーの一人が、低い声でつぶやいた。
「うむ、我ら人類の手で、初めて使徒を生み出す日が。」
もう一人が、それに応じて言う。
「選ばれし者は、いずれか。」
「あるいは、表裏一体ということで、二体同時か。」

「二人とも、こちらに来なさい。」
キール議長の言葉に、カヲルとサクヤは進み出て、中央のテーブルの前に立つ。
暗くてよくわからないが、テーブルの上には、黒いトランクのようなものが置かれている。
二人の黒い瞳には、意志の光がほとんど感じられない。
そして、その髪は、初めてアダム細胞を受け入れたときと同じ銀髪のままだった。

主任技師の男が、テーブルの上のトランクを、慎重に開いた。
そこには、周囲をベークライトで固められた胎児状のアダムがいた。

「さあ、触れるのだ。」
キールが宣言する。

「選ばれし者が、究極の使徒、タブリスとなる資格を得る。
いずれがその資格を得るのか、あるいは二人とも資格を得た上で一つの名を戴くか。
アダムに触れて生き残るものが、最後の使者となるのだ。
さあ、二人同時に触れよ。」

カヲルとサクヤは、おそるおそる、アダムに手をのばす。
だが、サクヤがほんの一瞬、躊躇(ちゅうちょ)した。
カヲルより、ぼんのわずか、触れるのが遅れた。

「きゃあああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ・・・・・・・・・。」
サクヤの絶叫が響く。

触れたサクヤの右手が、泡に包まれていた。
瞬く間に、泡は全身に広がっていく。

「サクヤ!サクヤ!! サクヤぁぁぁぁぁぁ!」
カグヤが悲鳴を上げる中、サクヤは髪も、衣服も、全てが泡に包まれた。
人型の、泡となった。
それが崩れ落ち、泡の塊となった。
そして、泡がはじけるとともに、小さくなっていき、やがて完全に消えた。
後には、床にわずかばかり濡れた跡が残っていたが、やがてそれも消えた。

「消えた・・・。」 カヲルは、呆然とそれを見ていた。
誰も、何もできなかった。

カヲルは、自分の右手を、たったいまアダムに触れた右手を見た。
なんともなかった。
顔をあげると、半狂乱になったカグヤが、別室に連れていかれるところだった。
無表情で、それを見送るカヲル。
ただ、その瞳は、血のように赤かった。



それっきり、カヲルはカグヤに会うことがなかった。
数日後に、職員の一人に、カグヤは自殺したらしいと聞かされたが、たいした感慨は湧かなかった。
触れたアダムの影響なのか、カヲルからはほとんどの感情が、一時的に欠落していた。

「さて、タブリス。
いつまでも、『蓮華』の姓を名乗るわけにもいくまい。
今日からは、『渚カヲル』と名乗るがよい。」

キールの声に、カヲルは一礼すると、言った。
「全ては、ゼーレの仰せのままに。」

「おまえの最終使命は、仇(かたき)たるリアル・チルドレンを【依代(よりしろ)】に導くことにある。」
「リアル・チルドレンとは、母が生前言っていた、碇シンジのことですか?」
「そうだ。サード・チルドレンとなるであろう、碇シンジだ。
だが、当面の仕事は、エヴァシリーズのための、ダミーシステムを完成させることだ。」
「心得ました。」

こうして、渚カヲルは、一日の大半をゼーレのダミープラントで暮らすようになった。
だが、キール・ローレンツは、そしてゼーレは、気付かなかった。
カヲルが、日がたつにつれて、感情を取り戻していったことを。
しかし決して、彼らの前ではそんなそぶりを見せなかったことを。



ネルフのカヲルの自室__。
カヲルは、ベッドに仰向けに寝転がったままである。

「わが仇、碇シンジ君と、その仲間たち。
はたして君たちは、どんな世界をぼくに見せてくれるんだろうね。」
天井を見上げながら、カヲルはつぶやいた。
「全ては、それからだよ。ねぇ、サクヤ。」



翌日__。
ユイは執務室で、リツコからカヲルとその家族に関する報告を受けていた。

「そう、カグヤさんが・・・。」
その表情は、暗く沈んでいる。
昨日、リツコはカヲルの口から、「数年前に彼の母は亡くなった」と聞いた。

さらにリツコは、蓮華カグヤとその子供たち、カヲルとサクヤについて調べてみたが、その名はセカンド・インパクト時に行方不明になったとして、記録から抹消されたままであった。

そのことは、昔アスカの母であるキョウコからもらった手紙で、ユイも知っていた。

『カグヤさんは、救えなかった・・・。』
死因はわからないが、ゼーレが関与している可能性が高い。
そのことが、カヲルにどんな影響を及ぼしているのか。

また、『サクヤが生きているかどうか。』
それは、カヲルに直接聞くしかないだろう。

生きていれば、人質にとられることも考えられる。
これから先のことは、今日の「退院祝い会」の結果で決めていかなければならないだろう。
そして、万一に備えての、準備もしておかねばなるまい。

くよくよしては、いられない。
そう思い、ユイは顔を上げた。
「わかりました。ご苦労様でした。」

「追加調査の方は、よろしいのですか。」
「ええ、これ以上は、私が本人に聞くしかないと思います。
すみませんが、葛城三佐にここに来る様、伝えてもらえませんか。」

「それはかまいませんが・・・。」
「インターフォンを使わないのは、誰にも気付かれぬようにしたいからです。
極秘に、直接頼みたいことがあるのです。」
「わかりました。」

リツコが退出後、しばらくして、ミサトがユイの執務室に入ってきた。
「お呼びでしょうか。」

「ええ、実はあなたに、頼みたいことがあって。」
「何でしょうか。」

「今日の『退院祝い会』のことなんだけど・・・。」
「はい。」
「耳をかしてくれる?」
「はぁ。」
ユイは何ごとか、ミサトに耳打ちした。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」

ややあって、ミサトは
「ええ〜っ!! そんなぁ!」
ユイの配慮を台無しにしそうな、大声をあげていた。



葛城邸__。
シンジとアスカは、会場の準備に忙しかった。

本日の参加予定は、
レイ。
アスカ。
シンジ。
カヲル。
以上、チルドレン。

ミサト。
ユイ。
以上、保護者?代表。

わずか6名の出席予定であるが、だれがだれの隣に座るのか、
またまた、アスカのああでもない、こうでもないが始まっていた。
「やっぱり、こうよ!
レイ,シンジ,あたし・・・これで一列。反対側の席には、
ミサト,司令代行,カヲル。 うん、完璧ね!」

アスカの案に、シンジが口を挟む。
「どうして、ぼくとかあさんが、真中の席なの。
主賓の綾波とゲストのカヲル君が端っこというのは、おかしくない?」

「いいの!
シンジは美少女二人に挟まれた上に、ママとも向かい合わせなんだから。」

「だからぁ、今回の主役はぼくじゃないんだってば。
それに、真中の席だと、追加の料理を取りに行くのも大変じゃないか。」

「じゃあ、シンジを端っこにするとして、
シンジ,あたし,カヲル・・・これで一列。反対側の席には、
レイ,司令代行,ミサト。 これでどう?」

「私は、どちらでもいい。」
というレイに対して、シンジは、
「やっぱり、綾波とカヲル君は端っこじゃないか! だめだよ、そんなの。
ぼく,綾波,アスカ・・・これで一列にして、反対側は、
かあさん,カヲル君,ミサトさん。 やっぱり、こうだよ!」

「だめよ! ミサトがあたしの正面に来たら、絶対お酒をすすめてくるんだから!」
アスカは、叫ぶ様に言い放った。

「あら、賑やかねぇ。」
そこへ、玄関からユイの声がした。
見ると、ユイとミサト、カヲルの三人が玄関を開けて入ってきたところだった。
いつの間に来ていたのか、大声で話していたシンジとアスカは全く気付かなかった。

「玄関の外まで、聞こえていたわよ、二人とも。
それにしても、子供にお酒をすすめるなんて、穏やかじゃないわねぇ。」

にこにこ笑って話すユイに反して、その場で固まるアスカ、シンジ、そしてミサト。

「し、司令代行。いつからそこにいらしたんですか。
は、早いじゃないですか。」

「う〜ん、ちょっと早いかなとも思ったんだけど、
せっかくだから、私もお料理を手伝おうかな、と思ってね。
それから、アスカちゃん。」
「は、はい。」

「この場では、私のことは『ユイ』でいいわよ。」
「はい・・・ユイ、さん。」

「そうそう。 で、何をもめていたの。」
「その・・・・・・。」
アスカは、言いよどんだ。
ミサトの手前、先程言い放った言葉『絶対お酒をすすめてくるんだから!』
で、さすがに気が引けていた。
ユイに聞かれてしまったせいか、ミサトの表情も暗い。

「パーティの席順のことです。」
レイが代わりに答えた。
アスカの第1案,第2案,シンジの第3案について、それぞれ説明した。

「なるほど。 で、レイちゃんはどれが一番いいの?
主賓だから、どれでも好きな席でいいのよ。」

「私は、どれでもかまいません。 (碇君が、隣か正面にいるもの)。」

「そう。 じゃあ、主催者の私が決めるわね。
そうねぇ、形式を重んじるのなら、シンジの第3案だろうけど、
今回は、アスカちゃんの第2案でいくわ。
シンジ,アスカちゃん,カヲル君・・・これで一列。反対側の席には、
レイちゃん,私,ミサトさん。 これでよかったわね。」

レイはこくりと頷く。
「綾波は、それでいいの? その、ぼくの隣でなくても。」
「碇君の顔がずっと見られるから、いいの。」

「おやおや、お熱いことですこと。」
アスカが呆れたように言うと、
「なるほど、真ん中に座るのは、表のボスと、ウラのボスというわけかい。
妙なことに拘るんだね、君たちは。」
カヲルが、誰に言うともなく言う。

「ちょっと、ウラのボスとは、誰のことよ〜!」
余計なことを言ったカヲルは、いきなりアスカに小突かれていた。



「さあて、それじゃ、これまでシンジたちの面倒をみてきてくれた、
ミサトさんのお部屋を、みせていただこうかしら。」
「い・・・。」
ユイの言葉に、ミサトは再び固まる。

「あら、何か都合の悪いことでもあるのかしら。」
「と、とんでもありません。 どうぞ、どうぞ。」
冷や汗をかきかき、ミサトは言った。

「こちらです。」
ミサトが、部屋を開けてみせると、
「どれどれ、ふーん、まあまあ、片付いているわね。
『夢の島』というのは、根も葉もない噂にすぎなかったようね。」
「も、もちろんです。」
「でも、ちょっと黴くさいわねぇ。」
「え? そ、そうですか。」

ユイは部屋の中に入っていくと、壁にさわった。
その部分の、壁紙が浮いて、ぼこぼこしている。
「このウラ側、黴が生えてるわね。
よっぽど長い間、掃除してなかったようね。」
「う・・・。」

「ここはどうかしら?」
「あ、そ、そこは!」
ユイがクローゼットを開けると、脱ぎ散らかされたと思しい衣類の山が、
雪崩れのようにこぼれ出てきた。
・・・その部分は、いつものミサトの部屋になってしまった。

「やっぱりねぇ。」
半日やそこらでは、片付けられなかったものを、全てクローゼットの中に押し込んでいたらしい。
「うう・・・。」
「これは、やっぱり、ペナルティが必要ね。」
「はい・・・。」
ミサトは、覚悟を決めたようだ。

「まあ、全てを今から片付けろとはいわないわ。
せっかくのパーティに参加できなくなるものね。
でも、ちゃんと片付くまでは、アルコールは禁止よ。」
「それって、今回のパーティを含めてですか。」
「もちろん。そうでないと、ペナルティにはならないわ。」
「・・・わかりました。」

ミサトの表情は、どんよりと暗かった。
そしてもう一人、先ほどから茫然としている者がいた。
アスカの顔を、ぼんやりと眺めている。
不用意に発した言葉のせいで、いきなりアスカに小突かれた渚カヲルである。

「な、何よ!」
ミサトの一件が一段落したところで、アスカは自分を見つめているカヲルに気付いた。
「いや、いきなり小突くとは、凶暴な人だなぁと。」
カヲルにしてみれば、一種のカルチャーショックであったのだろう。
これまでに知る異性は、母カグヤと妹サクヤだけであったが、手をあげられたことは一度もなかったのだ。

「あんた、もう一発食らいたい訳?」
「とんでもない。」
そういうと、カヲルは初めて笑みを浮かべた。
「ふふ、おもしろい人だねぇ、惣流さんは。」

「調子くるうやつねぇ。」
アスカにしてみれば、もう怒る気にもならなかった。
初対面の頃は、妙にかっこいいと思ったカヲルだったが、
シンジと同レベルで変なヤツなのではないかと、思い始めていた。



そのシンジとユイは、パーティの料理を作るために、台所に立っている。
仲良く並ぶその後姿は、本来は母と娘のものだろう。
だが、そのことに関してはアスカはシンジのことを、変なヤツとは思わなかった。
むしろ、羨ましいと感じていた。

「あの、私もなにか手伝います。」
そこへレイが、そう言って近づこうとする。

「だめよ、レイ。こっちに来なさい。」
リビングにいるアスカが、それを見て手招きした。

「どうして?」
レイは不満そうだ。
「いいから、こっちへ来るの!」

「ごめんね、レイちゃん。
気持ちはとっても嬉しいのだけど、今日はレイちゃんのお祝いだから、ゆっくり休んでいて頂戴。
また、今度元気になってから、いろいろお願いすると思うから、そのときはよろしくね。」
ユイにやさしくそう言われて、レイはしぶしぶ、アスカの隣にやってきて座る。

「シンジのママの言うとおりよ。それに・・・。」
そう言うと、アスカはレイの耳元に口を寄せた。
「せっかく、シンジが親子水いらずでいるんだから、邪魔しちゃ悪いでしょ。」
小声でそう言うアスカに、
「そういうものなの?」
「そういうものなのよ!」

『やっぱり、ウラのボスだねぇ。』
そんな二人を見て、カヲルは思った。口に出しこそしなかったが。
『でも、いいとこあるね、惣流さん。』

ミサトは、先ほどから「料理が出来たら呼んでね」と言い残して、自室にこもっている。
少しでも禁酒期間を短くしようと、部屋の掃除の続きでも行っているのだろうか。



やがて、
「さあ、できたわよ。みんな、集まって頂戴。」
ユイの号令がかかった。

リビングに設けられた、6人掛けのテーブルには、色とりどりのご馳走が並べられている。
それぞれが、定められた席に着く。
「じゃあ、今からレイちゃんの『退院祝い会』を始めます。」
にこやかにユイが宣言した。

シンジは、正面にいるレイを見た。
レイは、あるかなしかの微笑を浮かべている。
『よかった、綾波も喜んでいるみたいだ。』
思わず、シンジの顔にも笑みが浮かんでいた。



あとがき

使徒となるため、レイよりも悲惨な少年時代を送ったカヲル。
彼にとっての仇とは、本当にシンジなのか、あるいはゼーレなのか。
果たして、ユイの懐柔策は成功するのか、それともゼーレの思惑どおりに事は進んでしまうのか。
間もなく、明かになろうとしています。

次回をお楽しみに。