初号機の格納庫で、ユイがただひとり、初号機を見上げている。
傍目には、物思いにふけっている様に見える。

その実は、ユイはゲンドウと、渚カヲルについて話し合っていた。

『そうか、蓮華カグヤの息子が来たか・・・。』
ユイに向かって、ゲンドウはつぶやく様に言った。
『最後の使徒が、チルドレンとはな。ゼーレも、思い切ったことをやる。』

『私は、なんとか懐柔しようと思っています。』

『ほう、どうする。』

『明後日の、レイの退院祝い会に彼を呼んでいます。』

『なに!』

『おそらく、彼はゼーレから私たちについて、偽りの情報を与えられているでしょう。
真実の姿を見てもらい、その上で説得しようと思っています。』

『思い切ったことをする・・・。
失敗したら、一網打尽にされるのだぞ。』

『あまり、驚かれないのですね。』

『ユイらしい考えだからな。
成功確率は、MAGIで調べてみたか。』

ユイは、首を横に振った。
『おそらく、20%を切るでしょうね。
だから、決心が鈍るようなことはしません。
確率のことをいうなら、
シンジの初搭乗のときの初号機の起動確率や、
これまでの使徒戦での成功確率の方が、
よほど分が悪かったでしょう。』

『フィフスの殲滅の方が確率が高いと思うが・・・。』
「あなた!」
珍しく、ユイは怒気を含んだ声を出して、抗議した。

『そうだったな、すまない。
蓮華カグヤと、その子供たちは、
ゼーレの手から救わなければならない。
そうだな。』

『ええ。 みんなを、危険に晒して申し訳ないのですが。』

『ふっ・・・。昔から変わらないな、ユイは。
こうと決めたら、ともかく最後にはそれを実現してしまう。
シンジをチルドレンにするか否かでも、随分とおまえと意見が対立したが、
結局は、【リアルチルドレン】の力をもつ、シンジを呼び寄せるしかなかった。』

『わがままばかり言って、すみません。』

『いや・・・そういうおまえに、私は惹かれたのだからな。』

『あなたったら・・・。』
顔を赤らめるユイであった。



--- 人 身 御 供  第九話 ---
    


赤木リツコの自室を、アスカは訪ねていた。

「そんなところに、突っ立っていないで、座りなさい。」
部屋に入りはしたが、俯いたまま入り口のところから動こうとしないアスカに、
リツコは声をかけた。

アスカは、意を決したようにリツコの前の椅子に腰掛ける。

何から言ったものか、と考えあぐねている様子を見て、
「弐号機の正規のパイロットのことなら、心配することはないわ。
この前も言ったように、パイロットとしての総合力は・・・。」
まだまだ、カヲルはアスカに及ばないと、リツコは言うつもりでいた。

「そのことじゃ、ないのよ。」
アスカは遮るようにして言った。
「弐号機の中に、アタシのママがいるんじゃないの。」

「えっ・・・。」
予想もしていなかった唐突な言葉に、リツコは絶句する。

アスカは、そんなリツコを、睨むように見上げている。

「だれが、そんなことを言ったの。」
そう言ってから、リツコはしまったと思った。
これでは・・・動揺を見せてからそう言ったのでは、認めたのも同然ではないか。

「やっぱりね。」
アスカは、ふっと力を抜いた。
「そうじゃないかと、思ってたんだ。
シンジのママが、サルベージされたときから。」

これは、嘘である。
アスカは、そのことに思い当たったわけではない。
ユイがサルベージされる直前に、アスカは加持からそのことを知らされていた。
リツコの疑いをかわすための方便であった。

「アスカ・・・。」
「心配しないで。
恨んでもいないし、だれにもしゃべったりはしないわ。」

リツコは、腹を括った。
「恨んでくれても、いいのよ。」

アスカは、軽くかぶりをふる。
「ひとつ、教えて。
チルドレンは、だれでもそうなの。」

「いいえ。
チルドレンは、ふたとおりのタイプがあるわ。
肉親の魂が宿ったエヴァに乗ることによって、
強力なATフィールドが展開できるもの・・・これは、あなたとシンジ君ね。
それと、生まれ持った能力で、ATフィールドやエヴァを操れるもの、
・・・これは、レイやカヲル君。」

「じゃあ零号機には、レイのママとかの、魂は宿ってなかったの。」

「そういうことになるわね。
もっとも、レイの肉親のデータは、全て抹消されていて、
詳しいことはわからないけれど。」

「リツ・・・赤木博士にも、知らされていないことってあるんだ。」
「そうよ。」

「さっき、レイやカヲルは、生まれつきATフィールドを操れると、
言ったわよね。」
「ええ・・・。」
リツコは、今日の自分はどうかしている、と思った。
しゃべりすぎないように、気をつけなくては。

「生身の体で、そんなことができるの?」
「本人は知らないし、訓練もなしにできることではないわ。
自分の身に、余程の危険が差し迫らない限りはね。それに・・・。」
リツコは、少しためらった。

「それに?」

アスカにレイを守ってもらうためには、言うべきだろう、
そう決心して、リツコは続けた。
「エヴァを介さずに強力なATフィールドを使えば、
おそらく数日とたたぬうちに、人の体を維持できなくなるわ。」

「それって、どういうこと!?
知らずに使ってしまったら、どうなるの。」

「四肢が崩れ落ちるようなことになるかも知れないわね。」

「じゃあ、絶対にレイやカヲルは、そんな危険な目に合わせてはいけないわね。」
「ええ、お願いするわ。
ただ、ATフィールドで我が身を守らなければならない事態ともなれば、
たとえ使わなくても危険という意味では同じだけどね。」

ふう、とアスカはため息をつくと、
「そういうことね。
話をもとに戻すけど、
弐号機は、あたしの専用機、初号機は、シンジの専用機。
そう、考えていいのね。」

「ええ。ただ、初号機とちがって・・・。」
「あたしのママは、肉体が失われているから、サルベージはできない。
そうでしょ?」

「ごめんなさい。」
「リツコが謝ることじゃないわ。
ママの魂が、エヴァに残っていることがわかっただけで十分よ。
それより、ありがとう。
おかげで、いろいろふっきれたわ。
ママが見ているんだから、がんばらなきゃね。」

そういうとアスカは、今日のことはだれにも言わないからと言い、退出した。



シンジは、レイの病室にいた。
ついさっきまで、アスカもいっしょにいたのだが、
『あたしは、リツコのところに用があるから。』
と言って、先に帰ったのだった。

リツコへの用もたしかにあったが、気を利かせたつもりなのだろう。

「アスカが、いろいろ言ったけど、綾波は気にしなくていいからね。」
紅茶を入れながら、シンジは言った。

アスカは、ここにいた間中、
やれ、窓辺には花をおくべきだの、
ぬいぐるみのひとつやふたつ、持っていてもおかしくないだの、
壁に貼るポスターは、何がいいかなどと、しゃべりまくっていたのだ。
そして、それこそが『健康で、文化的な生活なのだ』と締めくくっていた。

「ええ・・・。
でも、碇君はいいの?」

「うん? 何が。」

「私のように、健康でも文化的でもない者と、一緒に暮らすことになって。」

「だから、アスカのいうことを間に受けちゃだめだって。
ぼくは、綾波が今のままでもかまわないと思ってる。
それに、これはアスカには、内緒なんだけど・・・。」
シンジは、声をひそめた。

「なに?」

「アスカだって、文化的とはとても言えないと思うんだ。」
「そうなの?」

「料理だってほとんど作っていないし、音楽や読書だってあんまりしてるとこ、 見たことないし。
お煎餅食べながらテレビ見たり、
ぎゃーぎゃーわめきながらネットゲームしたりすることが、
ぼくは文化とは、思わないんだけどなぁ。」
「そうなの?」

「読書家の綾波の方が、よっぽど文化的だと思うよ。」
「そう・・・。」

はい、と言ってシンジは紅茶をレイに渡す。
ありがとう、と受け取ったレイは、右手でカップを持ち、
三角巾で吊った左手で皿を持っている。
左肩に負担をかけなければ、そのくらいは平気のようだ。

一口飲み、
「おいしい。」
と、レイは言った。

「そう、よかった。」

「碇君の入れてくれる紅茶は、いつもおいしい。
紅茶入れるの、上手ね。」
「はは・・・。」
照れ笑いをするシンジ。

「碇君。」
「うん?」
「私に、お料理教えてくれないかしら。」
「いいよ。
うん、それはとてもいいことだと思うよ。」

二人の時間は今、ゆっくりと過ぎていこうとしていた。



帰りがけに、シンジはユイの執務室に寄ることにした。

約束していた訳ではないので、不在かも知れないし、
いたとしても、忙しくて会ってくれないかも知れない。

それでも、シンジはいいと思った。
もし、会えたらということで、聞きたいことがあったのだ。

さすがに、あの広大な執務室では、ノックなど無意味であろう。
部屋の前にはインターフォンがあった。

「どなた?」
インターフォンを押すと、すぐに返事があった。

「あの、シンジだけど、ちょっといいかな。」
「あら、いらっしゃい。 今、開けるわ。」

広大な部屋の中央の、巨大なデスクを前にして、居心地悪そうにユイは座っていた。

ここに来るのは、バルディアル戦のあと、とうさんに呼び出されて以来だな、とシンジは感じていた。

「珍しいわね、シンジがここに来るなんて。
それで、何のご用かしら。」

「母さんに、聞きたいことがあって・・・。」
シンジは言い淀んでいたが、
「何かしら。」
ユイに促されて、思い切って言う。

「その、カヲル君に聞いたんだけど、ぼくは『リアルチルドレン』で、
最強の適格者だって?」

「・・・・・・・・・。」
しばしの、沈黙のあと、ユイは口を開いた。
「そう、彼は知っていたのね。
でもね、シンジ。
最強かどうかは、後の歴史が判断することであって、
今のあなたが、気にかけることではないと思うの。」

「とうさんも、かあさんも、どうして黙っていたの。
ぼくって、一体、何者なの。」

「ゲンドウさん・・・とうさんが黙っていたのは、あなたにつらい想いをさせたくなかったからよ。
もともと、あなたをチルドレンにすること自体、反対していた人だから。」

「かあさんは?」

「私も、本当は、あなたにイバラの道は歩んでもらいたくはなかった。
でも、望んでも『リアルチルドレン』になれなかった人もいるから・・・。
それは、運命だから仕方がないことだと、私は思ったの。

ただ、私は、お膳立てをするだけ。
いつでも、あなたがエヴァに乗れるように。
でも、決して強制はしない。
あなたの意思がなければ、意味がないもの。

あなた自身が、エヴァに乗らないと決めたなら、
それはそれで、仕方がないことだと思うわ。

本当に、あなたがリアルチルドレンかどうかは、誰にもわからない。
生まれる前に起きた現象が、言伝えと一致しているだけだから。」

「そう、そういうことなの・・・。」

ユイは立ち上がり、シンジの前まで来た。
背丈は、まだユイの方が数センチ高いが、後一年もしないうちに、シンジが追い抜くだろう。

ユイは、シンジを抱きしめて言った。
「ごめんね、シンジ。
私は、悪い母親よね。
母親らしいことは、何もしてやれなかったのに、あなたに、過剰な期待ばかりかけて。」

ユイは、今にも泣きそうだった。

「いいんだよ、かあさん。いいんだ・・・。」
シンジは、ユイを抱き返して言った。

「でも、ひとつだけ、教えて。
さっき言った、望んでもリアルチルドレンになれなかった人って、もしかしたらカヲル君?」

「・・・そうね。
だけど、本当にそれを望んでいたのは、カヲル君のお母さんだった。
その影響で、カヲル君もあなたに嫉妬しているかも知れないわね。」

「そんな。
リアルチレドレンて、一体なになの。」

「世が乱れたときに現われる、救世主ということになっているわ。」

「ぼくが? 冗談は、やめてよ。
そんなものに、ぼくはなりたくはないよ。」

「そうね。
それならそれで、仕方がないわ。
シンジの人生だもの。
自分が納得できる道を選んだのであれば、それをどうこう言う権利はだれにもないわ。」

「・・・・・・・・・。」
「どうしたの。」
シンジが、黙り込んだので、ユイは尋ねた。

「何が、自分に納得できるものか、考えてみるよ。」
シンジは、体を離すと、ユイにそう言った。

「そう。」
「ありがとう、かあさん。
明後日(あさって)のこと、楽しみにしてるよ。
それじゃ、また・・・。」
「ええ。」

シンジが退出した後、ユイは彼が去っていったドアの方を見つめていた。
しばらくの間、そうしていた後、
「ごめんなさい、シンジ。」
そういうと、ユイは涙を拭った。

シンジは、廊下を歩きながら、ぼんやりと考えていた。
『自分が納得できる道か・・・。』
それは、アスカが最近よく口にする、『悔いが残らないように』と同じ意味だろう。

逃げてばかりいては、悔いが残る。
かといって、嫌なことに直面し続けていては、自分が保てなくなる。
どうすれば、その辺の折り合いをつけることができるのか。
それは、自分で決めなければならない道であった。



翌日__。 ついに、レイの退院/引越しの日がやってきた。

シンジがミサトと、ネルフ本部にレイを迎えにいく。
アスカが留守番をして、朝一番で届けられるレイの荷物を受け取ることにしていた。
シンジたちが出掛けてから約20分後、以前レイが住んでいたアパートから、レイの荷物が届けられた。

「えっ・・・。これだけ?」
その荷物のあまりの少なさに、アスカは驚く。
アスカがここに越して来て、それまでのシンジの部屋を占拠したときは、
衣類などのダンボールが、部屋の外にまであふれたものだ。

それが、レイの場合は、大きめのダンボール箱がわずかに4個。
しかも、そのうちの1箱の中身は、小難しい本ばかりであった。
あとの3箱は、身の回りのものばかり。

「あいつって洋服、持ってないの?」
・・・アスカにしてみれば、別の世界の住人を招き入れるに等しかった。
せめて、人並みの部屋に見えるように、飾りつけでもしてやりたいと思う。
だが、シンジには、部屋の模様替えは、レイの意見を聞くまではやるべきではないと、言われている。

「しょうがない、取り敢えずは届いたものだけでも片付けるか。」
荷物の片付けを始めながら、アスカは、ふと思った。
「そうか、ろくな私服を持っていないってことは、
このあたしが、洋服を選ぶセンスについて、
いろいろと教えてあげられるってことよね。」

作業の手をとめて、アスカはいろいろと想像し始めた。
「うふっ、うふふふふふ・・・。」
何やら、嬉しそうだ。
どうやら、等身大の着せ替え人形を手に入れたと思っているらしい。



シンジは、レイを連れて昼前に帰ってきた。
「ただいま。」
「おかえりぃ。」

レイが、ぼそりと言う。
「・・・お邪魔します。」

「あ、綾波、あのね。」
シンジが何か言いかけたが、アスカが聞き捨てならないと、まくし立てる。
「あんたねぇ!
ここは今日から、自分の家になるんだから、言うことが違うでしょうが。」

「ただいま・・・。」
「うん、よろしい。ところで、ミサトは?」

「なんでも、今日は早退したいから、仕事を片付けなきゃいけないと言って、
ぼくたちを降ろすとそのまま、車でネルフに戻っちゃったよ。」

「ふうん。お昼ごはんだけでも、食べていけばいいのにねぇ。
そうだ、お腹、すいてたんだ!
シンジ、何か作ってよ。」

「いいよ。
あり合わせのもので作るから、チャーハンでもいいかな。」

「私も、手伝う。」
レイがそう言うが、

「いいから、あんたは休んでいなさい!
病み上がりの身で、ミサトの運転する車に乗ってきたんでしょ。」
「あ、でも、今日はミサトさん、安全運転だったよ。」
「いいから、あんたは、さっさと台所へ行く!」
「はい、はい。」

シンジが台所へ消えると、アスカはレイをリビングのソファに座らせた。
「いい、レイ。
料理のことは、シンジにまかせておけばいいのよ。
ああ見えても、そこらの食堂よりも、よっぽど上手なんだから。
下手にあたしたちが、手伝ったりすると、邪魔でしかないのよ。」

レイは、『アスカが手伝うと邪魔なのだろう』と思ったが、
今日一日は、逆らわないでおこうと思い、黙っていた。

「そうそう、間違っても、ミサトには料理させない方がいいわよ。
命にかかわるからね。」
「そうなの(汗)。」

「シンジがゼルエル戦の後、初号機に取り込まれて一ヶ月帰って来なかったときは、
それはもう、悲惨な食生活だったわよ。
あんたも、聞くところによると、ろくなもん食べてこなかったみたいだけど、
ここに来たからには大丈夫。
シンジの作ったものを、しっかり食べて、早くよくなるのよ。」

「ええ・・・。」

「よおし、それじゃ、お昼ごはんができるまで、この家のことをいろいろと教えてあげるから、よーく聞くのよ。」
アスカから、どのような生活がここで営まれているか、たっぷり聞かされてから昼食となった。

「どう?」
昼食を作った本人ではなく、アスカがレイに尋ねる。

「おいしいわ!」
レイにしては珍しく、少し感動がこもった感想だった。
「でしょう?」
アスカが胸を張って言う。
シンジは、それを苦笑して見ていた。



午後からは、手持ちのポスターとアクセサリで、レイの部屋を少しだけ飾りつけした。
そのほとんどは、アスカが提案したものであり、シンジがそれに感想を述べた上で、
レイに同意を求めるというやり方で決まった。

後は、カタログとインターネットで写真を見ながら、買い足そうということになった。
ここでも主導権はアスカが握っていたが、シンジは『いいんじゃない?』というものについては、レイは一切反対することがなかった。

レイの私服については、すぐにでも買いにいこうというアスカを、シンジは退院したばかりだからということで、辛抱強く説得した。
結局は明後日、レイが本部内の病院に検診に行った帰りに買物に行こうということになった。
それまでは、アスカの服の中から、以前着ていたけれども最近小さくなって着られなくなったもの、つまり「お古」をもらうことにした。
アスカの方がレイより数センチ背が高く、シンジと同じくらいあるからである。

「でも、お古っていやでしょう?」
何着か、着られなくなった服を差し出しながら、アスカは尋ねた。

「そんなこと、ないわ。 綺麗な服ばかり。 嬉しいわ。」
「そ、そう?」
アスカは、今いち納得できないようだ。
『あたしだったら、絶対にお古はイヤって叫んでいるだろうな。』
そう思いながら、
これなんかどう? ええ、いいわ  と、やりとりしているシンジとレイを横目で見ていた。



夕方、かなり早い時間に、ミサトが帰ってきた。
レイは、アスカから貰った黄色のTシャツにホットパンツを着て出迎えた。
「ただいま。
あら、レイ。 その服、どうしたの。」

「アスカに、もらったの。」
「あんたたち、やっと名前で呼び合うようになったのねぇ。
・・・へぇ。 なかなか、似合ってるわよ。
さてと、私はこれから、部屋の掃除をするから、晩ごはんのときは、呼んでね。」
「はい・・・。」

ミサトは、自室に消えた。

「へぇ、珍しく早く帰ってきたかと思えば、そういうことね。」
と、アスカ。
「じゃあ、レイ。 晩ごはんまでしばらくあるから、いっしょにお風呂入ろうか。」

「いっしょに?」
「その肩では、お風呂も大変だったでしょ。 あたしが、洗ってあげるわ。」

「うん、それがいいよ。」
シンジが言うので、
「じゃあ、お願いするわ。」
レイは、アスカといっしょに浴室の方へいった。

「さあて、夕食の仕度でもしようか。」
少し早いかとも思ったが、肉が食べられないレイの分も余分に作らなければならないので、シンジは仕度にとりかかることにした。

浴室からは、
「あら、レイったら意外と・・・。」
「なに?」
「ふ〜ん、どれどれ。」
「なにをするの?」
「ほうほう。」
「どうして、そういうことをするの。」
「いいじゃない、ちょっとくらべてみただけだから。」
なにやら、意味深なアスカとレイの声が聞こえる。

「な、なにをしているのかな・・・。」
シンジは気になって仕方がなかった。

その間に、鍋がふきこぼれそうになる。
「うわっと!」
あわてて、火を弱火にする。
「いけない、いけない。平常心、平常心・・・。」

二人が風呂からあがり、やがてシンジも夕食の支度ができたので、
ミサトを呼んで夕食をとることになった。

食卓についても、ミサトはひとり暗かった
「シンちゃ〜ん、片付け手伝ってくれない?
まだ、三分の一も終わってないのよう。」

ぼくはいいですけど、とシンジは言おうとしたが、
「ダメよ!」
アスカがぴしゃりと言う。

「大体、保護者のくせに、部屋を『夢の島』にしているのが悪いのよ。
レイに悪い影響を与えないためにも、自分のことは自分でしなさいね。」
レイも、こくこくと頷く。
「そ、そんなぁ。」

落ち込むミサトを無視して、アスカは
「そうそう、シンジぃ。
レイって結構、着やせするタイプなのよ。」

「え?」
なんのことか、シンジはわからない。

「結構、ムネあるのよ、レイは。」
「ぶっ!!」
危うく、噴出しそうになるシンジ。

「見た目は、あたしよりありそうなくらい。
お風呂場で見たけど、けっこうスリムだから、そう見えるのかもね。」

「あ、あのアスカ・・・。」

「でもまあ、触って確かめた感じでは、やっぱりあたしの方が大きかったけどね。」

「そ、そんなことしてたの。」
真っ赤になるシンジと、それを見てにやにやと笑っているアスカ。
「あらあ、シンちゃんどうしたの。顔が真っ赤よ。」
ミサトも復活して、いっしょになってシンジを揶揄している。

「それでもさぁ、手の平にすっぽり入るくらいのレイの方が、シンジは好みなんでしょ。
どう、確かめたくない?
シンジが求めたら、レイなら断らないかも知れないわよぉ。」
調子に乗って、アスカはどんどんエスカレートする。

「ば、馬鹿な!
そんなこと、するわけないじゃないか!!」
「・・・だって、碇君は、もう知ってるもの。」
レイの一言で、座は一瞬にして凍りついた。

「「なんですってぇ〜!!」」

このあと、レイの家にセキュリティカードを届けに行った日のことを、
シンジが長々と説明しなければならなかったのは言うまでもなかった。



その夜、遅く__。
シンジは、ふと、目が覚めた。
眠りなおそうと思ったが、昨日のユイとの会話が思い出された。
『何が、自分に納得できるものか、考えてみるよ。』
そう言ったものの、まだ結論は出ていなかった。
一度、気になり出すと、眠れそうになかった。

しかたなく、シンジは起き出して、部屋を出た。

リビングに行くと、レイが窓辺に座り込んで月を見ていた。

「どうしたの、綾波。 眠れないの?」
レイはこくりと頷く。

「環境が、変わったから?」
「・・・そうかも知れない。」

「たしかに、これまでと違って騒々しいかも知れないね。
でも、すぐに慣れるよ。」

「碇君は、どうして寝ないの?」
レイがそう言うと、シンジは苦笑してレイのそばに腰を下ろした。

「なにか、目が覚めちゃって。
・・・ねぇ、綾波。」

「なに?」

「あのさ、ぼくが、普通の人間じゃなかったとしたら、どう思う?」
「別に・・・。 碇君は、碇君だもの。」
「そうなの。」
「でも。 」
「うん?」
「私のほうこそ・・・。」
「・・・・・・?」
シンジは、訝しく思いながら、次の言葉を待った。

「・・・ううん、なんでもない。」
そういうと、レイは淋しげな表情を見せて、沈黙した。
「そう。」
シンジは、レイはレイなりに、人に言えない悩みがあるんだ、と察した。

それは、何かはわからないが、
チルドレンというものは、もともとそういうものかも知れない、とシンジは思った。
アスカにしても、今のお母さんは二人目だというし、何か複雑な過去を背負っているように見える。

『だれでも、そういうところは、あるんだ。』
シンジは、そう思うことにした。

「じゃあ、あんまり遅くなってもいけないから、寝ようよ。」
できるだけ、やさしく、シンジはそう言った。
言いながら、
『私のことはいいから、先に寝てて。』とでも言われたら、どうしようと思った。

レイは素直に、「ええ。」と言った。

シンジは、ほっとしてレイの右手をとり、軽く引き上げるようにしてレイを立ち上がらせた。
「ありがとう。」
レイが礼を言うと、シンジは黙ったまま微笑んで見せた。

それに、レイがかすかな笑みを返す。

二人は、手をつないだまま、レイの部屋の前まで来た。
「じゃあ、おやすみ。」
「おやすみなさい。」
そういうと、それぞれの部屋に戻る。

シンジは、レイの手のぬくもりを思い出しながら、『どうするかは、明日決めよう』
そう思いながら、床についたのだった。




あとがき

レイが退院し、同居することになりました。
シンジたちの新たな「日常」が今、始まろうとしています。

一見、平和そうに見えますが、
その裏では大人たちの思惑や危惧が渦巻いており、
実のところは、かりそめの平和かも知れません。

チルドレンそれぞれが、何らかの悩みをかかえており、
今のところ吹っ切れたのは、アスカだけのようです。

「退院祝い会」にまで、話をもっていくことができませんでした。
それについては、また次回で。