「カヲル君が使徒だとして、そのターゲットがシンジの精神そのものだとして、
どういう行動をとるかしら。」
ユイがリツコに尋ねる。
初号機の格納庫から、二人が出てきたところである。
「もっとも効果的に精神的なダメージを与えるとしたら・・・
シンジ君が、一番大切にしているものをものを奪うか、壊すかするでしょうね。」
リツコがそこまで言ったとき、二人ともはっとして顔を上げた。
「「レイ!」」
同時に叫ぶと、二人とも走りだした。
二人は、レイの病室に向かっていた。
「うかつだったわ。もっと早くきづくべきだった。」
ユイが言うと、リツコも、
「私もうっかり、シンジ君さえガードしておけばよいと、考えてしまいました。」
「まさか、もう行動を?」
「わかりません。」
レイの病室まで、数メートルというところで、二人は急に立ち止まった。
渚カヲルが今、病室から出てきたところであった。
「カヲル君!」
ユイの呼びかけに、カヲルは笑って応えた。
「おやおや、ネルフのいまや司令代行であらせられる方に、
まさか名前で呼ばれるとは思いませんでしたね。」
「カヲル君、あなた、レイを・・・。」
ユイは、荒い息の中で、やっとそれだけ言った。
その一方でリツコが、レイの病室に飛び込む。
「何?」
突然の来訪者に、レイはさして驚きもせずに尋ねる。
リツコは、すばやくレイの体全体、表情を目でチェックした。
とくに異常はないようだ。
「何かかわったことはなかった、レイ。」
「いいえ。」
レイがそう応えると、
「そう、邪魔して悪かったわね。」
リツコはユイのもとに戻った。
「レイは、無事です。」
ささやく様にリツコはユイに伝える。
「綾波さんが、どうかしたのですか。」
カヲルは興味深そうに尋ねた。
「ごめんなさい、私たちの思い過ごしのようだったわ。」
ユイが謝ると、
「くっくっく・・・。」
とカヲルは笑った。
「いやですね、何を勘違いされたのか知りませんが、
ぼくが、綾波さんを襲うとでも思ったのですか。」
「まだ、正式には紹介もしていなかったと聞いているけど、
レイに何のご用だったの。」
ユイは呼吸が整うとともに、冷静さを取り戻していた。
「別に。ただ、興味があっただけですよ。
ファーストの名を冠するチルドレンが、どんな子かなと。
セカンドとサードにしか、会わせていただいていなかったのでね。」
『・・・そうか、そういうことか。』
ユイは思いあたることがあり、少し考え込んだ。
「ご覧のとおり、彼女は入院中の身よ。
間もなく退院はするけれども、それまで待てなかったのかしら。」
リツコがユイの横から、非難をこめて言う。
「それは知りませんでした。」
いけしゃあしゃあとカヲルは応じた。
「ともかく、許可のおりないうちに勝手な行動はしないでちょうだい。」
リツコの言葉に、
「もう、会わせてはいただけないのですか。」
カヲルは、意外にも心底淋しそうな表情を見せた。
「さっき、赤木博士が言ったように、彼女は間もなく退院するわ。
今でも退院できなくはないけど、引っ越すこともあって明後日の予定になっているの。
機会を見て、チルドレンを集めて退院祝い会をしようと考えていたのだけど、
そのときは、カヲル君も来てくれるかしら。」
「「ええっ!!」」
ユイのこの言葉は、カヲルとリツコにとって、あまりに衝撃的であった。
さすがに、カヲルもあっけにとられている。
「司令代行自らが、主催されるのですか!」
「ええ、ささやかなものですけど。何か変かしら。」
「いや・・・小規模なものだからこそ、驚きなのですよ。
そういうことを、あっさりと口にできるあなたは、素晴らしい方だ。」
「そうかしら。別に、プライベートなことだし、問題ないのじゃないかしら。」
「おおありです!」
ようやく、再起動を果たしたリツコが口を挟んだ。
「何を考えていらっしゃるのです!
今、こうしている間にも片付けなければならない問題が山積みになっているというのに。」
「こういうときだからこそ、慰労も大切だと私は思うのです。
チルドレンにとって、このところあまりにもいろいろなことがありました。
アスカにも、レイにも、そしてシンジにも・・・。」
「だからって、なにも司令代行が。ミサトだっているし。」
「彼女もよくやってくれていると思いますが、今回は私が仕切りたいのです。
チルドレン一人一人と、直に話すいい機会だと思うのです。
カヲル君、あなたともね。」
「ええ、楽しみにしています。」
「ユイさん、彼は・・・!」
使徒かも知れないのですよ、とリツコは叫びそうになった。
それを、ユイは『あとでね。』と目で制し、
「だからカヲル君、それまでは赤木博士の指示に従って、単独行動は慎んで。
いいわね。」
「わかりました。
うれしいですよ、あなたのような方がネルフのトップで。
それでは、ぼくはこれで。」
カヲルは、一礼すると去っていった。
「ユイさん。」
ややあって、リツコが非難めいた口調で言う。
「リっちゃんの言いたいことはわかります。
でも、私は・・・。
その前に、もう一度、レイの様子を見に行きましょう。」
今度はノックをしてから、二人はレイの病室に入った。
レイは、ベッドに腰掛けていた。
「かげんはどう?」
ユイの問いかけに、
「問題ありません。
ゆっくり動かす分には、あまり痛みは感じなくなりました。」
「それはよかったわ。
ところで、渚カヲル君のことだけど、彼は何をしにここに?」
「表向きは、着任のあいさつに。
本当のところは、私に興味があって来たと言っていました。」
「他には?」
「私が、彼と同じだと言っていました。」
「あなたと?」
聞き返したのは、リツコである。
「おかしいわ、ドイツには、ここと同じダミープラントはない筈なのに。」
「もっと、広い意味かも知れないわ。」
ユイがつぶやくように言った。
世界に、リリスはここの1体のみである。
人工的に、リリンを生み出せるのは、ここしかない。
レイの手前、明言は避けたが、レイの素体はここでしか作り出せないのだ。
それでも、カヲルはレイを自分と同じだと言った。
どういうことか?
タイプは違うが、カヲル自身も人工のものだ、ということではないのか。
しかし__。
渚カヲルが、蓮華カグヤの息子であれば、生まれたときは人間の筈である。
ユイの直感が、そうだと告げている。
考えられることは、ただ一つ。
生れ落ちた後に、人為的に手を加えられたということだ。
そして当時、ここになくて、ドイツにあったものは・・・。
『アダムだわ!』
今でこそゲンドウの手の中にあるアダムは、数ヶ月前まではゼーレが保管していた。
用がなくなったから、使徒を呼ぶ厄介物としてネルフにおしつけられたものと思われる。
それまでは、カヲルに関するプロジェクトに使用されていたのではないのか。
『・・・人間を、使徒に変える計画。』
ふと、脳裏に浮かんだその言葉に、ユイは戦慄した。
ユイとリツコは、ユイの執務室に戻っていた。
司令席に座るユイと、その前に立つリツコ。
「フィフスのこと、どうするおつもりです。」
あらためて、リツコが問う。
「チルドレンのことを、番号で呼ぶのは感心しないわね。」
ユイは笑みを浮かべて言った。
「と、いうと?」
重ねて問うリツコに、ユイは頷くと
「現状を維持します。」
「危険じゃないでしょうか。」
「あなたも冬月先生と、同じ意見ですね。
でも、そうだとしても、彼にはすぐに動く気がないことが、
レイに手を出さなかったことでわかりました。」
「使徒かも知れない、いえ、使徒である可能性がきわめて高いのですよ!」
「おそらくはね。少なくとも、それに近いものでしょう。」
「では、何故安全だと言いきれるのです。」
「安全とは言っていません。
彼は、エヴァと同じなのですよ。
何度もいいますが、エヴァの中に長くいた私だからわかるのです。
淋しがりやで、好奇心が旺盛なのです。
だから、何か使命を与えられて、ゼーレから送りこまれてきたにしても、
まず、自分の好奇心を満たすまでは、行動を起こしたりはしません。」
「だとしたら、なおのこと、今のうちに・・・。」
「もうひとつ。
彼のターゲットが、シンジの精神ならば、まずシンジとの間に友情を築こうとすると思います。
その方が、より大きなダメージを与えられるでしょうからね。
それが、私たちの狙い目にもなります。」
「狙い目?」
「その友情を、本物にすればいいのです。
使徒の精神は、本来純粋なものです。
そして、シンジの精神も・・・我が子のことを言うのはなんですが、
それほど歪んだものでもありません。
必ず、わかり合うことができると思うのです。」
「使徒が、人とわかり合えるのですか!」
「私は、そう信じています。」
リツコは、かぶりをふった。
「私には、信じられません。」
「幸い、カヲル君はベースが人間です。
言葉の壁はないし、意志の疎通はできるはずです。」
「それも、エヴァの中にいた経験から、そう思われるのですか。」
「そうですね。
それに、私はカヲル君のことを、なんとしても救いたいのです。」
ユイは遠い目をして応えた。
やはり、ユイとカヲルの間には、何かあるのだな、とリツコは思った。
「・・・わかりました。
それでは、訓練とテストの間で、彼のことをもう少し調べてみることにします。もちろん、怪しまれないように気はつけますが。」
「ええ、お願いね。」
ユイの了解を得て、リツコは退室した。
ゲンドウは、初号機の中で落ち込んでいた。
「私は一体、何をやってきたんだ。」
嗚咽するリツコの姿が、脳裏から離れなかった。
赤木親子を、利用するだけ利用し、用が済めばあっさりと捨て去る様なことをした。
シンジやレイに対してやってきたことよりも、悪質である。
恨まれて、当然である。
たとえ殺されても、文句は言えまい。
昔は、恨まれること、憎まれることは何とも思わなかった。
そこそこの生物学の知識を利用して、廃液を垂れ流す企業に生態系破壊の証拠をつきつけて、強請りをして生活費を稼いでいたこともあった。
そんなときに、ゼーレの存在を知った。
これは金になると思い、いろいろと嗅ぎ回った。
大金を掴むか、命を落とすかの、どちらかだと思った。
そして、ユイに出会った。
人生の転機だった。
ひとの本性を善とするのが、彼女の生き方だった。
それまでの自分の人生を、根底から覆すものであったが、共感するものが多かった。
何より、人を愛することを知った。
ユイに影響されて、自分の人生にも使命があるのだと思うようになった。
ユイとともに、人類の破滅を回避するために何かをするということは楽しかった。
子供ができて、ますますそう思うようになった。
自分は、変わったのだと思った。
いや、自分にも本来そういう心があり、ユイがそれに気付かせてくれたのだと思った。
だが、ユイが初号機に取り込まれて、それが一変した。
ユイを取り戻すために、身近なものを何でも利用しようとした。
そういう自分が恐ろしかった。
だから、シンジだけは手の届かない遠い親戚に預けることにした。
だが、自分に好意を寄せる赤木ナオコは、利用できるだけ利用した。
MAGIを完成させ、その人格移植のノウハウを、レイを生み出す目的で聞き出した。
レイの素体が量産できるようになり、ナオコの利用価値がなくなると、あっさりと捨てた。
リツコにしてもそうだった。
ユイを取り戻すために、人類補完計画を練り直したが、チルドレンのさらなる選抜とダミーシステムの開発が必要だとわかると、リツコに母親と同じ道を歩むように強いた。
ユイが戻ってきたことで、今さらながら自分の罪の大きさに気付いた。
リツコは許してくれたようだが、自分の罪は一生きえまい・・・。
気がつくと、傍らに例の子供がいた。
ずっと前からそこにいるかのように、ゲンドウを見上げていた。
『君か・・・。』
声をかけても、子供は逃げなかった
『こんな私でも、興味はあるのか。』
いつもより元気のないゲンドウを、子供は不思議そうに見ている。
『そうか・・・。
少し、話をしようか。』
何を考えているのか、子供は無言でゲンドウを見つめている。
『まず、君の性別だが、男なのか、女なのか。』
『・・・・・・・・・。』
『すまんな、ぶしつけな質問で。
じゃあ、名前があったら聞かせてくれないか。』
『・・・・・・・・・。』
『・・・そうか。まあ、いい。』
ゲンドウは、微笑んで見せた。
子供も、微笑んで返した。
翌日の、エヴァ起動実験室__。
「絶対境界線まで、2.7。
:
2.1
:
1.6
:
1.1
:
0.7
:
0.4
:
0.2
:
絶対境界線、突破!
エヴァ弐号機、起動を確認。」
二回目の、エヴァ弐号機の起動実験である。
ユイとリツコは、『初号機の調整」に行くということだったので、
今回の実験はマヤがその責任者を代行していた。
「あるがままに、あるがままに・・・。」
アスカは、自分にそう言い聞かせている。
別に、カヲルの数値を抜いてやろうなどとは、思ってはいない。
最初(はな)から、レベルが違うのだ。
ただ、【真剣】になったときの、今の自分がどれほどのものなのか、
それを知りたいと思っていた。
その結果で、自分は渚カヲルの控えにまわろうとも、かまわない。
少なくとも、理性ではそれを認めようとしていた。
『悔いが、残らないように。』
もう、何度その言葉を自分に言い聞かせたことだろう。
やるだけのことをやった上での結果なら、素直に受け入れようと思った。
【最終シンクロ率、65.8%!】
それが、この日得られた結果だった。
「すごいじゃないか、アスカ。」
起動実験室に戻ると、シンジが駆け寄ってきた。
今日はこのあと、いっしょにレイの見舞いに行くということで、シンジもいっしょに来ていたのだった。
「ああ、ありがとね。
ふぃ〜っ、疲れたぁ。
まぁ、今のあたしじゃぁ、こんなものかな。」
アスカは椅子にどっかりと腰をおろした。
因みにこの値は、全盛期のアスカには及ばないものの、マトリエルやサハクィエルといった使徒と、チルドレンが力を合わせて戦っていた頃に、シンジが出していたシンクロ率と同等である。
つまり、十分戦闘に耐えるシンクロ率であった。
「アスカ、これで完全に戦線に復帰ね。
おめでとう。」
不意に手を差し出されて言われた。
「ミサト?来てたんだ。ありがと。」
アスカは軽く手を握り返し、ミサトを見上げた。
「でも、いいの? 仕事のほうは。」
「いいのよ。司令代行から許可をもらっているから。
それに、代行から伝言も頼まれているし。」
「伝言?」
「そう、明後日なんだけど、レイの体調もいいみたいだから、内輪で退院祝い会を開きましょうってことなんだけど。」
「え?」
「ええっ!」
ユニゾンで驚くシンジとアスカ。
「かあさんが、そう言ったの?」
「どこで?まさか、本部じゃないわよね。」
「もちろん、私たちの家でよ。
どーお?
うれしいでしょ、シンジ君。」
「・・・じゃあ、母さんが家に来るんだ!」
「そうよん。
それにね、その日は泊まっていくそうよ♪」
「げ!」
「げげっ!」
再び、ユニゾンで固まるシンジとアスカ。
「それに、カヲル君も呼んでるから、みんなで仲良く・・・
って、どうしたの?二人とも。」
「ミ、ミサトさん・・・。」
やや、かすれた声でシンジは言う。
「え・・・。」
「部屋、片付けなきゃ。」
「そうよね〜。あれでは、保護者の部屋とは、いえないわよねぇ。
シンジのママに実態を知られたら、即、クビかも。」
アスカの一言は、強烈に効いた。
「ちょ、ちょっと、あなたたち・・・。」
ミサトは、本気で明日は早退して、部屋の片付けをしようと思った。
シンジとアスカが起動実験室を出て、レイの病室へ退院の打ち合わせに行こうとしたところで、リツコとカヲルに出会った。
「やあ。」
「カヲル君、これから実験?」
カヲルとシンジが、挨拶をかわす。
「弐号機が空いたということだからね。」
「初号機の調整は終わったの。」
と、アスカはリツコに尋ねる。
「ええ、大体のところはね。
あとは、ユイさ・・・司令代行がされるから、カヲル君のテストを私がすることになったのよ。」
おそらく、ユイはカヲルのことをゲンドウに報告しているのではないかと、リツコは思った。
「ねぇ、ちょっと。」
アスカはリツコの耳元に顔を寄せる。
「弐号機のことで、後で聞きたいことがあるんだけど。」
「そう。じゃあ、2時間後に、私の研究室に来てくれるかしら。」
アスカのささやきに、リツコはそう応えた。
そこへカヲルが、いきなりアスカに話をふった。
「惣流さん、今日は機嫌がよさそうだね。」
「な、なによ。」
「いや、なにかいいことでもあったのかなと思ってね。」
そういうと、カヲルはにっこりと微笑む。
「な、なに馬鹿なこと言ってんのよ。」
吸い込まれそうなカヲルの笑顔を直視すると、また顔が赤くなる様な気がしてアスカはあわてて目をそらした。
「たまたま、今日の結果が思ったよりよかっただけよ。
・・・どうせ、あんたにはかなわないんだから。
でも、あたしに遠慮なんかしたら、承知しないわよ。
どんなときでもベストを尽くす、わかったわね!」
「了解しました。」
片手を胸に、一礼してカヲルが言う。
その挙動は気障ではあるが、嫌味ではない。
アスカは、カヲルのその優雅なしぐさにまた、どきりとしていた。
『な、なによこいつ。』
初めて見るタイプだった。
得体が知れないと思う一方で、アスカ自身は気づいていなかった。
カヲルに、加持とはまた違ったカッコよさを見出していることを。
「でも、一言訂正させてもらうなら、どれだけ高いシンクロ率を出しても、ぼくは君にはかなわないと思うよ。」
「どういうこと?」
「ぼくは、フィフスだからね。チルドレンになってから間がない。
だから、君たちのような戦闘訓練はろくに受けていないんだ。
出撃したところで、武器などいっさい使えないだろうね。
とくに、君のように幼いときから訓練している人に追いつこうとすると、大変だよ。」
「じゃあ、シンジはどうなるのよ。
エヴァに乗って数ヶ月で、シンクロ率はおろか実績まであたしをおいていったシンジは!
戦闘訓練なんか、なんの足しにもならなかったわよ。」
「ア、アスカ・・・。」
シンジは、どう言ったらいいのか、おろおろしている。
「彼は、特別だよ。」
カヲルはシンジを見ると、微笑んで言った。
「知らないのかい。彼はリアルチルドレン・・・最強の適格者だよ。
ぼくや君とは、その生まれからして違う。」
「「ええっ!」」
シンジとアスカ、本日何度目かのユニゾンである。
「どういうことよ!」
アスカがシンジを睨むようにして問いただす。
「し、知らないよ。知るわけないじゃないか。」
カヲルは肩をすくめた。
「おやおや、当の本人がご存知ないとは。
それに、だれも初号機の異常な強さを、不思議に思わなかったのかな。」
たしかに、そのとおりだとリツコは思った。
ユイがまだ、自分に話していないことがあるのは確かである。
「カヲル君、あなた何を知っているの?」
尋ねながらリツコは、知ってはならないことを聞いてしまったのではないかと思った。
「よくは、知りません。
数年前に亡くなった母が、生前そう言ってただけですから。
日本にいる、碇ユイの息子である碇シンジは、ぼくたちとは根本的に違うリアルチルドレンだと。
何故いまだにチルドレンに抜擢されていないのかは知らないが、エヴァに関しては最強の適格者だと。」
「へぇ〜え、このボケボケっとしたシンジがねぇ。
まぁ、『エヴァに関しては』ってところはそうかも知れないけど。
と、いうことだからシンジ、やっぱりあんた、エヴァに乗りなさいよ。」
アスカが、腰に手をあてて言う。
「う、う〜ん・・・。」
「まったく煮え切らないわね。
まあいいわ、こんなところで時間をつぶしている暇ないから、さっさとレイのところへ行くわよ!」
去っていくシンジとアスカを見ながら、リツコは今度ユイに会ったときに、シンジのこと、カヲルのことを今一度尋ねてみようと思った。
その夜__。
ネルフ本部内の、カヲルの居室である。
カヲルは、部屋の隅で膝を抱えてすわり、机の上のパソコンの画面を眺めていた。
画面上には、レイ、アスカ、シンジ・・・即ちチルドレンの情報が表示されている。
カヲルは膝を抱えたまま、一切手を動かしていない。
それにも関わらず、画面上ではカーソルが動きまわっては、表示内容が次々と切り替わっていく。
やがて、ミニタワー型の本体のCDドライブが開き、縦に装着されたCDがせり出してきた。
CDは独りでにはずれ、そのままころころとカヲルの元に転がっていく。
・・数日前、風にとばされてカヲルとシンジの前を転がっていった少女の帽子のように。
ふうん、ゼーレが提供してくれた情報は、結構いいかげんなものだねぇ。」
CDを傍らのバッグにしまいながら、カヲルはそうつぶやいた。
「サクヤ、今度シンジ君の家に行くことになったよ。
綾波さんの退院祝い会に、ユイ司令代行がチルドレンを集めるそうだ。
ふふ、楽しみだよ。
彼らの本来の姿がどういうものか、じっくりと見させてもらうつもりだよ。」
そういうカヲルの瞳は、従来の紅色から、金色に変わっていた。
あとがき
いよいよレイが退院し、シンジたちと一緒に暮らすことになります。
そして、その翌日には「退院祝い会」が開かれます。
ユイはそこに、「使徒である可能性がきわめて高い」カヲルを招こうとしています。
一体ユイは、何を考えているのでしょうか。
そして、そこでカヲルは何を感じるのでしょうか。
次回をお楽しみに。