ユイの司令代行にあたっては、「委員会(ゼーレ)」と「初号機」の二つの課題があったが、委員会に対してユイはうまく切り抜けたものの、残るひとつの「初号機」が問題だった。
当然、コアの人格が変わったため、初号機はシンクロテストが必要であった。
ところがシンジが落ち込んでおり、とても初号機に乗れるような状況ではない。
いみじくも、かってレイが、
『心を開かねばエヴァは動かない』
と言ったが、今のシンジにはゲンドウが入っているとわかっている初号機に対して、心を開くことなどできなかった。
そして、さらに事態を悪化させていることがあった。
リツコが、部屋にひきこもっているのである。
ユイが復活して以来、リツコは出勤はするものの、一日の大半を自室にこもっているのだった。
「赤木博士と、シンジ君の2人だな、新司令の就任式に来なかったのは。」
冬月が、ぽつりと言う。
ここは、かってゲンドウが執務していたネルフの司令室である。
その広大なスペースの中、ゲンドウの替わりに席についているのは新たな司令(正式には司令代行)となったユイであった。
「ええ、そうですね。」
ユイは、居心地が悪そうだった。ともかく、やたら広くて暗い。
山積みとなっている問題が少し片付いたら、もう少し明るくて小じんまりとした部屋に移りたかった。
「シンジ君は、今しばらくはしかたがないにしても、赤木博士までもショックから立ち直れないとはな。」
「・・・・・・・・・・・・・。」
ユイは、何ごとか考え込んでいる。
「だが、どうも妙だと思うのだよ、私は。あの赤木君が、そう簡単にミスを冒すとも思えん。
あれは、やはり事故ではなく、」
そこまで冬月が言ったとき、
「冬月先生。」
ユイは、遮る様に言った。
「な、何かね。」
「赤木博士の件、しばらく私に預けていただけないでしょうか。」
「それは、かまわないが。」
「それと、シンジのことも。 私が説得してみます。」
「だが、それでは、君に。」
かかる負荷が大きすぎるのではないかと、冬月は言おうとした。
「冬月先生には、アスカのことをお願いしたいと思います。」
「アスカ君か。」
アスカはアルミサエル戦のあと、弐号機とのシンクロ率がほとんどゼロにまで下がった。
再三テストを繰り返しても、一向に改善の兆候が見られず、その落ち込みようは見ているほうがつらいくらいであった。
その周囲の同情の視線に耐えかねたのか、ついには一週間ほど行方をくらましてしまった。
それが、あのゲンドウが初号機に取りこまれる事故のあった日の深夜、ひょっこりと帰ってきたのである。
いったい、アスカに何があったのか。
翌日、ユイの収容されている病院に関係者が集まったとき、『ネルフはどうなっちゃうのよ!』とわめいていたところをみると、完全ではないにしてもかなり立ち直っている様に感じられる。
本人が納得するのなら、再度シンクロテストをするべきではないか。
逆にもし、エヴァにはもう未練がなく、チルドレンをやめるというのであれば、早急にフィフス・チルドレンの選抜が必要である。
その辺はアスカ本人の意向を確認しなければならないが、シンジやリツコの件に比べれば、そう難しいことではなかった。
「・・・わかった。そうしよう。」
「お願いします。」
司令室を退出し、自室に向かいながら、冬月は思った。
「結局、いつも逃げているのだな、私は。」
ゲンドウが司令でいたときも、何度となく意見を言うこともあったが、『問題ない。』とゲンドウが言えば、結局は引き下がっていた。
感想は言うが、それを押し通したことはなかった。
ゲンドウが取りこまれたときもそうだった。
冬月は立ち止まり、司令室の方を振り返った。
「ユイ君・・・。」
これからユイが対応していかなければならない問題と、その困難さを思い、つぶやいた。
「すまない。」
--- 人 身 御 供 第二話--- 110万Hit記念投稿
ユイは白衣に着替えて、リツコの部屋を訪れることにした。
それまでの制服からわざわざ着替えたのは、同じ研究者どうしとして、少しでも安心感を与えようという配慮からであった。
部屋の前まで来ると、
「・・・むしろ、シンジよりも、こちらの方が問題ね。」
ユイはため息をもらし、ドアの前でしばしためらった。
そのとき、リツコは、自室の机で、組んだ両手を額に押し付ける様にして座っていた。
今日あたり、冬月かユイが来るだろうと、思っていた。
ゲンドウが取り込まれたことが、事故でないことを、あの2人なら疑うであろう。
そして、自分が引きこもっていることから、それは確信に近いものとなるだろう。
だから2人のうちどちらかが、ここに現れるであろう。 ことの真偽の確認と、自分を裁くために。
裁きは甘んじて受けよう、とリツコは思っていた。
冬月にはもちろんのこと、ユイに対しても自分は恨みはない。
ユイについてはゲンドウに対する恋敵としての、多少のこだわりがないと言えば嘘になるが、ゲンドウに自分を委員会に差し出されたことで、自分には最初から勝ち目がないことを思い知らされた。
後に残ったのは、ゲンドウに対する純粋な憤りである。
そして、感情のおもむくままに、ゲンドウと自分が築き上げてきたダミーシステムの要であるレイの素体を破壊し、サルベージと称してゲンドウを初号機に取り込ませた。
それは、ゲンドウに対する復讐であった。
だが、復讐は成就するまでが至福のときであり、ひとたび事が成ってしまえば後に残るのは空しさだけである。
部屋のドアをノックする音で、リツコは我に返った。
ドアを開けると、そこにいたのは、ユイだった。
「お待ちしていました。」
ユイに椅子をすすめながら、リツコは言った。
「私が来ることを知っていたの。」
「ええ、いつかこの日が来ると思っていました。」
「・・・・・・・・・・・・・。」
ユイは口を出さずに、リツコの次の言葉を待った。
「どの様な処分を受けようとも、異存はありません。」
「処分?」
「ご存知でしょう。 碇司令が取り込まれたのは、事故ではありません。
全て、私が仕組んだことです。」
「やはり、そうだったの。
でも、私はあなたを責めるつもりはありません。
あの人は、恨まれて当然のことをしていたのですから。」
「私のことは、恨んでおられないのですか。それに、どこまでご存知なのです?」
「あの人が、あなたたち親子にしたことは一応、全部知っていますよ。
3人目のレイのかわりに、あなたを委員会に差し出したことを含めてね。」
「・・・・・・・・・・・・・。」
今度は、リツコが沈黙した。 あり得ない、と思った。
「信じられないでしょうけど、エヴァには自分の前に立つ者の、記憶を読み取る力があるの。
憶えているかしら、シンジが初めてネルフに来た日のこと。
サキエルの攻撃で天井が崩れたときのことを。」
リツコは、はっとした。あのとき、初号機は誰も搭乗していないのに独りでに動き、落ちてくる瓦礫からシンジとレイを守ったのだった。
「一目でわかったわ。 目の前の少年がシンジであるということを。 幼い日の私への思い出を含めて、 シンジの記憶がコアにいた私に、全て流れこんできたもの。」
だから、息子の危機を咄嗟に救うことができたというのか。
では、頻繁に初号機の前に立ち、『もうすぐだよ、ユイ』などと言っていたゲンドウは、その所業を全てユイに知られていたことになる。
そのことに気づいたリツコは、
「では、碇司令・・・ご主人と、私のことも・・・」
「ええ・・・ごめんなさいね。 今はもう無理だけど、エヴァの中にいたときは、わかってしまったの。
私にはどうすることもできなかったけど、申し訳なかったと思っているわ。
その原因をつくったのは、私だから。」
「そんな、ユイさんは、すみません、今はユイさんと呼ばせてください。ユイさんは、何も悪くありません。
私が、私が・・・ 碇司令を・・・。」
リツコは、俯き、肩を振るわせた。
「さびしかったのね。ナオコさんが亡くなってから、全てを背負わなければならなかった。
でも、その苦しみを誰に打ち明けることもできなかった、そうでしょう?」
ユイはやさしく言った。
「そんなときにあなたは、あの人に父親の姿を求めた。そうじゃなくて?」
「ううう・・・。」
リツコは、俯いたまま嗚咽している。
「でも、あの人は、あなたの父親にはなれなかった。そればかりか、私の面影があるレイばかりを見ていた。あなたはただ弄ばれることにたえられなくなった。」
「わかってはいたんです。わかっては・・・」
「ごめんなさい。許してあげてね。あの人も、さびしい人だったのよ。」
「ううぅぅぅぅぅぅ。」
リツコはユイの肩に顔を埋め、さらに激しく嗚咽した。
ユイはリツコの髪をやさしく撫でた。
「いいのよ。もう、背伸びをしなくても。あるがままの、あなたでいれば。ただ、あの人のことは、許してあげてね。」
「・・・はい。」
「でも、私はあの人を、許さない。」
「え?」
少し驚いて顔をあげるリツコに、ユイはやさしく微笑かけた。
「だって、リッちゃんを泣かせたんですものね。あの人はしばらく、あのままにしておきましょう。」
ユイは、リツコのことをリッちゃんと呼んだ。 ユイが初号機にとりこまれる前、リツコが学生であったときと同じように。
「ほんとは、いつでもサルベージできるのでしょう?」
「ええ、でもそれがわかったのは、つい最近のことなんです。」
「詳しく教えてくれる?」
「シンジ君が対ゼルエル戦の後、シンクロ率400%の反動でとりこまれたときに、サルベージを試みました。そのときは、計画自体はやはり失敗に終わったのですが、偶然から結果的にはサルベージすることができました。」
「そうだったわね。」
「偶然のできごとは、二つありました。 ひとつは、エントリープラグが射出されてしまい、LCLがエヴァの外にこぼれ出たこと、もうひとつはミサ・・・葛城三佐がシンジ君の名を呼んだことです。」
「・・・・・・・・・」
ユイは思い出した。ミサトは実体化したシンジのプラグスーツをかき抱き、『人一人救えないで、何が科学よ、シンジ君を返してよう!』と、こぼれ落ちたLCLの中で泣き崩れた。そのとき、LCLの中からシンジが復活したのだった。
「ミサトは、シンジ君と家族同様の生活をしていました。だから、サルベージ処理のときに、『身内の者が迎えにいく』ことを行えば、エヴァに取り込まれた者は帰ってくる可能性が高いと考えました。」
「そのとおりね。でも、今回のサルベージで、たしかに私はあの人に呼ばれて、復活することができたけれども、替わりにあの人がとりこまれてしまったわ。」
「・・・そうなることは、わかっていました。エヴァは、なぜか人の魂を求める傾向があります。とりこんだ魂が取り戻されるとわかれば、別の魂を求めるでしょう。そのことは、ユイさんの方がよくご存知ではありませんか?」
「ええ。」 ユイにはわかっていた。 今ここでその理由を説明しようとは思わなかったが。
「今回使用した『ゲートカプセル』は、すみません、『迎えに来た者』とコアとをわざと直結し、取り込ませるためのものだったのです。」
「そうだったの。じゃあ、『迎えに来た者』が、とりこまれない様にするには、どうすればいいの?」
「シンジ君の場合は、エントリープラグが射出され、エヴァと接続されていなかったので、再度取り込まれずにすみました。あの場合はこぼれ落ちたLCLがまだサルベージ処理の影響下にあったため、なんとかシンジ君を復活させることができたのですが・・・・」
「では、サルベージが成功した直後に、ゲートカプセルをコアから切り離せばいいのね。エヴァが別の者をとりこむ前に。」
「ええ、タイミングが少し難しいのですが。」
「わかったわ。今までの話はしばらく、二人だけの秘密にしましょう。あの人には、反省してもらわないといけないし、これから先、重要な役割をしてもらう必要があるから。」
「重要な役割、ですか。」
「そう、シンジをパイロットとして、エヴァを動かす役目をね。」
「シンジ君が、承諾するでしょうか。」
「気持ちはわかるけど、してもらわないと困るわ。そのための説得を、あなたにも手伝ってほしいの。
ひとつ、聞いてもいいかしら。」
「なんでしょうか。」
「ダミーシステムのための・・・レイの素体を破壊するところは、シンジには見られてない?」
「・・・それもご存知だったのですか。」
リツコは俯いた。
「言いにくいことを聞いたりして、ごめんなさい。」
「いえ。あの人−碇司令への腹いせで、そうしようとも思ったのですが、ミサトやシンジ君を巻き込むことはないと思い、やめました。」
「そう、ありがとう。」
「すみません、そのかわりに、碇司令をあのようなことに。」
「いいのよ。」
ユイはリツコの頬に、やさしく手をあてた。
「そのことは、気にしないで。むしろ、今後のことを考えると、それでよかったのかも知れない。
さぁ、その今後のために、初号機の調整と、シンジの説得を始めなければいけないわね。」
ユイは椅子から立ち上がると言った。
「手伝ってくれる? リッちゃん。」
「はい。」
リツコも涙を拭うと、後に続いた。
シンジは、草むらに寝転がったまま、空を見上げていた。
耳元で、虫が鳴いている。
季節が夏から秋に移ろうとしているためか、最近になって耳にするようになった虫の音だった。
セカンドインパクト世代のシンジは、その虫の名は知らない。
ただ、その虫の音を聞くとはなしに聞いていた。
陽はやや西に傾き、昼間の熱気がようやく冷めてきたところだった。
ときおり、頬をなでていく風が心地よい。
「とうさん・・・」
意識せずに、シンジはそうつぶやいていた。
今でもシンジは、トウジの片足を奪ったゲンドウを憎んでいた。
憎んではいたが、どうにかして心を通わせたいという思いも、依然としてあった。
しかし、ゲンドウが初号機にとりこまれてしまった今、それはかなわぬ願いとなった。
『あんな父親ならいない方がいい』と、ユイと冬月の前で言ったのは、強がりでしかなかった。
かといって、初号機に乗る気にはなれなかった。 今はまだ、ネルフの混乱が収まりきっていないためか、誰も初号機に乗れとは言わない。 シンジが乗りたがらないことを誰もが知っているようにも見える。
しかし、事態が少し落ち着いたら、いずれはそれを要請されるのは目にみえていた。
「ふう、 いやだな。」
シンジはため息をつくと、上体を起こした。
そこへ、こちらに近づいてくる少女の姿が見えた。アスカだった。
「こんなところにいたの。」
アスカはそう言うと、シンジの傍らに腰を下ろした。
「なんの用?」
シンジは、アスカから目をそむける様にして言った。
「なんの用とは、ごあいさつね。」
アスカは自分の膝を抱くようにした。同じく、シンジの方を見ようともしない。
二人は、同じ方向を向いて座っていた。車の運転席と助手席の関係に、見えなくもない。
「・・・あんたが落ち込んでいると、こっちまで気がめいるのよね。」
しばらくしてから、アスカが言った。
「せっかく立ち直ってきたところに、あんたのそんな姿を見たら、なんかこの間までの自分の姿を見るようで、いやなのよ。」
「そういえば、アスカ。しばらく家に帰ってこなかったけど、何処へ行ってたのさ。」
「どうでもいいじゃない、そんなこと。」
「そうだね、ごめん。」
『加持さんに会った、なんて言えるわけないものね。』
アスカは心の中でつぶやいた。
ミサトが、そしてシンジが死んだものと考えていた加持は、実は生きていた。
複数の組織から狙われてはいたが、巧妙に身を隠していた。
弐号機を動かせなくなり失意のまま放浪するアスカと、死んだと偽装工作をしながら生きのびようとしている加持は、どの様に邂逅したのであろうか。
ただ、加持は危険を冒してまでアスカに何かを伝えた。かってゼルエルが侵攻してきたときにシンジにそうしたように。それでアスカはいくらか立ち直ったようである。
エヴァに拘らずに生きていこうと、ミサトのマンションに夜遅く帰ってきた矢先に、サルベージの事故の報せを聞いたのであった。
「・・・だれも、あたしのことは心配してくれていなかったんだ。」
アスカは不満そうに言った。
そんなことはない、とシンジは言おうとしたが、言えなかった。
本当にそうだったのか、自信がなかった。
「いいのよ。ここんところ、みんな自分のことで精一杯で、余裕なかったもんね。」
(結局、自分の身を省みずに、あたしのことを気遣ってくれたのは、加持さんだけか・・・・)
「それよりあんた、エヴァのことどうするつもり?」
アスカは思い出したようにたずねた。
「パイロットをやめるよ。」
「どうして!」
「だって、そうだろ。 今、初号機の中にいるのは、父さんなんだよ。 乗れるわけないよ。」
「このあたしから、エースの座を奪っておいて、勝手なこと言うんじゃないわよ。だいたい、あんたが乗らなくて、だれが乗るっていうのよ。」
「知るもんか! 綾波だって乗れるだろ。 それに、エースってなんだよ。 そんなにエースがいいのだったら、リツコさんに頼んで、アスカが乗れるようにしてもらえばいいんだ!」
シンジは立ち上がり、一気にまくしたてた。
そして、そのまま振り返りもせず、歩き出した。
「あ、ちょっと、シンジ。」
アスカは呼び止めようとした。あんなことを言うつもりではなかったのだ。しかし、シンジの背中が拒絶しており、二の句がつげなかった。
遠ざかっていくシンジの後ろ姿を見ながら、アスカはつぶやいた。
「あたしったら、まだエヴァに拘っている・・・」
「どこだ、ここは。」
気がつくと、ゲンドウは薄暗い、赤い光の中にいた。それは、夕闇を連想させた。
「サルベージは、どうなったのだ。」
ひとり言をいうが、声が聞こえない。 いや、呼吸すらしていないようだ。
「まさか、初号機のコアの中か!」
突然、視界が開けた。
赤いフィルターを通して外を見ているようだが、確かにアンビリカル・ブリッジが見える。
初号機の格納庫である。周囲には、だれもいないようだ。
「私は、とりこまれてしまったのか。そうだ、ユイは・・・ユイはどうなったのだ。
ユイ! どこにいる。いたら返事をしろ!」
返事はなかった。
「ユイ!」
しばらくの間、何度か叫んだ。声には出ていないが、初号機の中にいて意識があるのなら、なんらかの反応があるのではないかと思った。
返事はなかった。
「ひとり、か。 ユイは、サルベージされたのか。」
言い様もない孤独を感じた。
外部への視界は、正面のごく一部に限られている。そこから見る限り、初号機の格納庫に人影はなかった。
「私のサルベージは・・・・当面、無理だろうな。今回の原因の究明と、対策が立てられるまでは。」
それがいつのことになるのかは、想像もつかない。
実際、今回のユイの再サルベージにしても、初回のサルベージ失敗から10年以上が経過していた。
「下手をすると、浦島太郎か。これが、私に下された『罰』なのかも知れんな。
ユイ・・・おまえを、取り戻したいばかりに、私はいろいろと許されないこともやった。
結局、私はおまえに会えずに終わるのかも知れない。
だとすると、シンジには、本当にすまないことをしたな。」
ゲンドウの心の中では、様々な思いが浮かんでは消えた。
既に外部への視界は閉ざされており、再び『赤い闇』が彼を取り巻いている。
そのとき__。
ゲンドウは、何者かの気配を感じた。
「誰だ、ユイか?」
返事はない。しかし、確実に何者かが、ゲンドウの様子をうかがっている気配がする。
そして、それは覚えのあるユイの雰囲気ではなかった。
「誰だ、おまえは。」
気配が強くなった。その感じは、人間としての感情が感じられなかった。
ただ、観察している。ひとかたならぬ好奇心をもって。
「返事をしろ、貴様はいったい何者だ!」
ゲンドウは叫ぶ。半ば、恐怖を抱いていた。
「誰か、いるのだろう、返事をしろぉ!!」
何かが、意識の中で形作られた。
目に見えたわけではない。
ゲンドウの感じた気配が、より具体的なイメージとなっただけである。
それは、10歳に満たない子供のイメージであった。
ただ、先ほどの好奇心は、別人のようにそこからは感じられない。
単に興味をなくしただけなのかも知れない。
「さっきからいたのは、君か。君は何者だ。なぜ、ここにいる。」
相手が子供だと感じたゲンドウは、やや落ち着いて尋ねた。
突然、その子供のイメージは実体化した。
詳細は判別できないまま、赤い闇の中でシルエットとしてそこに存在した。
「君は・・・」
ゲンドウは言いかけて凍りついた。
子供が、上目遣いにゲンドウを見た。その顔がゲンドウの意識の中で急速に拡大する。
彼を見上げる赤いひとみと、おぞましい笑みがゲンドウの頭の中いっぱいに広がった。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
ゲンドウは絶叫し、意識を失った。