ダブル チェンジ 第31話

- 審 判 -


「マリ、上よ!」
あたしは叫びながら、上空のトライデントに発砲する。
上方からのそのトライデントの体当たりを受けて、3号機は後方に弾き飛ばされていた。

「マリ!」
あたしは3号機を目で追ったが、倒壊したビルに埋もれているらしく、その姿が見えない。
やむなく、3機のトライデントの方に視線を移した。

たたみ込んで攻撃をしかけてくるかと思ったが、さきほど3号機に体当たりした機体を先頭に、こちら
の様子を窺うかのように待機している。

シューッと、その両肩から蒸気のようなものを吐いている。

(そうか、冷却しているんだ。)
あたしは合点がいった。
マリが言うほど、こいつらは俊敏というわけではないようだ。
”軽量化できなかった弱点をカバーするために、とてつもなく強力なホバー・クラフト・システムを搭載し
している”というけど、それはここ一番でのスピードを得ているのにすぎず、過負荷を避けるための冷
却時間が必要のようだった。
ここ、第3新東京にたどりついたとき、すぐに襲ってこなかったのもそれが理由かも知れない。

今がチャンスとあたしは思い、先頭のトライデントに向けて発砲した。
奴らが突進してきたときとは違い、今度は落ち着いて、確実に当てた。

「効いていない?!」
そのとき、あたしは気付いた。
トライデントの体表を何かのシールドが覆い、着弾した銃弾は全て弾かれていた。

この光景は見たことがある。
これは、JAに装備されていた、”PS装甲”だ。

そういえば、マリは言っていた。
『エヴァシリーズに代わる切り札として、あいつらは戦自で開発中だったものに何かを提供し、それを完
 成させた。』

提供した”何か”というのが、PS装甲だったのだ。
ゼーレとやらが、あのJAを開発した日本重化学工業共同体と接触し、買い叩いたのか脅したのか知ら
ないが、手に入れたのだろう。
ことによると、冷却が必要なところからみて、リアクターの提供も受けているかも知れない。

「ど、どうすんのよ、これ?」
ひたすら前進するJA一体を止めることすらできなかったのに、今回は自由に動き回る奴が3機もいる。
そしておそらく、パワーもこいつらの方が上だ。

「い、いたた…。ひどい目にあったにゃあ。」
途方に暮れているところへ、瓦礫を押しのけて3号機が戦線に復帰してきた。

「マリ、あんた無事だったの?」

「このマリさまが、あれしきのことで参るもんですか。姑息な不意打ちは二度と通用しないわよ!」
そう言うとマリは、トライデント3機に向かって突進した。

「待って、マリ!」
あたしが叫ぶのも聞かずに、

「小手調べのつもりでしょうが、このわたしを追撃しなかったことを後悔しなさい!」
トライデントたちに接近しながら、3号機は右腕を水平に振った。

A.T.フィールドが、波状に展開されてそれぞれのトライデントを襲う。
予測していたのか、先頭の2機のトライデントは左右に跳んでそれを躱した。
が、3機目のトライデントは逃げることができずにA.T.フィールドの直撃を受けた。

だが…。
直撃を受けた筈の機体は、わずか数メートル後じ去っただけだった。
PS装甲に弾かれてしまったのだ。

「そんな! 嘘でしょう!!」
茫然と立ちつくす3号機。

「アスカ!」
「マリさん、大丈夫ですか!」
そこへ、カヲルの零号機とシンジの弐号機が走り寄ってくるのが見えた。

その目の前で、3号機は再び攻撃を受けた。

左右に散った1番目と2番目のトライデントから挟まれるようにして、何かの武器で撃たれていた。
機体の左右両側に、防御シールドとしてA.T.フィールドが展開されている。
だがそのシールドは完璧ではなく、それを貫く光に3号機は剥き出しの両腕を焼かれていた。

「きゃああああっ!」
マリの絶叫が響く。

攻撃をしかけているそれぞれのトライデントに向けて、あたしの初号機とカヲルの零号機が発砲する。
トライデントはその胸部からのぞかせていた銃口をしまい、PS装甲での防御に徹して銃弾を弾いた。

トライデントからの攻撃は止んだが、3号機はその場に崩折れ、膝をついた。
両腕の上腕部から煙と血が噴き出しており、戦闘続行は不可能だ。

「こ、これは小型陽電子砲…。」
あたしの耳に、茫然とつぶやくシンジの声が残った。




敵は、3機。
こちらのエヴァも、初号機、零号機、弐号機の3体。

その後、数分に渡る戦闘を続けたけれど、まだ決着がついていない。
双方が、決め手を欠いているためだ。

トライデントの小型陽電子砲は、確かに強力ではあるのだけど、連射は利かないようだったし、集中砲火
さえ浴びばければなんとかA.T.フィールドで持ちこたえられる様だった。
そして彼らの動きはスピードはあるものの直線的であり、事前に予測さえできれば躱せるレベルだ。

単独で戦う限り、圧倒的に強いという相手ではない。
ただ、息の合った3機の連携プレイが厄介だった。
そしてマリは、その連携プレイによる集中砲火にやられたのだった。

連携させず、集中攻撃さえ受けなければいい…たしかにその通りなのだが、こちらからの攻撃もトライデ
ントには通用しなかった。
あのPS装甲が、パレットライフルの弾丸もA.T.フィールドも全て弾いてしまうのだ。
つけ込む隙があるとするなら、全開で動いた後で必ず冷却のための小休止をすることだ。
そのときに、一方的に攻撃をしかけることができるのだが、小休止の間もPS装甲は健在で、傷ひとつつ
けることができないいでいる。
体当たりで倒してしまおうとしても、かなりの重量と安定性があるため、びくともしなかった。

膠着状態が続く。

「なんとかならないの!」
あたしは、発令所に向かって叫ぶ様に言う。

次第に苛々がつのってきていた。
こちらは、マリが戦闘不能になっている。
相手が使徒ならともかく、敵は有人機なので3号機を回収することも儘ならない。
回収するためのリフト口を開いたところを狙われるからだ。
だから、トライデントの連携を邪魔しながら、3号機も守らなければならないのだった。

「こちらでも、弱点を分析中よ。もう少しがんばってちょうだい。」
リツコはそう言うが、我慢にも限界というものがある。
使徒が相手でも、こんなに苦戦したことはなかった様な気がした。

「長期戦は、向こうも望んじゃいないと思うよ。」
シンジがそう言ってきた。

「おそらく、次の手を打ってくるだろう。」
「どうしてそう思うの?」

「トライデントの、冷却のための小休止が増えてきている。
 おそらく、熱対策がうまくできていないんだ。
 たしか、JAと違って有人機だったよね?
 この高出力は、おそらくリアクターによるものだろうし、いくら断熱処理をしてもコクピットは地獄の暑さ
 なんじゃないかな?」

「なんだ、それならそうと、早く言ってくれなきゃ。」
「アスカ、何をする気なの?」

「ダンスパーティよ。
 お客さんには思う存分踊ってもらって、十分堪能いただいたらお帰り願うのよ。」

「そう簡単にはいかないようだね。」
カヲルは口を挟んだ。

「ほら、増援が来たようだ。」
零号機が見上げる方向に、群れをなして迫りつつあるVTOLの大軍が見えた。
数にして、20機以上…。




「なんて数なの!」
ミサトは思わず呟く。
発令所でも、VTOL群の接近は掌握していた。

「奴ら、成果が上がらないからって、なりふり構わなくなってきたっていうの?
 こんな映像が報道されたりしたら、一部過激派の暴走ってことじゃ済まないわよ。
 下手をすると、軍部がクーデターを起こしたことにされるわ!」

「それにしても、これだけの機体、どうするつもりなんでしょうか。
 いくら数を揃えたところで、VTOL程度の火力ではエヴァに傷一つつけられないでしょうに。」

日向の言葉に、ミサトは緊張した面持ちで答えた。
「敵の狙いは、エヴァじゃないわ。」
「は?」

「電源ビルよ。」
「!」




増援のVTOLは、あたしたちのエヴァには向かってこなかった。

「敵の狙いは電源ビルよ! VTOLを優先して攻撃して!」
ミサトの指示はそういうことだったが、エヴァでそれを実現することはできなかった。

3機のトライデントがそれを阻んだからだった。
力が拮抗しているトライデントを相手にしている以上、エヴァにはVTOLに仕掛ける余裕がない。

VTOLへの対処は、戦闘ビルを始めとする”使徒迎撃システム”にまかせるしかなかった。
だが…。
数機の戦闘ヘリが相手ならともかく、20数機ものVTOLに対応しきれるものではない。
3機を撃墜するのがやっとだった。

「まずいわ!」

迎撃システムは次々と突破され、電源ビルが集中攻撃を受ける。
供給可能な電源が、次々と失われていく。

「こ、こんなことって!」
シンジが、呻くようにつぶやく。

弐号機、3号機、零号機、そしてあたしの初号機。
すべてのエヴァの、外部電源が断たれていった。

内部電源で、いつまでも凌げる筈がない。
電源の供給がなくなれば、活動停止となるだけではない。
A.T.フィールドも展開できなくなり、身を守るすべすら失うのだ。

確実な敗北が、秒読み段階に入っていた。

「アスカ! カヲル君!」
シンジの叫びとともに、まず、初号機が活動限界となった。

「ちきしょ〜っ。 これまでかぁぁ!」
続いてマリの3号機が。

「みんな! 機体を捨てて逃げて!」
ミサトがそう叫ぶが、そんなことできるわけがなかった。

エヴァに搭乗する前に、パイロットを殺そうとした連中なのだ。
エントリープラグから出てきたところを、狙い撃ちされるだけだ。

「これまでのようだね。」
カヲルの零号機が、VTOLの一機をパレットライフルで撃墜した直後、活動限界に達した。

あたしは、カヲルの様に、一矢報いるなんてことはできなかった。
情けないことだが、内部電源の残数カウンタを絶望の眼差しで見つめることしかできなかった。
そして、それが電子音とともにゼロになるところを、なすすべもなく見ていた。

「エ、エヴァ全機、活動限界です!」
発令所のマヤの声が、遠い処で聞こえたような気がした。

(終わった…。)

あたしは、全身の力が抜けるのを感じた。
相手に慈悲の心があれば、ここで降伏勧告があるだろう。
だが、おそらくそれはない。
これからは、殺戮の時間が始まる…あたしは、そう覚悟した。




暗い。
エントリープラグ内は、非常灯のみが点灯しており、周囲の状況は暗黒に閉ざされている。
見えているものはコクピットに座る自分の姿とインダクションレバー、そして無情に表示された内部電源
のゼロの数字のみだった。
外部の状況を知る手だては、唯一生きている通信回線だけだった。

その、通信回線を通して聞こえた。

「な、なに?」
マリの声だった。

「い、いや! 何するの、やめて!」
合わせて聞こえる、何かが引き剥がされ、引き千切られる破壊音。

「いやあぁぁぁぁぁぁぁぁ〜っ!!!」

あたしは、かっと目を見開いた。
今まで聞いたことのない、恐怖に怯えたマリの叫び。
エヴァ3号機の”解体”が始まっているのだ。
そうか、連中は最初の生贄に、裏切り者のマリを選んだのだ。

がたがたがたと、あたしの体が震える。
震えが、とまらない。

恐怖と怒りが、あたしの体を蝕んでいく。
何かが、弾ける感じがした。

気がつくと、真っ暗になっていた筈の全周スクリーンが、周囲の状況を映していた。
初号機も立ちあがっているようだ。

何故?
動ける筈がない初号機が、動いている。

”S2機関”
ふと、その言葉が脳裏に閃く。
そして一瞬だけ、その光景が見えた。
第14使徒と思われる使徒の上に馬乗りになり、その腹部を貪り喰ったという記憶。
このときあたしは、プラグ深度が許容値を超え、気を失っていた筈なのに。

どうでもいい、そんなことは。
それよりも、マリだ。
マリは、どうしている?

あたしは、3号機の方に視線を転じた。

3号機は…3号機であったものは、その首がなかった。
うつ伏せにされ、それを3機のトライデントが取り囲んでいる。
背中の装甲版が剥がされ、トライデントのうちの一機がエントリープラグに手をかけようとしていた。

「や! やめ…。」
あたしは、息を呑み、続いて何かを口走ろうとした。

「やめろおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」

世界が暗転していた。




「うっ! くくくっ…。」
発令所で、ラングレーが呻いていた。
みずからの椅子に腰かけたまま、胸を抑えて俯いている。

「どうした、ラングレー?」
冬月が訝しげに訊ねた。

二人は電源ビルが破壊され、エヴァが次々と活動限界に達しても眉ひとつ動かさなかった。
まるでそれが、予想の範囲内であったかのように。
それが、初号機が再起動したところで、初めて動きを見せたのだった。

ラングレーは上着の内側から何かを取り出すと、パネルの上に置いた。

透明なカプセルがみずから光を発し、それが点滅していた。
熱まで帯びているように見える。

「”ネブカドネザルの鍵”か?」
「ああ。」

「ばかな! まだエヴァシリーズも完成していないのだぞ。 それに、ロンギヌスの槍も返ってきていない。
 早すぎるのではないか?」
「リリスは、そう考えていないのだろう。」

「人の生き血を吸い、地獄の扉を開き、そして人の願いを叶える”ネブカドネザルの鍵”か…。」
「加持リョウジの置土産だ。彼の遺志に応えたのかも知れぬな。」

「我らの役目も、これで終わるか。」

「すんなりと退場はさせてもらえぬかも知れぬがな。だが、その幕引きだけは務めなければなるまい。」
そう言うとラングレーはカプセルの上に手を置き、目を閉じた。




「もう、いやだ!」
シンジは、弐号機の複座プラグのシートに座ったまま、頭を抱えたまま首を振っていた。

「もういやだ、もう見たくない! 聞きたくない!
 ひとがこれ以上、殺されるのは。」

「碇君、しっかりして。」
レイは思わず後部シートから立ち上がり、シンジの肩に手をかける。

「あなたたちが同調して世界を拒絶すれば、何が起きるか分からないわ。」

「もう、いいよ。 何度やりなおしても、どうせ変わらないんだ!
 同じ苦しみを繰り返し感じるくらいなら、こんな世界なんかなくなってしまった方がいい!」

レイはそれを否定しようとしたが、かける言葉がなかった。
今のシンジにとっては、たしかにそれが真実であったのだから。



「やめろおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
アスカが吠える。

「もう、いやだ!」
シンジが泣き叫ぶ。

そして、ラングレーが目を閉じて”ネブカドネザルの鍵”の上にその手を置く。

その3つが同時に揃ったとき、それは起きた。

第3新東京の上空に突如として、水面に墨汁を投じたかの様に、黒雲が発生していた。

稲光が、走る。
二度、三度。
黒雲の中で、帯電した光の糸が、生き物の様に蠢いている。

光の糸は、戦自の3機のトライデントにも、VTOL群にもまとわりついていた。
落雷の直撃を受けたわけでもないのに。
その証拠に、彼らにまとわりつく光の糸が時とともに増えていく。
蠢きながら光の糸は、繭の様に彼らを包みこんでいく。

ばちんっ!
破裂のような、短絡のような音とともに彼らは消えた。

「し、信じられません!」
発令所では、マヤがそう叫んでいたが、状況を報告する二の句を継げないでいた。
突如として、眼前の敵が全ていなくなってしまったのだから。

「始まったな。」
「ああ。」
そう言う冬月とラングレーにも、いつの間にか放電する光の糸が絡みついている。

「そ、そんな! わたしたちまで…。」
愕然とするマヤを始めとするオペレータたち、いや、ネルフのスタッフ全員が光の糸に囚われている。

「わたしたちも、消失するというの?」
ミサトがつぶやく。

「まるで、最後の審判を受けるように…。」
リツコがつぶやく。

「リリス、わたしは…。」
ラングレーが何か言いかけるが、

ばちんっ!
音とともに、本部施設内はだれもいなくなった。




エヴァも、例外ではなかった。

虚空を見上げて立ちつくす初号機も。
動けぬまま蹲ったり横たわったりしている零号機、弐号機、3号機も。

それぞれが、上空の黒雲に呼応するように、光の糸に覆われている。

「これがリリス、あなたの望みなのか…。」
「違う。違うわ! 少なくとも碇君は、こんなこと願ってはいない!」

カヲルとレイの言葉を最後に、
ばちんっ!
第3新東京から、4体のエヴァンゲリオンの姿が消えた。




「おい、何か第3新東京で、おかしなことが起きているらしいぞ。」
戦自のとある駐屯地で、後詰の突入部隊として出撃準備をしている将兵たちの間でそんな言葉が交わさ
れていた。

「おかしなことって…。おまえこそ、その体、どうしたんだ?」
「な、なんだよこれ? 取ってくれよ! 頼む、助けてくれ!」
「わ! く、くるな! あ、あれ? おれも…。」

ばちんっ!
第3新東京に向けて出動しようとしていた将兵たちにも、同じことが起きていた。




同様のことが、各国のネルフ支部にも。
そして、それはゼーレの老人たちにとっても、例外ではなかった。

「ラングレー、何を企んでいる?
 エヴァシリーズも完成せず、ロンギヌスの槍も失われたままで、おまえに何ができる? 
 どちらが主導権を握るにしろ、補完はおまえの”希望”ではなかったのか。」

暗闇の中で、キール・ローレンツは蠢く光に絡めとられていた。
それは、委員会の他のメンバーも同様であった。

「これが、おまえの切り札か? 
 だが、これでは補完計画は発動しない。
 おまえが目指すものは、”滅び”でしかないのか?
 ラングレー!!」

ばちんっ!
キールを始めとする委員会のメンバーの姿は一斉に消え、後には真の暗闇が残った。
                     − つづく −