ダブル チェンジ 第20話
- 消 失 -
「制御できない? そんな馬鹿な!!」
時田は、呆然としていた。
日本重化学工業共同体の誇る、遠隔操縦方式使徒迎撃用二足歩行型ロボット兵器「ジェット・アローン」
(通称JA)が、その完成記念式典でのデモンストレーションのさなか、コントロール不能に陥っていたの
だった。
「いい気味だわ。」
ミサトは嘲笑する。
事前のプレゼンテーションの中で、ライバル機であるエヴァのことをさんざんこきおろされていたのだ。
だが、リツコは言う。
「笑いごとじゃないわ、ミサト。このまま制御不能が続けば、そのうち炉心融解を起こすわ!」
「炉心融解…。まさか!」
「そう、周囲一帯の核汚染だけじゃないわ。文字どおり、チャイナ・シンドロームが起きるわよ。」
「そ、それは不味いわね。緊急停止をさせないと!」
ミサトは、時田に詰め寄って言った。
「ちょっと、何やってるのよ。早く緊急停止させなさい!」
「わ、わたしには、その権限はない。」
「そんなこと、言ってる場合じゃないでしょう?
止めなさい、早く!! プログラム消去のパスワードくらいあるでしょう!」
「わ、わかった。」
対応が遅れたことを後で責められるよりはましと考え、時田は非常停止のパスを専用端末で打ち込む。
『K、I、B、O、U…KIBOU』
ディスプレイ上でそれは、”希望”と変換された。
だが…。
事態は時田にとって、”絶望”に変わった。
「何故だ? 何故、停止しない!!」
「どうしたのよ!」
「緊急停止のパスが…何者かに、書き換えられている。」
「なんですって。」
「わたしには…もう、わたしには、どうしようもない。」
「ちっ!」
ミサトは、時田を見限った。
「これだから、修羅場を経験していないエリートは使えないのよ!」
その点では、あたしもミサトに同意見だった。
「アスカ。」
ミサトは、あたしに振り向いて言った。
「初号機を出すわよ、準備して。」
「なによ、JAとの模擬戦はしないと言いながら、結局エヴァを持ってきてるのじゃない!」
「まあ、万一に備えてよ。まさか、こんな形で使うことになるとは思わなかったけど。」
「わかったわ。」
プラグスーツに着替えると、出迎えの車が来ていた。
ミサトたちと一緒に街外れのある広場まで行く。
そこは、JAの進行方向にあたるということだった。
車から降りてほどなくすると、巨大な輸送機がこちらに向かってくるのが見えた。
T字型のプレートに磔のような形で固定された初号機が、ワイヤーで吊り下げられているのが見える。
輸送機は広場の上空で停止すると、垂直に降下を始めた。
同時にワイヤーが伸びて、初号機が下された。
初号機に乗り込み、JAの接近を待つ。
JAが迎撃可能位置まで接近してくるまでの間に、あたしはミサトに作戦内容を訊いた。
ミサトは言う。
「まずは、JAの前進を止めること。
JAの進行方向には密度は低いとはいえ、いくつかの街があるわ。
第一に、JAを止めないことには、その前進とともに施設の破壊が繰り返されることになる。
第二に、リツコが言っていたように、リアクターの冷却が限界を迎えると炉心融解が起きる。
そうなると、施設の破壊どころでは済まないわ。
だから、そうなる前に必ずJAを止め、専門スタッフがそのリアクターをどうにか対処できるようにし
なくてはならないの。」
「…あまり聞きたくないけど、炉心融解とか、さっき言ってた”チャイナ・シンドロームって何なのよ。」
「核反応炉が融け落ちて、ひとことで言えば”大規模な核汚染”が起きることになるわ。」
ごくり、とあたしは唾を飲み込んだ。
「わかったわ、何とかやってみる。物理的な衝撃を与えて、あいつを転ばせたらいいのね。」
「そういうことよ。」
しばらくすると、あのJAがこちらに向かってくるのが見えるようになった。
JAだけでなく、数機のVTOLも引き連れている。
おそらく、米軍の出動も要請されたのだろう。
その米軍のVTOLだが、JAには全く歯が立たない様子だった。
至近距離でのバルカン砲も、ミサイルも、JAには全然通用していない。
「さすがに、エヴァに代わって使徒を斃そうというだけのことはあるわね。」
あたしは、つぶやいた。
「軍の攻撃が通用する様なら、使徒より弱いってことになるものね。」
「無駄口を叩いてないで! アスカ、初号機起動よ。」
「オーケイ、5分で片をつけるわ。」
あたしはエヴァを起動させ、JAに向かって疾走する。
JAに炉心融解のタイムリミットがある以前に、こちらには活動限界のタイムリミットがあるのだ。
なにせ、ここはアメリカ。初号機用の電源車などある筈もなく、内部電源だけが頼りだから。
ミサトは、うまく米軍とかけあってくれたようだ。
JAに蠅のようにたかっていた数機のVTOLは撤退していく。
あたしはJAとの距離を詰めると、てっとり早く”とび蹴り”をかませた。
信じられないことが起きた。
JAは、びくともしなかった。
予想以上にJAは重かった。
いや、問題はそれだけではなく、初号機は接触後に弾き飛ばされたのだ。
ゴムの様な弾性があったわけではない。
だけど、明らかに金属と金属がぶつかった以上の反発があった。
「なに、これ?」
そう思ったが、躊躇している時間はない。
あたしはすぐに初号機を起きあがらせると、JAに組み付こうとして、再び弾き飛ばされた。
何か、JAの体表に”場”のようなものがある。
あたしは、そのことに気付いた。
こいつが、米軍の攻撃をことごとく受けつけなかったのだ。
あれだけ着弾していながら、JAに傷ひとつないことがそれを裏付けていた。
「どういうことよ、これは? ミサト!」
「”PS装甲”よ、アスカ。」
ミサトのかわりに、リツコから通信があった。
「今、時田に確認したわ。
あらゆる物理攻撃から身を守る、電磁的なフィールドでJAは覆われているのよ。
それが実用化できたから、時田たちは使徒への対抗手段としてJAを世に出したそうよ。」
「ばかな! それだけじゃ勝てっこないのに。」
「そう、A.T.フィールドを中和できない限り、使徒には勝てない。
それでも、負けることもないと彼等は考えたのよ。
アスカ、活動限界までもう時間がないわ。
JAを止めることができないのであれば、進路だけでも変えられない?」
「わかった、やってみるわ。どちらへ向ければいいの?」
「とりあえず、西よ。アスカ。」
今度は、ミサトから答えがあった。
「そちらの方向に、五大湖がある。とりあえず、JAをそこに沈めるのよ。
湖底の汚泥が、JAの進行速度を奪う。
うまくいけば、その自重でJAは身動きがとれなくなるかも知れない。」
「炉心融解の問題はどうなるのよ?」
「少なくとも、遅らせることはできるわ。無尽蔵の水が、JAを冷却することになるから。」
「さすがは、ミサト。冴えてるじゃない!」
初号機は、あらためてJAに向き直った。
その進行方向の斜め前の位置から、A.T.フィールドを展開させてJAにぶつける。
浅間山の溶岩の中にいた奴や、蜘蛛の様な奴にぶつけた、”あれ”だ。
バチンッと音がして、JAが初めて少したじろいだ。
JAのフィールドとA.T.フィールドが弾き合い、JAの進路を少しだけ変えることができた。
「やってやれないことはない、だけど…。」
あと、どれだけこれを繰り返さないといけないのだろう。
二度、三度とあたしは…初号機は腕を振り、展開させたA.T.フィールドをJAにぶつける。
そのたびにフィールドどうしが弾け合い、JAはわずかに向きを変える。
「西を向かせるのって、結構大変じゃない!」
あたしは、荒い息を吐いてつぶやいた。
もともと、A.T.フィールドは無意識下で発生するものだ。
A.T.フィールドを故意に発生させるには、それなりの精神の集中が必要だ。
そうそう、連発できるものではない。
「このっ! このっ!」
繰り返し、腕をふる初号機。
その度に、フィールドに弾かれたJAはわずかに向きを変える。
「言うこと、聞きなさいよ!」
あたしは、気が遠くなりそうになる。
「聞けぇぇぇぇっ!」
叫びながら、A.T.フィールドを放ったときだった。
『エヴァ初号機、活動限界です。』
電子的な、メッセージ音が聞こえた。
(間に合わない…だめか!)
そう思いながら、あたしは意識を失った。
気がついたとき、あたしは何処かの部屋のソファの上に寝かされていた。
起きあがると、傍らにミサトがいた。
「気がついた?」
「JAは? JAはどうなったのよ。」
「現在は、北西に向かって進行中よ。」
「どうなるの?」
「このまま行くと、カナダとの国境を超えるわね。」
「そ、それって拙いんじゃない? 国際問題になるんじゃないの。」
「そうね…。」
「ごめん、あたしに力がなかったばかりに。」
「アスカのせいじゃないわ。アスカは、本当によくやってくれたと思うもの。
それに、今回の暴走と緊急停止パスの変更は、だれかに仕組まれたものだと思うし。」
「仕組まれた? だれに?」
「わからないわ。ただ…。」
ミサトが何か言いかけたところへ、リツコが部屋に入ってきて言った。
「炉心融解の推定時刻が出たわ、ミサト。」
そして、あたしの方を見て言った。
「あら、アスカ。気がついたの?」
「いつなの? やっぱり、カナダに入ってから?」
ミサトの問いに、リツコはかぶりをふった。
「もっと早いわ。明日の正午前よ。
テスト運転ということで、十分な冷却液が搭載されていなかったのよ。
…ある意味、わたしたちにとっては、最悪の事態ね。」
「どういうこと? アメリカ国内ならば、まだ…。」
「ちょうどその頃、ネルフの第2支部のすぐ近くを通るのよ。」
「なんですって!」
その後、ミサトは二つの行動をとった。
まず、JAの接近と炉心融解の危険性を第2支部の支部長に知らせ、半径100キロの住人ともども至急
避難するよう、強く要請した。
支部長は付近住人の避難には同意したが、第2支部の一部のスタッフの退去には難色を示した。
現在、実施中の重用な実験があり、おいそれと中断するわけにはいかないのだと言う。
「そんなこと、言ってる場合じゃないでしょう!」
ミサトは声を荒げた。
このままでは間違いなく第2支部付近一帯は核汚染にさらされ、生存者は皆無となる筈だ。
”死ぬとわかっていて部下を現地に残すバカは、組織のトップに居座るべきではない”
そこまで言って、
「わかった…。善処しよう。」
そういう回答を引き出した。
実際のところは、実験を続けるための最低限の人員は現地に残ることになったようだ。
十名前後の優秀なスタッフは、殉職することになるのだろう。
まったく、極秘実験か何だか知らないけど、命より重要なものがあるなんて、信じられない。
それでもそのほかの数千人の職員は、難を逃れることになり、それだけでも成果と言えるだろう。
次にミサトがとった手は、アメリカ第1支部に掛け合い、エヴァ3号機を借り出そうとしたことだった。
やはり、JAをどうにかできるのは、エヴァしかない。
それも、電源を確保できるエヴァでなければならない。
だが、今からではタイムリミットまでに日本からそれを調達することは不可能だ。
だから、現地調達できるエヴァとして、3号機を選んだのだ。
初号機と同じように、あたしが3号機を扱えるかどうかはわからない。
扱えたところで、A.T.フィールドを放てるかどうかもわからない。
でも、今からでも、JAを湖底に沈める様に再度試みるなら、3号機を使うしかないのだった。
だが、そちらの交渉は失敗に終わった。
第1支部は、3号機の貸与を拒んだのだ。
「まったく、どいつもこいつも、事の重大性が分かってないんだから!」
電話を切ると、ミサトは吐き捨てる様に言った。
できるかどうかも分からない案件で、虎の子の3号機は出せないというのだ。
「陽電子砲を提供してくれた戦自の方が、よっぽど話がわかるわ。」
ミサトが愚痴ると、
「どうかしらね。
エヴァを4機も独占しているネルフ本部に、よっぽど不信感を抱いているのかも知れないわ。」
そうリツコは応じた。
「それとも、自分たちの手で、なんとかできるとでも思っているのかしら。」
実際、その後で米軍からは戦車部隊やらなんやらが幾度となく出動した。
それでも、何ら成果をあげることはできず、JAの前進は止められなかった。
脚部を狙った砲撃もJAには通用しなかったのだ。
事態は進展しないまま、翌朝を迎えた。
そして、リツコが予想した炉心融解の2時間前に、それは起こった。
その日は、今にも雨が降りそうなほどに雲が厚く、薄暗い日だった。
だが、まだ朝であると言える時間に、凄まじく紅い光が第2支部のある方向で発生した。
光に押される様にして、そちらの方面の雲が吹き飛んでいた。
(まさか、予定より早く炉心融解が起きたの?)
そう思った。
雲が吹き飛んだのは、炉心融解に伴う水蒸気爆発かと思った。
そうではなかった。
「消失ですって!」
第一報がミサトの携帯に入ったのは、ネルフ本部からだった。
リツコのノートパソコンにも、衛星写真が転送されてきていた。
アメリカ第2支部が、突如として消失してしまった、ということだった。
「爆発ではなく、消失? 確かなのでしょうね!」
ミサトはかかってきた携帯に念を押していた。
「間違いなさそうね…。」
リツコは画像を確認した上でそう言った。
第2支部を中心に、半径89キロのクレーターができていた。
その中にあったものは、まさに”跡形もなく”消滅しているとのことだった。
支部長を中心とする、極秘実験を行っていた十名前後のスタッフの人命が失われた。
不幸中の幸いは、JA接近に伴い避難していた数千の人命は救われたということだ。
そして当のJAも、炉心融解が起きる前にその89キロの領域に入っていたため、いっしょに消滅して
しまったということだった。
このまま、ここにいても何もいいことはない。
今後の対応を急いで協議しなければならないし、下手をするとあたしたちがこの件に関与していると
疑われる可能性がある。
あたしたちは、とり急ぎ帰国することになった。
ウラでは何やらキナ臭いことがあったようだが、何とか無事にアメリカを出ることができた。
たぶん、剣崎とかいうミサトたちの知合いがなんとかしてくれたのじゃないかと思う。
”パイロットには関係ない世界”の住人らしいから、余計な詮索はしなかったのだけど。
ミサトからは、真相が判明するまでは余計なことは言わないように言われた。
あたしは”約束する”と言い、次の日から学校へ行ってもいいことになった。
たしかに今回、大人たちのいろいろ汚いところを見せてもらった。
あたしたちがエヴァで人類を守るために戦っているウラで、いろいろな勢力争いがある様だ。
でも、人類が存続してこその主導権争いである筈だし、あたしは馬鹿馬鹿しくて仕方がなかった。
第2支部の消失も、たぶんヤバイ実験をしていて失敗したのだろうと思う。
そんな危険を冒してでも、やるだけの価値があったのだろうか。
あたしは、本当にこの世界は守るだけの値打があるのかと、ちょっとブルーな気分になった。
だが、そんな気分も、学校に出てみると吹き飛んでしまった。
「アスカ、大変だったね。」
と、みんな言ってくれた。
JAの暴走もあたしがそれを止めようとしたことも、そのJAが第2支部ごと消滅したことも、ニュース
でみんな知っていた。
そう、ウラ事情はともかく、表面的なことは正しく伝わっているようだった。
だからみんな、あたしの無事を喜んでくれた。
やっぱりあたしは、この世界を守るために、自分のやれることをあたしなりにやっていこうと思う。
− つづく −