ダブル チェンジ 第19話

- 暴 走 -


数日ぶりの学校。
ついこの前も、そんなことを感じていた様な気がする。

実際に、そうだった。

衛星軌道から落下する使徒を受け止めたときに負った怪我のせいで、数日間入院した。
退院した翌日に登校したときに、そう思ったのだった。

だけど、その翌日からまた数日にわたって、”複座プラグ”の起動実験のためにあたしたちはネルフに通う
ことになり、また学校を休むことになった。
起動実験がやっと終わって、普通に学校へ行けるようになったその朝、また使徒が現れたのだった。
そして使徒と戦い、その内部に取り込まれ、なんとか勝利を収めて帰還し、翌日に本部に出頭して何があ
ったかを報告し…ようやく今日、平穏に学校に来ることができたのだった。

途中、一日だけ登校したものの、あたしはかれこれ半月ほど学校を休んでいることになる。
どれだけ、授業に遅れていることやら。

暗澹たる気持ちで席についたところへ、ヒカリがノートを持ってきてくれた。
「はい、アスカ。」

「何、これは?」
「今まで休んでいたときの、ノートよ。」

「え? あたしのために、わざわざノートを作ってくれていたの?」
「だって、授業に付いていけなくなったら大変でしょ。」

「それは、そうだけど。あ…ありがとう。」

ヒカリはあたしのために、自分の分以外のノートまで作っていてくれたのだ。
以前にも写させてもらったことがあるが、ヒカリのとったノートはとてもわかりやすく、助かる。




そして、昼休みになった。

いつもの様に、シンジがあたしに弁当を渡しに来てくれた。
「はい、アスカ。」
「ありがとう。」
シンジはそのまま、レイの机に向かう。
レイにも弁当を渡すためだ。

あたしは、いっしょにお昼を食べるはずのヒカリの姿が見えないので、周囲を見廻した。
いた!
鈴原に、弁当を渡しているヒカリの姿が見えた。
鈴原は照れくさそうにそれを受け取っている。

(そうなんだ。
 以前は迷っていたみたいだったけど、ヒカリもやっと、自分の気持ちに素直になることができたんだ。)
思わず、笑みが浮かんでしまう。

そう、こんな世の中だから、明日は何が起きるかわからない。
せめて、最後の瞬間には”悔いのない人生を生きた”と思える様にしたい。
ヒカリも、今を”精一杯”に生きている。幸せなんだろうと思う。
これが束の間の幸せにならない様、あたしはこの世界を守りたいとあらためて思った。

「よかったわね、ヒカリ。」
ヒカリが自分の弁当を持って、あたしの席の前に来た時、そう声をかけた。

「え?」
「鈴原と、うまく行っているようね。」

「ええ、まあ。」
ヒカリは、顔を赤くして頷いた。
「ありがとう、アスカのアドバイスのおかげよ。」

「あたしは、大したこと言ってないわ。ともかく、今のヒカリの気持ちと思い出を、大切にしてね。」

「アスカは、どうなの?」
「え?」

「碇君か、渚君か、どちらかに決めたの?」
「どちらかって…。」

「好きなんでしょ? 二人とも。」
「ちょ、ちょっと。何言ってるのよ! シンジは関係ないわよ。」

「そうなんだ…。碇君には、綾波さんがいるものね。やっぱり、渚君だったのね。」
「じょ、冗談じゃないわよ! だれが、あんな奴に…。」

「碇君のときとは、否定のしかたが違うわよ、アスカ。」
「う…。」

なるべく考えないようにしていたけど、ヒカリにはお見通しのようだ。

最初のユニゾンの訓練の頃から、シンジに少しだけ好意を抱いたことはあった。
弁当を作ってあげようと思ったことも事実だ。
でもそれは、弱虫のくせに努力家である、あいつをあたしが認めているからだと思う。

でも、カヲルは違う。
何かしらまだ、得体の知れないところがあるというか、危険な香りがする。
そのくせ、妙なところでやさしい。
”好きだ”とまで、はっきり言われたわけではないが、あたしへの好意は隠そうとしない。
そういうところに、あたしは惹かれてしまっている。

今さらながら、そのことに気付いた。

カヲルとは、キスも二回している。
最初は、カヲルの方から。
ついこないだは、あたしの方から求めてしまった。

ふだんは、次の使徒とどう戦うかを、なるべく考えるようにしているというのに。
何かの拍子で、ふっとカヲルにすべてを任せてしまおうとしているみたいだ。

これでは、だめだ。
こんなことで、戦闘に差し障りがあってはいけない。
増長しているわけではないが、あたしは人類の未来のために”選ばれた戦士”なんだから。




ふと、シンジとレイのことが気になった。

シンジは、前回の使徒戦であんな未来を見せられて、うわべはともかく、内心はひどく落ち込んでいるの
ではないだろうか。
”未来”というと、少し違うかも知れないが。
自分の父がネルフの司令であった世界では、その父はリツコを愛人とした後で恨みを買い、心中をしか
けられたところを返り討ちにしていたのだ。
この世界でのできごとではないが、そうだと言ってすぐに割り切れるものではないだろう。
あたしには、それを慰める言葉も資格もないが、レイはうまくやってくれているのだろうか。

レイの席で弁当を渡したあと、シンジがレイと話しているのが見えた。

「もう二度と、親しい人が命を落とすところを見たくないんだ。」
そうシンジが言っているのが聞こえた。

シンジの記憶の中では、これから先の使徒戦で次々と戦列を去る仲間がいたという話を先日聞いた。
たぶん、そのことを言っているのじゃないかと思った。

「いや、親しい人でなくても、人が簡単に死んでしまうような世界は、もういやなんだ。」

そう。そうよね、あたしもそう思う。
レイは何も言わなかったが、真剣な顔をしてシンジの言葉に頷いていた。




レイは口数は多くはないが、シンジのよき相談相手となっているようだ。
あたしだったら、余計なことまで喋ってしまい、かえってシンジに気を使わせてしまうかも知れない。
やはり、この二人は波長が合うようだ。

シンジのことは、レイにまかせておくことにしよう。
さしあたってのあたしの問題は、ここしばらくの勉強の遅れをどうやって取り戻すかだ。

と、思っていたら翌日、ミサトに言われた。

「アスカ。悪いけど明後日から、いっしょにアメリカに行ってもらうことになったわ。」
「え? なんで?」

「なんでも、エヴァに匹敵する対使徒戦用の兵器の完成披露式典が、そこであるらしいのよ。」
「それになんで、このあたしが関係あるのよ。」

「そのライバルであるエヴァの関係者が、招待されているのよ。
 開発責任者のリツコと、運用責任者のわたしと、パイロット代表としてのアスカが。」

「えーっ、またあたし、学校を休むことになるのぉ?」
「まあ、まあ。休むと言ったって、2、3日のことだから。」

結局、あたしの学業は、また遅れることになってしまった。




翌日、学校でそのことをみんなに話すと、驚かれたり羨ましがられたりした。

「ちぇっ、いいなぁ。おれが行きたかったよ。 惣流、せめて写真くらい撮ってきてくれよ。」
そう言ったのは、相田だ。

「写真は撮れるかどうか分かんないけど、パンフか何かもらったら、それをあげるわよ。」
「頼むよ! 絶対だよ。」

鈴原は、こう言った。
「惣流、日本の恥をさらすんやないで。」
「あんたと一緒にしないでよ!」

他にも、いろんな人からいろんなことを言われたが、最後にレイがこう言った。
「気をつけてね。」

「え? ええまあ、治安の悪いところには行かないから、大丈夫よ。」 

「そうじゃなくて、そろそろ何か起きるような気がするから。」
「使徒が来るっていうの?」

「そういうわけじゃないけど、なんとなく…。」
「なんとなくって?」

「たぶん、大丈夫だと思うけど。」
「何か予感がするってことね。わかったわ、気を抜かないようにするから」

そして次の日、あたしはミサト、リツコとともにアメリカに向けて出発した。




アメリカの現在の首都、ニューワシントン。

そこで、日本重化学工業共同体主催による、「ジェット・アローン」(JA)の完成披露式典が、開催されよ
うとしていた。

当初の予定より、半年以上遅れているという。
最初は、日本の旧東京再開発臨海部で行われる予定だったらしい。
それが開催直前になって起動プログラムにバグが見つかり、何度か手直しを経ているうちに日本での発
表の機会を失い、アメリカで仕切り直しを行うことになったというわけだ。

ちなみにJAとは、エヴァに対抗するために建造された、遠隔操縦方式の二足歩行型のロボット兵器らし
い。戦自でも似たようなものを開発しているが、こちらはパイロットが乗るタイプだ。
JAが遠隔操縦なのは、ネルフや戦自と違い、民間での開発であるがために自由意思でパイロットに応募
する者がいなかったためらしい。なにせ、コクピットに相当する制御室のすぐ近くにリアクター、つまり核エ
ンジンがあるのだから。また、使徒を眼前にして戦う勇気のある者もいなかったということだ。

結局、いろいろと問題を内包しているJAだったが、利権を得るため、ひいては開発費用を回収するため
に、ともかく世に出してスポンサーを見つけなければならないということで、アメリカでの発表に漕ぎつけ
たというところだった。

そして、何を思ったのか、その完成披露式典にリツコとミサト、そしてあたしが招待されたのだった。
実のところ、あたしがJAについて得たこの知識は、そのリツコとミサトから聞き出したものだ。

「なんで、このあたしが、アメリカくんだりまで来なきゃいけないのかしらね。」
小型ジェットの中で、あたしはあらためて文句をたれていた。

「あら、でもアスカのお父さんであるラングレー司令は、アメリカ出身じゃなかったっけ?
 アスカもアメリカは初めてじゃないんでしょ?」
ミサトはそう言った。

「ろくでもない思い出しかないわ!
 話を戻すけど、なんでパイロットの代表としてあたしが呼ばれたのよ?」

「おそらく、比較対象のためでしょうね。」
今度はリツコが答える。

「比較? 何の?」

「冷静な分析と判断のもとで遠隔操縦されるJAに対して、わたしたちのエヴァは、”この様な”精神的に
 不安定な少年少女が直接乗り込んで操縦している、危険きわまりないものであるということを、招待者
 たちにアピールするためよ。」

「冗談じゃないわ!」

「ほら、そういうすぐ熱くなるところよ。」

「むうぅぅぅぅ…。」

「そしてあわよくば、JAとエヴァとの模擬戦をしかけ、勝ってみせようと思っているふしがあるわ。
 そのためには、パイロットも招待しておく必要があるということね。」

「面白い。やってやろうじゃないの!」

「残念ね。そんなことのためにエヴァを持ち出すほど、ネルフは暇じゃないわ。」

「ほんと、残念だわ。それでは、あたしは物笑いの種になりに行くだけじゃない。」

「相手の手に乗るというのも、悪くないわよ。」

「勝算があるの?」

「別に。わたしたちには机上の空論ではなく、実績があるのだから、それでいいじゃない。
 焦る必要はないし、ついでに近くにある第2支部を視察に行けばいいわ。」

「ま、そういうこと。でーんと、構えていればいいのよ。」
最後にミサトが気楽にそう言って、その話は終わりになった。




現地に着いてから、すぐにミサトは第2支部の責任者…たぶん支部長に、携帯で連絡をとっていた。
JAの完成披露式典が終了しだい、そちらに視察に行きたいので、手配を頼むという内容だった。

ところが、二言、三言話しているうちに、ミサトの顔色が変わった。

「なんですって。どういうことですか?」
思わず、声を荒げそうになっていた。

「…本部の人間にも、見せられないというのですか?」
さらに、そうも言った。

「…どこからの指示なのかも、教えてはいただけないのですね。
 わかりました。それでは、その様に報告しておきます!」
そう言って、ミサトは電話を切った。

「どうしたの?」
リツコが尋ねる。

「どうしたもこうしたもないわ!
 ここ一週間は、極秘実験があるから、視察の受け入れはできないって言うのよ!」

「関係者のわたしたちでも?」

「そうなのよ! 何処からの命令かも言えないっていうのよ。」

「”本部”よりも上位の組織からの命令、ということね。
 ゼーレか、国連そのものか、あるいは…。」

「あるいは?」

「あるいは、アメリカ政府か。」

「馬鹿な!」

「エヴァの建造権を強硬に主張していたのだもの、あり得ない話ではないわ。」

「そういうことか…。剣崎君の出番かも知れないわね。」

「彼なら、もう動いているかも知れないわ。」

「だれ、それ?」
あたしが口をはさむと、

「アスカは知らなくていいの。パイロットには関係ない世界だから。」
「あ、そう。」

軽くいなされてしまった。

”第2支部は見学できなくなった”
それだけが、事実だった。




大人たちの世界は、わけがわからないことが多い。
JAの完成披露式典にしてからが、そうだった。

あたしたちの席の丸テーブルは、出席者が三人しかいない。
それなのに、十人単位の他の招待客と同等に大きい。
飲み物としては、ビールしか用意されていない。これは、あたしへの嫌がらせか?
そしてそのビール瓶とコップは、この席だけテーブルの中央に集められている。
大人の女性が、思いっきり手を伸ばしても、届かない位置だ。
これは、リツコとミサトへの嫌がらせに違いない。

式典は、お偉いさんの挨拶のあとは、時田という主任技術者からのプレゼンテーションで進められた。
その内容は、すでにそのほとんどがリツコから聞いたことばかりであり、退屈なものだった。

「後ほど、実機をご覧いただきますが、ご質問がありましたら、この場にてどうぞ。」
ひととおりの説明のあと、時田がそう言うと、

「はい。」
と言ってリツコが手を挙げた。

「これは、高名な赤木リツコ博士。おいでいただき、光栄です。して、ご質問の内容は?」

「資料にはリアクター内蔵とありますが、接近戦を中心とする、使徒との戦闘では危険すぎませんか?」

「まあこれが本機の大きな特徴の一つでありまして、連続150時間の作戦行動を可能にしております。
 5分も動けない決戦兵器よりは、役に立つと思いますよ。」

「遠隔操作では、その追従性に問題があると思います。通信時間によるタイムラグや常に変化する戦闘
 状況についてこれない懸念がありますが、この点についてはどの様にお考えですか?」

「常に精神汚染の危険を伴うパイロットに委ねるよりは、ましだと思いますよ。
 あげくの果て、暴走を繰り返し、多大な被害を発生させることになる…。
 制御できない兵器など、ヒステリーを起こした女性と同じですよ。手に負えません。」

周囲から、失笑が漏れた。

「そう言えば、そちらに見えるお嬢さんは、某決戦兵器のパイロットではありませんか?
 年端もいかない子供に人類の存続を委ねるなど、いくら志願者がいないからと言って、非道すぎません
 か?」

そしてとうとう、その矛先はあたしに向けられた。

「おそらく厳選された優秀なパイロットなのでしょうが、子供は、子供に過ぎません。
 機会をいただければ、分別ある複数の大人の冷静な判断のもとで操作されるジェットアローンがいかに
 合理的で安全なものであるか、模擬戦をさせていただくことで証明できるのですが、いかがですか?」

これに対しては、ミサトがリツコに代わって毅然とした態度で答えた。

「その様なお遊びに、私どもの貴重なパイロットを参加させるわけには行きません。
 それに使徒は、エヴァンゲリオンでないと斃せないことは、これまでの数々の実績で証明されているこ
 とだと思います。」

「A.T.フィールドの存在ですか? しかし、それも時間の問題です。
 すでに我々はその解析を初めており、間もなくその対策も完成する予定です。
 この点に関しては毎回被害を出しながらも貴重なデータを採取する時間を提供いただいた、あなた方
 に感謝しなければいけませんね。」

「くっ…。」
ミサトは、両こぶしを握り締めてそれに耐えた。

「では、そろそろ時間です。会場をコントロール・ルームの隣に設置しました巨大スクリーン付きの仮設
 展望室に移したいと思います。係員に誘導させますので、移動のほどよろしくお願いします。」




そして、あたしたちは見た。

JAと称する、珍妙な二足歩行のロボットを。
まるで、半世紀前のブリキの玩具の様なデザインだった。

珍妙な外観だけなら、たちの悪い冗談で済んだのだが、いきなり暴走を始めた。
歓声を受けて歩き始めたのだが、進路変更も停止も受け付けず、会場施設を破壊しながら前進を続けた。

「制御できない? そんな馬鹿な!!」
時田は、呆然としていた。

「いい気味だわ。」
ミサトは、溜飲が下がった様だったが、リツコは違った。

「笑いごとじゃないわ、ミサト。このまま制御不能が続けば、そのうち炉心融解を起こすわ!」
「炉心融解…。まさか!」

「そう、周囲一帯の核汚染だけじゃないわ。文字どおり、チャイナ・シンドロームが起きるわよ。」
「そ、それは不味いわね。緊急停止をさせないと!」
                     − つづく −