ダブル チェンジ 第14話
- 天 命 -
「どうして、レイの歓迎会が”遊園地”なのよ!」
あたしは、カヲルにそう文句を言った。
「え? いけなかったのかい?」
カヲルが、意外そうに言う。
シンジを交えた三人で、あらためてレイの歓迎会をすることになっていたのだった。
しかし、カヲルにそのプランニングを任せたのが間違いだった。
日曜日に、指定された集合場所に行くと、連れてこられたのがこの遊園地だというわけだ。
えらく早い時間から集合がかかるものだと思ったが、サプライズを期待して詮索しないでおいたら、
こういうことになってしまっていた。
「ぼくは、こういうのもいいと思うよ。」
シンジが、カヲルを庇ってそんなことを言う。
「あんた、ばか? レイの性格を知らないから、そんなことを言うのよ。
こういう子は、騒がしいことは苦手なのよ。」
「宴会だったらいいというの? それだって、けっこう騒がしいと思うけどな。」
「むうぅ…。」
あたしは、反論できなかった。
「わたしは、むしろこの方がいい。」
それまで、黙っていたレイが口を開いた。
「自分のペースで、行動できるもの。ありがとう、渚君。」
「どういたしまして。」
「だってさ、アスカ。」
「ああ、もう、わかったわよ。あたしが悪うございました!」
みんなが、そう言うのなら仕方がない。
実際のところ、遊園地が苦手なのはあたしだけなのかも知れない。
小さいときから、家族で何処かへ行くという経験がなかったのだから。
「それで、ここで何をするわけ?」
一応、あたしはカヲルに訊いてみる。
「うーん、ぼくが調べたところでは、やっぱり同世代の間で人気があるのは、絶叫マシンの類だけど…。」
「いまさら、Gのかかる乗り物に乗っても面白くもなんともないわよ!」
あたしは、即座に却下した。
「そうだね。日頃から、エヴァの出撃でさんざん経験してるからね。」
シンジもあたしと、同意見のようだ。
「まずは、園内を一周するモノレールに乗って、それから決めることにしよう。いいかな、綾波さん。」
「それで、いいわ。」
園内をモノレールで一周し、高いところから面白そうなものを探すことにした。
やっぱり、あたしたちにはこういうゆっくりしたものがいい。
日頃から接している、スピード感のあるものは避けようということになった。
唯一の例外はゴーカートで、それだけは一度乗ってみることにした。
それにしたって、たいしてスピードが出るわけではないのだけど。
ただ、エヴァとは違い、低い視点から車を動かすということは、なんだか新鮮な感じがした。
あとは、ペダルで漕ぐボートとか、マーチングバンドなどのイベントとか、びっくりハウスなんかを堪能
した。
最後に、あたしとカヲル、シンジとレイの組みに分かれて、観覧車に乗ることにした。
「どうだい、楽しんでもらえたかな。」
乗った早々、カヲルがそう訊いてきた。
「あたしに言ってるの? レイの歓迎会なんでしょ。」
「それはそうだけど、最近、君は何だか悩んでいるみたいだったからね。」
「別に、そんなことないわ。それより、レイよ。あの子に喜んでもらわないと、意味ないでしょうが。」
「たぶん、喜んでもらえたと思うよ。綾波さんに最後はシンジ君と交感する機会も与えてあげたし。」
「ちょっ…。それ、どういう意味よ!」
「別に深い意味はないよ。ぼくたち四人の中では、あの二人が話す機会が一番少なかったからね。」
「そのための、観覧車だったわけね?」
なんとなく、納得した。
「気になるかい? あの二人が。」
「そ、そんなわけないでしょ!」
「まあ、いいさ。それより、君自身は少しは気晴らしになったかい。」
「そうね。想像していたよりは、面白かったわ。」
「それは結構。ところで綾波さんの4号機、来週日本に来るらしいね。」
「そうなの? 知らなかったわ。」
「シンジ君も復調したことだし、パイロットを余らせるわけにもいかないんだろうね。」
「次の使徒も、強敵なのかしら。」
あたしは、かまをかけてみた。
もし、カヲルが未来を知っているなら、次の使徒の事前情報を持っているかも知れないと思ったから。
ぽろっと口をすべらせるかも知れないと。
「どうだろうね。 まあ、稼動できるエヴァの数は多いに越したことはないけどね。」
はぐらかされたのか、本当に知らないのか、あたりさわりのない返事しか返ってこなかった。
「どちらにしたって、使徒を殲滅できるのが”シナリオ”なんでしょう?」
「そう言われているね。」
「ねえ、カヲル。」
思ったようにカヲルがのってこないので、あたしは覚悟を決めて訊いた。
「あんた、何か知っているんでしょ? これから起きることを。」
「君と、大差ないさ。」
カヲルは、笑みを浮かべて言った。
「むしろ、次の使徒のことは、君の方がよく知っているかも知れない。
戦闘中に、的確なアドバイスをくれる君の方が。」
「そんな! あたしは、ただ…。」
「わかってるよ。 ぼくたちの記憶は、何らかの力で封印されているってことは。」
「そういうことなの?」
シンジがこの前、言っていたことと同じだと思った。
『隠された記憶があるのじゃないかと、ときどき思う』
シンジは、そう言っていたのだ。
「そして、それは個人差があるみたいだ。
まさか君がそこまで感付いているとは、思わなかったけどね。
ぼくの方が君より知っていることがあるとするなら、これから行き着く先に何があるかということかな。」
「まだ、それは教えてはくれないのね?」
「まだその時期じゃないと思う。必要なときが来たら、君が自分で思い出すかも知れないし。」
「たぶん、相当なことなのね。…わかったわ、あんたの判断にまかせる。あんたを信用するわ。」
「ありがとう。」
「あたしたち、仲間よね?」
「もちろん。 それぞれ立場が少しずつ違うにしても、同じ”仕組まれた子供”だから。」
あたしは無言で頷いた。
実際あたしは、カヲルを信用することにした。
「ところであんた、レイのことを”フォース”と呼んだり、”綾波さん”と呼んだりしてるじゃない。
いまだに、あたしのことも時々、セカンドと呼ぶし。
レイなら、レイでいいじゃないの?」
「そうだね。”綾波さん”と、なるべく呼ぶようにするよ。」
「あたしのことは、呼捨てのままかい!」
観覧車に先に乗り込んだ、あたしとカヲルの方がやっぱり先に観覧車を降り、シンジたちの到着を待った。
カヲルの計らいのおかげなのか、シンジとレイは親しげに話しながら、観覧車を降りてきた。
話しかけているのはシンジの方だが、レイの表情はあたしたちにはあまり見せない穏やかなものがあった。
「楽しんでもらえたかな?」
カヲルは、あたしにさっき言ったことと同じことを、今度はレイに言った。
「ええ、ありがとう。」
レイの返事にカヲルは頷き、
「それじゃ、日も傾いてきたことだし、今日はこれでお開きにしよう。また、あした…。」
「待って、カヲル君。それに、綾波さんも。」
シンジがあわてて、口を挟むように言った。
「せっかくだから、うちでご飯食べてってよ。」
「へえ、シンジ。 あんたにしては、気が利くじゃない。」
あたしは、感心して言った。
「どう、あんたたち? 言っておくけどシンジの料理の腕前は、並みのレストラン以上よ。」
「どうする、綾波さん?」
「わたしはかまわないけど、好き嫌いがあるから、かえって迷惑じゃないかと思うわ。」
「大丈夫だよ。あり合わせの材料しかないけど、お好みのものはひととおり作れると思うから。
リクエストがあったら、何でも言ってくれればいいよ。」
「肉が苦手だけど、いいのかしら。」
「うん、わかった。大丈夫だよ。」
「じゃあ、きまりだね。ご馳走になるよ。」
結局、遊園地の後の二次会は、あたしたちの家でのささやかな食事会ということになった。
数日後。
レイの乗る、4号機のお披露目があった。
アメリカ第二支部から空輸されてきて、各部の調整が終わったところだということだ。
レイがあらためてハーモニクステストを受けるということで呼びだされており、あたしとシンジとカヲルも
ついていくことにしたのだ。
初めて見る4号機は目の数は2個で、ちょっと見た目では角のない弐号機のような感じだった。
白銀の機体というのも、インパクトがあってカッコいいかなと思う。
「第二支部でも何か調整をしていたから、到着が遅れたということだったわよね。」
あたしは、4号機を見上げながら、傍らのレイに訊いた。
「ええ。」
「そんなに、デリケートな機体なの?」
「そうでもないわ。第二支部で引き続き研究を行なうため、あるユニットを外していたのよ。
それから、これまで蓄積されたデータの採取もしていたし。」
「実験機だったの?」
そう訊ねたのはシンジだ。
「そうね。でも、機体自体は弐号機と同じく先行プロダクションモデルよ。
これまで行なわれていた研究は、データを移行した”模擬体”で引き続き行なわれるわ。」
そこまで訊いたとき、
「レイ。そろそろ起動実験を始めるわよ。エントリープラグに入ってくれる?」
リツコから声がかかり、レイを除くあたしたち三人はモニタールームでその結果を見守ることにした。
順調にテストも終わり、何の問題もないことがわかった。
もともとレイの専用機なのだから、当然と言えば当然なのだけど。
終了間際になって、ミサトが様子を見にきた。
「どう、結果は?」
リツコの後ろに立って、そう訊ねていた。
「見てのとおりよ。」
「…問題なし、か。 これで、4体のエヴァが揃ったわけね。
その気になれば、世界を滅ぼせるわね。」
「ミサト!」
「な、なによ。」
「めったなことは、言うもんじゃないわ。」
「わ、わかったわよ。気をつけるわ。」
珍しく語気を強めたリツコに、ミサトは少したじろいでいた。
そして、次の日。
電話の音で、あたしは目覚めた。
いつも起きる時刻より、少し早かった。
眠い目をこすりながら、キッチンに向かう。
(どうして、ミサトが電話をとらないのよ)
そう思った。
キッチンに着くと、シンジがすでに電話に出ていた。
「ミサトさんからだ。」
あたしの姿を認めると、シンジは受話器を耳にあてながらそう言った。
「すぐに本部に来てくれってさ。」
(なによ。ミサトの奴、早朝か深夜のうちから、本部にこっそり出掛けていたというの?)
寝ぼけた頭で、そう思う。
そして、次のシンジのひと言で、あたしは完全に目覚めた。
「使徒が、現れたらしいよ。」
ネルフ本部には、あたしとシンジ、カヲルとレイの、パイロット四人全員が集合していた。
ミサトとリツコから、大まかな状況説明を受けた。
使徒は最初、インド洋上空の衛星軌道上に現れたとのことだった。
その体の一部を、何度か水滴状に切り離して落下させ、地表を攻撃した。
A.T.フィールドと落下のエネルギーで、その破壊力は半端じゃなかった。
だが、リツコが言うには、その攻撃自体は使徒の直接の目的ではないとのことだ。
あくまでも、本体を第3新東京に落下させるための、事前の”測定”に過ぎないのだと。
「現在、使徒はここへの落下体勢に入って周回軌道に入っているわ。MAGIの計算によると、その命中
確率は99.9999パーセント。」
「それって、必中ってことじゃない。」
あたしが言うと、
「そうよ。」
ミサトが、説明を受け継いで言った。
「あなたたちの本部への到着直後に、ネルフ権限での特別宣言D−17を発動したわ。
半径50キロ以内の全市民が避難を始めているわ。」
「で、どうするのよ。どうやって使徒の攻撃を阻止するつもりなの?」
「エヴァの手で、受け止めるのよ。」
「「ええっ!!」」
驚きの声をあげたのは、あたしとシンジだ。
「ちょっと、マジ?」
「勝算は、あるんですか?」
「”神のみぞ、知る”ね。」
「MAGIに試算はさせてないけど、”万に一つ”もないでしょうね。」
ミサトのみならず、リツコまで平然とそう言ったことにあたしはあきれた。
「リツコ、あんた、反対しなかったの?」
「他に、方法はないもの。」
「まさに、奇跡か。」
カヲルが感心したように言った。
感心している場合じゃないでしょうに。
それから、実際のエヴァの配置をミサトから訊いた。
第3新東京を東西南北から囲むように、その郊外に現存する4体のエヴァを配置する様子がスクリーンに
表示された。
「この配置の根拠は?」
レイが、はじめて口を開いて訊いた。
「”女の勘”よ。」
ミサトは、胸を張って言う。
「なんたる、アバウト!」
(こんないい加減な奴に、人類の存亡を任せなければならないのか。)
あたしは、暗澹たる気持ちになった。
そして、実際にあたしたち四人は、ミサトの”勘”に基づいた配置でエヴァに搭乗して待機した。
こんなことでいいのだろうか、と思う。
気まぐれで設定されたこの配置が、人類存続のための最後の決断なのかも知れないのに。
だが、どのみち数字の上での成功確率は、ゼロに近いのだ。
仕方ないのかも知れない、とも思う。
せめて、作戦が失敗した最期の瞬間には、ミサトに思いっきり嫌味を言ってやることした。
「目標接近。距離、およそ2万5千!」
「おいでなすったわね。エヴァ全機、スタート位置。」
青葉二尉の報告に続いて、ミサトがそう告げた。
(きっと、勝てる!)
あたしは、そう信じることにした。
たとえどんな無茶な作戦であろうと、何もしないよりはずっとましだ。
そして、限りなくゼロに近い成功確率であろうと、これまでなんとかなってきた。
(ひょっとして…。)
リツコも、これからあたしたちが勝利を掴むことを、”それがシナリオであること”として知っているの
かも知れない。
だから、『他に方法はない』として、反対しなかったのではないか。
そう考えたとき、
「距離、2万。」
青葉二尉の声で、現実に引き戻された。
「では、作戦開始。」
ミサトがそう宣言し、外部電源がパージされる。
あたしは初号機にクラウチング・スタートの姿勢をとらせた。
「スタート!」
号令とともに各エヴァは走り出す。もちろん、あたしの初号機もだ。
もう、何も考えまい。
今は使徒を止めることだけが、最優先事項だ。
全力で走るエヴァは、道の舗装を無茶苦茶にし、無人の倉庫を蹴り崩す。
それでも、使徒が地上に激突するよりはマシだ。
「距離、一万2千。」
使徒が、肉眼で確認できた。
軌道が、思ったより右にずれてきている。
「なによ、そんな話、訊いてないわよ!」
あたしが、叫ぶように言うのに続いて、
「だめだ、ぼくじゃ間に合わない!!」
シンジがそう言うのが聞こえた。
「…わかったわ、こちらで何とかする!」
おそらく使徒は、あたしたちの動きを見て、わずかに体をひねったのだろう。
あの平べったい姿でそれをやれば、ほんのわずかな動きしかできなくても、空気抵抗の変化で微妙に軌道を
変えることができたのじゃないかと思う。
(そっちがその気なら!)
あたしは、眼前に迫った高架道路とその土台を見据えた。
本来なら高くジャンプして、飛び越えるべき障害物だ。
だが、あたしはわざとジャンプを低くした。その分、スピードを増した。
高架道路の土台の部分を、初号機の両足を揃えてキックする。
道路とともに土台は崩れたが、その衝撃で初号機の進路を変えることができた。
「ごめんなさい!」
思わず叫んでしまう。
道路が使いものにならなくなって困る人も出るだろうが、それはこの戦いを生き延びた上での話だ。
使徒に向かって進路を変えることができたあたしは、最大限の力を使って初号機を加速する。
恐らく、音速を超えたのではないかと思う。
そして、落下予測地点の丘の上にたどり着いた。
「A.T.フィールド、全開!!」
両手を上に掲げて、使徒を待ち受ける。
最初に衝撃波が、続いて圧搾空気の塊が初号機を襲う。
だが、A.T.フィールドを展開していればそれはどうということはない。問題はその後だ。
(来た!)
使徒の本体と、そのA.T.フィールドが。
両肩が、いや全身の関節が外れそうな衝撃を感じる。
だが、あたしはそれに耐えた。
他の仲間が来るまでは、あたしはなんとしてもここを、使徒を支えなければならない。
初号機はほとんど足首まで地に埋まり、肘と膝は圧力に屈しそうになる。
そして、A.T.フィールドどうしが干渉している掌の接触面では、凄まじい熱エネルギーが生じていた。
「は、はやく、誰か、なんとかして…。」
気を失いそうになったところで、その負担がふっと軽減された。
「よく、がんばったね。もう大丈夫だよ。」
微笑んでいるカヲルの顔が、サブモニタに映っていた。
零号機が到着し、使徒を支えるエヴァが二体になったのだ。
これなら、なんとか持ちこたえられるだろう。
続いて4号機が、最後に弐号機が到着した。
四体のエヴァが使徒を支えると、さすがに大きな負担は感じない。
「碇君、A.T.フィールドを全開にして。」
レイが、シンジにそう言っている。
「うん、やってるよ。」
「そう? それじゃ、あなたに止めは任せるわ。」
そう言うとレイは、4号機の武器ポッドからプログナイフを取り出し、目の前で展開されている使徒のA.
T.フィールドを切り裂きにかかった。
フィールドが破れ、徐々に使徒のコアがむき出しになっていくのが見える。
「今よ、シンジ!」
「わかってる。」
弐号機がプログナイフを、そのコアに思いっきり突き入れた。
コアは爆ぜ割れ、あたしたちのエヴァに覆いかぶさるようにして使徒は力尽きた。
その直後、凄まじい爆発が起き、使徒は跡形もなく消滅した。
− つづく −