ダブル チェンジ 第10話
- 重なる心 -
「複座プラグですって?」
あたしは、思わずリツコに訊き返した。
目の前にある、シートが二つあるエントリープラグのことを、リツコはそう言ったのだ。
「あたしとシンジが、これに乗るの?」
「ええ、そうよ。」
「エヴァは3体あるのに、どうしてそんなことするのよ。」
「知ってるでしょ。あの使徒を斃すには、2体同時の過重攻撃しかないことを。
エヴァは2体でいい。そのかわり、少しでも高いシンクロ率が必要なの。」
「二人で乗れば、シンクロ率があがるとでも?」
「そのとおりよ。」
「そんな、都合のいいことあるわけ…。」
あたしはそう言いかけて、あることを思い出し、口を噤んだ。
ヤシマ作戦のとき、カヲルがあたしにこう言ったことを。
『前回の使徒戦では、民間人を同乗させていながら、さらにシンクロ率をアップさせたということだし。
君こそ、エヴァに乗るために生まれてきたのではないかと思うよ。』
「まさか…。」
「そう、あなたのシンクロ率は、適格者と同乗することで格段にアップするのよ。」
「第4使徒のとき、あの3人の中にパイロットになれそうなのがいたとでも?」
「おそらくね。でも、前回の使徒戦で、シンジ君とあなたが同乗したときにそれははっきりしたわ。」
「記録が残っていたの? そのときもシンクロ率が上がったというの?」
「ええ。」
「で、でも、零号機のカヲルが今のままだったら、いくら弐号機のシンクロ率がアップしても完璧なユニゾ
ンは望めないんじゃないの?」
「その点は心配ないわ。」
妙に自信ありげに、リツコは言う。
「ま、そういうことだから。
三人ともせいぜい、これからの訓練をがんばってちょうだい。」
ミサトがしゃしゃり出てきて、この話はそこまでになった。
そのあと、ネルフの室内プールを借りて、シンクロナイズド・スイミングの訓練があった。
やることはまあ、今朝行なったエアロビクスと同じようなことだ。
音楽に合わせて、三人の動きを合わせるというものだから。
ただ、水の中でやるから、体力の消耗はエアロビクスとはくらべものにならない。
シンジに体力をつけさせるにはいいのかも知れない。
趣向を変えたのがよかったのか、それともがぜんやる気になったのか、シンジは文句も言わずにがんばって
訓練についてきていた。
「ふう、さすがに疲れたわね。」
夕方になって、あたしたちは家に帰ってきた。
「そうだ、今日の夕食、あたしが当番だったわね。」
いったんソファに座ったあたしだったが、そのことを思い出して立ち上がった。
「いいのよ、アスカ。訓練期間中はわたしが食事の用意をするから。」
ミサトがそう言うが、
「だめよ、出前やコンビニ弁当ばかりじゃ。
栄養が偏るし、”同じ釜の飯を食べる”ことが大事じゃないの?」
「じゃあ、わたしが特別メニューを作って…。」
「それは、もっての他!!」
全員が食中毒という事態だけは、なんとしても避けなければならなかった。
「いいわ、気分転換にもなるし、やっぱりあたしが作る。」
あたしがそう言うと、
「あの、ぼくも手伝うよ。」
シンジがそう言って座っていた椅子から立ち上がった。
「あんた、料理できるの?」
「まあ、多少は。」
「ふうん、じゃあ、お手並みを拝見させてもらおうかしら。」
「楽しみだね、シンジ君の料理を食べられるなんて。」
カヲルが、そんなことを言うもんだから、
「せいぜい、あたしの足をひっぱらないようにね。」
一応、くぎをさしておいた。
しかし…。
まさか、そこまで料理が得意だとは思わなかった。
あたしが、ハンバーグを作ろうと、必要な材料をまず用意していると、
「だめだよ、アスカ。そんなにパン粉を使ったら、粉っぽくなってお肉の味がしなくなっちゃうよ。」
シンジが口出ししてきた。
「でも、これくらい入れないと、焼くときに形が崩れちゃうもの。」
「焼く前に、しっかり形を整えておけばいいんだよ。」
えらそうに言ってくれる。
「じゃあ、あんた、やってみなさいよ。」
「うん、じゃあアスカは、サラダの方をお願いしていいかな。」
「わかったわ。」
それから、シンジの手際を見ていたら、それはそれは鮮やかだった。
ひき肉につなぎを入れて、丸めて平べったくするのだが、それができるまでがあっと言う間だった。
たぶん、ヒカリよりも上手なんじゃないかと思う。
焼き加減も絶妙だった。外側は香ばしく、中身はジューシーでしかも型崩れしていない。
どうやったらこんなに完璧に仕上がるのだろう。
「おいしいね、これは。」
「シンちゃんて、料理も得意だったのね。見直したわ。」
夕食をいただくとき、カヲルもミサトもそれを褒めていた。
「まいったわね。本当においしいわ。」
あたしは、料理の腕でもシンジに負けることを認めざるを得なかった。
だから、負け惜しみと知りながらこう言った。
「今日から、あんた、うちの専属の食事係よ! いいわね?」
「ちょっと、アスカ。いくらなんでもそれは…。」
「いいですよ。」
あきれるミサトをよそに、シンジは笑顔で応諾していた。
その日の訓練が終ると、あたしたち三人はまた、リビングで川の字になって寝た。
夜中に、何かの気配を感じてあたしは、ふと目を開けた。
カヲルが半身を起して、こちらを見ていた。
(な、なによ)
そう思ってカヲルを見たが、とくに何か行動を起こすというつもりもないようだった。
何かあたしにしようとしていたのだったら、あたしもしっかりと目を覚まそうとしただろう。
でも、こちらを向いているだけなので、あたしも眠くてただぼんやりとカヲルを見ているだけだった。
そのうちカヲルは、再び横になってすぐに寝息を立て始めた。
(ひょっとすると、あたしでなく、あたしの向こうで寝ているシンジを見ていたのかも知れない)
そう思ったが、あたしも眠くてすぐに寝てしまった。
あるいは、すべてが夢だったのかも知れない。
翌日からの訓練は、順調に進んだ。
三人の動きはぴったり合ってきたし、徐々にではあるが、シンジにも体力がついてきたようだ。
なんだかんだと言っても、育ち盛りの14歳なんだと思った。
それに、筋も悪くない。
なにしろ、そこそこは合気道を習得しているくらいだから。
機会があったら、どうやって身に付けたか訊いてみたいものだ。
それはともかく、ユニゾンの訓練も残すところあと二日となった。
このまま、何ごともなく決戦の日を迎えられることを、あたしは願った。
だが、その晩カヲルが、ちょっと気になることを言った。
ちょうど、あたしが風呂を先にいただいて、シンジが続いて浴室に行っているときだった。
ミサトもちょっとした用事で出かけており、リビングにはあたしとカヲルの二人だけだった。
「決戦を明後日に控えて、こんなことを言うのもなんだけど…。」
二人でテレビを見ているときに、つぶやく様に言ってきた。
「でも、決戦前日に言うよりはいいだろうし、君には話しておこうと思うんだが。」
「なによ、勿体つけて。」
「赤木博士には、気をつけた方がいいかも知れない。」
「リツコが? どういうことよ。」
「いや…。」
カヲルは逡巡しているようだった。
「思い違いかも知れない。でも、彼女はE計画の他にも、何かたくらんでいる様な気がするんだ。」
「たくらむ?」
「あるいは、何かを試しているのか。」
「複座プラグのこと?」
「それだけじゃないけど、概ねそのことに関してだね。」
「訳わかんないわよ、ちゃんと順を追って話しなさいよ。」
「そもそも、どうしてぼくは、複座プラグの運用メンバーに入っていないんだ?」
「えっと…前回の使徒戦で、あたしとシンジは実績があったからじゃないの。相性の問題よ。」
「でも、ぼくと君との相性も、試してみてもよかった筈だ。ぼくとシンジ君もそうだけどね。」
「それは、そうだけど。」
「ぼくだけ、一人で戦うことが最初から決められている。
そして君たち二人は、最初から”複座”と決められているけど、本番前のテストは何もされていない。
おかしいと思わないかい。」
「そういえばそうかも知れないけど…。考えすぎじゃないの?」
カヲルのやつ、あたしとシンジが複座のペアに選ばれたことで、やきもちを焼いているのだと思った。
まあ一応、リツコの言動に変なところがないか、これからは気をつけることにしよう。
そして、翌日も訓練は順調に進み、決戦の日を迎えることになった。
「目標は、強羅絶対防衛線を突破!」
「アスカ、シンジ君、カヲル君。 準備はいい?」
ミサトの問いに、
「いつでもOKよ。」
「大丈夫です。」
「了解。」
あたしたちは、口ぐちに答える。
「では、発進!!」
青い零号機と、紫の弐号機が地上に出た。
第3新東京の街の入り口まで、2体の使徒が迫ってきているのが見える。
あたしたちはそれを、ここで食い止めるのだ。
「最初から、最大戦速でいくわよ。」
あたしは、シンジとカヲルにそう声をかけた。
「わかってる。」
「おまかせするよ。」
「外電源、パージ!」
それと同時に、エヴァ2体は宙高く跳び上がった。
前回の戦いで、この使徒は上下の動きに対してやや反応が遅れるのが分かっている。
使徒が上体を反らしてエヴァを仰ぎ見たときには、あたしたちはすでに、同時にソニックグレイブを投げつ
けていた。
同じ箇所に当たったそれは、使徒に傷を負わせることはできたが、致命傷にはなっていない。
でも、今はそれで充分。作戦どおりだった。
零号機と弐号機が着地した時点で、武装ビルからの支援攻撃があった。
だが、使徒はA.T.フィールドを展開し、ダメージを追加することができない。
やはり、通常攻撃では通用しない。
しかしこれも、作戦のうちだった。
その一瞬のうちにあたしたちは、武器庫ビルからパレットライフルを受け取り、一斉射を浴びせる。
もちろん、使徒のA.T.フィールドを中和することも忘れない。
再び使徒に、ダメージを与えることができた。
使徒からの反撃。
だが、それは予測されたものだった。
ぴったり同じ動きで、零号機と弐号機はそれを躱す。
ユニゾンの訓練の成果だ。
「「「今よ(だ)!」」」
あたしたち三人は、同時に叫んだ。
使徒の攻撃が途切れたそのとき、2体のエヴァは再び跳びあがっていた。
それぞれの使徒のコアに向かっての、渾身のツープラトンキックによる同時過重攻撃。
完全に決まった。
爆発とともに、使徒はその存在の終焉を迎える。
「よっしゃー!!」
ミサトの、ひときわ大きい歓声が聞こえた。
「え? 引き続き、一緒に住むの?」
作戦終了後のミーティングで、あたしはそれを聞かされた。
シンジだけ、あたしたちのマンションで同居を続けるのだという。
ミサトに理由を訊くと、
「複座プラグは、今後の使徒戦でも有効だと分かれば、どんどん活用していくわ。
そのために、常にあなたたち二人の関係を良好にしておく必要があるの。」
「ぼくは?」
カヲルが尋ねる。
「ごめんねぇ。
いつまでもリビングで雑魚寝というわけにもいかないし、ウチも手狭なのよ。
ご飯くらいならごちそうするから、近所に越してきてもいいわよ。」
「別に、いいですけど。」
珍しく、カヲルは憮然として言った。
「そうだ、祝勝会やりましょ!
今回は、鈴原君や洞木さんにも声をかけて、ぱーっとね♪」
ミサトは気に掛けていないというか、カヲルの機嫌が悪いことにまったく気づいていないようだ。
そこへ、
「あの、葛城一尉…。」
日向二尉が、おそるおそる声をかけてきた。
「なあに、日向君。そうだ、あなたも祝勝会に…。」
「で、でもこの後、今回の被害総額の報告と、浅間山地震研究所からのUMA照会への対応打ち合わせの
予定になっていますが…。」
「そうだった!」
「忘れてたんですかぁ?」
あきれて唖然とする日向二尉をよそに、
「ごめーん、祝勝会は、あなたたちだけでやっておいて。」
片手を拝むように上げてミサトは言った。
「まあ、いいですけど…。」
シンジがそう言うので、
「それじゃ、ヒカリにはあたしが声をかけるわ。シンジは、鈴原たちを招待しておいて。」
「うん、わかった。」
「じゃ、そういうことで。後はよろしくぅ〜♪ いくわよ、日向君。」
ミサトと日向二尉は、あたふたと去っていった。
「そうだ、買い出しの担当も決めなくちゃね。カヲルは…。」
あたしが言い掛けると、
「ぼくは、いいよ。」
カヲルがさえぎる様に言う。
「いいって?」
「祝勝会は、君たちでやってくれないか。」
「カヲル君、参加しないの?」
「すまないね、シンジ君。なんだか、そういう気分になれないんだ。」
「どこか、具合でも悪いの?」
シンジが心配そうに言うと、カヲルは少しだけ笑みを見せた。
「そういう訳じゃないけど。そう、少し疲れたのかも知れないね。」
「じゃあ、仕方ないわね。今日のところは、ゆっくり休みなさい。」
「ああ、そうさせてもらうよ。」
祝勝会は、カヲル抜きでやることになった。
盛り上がりに欠けることをちょっと心配したが、その分鈴原たちが大騒ぎしてくれたので、雰囲気としては
まずまずだった。
シンジも、ゲームセンターの一件以来、鈴原たちとは仲良くやっているようで、笑顔を見せていた。
ただ、あたしは手放しでパーティを楽しむことはできなかった。
やはり、カヲルのことがどこか気になる。
せっかく、三人でユニゾン訓練をしてきたのに、終ってみればなんだか溝ができた様な気がする。
あたしの思いすごしであればいいのだけど。
「アスカ、どうかしたの?」
ヒカリが、声をかけてきた。
あたしは少しばかり、物思いに沈んでしまっていたようだ。
「ううん、なんでもない。」
あたしは、ことさらに笑顔を作ってみせた。
「それより、ねえ、シンジの作った料理って、どう思う?」
「うーん、はっきり言ってショック! 男の子が、こんなに料理が上手なんて。」
「でしょう? もうあたし、肩身が狭くって。」
「そんなことない。アスカだって、充分上手になっているわよ。比較する相手が悪すぎるわ。」
「なんとか、一矢報いる方法はないかしら。」
「そうねえ。ドイツ暮らしが長いということだから、和食ならなんとかなるかも。」
「それよ! 今度なにか教えてくれない?」
「そうねえ。卵焼か、お味噌汁くらいから始めるのがいいかもね。」
「それでいいわ、お願いするわ。」
「もう、アスカったら…。」
いつしかあたしはカヲルのことを忘れ、そしてパーティの夜は更けていった。
そしてその日、結局ミサトは本部から帰ってこなかった。
翌日の午後、あたしとシンジ、そしてカヲルの三人は、本部に呼び出された。
「明日からあなたたちに、浅間山に行ってもらうことになったわ。」
久しぶりに真剣な顔で、ミサトは言った。
「どういうこと?」
あたしの問いに、
「火口内に、使徒が発見されたのよ。それも、蛹(さなぎ)の状態で。」
「今のうちに、殲滅しておくということですか?」
シンジに対して、ミサトは首を横に振った。
「それは、最後の手段。
最優先事項は、生きたまま捕獲することよ。」
「実験体にして、使徒の弱点でも探ろうというの?」
「おそらく、違うだろうね。」
そう言ったのは、カヲルだ。
「おそらく…S2機関の研究と実用化のためだ。実験材料であることには、違いないが。」
「S2機関?」
「使徒が持つ、永久機関のことだよ。あの、自己修復機能もS2機関によるものだ。
使徒を捕獲したら、生かさず殺さず、切り刻んで、その秘密を手にいれようというのだろうね。」
「なんかそれ、ちょっと非道い気がするわね。」
「仕方ないよ。使徒殲滅を確実にするためには、少しでもこちらが優位に立たなくてはならないからね。」
口では”仕方ない”と言いながら、あたしはなんだか、カヲルは”非道い”と言ったあたしに同意している
ように思えた。
「カヲル君の言うとおりよ。」
ミサトは、毅然としてそう言った。
「使徒に、同情する余地はないわ。明日を生き抜くためのチャンスを、わたしたちは最大限に活かさないと
いけないのよ。
今回の作戦は、”D型装備”という耐熱、耐圧装備を身に付けたエヴァで火口に入り、蛹の状態で眠って
いる使徒を電磁柵の中に取り込むというもの…ただし、D型装備はエヴァ一体分しかないのよ。
だから、あなたたちに訊いておくことにしたの。
だれか、希望者はいる?」
「溶岩の中に入っていくんですか!?」
「失敗したら、即、孤独な死が待っているということじゃない!?」
「すまないけど、そうなるわね。」
あたしとシンジは、顔を見合わせた。
何か事故が起きた時点で、生還の希望はほぼなくなるという作戦だ。
それも、眠っている使徒が相手だから、使徒と戦って死ぬわけでもない。
はっきり言って、嫌な役割だ。
「ぼくが、やりますよ。」
カヲルが、あっさりと言った。
「カヲル君!」
シンジの心配をよそに、
「この命、人類の存続のために使えるなら、安いものですからね。」
カヲルは、屈託のない笑みを浮かべてそう言っていた。
− つづく −