ダブル チェンジ 第9話
- 男、女、男 -
「再度進攻は時間の問題、か。」
あたしは、スクリーンに映しだされた画像にもう一度目をやると、そうつぶやいた。
さきほど、第7使徒との戦闘結果について、報告会があったばかりだった。
スクリーンには、国連第2方面軍のN2爆雷で、構成物質の28%を焼失し、活動を停止している2体の
使徒の画像が、静止状態のまま残されていた。
報告会に出席していたメンバーのうち、約半数はすでに退席している。
そのうちの主要メンバーは、司令であるパパと、冬月副司令と、作戦部長のミサトだ。
「使徒の活動再開の時期が、分ったわ。」
報告会の後も居残っているメンバーの一人である、リツコがそう言った。
「いつですか、それは。」
カヲルが尋ねる。彼も、会議室に残っているメンバーの一人だ。
「7日後よ。それまでに、あの使徒を殲滅する方法を、見つけ出さなくてはならないわね。」
「無理よ、あんなの。絶対!!」
あたしは、思わず大きな声で言ってしまった。
どんな攻撃も、それこそコアを破壊しても、瞬時に修復してしまう使徒なのだ。
ミサトが国連第2方面軍に援軍を要請し、最大限の破壊力を投入しても足止めにしかならない敵なのだ。
それは、報告会でこの映像を見ていた誰もが知っている。
それなのにパパは、司令は、こう言い放った。
「こんな醜態をさらすために、我々ネルフは存在しているわけではない。結果を出せ。」
そのひと言を残し、副司令とともに席を立っていった。
だからミサトは、一刻も早く対策を掻き集めるため、会議室を飛び出していったのだ。
そう簡単に、対策なんか見つかる筈がない。
それは、実際にあの使徒を相手にしたあたしたちが、一番よく知っている。
シンジの奴は、それに絶望して、失踪してしまっているのだから。
その日、あたしとカヲルが本部を出て帰路につくときになっても、結局シンジは行方不明のままだった。
「あのばか、本当にこれで”終わり”にするつもりなのかしら。」
さすがに、あたしも心配になってきた。
日本でのデビュー戦での、いきなりの敗北。
”決まった”と思った攻撃が、通用しなかったときの無力感。
それは、わからないでもない。
だからといって、逃げ出したところで何もいいことはないのに。
これから先、あいつはどうやっていくつもりなのだろう。
しかし、それにしても…。
「あんた、心配じゃないの?」
モノレールの中で、あたしはカヲルに尋ねる。
「心配? 何が?」
鼻歌でも歌っていそうな雰囲気のカヲルが、きょとんとして訊き返してくる。
「ばかシンジのことよ。このままじゃ、あいつ、間違いなくパイロット抹消になるわよ。」
「すぐに帰ってくるよ。」
「どうして、あんたにそんなことが分かるのよ!」
「そういう運命だからさ。」
また、それか!
こいつの運命論者ぶりには閉口してしまう。
ただ、あたしたちが心配したところで、どうなるものではない。
(シンジのことは、あきらめるしかないのかも知れない。)
そう思った。
家に帰り、夕食の献立を考えているところへ、ミサトが帰ってきた。
「お帰り、早かったのね。」
「まあね。」
なんだか、浮かない顔をしている。
「使徒を斃す方法、見つかった?」
ミサトはかぶりを振った。
「まだなの。なんだか、煮詰まってしまって。
仕事場にいてもいい考えが出ないから、いったん帰ることにしたの。」
「そう…。シンジの行方の方は?」
「そちらもだめ。保安諜報部がやっきになって探してるけど、手掛かりすら見つかっていないわ。」
そのとき、玄関のチャイムが鳴った。
「だれかしら、こんな時間に。」
ミサトが応対に出る。
「加持君! いったいこれは、どういうことなの!!」
ミサトの叫ぶ声が聞こえた。
何ごとかと思い、あたしも玄関口に顔を出す。
あたしも、一瞬、固まってしまった。
「さ、そんなところに突っ立っていないで、入った、入った。」
加持という人に促がされて、三人の少年が入ってきた。
鈴原と相田、そしてシンジだった。
三人とも、顔が傷だらけだった。どう見ても、殴り合いをした痕だ。
「あんたたち、喧嘩でもしたの?」
「まあ、喧嘩というか…。」
相田が応じるけど、なんか、歯切れが悪い。
「何考えてんのよ! いつ再出撃になるかも知れないのに!」
「わしらが喧嘩したんとちゃうわ!」
「え?」
「まあ、そういうことだ、アスカ。」
その加持という人が、後を引き継いで言った。
初対面の筈なのに、あたしのことを呼捨てにする。
「この二人は、絡まれているシンジ君を庇っただけなんだよ。」
「どういうことなの、加持君。」
ミサトが尋ねる。
「ちゃんと説明するさ。その前にコーヒーを一杯もらえないかな。もちろん、この子たちにも。」
「わかったわ。ちょっと待ってなさい。」
加持さんの説明によると、シンジは繁華街のゲームセンターにいたらしい。
そこにある格闘技ゲームで、シンジはとんでもないスコアを出していた。
たちまち、黒山の人だかりができていた。
その観戦者のひとりが、シンジに対戦モードのバトルを申し込んだ。
それを、シンジが断った。
その投げやりな態度が、反感を買ったらしい。
口汚くわめくその男を無視して、シンジはその場を去ろうとした。
そこまでで止めておけばよかったのだが、憤慨したその男は去ろうとしているシンジの腕を乱暴に掴んだ。
それを、シンジは反射的に投げ飛ばしてしまったというのだ。
(なまじっか、合気道ができるばかりに…。)
その後の展開は、大体予想がついた。
運悪く、男には数名の仲間がいたのだ。
多勢に無勢でぼこられているシンジに、たまたまそのゲームセンターにいた鈴原と相田が助けようと加勢
したが、形勢を逆転することはできなかった。
そして、シンジたち三人は、騒ぎに気づいて駆けつけた保安諜報部の人たちに保護された。
「…とまあ、こんな感じでよかったかな。」
コーヒーの最後の一口を飲み干した加持さんは、そう言った。
「ひとつ、訂正させてもらいますが、おれは喧嘩に加勢するつもりはなかったんですよ。」
相田が、不満そうに言った。
「トウジと違って、おれはただ、碇を逃がそうとしただけです。
それが、囲まれてしまって逃げられずにいたもんだから、一方的に殴られていたんです。」
「まあ、それでもシンジ君を助けようとしてくれたことには変わりはないわ。ありがとう、二人とも。」
ミサトは笑みを浮かべて言った。
「いえ、そんな…。」
相田も、鈴原も赤くなっている。だらしない顔!
「いい友達を持って、よかったじゃないか、シンジ君。」
加持さんがシンジに声をかける。
「………。」
シンジは黙ったまま、俯いている。こいつ、やっぱりまだ、落ち込んでいるんだ。
「この二人のために、もうひとがんばりしてみないか。」
「勝てっこないですよ、あんな敵に!」
終始無言だったシンジが、はじめて口を開いた。
「どうしてそう思うんだい。」
シンジは、しばらく考えていたが、
「一体が二体に。しかして二体は一体…。」
そうつぶやいた。
「なによ、それ。あたしたちにもわかるように、ちゃんと説明しなさいよ。」
あたしがそう言うと、
「もともと、一体の使徒が二体に分かれた。
だけど、本来は一体の敵なんだ。
一方が受けた傷は、もう一体が補完しようとする。
本来の…元の姿に、戻そうとするんだ。
恐ろしいのは、それが現実に起きてしまうことだ。」
「じゃあ、本当に打つ手はないのか。」
加持さんが尋ねると、
「あるとすれば…互いに修復し合うことができないよう、同じ部分への同時の攻撃…まさか!」
「わかってるじゃないか。」
加持さんは微笑むと、一枚のディスクを取り出した。
「それぞれのコアへの、同時過重攻撃。そのプログラムがここにある。
おれが発案し、リッちゃんがとりまとめたものだ。」
そう言うと、ミサトに向かって投げ渡した。
ミサトは、きょとんとした表情でそれを受け止めた。
「葛城、やり方はまかせる。あと6日で、完璧なユニゾンを実践できるパイロットの選定と訓練を頼む。
フォーメーションについてはリッちゃんにも考えがあるらしいから、よく相談するといい。」
「…わかったわ。」
「ぼくには、無理です!」
シンジは、かぶりを振って言った。
「まあ、そう言うな。今日のところは、旨いもんでも食って、ゆっくり休むんだ。
明日になれば、気分もまた変わるさ。」
それを受けて、ミサトはにっこり微笑んで加持さんに言った。
「もちろん、加持君のおごりよね? 鈴原君、相田君の分も。」
「え…。」
あたしは、人の顔に影の様なタテ線が実際に入るのを、初めて見た。
ミサトは、遠慮なくピザやジャーマンポテト、寿司の出前をとった。
ドイツから来たシンジにとっては、寿司は珍しいものだった筈だが、手をつけようとはしなかった。
そのかわり、ピザを少々と、ジャーマンポテトを、落ち込んでいるわりにはけっこう食べていた。
”使徒を斃せる可能性がある”ということで、多少は気がはれたのかも知れない。
寿司はけっこう上物だったが、鈴原と相田がそのほとんどを喜んで食べていた。
シンジを助けようとしていた二人に喜んでもらえたことで、加持さんも”涙を流して”喜んでいた。
翌朝。
朝早くから、カヲルがうちに来た。
「やあ、シンジ君。」
カヲルはシンジを見て微笑んで言った。
「帰っていたのかい。」
「うん…。心配かけて、ごめん。」
「ゲームセンターでの一件は聞いたよ。やけを起こすなんて、君らしくないな。…もう、いいのかい?」
「なにが?」
「使徒を斃す方法が見つかったと聞いて来たんだけど。君自身はもう、ふっきれたのかい?」
シンジは虚空を見上げ、しばし考えていたが、やがて口を開いた。
「あんまり、ふっきれたわけじゃない。たしかに、方法はあるんだけど、すごく難しいんだ。」
「そんなの、やってみなきゃわかんないじゃない!」
あたしがそう言うと、ミサトも、
「そうよ、そのためにカヲル君にも来てもらったんだから。」
「そう、そのことなんですが、どうするつもりなんですか?」
カヲルが、あらためて尋ねた。
あたしも、それが訊きたかった。
たしかゆうべ、加持さんが”それぞれのコアへの、同時過重攻撃”とか言っていたけど。
「三人とも、よく聞いてちょうだい。」
ミサトが、真剣な顔をして言う。
「今日から、あなたたちには”完璧なユニゾン”を目指して、ある訓練に入ってもらいます。
二体の使徒に、同時に同じ場所に攻撃を決めるには、同じ動きができるエヴァが二体、必要になるの。
それは、わかるわね?」
「わかりますよ、理屈の上では。でも、人はそれぞれ、運動能力も考え方も違うんですよ。
できるわけないじゃないですか。」
シンジがまた、否定的なことを言うので、あたしは言ってやった。
「あんた、ばか? やりもしないうちから、決めつけるんじゃないわよ。
それしか方法がないなら、やるしかないじゃない!」
「二人とも、静かに。
いい? そのために、今日からここで、あなたたちに合宿をしてもらうの。
食事から睡眠まで、すべての生活リズムを合わせるのよ。
もちろん、動きを合わせる訓練もするわ。
でもね、大事なのは個々の能力や考え方じゃない。
相手のことを考える、”察し”と”思いやり”よ。」
「”察し”と”思いやり”…。」
なんか、あたしが一番苦手としているもののような気がする。
一番初めに行なったのが、”ツイスターゲーム”もどきの訓練だった。
ヘッドフォンから聞こえる指示にもとづいて、床に敷いたシート内の指定された色の丸の中に手や足を置く
というものだ。
これが、けっこう難しい。
三人がそれぞれのシートの中で、同じ動きをしなければならないのだから。
他の二人と、少しでもタイミングが違うとそれだけでエラーとなってしまうのだ。
最初のうちは、あたしが二人の足を引っ張ってしまった。
シンジとカヲルはわりと息が合っているのに、あたしはどうしても動きが早過ぎるのだ。
癪だけどテンポを遅くとるようにして、だんだん動きが合わせられるようになった。
そのうち、今度はシンジが調和を乱すようになった。
息があがってきて、一人だけテンポが遅れ出したのだった。
「何やってるのよ!」
思わず、そう言ってしまう。
「”察し”と”思いやり”よ、アスカ。」
「わ、わかったわよ。」
相手の状態を”察し”て、こちらで調節してやる様、”思いやる”。
ミサトの言うことは、理屈では分かるのだが、実践するのは難しかった。
あたしは、どうしようもないストレスを感じていた。
夕方になると、ヒカリと鈴原、相田が様子を見に来てくれた。
ヒカリは、あたしたちが学校を休んでいるのは使徒を斃すための訓練をしているからと、鈴原から聞いた
のだという。
差し入れということで、ショートケーキを買ってきてくれていた。
「じゃあ、いったん休憩にしましょう。」
ミサトのそのひと言で、少し長めの休息をとることになり、あたしたちは差し入れのケーキをいただいた。
(美味しい!)
疲れた体と、ストレスを感じている脳が、ケーキの甘さで癒されていくのを感じた。
ヒカリの思いやりが嬉しかった。
(もう少し、がんばってみよう)
その想いとともに、ストレスが消えていくのをあたしは感じた。
訓練を再開すると、なんとかコツが掴めてきた。
ヘッドフォンから聞こえてくる音声と同時に、シンジとカヲルの息使いにも耳をすますようにした。
そうすると、彼らの存在感とその状態が、なんとなく分かるようになってきた。
「だいぶ、上達してきたわね。」
ミサトは満足そうに頷いて言った。
「明日からは別のメニューに入れそうね。今日はこれくらににしておきましょう。」
正直、ほっとした。
一日中、同じ訓練を続けていたのだから。
途中、休憩もあったが、さすがにくたくたになっていた。
ただ、寝るときも同じ場所で三人で寝るのだと分かったときは少し驚いた。
訓練用のシートのかわりに布団が、シンジ、あたし、カヲルの順に並べられていた。
「えーっ! どうしてぇ?」
あたしが抗議すると、
「あなたたちの信頼関係を、より強固なものにするためよ♪」
ミサトはにんまりと笑って言った。
隣りの部屋にはミサトもいることだし、間違いは起きないとは思うけど、年頃の女の子にとって、これは
”いじめ”だ。
(いや、男、女、男の並びで寝かされるんだからこれは、”嬲り”(なぶり)?)
愚痴のひとつも言いたかったが、結局疲れには勝てず、あたしは泥の様に眠ってしまった。
翌朝、なにごともなく、あたしは目覚めた。
シンジも、カヲルも、一応紳士だったようだ。
「じゃあ、今日からは新しいメニューを増やすわね。」
そうミサトに言われ、午前中に行なったのは、エアロビクスだった。
音楽に合わせて踊るものだったが、音楽というよりは他の二人に動きを合わせるというのが本当の狙いだ。
狙いがわかっている以上、昨日の訓練よりは自然に入りこむことができた。
昼の休憩に入るときに、あたしはふと思ったことをミサトに尋ねた。
「今やっている訓練って、二体の使徒への”同時過重攻撃”のためのものよね?」
「ええ、そうよ。」
「だったら、なんで三人なのよ?どう考えても、一人余るじゃない。
もしかして、成績のよい上位二人を選ぶつもりなの?」
「そんな、無駄なことはしないわ。あなたたち、三人全員に出撃してもらうつもりよ。
まあ、アスカの疑問も当然だから、昼食が終わったら本部に行きましょう。
説明は、そこでするわ。
零号機の改修も終ってる筈だし、ついでに見ておきましょう。」
「そんな時間、あるんですか?」
シンジが言う。
「今は、一分一秒も無駄にできない筈です。まずは、完璧なユニゾンを習得しないと。」
(あらら、ずいぶんと前向きになったじゃない。)
「もともと、午後からは本部のプールで訓練する予定だったのよ。」
「それなら、いいんですが。」
本部に着くと、まず零号機を見に行った。
すでに改修は終わり、ケイジに戻されている。
あたしたちは、アンビリカルブリッジの上からそれを眺めた。
以前と変った点というと、まずカラーリングが、黄色から青に変わっていた。
さらにその両肩には、初号機や弐号機と同じように、武器ポッドが設けられている。
「”試作機”としての役目は終わったということですか。」
カヲルが尋ねる。
「ええ、そうよ。」
答えたのは、ミサトではなく、リツコだった。
振り向くと、白衣のポケットに両手を入れた彼女がそこにいた。
「装甲も強化してあるわ。
パーソナルデータは以前のままだから、次の戦闘でも問題なく起動できる筈よ。」
「と、いうことは、カヲルがこれで出撃することはもう、決まっているってことね。」
あたしがそう言うと、
「ええ。もう一機は、こちらに用意してあるわ。ついて来て。」
リツコが、踵を返して歩いていく。
その方向には、弐号機のケイジがある筈だった。
弐号機?
じゃあ、カヲルと組むことになるのは、シンジなのか。
あたしは、選ばれなかったということか。
それはそれで、仕方がないと、思った。
だけど、昨日からあんなに苦労してやってきた訓練は、結局無駄に終るのか、とも思った。
その点が、残念だった。
弐号機のケイジに入った。
直立の姿勢で格納されている、弐号機の横顔が見える。
だが、そのアンビリカルブリッジの手前に、エントリープラグがハッチを開けた状態で置かれていること
に気づいた。
「これは…!」
「まさか…!」
あたしとシンジは、ほぼ同時に呟いた。
「そう、アスカとシンジ君。あなたたちには、こちらに乗ってもらうことになるわ。
そのために、用意した”複座プラグ”なのよ。」
リツコはこちらを振り返り、軽い笑みを浮かべてそう言った。
開かれたエントリープラグのハッチの中に、確かに2つのシートがあるのが見て取れた。
− つづく −