ダブル チェンジ 第6話

- ヤシマ作戦 -


「A.T.フィールド、全開…。」
絞り出すような、カヲルの声が聞こえた。

零号機の前に、巨大なフィールドが展開されるのをあたしは見た。
それまでも展開されていた筈だが、このとき、ぐんとその大きさを増したのだと思う。

使徒の放つ光がそのとき、たしかにそのフィールドで完全に阻まれた。

(まさか、そんなことが!)
あたしは、我が目を疑った。

「下がれ!」
カヲルの怒声が、あたしの頭に響く。

だが、あたしは動けなかった。
返事もできなかった。
眼前の光景を、かろうじて見ることしかできなかった。

記憶違いかも知れない。
だが、あたしの記憶の中では、使徒からの光の照射が、たしかにそのとき止まったのだ。

(使徒が、たじろいだ?)
何故か、あたしはそう感じた。
ことによると、カヲルが”下がれ”と言ったのは、使徒に対しての一喝だったのかも知れない。

光の照射が止んだことで、あたしは使徒の姿をこのとき初めて見ることができた。
宙に浮かんだ、青い正八面体。
遠くの雲が、そのガラスの様なボディを透して見える。

(きれい…。)
最後にそう心の中でつぶやいて、あたしは気を失った。




次に気づいたとき、あたしはいつかのように、ネルフの医療施設のベッドの上にいた。
前回と違うことは、あのカヲルが笑みを浮かべて、あたしのことを見ていたことだ。

「気がついたかい。」

まったく、この笑みさえなかったら、少しは他人の反感を買わずに済むのに。

そう思いながら、あたしは尋ねた。
「あんたが、使徒を倒してくれたの?」

カヲルは、かぶりを振った。

「逃げるのが、精一杯だったよ。
 いまだ、使徒は健在。本部施設を目指して、ジオフロントの装甲板を掘削中だ。
 なまなかなやり方じゃ、あの使徒は倒せないよ。」

「そう。じゃあ、どうするのよ。」

「君が目覚めたら、伝えるようにと言われた、明日午前0時から発動される作戦のスケジュールがあるけど
 読むかい?」

「そうね。」
あたしが頷くと、カヲルは少し離れた椅子の上に置いてある、バッグを取りにいった。

そのとき、あたしは、カヲルが軽くびっこをひいていることに気づいた。

「あんた…。使徒に、やられたの?」

「そうだね。お恥ずかしいかぎりだが…。」

カヲルが言うには、使徒の攻撃が止んだ一瞬の隙にあたしの初号機を抱えて離脱しようとしたが、完全には
逃げきれず、零号機は左足首に二射目の加粒子砲の直撃を受けたということだった。

なんとか、零号機が地上に出たときの射出口にたどりつき、脱出に成功はしたものの、零号機は左足首から
先を失ってしまっていた。
カヲルの負傷は、そのときのものだった。

「ごめん、あたしのために。」
「気にすることはない。機動力のある敵ではないし、今回の作戦には支障はないからね。」

(そういう問題ではないんだけど)
あたしがそう思っている間に、カヲルはバッグから手帳を取り出す。

「渚・惣流の両パイロットは本日17時30分、ケイジに集合。」
カヲルは、そこに記されたメモを読み上げた。

「18時00分、エヴァンゲリオン零号機および初号機起動。
 18時05分、出動。
 同30分、二子山仮設基地に到着。
 以降は別命あるまで待機。
 明朝、日付け変更と同時に作戦行動開始…そういうことだ。」

「今度は、二体同時に出動か。勝算は、あるのかしら。」
「なにか、かなり大がかりな作戦の準備を進めているらしいね。」

「大がかりって?」
「よくは知らないが、使徒の加粒子砲に対抗するために、陽電子砲を戦自から徴収したらしい。」

「徴収…。」
「A.T.フィールドごと、使徒を撃ち抜くらしいね。そのために、日本中を巻き込むと言っていたよ。」

「ミサトの言いそうなことね。」

「で、どうだい。やれそうかい?」

「どんな作戦か知らないけど、やるわよ。あんたには、借りもあるしね。
 なにより、日本中を巻き込むというのに、あたし一人逃げるわけにはいかないじゃない。」

「ふふっ。」
「何が、おかしいのよ。」

「いや、あんな目にあったというのに、君もタフだな、と思ってね。」
「体を張って、あたしを守ってくれた、あんたほどじゃないわよ。」




午後8時11分。
あたしたちは、二子山仮設基地にいた。

すでに使徒のシールドは、22層ある特殊装甲板のうち、17層までを突破し、ネルフ本部に到達するまで
あと3時間55分となった。

陽電子砲(ポジトロンスナイパーライフルというらしい)が、狙撃ポイントに搬入されていた。
思ったより、大きい。
エヴァが寝そべって撃つ設定になっているようだ。

「こんな、夜戦向きじゃない兵器、役にたつの?」
あたしは、リツコに尋ねる。

たしかに、朝日滝付近に集結している電力車の数は半端じゃないし、突貫工事で設置されている変圧器群も
物々しい印象を受ける。
でも、通用しなければそれまでなのだ。

「仕方ないわよ、間に合わせなんだから。」
なんか、リツコ、捨て鉢のような感じがする。

「大丈夫ですよね。」
カヲルが、念を押すと、

「理論上はね。けど銃身や加速器がもつかどうかは、撃ってみないとわからないわ。
 こんな出力で試射したこと、一度もないいんだから。」

それを聞いて、なんとなくリツコが面白くなさそうにしている理由がわかったような気がした。

(自前じゃない、借り物の兵器。
 しかも、ろくにテストもできないまま、ぶっつけ本番で成果を出さなきゃいけないからか。)
科学者の矜持というやつだろう。

ミサトは、そんなことは意に介さないようだ。
どんな手を使ってでも、最大の結果を出す。使えるものは、なんでも使う、そういうスタンスなのだろう。

そのミサトから、今回の作戦の説明があった。
使用するものは、ポジトロンスナイパーライフルと、エヴァ専用の耐熱光波の盾。

「カヲル君は、零号機で砲手を担当。」
「はい。」

「アスカは、防御を担当して。」
「わかったわ。」

返事をしたあと、あたしは生唾を飲み込んだ。
また、あの光に晒されるのか。
専用の盾があるとは言え、長くは持たないであろう。
あとは、A.T.フィールドと、エヴァそのものの耐久性に頼るしかない。

「これは、それぞれのエヴァの特性と状態を考慮した上での作戦よ。」
「わかってるわよ。」

狙撃には、零号機の方が向いている。
さらに、昼間の戦闘で、零号機は左足を負傷しており、まっすぐ立つこともままならない状態だった。
盾を手にして踏ん張ることなど、できるわけがない。
逆に、匍匐した体勢からの射撃なら、なんの問題もない。

「それでは、只今より本作戦を、”ヤシマ作戦”と呼称します。」
ミサトは、そう告げた。

(今度は、あたしがカヲルを守る番だ。)
あたしは、覚悟を決めた。




午後、11時30分。
あたしとカヲルは、攻撃地点でスタンバイしていた。

あとは、それぞれのエヴァに乗り込むだけ。
エントリープラグはすでにエジェクトされており、その傍に設けられた仮設タラップの上に腰をおろして、
あたしとカヲルは静かに”そのとき”を待っていた。

街の灯が、徐々に消えていく。
イルミネーションはもちろんのこと、街灯や信号さえもが。
本当に”日本中を巻き込む”というのが、実感できた。

作戦遂行のための最低限の照明以外は完全に消され、代わりに満天の星がその存在を主張している。
都会につきものの騒音も一切ない。静かだ。

「これで、死ぬかもしれないわね。」
あたしは、ひとりごとの様につぶやいた。

昼間のこともあり、恐怖感はたしかにある。
だけど、次の作戦を目前にしているのに、それがなんだか希薄になっている様な気がした。
何度か死地を、くぐり抜けてきたからかも知れない。
この繰り返しで、死の恐怖に対する感覚がマヒしていくのかも知れない。

その代わりにあたしが、感じ始めているのは、”あきらめ”。
これまで生き延びてこれたのは、幸運だったからだ。
こういうことを続けていれば、”いつかは、死ぬ”。
それが、今回である可能性は高い。
その思いが、あたしの口をついて出てきたのだった。

「どうして、そんなことを言うんだい。」
カヲルが尋ねてきた。静かな声だが、周囲が静寂に包まれているせいか、よく聞こえる。

「あんた、この作戦の成功確率聞いた? 生き残れる方が不思議なのよ。」

「君がエヴァに初搭乗したときの、起動確率の方がうんと低かったよ。
 それに、使徒との戦いにおいては、成功確率はあまり意味がない。
 すべては、シナリオどおりに進む筈だからね。」

「なに、それ?」

「定められた運命ってことさ。」

「あんた、ひょっとして、危ない思想の持ち主?
 前から、自分以外の者に対して、”君たち”なんて言ってるし。」

「はは、そうかい?」

「それに、その笑い方、やめた方がいいわよ。バカにしてると思われるわよ。」

「わかった、気をつけるよ。」

「ねえ。」
あたしは、話題を変えた。

「昼間、あたしを守ってくれたとき、あんた『さがれ』とか、言ってたわよね。」

「そうだったかな。」

「あれは、あたしに言った言葉? それとも、使徒に言った言葉?」

「どうして、そんなことを聞くんだい。」

「どうしてかしらね。やっぱり、あんた、普通じゃないと思うから。」

「そうかな。どういうふうに?」

「容姿はともかく、雰囲気がちがうわ、相田や鈴原と。
 ものすごい能力値をもっていながら、それを隠しているような気がするし、あたしたちの知らないことも
 知っているみたいじゃない。」

「まるで、ぼくが人じゃないみたいに言うんだね。」

「そうは思わないけど…。気に障ったら、謝るわ。」

「別にいいよ。ただ、物心ついたときから、エヴァに乗ることが決められていて、そのための訓練をずっと
 してきたからね。だから、そう見えるのかも知れない。」

「そっか。そうかも知れないわね。ファーストチルドレンと呼ばれるのは、伊達じゃないということね。」

「普通じゃないのは、むしろ君の方だよ。」

「え?」

「エヴァへの初搭乗で、いきなりシンクロ率が50%を超えたそうじゃないか。
 前回の使徒戦では、民間人を同乗させていながら、さらにシンクロ率をアップさせたということだし。
 君こそ、エヴァに乗るために生まれてきたのではないかと思うよ。」

「そんなことはないわ。あたしは、あんたみたいにエヴァに乗る理由も覚悟もないもの。
 …そういえば、まだ、聞いていなかったわね。
 あんたは、なぜエヴァに乗るの?」

「生き延びるためさ。」

「それだけ?」

「生き延びて、どうしても会いたい人がいる。いずれ、巡り合うことになっている人がいるんだ。
 だからぼくは、まだ死ぬわけにはいかないし、人類の歴史を終わらせるわけにもいかないんだ。」

「…すごいわね。」

「なにが?」

「あんたの覚悟もそうだけど、それだけあんたに想われている人が。」

カヲルは一瞬目を伏せ、笑みを浮かべると立ち上がった。
「時間だ、行こう。」

「ええ。」
あたしも、それに倣った。

「最後に、あんたと話せてよかったわ。」

カヲルは黙ったまま、片手を上げるとあたしに背を向け、自分のエヴァに向かった。
あたしも続いて初号機の方に向き直り、そのエントリープラグに向かって歩を進める。




あたしが乗りこんだ初号機は盾を準備し、匍匐している零号機の横に、蹲るようにして待機した。
零号機はうつ伏せに寝そべるようにして、ポジトロンスナイパーライフルを構えている。

そして、午前零時の時報とともに、作戦は開始された。

「作戦、スタートです!」
「二人とも、頼んだわよ。では、第一次接続。」

ミサトの指示により、ポジトロンスナイパーライフルへの送電が着々と進められる。

「全冷却システム、出力最大へ。」
「温度安定、問題なし。」
「陽電子、順調に流入しています。」

「第二次接続。」
「全加速器、運転開始。」
「強制集束機、作動スタート。」
「全電力、二子山増設変電所へ。」
「第三次接続。」
  ・
  ・
  ・
変電施設がフル回転を始め、燐光に包まれたように光り始めた。
  ・
  ・
「最終安全装置、解除。」
「撃鉄起こせ。」

隣りの初号機が、指示にしたがってライフルの撃鉄を上げた。もうすぐだ。

「地球自転及び重力の誤差修正、プラス0.0009。」
「電圧、発射点まであと0.2」

発射の瞬間が近づく。
変圧器から火花が飛び、ケーブルからは高電圧によって白煙が立ち上っている。

「第七次最終接続。」
「全エネルギー、ポジトロンスナイパーライフルへ。」

そのとき、あたしはいやな予感がした。

「ポジトロンスナイパーライフル、発射十秒前。九、八、七…。」
「目標内部に、高エネルギー反応!」
「なんですって!!」

やはり、そうだ。
使徒に気づかれたのだ。
変電施設の発光と、火花や白煙。そして、二子山全体で発生している高エネルギー。
気づかれても当然か。
ただ、それを使徒自身への攻撃として捉えるかどうかだったが、事態は悪い方へ転んだようだ。

「六、五、四…。」
あたしは、だれに命ぜられることもなく、自然に体が動いていた。

初号機は零号機の射撃の邪魔にならないようにしながら、その前に立つ。
そして、両足を踏ん張って、盾を構えた。

「三、二…。」
そのとき、使徒からの加粒子砲が、こちらより一瞬早く放たれた。

「アスカ!」
ミサトが叫んだときには、あたしは初号機の盾でその光を受け止めていた。

「一、ゼロ!」
その直後、零号機のライフルから、陽電子の光が射出された。

実際に見たわけではない。
あたしの視界は、使徒から放たれ、手にした盾で四散している光で真っ白に覆われていたから。
でも使徒の攻撃を受け止めつつも、零号機がカウントダウンに合わせて発砲した機械音はたしかに聞いた。

そして、受け止めていた使徒からの光は、唐突に消えた。
視界が回復すると、あの青い正八面体が煙を吹いて地上に転がっている姿が見えた。

「終わった…のね。」
初号機は、あたしは、その場にへたり込んだ。

使っていた盾は真っ赤に灼熱し、その中央には大きな穴が穿たれていた。




今さらながら、恐怖が込み上げてきていた。

何もかもが、うまく行き過ぎているような気がした。
あたしにあのとき、事前の予感がなかったら。
また、カヲルが一発で仕留めていなかったら。
それでも使徒は斃せたかも知れないが、おそらく甚大な被害が発生していたことだろう。

前回の使徒戦にしても、どう考えてもうまく行き過ぎている。
普通に考えたら、失敗しても不思議ではない、いやむしろ、その方が自然なのだ。

(これが、”シナリオ”というやつなの?)

定めらた運命というなら、ある意味、これは”悪夢”だ。
夢なら、早く覚めてほしいと思う。

「アスカ、大丈夫?」
ミサトの声で、あたしは我に返った。

サブウィンドウにミサトの心配そうな顔が映っている。

「え、ええ。大丈夫よ。」

「本当? どこも怪我していない?」

「大丈夫だってば!」
あたしが少し大きな声で応じると、ミサトはほっとしたような表情を見せた。

「アスカも、カヲル君もお疲れさん。
 エヴァにも損傷はないみたいだし、完璧なミッションだったわよ。
 みんな、待っているから、早く戻っていらっしゃい。」

「…だ、そうだよ。 セカンド。」
目の前にもうひとつ、サブウィンドウが開き、カヲルが笑みを浮かべてあたしを見ていた。

「なによ、それ! あたしのことは、セカンドと呼ぶなと言ってるでしょう!!」
そう言うと、あたしは初号機を立ち上がらせた。

そして、零号機に向かって手を差し伸べる。

「なに、握手?」

「なにバカなこと言ってんのよ。零号機は片足損傷してるんでしょ?
 ほら、肩を貸してあげるから、手を出しなさい!」

零号機を引っ張り起こし、あたしたちのエヴァは、帰投ポイントに向かった。

(とりあえず、こいつと一緒だったら、なんとかやっていけるのかも知れない。
 たとえそれが、あらかじめ決められた道だとしても)

そう思って、あたしは夜空を見上げる。
宙天には、寒々とした月が輝いていた。




目を開くと、満点の星々が見えた。
柩の中から、わたしは身を起こす。

三度目の試練を、彼らは乗り越えたようだ。
初めはどうなるかと思ったが、世界は彼らを受け入れているのかも知れない。

青く輝く、かの星を見上げながら、わたしはつぶやいた。

「あなたは、今度こそ、幸せになれるのかしら。…碇君。」
                     − つづく −