マナの自宅の客間に、あたしたちは集っている。
マナはピアノの前に座り、シンジがチェロを、あたしはバイオリンを抱えていた。
観客は、レイとカヲルで、特等席のソファに並んで座っている。
シンジのチェロとマナのピアノで始まった曲目は、タナトス__。
ちょっと妬けるけど、シンジとマナの息はぴったり合っている。
でも、あたしだって・・・。
あたしは、バイオリンを抱えなおし、弦に弓をあてた。
ここからは、あたしのパートだ。
目一杯、あたしはあたしのバイオリンに、自己主張をさせた。
もちろん、調和を乱さないことを考慮しながら。
「いやあ、すばらしかったよ。」
演奏が終ると、カヲルは拍手しながら言った。
レイも、無言ではあるが惜しまずに拍手をしている。
「霧島さんが、こんなにピアノが上手だとは、思わなかったよ。」
むぅ、あたしのバイオリンはどうだったっていうのよ。
あたしだって、ここんとこ、真面目に練習してるんだから。
ミサトには五月蝿いっていわれるけど・・・。
「こんどの文化祭の出し物に、ぴったりだね。
それとも、ここにいる全員で演奏できる何かを、考えてみるかい。」
「あ、それ名案だよ、カヲル君。」
シンジは、すぐにそれに賛成した。
「じゃあ、選曲はぼくにまかせてくれるかい。」
「え、いいの?」
「いつもシンジ君にまかせきりでは、悪いからね。
それでいいかな、女性のみなさん。」
「ありがとうございます。お願いします!」
正式に演奏仲間と認めてもらえて、マナは嬉しそうだった。
あたしは、『女性のみなさん』という言い方が気に入らなかった。
なんか、カヲルにとっては、シンジ以外は『おまけ』でしかないような・・・。
でも、冷静に考えて、マナの加入で全体のレベルがアップすることは間違いない。
「いいわ、あんたにまかせる。」
「でも・・・。」
レイが口をはさんだ。
「合同で練習する場所が、限られるわ。
ピアノは、持ち運ぶわけにはいかないもの。」
「そうか。マナの家に入り浸りというわけにもいかないよなあ。」
シンジが、腕を組んでそう言った。
「わたしは、いつみんなに来てもらってもかまわないんだけど・・・。」
「そういうわけにもいかないよ。
文化祭の直前になると、毎日お邪魔することになってしまう。
合同練習は日を決めて行うようにして、後は各自で課題を決めて単独で練習する
・・・そうするしか、ないだろうね。」
カヲルの言葉に、
「そんな・・・。」
マナは、困ったような顔をした。
自分が加わることにより、メンバー全員での合同練習がやりにくくなったのだ。
マナは、本当に困ったという表情をする。
蒼い髪のだれかさんと違い、その表情の変化がストレートだ。
最初、小気味いいと感じたあたしは、
『ま、あんただけ単独で練習するのね。』
とも思っていたが、少しかわいそうになった。
しょうがないわね。
「あたしが、音楽室を借りられないか、先生に頼んでみるわ。」
「ああ、それがいいかも知れないね。」
「頼むよ、アスカ。」
ま、こういうことは、あたしが一番得意だからね。
「ありがとう、アスカさん。」
マナが言う。
「どういたしまして。 まぁ、まかせときなさい。」
あたしは、微笑んで応えた。 これでひとつ、貸しね。
その日はそれで解散となり、マナの家を出ると、シンジはあたしの家に寄った。
今日は、シンジに「生姜焼き」の作り方を教えてもらう約束だった。
おとといは、「ハンバーグ」の作り方を教えてもらっている。
このところ、ちょくちょくシンジに来てもらっては、あたしは料理を教わっている。
マナにはナイショだ。
シンジは、かまわないじゃないかと言うが、あたしはマナに知られるのは嫌だった。
「へんなことで、ヤキモチ焼かれても困るのよ。」
そういうことに、しておいた。
本当のところは、『2人だけの秘密をもつ』ということに、
あたしは何か、どきどきするようなものを感じていた。
・・・ずっとそれは感じていたい。そう思った。
もちろん、シンジの前ではそんなことは、素振りも見せなかったが。
「肉はあまり長いこと漬け込むと、固くなるからね。」
そう言うと、シンジは味付けのための醤油と酒の分量を教えてくれた。
「ねぇ、シンジ。」
あたしは、ふと、シンジに尋ねてみた。
「霧島さんは、シンジに何か、料理を作ってくれたことはあった?」
「そうだねぇ、誕生日パーティのときは、みんなお母さんがしていたみたいだし、
そういうことはなかったかな。
あ、でもお弁当を作ってくれたことはあったっけ。」
芦ノ湖でのデートのときだ。 あたしはピンときた。
「で、どうだった?」
シンジは内心、しまったと思ったらしい。
「な、何が。」
「ばっかね、味よ、味。 美味しかったか、って聞いてんのよ!」
「う、うん。それは・・・ええと・・・。」
「怒らないから、正直に答えなさいよ。」
「け、けっこう美味しかったよ。」
・・・ホントに、バカ正直なんだから。
まあ、いいわ。本当のところを聞きたかったんだから。
「あたしと霧島さんと、どっちが料理が上手だと思う?」
「そんなこと、一概に言えるわけないよ!」
シンジは憤慨するように言った。
「アスカはやっぱり、肉料理とかが得意そうだし、めりはりの効いた味付けが中心で、
どちらかというと、好みが欧米的なんだよ。
マナは玉子料理が上手だし、サラダ用に自分で和風ドレッシングを作ってきたりするから、
和食系の味付けが得意なのかも知れない。」
「ふうん、そうなんだ。」
シンジが生真面目で正直なもんだから、あたしは却ってヤキモチを焼かずに済んだ。
むしろ、
『そうか、玉子料理か、マナの得意分野は。
まずは、玉子焼きからね。あたしが対抗しなければならないのは。』
そういうふうに、考えた。
「それで、生姜焼きの肉なんだけど、柔らかくする方法は二つあって・・・。」
シンジは、そんな話題はさっさと終らせたいとばかりに、料理実習に戻る。
「ふんふん。」
あたしは、(今日のところは)それ以上は追及するのはやめて、
真剣に聞き入っていた。
翌朝から、あたしはいろいろな玉子焼きに挑戦することした。
塩味、砂糖味、醤油味・・・玉子に混ぜるものは、いろんなものを試した。
焼くときにひく油も、バター、マーガリン、果ては胡麻油まで、いろいろやってみた。
だけど、どれも今ひとつだった。
美味しいのができたら、お弁当の時間にシンジに食べてもらおう・・・。
そう、思ったのだけど。
あたしは、自分の味覚に自信がもてないので、朝食のときにミサトに試食してもらい、
意見を聞くことにした。
だけど、それは人選ミスだということが、すぐに判った。
何を食べさせても、不味いとは言わないのだ、この同居人は。
味覚が最も発達する時期に、セカンドインパクトを経験しているものだから、
悲惨な食生活を経験したのかも知れないが、それにしても限度がある。
はっきり言って、この味音痴は天性のものだろう。
その日、あたしは明らかに塩を入れ過ぎた玉子焼きをミサトに食べさせた。
「うん、結構いけるじゃない、これ。」
ミサトはそう言った。
「ご飯が進むわ。なんかこう、一杯やりたくなるような感じね。」
『佃煮じゃないわよ! ・・・だめだ、こりゃ。』
あたしは、ミサトに試食してもらうことは、あきらめることにした。
「あんた、辛すぎるってこともわからないの?
もう、いい。 ミサトを頼りにするのが間違いだったわ。」
「・・・悪かったわね、味音痴で。
私なんかに聞かずに、シンジ君に頼めばいいじゃない。
夕食のおかずだって、シンちゃんに教えてもらってるんでしょ?」
「それとこれとは、話が別よ!」
ミサトは、頭の上に?を三つくらい並べたような顔していた。
マナに対抗するための玉子焼き作りに、シンジの協力を仰げるわけないじゃない!
玉子料理だってあたしの方が上だってことを、アピールするのが目的なんだから。
シンジの助けがなくても、自分ひとりの努力でここまでできるということが、重要なんだから。
結局あたしは、ヒカリに相談することにした。
うん、最初からそうすればよかったのよ。
学校での昼休み__。
「ねぇ、ヒカリ。 お弁当食べよ。」
あたしは、いつもの様にヒカリを誘った。
シンジは、トウジとケンスケの二人と一緒に先に食べている。
「ねぇ、ヒカリのお弁当に、玉子焼きある?」
「ええ、あるけど。」
「ちょっと味見させてくれる。」
「いいわよ、はい。」
「ありがとう。」
あたしは、ヒカリのお弁当から、玉子焼きを一個もらった。
そして、食べてみる。
「・・・おいしい!」
「そう? ありがとう。」
「どうしたら、こんなに美味しいのができるの。」
「どうしたらって・・・。」
「あたしが作ると、もっと辛かったり、甘かったりで・・・。
味が安定しないうえに、こんな柔らかい味にはならないもの。」
「ひょっとして、アスカ。あなた、だし汁入れていないんじゃないの。」
「なに? だし汁って。」
「だし汁というのはね・・・・・・。」
そのとき、はじめてあたしは、玉子焼きにはだし汁を入れるものだということを知った。
そうか、そうだったのか。
たかが玉子焼きだと思っていたのだが、ヒカリの説明を聞くとけっこう奥が深い。
というよりは、いかに自分が無知であったかを、あたしは思い知った。
ヒカリに聞いてみてよかった。
何も知らないままでいたら、シンジやマナの前で大恥かくところだった。
「・・・うん、わかった。
勉強になったわ。ありがとう、ヒカリ。」
ひととおり説明を聞くと、あたしはそう言った。
「でも、アスカ。どうしたのよ、急に。」
「え?」
「葛城さんと二人で暮らすようになったから、アスカが料理しなければならないと
いうのはわかるけど、今までそんなに味にこだわったことなかったじゃない。」
ミサトの味音痴は、ヒカリも知っている。
これまでさんざん、あたしやシンジが愚痴を聞かせてきたのだから。
ミサトに食べさせる料理は、手を抜いたもので十分だと思われても仕方がない。
なのにどうして今さら、味にこだわったりするのか、ヒカリはそう言いたいのだろう。
「それは、ええと・・・。」
あたしが返答に困るとヒカリは、ずいと体を前に乗り出してきた。
「碇君でしょ?」
小声で、あたしに言った。
あたしの顔が、かぁっと熱くなる。バカ、なんで赤くなるのよ。
「そ、そんなんじゃ・・・。」
「いいのよ、隠さなくても。アスカのこと、応援してるから。」
「う、うん。」
ヒカリの前では、素直でいることにした。
「霧島さんに、お弁当で対抗しようというの。」
「・・・まあね。」
「けっこう、大胆なんだ。
霧島さんもまだ、碇君にお弁当あげたりしていないのに。」
「あたしだって、お弁当をまるまるあげようとは、思ってないわよ。
鈴原と違って、シンジにはお母さんがお弁当作ってくれてるもの。
ただ、霧島さんが玉子料理が得意らしいと聞いたから・・・。」
「なんや、ワシがなんかしたんか。」
不意に声がして、トウジの奴が寄ってきた。
「な、なによ。」
あたしは、今の話を聞かれたかと思い、身構えてしまった。
「ワシの話をしとったんと違うんか。」
「鈴原の話じゃないわ、お弁当の話よ。」
「なんや、そうかいな。
ああ、弁当やけど、ごちそうさんやった。」
そういうと、トウジはヒカリにお弁当の包みを渡した。
「ああ、どうも。 どうだった?」
「おう。ごっつ、うまかったで。 また、たのむわ。」
そう言うと、トウジは、シンジたちの会話の輪の中に戻っていった。
「なに、あれ。」
あたしは、あきれた。
「お弁当作ってもらった、お礼の言葉があれだけ?」
「いいのよ、アスカ。」
ヒカリは、微笑んで言った。
「鈴原はあれで、恥ずかしがっているのよ。アスカが、傍にいたから。」
「へぇ、よくわかるわね。」
「ふふふ、くされ縁だからね。」
「なんか、うらやましいわね。」
「そう? ありがとう。」
あたしたちが、小声で話していると、
「おーい、アスカ。」
と、呼ぶ声がする。
見ると、シンジが自分の席から手招きしている。
鈴原と相田の姿が消え、かわりにカヲルとレイと、マナがシンジの傍にいた。
「ごめん、ヒカリ。 また、あとでね。」
「うん、またね。」
あたしは、食べ終わったお弁当をしまうと、シンジの席に向かった。
「うん、文化祭のことなんだけどさ。」
そう言うと、シンジはカヲルの方を見た。
カヲルは、頷くと言った。
「いろいろ考えたんだけど、全員で演奏できる曲というのが、なかなかないんだ。
弦楽器とピアノの組み合わせだと、まず考えられるのは、
タナトス・・・これは、バイオリン、チェロ、ピアノだね。ピアノはあくまでも伴奏だ。
だけど、他の曲では、ピアノが主旋律のものが多いんだよ。
バイオリンその他の楽器は、脇役でしかなく、そうなるとチェロやビオラを入れるのは、
はっきり言って難しい。
ピアノを外すと、弦楽四重奏のジャンルとなって、うんと選択肢は増える。」
「なにが、言いたいのよ。」
「文化祭は、卒業式のときと違って、演奏時間を20分近くもらえるらしいんだ。
ならば、いろんな演奏パターンで、3曲くらい演ってみてはどうかなと思ってね。
そうすれば、出番のない人もないだろうし。」
「あたしは、それでかまわないわ。 当然、その中にタナトスは入るのよね。」
カヲルは、にっこり微笑んで応えた。
「もちろんだよ。 惣流さんの言うタナトスは、1曲目に持ってくる。
そして、2曲目は、別バージョンのタナトスを考えているんだ。」
「別バージョンというと?」
「霧島さんのピアノ。 そして、綾波さんのボーカルで行こうと思う。」
「え? それって・・・。」
「THANATOS-IF I CAN'T BE YOURS-・・・ジャズ調の、英語の曲だよ。」
「カヲル君が、見つけてきたらしいんだ。」
シンジが、口をはさんだ。
「別バージョンで同じ曲を演るというのは、いい考えだと思うけど・・・。
レイ、あんた歌えるの?」
あたしが尋ねると、レイは黙って頷いた。
「つい今しがた、音楽室が開いていたので確認してきたよ。
うん、綾波さんの声は、すごくよかったよ。」
「どうりで、あんたたち(カヲル、レイ、マナ)の姿が見えないと思ったら、
そんなことしていたのね。
でも、無断で使って、先生に知られたら怒られるわよ。
せっかく、明日からは使ってもかまわないと、許可をもらったんだからね。」
「本当? アスカさん。」
マナは、嬉しそうに言う。
「本当よ。
そのかわり、入退室時にはちゃんと職員室に行って報告しなきゃいけないけどね。
だからもう、勝手なことするんじゃないわよ。」
「わかったよ。悪かったね、惣流さん。」
「わかればいいわ。それより、3曲目は何なのよ。」
「さて、それなんだけどね。
やっぱり、弦楽四重奏にしようと思う。
前回と同じく『カノン』にするか、それとも『G線上のアリア』をアレンジするか。
集ってもらったのは、そのことの相談なんだ。」
シンジは、前回好評だったカノンを、実績もあることだからもう一度やろうと言う。
だけどあたしは、新しいものに挑戦しようと主張した。
アンコールがあれば、そのときにカノンをやればいいではないかと。
結局、あたしの意見がとり入れられて、G線上のアリアを演ることとなった。
家に帰ると、あたしは早速、「玉子焼きの作り方」のレシピを探した。
料理本はもちろん、パソコンでも確認した。
ヒカリのいうとおりだった。
だし汁を加えるのは、基本のようだ。
そして、思ったよりたくさんのバリュエーションがあった。
・・・たかが玉子焼きと思って、あまくみていた。
あたしはいくつかのレシピと、ヒカリの話を参考にして、とりあえず作ってみた。
ひとくち、食べてみる。
「うん、これならいける!」
もう少し練習してから、シンジに食べてもらおうと思った。
次の日__。
今日から、文化祭に向けての練習が始まる。
放課後の練習に向けて、あたしは通学鞄のほかに、バイオリンケースを持って登校した。
シンジとレイも、チェロとビオラのケースを持っている。
とくにシンジは、大きなチェロを肩に担いでおり、大変そうだ。
マナだけが、鞄ひとつでの登校だった。
「持ってあげる。」
そう言ってマナは、チェロとは反対側のシンジの肩からショルダーバッグを外した。
「あ、いいよ。」
「いいから、いいから。」
マナは笑いながら、先頭に立ってスタスタと歩いていく。
「霧島さん、シンジを甘やかすんじゃないわよ!」
あたしは、怒鳴るように言う。
楽器の入ったケースを持っているあたしたちは、走るわけにはいかない。
マナに追いつくには、せいぜい、足を速めるくらいしかない。
「ほら、シンジも甘えてないで、鞄を取り返してきなさい。」
あたしは、シンジの肩を押すようにする。
「そんな、アスカ・・・。」
シンジはなさけない声を出すが、あたしににらまれると、
「ちょ、ちょっと待ってよ、マナ〜!!」
あきらめて、チェロのケースを背負いなおし、歩みを速めるのだった。
その日、放課後の音楽室で、はじめてレイのボーカルを聞いた。
カヲルが選曲したという、ジャズ調のタナトスだ。
マナのピアノに合わせて、レイは歌い始めた。
「Now it's time, I fear to tell
I've been holding
it back so long・・・」
正直、震えがきた。どうして、こんなに上手いのよ。
ジャズ歌手顔負けの美声だった。
あたしは、嫉妬することも忘れた。
むしろ、心配になった。
あたしたちの持分の演奏が、霞んでしまうのではないかと。
いや、それよりも、こんなのを披露したら、
確実に『レイのファンクラブ』みたいなのができてしまう。
家まで押し寄せる『追っかけ』まで現われるかも知れない。
レイが歌い終わった後の、しばしの静寂を破って、あたしはカヲルに尋ねた。
「・・・カヲル、こんなの出していいの?」
「どうしてだい、けっこういけていると思うんだけど。」
「逆よ、逆。
大騒ぎになるわよ。中学生のレベルじゃないもの。
にわかファンが大量にできたら、どうするつもりなのよ。」
「そんなことって、あるのかな。」
シンジは、いまいちぴんとこないようだ。
「・・・・・・?・・・。」
歌った本人は、さらに事情が飲み込めていないらしい。
「わたしも演っていて、それはあると思い、心配になったわ。
綾波さん、すごく上手なんだもの。」
マナは、あたしに同意した。
「いいんじゃないのかな。」
カヲルは、静かに微笑んで言った。
「むしろ、今まで目立つということがなかった綾波さんが、注目の的になることは、
本人にとってもプラスになるかも知れない。人との接し方を学ぶ上ではね。」
「なに、勝手なこと言ってんのよ。
誰が接してきたって、レイはシカトするに決まってるでしょ。
問題は、その迷惑が周囲に及ぶことよ。」
「・・・でも、わたしはやってみたい。」
予想外のレイの言葉に、あたしを含めて皆、口をつぐんだ。
「綾波・・・。」
シンジに続いて、あたしがやっと、
「どうして?」
それだけを、言った。
「歌うこと、気持ちいいもの。」
あたしは、かぶりを振って肩をすくめた。
あきらめの笑みが、浮かんでくる。 本人がそう言う以上、何も言うことはない。
「決まりだね。」
カヲルが、静かに告げた。
その日から、あたしたちは本格的に文化祭に向けての練習を始めた。
ともかく、レイのボーカルに負けないよう、あたしは真剣に取り組んだ。
特に、初めて演奏することになるG線上のアリアは、シメになる曲だ。
恥ずかしいできには、したくなかった。
「うん、いいね。初めてにしては、上出来だよ。」
G線上のアリアをひととおり、弦楽器組の四人で弾き終わると、カヲルはそう言った。
「本当。 みんな、凄いわ!」
今回は聞き役にまわっていたマナも、そう言った。
「いや、霧島さんのピアノも、なかなかだよ。」
「わたしは、繰り返し練習して、やっとこの程度だから。」
「マナのえらいところは、そういう、努力を惜しまないところだよ。
この調子なら大丈夫、きっと成功するよ。」
シンジが、そう言った。
「本当に?」
「もちろんだよ。」
「うれしい・・・。」
シンジとマナが、二人の世界に入り込みそうだったので、
「はい、そこの二人! 練習を再開するわよ。タナトス弦楽器バージョン、行くわよ。」
あたしは声をかけて、現実に引き戻してやった。
「「はい。」」
二人が演奏の準備に入るのを見届けると、あたしは立ち上がってバイオリンを構えた。
まったく、あたしだって、このところ相応の努力をしているというのに。
シンジはどうしてマナばっかり見て、あたしを認めてくれないのだろう。
今まで、あたしがそういう素振りを、つとめて見せてこなかったからだろうか。
あたしが才能だけでやっているということが、当たり前に思われているのかも知れない。
でも、それって、すごく悲しい。
もちろん、あたしはそんなことで、泣いたりはしないのだけど。
あたしは、負けない。
ちゃんと、シンジを振り向かせてみせる。
まずは、そう、「玉子焼き」だ。
明日、最高の玉子焼きを作って、お弁当といっしょに持ってこよう。
昼休みに、シンジに食べてもらうのだ。
『あたしが、シンジのために努力していること、認めてくれるかな。』
あたしはバイオリンの弦に弓をあて、自分の出番を待ちながら、そんなことを考えていた。
おしまい・・・なのか?