もうひとつのバレンタイン
前編
列車に乗るのは、久し振りだった。
少女は、ほお杖をついて窓の外を眺めている。
もう随分ながいこと、少女はそうしていた。
乗車して間もない頃は、車窓からところどころ、雪が残っているのが見えていたが、
今はもうそれは、全くと言っていいほど見られない。
北の国から、かなりの距離を南下してきている為だった。
カタンカタン、カタンカタン・・・。
単調な音とともに、田畑が、木立が、後方に飛ぶ様に消えていく。
「わたしのこと、覚えていてくれるかな。」
ぽつりと、少女がつぶやく。
彼の前に唐突に現れ、そして唐突に去った自分だ。
それは、遠い昔の、ほんのひとときの恋の思い出だった。
そんな自分だから、たとえ忘れ去られようと、恨むことなどできなかった。
それでも__。
会って顔を見たら、思い出してほしいと願った。
あのときの、彼への想いは、真実だったから。
「シンジ・・・。」
少女は、彼の名を呼んだ。
久し振りにその名を口にしたとたん、懐かしさに涙があふれそうになる。
そして、気付いた。
今ある自分をささえてきたのは、彼の存在だったことを。
「泣いてどうするのよ!」
少女はかぶりを振った。そんなんじゃ、嫌われるかも知れないじゃない。
笑顔を作って、車窓に映して確かめる。
「シンジ、もうすぐ会いに行くからね。」
少女、霧島マナは、声に出してそうつぶやいていた。
早朝の、第一中学校の体育館__。
シンジはそこで、一人でチェロを弾いていた。
もうすぐ、レイかアスカがやってくる。
それまでに、このフレーズだけは完璧に弾けるようにしておきたかった。
卒業式に、在校生代表で弦楽四重奏をやろうと言い出したのはアスカだった。
シンジはあまり乗り気ではなかったのだが、レイとカヲルを引き込んだアスカに、
「あと一人、足りないのよねぇ。」
そう言われては、断ることができなかった。
そのくせ、選曲だとか、練習の段取りについては、全てシンジまかせである。
最初から、アスカはそういうつもりだったのだ。
発案はしたものの、それはあくまでも、シンジのチェロの技量とセンスを
あてにした上でのものだった。
シンジもいったん引き受けた以上は、途中で投げ出したりはしない。
体育館での『早朝練習』を言い出したのは、シンジだった。
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『えーっ! 早朝練習ぅ?』
アスカは最初、難色を示した。
もともと、早起きが苦手なアスカだったが、サードインパクトで地軸が元に戻ったことで
冬というものを初めて体験し、起床時刻はかなり遅くなっていたのだった。
俗に言う、「ふとん虫」状態になっていた。
ふとん虫という点では、レイも同じだった。
レイも、とある事情でシンジたちと同居することとなっていた。
そして、他人(シンジ)に起こされる心地よさを知ったレイは、アスカとときを同じくして、「ふとん虫」への道を邁進していたのだった。
それはさておき、『早朝練習』である。
シンジがソロで演奏するならともかく、四重奏を人に聞かせるにはそれなりに練習しなければならない。
周囲への騒音を気にせずに練習できる「時間と場所」といえば、やはり早朝の体育館しかなかった。
シンジの根気強い説得に、アスカはついに折れた。
弦楽四重奏をすることは既に宣言してしまっていたために、今さらやめるわけにはいかなくなっていたのだった。
レイも、シンジがするというのならと、反対はしなかった。
ふたりの「ふとん虫」がやる気になったのはいいが、冬場の早起きを習慣づけるまでが大変だった。
シンジは毎朝ふたりを起こそうとするが、習慣化した朝寝坊がそう簡単に治るわけがない。
ついにシンジはしびれをきらし、朝食だけ作っておいて自分ひとり、早めに登校することにした。
『見捨てられた』アスカとレイが、自力で起き出してシンジの後を追うようにして体育館に来るようになったのは、わりと最近になってからのことだった。
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「最初から、こうすればよかったんだよな。」
同じフレーズを何度となく練習しながら、シンジはそう思った。
「毎朝毎朝、みんなを起こすのに苦労したけど、結局甘やかすのが一番よくなかったんだ。」
納得できる演奏ができて、シンジは満足の笑みを浮かべた。
体育館の引き戸を開けて、アスカが入ってきた。
「シンジ、おはよう。」
「あ、おはよう。」
そう言いながらシンジは、今日は綾波はいっしょじゃないんだ、と思った。
二人でいっしょに来ることもあるが、レイはもともとが低血圧なのか、
アスカよりさらに朝に弱い。
アスカに起こされてすぐに起きられるときはよいが、そうでない場合は、
見捨てられて、ひとりで後から来る場合があった。
「今日は、なにやるんだっけ。」
アスカが尋ねる。
「パッヘルベルのカノンだよ。」
「いいわね、チェロは。和音のアルペジオだけなんだもの。」
そう言いながら、アスカはバイオリンの準備をする。
やがて、二人の演奏練習が始まった。
アスカのバイオリンは、上達が早い。
いくらシンジのチェロが上手いといっても、それは幼いときからの
練習の積み重ねによるものだ。
こと才能に関しては、アスカが一番の様だった。
第7使徒との戦いに向けて行ったユニゾンの訓練でもわかるように、
アスカは曲を理解し、取り入れる速さが断然違う。
シンジは、演奏練習をすることになった、事の発端を思い出していた。
『今日ねぇ、先生に言われたのよ。』
アスカが、そう切り出したのはバレンタインデーが終わって、
間もなくの頃だった。
『今度の卒業式で、あたしたちで何か考えて、「在校生代表」として
なにかやってみてはどうかって。』
『うん、それで?』
『じゃあ、【弦楽四重奏】なんかどうですかって言ったわ。』
『ちょ、ちょっと待ってよ。誰がそれをするんだよ。』
『もちろん、あたしたちに決まってるでしょ。』
『い、いやだよ。そんなの。恥ずかしいよ。』
『どうして? シンジのチェロは、どこに出したって恥ずかしくなんかないわよ。』
『そういう問題じゃなくて、誰だって大勢の前では演奏したくないってことだよ。』
『そうかな。』
『そうだよ!』
『じゃあ、あと二人、やってもいいというのがいたら、あんたも参加するのよ。』
『そんな物好き、いるわけないよ。』
『約束だかんね!』
結局、どう言いくるめたのかは知らないが、アスカはレイとカヲルを引き入れた。 やむなく、参加することとなったシンジだったが、練習自体は嫌いではなかった。
アスカとの息は、ぴったりと合ってきた。
いつしかシンジは、時間を忘れて夢中になっていた。
「・・・なんか、こうやって二人で練習するのは、ユニゾンの特訓以来ね。」
不意に、アスカがそんなことを言う。
その声に込められた「何か」に、シンジはどきりとするものを感じた。
そのとき、
「おはよう。」
体育館に、レイが入ってきた。
「おはよう、綾波。」
シンジは、なんだかほっとした。
『むぅぅ、お邪魔虫め。』
アスカはそう思ったが、何も言わなかった。
レイもアスカとは、口をきかない。置き去りにされたことを、怒っているのか?
いや、そうではないようだ。
レイはビオラの用意をすると、すぐに練習に加わった。
レイの演奏は、抜きん出たところはないが、他人に合わせるのが上手い。
先走ったり、目立とうとしないところに、シンジは好感を抱いていた。
『綾波とは、もっと早く一緒に暮らしていたらよかったのにな。』
シンジは、そう思う。
そうすれば、レイは三人目にならずに済んだかも知れない。
自分はもっと、積極的にレイを守ろうとしたのではないだろうか。
もっとも、サードインパクト前のゲンドウが、それを許したとも思えないが。
サードインパクトがあったからこそ、今レイは自分たちと一緒に暮らしているのだ。
レイは、サードインパクト後の秋の到来時に、相変わらずワイシャツだけで寝ていたために、寝冷えというものを体験した。
体調不良をリツコに訴えたところ、それがミサトに伝わり、本格的な冬が到来する前に急遽、レイもシンジたちと同居することとなった。
『このままでは、冬を知らないレイは、凍死しかねない!』
それが、ミサトがレイをひきとることを決断した理由だった。
もちろん、部屋数が足りるわけがないので、より広い今のマンションに全員で引っ越したのである。
チェロと、バイオリンと、ビオラ・・・三人の演奏は、かなり様になってきた。
あとひとりの技量がそれなりにあれば、なんとか、格好がつきそうである。
体育館の引き戸が、再度開けられた。
四人目の登場だった。
「おっそいィ!」
アスカが抗議する。
「ハハ、ごめん、ごめん。」
渚カヲルだった。
『カヲル君・・・。』
シンジは、カヲルの顔を見るたびに、妙な懐かしさと、それと同時に違和感を感じる。
いつ頃から、彼はこの学校にいるのだろう。
ここ最近のものを除いては、カヲルとの学園生活が、どうしても思い出せない。
思い出せるのは、カヲルとどこかで交わした会話だけだ。
そう、そのときは、レイもいた。
『再びATフィールドが、君や他人を傷つけてもいいのかい?』
『でも、僕はもう一度会いたいと思った・・・その時の気持ちは、本当だと思うから』
『・・・新たなイメージが、そのヒトの心も形も変えていくわ。
イメージが、想像する力が、自分たちの未来を、時の流れを造り出しているもの』
あれは、いつのことだったのだろう。
「シンジ!」
アスカの呼びかけで、シンジは我に返った。
「始めるわよ。」
「ああ、ごめん。」
「じゃあ、始めようか。」
カヲルは、バイオリンを構えて言った。
「うん。」
四人揃った、パッヘルベルのカノンの演奏が始まった。
マナが御殿場駅に着いたときは、昼を過ぎていた。
約束では、迎えの者が車で来ている筈だった。
改札を出て、きょろきょろしていると、
「おお〜い、こっちだ!」
手をふる者がいた。
電話で聞いたとおりの、片腕の男だった。
「霧島マナ君だね。」
「はい。」
「おれは、林葉隆志だ。君のことは加持から聞いている。宿舎まで送るよ。」
「その前に・・・。」
マナはためらいながら言った。
「どうした?」
「もし、間に合うのなら、シンジたちの学校に顔を出したいんですが。」
「加持の話だと、シンジ君たちには今夜のうちに事情を話して、明日になってから君に引き会わせるということだったが・・・。
そんなに会いたいのか、彼に。」
マナは、顔を赤くして頷いた。
「わかった、放課後までには学校に着けるだろう。」
「無理を言ってすみません。」
「いいってことよ。」
マナは頭を下げて、林葉の車に同乗した。
再び、第一中学校__。
六時間目終了のチャイムが鳴り響いた。
シンジが帰り仕度をしていると、
「どうする、シンジ。音楽室借りてみる?」
アスカが、シンジに声をかけてきた。
「うーん・・・そうだねぇ。卒業式まで、あと一週間しかないか。
これからは、早朝練習だけでは足りないかも知れないね。」
「じゃあ、あたしが先生に頼んでくるわ。
それと、明日はどうする。朝からでもいい?」
翌日は土曜日で、学校は休みの日だった。
アスカは、土曜日も朝から学校に出てきて、練習しようかと、言っているのだった。
「いや、明日は午後からにしようよ。
ぼくは朝はちょっと、買物に行かないといけないし・・・。」
「買物? ああ、そうか! 明後日だったわねぇ、ホワイトデーとやらは。」
アスカは、にたりと笑みを浮かべた。
「シンジ、期待してるわよ♪」
「うん・・・。」
先日のバレンタインデーの朝、真っ先にチョコレートをくれたのは、
アスカだった。
ただし、後で中身を確認すると、チョコの入った赤い箱の表面には、
でかでかと『義理』の金文字が描かれていた。
照れ隠しなのか、冗談なのか、シンジはその真意を測り損ねていた。
「なによ、その返事は。 覇気がないわねぇ!」
「ご、ごめん。その・・・期待して、待っててくれるかな。」
「碇君・・・。」
背後から、シンジは呼びかけられる。
「あ、綾波。」
「私も、期待していいの?」
「むぅぅぅ。」
アスカが唸る。
シンジは、レイからもチョコを貰っていた。
ハート型の手作りチョコレートであり、アスカもそのことは知っていた。
なにしろ、同居しているのだし、レイは隠そうともしなかったのだから。
レイには、競争意識というものはなかった。
たまたま、話題に上がったバレンタインデーについてミサトに尋ね、
教えられたイベントとして、『そういうものだ』と理解していたに過ぎない。
「も、もちろん、綾波も期待してていいよ。」
そう言いながらシンジは、どうしよう、と思っていた。
レイのチョコも、真意が測れないものだったからだ。
レイのハート型チョコの表面には、ホワイトチョコで大きな文字が描いてあった。
たった一文字、『絆(きずな)』と。
これは、「義理」という意味なのか、「愛情」という意味なのか。
いずれにせよ初めてそれを見たとき、ある種のプレッシャーを感じたことを、
今でも憶えている。
二人に気付かれないように、こっそりため息をもらそうとしたところへ、
カヲルが教室に入ってくるのが見えた。
シンジは、ため息を呑み込んだ。
「シンジ君・・・。」
カヲルはシンジの前まで来ると、笑みを浮かべて言った。
実は、最もため息をつきたくなるのが、目の前の相手だった。
シンジは、カヲルからもチョコレートを貰っていたのだ。
シンジの気持ちを知ってか知らずか、カヲルは続けた。
「シンジ君、君に面会の人が来てるよ。」
カヲルの話だと、その男は六時間目終了と同時に、カヲルの教室に現われたという。
どうやら、授業が終わるのを待っていたらしい。
たまたまカヲルの教室・・・2年B組がシンジたちの隣で校舎の入口に近かったので、
『碇シンジ君を知らないか。』
と、尋ねてきたということだった。
「林葉という人で、下駄箱のところで待っていると言ってたよ。」
「ネルフの人?」
「さぁ、ただ、片腕のない人だったけど。」
「・・・知らないなぁ。」
シンジは、会いに行ってみることにして、教室を出ようとした。
「ちょっと、今日の練習はどうすんの?」
アスカの呼びかけに、
「だって、どんな用件かわからない以上、しょうがないじゃないか。」
そう言うとシンジは出て行ってしまった。
「むう。」
「ここで待っていても仕方ないわ。様子を見に行きましょう。」
レイが、そう提案した。
「ちょ、ちょっとそれって!」
「そっと覗くだけよ。」
「・・・いいのかねぇ。」
そう言いながらも、レイ、アスカ、カヲルはシンジの後をつけることにした。
シンジが下駄箱のところまで行くと、そこにカヲルの言うとおりの片腕の男と、
一人の少女がいた。
栗色のショートカットと、見覚えのある顔が下を向いていた。
「マナ!」
シンジが思わず叫ぶと、少女が顔を上げた。
やや目尻の下がったその瞳に、見る見る涙が浮かぶ。
「シンジ!!」
シンジは思わず駆け寄り、マナを抱きしめていた。
「会いに来てくれたんだね、嬉しいよ。」
「約束だもの・・・。約束、したんだもの。」
そう言うと、マナは嗚咽した。
「あんた・・・帰ってきたんだ。」
背後で、アスカがつぶやく様に言う。
「誰だい?」
カヲルが小声で尋ねる。
「霧島マナ・・・かってのクラスメートよ。」
レイが簡潔に答える。
「あの様子では、『別れた恋人』というところらしいね。」
「まったく、なんでこんなときに帰ってくるのよ!!」
アスカが、そっぽを向きながら、怒鳴るように言っていた。
当然ながら、シンジは放課後の演奏練習を抜けることになり、
つもる話をするために、林葉と三人で喫茶店に行ってしまった。
アスカ、レイ、カヲルの三人はその場に取り残された。
「さて、どうしよう。」
と、カヲルは言う。
「今日はやっぱり、練習にならないわね。碇君抜きでやってもいいけど、
本番を想定したものにはならないわ。」
レイがそう答えるのをよそに、アスカはなにごとか考えている。
「・・・加持さんね、あいつを呼び寄せたのは!」
やがて、そうつぶやいた。
「で、どうする?」
「まずは、様子を見ましょう。」
「様子を見るって・・・また、覗きかい。」
「そうも言うわね。」
「綾波さんも、趣味が悪いね。」
「そう? 碇君が好きになった子が、どういう人か興味があるだけよ。」
『君は、そういうことに興味があるタイプには見えなかったけどね。』
『それは仕方ないわ。ここは、碇君が望んだ方向で再成された世界。
多少の性格の変更がされていても、不思議ではないわ。』
カヲルとレイのやりとりは、最後の方は声なしで行われた。
「惣流さんはどうする?」
「行くわよ!」
三人は、シンジたちが行ったと思われる、学校の近くの喫茶店を、
外から覗くために学校を出た。
「これまで、どうしていたの。」
シンジが、尋ねた。
喫茶店で、マナ、林葉とともにコーヒーを注文した後だった。
「ずっと、東北の小さな港町で、アパート暮らしをしていたの。」
「学校とかは?」
マナは首をふった。
「まだ、戸籍がないもの。ほとぼりが冷めたら、偽名の戸籍を作って、
中学を卒業したことにすると、加持さんが言ってたわ。
でも、そのうち、サードインパクトがあって・・・。」
「うん、あれは大変だったね。」
「突然、空から白い光が降ってきたわ。
それと前後して、命あるものが全て、融けてしまった。
でも、気がつくと町も、人々も、元通りになっていたわ。
そのかわり、季節が変わるようになって、冬がやってきた・・・。」
「こちらも大体、同じだったよ。でも、北国の冬は、大変だったね。」
「ううん、それは平気。 みんな、親切にしてくれたもの。
でも、私のまわりには、加持さんが手配してくれた大人のヒトしかいなくて。」
「そうなんだ。」
「・・・淋しかった。」
「マナ・・・。」
しばしの、沈黙が流れた。
その間に、コーヒーが運ばれてきた。
それまで黙って話を聞いていた林葉が、コーヒーを一口飲むと言った。
「俺も、加持が手配した者のひとりだが、彼女を宿舎まで送っていくのが役目だ。
だが、君たちはまだ話がある様だから、俺はこれで失礼するよ。
車に積んである荷物は、俺が宿舎まで届けておくから、ゆっくりしていくといい。
これが、加持が用意した彼女の宿舎までの地図だ。
それから君、シンジ君と言ったね。」
「ええ。」
「彼女の件については今夜、加持の方から君に電話するそうだ。
本当は明日、彼女を君に引き会わせるつもりだったらしいが、
彼女がどうしても今日、君に会いたいと言ってね。」
「そうだったんですか。」
「わがままを言って、すみませんでした。」
「いいってことよ。それじゃ、おふたりさん、ごゆっくり。」
そう言うと、林葉は、テーブルの上から伝票を取り上げると、去っていった。
「マナ・・・。」
「シンジ・・・。」
後には、見詰め合う二人が残った。
そんな二人をカヲル、レイ、アスカの三人は、喫茶店のウィンドウを通して物陰から見ていた。
「あの二人、いつまでああしているのかしらね。」
アスカは、あきれた様に言った。
その夜、シンジのもとに加持から電話がかかってきた。
「そうか・・・。」
加持は、昼間のうちにマナに会ったことを聞くと言った。
「彼女にしてみれば、待ちきれなかったんだろうな。」
「いろいろ、お世話をかけて、すみません。ところで・・・。」
「なんだい?」
「どうして、マナを呼び戻すことになったんです?」
「ああ、そのことだが・・・。」
加持が、少し口ごもる。シンジは、次の言葉を待った。
「サードインパクトで、戻ってこない人々がいることを、君は知っているかい。」
「ええ、一時期、ニュースになりましたから。」
「・・・信じられないだろうが、俺が調べた限り、そこにはある意志が働いているとしか、思えないんだ。」
「意志?」
「戻ってこない人々の多くは・・・ゼーレのメンバー、戦自の急進派、日本政府の一部の高官たちだ。
これから、君は何かを連想しないか。」
「よく、わかりません。」
「そうか・・・・・・・・・。」
しばしの、沈黙があった。
「・・・加持さん?」
「いや、なんでもない。俺の想像だが、これらに共通していることは、
かってネルフに敵意を抱いていた者たちだということだ。」
「・・・?・・・」
「もし、そうだとするなら、彼女に向けられた危険も去ったのではないか、
俺は、そう考えたんだ。」
「もう、マナを狙う者はいないと?」
「そういうことだ。」
「その考えって、ちょっと短絡的すぎませんか。失礼な言い方で、すみませんが。」
「いや、君の言うとおりだ。最初は、俺も思い違いかなと思ったさ。
だが、その仮説をたててから、数ヶ月・・・調べれば調べるほど、
結果はその仮説を裏付けることばかりだった。
そこで、彼女に連絡をとってその意志を確かめたところ、
君に会うために戻りたいと言った。
だから、そのように段取りしたのさ。」
「そうだったんですか。」
「シンジ君。」
「はい。」
「彼女を、大切にしてやってくれよ。」
「もちろんです!」
「ひとつ、言い忘れたのだが、
彼女の両親もまだ、サードインパクトから、戻ってきていない。」
「え・・・。」
「ご両親が、ネルフと敵対していたとは聞いていないし、単に行方が知れないだけかも知れない。
だから俺は、その線でご両親の消息を調べようと思っている。
君に引き会わせはしたが、今なお彼女が孤独なことに変わりはない。
力になってやってくれ。」
「わかりました。」
その後、二、三のやりとりを続けた上で、シンジは電話を置いた。
「マナ・・・。」
シンジはつぶやきながら、その日の夕方、マナを送り届けたワンルームマンションのことを思い出した。
かってのレイの部屋のことを思えば、随分と小奇麗なマンションだった。
でも、前回もそうだったが、マナはそこで一人ぼっちで暮らすのだ。
自分が彼女を支えてあげなければならない、シンジはそう決意した。
つづく