セカンド キス



「ねえ、シンジ。」
唐突に、アスカは言った。

「キスしよっか。」

「え? …どうして?」
一瞬、我が耳を疑ったシンジは訊き返す。

「退屈だからよ。」
それが当然と言わんばかりの、アスカの返答だった。

「退屈だからって、そんな…。」

シンジは、絶句する。

(暇つぶしに、身近な異性とキスをするなんて、そんなこと!
 そもそもこれは、女の子が言うセリフだろうか。
 女の子は、そう、もっとムードを大切にするものじゃなかったのか。)

そのシンジの思いは尤もなものではあったが、アスカの思惑は別のところにあった。



以前も、こんなふうに、シンジと二人きりで夜を過ごしたことがあった。
二体に分裂する使徒との、決戦の前夜のことである。

「今夜は、二人きりね。」
風呂上がりに、わざとそう言ってみた。

「へ?」
言外に誘いをかけたのに、シンジはそういう反応しかしなかった。

それではと、次は別の手を打った。
布団一式をシンジの隣りから、ミサトの部屋に運び出し、こう言った。

「これは、決して崩れることのないジェリコの壁。
 この壁を、ちょっとでも越えたら死刑よ!
 子供は夜更かししないで寝なさい!」

そう言って、ぴしゃんと戸を閉めた。
これも言外に、
『男だったら”夜這い”にくらい来てみなさいよ。』
そう言ったつもりだった。

だが、すぐに自己嫌悪に陥った。
(あたしは、何をしているんだろう。)

シンジが、言葉のウラを読み取れるとは、思えない。
ユニゾンの訓練では、動きを合わせられる程度には、相手の気持ちを感じ取れる様にはなった。
だが肝心なところで”察しと想いやり”ができるほど、シンジが大人ではないことは分かっていた筈だ。

だが、と思う。
シンジにしてみれば、明日の決戦のためのイメージトレーニングで、いっぱいいっぱいなのかも知れない。
そんなシンジに何かを求める自分の方が、”思いやり”に欠けているのではないだろうか。

あきらめに似た気持ちを抱いて、アスカは眠りについた。

翌日、使徒との戦いにおいて、予定通りの勝利を収めることができた。
最後の最後で、着地に失敗するということはあったが。
初号機と弐号機は使徒が爆発してできた窪みの中で折り重なる様に倒れたまま、起き上がることもできずに
活動限界を迎えていた。

そのことで文句を言ったときに、発覚したことがある。
前夜に、寝ぼけてシンジの隣りで寝てしまったアスカに、どうやらシンジはキスしようとしたらしいと。
それは、未遂に終わったらしいが。

烈火のごとくシンジを責め立てながらも、アスカはそれなりに満足していた。
いつの日かもう一度、キスさせてあげる機会をあげようと思った。



だから今回、ミサトが友人の結婚式に出掛けたまま、帰りが遅くなると連絡があったことは、アスカには
(シンジにとっても)チャンスだと思った。

「ねえ、シンジ。キスしよっか。」

「え? …どうして?」
きょとんとして訊き返してくるシンジの顔は、なんだかとても可愛らしいと思った。


そして、数分後。


「やっぱり、暇つぶしにキスなんてするんじゃなかったわ!」
シンジを突放すように身を離し、アスカは洗面所に駆け込んだ。

わざと、シンジに聞こえる様に、大きな音をたててうがいをする。
アスカにしてみれば、精一杯の抗議だった。

『なによ、せっかくお膳立てしてあげたのに、抱きしめてもくれないの?
 初めてのキスなのに。 あたしからしてあげたというのに!』

声に出して言うなら、そう言いたかった。
言えないから、大きな音でひたすらうがいを繰り返した。

そのときだった。
加持が、泥酔したミサトを連れてきたのは。

「加持さん!」
アスカの顔が、一瞬ぱっと輝いた。

ミサトを寝かせて帰ろうとする加持の腕を掴み、今夜は泊っていってくれるんでしょ?と言う。
半分は本気だったが、あとの半分はわざとシンジに見せつけようとしていた。

が、加持の服に染み込んだ、ミサトの移り香に気づいた時点で事情は一変した。
そっと加持から、身を離す。
”加持はミサトのものだ”と、はっきりわかったのだ。

シンジが、加持の代用品なのか。
加持が、シンジの代用品なのか。

アスカ自身にとってどうなのか、今となっては分からない。
ただアスカは、加持が本命であろうとあて馬であろうと、ミサトと加持の間に入りこむ余地などないことを
思い知らされたのだった。

シンジは、そんなアスカのテンションが急激に下がったことに気づいた。

「どうしたの? 元気ないね。」

(そこまで気が回るのだったら、普段からあたしの気持ちを察していなさいよ!)
そう思った。

だから、言ってやった。

「あんたなんかとキスしたからよ!」




部屋に籠ったあと、
(やっぱり、唐突過ぎたのかも知れない)
と、アスカは思った。

いきなり『キスしよっか』では、たとえ内心では気のある相手から言われたのだとしても、警戒心を抱かせ
てしまうものかも知れない。

シンジとは、これまでどおりの付き合い方の中で、ゆっくりと関係を深めてゆけばよい。
そして、あこがれの対象であった加持のことは、当面忘れることにしよう。
アスカはそう思った。




『お風呂の温度が熱すぎるじゃない!』

『どうしてお昼の弁当を作ってこなかったのよ!』

ことあるごとに、アスカはシンジに突っかかった。
そのたびにシンジは謝ったり、言い返してきたり、その反応は様々であったが、アスカにとってはそれなり
に楽しい”日常”だった。

使徒に、勝てなくなる日が来るまでは。



第13使徒、第14使徒と、アスカは使徒に連敗した。
恐ろしくスピードがある使徒と、信じられない程に頑丈で凄まじい破壊力を持つ使徒だった。
アスカの鍛え上げた体術とテクニックは、この二体の使徒にはまったく通用しなかった。
”エリートパイロット”が操る、実戦用の”本物のエヴァンゲリオン”であった筈なのに。

そして、これらの使徒を斃したのは、暴走した初号機だった。
(初号機でないと、もう使徒には勝てない。)
そう思わされた。

自分は、シンジの前座を務めるしかない。
過去の輝かしい実績は急速に色褪せ、アスカは自分の存在意義を見失った。
シンクロ率は大きく下がり、起動指数ぎりぎりまでになっていった。
シンジはもちろんのこと、レイにまでシンクロ率で勝てなくなった。

「心を開かなければ、エヴァは動かないわ。」
ある日、ハーモニクステストの後で、たまたま乗りあわせたエレベータの中で、レイにそう言われた。
そんなことは、一番言われたくない相手だった。

「何よ! あたしがエヴァに乗れなくなるのが、そんなに嬉しい?」

シンクロ率が安定していることしか、取り柄のないくせに。
司令に死ねと命じられたら、簡単に命を捨てる”人形”のくせに。
逆切れしたあげく、アスカはレイの頬を張りとばしていた。

その後に、本当の敗北がやってきた。

次の使徒は、衛星軌道上に現れた。
アスカは、零号機のバックアップに回るよう命令されたが断固として拒否し、使徒がポジトロンライフルの
射程内に来るのを待った。
が、使徒の攻撃の方が早かった。
可視波長のエネルギー波による、心理攻撃だった。

そして、アスカの封印した過去の記憶と隠匿していた本心が、一気に暴かれた。




忌わしい、過去の記憶。

弐号機への搭乗実験での事故により、取り込まれることこそ免れたものの、精神を病んでしまった母の姿。
自分と母を見捨て、節操なく女医との関係を持つ父の姿。

『ママをやめないで!』
その願いも空しくこわれていく母を、それでもいつかは自分に再び笑顔を向けてくれるものと信じていた。

そしてある日、エヴァのパイロットとして自分が選ばれたことを、喜んでもらおうと知らせに戻ったアスカを
迎えたのは、みずからの命を絶った母の姿だった。

気持ちの整理もできないでいるうちに、父は女医と再婚していた。

『あたしは、一人で生きるの!』
家族として、アスカを見てくれる者、アスカを理解してくれる者はもういない。
だからアスカは、努力した。
エヴァのパイロットとして、その身に吸収できるものはなんでも取り入れようとした。
周囲の称賛の声だけが、アスカの存在を自他共に認めさせるものとなっていった。




そんなアスカに、転機が訪れた。
正式に、”セカンドチルドレン”とされて間もなくのことだった。

アスカの前に現れた青年は、”加持”と名乗った。
女性とみると、誰彼かまわず口説く姿に、最初は軽い嫌悪を覚えた。
だが、間もなくそれは、誰に対しても本当にやさしいからだと分かった。

過去に、何らかの事情で愛する者を失ったことがあり、その後悔の念がそうさせているらしかった。
そのへんの細かい事情はどうでもよかった。
アスカにしてみれば、自分を見てくれているという事実だけで充分だった。

だから、加持が誰に声をかけようと、そんなことはどうでもよかった。
幸いなことに、誰もが加持が”本気でない”と思い込み、腰が引けているようだった。
アスカは自分から加持にアプローチし、加持が時間さえ許せばそれに応えようとしてくれていることに満足
した。
アスカは自分では気づかなかったが、そこに無意識に求めていた理想の父親像があったのかも知れない。

次の転機は、シンジとの出会いだった。

第一印象は、”冴えない奴”だった。
だからアスカは、シンジのことを自己主張のできない、その他大勢と同列に見ていた。

だが、いっしょに暮らしてみて、少し違うことが分かってきた。
いつもは内罰的であり、すぐに謝ったりするところは気に入らなかったが、ときおり、どうしても折れない
ところがあったりする。
口喧嘩になったときは、絶対に引かずに言い返してくることろがあった。
根本的なところでは妥協したりしない、芯の強いところがあるのだと気づいた。
なにか、自分と同じ様なものを背負っているように感じる。
シンジもそれに気づいているから、アスカとまっすぐに向き合おうとしているのではないかと思った。

そういう意味で、アスカとシンジは本来の”家族”の関係にあった。

ただ、シンジよりは早熟なアスカは、家族の関係だけでは満足していなかった。
自分でも気づかないうちに、シンジを”性”の対象として見ていたのだ。

それを、使徒に暴かれた。

隠匿していた、性の目覚め。

考え事をしているときの、シンジの横顔。
屈託のないシンジの笑顔。
困ったときの、助けを求める子犬の様なシンジの眼差し。
それらをきっかけにして、欲情しているときの自分自身の姿を突きつけられた。

そこに、
「ねえ、シンジ。キスしよっか。」
舌舐めずりしてシンジに言いよるアスカの姿が重ねられる。

「あたしを、欲しいと思わない?」
そう言って、みずからの胸のボタンを外しにかかる。

『違う!』
それをかき消す様に、大声で叫ぶ。

『こんなの、あたしじゃない!!』

それでも繰り返し突きつけられる、欲情した自分の浅ましい姿。

『違う!』
『違う!』
『違う!』
『こんなの、あたしじゃない!!』
『こんなあたしは、消えて無くなれえぇぇぇっ!』

声を限りに叫んだところで、アスカの意識はブラックアウトした。




「アスカ…。どうしちゃったんだよ。」

「そっとしといてあげて。 精神に負担をかけすぎたのよ。
 助けるのが少し遅すぎたわ。」

「どういうことですか? もとには戻るんでしょ?」

「…今は何とも言えないわ。
 限界ギリギリのダメージを受けたのよ。心の最深部までね。
 もとに戻るのは難しいわ。」

「そんな…。」




そんな、会話が聞こえたような気がした。
だが、今のアスカには、それらの言葉の意味を理解することはできなかった。
アスカは、みずからの精神を閉ざしてしまっていたのだ。




『ねえ、何描いているの?』
アスカは、問う。

『水鳥だよ。』
背を向けたまま、少年は答える。

少年が黙々と筆を運ぶキャンバスは、そのほとんどが青系統の色で埋めつくされている。
そしてそのキャンバスの向こうには、芦ノ湖が悠然とその豊富な水量を湛えている。
今そのキャンバスの中の青い水面に、白い油絵の具が塗りつけられていた。
少し筆を動かすと、たしかにそれは舞い降りた水鳥の様に見えた。

『器用なものねえ。』
本心から、アスカはそうつぶやく。
『あんた、チェロだけでなく、絵の才能もあったんだ。羨ましいわ。』

『小さいときからひとりぼっちだったから、絵や音楽くらいしか、することがなかったんだよ。
 時間だけはたっぷりあったからね。』

『あたしも、そんなふうに過ごしたかったな。』

『アスカも、描いてみればいいじゃないか。きっとぼくなんかより、早く上達するよ。』

『あたしは、だめよ。
 学業にしろ、格闘技にしろ、エヴァに乗るための手段になることしかして来なかったもの。
 今さら芸術を始めたって、上達するわけがないわ。』

『そんなことないさ。絵が好きなら、続けていればきっと上手になるよ。』

『継続は力なり、か。
 そうかもね。シンジが教えてくれるなら、続けられるかも。』

『いいよ。ぼくでよければ。』
少年が振り向いて笑みを浮かべて言う。

アスカも満面の笑みを浮かべて頷いた。
それから、ふと真顔に戻って言った。

『あたしは、”生き急いでいた”のかも知れないわね。
 できることなら、幼い頃に戻って人生をゆっくりやり直したいわ。』

『別に、今からでも遅くないんじゃないかな。』
少年の声は、何だか遠くから聞えた。

『ぼくたちはまだ、ミサトさんたちの半分しか生きていないんだし。
 今からでも、充分にやり直せるよ。』

『そうね…。』




衝撃音で、アスカは我に返った。

両手で、両刃の剣(つるぎ)を持ち上げている。
その剣で、同じ形の剣を受け止めていた。

アスカは、戦いの最中(さなか)にいた。
正確に言うと、剣を受け止めているのはアスカ自身ではなく、弐号機だ。
そして視野に入っているのは、その剣を振り下ろした白いエヴァンゲリオンだった。

(なに? あたしは、エヴァに乗っているの?)
エヴァどうしで、戦っているようだった。

剣を受け止めながら、弐号機の脚を跳ね上げて白いエヴァの腹を蹴飛ばす。
思わず身を屈める相手の剣をはじきとばし、アスカは眼前の敵の喉を切り裂いた。
白いエヴァはくず折れて動かなくなった。

(あたしは、無意識に戦っていたのか…。)

周囲には、弐号機が斃したと思われる白いエヴァが何体も転がっている。
(エヴァシリーズ?)
その他に、撃墜された戦自のVTOLの残骸もあった。

使徒の心理攻撃を受けた後、何があったのか覚えていない。
はっきりしていることは、今再びエヴァに乗せられ、ジオフロントで戦っていたことだ。
”エヴァの中が一番安全”だからと、敵が侵攻してきたときにミサトがそのように指示したのだろう。

そして何らかの攻撃を受けたことがきっかけで、アスカは自失状態でありながら、闘争本能のおもむくまま
戦った…そういうことだろう。
攻撃が途切れたところを見ると、おそらく今斃したのがエヴァシリーズの最後の一体だと思われる。

「これは、どういうこと?
 どうして、エヴァがジオフロントに侵攻してきているのよ!」

戦自のVTOLの残骸は…敵なのか、”味方だった”ものなのか、それすらも分からない。
事態がよく呑み込めずに茫然としているところへ、背後から唸りをたてて迫りくるものがあった。

反射的に振り向きざま、片手を広げてA.T.フィールドを展開する。
フィールドが捉えたものは、二又の槍だった。

「ロンギヌスの槍!!」
何故か、その名前を知っていた。

だが、展開したフィールドが槍を捉えたと思ったのは、間違いだった。
槍は地に落ちることもなく、じわじわと先に進んでいる。
A.T.フィールドが槍を捉えたのではなく、槍がフィールドを侵食しているのだ。

(このままでは、A.T.フィールドを突き破られる!)

気を集中して、A.T.フィールドを強化しようとした。
だが、アスカの思いとは逆に、フィールドは忽然と消えてしまった。

「そんな!」
その一瞬の間に、アスカは絶望を覚える。

戦闘中にアンビリカル・ケーブルは切断されており、今まで稼動できたのは内部電源のおかげだった。
それが今、活動限界を迎えたのだ。
ロンギヌスの槍は、一気に弐号機の頭部に向かって疾走しようとした。

みずからの頭部を貫かれる痛みを予想し、アスカは思わず目をつぶりそうになる。
それが何故か軌道を変え、ロンギヌスの槍は弐号機の右腿に突き刺さった。

「うくっ!」
電源が切れればフィードバックはない筈なのに、アスカは灼ける様な痛みを感じた。
これも、ロンギヌスの槍の特性だろうか。

そして弐号機は横倒しに倒れた。
視界も真っ暗になり、どうすることもできないアスカに、唯一生き残っている本部との通信回線を通して、
さらに絶望的な事態が告げられる。

『そんな…! エヴァシリーズが再起動しています!』
伊吹マヤの声だった。

『弐号機との戦闘で受けた傷が、修復されています。
 全機が、弐号機に向かって動き出しました。このままでは、アスカが…!』

『S2機関だ。実用化されていたのか!』
『弐号機は動けない。 嬲り殺しにするつもりだ!』
『アスカ、逃げて!』

発令所の喧騒が聞こえてくる。
だが、アスカは脚が痛くて動けない。
もう、だめだ…。 アスカは目を閉じて、死の直前の苦痛を覚悟した。




予想した”死”は、訪れなかった。

『しょ、初号機が!』
マヤの叫びで、アスカは顔を上げた。

(シンジ?)

『すごい! 圧倒的です!!』

(まさか、シンジが初号機であたしを助けにきてくれたというの?)

どの様な攻撃手段をとっているのかわからないが、初号機が次々とエヴァシリーズを屠っている様だった。

「シンジ、シンジなの?」
アスカは声に出して尋ねる。

だが、それとは関わりなく、シンジの呟きがアスカの耳に届いてきた。

「綾波を、助けられなかった。」
「シンジ…?」

「カヲル君も、殺してしまった。」
「………。」

「だけど、アスカだけは。
 せめてアスカだけは、絶対助ける!!」

うおおぉぉっと、シンジの雄たけびが聞こえる。

『エヴァシリーズの…エヴァシリーズのコアが、消滅していきます!』
『まさか、S2機関ごと、消し去っているというの?』

マヤと、リツコの声だ。
どうやら、使徒のコアとS2機関との間には、密接な関係があるらしい。

『エヴァシリーズ、完全に沈黙しました。』

「終わった…。本当に、終わったの?」
音声でしか状況がわからないアスカには、一抹の不安が残った。

『戦自の残存部隊が、撤退していきます。』
『深追いは無用よ、シンジ君。』

「わかっています。」

シンジの声で、アスカはほっとした。
どうやら、本当に終わったらしい。

しばらくすると、エントリープラグのハッチが外部からこじ開けられた。

「アスカ? 大丈夫か、アスカ?」
心配そうに、上半身をプラグの中に乗り入れてきているシンジの姿が見えた。

「大丈夫よ。ただ、ちょっと脚が痛いだけ。」

「アスカ! もとに戻ったんだ。よかった…。」
そう言うと、シンジは俯いて肩を震わせた。

「ばかね、何泣いてんのよ。ほら、脚が痛いんだから手を貸してよ。」

「ごめん、初号機のA.T.フィールドを放って、ロンギヌスの槍をはじきとばしたのはぼくなんだ。
 だけど、遠くからだったから、加減が出来ずに弐号機の脚に当たってしまって。」

「あんただったの?」

「ごめん。」

「まあ、いいわ。外に出るから、手を貸して。」
アスカは、シンジの手を借りてエントリープラグの外に出た。

あらためて見ると、ジオフロントの中はひどいありさまだった。
その天井は吹き飛び、青空が見えている。
さきほど見た、戦自の残骸のほかに、土人形と化した9体のエヴァシリーズが見えた。

「シンジ、あんたがやったの?」
アスカは、シンジの肩を借りて周囲を見廻しながら言った。

「うん。助けにくるのが遅くて、ごめん。」
「あんた、さっきから謝ってばかりじゃない。」

「そ、そうだっけ?」
シンジは頭を掻いていた。

アスカは、くすりと笑って言った。
「ねえ、シンジ。キスしよっか。」

アスカにとっては、シンジとの二度目のキスだ。
何のためらいもなく、ごく自然に、その言葉はアスカの口をついて出た。
                  完