シンジの選択
 
-  healing -
 

「アスカ・・・ どうしちゃったんだよ。」
シンジは、思わずつぶやいた。

「そっとしておいてあげて。」
「え・・・?」
「助けるのが、少し遅すぎたわ。」

シンジは、リツコの言葉に、わが耳を疑った。

「限界ギリギリのダメージを受けたのよ。心の最深部までね。
 もとに戻るのは、難しいわ。」

「そんな・・・。」

シンジは、身じろぎもせずにベッドで寝ているアスカを見た。
その視点は、焦点を結ばぬまま天井に向けられ、なんの表情も浮かべることはなかった。

第15使徒アラエルを殲滅するには、あまりに大きな代償だった。




「アスカ・・・。」
シンジは、そっとつぶやいた。
ささやいた、といった方がよいだろうか。

リツコが退室してから、そろそろ一時間になる。
シンジの呼びかけに対して、やはりアスカは何の反応も示さなかった。

「アスカ、本当に、どうしちゃったんだよ。
 アスカを苦しめた使徒は、もういないんだよ。
 だから、戻ってきてよ。」

返答は、ない。
ただ、アスカの心拍に応じて、ピッ・・・、ピッ・・・、と単調な音が、
オシロスコープの波形に合わせて、聞こえるばかりだった。

天井を見上げるばかりの、白い顔。
なぜか、シンジはその顔を美しいと思う。
邪念のない、透き通った美しさ・・・それだけに、悲しかった。

いつか、この顔に表情が戻ることはあるのだろうか。
リツコは、はっきりと『難しい』と言った。

もう一度、笑ってほしい。
もう一度、怒りわめいてほしい。
「あんた、ばかぁ?」と、蔑んでほしい。
だが、願いは叶えられぬまま、無為に時を刻んでいく。
シンジは、アスカの横顔を見つめ続けることしかできなかった。

どのくらいそうしていただろうか。

「碇君。」
呼びかける声ともに、レイが病室に入ってきた。
プラグスーツから、ブラウスとスカートの制服姿に戻っている。

「綾波!」
シンジは、救いを求めるかのように、一気に話した。

「アスカが、返事をしないんだ。
 ぼくが、呼びかけているのに。 もう、使徒はいないのに。
 せっかく、綾波が使徒を倒してくれたというのに!」

「そう・・・。」
レイは、全てを知っているかのように応じた。
どうしようもないと、いうことも。

「助けるのが、遅すぎただなんて!
 それしか方法がないのなら、どうしてもっと早く槍を使おうとしないんだ!!」

「碇君・・・。」

「ごめん、綾波のことじゃない。 
 綾波のせいじゃないのは、わかってる。
 父さんたち、槍のことを知っていたオトナたちのせいだ。
 ぐずぐずしていたら、アスカがこうなることがわかっていたくせに!」

「いろんな事情があったのだと思うわ。」
 
「そんなこと、知らないよ。
 使徒の殲滅と、パイロットの保護が最優先じゃなかったの?
 オトナたちの、勝手な思惑でこんなことに・・・。
 ・・・もう、アスカは元に戻らないかも知れないんだよ!」

「・・・・・・・・・。」
「もう、ぼくはエヴァに乗るのはやめようと思う。」

「やめて、どうするの?」
「アスカが治るまで、ぼくはここにいるよ。」

「そんなことをしても、なんの解決にもならないわ。」
「なにか、方法がある筈だよ。たとえなくても、何もしないよりはましだよ!」

「そう。無理は、しないで。」




その日からシンジは、一日の大半をアスカの病室で過ごすことになった。




「アスカ・・・。」
シンジは、ときおりアスカに呼びかける。
相変わらず、返答はないが、そのことで悲観することはやめた。

ベッドの傍らの椅子に腰掛け、アスカの手をそっと握る。
その温もりこそが、彼女が生きていることの証だ。

生きてさえいれば、治るということだってあるかも知れない。
そのことだけが、今のシンジを支えていた。

一日に数度、看護婦がアスカの身のまわりの世話をしにやってくる。
そのときだけ、部屋を追い出されるが、それ以外はずっと彼女についていることに決めた。

「アスカ・・・。」
たとえわずかでも反応してくれればと思い、シンジはときおり声をかける。
だが、握り締めたその手は、ぴくりと動くこともなかった。



「どうするつもりだね、碇。」
モニタで病室の様子を見ながら、冬月はゲンドウに尋ねた。
「君の息子は、ずっとあのままだぞ。」

「ああ、問題ない。」
ゲンドウは、顔の前で手を組んだ、相変わらずのポーズで言う。

「レイの報告では、もうエヴァに乗るのはやめるとまで言っているが。」

「いつもの、あいつの言い草だ。 今に始まったことではない。
 初号機を凍結している今、パイロットはその所在がわかれば、それでいい。」

「そうか。それなら正式に、シンジ君をアスカ君の付き添いとして、
 食事や簡易ベッドの手配をしてやった方がいいだろう。
 それで、いいか。」

「・・・まかせる。」
どうでもいいという口調で、ゲンドウは言った。



病室のドアを、ノックする音でシンジは振り向いた。

「ちょっち、いいかしら?」
ミサトだった。

シンジは、黙ったまま、視線をアスカに戻した。

「どう? アスカの具合は。」
つとめて明るく、軽い声で尋ねるミサトに対し、

「見てのとおりですよ。」
シンジは、固い声で応じた。

「そう・・・。
 あ、これ、シンジ君の着替えと、身の回りのものね。
 特別に、アスカへの付き添いが認められたから。」
そう言うとミサトは、紙袋とバッグを差し出した。

「そうですか。」
シンジは、固い表情のまま受け取った。

「アスカのことは、悪かったと思うわ・・・。」
ミサトは一転して、真摯な声で言った。

「衛星軌道上の、射程外の敵を攻撃する手段を、私たちは持たなかった。
 だったら、すぐに一時撤退させるべきだった・・・。
 たとえアスカが、それを拒んだとしても。
 その上で、敵を射程内におびき寄せる作戦を立てるなり、やり方はあった筈ね・・・。」

「今さらですよ、ミサトさん。
 それに、最初から、ロンギヌスの槍を使っていればよかったんだ!」

「知らなかった、いえ、知らされていなかったのよ、そんなものがあるなんて。」
「え・・・?」

「ロンギヌスの槍の存在を知っていたのは、幹部の中でもほんの一握りの人間だった。
 その特性と効力まで知っていたのは、司令と副司令だけ。
 わたしたちは、何も知らされていなかったのよ!」

「・・・・・・・・・。」
「でも、作戦部長は、わたしだった。
 作戦部長である以上、被害は最小限に食い止めるべきだった。
 この作戦の責任は、すべてわたしにあるわ!」

そう言うと、ミサトはみるみるその瞳を涙でうるませた。

「ミサトさん・・・。」

「ごめんね、アスカ。そして、シンジ君。
 あなたたちには、迷惑のかけどおしだった。
 作戦部長としても、保護者としても、わたしは失格ね。」

「・・・・・・・・・。」
シンジには、言うべき言葉がなかった。

「でも、そんなわたしでも、逃げることは許されない。
 職位がある以上、それは全うしなければならない。
 アスカに、ついてやることすら、できないのよ。
 シンジ君、本当に申し訳ないのだけど、アスカのこと、お願いできないかしら。」

「・・・勝手な言い草ですね。」

「わかっているわ。ごめんなさい。」

「ミサトさんの立場と気持ちは、わかりました。
 でも、だからと言って、許せないという気持ちに、かわりはありません。」

「そうよね、当然だと思うわ。」

「だけど、アスカのことは、了解しました。もともと、そのつもりでしたから。」

「ありがとう。なにか、必要なものがあったら言ってね。
 できるかぎりのことはするわ。」

「それなら・・・。」
シンジは、少し考えた。そして、あるものを口にした。

「・・・わかったわ。すぐに、届けるようにするわ。」
ミサトは、約束した。




翌朝、シンジのもとに届けられたもの__。
それは、チェロだった。

かってアスカが唯一、手放しでシンジを褒めたものだった。

シンジは、チェロのケースを眺め、しばらく考えていたが、やがて決心すると
チェロをケースから取り出した。

「アスカ、憶えているかい、この曲。」
シンジは、ゆっくりとチェロを弾き始めた。

『たいしたもんねぇ、少し見直しちゃった。』
デートをすっぽかして帰ってきたアスカが、シンジのチェロを耳にして、
拍手しながらそう言った曲だ。

だが、今のアスカは、相変わらず無表情で天井を見上げたままだった。

最後の一フレーズを目を閉じて弾き終わると、シンジはアスカに目を移して尋ねた。

「最近あまり、練習してなかったからね。下手になっちゃったかな。」

「・・・・・・・・・。」
応えは、なかった。

長い沈黙に耐えかねて、シンジは
「もう一度、弾くね。」

再び、チェロを弾き始めた。
より集中して弾くために、途中から目を閉じる。

シンジの、真剣な面持ち__。

そのとき、アスカの頬がぴくりと震えた。もの言いたげに、唇が二度、三度と動く。
が、目を閉じて演奏に集中しているシンジは、それに気付かない。

アスカの変化はそこまでだった。再び人形のように、その表情を失う。
そしてもの言わぬまま、その瞳は焦点を結ぶこともなく、宙を見上げるばかりだった。

「だめだ!」
そのとき、シンジはかぶりを振って演奏を止めた。

「こんなんじゃだめだ! とてもアスカの心を揺さぶることなんて・・・。」
演奏を放棄して、シンジは病室を飛び出そうとする。

病室を出れば、どうにかなるというものではなかった。
ただ、思うようにならない今の状況に、耐えられなかったのだった。




「どこへ行くの?」
そこには、ワゴンで食事を運んできたレイがいた。

「もう、いいんだ。放っておいて!」
「チェロがうまく弾けなくなったから?」

「聞いていたのか。 だけど、綾波には、関係ないだろ。」
シンジはそっぽを向いて言った。

「でも、碇君がアスカ・・・惣流さんにチェロを聞かせようとしたのは、何か目的があったからでしょ。
 少しくらい、うまくいかなくなったからって、簡単に投げ出すのはよくないわ。」
「・・・・・・・・・。」

「それにもし、彼女の心を開くのが狙いなら、うまく弾けることばかりがその条件ではない筈よ。
 繰り返し練習すること、そしてそれを聞かせてあげること。
 むしろ、そのほうがいいと、わたしは思うわ。」

「そう、なのかな。」

「完璧に弾けた曲よりも、だんだんと自分のイメージに合ってくる曲の方が、
 絶望のループから、希望のある現実に戻ってこれるかも知れないもの。」

「そうか・・・そうだね。 わかったよ、綾波。」
シンジは部屋に戻ろうと踵を返す。

「その前に・・・食事、食べてね。」
「何、二人分?」
初めてシンジは気付いたが、レイが運んできたのは一般の食事と、流動食の二人分だった。

「付き添いの碇君と、惣流さんの分よ。 
 一口でもいいから、彼女に食べさせてみて。」

「わかった、そうするよ。ありがとう、綾波。」
シンジはレイからワゴンを受け取った。

「じゃ、わたしはこれで帰るから。」
「いっしょに病室に来てくれるんじゃないの?」

「零号機の、シンクロテストがあるの。」
「そうか、今テストできるの、綾波だけだものね。ごめん、迷惑かけるね。」

「いいのよ、それより彼女のこと、お願いね。」
「うん、わかった。」

シンジはワゴンを押して、病室に戻った。
レイはそれを、少し淋しそうな表情で見送っていた。




「アスカ。重湯がきたけど、食べてみる?」
シンジはアスカに声をかけると、スプーンに重湯を掬った。

息を吹きかけて冷まし、そっとアスカの口に運ぶ。
むせたりしないかと心配になり、ほんの少しだけにした。

わずかに喉が動き、飲み下すのが見える。
ただ、それは口に入ったものを反射的に嚥下しているようだった。
2、3回それを繰り返してみたが、咀嚼する様子はなかった。
あまり大量に流し込んでも気管に入るおそれがあるので、そのくらいで止めた。

昼食を済ませると、シンジは再びチェロを弾いた。
あせらず、ゆっくりと。

忘れていた感触が、よみがえってくる。
使徒との戦いに明け暮れていたときは、忘れていたこの感触__。
他に何もすることがなかった頃、チェロの練習ばかりやっていた頃の感触。
ただ今は、物言わぬアスカにそれを聞かせるということだけが、違っていた。

何度か演奏を繰り返し、ふとシンジはアスカの表情を見た。
アスカは・・・何も変わってないように見える。
だが、心なしか、その表情が穏やかになった様にも見える。
『焦ることはない・・・。 ぼくは今まで、急ぎすぎたのかも知れない。』
シンジは、そう思うことにした。

夕方近くになっても、アスカはとくに反応を示すことはなかった。
しかし、当初は虚ろだったその目が、何か遠いものを見る様に変わってきている
・・・シンジは、そう感じた。

『そろそろ、別の曲を聞かせてあげるのもいいかも知れない。』

そう感じたシンジは、ミサトに連絡をとった。
そしてまた、あるものを届けてほしいと頼む。
ただ、それはもう用済みにったから捨てられていないか・・・それだけが、心配だった。

「わかったわ。たぶんまだ残っていると思うから、明日の朝、届けさせるわ。
 それでいい?」
「ええ、お願いします。」
ミサトが了解するのを聞いて、シンジはほっとした。




その夜__。
シンジはアスカのベッドの傍に、簡易ベッドをセットした。

今夜からは、アスカの傍でベッドで眠ることになる。
昨夜は椅子に座ったままだったので、さすがに疲れていた。

「おやすみ、アスカ。」
シンジはそう呼びかけ、規則正しいアスカの息を確認すると、安心して目を閉じた。



深夜__。

「そんなイヤなこと、いらないの!!」
突然の大声で、シンジは目を覚ました。 アスカの声だった。

「アスカ?」
シンジは跳ね起きて、アスカの様子を見る。

アスカは横たわったまま目を大きく見開き、虚空に手を伸ばしていた。
全身が硬直したようになり、宙に伸ばした指先が震えている。

「アスカ。どうしたんだよ、アスカ!」
シンジは震えているアスカの手を、両手で包むようにした。
不意に、アスカの力がぐったりと抜ける。

アスカが再び眠りについたことを、シンジは確認した。
ほっと胸を撫で下ろす。

『どんな悪夢を見ているんだろう。』

シンジは、アスカの額を撫でた。
細かな汗が浮いているのを、掌で拭う。

「アスカ、ぼくはここにいるからね。」
声に出して、そう呟いた。

『アスカは、まだ、使徒と戦っているのかも知れない。』
アスカの目尻からつたい落ちる涙をそっと拭いながら、シンジはそう思った。




翌朝、またチェロをゆっくりと弾いていると、病室のドアが開いてミサトが現われた。
演奏に夢中で、ドアをノックする音に気付かなかったようだ。

「ミサトさん!」
「お邪魔だったかしら。」
ミサトは、手にCDラジカセを提げていた。

「見つかったんですか。」
「まぁねん。整理整頓は苦手だけど、物持ちはいい方だから。」

「ありがとうございます! 早速、使わせてもらいますね。」
シンジはCDラジカセを受け取ると、部屋のコンセントを探し、電源を入れる。

「じゃあ、わたしは仕事の途中だから、これで行くわね。」
ミサトは、未練そう言った。

「あ、すみません。 誰かに届けさせてくれればよかったのに。」
「アスカのことだし、私にも責任があるもの。」

「・・・昨日は、いいすぎました。すみません。」

ミサトは、ゆっくりと首を振った。

「シンジ君、アスカのケアは大事だけど、自分の体も大事にしてね。」
「・・・はい。」

「それじゃ。」
ミサトはそう言い、去っていった。




「アスカ・・・。」
シンジは、呼びかける。

アスカは起きてはいるが、まだその視点は遠くを見ている。

「この曲、憶えているかな。」
そう言うと、シンジはCDラジカセの再生ボタンを押した。

流れ出たのは、軽快な感じの、テンポのいい曲だった。
それは、第7使徒イスラフェルを二人のユニゾンで殲滅したときのもの__。

二人でさんざん聞いて、体に憶えこませた曲だった。

アスカの表情に変化は__。
あった!

大きく目を見開いている。
その目から、みるみる涙が、あふれてきている。

憶えているのだ、この曲を。

だが、その視点はまだ、宙を彷徨ったままだった。

戻りたくても、戻ってこれない・・・。

何かが、アスカの意識を深層部分に閉じ込めているのだ。
それは、心を開けばたちまち攻撃を受けるという、臆病さがなせる業だろうか。

「アスカ、憶えているんだ、この曲を。」
シンジはアスカの涙を拭い、その髪を撫でた。

「だれも、アスカを傷つけたりしないよ。」
やさしく語りかける。
「だから、戻っておいでよ。」

だが、アスカは小さく唇をふるわせて、涙を流すばかりだった。

『なにか、きっかけが必要なのかも知れない。』
なんとなく、シンジはそう感じた。

『ぼくの声は、届いているのじゃないかと思う。
 だったら、アスカとぼくの繋がりを、より強固に感じさせる何かが要るのかも・・・。』

でも、それって一体なんだろう?
そう思いながらシンジは、ときおりふるえるアスカの唇を見た。

するとユニゾン特訓中のある夜、シンジは傍で眠っているアスカにキスしようとして、
思いとどまったときのことが思い出された。

あのときのアスカの目にも、涙があった・・・。

『ねえシンジ、キスしようか?』
不意に、アスカが言った言葉が思い出される。
それは、ミサトが知人の結婚式に呼ばれ、アスカと二人きりになった夜のことだった。

『どうして!』
『退屈だからよ。』
このときは、アスカの方から半ば強引にキスされた。

・・・その、感触を憶えている・・・。

シンジは、躊躇しなかった。
いや、それは無意識の行為だった。
気付いたときには、アスカの唇に自分のそれを重ね合わせていた__。

「アスカ・・・。」

「戻っておいでよ、アスカ・・・。」

シンジの目からも、涙があふれる。
頬を伝いかけた涙は、ぽたりとアスカの頬に落ちた__。

しばらくそうしていると、シンジは何かが自分の左耳と髪を、撫でるのを感じた。
アスカの手だ!
思わず、体を起こす。

アスカは、生気の戻った目で、シンジの顔を見上げていた。

「気持ち悪い・・・。」
ぽつりと、そうつぶやく。

「アスカ!」

「嘘よ。」
アスカは微笑んで言った。
「王子様のキスが、気持ち悪いわけ、ないじゃない。」

「アスカ!! よかった・・・。」
シンジは、ぽろぽろと涙を流した。

「あらあら、泣き虫ね。あたしの王子様は・・・。」




「アスカ、体は大丈夫? どこも調子悪くない?」

「うーん、ちょっとふらふらするけど、大丈夫。
 がんばれば、エヴァにだって乗れるわ。」

「エヴァに? もう無理しなくていいよ。」

「それより、使徒は?」

「綾波が倒したよ、ロンギヌスの槍で。」

「そう・・・。」




二人だけの時間が、ゆっくりと流れてゆく。




「あたし、シンジにいっぱい、みっともないところ見せちゃったよね。」

「そんなことないよ。それを言うなら、お互いさまだよ。」

「そう? なら、いいんだけど。
 なんか、シンジがサルベージされたときの気持ち、わかる様な気がする。」

「どんな?」

「シンジが呼んでるのは、わかってたんだけど・・・
 怖くて、足が動かなかったっていうか・・・。」

「その気持ち、わかるよ。」

「でも、あたしを呼び戻したのはシンジなんだから、責任とってよね。」

「え?」

「これからも、ずっとよ・・・。」

「アスカ・・・。」




「そろそろ、看護婦さん呼ぼうか?」
「うん。」




ひととおりの診断が終った頃、ミサトが駆けつけてきた。

「アスカ! 気がついたのね!!」

「大声出さなくても聞こえるわよ、ミサト。」

「よかった〜・・・。」
ミサトは、思わずしゃがみこんでしまった。
ベッドの柵に手をかけて体を支えているが、そうしないと倒れこんでいたかも知れない。

「ちょ、ちょっと、みっともないわよ、ミサト。」

「いいじゃない、『家族』なんだからさぁ。
 でも、すごいじゃないの、シンジ君。ホント、よくやったわぁ。」

「ミサトさんが、いろいろ協力してくれたおかげですよ。」

「そんなことないって。やっぱ、シンちゃんの『愛の力』ね。」
ミサトは、ようやく立ち上がりながら言った。

「そんな・・・。」
シンジとアスカは、同時に赤くなる。

「ところで、あなたたち、これからどうする?」
ミサトはふと、真面目な顔をして言った。

「これからって?」

「エヴァのパイロットを続けるもよし、普通の中学生に戻るというのなら、
 私にはそれを止めることはできないわ。」

シンジとアスカは、一瞬目をかわした。 二人同時に頷く。

「パイロットは、続けますよ。」
シンジが言った。
「綾波ひとりに、負いかぶせるわけにはいきませんからね。」

「シンジ君・・・。」
ミサトの顔に、感動したような喜色が湧いた。

「でも、それには条件があります。」
「え?」

「もう二度と、今回のような思いはしたくないですからね。」
「そうよね。・・・わかったわ、大抵のことなら呑むわ。」

シンジは、その条件を言った。

「それは、ちょっと・・・。」
「だめなんですか?」

「いえ、そういうわけではなくて・・・。 できるだけ、意に沿うようにするわ。
 でも、その前に、ちょっと調べ物をさせてくれる?
 確認しておきたいことが、あるのよ。」

「わかりました。じゃあ返事は、その結果を待ってからにします。」




カタカタカタ・・・。
ミサトは今、MAGIの中にいた。
どこかにケーブルで接続した、ノートパソコンを懸命に操作している。

小さな電子音とともに、ディスプレイに何かが表示される。

「そう、これがセカンドインパクトの真意だったのね。」
ミサトはつぶやく。

「アダムと接触しても、インパクトは起きない。
 だから司令は、ロンギヌスの槍を使ったのね。

 そして、人類は第18番目の使徒だった、か・・・。

 だとすると、襲来する使徒は、あと二体。
 あと二回、使徒を殲滅すれば、全ては終る・・・いえ、始まるのね。
 
 わかったわ、シンジ君。あなたの要求、受け入れるわ!」




それから、数日後__。

「目標は、大涌谷上空にて滞空。定点回転を続けています。」
第16使徒、アルミサエルが襲来していた。

「零号機は、現在位置で待機。」
発令所で、ゲンドウが静かに告げる。

そこへ、
「遅くなりました。」
ミサトが駆け込んできた。

「遅いぞ、何をやっていた!」
「言い訳はいたしません! 指揮を引き継ぎたいと存じますが、よろしいか?」
「・・・まかせる。」
 
ミサトは一礼すると、マイクに口を近づけ、命じた。
「弐号機に引き続いて、初号機、発進!
 リフトオフ後、二機はライフルを装備して零号機を援護。いいわね!」

「「了解!」」
シンジとアスカの応答があり、その直後に、弐号機、初号機と立て続けに射出された。

「「なんだと!」」
ゲンドウと冬月の、驚愕の声があがる。
「葛城三佐、初号機の凍結を解いた憶えはないぞ。」

ゲンドウの言葉に、
「私の一存です。
 襲来する使徒は、今回のを含めてあと二体。
 戦力を温存して逐次投入している余裕は、我々にはない筈です。」

「何故、君にそんなことがわかる!
 そもそもこれは、命令違反だぞ。わかっているのか、三佐。」

「・・・わかっています。
 責任は、全て私にあります。作戦終了後、いかなる懲罰も甘んじて受けます。」

「覚悟はできているのだな。」
「はい。」

「よかろう、やってみるがいい。」
「ありがとうございます。」

ミサトは一礼して、指揮に戻った。

シンジは、再び初号機に乗る条件として、次の使徒戦では待機ではなく、最初から戦闘に
加わることを望んだのだった。
もう二度と、なすすべもなく仲間が使徒に傷つけられる姿を見たくない。
『せめて、戦闘に加わっていれば、なんとかなったかも知れない。』
そういう後悔をしたくない、それがシンジの願いだった。

そのシンジの思いは、ミサトには痛いほどわかった。
そして、残る使徒は、あと何体いるのか・・・それをミサトは、知りたいと思った。
使徒が、だんだん強くなってきている__。
大詰めが近づいているという予感が、ミサトにはあった。

以前から疑問に思っていたことを含め、それを調べるためにミサトはMAGIに侵入した。
得られた答えは、ミサトが納得がいくものだった。

『襲来する使徒は、残すところあと二体のみ』

暴走を怖れて初号機を温存して戦力を消耗するよりも、あと二体の使徒を確実に殲滅すべきではないか。
そう考えたからこそ、使徒出現の第一報を聞いたとき、初号機の凍結を密かに解除してから、
発令所に向かったのだった。




「レイ、相手の出方を待って様子をみましょう。」
ミサトは、言う。

「・・・いえ。来るわ・・・」
レイの声と同時に、使徒は行動を起こしていた。
リング状であった体の一部が突然切れ、紐状になったかと思うと凄まじい速さで
零号機に襲い掛かる。

「レイ!応戦してっ!!」
ミサトは叫ぶが、
「駄目です! 間に合いません!!」

青葉の言うとおり、レイにはパレットガンを構える暇はなかった。

レイは即座に応戦することを断念し、ATフィールドを全開にした。
防御に専念することにした。
そのことが、結果的にレイを救った。

ガシッ!

凄まじい勢いで接近してきた使徒が、ATフィールドに阻まれて、その動きが一瞬止まった。

ビキビキビキッ・・・。

だが、零号機のATフィールドは、みるみるうちに侵食されていく。
フィールドを無効にし、使徒が零号機にまさに襲いかかろうとした、その直前__。

ゴォォォォォーン・・・。

轟音とともに、その使徒の頭部が捻じ曲げられた。

側方からの、ライフルによる着弾・・・直撃だった。

「アスカ、いくよ。」
「オーケー、シンジ!」

初号機と弐号機が、走り寄ってくる。

「碇君、そしてアスカ・・・。」
レイは、自分を救ったのが、彼らの援護射撃であることを知った。

「ありがとう。」
あるかなしかの、微笑みが浮かぶ。

使徒は、着弾位置が急所に近かったのか、ふらふらしている。

三体のエヴァは、それぞれプログナイフを構え、使徒に向かって突進しようとしていた。