「だめよ、逃げちゃ。お父さんから・・・何よりも自分から」


















・・・・・・・・・・・・・・逃げたのはお前だろ?









夢のカケラ




第1話









アイラム

















「・・・・・・・速やかに指定のシェルターへ非難してください。繰り返しお伝えします・・・」

無人になった街に静かに響き渡るアナウンス。そんな中動く影が一つだけあった。中肉中背のほっそりとした少年だ。

「・・・・・・・・・」

少年は周りで何が起こっているのか理解しているのかすら怪しいほど、我関せずといった様子でリュックを背負ったまま歩きつづけている。

だがその時下げていた目線をふとわずかに上げるとある一点を見つめた。

そこには一人の少女が立っていた。その姿は比喩表現ではなく蜃気楼のようにゆがんでいて少年が見つめているなか融けて消えていった。

少女が消えると少年は目を閉じ、そして口を開く。

「・・・・・・・・・今度こそ」

その時、ビルの間から巨大な生物がぬっと顔を出した。生物の周りには無数のヘリが取り囲んでおり時折ミサイルを放つ。しかし生物はひるむこともなくそばにいたヘリを1機手のひらから光の槍を出して墜落させる。

ヘリは少年の目の前に墜落してきたがそれでも少年の表情は変化しなかった。

その時、青い車が少年とヘリの間に入り、彼をかばうように急停車した。

爆発したヘリの破片で窓ガラスが割れる中ドアを開き、女は笑った。

「ごめん、おまたせ!」








ネルフ本部、作戦管制室。

状況報告が次々と入ってくるなか国連軍士官3人が腹立たしげに声を荒げていた。

「厚木と入間の戦闘機も全期上げさせろ!」

「総力戦だ!出し惜しみするな!なんとしても目標をつぶせ!!」

その声を命令としてモニターの中、次々と巨人に直撃して爆発するミサイル。しかし傷一つついていない。

「やはりATフィールドか」

「ああ、使徒に対し通常兵器では役に立たんよ」

うろたえる仕官を眺め、つぶやくように碇ゲンドウと冬月コウゾウは言葉を交わした。

その時電話が鳴った。

「・・・わかりました。予定通り発動します」









葛城ミサトは巨人を取り囲むように展開していたヘリが一斉に散らばっていく様子を見ると、その意図を察し思わず叫んでしまった。

「ちょっと、まさかN2地雷を使うわけ?」

そしてすぐに助手席に座る少年へ向き直ると覆いかぶさろうとする。

「ふせて!!」

だが、少年をかばおうとしたその時、あろう事か自分が守ろうとした少年が自分の手を引っ張ると体を入れ替えて覆い被さってきた。自分を守ろうとするかのように。

その直後、視界が白く染まり山の向こうで大爆発が起こる。その衝撃が自分たちのところまで届き、車が激しく横転した。だが、その衝撃の中でもミサトを包むからだは自分を抱きかかえ放そうとしなかった。







「やった!」

ノイズだらけのモニターを見て軍人は思わず完成を上げる。

「あの爆発だ、ケリはついているよ」

だが

「爆心地にエネルギー反応」

「なんだと!」

「映像回復します」

回復したモニターの中ではわずかに表面に傷がついた程度の巨人が相変わらず立っている。

「・・・なんということだ」

「化け物め!」










衝撃が収まってもまだ少年は葛城ミサトを抱きかかえつづけていた。

「・・・・・・あの〜、かばってくれたのは有り難いんだけど。このカッコはチョッチ・・・」

すると、少年は慌てて両手を離すとおたおたとしながら謝って来た。

「あ、ご、ごめんなさい。それよりも怪我とか有りませんか?大丈夫ですか?」

「それはもう。あなたのおかげで助かったわ、ありがと、碇シンジ君」

「え?」

「ミサト、葛城ミサトよ。ゴメンネ、遅れちゃって」

「いえ、こちらこそよろしくお願いします。葛城さん」

「ミサト、でいいわよ」

「・・・はい!」

シンジは飛び切りの笑顔で笑った。







カートレインに乗り車が運ばれていく。

「あの、ミサトさん?」

「な〜に?」

「さっきのヤツ、なんですか?」

びくっとわずかに体を緊張させるミサト。

「お父さんに聞きなさい」

今までのにこやかな顔から一転して表情を改めるとシンジの顔を見ずに言った。

「父さんに・・・ですか」

とたんにシンジは顔をうつむかせ黙ってしまう。

「あ、そうだ。お父さんからIDもらってない?」

そんな雰囲気を吹き飛ばそうとするようにミサトが明るく話し掛けて来る。

「これ、ですね」

カバンを探り中から書類を取り出すとミサトに渡した。

「来い、ゲンドウ」

そうとしか書かれていない書類を受け取ると代わりに

ようこそNerv江

という冊子を渡した。

シンジは早速目を通すが1ページも読まないうちに閉じてしまった。

「?、どったの?」

「・・・・・・酔いそうです」

「ちょ、こんなところで吐かないでよぉ〜」

心なしか目を薄くすると遠くを見始めるシンジ。それを見てミサトはべこべこの新車をこれ以上汚されてたまるか、といわんばかりに猛然とビニール袋を探し始めていた。











「・・・あの」

びく

「・・・もしかしてなんですが」

びく

「・・・迷いました?」

「・・・・・・複雑にできてんのよ、ここ」

「複雑?」

「そう、防衛の意味も込めてね」

それを聞くとシンジは不思議そうな顔をした。

「防衛って何からですか?」

その質問に思わずミサとは詰まってしまう。

「・・・ホント、何にかしらね」

「あの怪獣じゃないんでしょうね」

うつむくと悲しそうにシンジはつぶやいた。

その時、エレベーターのドアが開き、金髪、黒眉の女性が顔を出す。

「遅いわよ、葛城一尉」

「ごめん」

憮然とした態度で言ってくる金髪にミサトが片手をあげて軽く謝っている。

「例の男の子ね」

そんなミサトを無視すると目線を下げてシンジを見下ろす。

「はじめまして、碇シンジ君。私は赤木リツコ。よろしくね」

「はい。よろしくお願いします、赤木さん」

にこやかに片手を差し出すシンジ。

「リツコ、でいいわよ。どうせミサトにも言われたんでしょう?」

その手を取りながらリツコが言ってきた。









「では後を頼む」

そう言うとゲンドウは下へと降りていった。

「3年ぶりの対面か・・・」

見送る冬月の元へ報告が入ってくる。

「第1種戦闘配置だ」

警報が鳴り響く。











シンジ、ミサト、リツコは暗い場所へとやってきた。

きょろきょろとするシンジを尻目にリツコが横へ1歩移動した時、明かりがついた。

「顔!」

巨大な顔が映し出される。

思わず叫んでシンジは状態をのけぞらせた。

「人の作り出した究極の汎用人型決戦兵器。エヴァンゲリオン、その初号機よ」

「これも、父の仕事ですか」

「そうだ」

上から声が響いた。視線を上げるとそこにはゲンドウが立っている。

「久しぶりだな、シンジ」

懐かしさのカケラも込めない声でそう言うと視線で息子を抑えつけようとする。

その視線を受けたシンジはクビを完全にうなだれた。

不適な笑みを浮かべる。

「出撃」

「零号機は使えないでしょ、まさか、初号機を使う気?」

ゲンドウの言葉にミサトはリツコに問いかけた。

「そうよ、ほかに道は無いわ」

冷たく言い放つ。

「無茶よ、第一パイロットがいないわ」

シンジをちらっと見てから、ミサトは言った。

「さっき届いたわ」

「・・・・・・マジなの?レイでさえシンクロするのに7ヶ月もかかったんでしょ。今日来たばかりのこの子には無理よ」

「今は誰で有れシンクロ可能な人間を乗せるしかないのよ」

「・・・・・・そうね」

ミサトはシンジを見下ろす。

「・・・・・・このために僕を呼んだんだね、父さん」

シンジの目線は相変わらず下のままだ。

「そうだ」

「もし僕が乗らないといったらどうなるの?」

「人類が滅亡するだけだ」

「そ、そんな!」

目を見開き頭を跳ね上げる。その目に映るもの・・・・・・ゲンドウはそれを見て顔には出さず眉をひそめた。

(・・・・・・なんだ、あの目は)

彼は理解できなかった。

「どうすればいいの、父さん。どうすればあれに乗れるの」

その考えをさえぎるように静かな声が流れた。

「乗ってくれるのシンジ君?」

ミサトの問いかけに、

「・・・・・・はい!」

シンジは微笑んだ。








「エントリープラグ挿入」

オペレーターの声が響く。着々と準備が整っていく中、プラグ内に黄色い液体があふれてくる。

「・・・・・・・」

それを見てシンジはギョッとした表情になるが、次の瞬間にはぎゅっと硬く目を閉じて固まった。

「大丈夫、肺の中の空気を全部吐き出して。肺がLCLで見たされれば直接酸素を取りこめるわ」

リツコの言葉にゆっくりと空気を吐き出す。

「・・・・・・彼、耐えるような表情になったわね」

「ただ座っていればいい。その父親の言葉を信じてでしょうね」

「それが彼なりの処世術・・・か。報告通りね」

ミサトは吐き捨てた。

「初期コンタクト、全て問題無し」

「双方向回路開きます」

「シンクロ率41.3%」

「かまいませんね」

ミサトが後ろを振り返り、ゲンドウを見上げる。

「もちろんだ」

「碇、本当にこれでいいんだな」

冬月がささやく。

「・・・・・・」

ゲンドウは笑った。

「・・・・・・シンジ君、死なないでよ」

その時シンジはゲンドウが眉をしかめたあの目をして唇をかみ締めていた。





・ ・・・・・彼は焦っていた。